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kumon_youhou_sangyou - March 3, 1993

第二章:アメリカ産業の再生--「日米激突シナリオ」は正しいか?

March 3, 1993 [ kumon_youhou_sangyou ] このエントリーをはてなブックマークに追加

公文俊平

    

(一) 対日批判のトーンの変化

1980年代には、日米のマスコミで、「貿易戦争」とか、「経済摩擦」、あるいは「日本叩き」といった表現が飛び交った。日米の経済格差が縮まり、米国の衰退が云々され、米国経済が "双子の赤字" で苦しみ始めるにつれて、日米関係はひたすら悪化の一途を辿り、ついには避けがたい激突にいたるのではないかといった予想が、とくに日本のマスコミではほとんど固定観念のようになってしまった。その傾向は、現在でもまだなくなっていない。現に、米国の政権が十二年ぶりに共和党から民主党に交代したさいにも、これで日米関係はさらに悪化するとか、クリントン政権は保護主義への動きを抑えられないだろうといった観測が、何度も何度も繰り返された。  

その例を、二つだけあげておこう。  

第一。共同通信は、2月2日に全国配信されたニュースで、 "日米激突のシナリオ" について次のような趣旨の報道をした。すなわち、「クリントン政権の発足でせきを切ったように、米国の産業界が対日攻勢を強めてきた。背後に一つのシナリオがあるという。日米摩擦の火種に次々と点火し、いまだに明確な対日通商政策を打ち出せないしんせいけんを一気に保護主義へ押しやろうという狙いだ」というのである。この "スケジュール" 闘争の第一弾は、鉄鋼ダンピング提訴の後を受けた、鉄鋼製品に対する高率の反ダンピング税の発表であり、第二弾が自動車メーカーによる "史上最大規模" のダンピング提訴であり、第三弾が、日本市場での外国系半導体シェアに関する日本の "公約" 破りに対する制裁措置だという。そして共同通信は、「今回も日本側が先手を打てないまま危険なシナリオ通りコトが運ばれているように見える。シナリオの最終章は「日米激突」とされている」と結んでいる。(1)  

しかし、よしんば米国の産業界の一部に、そのようなシナリオがあるにしても、その最終章が「日米激突」とされていることは、どうにも考えにくい。また、実際の事柄が、そうしたシナリオ通りに進行するとも考えにくい。現に、新政権は、自動車メーカーに働きかけて、ダンピング提訴をやめさせたし、ブラウン商務長官は、かりに昨年十~十二月期の日本市場での外国系半導体のシェアが二〇% に達していなかったにしても直ちに制裁措置を取る考えはないことを表明したのである(日本経済新聞、3月3日夕刊の報道)。もちろん、逆に、新政権の一部(とりわけカンターUSTR代表やブラウン商務長官)が、産業界の要求に影響されたような、あるいはそれに迎合したような言動を取ることも、ないわけではないだろう。現にそうした兆候もある。(2) しかし、だからといって、大統領までそれに動かされるとか、新政権が全体として保護主義の方向に走り始めるということは、まずないと考えてよいだろう。たとえば、クリントン大統領がこの2月26日に、アメリカ大学の百年祭記念式典で行った演説を見ても、そういえそうである。  

第二。2月23日の日本経済新聞夕刊は、一面トップに、「米大統領日本の貿易黒字批判、市場開放強く要求、「構造的問題」解決に全力」という大見出しつきで、小孫特派員のワシントン電を掲載した。それは、2月22日に、クリントン大統領とゴア副大統領がカリフォルニアのハイテク企業、シリコン・グラフィックス社で行った従業員との懇談会でのべた言葉の中に含まれていたという。そのリードに曰く、

「クリントン米大統領は二十二日、遊説先のカリフォルニア州で、「日本は米国が構造的な赤字を抱え続ける唯一の貿易相手国だ」と日本の貿易黒字を名指しで批判した。さらに「対日貿易赤字は工業製品に限れば年間約六百億㌦に達する」とし、そうした「日本問題(解決)に全力を挙げなければならない」と指摘した。具体的には「市場開放を求め続ける」と述べただけだが、大統領の対日姿勢の厳しさをうかがわせる発言だ。」  

しかし、ホワイトハウスから発表された懇談会の詳しい記録(3) を読んでみると、実際の様子はかなり違ったものであったことがわかる。何よりも、この懇談会は、新政権が選挙期間中に発表していた技術政策の改訂版を発表するにあたってもよおしたもので、内容は、シリコン・グラフィックスの従業員との一問一答である。小孫特派員が報道した大統領の言葉は、確かに記録の中に含まれているが、それは、一人の従業員からの、対日赤字をどう思うかという質問に対する答の中に含まれているものにすぎず、事前に大統領がそうした趣旨の発言をすべく準備されていたものではなさそうだ。むしろ、大統領の対日姿勢としては、懇談会の中で、大統領がいわば自発的に日本に言及した他の二箇所を引く方がはるかに意味があるように思われる。他の二箇所というのは、1)日本人はアメリカに学んでQCを導入して、製品の品質の向上、コストの引下げ、従業員の賃金の引上げを同時に実現したが、アメリカも、環境問題で同じようなことができないはずはない、というものと、2)日本人は、行財政改革に成功して、財政赤字を大きく減らした、というものである。いずれも、大統領が日本の実績を高く評価し、アメリカにとっての模範とみなしていることが明らかな形での、日本への言及である。虚心にこの記録を読めば、大統領の対日姿勢としては、こちらの方がはるかにニュースバリューが高いように思われる。(4)

実は、--といっても、私の印象ではという意味にすぎないが--日本に対するアメリカの政府や産業界の (少なくとも一部の) 態度は、1990年あたりを境として次第に変わり始めてきている。(5) いいかえれば、米国の日本批判の勢いは、1991年ごろから次第にトーンが落ちてきている--もちろん、例外はいくらもあるだろうが--のである。  

その大きな理由の一つは、1987年の "ブラック・マンデー" の衝撃を易々と吸収して、決して "バブル" が崩壊することはないのではないかと恐れられていた(6) 日本の経済が、1990年に入って始まった株価の暴落をきっかけとして、地価の大幅下落、さらには出口のみえない不況へと下降を始めたところにあるだろう。しかも、政府や日銀は不況の認知や対策に後手、後手と回り続けた。諸官庁はそれでも以前として縄張り争いをやめず、政治家ときたら、相次ぐスキャンダルで自分の身の始末にせい一杯というありさまである。こうして、 "政治は三流、経済は一流" といわれていた日本の経済と産業は、いっぺんにその評価を国際的に下げてしまったのである。日本恐るるに足らずという見方が台頭して来たとしても当然であろう。  

だが、対日批判・攻撃のトーンが落ちてきた理由はそればかりではない。米国は、どうやら自国の産業の未来に自信をとりもどしはじめたようである。なるほど、米国のコンピューター業界は、日本よりもかなり早く不況に突入していたが--そしてIBM のような巨人は、依然としてその後遺症に苦しんではいるが--不況からの脱却も日本よりずっと早かった。先に見たギルダーのような米国の情報通信産業の未来に対する楽観論は、米国の中では今や次第に常識化しつつある。それと共に、米国は、第三次産業革命、情報革命のリーダーとしての自信をとりもどしつつある。考えてみれば、コンピューターのハードやソフト、とりわけ、最先端のパラレル・コンピューターやスーパー・コンピューター、あるいは通信のディジタル化やネットワーク化等では、アメリカは、ライバルの日本に何年も先行していることは、日本のマスコミはともかく、その方面の専門家なら誰しも認めるところである。(7) その意味では、これから考えられるアメリカの対日姿勢の変化としては、保護主義に走るというよりも、こうした優位の回復・確立の自信に裏付けられて、通商政策その他で、日本に対して断固として市場開放をせまるといった、一段と“強腰”の態度をとるようになるということではないだろうか。

第三の理由として、米国民のより一般的な社会意識の変化をあげることができる。歴史家のアーサー・シュレジンジャー父子によれば、米国の政治は、ほぼ15年おきに、私的問題から公共的な問題への関心の移行がおこり、ほぼ30年でこれが一巡するという [シュレジンジャー88] 。1970年代の後半から1980年代にかけては、米国人の関心は、もっぱら私的な問題に向かう傾向があった。いわゆる "ミー・ジェネレーション" の時代である [佐藤81] 。それが、1990年代に入るころから、1960年代初頭のケネディ時代と同様に、米国人の関心は次第に社会的問題に向かうようになっていったのである。アメリカの変革を旗印とする民主党のクリントン政権の登場は、まさにこのようなアメリカ人の社会関心の変化に合致したものであった。今やアメリカは、自国の世界的リーダーシップを堅持するという決意に燃えて、冷戦後の "資本主義間競争" に備えるべく、国家安全(National Security)は国家競争力(National Competitiveness)にありという観点から、先端技術の開発や労働者の再教育を通じて自国の産業の再編成に努めようとし始めたのである。(8)

  1. 私はこの共同通信ニュースを、たまたま2月2日付けの大分合同新聞の紙面で目にした。
  2. たとえば、Sylvia Nasar,"The Risky Allure of `Strategic Trade', New York Times Weekly Review, February 28, 1993 を参照。
  3. この懇談会での一問一答の一部始終は、ホワイト・ハウスから即日公表され、インターネット上でも、直ちに入手することができた。
  4. なるほど、たとえば、ロナルド・モースのように、新政権の「幹部に共通している対日感情は、“親しみ”ではなく、一種のねたみと腹立たしさである」とか、「1980年代のからのジャパン・バッシングや貿易摩擦の結果、日本については“敵対的”“不公正”“強欲”といった否定的なイメージばかりが、米国民の日本人観として出耒上がってしまっている」ために「クリントン大統領が個人的に日本の経済的成功に驚嘆していても、国内に向かってそれをオープンに話せない」 [読売新聞1993年 3月 3日] という指摘が少なくないことは、私も承知している。しかし、シリコン・グラフィックスでのこの対話では、クリントンは、明らかに日本の成功について“オープン”に語っているのである。その意味では、私に言わせれば、モース流の見解よりは、日本経済新聞が米有力議員に対して行っている一連のインタビューの中での、共和党のN.カッセバーム氏上院議員の発言などの方が、注目に値する。彼女は、「様々な点で、米国は日本を必要としているし、日本も米国を必要としている」ので、「日米間で深刻な貿易戦争が起こるとは思わない」と断言している。彼女によれば、米国の一部の企業は、「米経済の再生を掲げるクリントン大統領は、ブッシュ前大統領よりも自国の産業を保護してくれるだろうとの思惑から、... 新政権に様々な保護主義的な圧力をかけている」ものの、保護主義が現実化するとは考えられない。「議会でも保護主義的な動きが高まることはないだろう。なぜなら、すでに米国は経済の再生に乗り出したからだ。」「米企業の合理化は今後も続き、しばらくは厳しい時が続くだろう。しかし数年もすれば、米経済は力強く成長し、競争力も格段に強化されるはずだ。民間企業はすでに自己改革に乗り出している。改革が進んでいないのは政府である。」 [日本経済新聞、1993年 2月27日] このような文脈の中においてみれば、ブレジンスキー元米国大統領特別補佐官が最近のあるインタビューの中でのべた次のような言葉も、ごく自然にひびく。 「率直に言って、日米関係に大きな変化が起こるとは思いません。個人的に見て、評論家が強調しているような日米間の対立というのは間違っていると思います。常に、スーパー三〇一条の問題が存在しており、その過程では深刻ですが、日米関係を傷つけるほどの重要性は持たないでしょう。アメリカは衰退し、日本は繁栄しているという単純な図式は最早当てはまりません。アメリカの経済力、政治力を過小評価してはいけないということです。アメリカの未来については明るいと確信しています。むしろ、日本の未来のほうが懸念されます。」 [世界平和研93:4]
  5. 先に紹介した、日本の挑戦を強く意識したゴアの論文や、ギルダーの小冊子がいずれも1990年に発表されていることを想起されたい。私はそのころたまたまアメリカ西海岸に長期滞在していたのだが、1990年の 6月にカリフォルニア大学バークレー校のBRIEグループが召集した通信政策をめぐるフォーラムで、出席者の多くが、何かあるたびに日本のNTT に言及し、NTT の明確な未来ビジョンとその実現を可能にする豊富な資金力について、恐怖と賛嘆の念を交えて語っていたことに強い印象を受けた記憶がある。NTT は、その少し前の 3月に、「21世紀のサービスビジョン」を発表したばかりで、そこには2015年までに全家庭に光ファイバーを引くという目標が設定されていたのである。これに対し、アメリカは、どうがんばっても2030~2040年まではかかりそうだというのが、出席者たちの懸念であった。そこではまた、NHK のハイビジョンも高く評価されていた。 ところが、その翌年の 4月に開かれた、UCLAのマルチメディア・フォーラムでは、MIT のネグロポンテ教授が電気通信における "場所の交代" (第一章参照) を打ち出す一方、アップルのスカリー会長がテレビのディジタル化や、ビデオ・オン・ディマンドの時代の到来 (一時間もののビデオが、数秒で送信できるようになる時代) を予言していたことに、これまた強烈な印象を受け、時代が変わりつつあるなあと思ったことである。そして、昨年になると、ネグロポンテは、箱根のマルチメディア・フォーラムで、NHK のハイビジョンの生命は後数カ月もないと大見得を切り、同じ会議に参加していた EFFのジョン・バーローは、私的な会話の中ではあったが、深刻な顔をして、この調子だと NTTは屠殺 (slaughter)されてしまうのではないか、と呟く始末であった。
  6. たとえば、この報告書の冒頭で引用したヴァン・ウォルフレンの言葉を参照されたい。
  7. たとえば、日本に滞在して日本のコンピューターの研究開発状況を調査している、アメリカ(US Office of Naval Research Asia)のデービッド・カハーナーは、1992年の 6月に開かれた Joint Symposium on Parallel Processing に関するレポート[Kahaner92] の中で、次のように述べている。 「日本にしばらく住んでいると、無意識のうちに信じこみはじめることがある。日本が作るものは何でも高級でハイテクだが、アメリカが作るものは何でもがらくたのローテクであって、アメリカは技術のあらゆる部面で日本に何年も後れている、ということがそれだ。もちろんこれは事実に反する。ところが、ほとんどの日本のマスコミは、人々にそう信じこませようとしている。」 ちなみに、彼のレポートは、インターネット上に公開されているので、誰でも入手することができる。
  8. アメリカの新経済政策は、これまでの新古典派的な正統経済学の路線から大きく逸脱しようとしているという意味では、 "反古典" の経済政策、あるいは "新開発主義" の経済政策とでも呼ぶことができるだろう [村上92、榊原93] 。それは、自国のプレスティッジやリーダーシップへの志向が依然として極めて強いという意味では、日本型の通商国家路線 [ローズクランス87] とはかなり様相を異にしている。つまり、アメリカの新開発主義路線は、狭いナショナリズムの傾向が強すぎる嫌いがある。しかも、国家競争力の増進の手段として、知的財産権の役割を過度に強調しようとする傾向がある。さきのギルダーの所論に立つならば、そのような立場は依然として "マクロコズム" から脱却しきれない狭い産業主義だといわなければならない。

(二) 米国情報通信産業の躍進を示す最近の主要イベント  

ここで、米国経済は、情報通信産業を次代の主導産業として再生しようとしており、その戦略的なテコとして期待されているのが、「全国情報インフラ」の建設だ、という仮説をおいてみよう。そして、そのような視角から、過去二年ほどの間の出来事で、重要な意味をもっていると思われるものを列挙してみよう。といっても、以下に掲げるのは、たまたま私の目にとまった出来事だけであって、それが重要な出来事のすべてだというつもりはない。一つの例示として見ていただければ足りる。

  1. 91年 2月、東京幕張でのマックワールドで、アップル社のスカリー会長が、新時代のテレビ (スカリーはそれを、放送とケーブルテレビに続くテレビの第三のパラダイムという意味で、 "P3TV" と呼んだ) のビジョンを発表した。
  2. 91年11月、米国では、ゴア上院議員が数年前から提出し続けていたHPCA法 (High Performance Computing Act) がようやく成立した。
  3. 92年4 月半ば、ラスベガスで開かれた全米放送業者協会の全国大会で、HDTVのディジタル化の趨勢が確認された。
  4. 92年6 月初め、サンフランシスコで、GCA (Graphic Communications Association)主催のコンファレンス、Collaboration '92 が開催され、21世紀産業社会の新パラダイムの追求が試みられた。新パラダイムは、米国の伝統文化とはそりが合わないために文化摩擦を引き起こす恐れがある一方で、新しい情報技術の進展が、新パラダイムへの突破を助けてくれるのではないかという期待が表明された。
  5. 6月中旬、神戸でインターネットの第一回国際大会が開催され、70ヶ国の代表350 人を含む600 人以上の人々が参加して、「万国のコンピューターの連結」の可能性をめぐって、熱気のこもった討議が行われた。
  6. 6月下旬、米国ロサンゼルスのビバリーヒルズでデジタルワールド国際会議が開催され、主催者のシーボルト氏が、ネットワークの重要性を確認した。氏は、情報の内容と容器とを分離して、すべてのデータのディジタル化をはかることでその相互利用基盤を作ると同時に、コンピューター、通信、出版、娯楽産業の融合をめざそうと呼びかけた。
  7. 7月末から 8月初めにかけて、箱根で、アップル社のスカリー会長が呼びかけたマルチメディア箱根フォーラムが開催され、コンピューター、通信、放送、映画、出版、教育等、欧米の関連業界のCEO 数十名が参加して、関連業界を結集したグローバルな協力態勢による "新メガ産業" としての "マルチメディア産業" あるいは "ニューメディア産業" の樹立の必要性を確認すると同時に、日本の業界に対しても参加を呼びかけた。
  8. 9月、米国大統領選に立候補した民主党のクリントン/ ゴア・ティームが新技術政策六項目を発表した。   
  9. 10月下旬、米国ワシントンDCで、Interop の国際会議が開かれ、その席上、これまではエリート研究者のものであったインターネットが、1992の夏ごろ以来、企業や学生、市民を含むより広汎な大衆のためのものとして変質しつつあることが確認された。
  10. 12月上旬、ワシントDCで、米軍の情報機関関係者とネットワーカーの合同会議が開催され、未来の "サイバースペース" の中での情報活動の在り方が論議され、これまでの秘密情報主義から公開情報主義への転換の必要が示唆された。
  11. 12月中旬、大統領選挙に勝利したクリントンは、全米経済サミットを召集して、米国が直面している経済問題とその解決の方向に関して、衆知を集めようとした。その席上、 "データハイウェー" の建設に関する政府の役割をめぐって、新政権側と、AT&Tとの間に意見の対立があることが明らかになった。
そこで、次に、これらの出来事のいくつかについて、その内容をもう少し詳しく紹介してみよう。

1)テレビの新パラダイム:マックワールド・エクスポ・東京とNAB 全国大会

まず、1991年2 月14日、東京幕張で行われた MacWorld Expo/Tokyoで、ジョン・スカリーが「90年代マルチメディアのビジョン」と題して行った基調講演の要旨を紹介しよう。スカリーはまず、コンピューターと通信技術と情報の間に、パラダイム・シフトとでも呼びたくなるような相互収束が起こりつつあると指摘する。すなわち、

  • 1980年代以来の傾向であるマイクロプロセッサーの性能向上と低価格化の継続、
  • コンピューターがより身近でより使いやすくなっていく傾向、
  • 通信技術の向上、
  • 情報のデジタル化の進展、
の四つが同時並行的に起こっている。まず、コンピューターの領域でのパラダイム・シフトについていえば、これまでの階層的組織の中に生じていた、専門家が空調のある部屋に置かれた大型コンピューターをコマンドで利用して数値処理を行っていた段階から、個人がデスクトップのパソコンを、マウスで指示し、クリックすることで動かすという方向への転換があった。ところが今日では、階層的な組織が平坦化したネットワークに変わり、その中で、さまざまなチームが、どこででもコンピューターと対話しながらそれを使い、誰とでも通信し、どのような情報にもアクセスできる、という状況が生まれつつある。しかも、個々の情報は、マルチメディアによって、目に見え耳に聞こえるる形で提供されるようになりつつある。こうして、コンピューターの世界には、 "Whole Person Paradigm"とでも呼ぶべき、新たなパラダイムが生まれてきた。

また、電話のパラダイム・シフトについていえば、電話は、20世紀の初頭に目新しいものとして登場して以来、20世紀半ば以後にはビジネスに不可欠なツールとなるまでに進化をとげてきたのだが、さらに1980年代以後には、日常生活に不可欠なツールとみなされるにいたった。

同様なパラダイム・シフトが、今、テレビの世界でも起こりつつある。1950年代初頭のテレビは、限られた数のチャネルと番組による「ブロードキャースティング」の手段とされ、視聴者はもっぱら受身の形でテレビに対していた。それが、1980年代には、地上波による放送に、ビデオとケーブルテレビが、さらには衛星放送が追加された、マルチチャネルの「ナローキャースティング」への時代への移行が生じた。これによって視聴者は多数の番組と豊かな色彩を享受できるようにはなったが、まだ受動的な存在にとどまっていた。ところが、1990年代に入るころから、テレビのパーソナル化と対話型化が始まり、同時に、画像のディジタル化によって、自由に画面の大きさを変更できるスケーラビリティもテレビに付加することが可能になろうとしている。しかも、このような変化が、情報伝送のマルチメディア化と並行して進んでいるのである。

今後、マルチメディアを新時代を主導する産業として成功させるためには、メディアの統合化、すなわち、コンピューター技術と家電技術の融合が必要だというのが、スカリーのビジョンである。(1)  

テレビのディジタル化のビジョンは、4 月に行われた全米放送業者協会(NAB) --といっても、今日ではコンピューター業界などもこれに参加するようになっているが--の全国大会でも確認された [Latta 92] 。半世紀におよぶアナログ・テレビの時代は、20世紀いっぱいで終わろうとしており、米国のFCC(連邦通信委員会) は、その変化を加速させる上で指導的役割を演じている。すでに、あらゆるニューメディアはディジタル化の方向に向かいつつあり、アナログ・ビデオは、旧時代のメディアの最後の砦なのである。テレビのディジタル化は、消費者の金を巻き上げようとするもう一つのたくらみなのでは決してない。それによって、家電機器や番組制作や放送は、根本的な変化をこうむらざるをえない。そして、もう後戻りはできない、というのがNAB の全国大会に結集した関係者たちの、一致した声だった。  

そうした変化のきっかけとなったのは、1990年の9 月にゼネラル・インストルメント社が、ディジタル・テレビのシステムを発表してからのことにすぎない。それ以前のHDTVは、日本のNHK が1964年以来 (正式には1970年以来) 、総計千数百億ドルの巨費を投じて開発にあたってきたアナログ方式のものであり、アメリカも不承不承ではあったが、NHK のものに近い方式を取ろうとしていたのだった。だが、1990年の秋以来、ディジタル・テレビは、まさに "週進月歩" の速度で変化につぐ変化をとげており、FCC は、ディジタル・テレビの標準設定のための委員会を設置して、標準化の作業を開始した。もっとも、FCC は、依然として "高度テレビ・システム(Advanced Television System)" という、アナログともディジタルともつかないような紛らわしい呼称を捨てていないが、実際の標準の設定過程では、FCC の選択がディジタル・テレビにしぼられていくことは確実である。 (現在提案されている、五つのシステムのうち、NHK の提案しているもの以外の四つは、すべてディジタルである。) 望ましいシステムについての、委員会の勧告は、1993年の6 月になされるだろう。(2)                                NAB の全国大会でも、1991年には、人々の注目はさまざまなHDTVシステムの技術的細目に向けられていたが、1992年の大会では、HDTVはすでに現実のものとなりつつあり、放送業界は重大な意思決定をしなければならなくなっているという空気が、支配的であった。ある発言者は、新HDTVの市場が出現するのは、ディジタル・テレビ放送の標準が決まった二年後、つまり1995年だと予想した。                        この大会で最も注目を集めたのはMIT のニコラス・ネグロポンテ(Nicholas Negroponte) の、 "テレビの技術的未来" と題する講演であった。彼は、その中で、テレビの進化は、それが "ハイ・ディフィニション" となることで起こっているのではなくて、ディジタル化することで起こっているのだと喝破した。そして、そのさいに起こる根本的な変化は、通信システムのインテリジェンスの存在する場所が、トランスミッターからレシーバーの方に移動することだと指摘した。レシーバーがインテリジェンスをもつディジタル・テレビにおいては、走査線の数やディスプレー画面の縦横比などは問題ならない。それらは、変更可能な "変数" になってしまうからである。そして、受信者は、自分がたとえば20メガビット/ 秒の帯域をもっているとするならば、その割り振りは自分で自由に決められるようになる。アナログのテレビやラジオの受信、データ通信などに分けて使うことも自由なのである。ディジタルHDTVのリアル・タイム受信に必要な帯域をフルに使うことは、フットボールのゲームの観戦といった時くらいだろう。他の大抵の場合には、テレビ番組は、 "バースト" で、ほとんど瞬時に全体を受信してしまうことができるからである、等々。そして、ここでも、ネグロポンテは彼の持論である、 "空と陸の場所の交代" 論、つまり、稀少な資源である無線の周波数は移動体通信用に割り当てられることになり、放送は有線を、それも "交換" 型の通信システムとして利用する方向に変わっていくだろうと予言し、テレビのチャネルの数は一本あれば足りるのであって、何十何百のチャネルができると考えるのはナンセンスだと論じた。(3)

ネグロポンテは、その講演を、次のような予言で締めくくった。日本は、後八ヶ月のうちに--つまり、1992年中に--ハイビジョンを棄てるだろう。ヨーロッパは、すでに事実上アナログを棄てている。ヨーロッパのHDTVの方式として決定されたHD-MACとD2-MACに関する法規には、「ディジタルに移行しない場合には」という限定句がすべりこまされている。ヨーロッパは、バルセロナ・オリンピックが終われば、全面的にディジタル化の方向に転換するだろう。米国の状況はより複雑だ。たった五年前には、日本と同じMUSE方式で行くといっていた。二年前にFCC に提出された新方式のテレビの提案は、すべてアナログだった。それをひっこめてディジタルにしようと言いだしたのは、ジェネラル・インストルメント社の勇気ある行為のおかげだった。だが、今FCC に提出されているディジタル・システムは、ハイディフィニションのことばかり考えているシステムなので、どれ一つとしてものの役に立つものはない。大事なことは、日本のシステムか、ヨーロッパのシステムか、アメリカのシステムかといって争うことではなく、真に国際的に協力して発展させられるシステムであって、しかもネグロポンテが上に述べたような "スケーラブル" な特性をもっているディジタル・テレビを開発することであって、現時点でいえば、MPEG( =Motion Picture Experts Group) だけが、その基準を満たしている。そのMPEG Iは問題にならないが、MPEG II には希望がもてる。恐らくこれが、今後の本命になるのではないだろうか [Negroponte 92]。(4)

2)新産業パラダイムに向けて:コラボレーション '92

1991年の秋に制定された "高性能コンピューティング法 (HPCA)"については、次章で解説することにして、ここでは、次に、1992年の 6月にグラフィックスの関係者の団体GCA(=Graphic Communications Association) が主催してサンフランシスコで開かれた "協働(Collaboration) '92"をテーマとする会議について、一言しておこう。

この会議の開催の呼びかけの中で、議長のクリストファー・ロックが行っている次のような指摘は、注目に値する。すなわち、1980年代に喧伝された数々のハイテクは、何一つとしてアメリカの産業界の救いにはならなかった。しかし、ここへ来て、 "真のパラダイム・シフト" が生じつつあるという自覚のもとに、産業界は必死になってこの決定的な変化と取り組み始めている。なるほど、この変化がつまるところ何を意味するかという点については、まだ大方の合意がえられるにはいたっていないが、今日の産業の競争力を規定している中心的な要因が、純粋に技術的なものや経済的なものというよりはむしろ、産業の抱えている人的資本の効果的な開発配置力にあることだけは、はっきりしてきた。ロックはそう述べた後で、今日の企業組織の中での人間的な理解という面に焦点をあわせたいくつかのバズワード、つまり専門的なひびきのする流行語、を紹介している。曰く、

トータルな品質管理、組織の再設計、コンカレント・エンジニアリング、リーン・プロダクション、柔軟な専門化、学習する組織、 "無境界" 組織、 "情報化(informated)" 組織、従業員のかかわり合い(involvement) 、参加型管理、自己管理型作業チーム、協働技術、作業グループ・コンピューティング

そしてロックは、これらのバズワードのどれ一つとして、現在進行中の転換の本質を把握しきっているわけではないにしても、そのおのおのが、人間のする仕事とより人間的な仕事場についての首尾一貫した強力な新ビジョンの出現を示唆しているという。しかも、これらのバズワードを全体としてみれば、そのような新ビジョンの普及を真に妨げているものは、技術的な要因というよりはもっぱら [アメリカ特有の] 文化的な要因だということに、内々ではあれ合意できるだろうという。そして、必要とされてはいるが困難でもあるこの変化は、われわれがどのようなコンピューター/コミュニケーション技術、つまり "情報技術" を今日採用するかによって、推進されもすれば阻害されもする、と断言しているのである。つまり、ロックは、アメリカの産業界の "パラダイム・シフト" を推進する戦略的な要因を、アメリカが採用する "情報技術" に求めているのである。

3)インターネットの指数的成長:INET '92

1992年の 6月に神戸で開催されたインターネット協会の第一回国際大会には、私もたまたま参加する機会を得た。この大会は、世界70ヶ国から600 人以上が参加して行われたが、そこでは、全体共通のセッション以外に、四つのトラック

1.各地域の現状 2.政策問題 3.アプリケーション 4.技術 に分かれた分科会が同時並行的に行われ、私は、もっぱら政策問題のトラックに参加した。以下は、私自身のごく限られた見聞と、そのさいに作成した主観的な記録に基づいた、大会の紹介である。

まず、 "インターネット" について、ごく概括的な説明を加えておこう。インターネットとは、個々のコンピュータとそのユーザーたちが、局所的・地域的なネットワークを作り、さらにそれらが全国的・世界的に連結するところに生まれる、ネットワークのネットワークがそれである。それは、単一の中心がないという意味で分散的な、また、全体の一元的な管理者もいないという意味で分権的な、ネットワークである。

相互に連結したコンピューターのネットワークのネットワークといっても、実はいくつも存在する。一つに連結しているものでも、内部の通信プロトコルが複数個存在しているものもある。ここでは、ごくおおまかに、アメリカを中心として、主としてTCP/IPとよばれるプロトコルによって結び付けられているインターネット (ジ・インターネットと通称されている) に話を限定しよう。

この意味でのインターネットの形成は、1980年代の初めに米国の研究機関を中心に起こり、ヨーロッパがそれに続いている。1988年ごろから、年々倍増の勢いにあり、今年の 6月には、互いに連結したコンピュータ(ホストという)の数は、90万台をこえた。インターネット協会のサーフ会長(Vinton Cerf) によれば、今世紀末までに、ホストの数は数十億からことによると数百億にも達するかもしれない。(実際、年々倍増する成長が10年続けば、10年間の総増加率は軽く1000倍をこえてしまうのである。)コンピューターの数が世界人口を上回ってしまう可能性があるのは、オフィスに、自宅に、車に、ポケットにと、一人が何台ものコンピューターをもって使いだすと考えられるからだ。いたるところにコンピュータがあり、それがいたるところのコンピュータとつながっていくのである。  

では、それで何ができるようになるのか。まず、ネット上のどの個人や集団に対しても、電子メールが出せる。公開されているどのデータベースからも、情報が引き出せる。よそのコンピュータの情報処理能力を借りることができる。しかもそれが自分の目の前のコンピューターを動かすのと、事実上変わらない速度で可能になる。要するに、誰でもが情報を自由に処理して、知らせたいことを知りたい人に、すばやく、安価に、そして安全確実に知らせられる仕組みが作られようとしているのだ。  

以上はインターネットの基本サービスだが、それをもとにして、これからはさらに高度で多様な情報処理サービスが付加されていくだろう。たとえば、自分が関心をもっている情報を世界中のデータベースから自動的に集めてきたり、それを自分の理解できる言語に翻訳したり、グラフその他のみやすい表示に変換したりしてくれる、といった具合に。また、世界中にちらばっているグループのメンバーたちのための、活発な情報交換や効果的な協働作業を支援するサービスも、さまざまな形のものが提供されるようになるだろう。この種のサービスを多くの人が気軽に利用できるようになる時、そこに出現する情報サービス市場の巨大さは、想像にあまりある。  

インターネットは、未来の情報社会の最も基本的な情報インフラになるだろう。私の予想では、情報社会では、商品の生産販売を通じて富を追求する "企業活動" とならんで、情報の創造通有を通じて智(的影響力)を追求する "智業活動" が普及する。企業活動の場が "世界市場" だとすれば、智業活動の場は "地球智場" とでもよべるものになるだろうが、インターネットはなによりもまず、この地球智場にとって不可欠な情報インフラになるだろう。情報の通有の場としてのインターネットの中核に、広義の "研究教育" ネットワークがおかれることの積極的な意味は、そのような文脈で理解すべきだろう。

さて、ジ・インターネットを利用している人々が集まって1991年の 6月に結成したInternet Societyは、1992年 5月現在、1000人と少しの会員をもっている (米国750 、欧州150 、日本100)。インターネット自体には、92年 6月現在、107 国の 500万以上のユーザーと 918500 のホストが接続している (そのおおまかな内訳は、BITNET 3500, FIDONET 12000, UUCP 13000, TCP/IP 890000 といったところである) 。  

協会の著名な会員の一人Landweber の報告によれば、インターネットの普及に関して、今一番エキサイティングなことが起こっている地域はアフリカと東欧だという。冷戦後体制の特徴として、旧ソ連とバルト三国が熱心に加入しようとしており、それと共に西欧への普及も加速して、現在、西欧だけでもIPホストは 182000 にのぼったという。将来は太平洋地域でも顕著な進展が見られることが期待されている。今は世界の国の中の半分しかネットワークに接続していないが、近い将来世界のすべての国が接続するようになり、グローバルな情報サービスが可能になるだろう。そうなると、コミュニケーションによる紛争解決も夢ではなくなるかもしれない。

次に、ネットワークの接続政策をめぐるバネル討論の中でのめぼしい発言を拾ってみよう。まず、これまでは、ネットワークの成長が線型だと思って政策を考えてきたが、実際は、これからの成長は指数関数的になっていくので、それへの対応が必要だという指摘があった。また、1987年に英・独・米の少数の関係者が集まって作った組織であるCCIRN における国際研究ネットワークの調整の教訓として、当初は、地域内の通信なら費用も安く、大量に行うことができ、関係者の間の合意もえやすいと想像していたのが、大きな間違いだったと分かったという発言もあった。通信の費用はむしろ大陸間が--つまり米国とつなぐ方が--安いくらいだったというのである。いずれにせよ、欧州では、資金や政策の問題はさっぱり解決されていないが、これが、アジア太平洋になるとさらに大変だろうと予想されている。米国では、欧州に比べて、ネットワークの利用に対する規制が少なく、研究開発機関への開放も進んでいる。ところが、欧州内部の接続に対しては、さまざまな規制や制約が多い。ということは、ネットワークの階層の上にいくほど制約が少ないという構造があることを意味する。もっとも、アメリカ自体の内部でいえば、欧州と逆に、ネットワークの階層の上になるほど、政策的制約が強くなっている。また、ネットワークの構造としては、アメリカでは当初、ネットワークのバックボーンにあたる部分について、二層のツリー構造を構想していたのだが、実際に実現したのは、ツリーではなく、横の接続のある構造だったし、ナショナル・バックボーンも一つではなく三つできたという (NSF,エネルギー省、およびNASAのバックボーンがそれである) 。この三つは、それぞれが別の運用政策をもちながら、しかも相互接続している。さらに、それらが欧州および太平洋とつながっているので、その複雑さは想像にあまるものがある。しかし他方では、この現状は "creative anarchy" だという意見もある。それにしても、インターネットの利用は、これまで研究目的に限られていたのが、近年では、商用利用も認められつつあるので、それに伴うネットワークの規模と多様性の増大の結果、当初の相互接続性が失われたり、動作が不安定になったりする状況も出てきている。相互の協力によるやり直しが必要ではないだろうか。指数的成長の時代に、協力がなければ、すべてが壊れてしまう危険がある。だが、そうはいっても、世界的なインターネットのレジームとしては、ヨーロッパの考えたPTT 中心の制約の多いものではなくて、米国の考えた "自由な" インターネット方式が拡がってきていることは、注目に値する。今後も恐らくこのレジームが世界の主流であり続けるだろう。  

次に、Lotus Corporation の創立者で、現在は EFF (Electronic Frontier Foundation) の会長をしているMitch Kapor の基調講演を紹介してみよう。彼によれば、現在最も 広く普及しているコミュニケーションの方式である電子メールは、お互の連絡程度ならともかく、本格的なグループ活動にはむかない。したがって、これからは、インターネットの上で、すぐれた電子会議用のアプリケーションが提供されるなど、各種のグループウエアが開発・利用されていくことが望ましい。また、ネットワークの運営を純技術的に行うことはやめた方がよい。より広い展望をもって、コミュニティの形成をめざしていくことが大切である。ネットワークに関する研究テーマももっと拡げる必要がある。たとえば、より有効なコミュニケーションの仕方を研究することは、緊急の課題の一つである。電子会議は討論には便利だが、決定に到達するには不便なので、この困難を解決してくれるコミュニケーションの方式の出現が望まれるのである。

インターネットの利用政策に関するセッションでは、次のような発言が私の関心を引いた。プリンストン大学で、ジョン・フォン・ノイマン・ネットの運営にたずさわってきたSergio F. Heckerによれば、インターネットはこの六年間にすばらしく発達した。技術的に大きく変わり、ネットワークの統合が可能になったばかりか、運営面にも変化があった。プロトコルやツールがより容易なものになった。法的な側面でいえば、これまでは政府の全面支援ネットワークだけだったのが、範囲が拡がり、部分支援のものや、商用ネットワークまで、インターネットに入れるようになり、ほぼ同様なサービスを提供し始めている。このため、インターネットに関連する新しい市場が開け、多様な価格で多様なサービスが提供されるようになってきた。現在インターネットに加入している世界中の5000にのぼる自律的なネットワークの中には、営利目的での使用を制限しているものが多いが、中にはまったく規制のないものも少なくない。そのため、エンド・ユーザーにはどこにどんな規制があるか分からないのが現状だ。他方、利用の目的や仕方が悪いといってこれを強制的に規制する実際的に有効な方法はないことも事実だ。そうだとすれば、営利目的での利用に対する制限の方を、むしろ撤廃すべきだろう。

基調講演を行っただけでなく、このセッションの発表者ともなったMitch Kapor の考えでは、今後の鍵となる政策問題は、研究ネットワークを研究用と商用のハイブリッド・ネットワークにすることである。これがうまくいけば、いまだに商用インターネットのない日本にも、それを作ることが可能になるだろう。現に、大学や研究所の外にいてインターネットを利用したがっている人の数はふえる一方だ。またその権利もある。インターネットの利用を研究教育目的だけに限定しようとする政策は、一見単純に見えるが、実際問題としては目的の分けようがない。つまり、理論と実際は乖離しているのである。しかもインターネットは分権的なネットなので、かりに、研究教育以外の目的に利用しているユーザーがいることが分かったとしても、強制的にその人を排除することはできない。結局、正直者が損をするのが現状なのだ。それに、インターネットの上での各種のサービスの提供をビジネスにしている人がいるとして、そのサービス自体は誰のためのサービスなのか。もちろん研究教育関係者を対象として、営利としてのサービスを行っている場合も考えられる--大学の中の食堂や売店のように--が、研究教育関係者に有用なサービスまで規制しろというのだろうか? Kapor たちが作っているインターネット・サービスを商業的に提供している会社の連合体であるCIX(Commercial Internet Exchange) の場合、研究教育目的での利用に限定されているバックボーンはバイパスしている。従って、そこでの規制とは無関係にビジネスをしている。いってみれば、自由貿易ゾーンのようなものだ。概していえば、ネットワークの商業化はよいことだと思うが、人々がインターネットを利用する目的はいろいろありうることにも注意すべきだろう。たとえば、インターネットが布教の場として使われるとすればどういうことになるか? これは、非常に興味深いケースである。(5)

Kaporはまた、日米を比較して、アメリカの電話の失敗はISDNを作れなかったところにあり、この点では日本にしてやられたが、逆に日本の問題は、データ通信のネットワークのバックボーンや国際的連結を作れなかったことにある、とも指摘した。

次に、インターネットの未来をめぐるセッションでは、サーフ会長が、インターネットは現在すでに指数的に成長中だとした後で、次のような予測を示した。すなわち、インターネットは、現在すでに、ホストが百万、ネットが万、ユーザーが500 万、ルーターが万、ファイル、メール、双方向コンピューティング、データベース等のサービス--音声と画像のサービスはこれからだが--の提供者が百から千、のオーダーになっている。今後10年の間には、10の巾乗数でいうと、ユーザーが9(9)、ネットが8(8)、ホストが 8(10)、ルーターが6(8)、サービス提供者が 3~4 ということになりそうだ (括弧の前が普通の予測、括弧の中がいわゆる "遍在モデル" を前提とした予測である) 。現在の電話は、世界に 6億ほどあるが、今後ネットワークの数が、10の8 乗とか9 乗といった数になると考えると、これからの世界は電話の代わりにネットワークがあって、リモート・アクセスや音声・ビデオやTV会議のサービスをしているという未来イメージができそうだ。さらに、未来のネットワーク・サービスは、ディジタル図書館/ 出版、ノーボット・サービス、マルチメディア郵便から、CAD/CAM 、ネットワーク製造、取引、情報サービス、さらには、分散ゲーム、移動個人コミュニケーション、録画済みビデオの注文送信などへとひろがっていくだろう。いずれにせよ、インターネットの進化の方向は、急速な発展と多様性と相互接続性をその特徴とするものになる。

なお、Cerf会長のプレゼンテーションを受けた後の討議の中で出された論点では、電子メールにはプライバシーが欠如しているという問題や、今後は国際制裁の手段として、情報通信インフラを機能させなくする可能性--今、ユーゴーへの国際航空を制裁としてとめているのと似たようなことが電気通信に起こる可能性--、あるいは、小説を電子的に送ることは、コピー権の違反にはならなくても、実演権の違反になるとか、電子メールに「封」をするにはどうすればよいか--それもそもそも政府に解読の鍵を提供しないで通信文を暗号化することは違法な国もあるという状況の下で--などが、私の興味を引いた。(6)

次に、ネットワークの地球的拡大に関する討論の中から、いくつかの論点を紹介しておこう。まず、国際組織としてのCCIRN ( "カーン" と発音する) は、1988年の 5月、真に開かれたグローバルなネットワークを構築すべく、とくに米国と欧州の間の調整を行うために、ネットワーキングの政策問題を議論する場として設立されたが、その後次第にそれに加入する地域代表の範囲が拡がり、アジア太平洋地域の代表 (豪州、日本、韓国) も加わって、現在では 140ヶ国が加入しているという (南アメリカの加入はペンディング) 。アジア太平洋地域のCCIRN の議長は、日本の浅野正一郎教授となっているが、韓国の委員の発言によれば、実際には機能していないようである。CCIRN は、フォーマルな構造のない、ボランタリーな組織であるために、組織としての意思決定はしない。強制力のない合意形成機関にとどまっている。しかし、政策や立場について声明を発表したり、戦略的な選択について推薦を行ったり、調整のためのガイドラインを提案したりすることで、それなりに機能している。最近ここで議論されたテーマには、 "アクセプタブル・ユース" の問題やネットワークの管理問題、マルチプロトコルの支援問題、ディレクトリーやファイルのサービス問題、国字セットの問題、アクセスのコントロールやネットワークの統合性などの問題がある。会合は年二回定期的に行われて、協働作業の促進に努めているが、最近では、自分自身の技術的な腕(the IEPG)もつくった。これまでの実績としては、大陸間専用線に関する政策の決定と採択や大陸間リンクの調整と計画などがある。今後の役割としては、当面のイシューとなっているインターネットの地球化、商業化、地域化などの問題に対処しつつ、アクセプタブル・ユースの問題やネットワーキングの倫理、規制などの問題を議論していくことが期待されている。

インターネットに関わる国際組織としては、その他に、1990年に発足したIntercontinental Engineering and Planning Group というのがある。このグループには、100 万以上のコンピューターが接続していて、 4~6 カ月で倍増する勢いにある。会議では、グローバルなrouting, DNSとディレクトリー・サービス、登録問題等が議論されている。また、 UUCP, OSI, その他の非IPのインテグレーションも考えている。

インターネットの利用政策をめぐる議論に関しては、現在NSF の委嘱を受けてネットの運営にたずさわっている団体であるANS のGuy Almes の発表が参考になった。彼は、研究教育用のネットワークト商用のネットワークは、今後調整され統合さるべきだと主張し、その論拠として次の点をあげた。

まず、インターネット自体の歴史だが、1969年から85年までのいわゆるARPAnet の時代のそれは、すべてDARPA (Defense Advanced Research Project Agency)の資金に依存し、国防にかかわるコンピューター科学関連の研究と資源の共同利用が中心だった。つまり、狭い焦点と狭い資金基盤がその特徴であり、回線速度も50KBしかなかった。その間、次第に拡大が見られ、非コンピューター科学の研究、教育や、企業でのDARPA 関連の研究などにも用いられるようになったが、資金基盤の拡大はなかった。ようやく1986年になって、ネットワークのバックボーンがNSF(National Science Foundation)の資金でまかなわれるようになり、ARPAnet はNSFnetへと模様替えした。また、ミドレベルのネットワークには、NSF の資金の他に、それ以外の多様な資金が入り、支援される研究の範囲が広がったばかりか、教育もや産業でも使われ始め、回線速度も早くなった (バックボーンには、1.5 メガのT1が入った) 。さらに近年では、地域ミドレベルネットの急速な拡大が起こると共に、バックボーンの回線速度もT3 (44メガ) へと増大した。現在ではさらに、支援される研究教育(RE)の範囲の急拡大やユーザーの多様化 (種類、地域) が進行している。営利目的での利用(CO)も容認される方向が出てきたし、ネットワーク自体はグローバルな広がりを見せ始めている。そこで、未来の姿だが、一方の極は、RE/CO が統合されると共に、RE中心で拡大を続けることだろう。中間の形は、REとCOが一応区別されつつ、その間の調整と完全な相互接続が実現することである。他方の極は、両者が別々なままに発展して、規模の経済 (資金と市場の相乗効果) のえられない形だろう。その中では、中間形が最善ではないだろうか。大切なことは、研究開発ネットワークと生産ネットワークが結合することであって、それに反対して、企業が営利目的で研究ネットを搾取するというのは、とんでもない誤りである。その意味では、これからのインターネットの健全な発展をうながすためには、その調整者として、これまでのCCIRN とIEPGに加えて、商用ネットの運営者の団体(CIX=commercial internet exchange) も加える必要がある。なにしろ今後は、大学でインターネットを使って育った学生が、企業に入っていくのだし、彼らは当然、日々のビジネスの中でもインターネットを使いたがるようになるだろう。また、ネットワークが今日ではグローバルな拡がりを見せつつあるという点から考えると、インターネットのグローバルな調整機構は絶対に必要である。電話でも郵便でもそれがあることを考えれば、その必要性は明らかだろう。インターネットは今、その歴史の中での大きな転換点にたっている。(7)

大会の最後には、インターネットにかかわるグローバルな問題を論議するパネル討論が開催され、パネラーからは、次のような論点が提示された。

  • 相互に接続されたネットワークの数の爆発的増大は、アメリカだけの現象ではない。アメリカ以外のところでは、ちょうど一年遅れで、アメリカと同様の爆発が始まっている。( 二つのグラフは一年ずらすと、ぴったり重なるのだ。)
  • 東欧は今年、インターネットにつながった。今、バックボーンを建設中だ。しかし、経済状態が悪いので資金がない。規制も強いので時間がかかるが、いずれは普及するだろう。そのさいに、インターネット協会の果たせる役割は大きいはずだが、協会の存在はまだ広く知られていない。協会の地域支部を作る必要がある。ただし、会費が払えないので何とか助けてほしい  
  • インドではすでに100 機関、1000ホストが加入し、なお需要は強い。
  • 国連UNDPの見るところでは、インターネットは社会変化のための重要なエンジンとなりうる。現に、わずか一万ドルの投資で、キューバから千人の研究者がインターネットを通じて情報がとれるようになった。これは、西側の情報を盗むということではなくて、キューバを変える為の情報をもらっているのだ。
  • インターネット協会は、いまや一種の国際政府の役割をはたしている。同様な組織は、他の分野にもある(IEEE, ISO等) 。しかし、他方 ITUなどの条約機構をどうすべきか? もちろん、無視はできない。そこでの規格形成の役割などは重要だ。そこで、協会としては、そうした機構を通じて影響を及ぼしていくことを考えるべきだろう。つまり、国内のメンバー機構をまず動かして、それを通じて国際機構を動かすのだ。
  • アフリカでも、ネットワーキングが拡がり始めた。アフリカでのサービスのトップ・プライオリティは接続であり、第二はノウハウと情報へのアクセスだ。
パネラーの以上のような発言に対して、次のようないくつかの質問や意見表明、情報提供があった。
  • キューバやベトナム等のネットワークへの接続の現実的可能性はどんなものか。 この質問は、インターネット協会の会員の内部の意見は決して一つではないことを反映している。現に、キューバとの接続には反対だという意見があったし、そこから、インターネット協会として政治的に動くべきではないという意見もでてきた。
  • 南アフリカの会員からは、現在のインターネットは、全体としてアメリカ中心の運営だが、これにはいい面と悪い面とがあることが指摘された。とすると、現在の会員の意見を優先すべきか、それとも外部の人の意見を尊重すべきかが問題になる。
  • アフリカの多くの政府はインターネットを統制している。個人にはモデムをもたせないという政策もある。
  • 現在のようにインターネットが爆発的に拡大していると、やがては政治家がこれに注 目するだろう。それは不可避だ。
  • アメリカは今でも、キューバとの直通電話を禁止している。したがって、インターネットを利用したいと思っても、ダイヤル・アップでもつなげない。カナダやメキシコを経由するという手はあるが。
  • ベトナムは、アメリカによるエンバーゴーの間、非常に孤独に感じていた。今ようやくそれが解けた。そこでインターネットにも参加したいが、ヨーロッパにそれほど高速ではないバックボーンをひく費用だけでも、二千万㌦と見積もられている。より高速なものだと二億㌦かかる。科学者にはそれが必要だが、より広汎なユーザーにとっては、そこまでのものは不必要だ。この対立をどうするかが、現在の問題になってい  る。
  • アメリカの政策はすでに変わった。ベルリンの壁の崩壊以後、接続する国の範囲の制限はなくなった。他方、一国による規制があっても、それは世界大の規制ではない。つまり、米国に接続できなくても、他の世界には接続できるのだ。米国の政策を世界の政策と取り違えるてはならない。
  • とはいえ、米国のコンピューター関連製品を外国に輸入しようとしたら、ココムの制約が今でもあることは事実だ。暗号化の技術流出への規制はもっと強い。なにしろ、アメリカはその輸出を許していないのだから。
  • 国連は、日本の民間部門から、インターネットへの接続を助けるための多くの支援を得ている。

三日にわたる大会に参加して、私は、インターネットの未来に関して、次のような感想をもった。

①全体としての感想

INET'92 はとてもインプレッシブだった。 "exponential growth" という言葉を久しぶりに聞いた。プロフェッショナル・グループの暖かい雰囲気も感じがよかった。なにより、1992年は、インターネットの爆発の年、あるいは変質の年として記録されるだろう。

それにしても、インターネットへの接続の遅れている日本で第一回の大会がどうして開かれることになったたのか不思議だったが、会議の運びや事務局の献身的な世話ぶりをみて、こういうところに、日本の長所があるのかなとあらためて思った。つまり、日本あるいは日本人は、グループ活動の "幹事役 (manager, secretariat)"としては、非常にすぐれた才能を発揮しがちなのだ。

②日本でのデータ通信ネットワークの特徴についての感想。  

米国の場合、広域的なコンピューター・ネットワークとしては、次の四つがからみあって発展してきた。

  • エリート研究者用の高速バックボーン   
  • UUCP型の研究者間電子メール・システム   
  • CompuServeのような大規模商用のパソコン通信ネットワーク   
  • 草の根BBS
これに対し、日本の場合は、
  • 国防という問題がそれほど突出していなかったためか、国の役割は小さかった
  • NACSISは、技術的に問題がある。それに、縄張り意識が強い。
  • そこで研究者のボランタリーなネットとしての、UUCP型のJUNET がまず生まれ、続いて、TCP/IPによるWIDEの実験が、これも自発的な実験プロジェクトとしてこころみられた
  • 他方、回線についてはNTT とKDD の役割が中心だったが、 専用線は高価、他方ISDNはパケット通信の用途を考えていない
  • PC-VANやNIFTY-SERVE のような商用ネットワークや、COARA のような地方自治体と密着したネットワーク、およびさまざまな草の根ネットワークは、NTT の民営化と共に急速に発展しつつあるが、ここには、ジェフ・シャパード[Shapard93] の指摘する閉鎖性の問題がある。つまり、会員たちが、自分たちだけの領域を作って、そこに閉じこもろうとする傾向がある。たかだか、他人をもその中に引き込もうとする程度の開放性しかない。これは確かに問題ではあるが、しかし、まず自分たちのやり方を打ち立てるという意味では、全面的に悪いとも言い切れないのではないか。

③インターネットの未来についての私の評価

インターネット型のコンピューターの "ネットワークのネットワーク" は、私のいう "智のゲーム" 時代のゲームの場、つまり "地球智場" になる可能性がある。つまり、インターネットは、グローバルな、知識の通有・評価の場所となって、そこで、そして、知的影響力の獲得競争が行われ、それを通じて、未来のポスト・モダン文明が生まれていくのではないだろうか。今日のわれわれは、そのフロンティアを開拓しているのだ。その意味では、インターネットと産業とも関係--産業社会の情報インフラとして、あるいはソフトウエアの流通市場としての--も重要だとはいえ、第二義的なものでしかない。ましてやインターネットと国家との関係--国防力や国際競争力を増進するためのインフラとしての--は、第三義的なものでしかない。これからの国家は、国防や国際競争力の増進の主体というよりは、国際協力の主体になってほしいものだ。真に重要なのは、企業と智業の間の協働であり、また、智のネットワークを通じての各種の主体相互間の "コエミュレーション" なのだ。その意味で、アメリカがインターネットの構築やそのための標準の形成にに先鞭をつけたことは、高く評価したい。

4)ディジタル・ワールドの形成:第三回ディジタル・ワールド大会  

次に、1992年の 6月にロサンゼルスでシーボルド社の主催で開かれた、第三回ディジタル・ワールド大会で行われた議論の一部を、その模様を報告したニューズレター [Seybold92]からの要約によって紹介しよう。

この会議の意義は、通信のディジタル化への収束の方向がもはや決定的であることが、確認された点にある。そのことは、ニューズレターの編集者 Denise Carusoが、その序文の表題を「決定的瞬間での出会い--転換期を目撃する」としているところからも知られよう。もちろん、収束が、どのような経路をへていつごろ完了するかは、まだ不明確であり、大会参加者の間での意見もさまざまだった。それでも、次のいくつかのコンセプトの重要性については、参加者の大方の意見が一致したのである。

  • "収束産業 convergence industries":ディジタル・ワールドの到来と共に、これまでの、家電、コンピューター、通信、マスメディア、出版・娯楽産業が、一つに収束していくこと、またそれと同時に、TV, CATV, 電話、印刷、書籍雑誌、音楽、ビデオ、伝統芸術等のメディアも一つに収束していくこと。
  • そのさい、収束する産業の間の "境界の消去 erasing the boundaries"が行われること。
  • 収束期の意味は、さまざまな産業や企業の間に、後の "競争のための協力 "や "連合" が見られること。
  • それにつれて、コンピューター、とりわけパソコンの "日用品化 commoditization" が起こること。
大会の冒頭、何人かの人々が基調講演を行った。

まず、インテル社社長のアンドリュー・グローブは、この“収束”を駆動しているのは人々の恐怖と貪欲、「乗り遅れては大変」という意識だと喝破した。この時期の特徴は、現実の成長率がその期待値より低くなる点にあり、実際問題としては、企業間の競争や食い合いが激しくなるとグローブはいう。そして、マルチメディア通信において、消費者が満足する品質の画像を送信するための圧縮が可能になるまでにはまだまだ時間がかかるので、収束の開始は、消費者でなくてビジネス界の強い必要に答えられるようになった時、つまり、高価で低品質の画像ではあっても、企業用にならば何とか我慢できるだけの質をもった電子メールとテレビ会議が可能になった時に起こるとした。たとえば、インテル社は現在、双方向のビデオ処理を可能にするDVI =digital video interactive を製造するにいたっており、テレビ会議用のソフトも、まだ速度は遅いが、企業用にはそれで十分だろうと述べた。いいかえれば、消費者市場は当分立ちあがらないにしても、企業の需要であれば、インテル社のチップをのせたPCですでに満たせるとした。  

これに対し、米国のCATVの85% をおさえている、CATVコンソーシアムの研究部門であるCableLabs のリチャード・グリーン社長は、消費者が満足する水準のビデオ圧縮技術は、もうほんのそこまできている(just around the corner)と述べた。彼は、1994年までにビデオ伝送をディジタル化して、"pay-per-view digital movies" を提供することによって、現在110 億ドルの規模に達しているレンタル・ビデオ市場を食いたいと述べた。グリーンの目論見では、ディジタル信号化すると必要伝送容量は8 倍になるが、回線の光ファイバー化によってそれに対応することが可能 (価格は同軸ケーブルと同程度にまで下がってきた) なので、電話会社のように広帯域需要の立ち上がりを待ったりはしないで、まずFSA =fiber to the service area (250~500 世帯) からスタートする。それ以後順次、HDTVや双方向通信などを提供していくつもりだが、そのためにも、他産業、とりわけコンピューター業界の協力に期待したいという。彼の考えでは、個人、家庭、企業、政府を結ぶ高速データ・ネットワークとして第一の優先度を与えられるべきものは、

コンピューター+ケーブル+公衆ネットワーク

という組み合わせのものであって、そのための規格 (プロトコル、パケット構造、誤り訂正等) のガイドラインをCableLabs が作って、広くクロスライセンスすることによって、 "協力による遍在" を狙う。相互接続のための作業はすぐにも開始するつもりだが、その対象となる電話、セルラー電話、衛星、コンピューター・ネットなどの間の協力のための開放的姿勢を堅持するつもりだ。なにしろ、ケーブル業界が外からの提案に対してこんなに開かれた姿勢になったのは、これまでついぞなかったことなのだ。  

第三のスピーカーは、ソニー・アメリカのロン・ソマー社長である。彼は、今やソニーもディジタル領域に参入しようとしているとして、家電と情報通信の境界がなくなったことの問題を、次のように述べた。つまり、古いニッチが消滅して、消費者向けとか企業向けといった境がなくなってしまうために、突然勝手がわからなくなってしまい、自分がこれまでいた業界に今や入っていないという感じをいだくようになるというのである。したがって、これからは、古いニッチの神通力などもはやあてにしないで、

{コンピューター、通信、家電}という三つの業界が、 →{個人娯楽、情報通信関連製品、双方向の家庭用情報娯楽システム}をめざした連合を組み、失敗を恐れず試行錯誤する以外に生き残る道はない。 続いて、アップル社のジョン・スカリー会長は、昨年中に共通の了解に達したこととして、

  1. ディジタル技術にもとづいて、家電・コンピューター・出版を併せた、新たな巨大産業(mega-industry)が誕生中であること、
  2. 2000年までにネットワーク容量が一万倍になるほどの電気通信技術の急発達が起こっ ていること、
の二点をあげ、アップル社は今後ネットワーキングに焦点を合わせていくと言明した。そしてアップル社は、ローカルからグローバルまで、コンピューターから電話・ケーブル・衛星・移動体まで、その活動範囲を拡げると共に、これまでのような技術とデバイス屋だけでなく、出版屋にもなって、たとえ出版物の内容は所有しなくても、それをディジタル化することに協力すると述べた。具体的には、アップル社は自分の技術を提供して、各方面--IBM, SONY, Motorola, Random House, Pacific Bell, Toshiba, Sharp 等--と戦略的提携関係を発展させるつもりだとした。そして、グローブ社長のいう企業需要中心論には反対で、家電もコンピューターも、ともに "日用品 commodities" になった以上、企業と消費者の両方を相手にしていかなければならないと結んだ。            さらに、IBM のマルチメディア担当副社長ルーシー・フィールドスタッドは、これからは広帯域ディジタル通信が、ディジタル・ワールドの基本インフラとなると確信していると述べ、IBM もネットワーク展開に参加していくという決意を表明した。しかもそのさい、IBM は、ハードだけでなく情報の提供者にもなることによって、過去の伝統から訣別し、ネットワーク内を流れる情報から収入を得るつもりだとも述べた。なぜならば、彼女のビジョンでは、情報娯楽産業 (音楽、出版、ビデオ、電気通信、テレビ) はすべてディジタル化していくことになるのだが、それらのすべてにとって、未来のキー技術は、ディジタルの "distribution link"となるのだが、そのもとになるのが、既存のケーブルand/or電話網だからである。(8) その中でも、とりわけ期待がもてるのがケーブルなのだが、その理由は、
  1. すでに広帯域のインフラができていること、   
  2. 現在敷設中の光ファイバーには巨大なポテンシャルがあること、
の二点に求めることができ、したがってIBM としては、ケーブル産業を助けて、それを放送業から通信業に変えることによって、ケーブルの余力を生かしたい。その中核になるのがディジタル・ビデオであって、彼女は、「FAX とセルラー電話がデータに対してしたことを、われわれは完全動画に対して行う」と言明した。これは、個人が自分で取ったビデオを送信できるようにするということらしいが、そういったことも含めて考えると、将来は情報インフラ (テレコム・インフラ) は輸送インフラと同じようなものになる、つまり、送りたい情報パッケージに対する、最も適切な伝送システムが選べるようになるというわけだ。

こうした未来を実現すべくIBM が準備する技術は、彼女によれば、scalable high-speed servers やgigabit digital switchesからset-top decoder box にまで及んでいる。そのさい、IBM としては、ビデオの圧縮規格にはこだわらず、標準になったものをサポートするつもりである。IBM は今、このような未来ビジョンにもとづいて、広く提携相手を物色中であり、カナダのRogers Cableと、Bell Southとの提携は、すでに確定し、今、Time Warner と交渉中だという。  

基調講演のしんがりをつとめたのは、芸術家であって映画製作者のアリー・ウィリスである。彼女は今、 CD-ROM ベースのインターアクティブ・マルチメディアに夢中なのだが、既成のものは退屈だという。なぜならば、今のインターアクティブ製品は、情緒、暖かさ、hipness[新しい物好き] 、洗練などを求めるテレビ・ラジオ世代の高度な要求には答えていないからである。そこで彼女は、その種のマルチメディア製品の制作に芸術家を参加させよと主張する。そうすると、全く新しい芸術形態が生まれ、映画もテレビも音楽も、永久に変わってしまうだろうというのである。しかも、そうした作品への需要はすぐにでも生まれるのだから、要するに供給さえあればよい、というのが彼女の結論であった。

次に、この大会の最終セッションでの発言者の発言を見てみよう。

まず、マイクロソフト社のネイサン・ミールボルド副社長は、ディジタル・ワールドへの道は、ディジタル・メディアであって、これは、印刷、コピー、DTP 以上の革命だと述べた。ただし、その道は平坦ではなく、いろんな利害の衝突や見解の食い違い、あるいは産みの苦しみでいっぱいの道でもある。ともあれ、ディジタル化の第一段階はCDオーディオであり、第二段階が専用システム(PDAやマルティメディア・プレヤー) になるだろう。しかし、同時に彼は、かつてのワープロ専用機が、今は姿を消してまったことを忘れてはならないとも警告した。

続いて、アップル・アドバンスド・テクノロジー・グループのマイク・リープホールドは、未来の "wired home" は、各社単独ではやれない、日本式の "後に競争するための協力" が、今こそ必要だと主張した。そして、この wired home の内部は、四つ、すなわち

  1. 家庭オフィス
  2. 子供部屋
  3. リビング・ルーム
  4. インターアクティブ・メディア用空間
に分かれることになるだろうと予想した。そのうちの最後の空間は、現在の家庭でいえば、電話帳や請求書をおいてある場所なのだが、ここに三台目か四台目の "full-motion videotext information device”が置かれることになるだろう。そして彼の予想では、このwired homeへの情報の配給システムは単一のものになるが、それは多分、電話会社とケーブル会社の混合した“ハイブリッド・ネットワーク”になるだろう。なぜならば、電話会社もケーブル会社もどちらも単一では、うまい課金システムが作れないからである。情報課金システムは、“Catch-22 rate structure"(9) とでも呼ぶべき矛盾にさらされていて、音声通信への課金システムを基礎とすると電話でビデオは送れないし、逆にビデオ・サービスをもとに課金すると、電話はタダにしなければならなくなるのである。

最後に、ニュース・コープのジョン・エバンズは、彼の企画で大成功したものとして、ニューヨーク・マガジンのビレッジ・ボイス欄をあげた。これは、雑誌に個人広告欄を作って、多額の収入をあげたものである。こうした経験から考えると、電子ネットワークで個人用新聞が提供されるようになるなどといった話は、ハッカーのアプローチ、ないしはエリーティストの空想にすぎない。なぜならば、それは、次の三つの点を見忘れているからである。すなわち、

  1. それでは金にならない。第一、広告が取れない。だから供給もないし読まれもしないだろう。どうしてもやるというなら、個人用新聞は、各記事ごとに料金を取る、Pay-par-look 方式を採用する以外にないだろう。
  2. それは、編集者の役割を無視している。個人がそこから自分用の記事を選べるもとの新聞は、単なるデータの集まりではない。すでに編集されているものなのだ。
  3. 記事の内容が、新聞社の所有物であることを忘れている。いくら、他業種の企業が協力したといってこられても、記事をタダでやれるものか。
(10) そうだとすれば、今はまだ“収束”の時期ではない、他のメディアのレベルが低すぎるし、自分たちは充分収益をあげているのだから、というのが彼の結論である。(11)

以上の発言の他、ニューズレターの編集者は、討論セッションでの討論の内容を、次の10点に要約している。

①電話会社のアイデンティティ危機。公衆ネットワークか情報サービス提供者か?

時代と共に変わっていくためには、彼等は闘うことを学ぶべきだ

a)グリーン判事の決定:かれは地域ベル電話会社が、情報サービスのコモンキャリアーとしてとどまるべしという理由で、これらの会社に情報サービスの提供を禁止した。その結果、地域電話会社には広帯域光ファイバーの建設誘因がなくなったのだが、今度、いよいよその規制は廃止されるだろう。もっとも、だからといって、光ファイバー投資が加速されるかどうかは、まだはっきりしない。

b)電話会社の長所と短所。ケン・トンプソンがあげた電話会社の長所と短所は、次の通り。

 
  長所:顧客との関係が緊密       短所:部内者による経営
        一地域あたり千万以上の加入者     戦略的思考がない
        年中24時間操業            規制志向型意識
        課金システムが比較的正確       企業家精神の発露は抑えられる
        財務力あり              市場知識がない
        従業員は熟練度が高く忠実       なわばり志向型
                        グリーン修正最終審決の制約

c)電話業の現状。もはや単一のネットワークではなくなりつつある。 互いに競合する多数のネットワーク、地域電話会社、地域間電話、移動体・衛星、ケーブル会社等がしのぎを削り始めた。

d)電話回線の特質。                            どこにでもある(ubiquitous)。信頼性は高い。めったに切れない。しかし、1.5 Mbpsが精一杯。これはビデオ一チャネル分でしかない。広帯域ディジタルサービスにすぐ移れるところと、そうでないところとがある。

e)ケーブルの特質。 ほとんどどこにでもある(90%) 。広帯域。しかし、ビジネス地区にはほとんど張られていない。信頼性も低い。一マイルごとに増幅器が必要な上に、既存のものは一方向のみなので通信には不向き。しかし、規制がないので、リスク・テーカーとして行動できる。情報サービスの提供ができる。         (もっとも電話会社も、もとのベル会社以外は情報提供できる。また、どの電 話会社も、どんな情報でものせて送ることはできる。)

f)電話会社の競争の現状。 データ通信とビデオがやってきて、マーケットはいくつもの垂直のレヤーに分けられた。そこで手をしばられて競争せねばならぬという状況におかれた。

g)電話会社(RBOC) の収支とその改善策。 収入の40% は市内電話、20% は市外接続料、20% がその他の“高度”サービス料。ネットワーク使用料の伸びは年率 1~3 % 。しかし公衆保有の会社としては、利益は年率 6~8 % 成長してほしい。 とすると、値上げが最善の政策になる。なぜならば、情報サービスは、中短期の利益増進には寄与しない (地域会社だから) 。 とはいえ、長期的には、値上げばかりしてはいられないので、広帯域サービスに乗り出す必要があるが、今の電話会社の保守的経営体質では、それは期待できない。

h)パネリストの合意。

  • 今後五年間でいえば、  電話会社は信頼性の高い、点~点交換ネットワークを提供し続ける。  ケーブル会社は広帯域ネットワークを提供するが、ただし一方向で信頼性も  低い。
  • 十年先でいえば、 電話会社は広帯域サービスを追加しているだろう。 ケーブル会社は自前の交換ネットワークを作っているだろう。

3.当面の問題。ISDNのユニバーサル・サービス化を阻んでいるものは、RBOC間の共通インターフェース規格の欠如だ。ただし、規格についての合意は、最近できた。それゆえ、後一年半で、ミシシッピーの東なら、どの都市にもISDNが利用可能になるだろう。そうなれば、ビデオは無理でも、広範囲の高速通信サービスが利用できるようになるだろう。

②消費者用の新デバイス。消費者はどうしてそんなものを欲しがるのか? それによって、ビジネスや生活が根本的に変わることは確かだ。もっとも、アップルのPDA (personal digital assistants) は、まだそこまでは低価格化してない。700 ㌦ はする。

a)“消費者用デバイス”の中身は、古典的な収束を具現している。すなわち、 PDAにしても、家庭用 (消費者用) マルティメディアプレヤー+ハンドヘルド・コンピューター型のデバイスにしても、

  • 今日のPCおよびそのソフトがもっている馬力と、
  • 今日の家電のもっている買いやすさ、小型性、特化機能、
を併せた性格のもので、特別の店でなく、一般的な消費財チャネルに乗せて売られるものだ。その意味では、 "消費者用デバイス" という名称はいささか不適切だ。また、応用目的にもよるが、その多くは、通信機能を内蔵しているだろう。すなわち、電話かテレビにつなぐためのポート、セルラー・データ・モデム、もしくは、コンピューター・ネットワークへの無線赤外線接続装置、をもつだろう. 

b)カレイダ社の新 CEOのナット・ゴールドハーバーのビジョンは、次のとおり。

  • 消費者用デバイスは、個人の "精神と肉体を延長" する。そして、情報の入 手、相互行為、問い合わせ、娯楽、教育などのために利用される。
  • Kaleida 社の使命は、さまざまなプラットフォームの上で動く、消費者レベルのOS用のスクリプト言語とプレヤーの開発とライセンシングにある。それができると、消費者がマルティメディア・デバイスを使いやすくなるので、企業もマルティメディア製品の開発に投資しやすくなる.

c)東芝のハセ・コージの“消費者用マルティメディア・プレヤー”観。

アップルと共同開発中。コアとなるソフト技術は、カレイダからライセンスするが、それには二つの基本的難点がある!

難点その一:ニーズがない! とくに疲れたカウチポテト族には、

  • マルティメディアは不要。
  • インターアクティヴィティも不要。 (ビールを飲んで、テレビをぼんやり見ている方がいい)
しかも、消費者のレベルも低い。東芝に来る疑問の1/3 は、デバイスをソケットに差し込むことで解決するのが現状だ!

難点その二:二つの違う気持の流れがあり、それが一つになることはない?

  • 物語の進行を、語り手にまかせて、受動的に聞いていたいという気持。
  • インターアクティブにゲームを楽しみたいという気持。
「“消費者”とは、ただ消費する人なのだ。カウチポテトの状態から救い出されたいと思っていない人々なのだ。」

しかし、可能性もある。もともと、新技術・新製品は、新ライフスタイルと結びつく時、始めてヒットするものだ。たとえば、ビデオは一種のタイム・マシンであって、見る時間が動かせるから、買う価値があるのだし、自動車は一種のラウンジとなっているからこそ、高品質のオーディオを装備する価値があるのだ。それでは、PDA はどんな新ライフスタイルと結びつきうるか? “インターアクティブ・ポテト”は出現するか? 受動的な“ブロードキャースト”から自分で選ぶ“ナローキャッチ”への転換は起こるのか?

d)インテル社のアブラム・ミラーのいうPC革命の進化論。

これまでのPCは、垂直端末から水平単独使用が可能な機器となり、さらに、移動・連結も可能になろうとしている。もっとも、そのためには、他機種ともつながり、似たように使え、単純で、信頼度も高いことが必要だ。これらの要求に答えるには、半導体メーカーと家電メーカーの協力が不可欠となる。

e)SMSGグループのトリップ・ホーキンズの提案。

消費者用デバイスの市場を、家庭内オフィス機器、ポータブルな機器、および大型スクリーンの三つに分けて、それぞれに特化したデバイスを安価に提供せよ。

③テレビをめぐる大論争点として、新たなプラットフォームの必要性の有無がある。これまでに達成された合意点は、

  • メディア伝送用プラットフォームとしては、テレビは当分は残る、
  • テレビ放送の内容の大半は不毛のものだ、  
             の二点だった。それをもとにして考えると、
  • 違ったメディアをテレビに乗せて流す可能性、すなわち、ビデオテキストや “スマート (インターアクティブ) ”テレビ等と、
  • テレビとは違ったプラットフォームを作る可能性
とが考えられる。しかし、次のような論点が残っている。(12)
  • 技術は中立でないので、テレビをそれが送るメッセージから分離できない  のではないか。
  • テレビは経験をシミュレートして、それを文脈から引き剥がすものだ。テレビは、現実の影を編集することを可能にしている、信じがたいまでに現実否定型の機械だ。
  • テレビは、一方的な宣伝道具になりすぎた
  • では、新メディアは、どうやって収入を得るか? すでに、ミュート・ボタンや早送り機能をフルに使うリモコン世代の登場によって、テレビの広告収入も期待できなくなりつつある。
  • しかし、テレビがインターアクティブになると、広告者が、われわれの心の中にさらに深く侵入するようになる危険はないか。われわれの好悪の念をより良く知って、そこに的をしぼってこないか?
  • インターアクティブ・テレビができると、能動的学習が可能になるだろう。④インターアクティブ・テレビの到来。
これは、消費者には一番分かりやすいが、技術的には極めて実現しにくいものだ。なぜならば、現行のシステムはすべて、一方向の送信を前提に作られているのだから。
  • それが成功する条件としては、次のものが考えられる。 まず、サービスの種類や料金の面で、視聴者にできるかぎりの多様性を提供することが必要だろう。たとえば、"pay-per-view movies" や "video on demand" など。また、入手できるプログラムを探し出したり、その中身についての情報を提供したりする方式--たとえば、"smart-search features" など--も必要だ。実際、150 チャネルの中から人は、自分の見たい番組をどうやって選べばよいのだろうか。さらに、インターアクティブ・テレビの技術そのものより、その上のアプリケーションに力を入れることも大切だろう。たとえば、今は著作権法違反になる危険があるが、CD-Iプレーヤーもいっしょに接続して、そこからの情報--映画の解説など--をテレビ画面にオーバーレーするなど。
  • その他、次のような指摘もあった。たとえば、自分で運転していける“ハンドル”つきテレビというアイデアがある。それが実用化すれば、番組編成の仕方も変わるし、時間帯という意味も変わるだろう。
それから、全米にわたる伝送システムの規格化も必要だろう。

ViacomはすでにCastro Valley で、17,500軒を、ギガヘルツの双方向ネットワークで結んでいる。これだと、600 の圧縮ディジタル・チャネルを、500 軒に送ることができる。しかも、この回線には余分の能力があるので、電話にも使える。もっとも、こんなものを使うと、個人の好みが全部知られてしまう危険がある--電話した相手が誰かということまで含めて。

⑤マルティメディア・コンピューティング。

パネルは、マルティメディアの中核は物語にあることで合意をみた。しかし、どんなやり方にするかはまだ分らない。そもそもどんなものが売れるかも分っていない。もっとも、リニアーな物語がバックボーンとしてなくてはならぬという意見は多い。それを残しつつ、インターアクティブ性をどう入れていくかが鍵かもしれない。

⑥結局、誰が国民をつなぐ(wire)ことになるのか。ケーブルか、衛星か、セルラーなのか? 1989年までは、それは電話会社の仕事だということが自明視されていた。ししかし電話会社によるISDNの展開は遅れたし、電話会社は、FTTHにも本気にならなかった。そこで、その他の可能性が浮かび上がってきたのだ。すなわち、

a)同軸ケーブルの利用。FTTN型はすでに実施され始めている。その場合には、1 ギガヘルツの容量で、75本の在来型アナログチャネルと200 以上のディジタルチャネルが入ることになる。しかも、後者はさらに500 以上にもなる。将来は、各家庭が自家用チャネルをもてるようになるだろう、

b)直接放送衛星(SkyPix 等) 。放送衛星のこれまでの弱点は、受像機のコストの高さと通信の一方向性にあった。しかし、今は値段が下がった (アンテナ+デコーダーで$850)し、双方向性は、電話でカバーできるようになった、

c)セルラー会社。すでに、ビジネス用にニュースを提供している、シアトルの Oracle Data Publishing社の例などがある。この会社は、"the Henry Ford of data" たらんとしている、 などがその例である。これに対し、電話会社の反撃もようやく始まった。すなわち、

  • これから20年のうちに、光交換機でまきかえすという目論見、
  • 原価償却規制が変わると、今でも光ファイバーが敷設しやすくなるという事情、
  • 管理や料金請求などで、ケーブル会社との協力もありうるという状況、 などが出てきた。

    ⑦ニューメディアと芸術。

    a)ニューメディアによって、感情の通有が可能になりそうだ。芸術とは感情を経験させるものだという定義があるが、ニューメディアは、その経験を高める手段となる。また、インターアクティビティは、芸術家が鑑賞者と感情をシェアする手段となるし、さらに、作品に鑑賞者が手を加えることができるようになると、トータル・エンターテーンメント経験がえられる。

    b)芸術家が機材を使うチャンスが少ないという問題への対策として、作品への権利を放棄しなくても機材を自由に使えるようにする工夫がありうる。たとえば、

    • ニューメディア・センターで機材を提供するとか、
    • 著者は本とCDをバンドルする。その代わりに、同数のCDをスポンサーが配付する権利を与えるという形にすれば、著者も出版社も満足する解決が作れそうだ。たとえば、リック・ソロモンのFrom Alice to Ocean: Alone Across the Outback は、CDを本といっしょにすれば、6 万部出て、そのいくつかは見てもらえることが期待できる。これが、CD単独だと3000がいいところだろう。

    ⑧娯楽分野でのマルチメディアの応用例としては、いくつかのものが考えられる。

    a)テーマパークやVRのように、特定の場所に結びついた娯楽の提供。たとえば、オフィスで仕事をしていて、疲れるとその場でリモート・プレゼンスによるサーフィン感覚を味わうというものがある。また、大スクリーンの映画を見せながら、椅子を揺さぶったり匂いを出したりするやり方もある。その一例として、93年末までにベールを脱ぐといわれている、世界60箇所のCinetropolis計画がある。これは、大スクリーン、“ターボ・ツアー”、360 度パノラマ・音楽ビデオ劇場、VR劇場等の組み合わせになるらしい。

    b)その他の立場もある。たとえば、感覚刺激よりも、グループ参加やコントロール、知的シミュレーションを重視する人もいる。コントロールされた社会から抜け出して、自分がコントロールする体験を与えたいというのである。その一例として、1991年のSIGGRAPHショーでのPong en masse がある。これには、5000人が参加して、、一辺二インチの Reflexiteで30×40フィートの画面でのアクションを集団でコントロールした。これだと、施設はぐっと安くできる。日本では、これを応用したテーマ・パークが建設中(93 年春オープン) で、「タイム・アンド・スペース・マシン」での旅に使うことになっている。その他、“ロケーション”を特に重視した“代用旅行”のアイデアもある。そこに行けない人のために、実際に行って環境を汚したくない人のために、「地球を救って金儲けしよう」というわけだ。もっとも、そうなると、逆に、熱帯雨林をVRで体験できるなら、現物がなくなってもいいではないかという人が現れるかもしれない。

    ⑨技術は教育を変えられるか? この問いに対する多数意見は、学習の内容と方式は、技術によって変わろうとしている、というものだ。たとえば、ジム・ブリンの "Project Mathematics は、コピー自由なビデオ教材を提供している。また、CCC(Computer Curriculum Corporation)のILS (Interactive Learning Systems)は、一日20分一年やれば、数学で二年分、読書力で一年半分先に進むと称しているが、それに対する批判も強い。あるいはまた、これまでの“学習”仮説に対して“問題解決”仮説を対置しようとする人もいる。後者は、学習は意図的な勉強の結果としてでなく、問題解決の副産物として生ずるというのである。そうだとすれば、生徒にはプロジェクトをやらせるのが最善で、その方が面白くもあるというわけだ。

    ⑩ディジタル化=無料化か? 知的財産権はどうなるか? ここには一つの深刻なディレンマがある。すなわち、一方では、個別の著作権にすべて対応しようとしていると、いいマルティメディア作品は到底作れない。しかし、他方では、知的財産権を無視すると、折角作った作品が容易にコピーされてしまう、というディレンマがそれである。いずれにせよ、これまでの法体系 (1791年に作られた) では対応できそうもない。これに対しては、ジョン・バーローのように、ともかく待っていて様子を見ていようとする立場がある。著作家たちが、自分の作品へのライセンスをグループとして与える方式を考えるのがよいという、テービッド・ニマーのような人もいる。Picture Network International がその例だが、いずれにせよ、まだ、満足すべき解は、どこにもない。

    5)新メガ産業としてのニューメディア:箱根マルチメディア・フォーラム

    それでは、最後に、1992年の7 月末から8 月初めにかけて開催された箱根マルチメディア・フォーラムの印象を紹介しておこう。(13)この会議は、アップル社のスカリー会長が呼びかけて実現したもので、欧米の代表的な情報通信産業数十社のトップが参加した。会議の劈頭の挨拶の中で、スカリーは、今やマルチメディア、あるいは敢えていうならば "ニューメディア" は(14)真にグローバルな産業として発展中だとのべ、それを主題とする今回のフォーラムの場所として日本を選んだのは、日本の経済が強いからだと説明した。そして、この会議自体はアップルのイベントではなくて、参加者皆さんの会議であり、このニューメディア産業は、関係者の範囲が広く、おたがいに知らない人が多いので、お互いに知り合いになることも、この会議の目的の一つだとした。  

    以下では、例によって、私の主観的な関心を引いた話題のいくつかを紹介してみる。ただし、私がもっとも興味をひかれたギルダーの基調講演の内容は、すでに第一章で紹介したので、ここでは省略することにして、MIT のメディアラボのネグロポンテ所長の講演の概要だけをまず紹介してみよう。(15)

    ネグロポンテはまず、家庭やオフィスへの情報の伝送経路として、①地上波、②衛星、③ケーブル、④電話線、⑤パッケージの五つをあげて、その持論である電話とテレビの間の空と陸との経路の交換についてのべた (下図参照) 。

         +---------------------------+   
       |                [経路の交換]           | 
        |                                                      |   
          |          空中              電 話     |  
          |     地中              テレビ     |     
         |     -----------------     |   
        |     1990               2010     |   
        +---------------------------+  
    
       

    そして、彼はギルダーを批判して、スィッチングは依然として重要だが、帯域(bandwidth) は問題ではなくなると述べ、

    帯域+インテリジェンス=定数 という関係を示した。ネグロポンテによれば、テレビは帯域が広いものの典型的な例であり、したがって、インテリジェンスは低いことになるのである。彼はまた、ディジタル通信の諸側面として、マルチメディアの他に、①圧縮性、②エラー訂正、③スケーラビリティ、④注釈追加、⑤自己記述、の五つをあげた。そして、テレビの配信は、交換型のアーキテクチャーで行われるようになるべきであって、その場合は、チャネルの数は一本あれば足りると強調した。なにしろ、これからは、一時間のビデオ番組や映画なら、必要十分に圧縮した信号を5 秒でバーストして送れるようになり、それを受け取った側が、信号をコンピューターで処理して、受け取った情報のビットを音にするか、絵にするか、どんな縦横比や大きさにするかを決めて表現させればよいのである。(16) つまり、人間は、手元に送られてくる大量の情報にフィルターをかけて、自分の見たいものや聞きたいものだけを残すというこれまでのやり方とは違って、あらかじめ選別して--自分の要求に応じて--送られてきた圧縮された自分を、自分の手元で拡大するようになるのである。だからこそ、テレビもラジオも新聞や雑誌も、一人一人のニーズにあった別々のものにすることが可能になるが、その場合でも広告がなくなると考える必要はなく、むしろその方が広告収入も増えるはずである。

    そう論じたネグロポンテは、結局、未来のテレビはコンピューターになる--それがアップルのコンピューターになるかIBM のそれになるかはともかく--ことは確実で、日本のハイビジョンは未来のテレビにはなりえないと言い、ハイビジョンの命は後数ケ月だと断言した。(17)

    次に、パネリストの発言や、フロアーからの発言の中で、私が興味深く思った論点を紹介しよう。

    まず、アップル社の上席副社長、デービッド・ナーゲルが、近年の情報技術の進歩速度が加速していて、ソフト技術も急速に発展中であること、他方、ハードがコストに占める割合は一貫して下がっていること、に聴衆の注意を喚起した。ナーゲルによれば、その結果、コミュニケーション過程のコントロール力は、生産者の手を離れて、消費者の方に向かってゆくことになる。そして、ユーザーも、機器のデザインも、ハードやOSの在り方の如何からは解放されていき、人々の関心も、これまでの "ease of use"から "ease of doing"へと移っていくだろう。つまり、デバイスから、行われる仕事の内容自体へと、関心の焦点が変わっていくだろうと述べて、 "nomadic computing systems"および "disposable computers" という二つの新しいコンセプトを紹介した。このメタファーによれば、近未来の人々は、かつての遊牧民のように、家畜ならぬコンピューター・システムを携帯して移動し、個々のコンピューターは、使い捨てられる道具になってしまうことになるわけだ。

    電通の田中は、既成のマスメディアのもっている資産として、①映像資産、②タレント、③クリエーターの三つをあげた。また、ニューメディア産業の場合でも、これまでのマスメディアと同様、広告収入はやはり50% くらいは必要ではなかろうか、と述べた。

    クリストファー・サーフは、未来予測が犯しがちな二つの誤りの方向として、 ①それに対する市場が見込めないために新しい技術は絶対に伸びないとする予測の誤 り (その典型が、コンピューターやビデオの市場予測だった) と、 ②新しいものができた瞬間に、旧いものは生きのびていかれなくなるとする予測の誤 り (その典型がラジオ、演劇、テレビ等の死滅に関する予測だった) 、 をあげた。

    ハーバード大学のオッティンガー教授は、 "リテラシー" はもはや19世紀のコンセプトにすぎないので、それに代わる20世紀のコンセプトが必要だと主張した。それは、絵や音楽や文章を作ったり鑑賞したりする能力、コンピューターとネットワークを上手に使って情報を集め、処理し、新たな知識を付け加える能力、および、説得力等々である。教授はまた、コンピューターは、何にでも使えるメディアとして、他のメディアにはない重要性をもっていると指摘した。(18)

    NHK の鈴木は、15歳以下の世代は、今のNHK の番組はみなくなると予想し、その理由として、 ①彼らはマスメディアを拒否して、ポルノに走る、あるいはメディアの多様化に走る傾向があること、 ②受信よりも発信に興味があること、 の二点をあげた。他方、人々がニューメディアの新技術を受け入れる社会的準備が、ほとんどなされていないことも問題だと指摘した。

    討論の中で、ニューメディアの内容は何であって、誰がそれを作れるのかという論点が出されたが、それに対して、ある参加者が、ドイツの文学者ヘルマン・ヘッセの作品『ガラス玉ゲーム』を引用して、ニューメディアの内容を作るのは、このゲームのプレヤーだと述べたのは、非常に興味深かった。私の考えでは、ニューメディアの提供する "内容" は、恐らく、私のいう "智業" が提供する情報だろう。つまり、智業が、最終的には自分自身の説得力の獲得を目的として一般の人々に提供する、他人を説得するための説得材料がそれだろう。それは、ニューメディアの形式で提供される必要がある。なぜならば、その方が圧倒的に説得力が強くなるからだ。(19)

    会議の最後に、スカリーは、二日にわたる討議の結果を、次の六つの行動ステップにまとめることを提案して、了承された。

    1. ハードウエアーの面では、強力なプラットフォームを作ろう。そのためには、まず CD-ROM を標準搭載するところから始めよう。PCへのCD-ROMの現在の搭載率は、 2.7%(MS-DOS) から4.5% (APPLE)にすぎないが、このさい、収益のことは考えないで、これを、昔マイクをPCに入れたように、標準化するのだ。アップル社は、1993年には、CD-ROMを標準搭載することをここで宣言する。
    2. ニューメディア・センターを各地に作り、技術を、技術者からアーティストの手にとりもどそう。コダックでは、1000万$かけたセンターを作って大成功したが、これをマルチメディアにも拡大して、娯楽や教育などの分野でのさまざまな実験ができないものだろうか。たとえば、電子ブックの作り方や見方を学ぶ実験をするなど (実際、500 年前の人間には、今の映画の見方はわかるまい) 。
    3. ニューメディア自体を使ったバーチャル・フォーラムを作ってみよう。アップル社としては、それをインターネット上に作ってもいいと思っている。電子メールは、技術者でなくても使えることだし、さまざまなアイデアを商品に転化できるように、みんなで話し合い、協力しあってはどうか。
    4. ハイパーネットワーク社会の建設構想 (大分県の平松知事の構想) には、非常に触発された。これは、日本だけでなく、欧米やアジア等世界に適用可能なアイデアだ。アメリカでは、情報通信産業のいくつかの企業が CSPP(Computer Systems Policy Project) という委員会を作って (委員長はスカリー) 公共政策や技術開発政策などの提言をしている。たとえば、研究所や大学を高速の情報通信ネットワークで結び、さらにそれを社会のすべての人々につなげるというビジョンがある。われわれは、アメリカ社会を新地球経済の時代にふさわしい形に制度化しなおす必要があると考えている。組織のモデルも、これまでの階層モデルからネットワーク・モデルに変わらなければならないだろうが、そうした移行を実現するためにも、大変な再構築が必要だ。たとえば、学校と学校、あるいは学校と図書館を結びつけたり、仕事の場所と学習の場所を結びつけたりすることが必要だ。それによって、保健も医療も教育も変わるはずだ。平松知事のビジョンは素晴らしいので、それを世界にひろげていこう。
    5. ニューメディア産業の関係者たち、とりわけマスメディアと出版関係者たちの加わったワークショップを作ろう。彼らは、システム屋たちよりも、よく事態がわかっている。たとえば、ディジタル化の効果についても、最初のうちは、低解像画像を送り、気にいったら高解像画像を買ってもらうというような進め方もできるのではないか。 ⑥児童の教育や学習の分野も重要なので、ワーキング・グループを作って活動しよう。

    なお、私自身は、このフォーラムでの議論に耳を傾けている間に、コミュニケーションには、次の四つの方式を区別した方がよさそうだという気持がしてきた。すなわち、

    1. 探索型:データベースが原型、パソコン通信も同じ:掲示型:貯蔵検索機能 送り手:作ったデータをどこか共通の場所に置いておく 受け手:それを見にいって、もってくる    NB: ひんぱんに置き・見にいくことで、事実上の双方向化が可能
    2. 選別型:出版メディアが原型、無線も同じ    :放送型:周波数選定機能 送り手:特定の市場や空間に流す。表題や周波数だけを違えて 受け手:自分の好きなもの (表題、チャネル、番組等) を選んで受け取る    NB: 互いに役割を変えることで、双方向化することは可能
    3. 受信型:郵便が原型、電子メールも同じ     :メール型:ルーティング機能送り手:相手の住所に配達する→システムのルーティング機能に依存 受け手:自宅でそれを受け取る    NB: 発信・受信の期間を短縮することで、事実上の双方向化が可能
    4. 対話型:電話が原型 (呼のパラダイム)      :電話型:交換機能 送り手:相手を探してつなぐ→システムの交換機能に依存 受け手:接続がなされた時点で対話を開始                 
                |                            
        掲示型  | leave                search-find-get 
      ------+-------------------------  
        放送型  | casting, spectrum        filtering, catching    
      ------+------------------------  
       受信型  | とどける             ~ うけとる
       郵便型  | addressing, delivering  receiving      
      ------+----------------------------
       対話型  | つなぐ,よぶ     ~ はなす
       電話型  | switiching, connecting  talking           
            | calling                        
      ------+---------------------------
       
      1. NB: LAN 型は、 "パスワード" で、有資格者を選別管理する。入口規制。
      2. NB: 郵便型は、 "アドレス" で、受信資格者を選別する。出口規制。
      3. NB: 放送型は、周波数の特定によって、貰う相手や受ける相手を選別できるが、基本的に受ける相手をしぼることはできない。その周波数だと、誰でも受け取れる。また、送る側が同じ周波数だと混信する。
      4. NB: それに対し、電話型は、他人を受け入れることはできない→話し中
      つまり、回線占拠型になる。ただし、 "接続" を二人以上に対して同時に行うこと自体は不可能ではない。 (また「盗聴」も原理的には可能)
      1. [コンピューター技術と家電技術の融合]を説くスカリーの未来ビジョンは、 "テレピューター" を家電の対極に位置づけようとする、上述のギルダーのビジョンとくらべると、より保守的で大企業的なひびきがする。この二つのビジョンの相互関係がどのようになっていくかは、注目に値する問題だろう。
      2. もっとも、FCC のアル・サイクス (Al Sikes) 委員長は、1993年の 1月に辞任し、クリントン大統領は、その翌月、暫定委員長として、ジェームス・クェロ(James H. Quello) を任命した。そのためもあってか、委員会の勧告は、もっと後にずれこんでしまうと言われている。
      3. このような立場から、彼は、後述する箱根フォーラムの席上では、周波数資源が事実上無限となる一方、有線の通信は "交換機 (スイッチ) " のない "コネクションレス" のものとなるとしたジョージ・ギルダーの予想に、強く反対した。
      4. こうしたネグロポンテ達の議論の影響もあってか、FCC は、今年の6 月末に予定されていたHDTVの標準の決定を、6 ケ月遅らせることにした。
      5. 昨年の暮れに、日本にもインターネット・サービスを営利事業として、研究者以外のユーザーに提供する会社 (IIJ)が、初めて設立された。
      6. 私は、こうした議論を聞いて、暗号化の権利が、私のいう "情報自律権" の大きな柱の一つになるだろうという印象を受けた。また、出版物の複製権は、情報自律権の一環としての情報普及権との関係で見直す必要があることも痛感させられた。少なくとも、著者による複製自由の宣言権も必要ではないだろうか。それと出版社の権利とが今後対立するとしたら、捨てられるべきは "出版" という普及の方式ではないだろうか。
      7. NSF は、1992年の春に、NSF ネット用の①登録サービス、②ディレクトリーとデータベースのサービス、および③情報サービスを提供するネットワーク情報サービス業者を募っていたが、1993年の2 月になって、①ネットワーク・ソリューションズ社(Network Solutions) 、②AT&T、③ゼネラル・アトミックス(General Atomics) 社の三社を、それぞれのサービスの提供業者として選定して、合計1200万㌦を提供することとし、それらを合わせたINTERNICと呼ばれるシームレスなネットワーク情報サービス管理プロジェクトを発足させることにした。NSF は、このプロジェクトが完成すれば、適正な料金で利用できる全国的な「壁のない仕事場」が実現することになると期待している [インターネット上のメールによる] 。
      8. これは、いってみれば、典型的な "ネットワーク・ソリューション" を想定するも   のだろう。  
      9. 官僚組織の矛盾を諷刺した小説、Catch 22を参照。
      10. 私にはこの議論は必ずしも納得がいかない。Pay-per-lookで結構だろうし、有料の 個人新聞用編集サービスがあってもよかろうという気がする。また、どこに何があるかを知るための情報やその編集費用は、個人が直接払うのが当然だろう。メーカーがそれを広告の形で無料で提供して、商品の価格にその費用を上乗せしているという現在の方式こそ、ムダが多くはないのか?
      11. もっとも、そういいながらも、ニュー・コープ自身は、すでに着々と異業種進出の手をうっていて、すでに、カリフォルニアのEtak (電子ナビゲーションと地図の会社) を買収したそうで、その理由は、 "geocoding " に目をつけてからだという。 (12) 現代のアメリカでは、“テレビ・パラダイム”がまだ強いので、テレビ批判は、政治や宗教批判と同様、よっぽど慎重にやらないと、強烈な反発をうける危険がある。なにしろ、テレビは、20世紀アメリカ文明の中核の一つなのだから。
      12. この会議の公式報告書としては、Hakone Forum 92 を参照。この報告書は、フォーラムの目的として、多様な情報関連産業に属する機関や個人にとっての、
        1)ニューメディアのビジョンを共同で定義し展開できるような、  
        2)そのビジョンの達成を阻む障害が何であるか確認できるような、  
        3)このビジョンを現実化するために必要なさまざまな関係が涵養できるような、 4)人類の生存条件を眼にみえて豊かにできるような行動を喚起できるような、 環境の創出、をあげている。
      13. いうまでもないが、 "ニューメディア" は和製英語であり、それが日本で広く用いられたのは1980年代の前半であった。しかし、当時はなばなしく喧伝されたビデオテックスやCATVが伸び悩む中で、この言葉は日本では事実上死語に近くなっていたと思う。それを、スカリーが今あらためて、21世紀の初頭を主導する "新メガ産業" の形容詞として、アメリカでこれまで広く用いられてきた "マルチメディア" の代わりに用いることを提唱したのには、私は一驚すると同時に、ある種のすがすがしさを覚えた。
      14. もっとも、彼の話のほとんどすべては、先に紹介した彼の別の講演[Negroponte 92] の繰り返しである。ここでは、なるべく重複しないところだけにしぼって紹介しておこう。
      15. ネグロポンテによれば、その場合に重要なのは、画質よりも音質である。同じ解像度の画像でも音が良ければはるかに精細度の高い画像に見えるし、逆に音質が悪ければ、画像の質も悪く見えるという。
      16. この点では、ギルダーとネグロポンテの見解は一致している。  
      17. 私もこの二点には賛成である。私はかねがね、19世紀のコンセプトとしての "リテラシー" に対して、20世紀のコンセプトとしての "メカラシー" --つまり、自動車や家電を使いこなす能力--と、21世紀のコンセプトとしての "インフォラシー" --これがオッティンガーのいう新しい能力にあたる--の二つを対置させる必要があると考えてきた。また、コンピューターの意義は、何よりも、人間の心が生みだした "アイデア" としての "システム" の汎用実現化装置として働く点にあると考えてきた。  
      18. だから、この種の議論をする時には、 "スーパー産業化" の観点に加えて、 "トランス産業化" の観点 [村上92] をもいれることが必要だろう。産業社会の延長としてばかり考えると、知的財産権の話になりすぎてしまう。あるいは、娯楽産業やニュースの話になりすぎてしまう。むしろ研究や教育への指向に注目する必要がありそうだ。健康雑誌、趣味の雑誌、オカルトものなどの意味や社会的役割を考えてみるとよい。