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レポート:閑歳孝子氏「「個」と「仕事」と「ソーシャル」」第4回FTMラウンドテーブル(Green-Table)

話題提供

「個」と「仕事」と「ソーシャル」
閑歳孝子 (株式会社ユーザーローカル 製品企画・開発担当)
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日経BP社に入社、記者・編集職を経て株式会社ケイビーエムジェイに転職。2008年より株式会社ユーザーローカルにて企画・開発を担当。アクセス解析ツール「ユーザーインサイト」やTwitter解析サービス「TwiTraq」などを開発する傍ら、ソーシャル家計簿サービス「Zaim」や写真スライドショーサービス「Smillie!」など個人サービスも多数。
日時:2012年2月23日
会場:国際大学GLOCOMホール
討議参加者: 閑歳孝子、庄司昌彦、藤代裕之、水野耕(パナソニック株式会社※オピニオンメンバー)
概要・参考文献:http://www.glocom.ac.jp/2012/02/ftmgreentable.html

講演記録

2011年度の最終回となる第4回FTMラウンドテーブル(Green-Table)は、株式会社ユーザーローカルの閑歳孝子氏が話題提供者を務めた。閑歳氏は『「個」と「仕事」と「ソーシャル」』というテーマで自身の経験も踏まえた報告を行った。

閑歳氏は、大学卒業後に出版社で3年間記者を務めた後、ITベンチャー企業に転職し3年間ウェブ開発のディレクションを手掛けた。その後、自分自身の手でプロダクトを作りたいという思いから株式会社ユーザーローカルに入社し、現在は同社でアクセス解析サービスを開発する傍ら、個人としても様々なアプリをリリースしている。このように閑歳氏はユニークなキャリアを築いてきた。

Green-Tableの過去3回は、「消費」「生産性」「シェア」といった比較的大きなテーマを論じてきたが、今回はそれらを踏まえ、自身を含む20代、30代が実際に抱いている仕事観や悩みについて議論したい、として閑歳氏は報告を始めた。

閑歳氏はまず、日本における働き方の変遷について述べた。閑歳氏の親世代である現在50~60代の人々は、新卒入社後、一生同じ会社に勤め、年功序列的に役職を上げていき最終的には退職金をもらって定年退職するといった「リーマン」モデルであった。そして、子供がいて、家と車を購入し、家族で過ごすというような幸せの形も明確であった。その背景には「みんなが同じ方向を目指している」安心感もあっただろうと閑歳氏はまとめた。

一方、現在の20~30代の仕事観は多様化している。そのことを閑歳氏は自身の体験を踏まえて説明した。2011年は、閑歳氏の周囲で「起業」ブームが訪れ、多くの友人が投資家からの支援を受け起業をしたという。閑歳氏自身も「起業しないの?」と尋ねられることが多かったそうだが、「当時は稼ぐということに一生懸命になろうと思えなかった」という理由から起業はしなかったという。このような「起業家」モデルの特徴として閑歳氏は

  • ・消費することを好ましく思う傾向がある
  • ・お金を稼ぐことに興味がある
  • ・変化を重視する
  • ・「失敗してもなんとかなる」と楽観的(な人が多い)
を挙げた。

さらに閑歳氏は、別のモデルとして「ノマド」を取り上げた。これは

  • ・あまり消費をしない
  • ・社会階層を上ろうとする
  • ・横のつながり(ソーシャル)による安心を重視している
  • ・シェアハウスをはじめとする助け合いの文化を持つ

というものだ。彼らは楽観的で将来のことをあまり深刻には考えない。あまりお金を稼がないが「困ったらきっと誰かが助けてくれる」とつながり(ソーシャル)を重視している。閑歳氏は自身は「ノマド」に近いと述べた。ただし、シェアハウスに入居したいとは思わないという。

また閑歳氏は「現実主義者」というモデルも紹介した。東日本大震災などを契機に「これから自分たちはどうなるのか」ということを真剣に考える若者が増加した。だが収入が300万円程度から上がる見込みが少ない中では、「リーマン」のように家や車を買い、専業主婦と子どもを抱える生き方難しい。そのような中で若い世代の一部には、副業でお金を稼ごうとするなど「ノマド」とは異なる現実志向の人が増えてきているようだという。そして閑歳氏は、このような「現実主義者」の特徴として

  • ・消費を好ましく思う
  • ・社会階層の変化(低下)を嫌い、安定を重視する
  • ・現状に悲観的で現実的な対策をとる
などを挙げた。

格差の拡大を感じる若者たちのなかに、社会階層の上位を目指しながらも、稼がなくてもなんとかなるという安心を求める「ノマド」と、社会的地位の安定のためにお金を稼ごうと乗り出す「現実主義者」になる人々が現れている。両者は、根源的には通底しているところがありそうだ。このように、現在の日本社会には「働くこと」「稼ぐこと」に対して様々な考え方が出現している。閑歳氏自身も仕事とプライベートの両立を考えると、どう働いていくのかは難しい問題だと述べた。こういったことを踏まえ今後の働き方を議論したい、として閑歳氏の報告は終了した。

ディスカッション

閑歳氏の報告終了後、討議参加メンバーを中心としたディスカッションが行われた。まず会場参加者を含む全員に、自分が「リーマン」「起業家」「ノマド」「現実主義者」のどれに該当するかを考える時間が設けられ、その後、この分類をきっかけとした議論が会場参加者も巻き込んで繰り広げられた。

50代・60代の会場参加者からは、「我々の世代の中にも組織に従順ではない人間はいた。画一的に世代で分けるのは違うのではないか」「「個」を考えるときにこのような荒い分類をすると多様性が見えなくなる」という批判の声が挙がった。

藤代氏はこの分類には賛同しないと前置きし、次のように企業内での個人と仕事の関わりの変化について問題意識を述べた。「ビジネスパーソンとしての成長はプロジェクトにかかわる数に関係する。団塊の世代からバブル世代までは、若いうちにたくさんのプロジェクトにかかわって成長することができた。しかしその後は、日本の大企業では若者の採用が絞られ、40代・50代以上の社員の比率が多くなっている。そのため若い世代はプロジェクトに参加する機会が減り、彼らには上の世代のための事務仕事がのしかかるようになった」「本当に彼らは望んで、そうした生き方をしているのだろうか」。

また藤代氏は、イケダハヤト氏(※1)に代表される「ノマド」の若者たちについて、学生時代から注目を集めソーシャルメディアを積極的に活用しフリーランスとして活躍するというキャリアパスは新しいかもしれないが、流行に乗っている人々を論じるより、若者がヒエラルキーの上位を目指しても上れない問題を論じるべき、と自身の考えを強調した。

庄司氏は、閑歳氏の提示した枠組みに一定の評価をしたうえで、閑歳氏が参考文献として挙げた『絶望の国の幸福な若者たち』(古市憲寿著)(※2)で描かれている若者たちのように、現状に幸福を感じ上昇意欲の低い若者を社会がどう扱うかを論じることが、将来を見通すうえで重要ではないかと提起した。閑歳氏も、議論しなければならないのは、ソーシャルメディアを使いこなす「ソーシャルマッチョ」な人間ではなく、そうなれない人々についてではないかと述べた。

ここまでの議論を聞いていた水野氏は、「人が成長するためには成功体験が必要であり、それがないと自分がどうアクションしていけば良いのかが分からなくなってしまう」と自身の考えを述べ、藤代氏の主張に賛同した。「ノマド」はソーシャルメディア上で仲間を集めたり、企業や有名人と直接やり取りをしたりしながら、新しいウェブサービスの立ち上げなど様々なプロジェクトを経験している。それは成否にかかわらず、現在の若手企業人の下積み作業に比べ成長につながる経験となるだろう。産業の未来を担う人々をつくるためには、企業に属しながらそうした体験ができるようにする必要がある。そこで議論は、企業において取るべきアクションへと進んでいった。

藤代氏は、1つの案としてサラリーマンが「マッチョ」化していく必要性を唱えた。そして具体的な方法として、会社内で様々なプロジェクトへの参加機会が限られている若手社員が、社外での活動に積極的に参加できるようにすることを提案した。平日の夜や週末の時間をそうしたことに費やすタフさが要求されるが、藤代氏は、会社外での成功体験を会社にフィードバックできれば、会社も社員もWin-Winになれると述べた。

次に水野氏は、若者世代の動機づけが重要だという観点から、社会全体で人材の流動化を進め危機感を高めさせるのも選択肢の一つだ、と提案した。それに対しては、危機感を煽るだけではなく、企業や社会が各人にきちんと役割を与えることが必要だという反論もあった。

また庄司氏は、動機づけのために「小さな単位」で仕事をすることを提案した。大企業の中で、気の遠くなるような意思決定プロセスを経るのではなく、少人数で完結し仕事を回していける組織を単位にするというアイディアだ。そしてヒントとして提示されたのが「開発者帝国主義」という考え方だった。これはGreen-table第1回での閑歳氏の発言に端を発するもので、開発者が自分の意志を終始貫徹してプロダクトを作成できる体制をつくるという内容だ。しかし帝国主義はベンチャー企業では可能だが、大企業の現状では、個人の仕事が細分化され過ぎ、一人の成功がそのプロジェクトの成功から遠く離れていることが多いため難しい。

ところで中小企業の開発者帝国主義では、ソーシャルメディアによって個人がメディア化しているという背景もあり、製品・サービスには生み出した個人の名前や名誉と結びつき、その重圧がより良い開発への動機づけとなっているようである。一方、大企業では責任が分担され、創造的な意思を貫徹することも、製品・サービスに愛着や思い入れを注ぎ込むこともしにくくなっている。自分が開発したわけではない企業幹部が消費者にアピールしても、迫力は伝わらないだろう。これでは、企業内に「マッチョ」は生まれない。

しかし藤代氏は、大企業の中でも個人の持つメディアパワーが製品と結びついた「帝国主義」も可能であるとして、日産のスポーツカーGT-Rの開発者、水野和敏氏(※3)を例に挙げた。水野氏は日産でカルロス・ゴーン社長から「ミスターGT-R」として開発と販売における全権が委任されている。このような権限委任には失敗リスクも付きまとうが、企業の中に帝国主義の組織を複数作ることや、プロデューサーに大幅な権限を与え、本来の製造ラインの外で若い社員たちに機会を与え成功体験を積むことなど対策はいろいろある。

また藤代氏は、もうひとつのヒントして、NHKの取り組みを挙げた。NHKの公式広報Twitterアカウント「NHK広報局」は、NHKの堅いイメージを覆す個性的な広報活動(※4)が話題となり40万人以上からフォローされる人気を獲得している。また藤代氏はNHKのディレクターが「初音ミク」の特集番組について思い入れたっぷりに宣伝するYouTube動画も紹介した(※5)。この動画について藤代氏は「製作者や開発者が周囲に共感を伝えていく時代がついに来たと思った。従来、スタッフは裏方であったが、ソーシャルメディアを使って視聴者とやり取りしながら個性が表出し光っていくという状況が起き始めている」と高く評価した。そして「製品への愛が強い人間がソーシャルメディアを使うことが重要だが、そのような人は組織の中で扱いにくい存在であったりもする。そこを上手くサポートすることが今後のマネジメントの仕事になるだろう」と述べた。また、NHKディレクターと同様に、自分の名前を賭けてサービスや製品を市場に出す企業人として、NTTドコモで「iモード」を立ち上げた夏野剛氏(※6)の名前を挙げた。

討議メンバーや会場参加者からも「こう事例が風穴になるのではないか」「働く人間の顔が見えるツールとしてソーシャルメディアを使用する際のヒントになる」「他の分野でもこういう熱い人がいるのなら見てみたい」と藤代氏に賛同する意見が次々に表明された。

その一方で、会場参加者の1人からは「この動画は28000回しか再生されていない。芸能人の動画に比べれば二ケタも少なく、社会的評価を受けたとはいえないのではないか」という批判も投げかけられた。藤代氏は、「そうした受け止め方を企業は変えるべきではないか。再生結果のマス的な評価しかせず、NHKの彼がリスクに挑戦したということやそのプロセスを評価していない。このリスクテイクの重要さや個人の成長という観点が、今の発言からは感じられなかった」と厳しい口調で反論した。

さらに60代の会場参加者からは、「大企業が非常に堕落しているかのような議論は行きすぎている。企業も一生懸命色々なことを頑張っているし、大企業の中でも若手社員がやろうと思えばやれるはずの所はいくつでもある。今起きている問題の原因は、大量生産で安価な製品を中国や韓国と競争しながら作ろうとしているところにあるのではないか」との批判も寄せられた。

その後も会場参加者からは、企業とソーシャルメディアの関係などについて様々な意見が出され、活発な議論が行われた。特に藤代氏を中心とする討議メンバーと(特にシニアな)会場参加者の間には現状認識や価値観の相違が見られ、議論が白熱する場面も見られた。

司会者でもある庄司氏は白熱する議論に対して「問題の本質は世代間対立ではない。今後の社会における働き方を考えるために、仕事を通じて個人がどのような経験を積み成長するのかという議論をしている」と議論の方向性を整理した。そして最後に閑歳氏は、今日の議論を「大企業の中の若者たちへのチャンスの持たせ方というのが今回の一番の話題だった。その中で10代・20代のうちに色々な経験をするということがソーシャルの力でもっとエンパワーメントされるというのが本日の結論だったと思う」と総括してディスカッションを締めくくった。

(執筆:菊地映輝)


  • ※1 中学生時代より両親からPCを買い与えられ、個人ニュースサイトを運営。月間PV50万の人気サイトとなる。大学卒業の後に新卒として企業に就職するものの、ブログで知り合ったトライバルメディアハウス代表池田紀行氏に誘われ転職。同社内にソーシャルメディアコンサルティング事業を立ち上げたのち独立しフリーエージェントとなる。現在はソーシャルメディアを中心に講演・執筆・コンサルティング活動を行う傍ら、プロボノとして多くのNPO法人のマーケティング支援を行っている。代表著書に『フェイスブック 私たちの生き方とビジネスはこう変わる』がある。
  • ※2 同著では、日本社会の抱える多額の財政赤字や少子高齢化による現役世代への負担増など「絶望」的な状況下にいる若者たちが、親からの金銭的援助やソーシャルメディアによる自己承認によって「幸福」に日々を生きていることが指摘されている。同著発売を記念した著者と社会学者 小熊英二との対談イベントも著者の主張を知るうえで参考になる。
    ・SYNODOS JOURNAL : 震災後の日本社会と若者(1) 小熊英二×古市憲寿 http://synodos.livedoor.biz/archives/1883807.html
  • ※3 水野氏は1972年に日産自動車に入社して以来様々な車両の開発に携わってきた。名車として名高いR32型スカイライン、初代(P10型)プリメーラの開発においては車両パッケージ計画を担当。その後、NISMO(ニッサン・モータースポーツ・インターナショナル)監督兼チーフエンジニアに就任し国内外の様々なレース活動やマシン設計を指揮し、1992年のデイトナ24時間レースでは見事優勝をおさめた。1993年から市販車部門に復帰し、2004年には社長のカルロス・ゴーンから「ミスターGT-R」として開発と販売における全権が委任された。
    ・水野氏インタビュー動画 http://www.youtube.com/watch?v=Sem-skEHEd0
  • ※4 従来までのNHKのイメージとはかけ離れた、顔文字やネタを交えたツイートを広報局の1人の社員が日々行っている。時には他局の広報アカウントとやり取りを行ったり、他局のアナウンサーの名前に言及したりすることもあり多くのフォロワーを驚かせている。東日本大震災時においては、「私の独断なので、あとで責任は取ります」として、停電などでテレビを見られないユーザーのためにUstreamで違法配信されているNHKニュース番組のURLを紹介した。この行動がきっかけとなり最終的にはテレビと同時にUstream上でもNHKの番組が公式で配信されるようになった。
    ・Twitterアカウント「NHK広報局」
    https://twitter.com/#!/nhk_pr
    ・震災直後、広島の中学生が始めたNHKのUst無断配信 (1/3) – ITmedia ニュース
    http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1203/06/news022.html
  • ※5 動画名は『2月28日(火)放送!「クローズアップ現代で初音ミク特集」』(現在は非公開)。内容は番組ディレクター大海氏がクローズアップ現代に初音ミクが出演することを、ファンにしか分からない専門用語も交えて宣伝するものとなっている。動画は真面目に番組内容を説明すると同時に、小ネタも所々に仕込まれるなど作りこまれており、ディレクターの初音ミクへの並々ならぬ愛が伝わってくる。
  • ※6 1997年NTTドコモに転職し、iモードビジネスの立ち上げに携わった。その後も、「おサイフケータイ」をはじめとする様々な新サービスを企画し、2005年に執行役員に就任した。現在は同社を退職し株式会社ドワンゴなど様々な企業の取締役を兼任している。

    2012-04-20