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kumon_youhou_sangyou - March 4, 1993

第三章:アメリカ社会の底流の変化--新メガ産業へのニーズの高まり

March 4, 1993 [ kumon_youhou_sangyou ] このエントリーをはてなブックマークに追加

前章で見たところからも、アメリカの情報通信産業が1980年代終わりの低迷からようやく脱して、来るべき世紀の主導産業たらんとして前進を開始しようとしている有り様が、見てとれるだろう。後の第五章で見るように、アメリカの政府も、民主党新政権のもとで、自国の経済・産業の国際競争力の回復を最優先の国家的課題とするという観点にたって、そうした前進のための基盤を整備したり、各種の支援や協力を行ったりする態勢を整えつつある。しかし、より一層重要なのは、挫折や混乱を繰り返していた1950年代以来の情報化の流れのなかで、とりわけ1980年代にはいって以来のパソコンの出現とそのネットワーク化の進展の中で、アメリカ市民の間にも、この強力な技術を積極的に利用して新しいライフスタイルや新しい社会制度を作りだして行こうとする動きが、しだいに顕著になりつつあるという事実である。ニューメディア新メガ産業が、産業化の21世紀システムのための突破産業としてどこまで発展していけるかは、市民の側にそれに対する実質的なニーズがどこまで育つかにもかかっている。そこで、この章では、そうした動きのいくつかに焦点をあてて紹介してみよう。

(一) 人間と組織に対する新しい見方

 第一に注目すべきは、合理主義、効率優先主義の思想自体の中から、それを乗り越えるような形での高次のコミュニケーションへの志向が生まれてきたという事情である。アメリカのほとんどの組織体、あるいは "経営学" や "情報科学" などの学問分野の、一貫して変わらない動機というか目的は、組織の目標達成の効率化におかれてきた。第二次大戦中から戦後にかけて、まず客観的・定量的なデータを数学的に処理することが、この目的に貢献すると考えられた。いわゆるOR (operations research)の発達がそれである。それはさらに、単なる技術的可能性 (戦争中ならそれでもよかった) から、費用対効果を重視する方向に向かっていった。PPBS (Planning, Programming, and Budgeting System)がそれである。
しかし、その過程で次第に、人々の主観的な判断や質的なデータを統合して、より有効な意思決定に到達することの重要性が自覚されるようになった。データの定量化や客観化を徹底的に行うことは不可能だと分かったからである。そこから、組織内での、あるいは組織の外部の人々の間のコミュニケーション過程=情報の伝達・処理過程 (つまり人知の結集のプロセス) をいかに機械化・効率化するかという問題関心が生じた。情報処理はこうして通信と結合したのである。なお、この過程は、同時に、生産あるいは組織の活動一般における、物質・エネルギー処理に対する情報処理の優位化過程とも関係していた。
このような関心の方向は、恐らく "組織の時代" ともよばれる20世紀の特色を反映している。19世紀の70年代半ば以降の重化学工業化の過程は、同時に株式会社、企業連合 (カルテル、トラスト等) などの大規模企業組織の発展過程でもあった。それを通じて、アメリカ経済は、効率的な生産・流通技術と効率的な組織運営技術を共に兼ね備えた経済として世界に君臨するようになっていったのである。とくに、組織内でのコミュニケーション過程を賢明に設計し構造化することによって、組織をして個人の能力を大きく超えた "集団知性" "集団決定" "集団目標達成" のレベルを実現させることが可能になるという信念や見通しを抱く経営科学者が20世紀のアメリカには輩出したのである。
その意味では、経営学や情報科学自体の内部でのこのような進化は、 "グループ" の再発見の過程でもあった。現に、近年のアメリカでは、"groupware" とか "CSCW (Computer-Supported Collaborative Work"あるいは"cotechnology"など、さまざまな名前で呼ばれる、"softer than software"の新しい技術のコンセプトや,それにのっとった技術の発展が進められつつある。たとえば、対立(conflict)や競争(competition) を積極的な価値とみなしてきたアメリカの文化伝統の中で、"conflict management" や"conmpetitiveness"を"co-ordination" や"co-operation"あるいは"communication" などの観念と統合された"co-technology" の構成要素の一つとして位置づけなおそうとするハリー・スティーブンス (Harrison Chandler Stevens)の試みは、その典型的なものといえよう。また、1970年代の始めにまず提唱されたが、むしろ異端視されていたのが、1988年あたりから突然新たに人々の注目を集めるようになった"groupware" のコンセプトや、それと密接に関係している"CSCW"のコンセプトなどについても、おなじことがいえる。もともと、 "グループウエア" の観念は、階層的・中央集中的な構造をもっていた大型コンピューターによる情報処理の世界に、端末機を媒介とする TSS (time sharing system)の技術が導入され、さらに個々の端末機が中央のメーンフレーム・コンピューターを媒介として相互に接続され、ネットワークを展開するといった動きのなかで生まれたものであった。それは同時に、タテ構造を中心とする既存の大組織の中に、横の情報連結にもとづいたネットワークを展開することで組織構造の革新(OT = organization transformation) をはかろうとする試みと結びついていた。しかし、まさにそれゆえに、そうした試みは既存の大組織とそれに立脚した既存のエスタブリッシュメントの利益に対立する可能性をもつとして,危険視・異端視される傾向が強かった。したがって、これらの新しいコンセプトも、さして普及しないままに終わっていた。こうした状況を大きく変化させたのが、1980年代に起こったパソコンの企業への導入と普及であった。僅々数年を経ずに、パソコンはアメリカの大組織のオフィスに広く普及した。それも最初は、スタンドアロンの形で入っていった。さらに、ラップトップのパソコンが普及するようになると、幹部を含めて、各人が一台のパソコンを手元において利用する光景が、いたるところのオフィスで見られるようになった。そしてこれにやや遅れる形で、LAN や電話回線を利用した電子コミュニケーションのメディアを通じて、個々のパソコンをネットワークに結び付ける試みが行われるようになった。これを契機として、一度は死んでしまっていた "グループウエア" のコンセプトに新しい命が吹き込まれたのである。いいかえれば、いったんパソコンという新しい強力な情報処理手段をもった個人のレベルに還元されたアメリカ人たちが、いまネットワーキングの技術をも手中にして、これまでの階層的・集権的な指令と報告のシステムであった大組織とは異なる、情報のシェアリングと相互説得によって結ばれた複合主体としてのネットワークや、ネットワークを要素とする大社会システムとしての "メタネットワーク" の形成に向けて動き始めたのである。それは同時に、彼らにとっての "グループ" 観念の再発見の過程でもあった。もちろん、その過程に対しては、日本の "集団指向" の文化や、日本的経営の優れたパフォーマンスもまた、なにがしかのモデルとしての影響をおよぼした可能性が充分にある。ハリー・スティーブンスの "コテクノロジー" も、一方では、先に指摘したような、conflictやcompetition まで取り込むような包括性をもった概念であるだけでなく、他方では、 "グループウエア" という言葉が強調している "グループ" の再発見、グループによる共同活動の推進と同時に、より緩やかに連結された大システムとしてのメタネットワーク形成の可能性まで視野に取りこんだ、より包括的な概念となっているのである。
経営科学や社会工学の内部でのこのような展開と並行しつつ、1980年代のアメリカには、情報化との関連でみて興味深い、さまざまな新しい社会思潮や社会運動の展開が見られた。
 新しい社会思潮の特色は、いくつかの面に見出すことができるが、その一つは、より優れた手段 (あるいは手段としての技術) の獲得に血道をあげすぎたことへの反省として、より良い目標、より正しい目標を模索しようとする動き、あるいは、手段の考慮を目標の考慮と統合させようとする動きである。
たとえば、国連大学アメリカ評議会事務局長という肩書を持っている未来学者のジェローム C. グレンは、その近著 [Glenn 89] の中で、 "コンシャス・テクノロジー (Conscious Technology) " というコンセプトを提唱して、現在は対立するものと思われている "神秘家 mystics" の立場と、 "テクノクラート" の立場を、合体・融合させようと試みている。彼のいう神秘家とは、意識の覚醒・感情の共感 (人間同士だけでなく、自然とも共感する) ・情報の通有といった事柄に主たる関心をもつ人のことをさし、私流にいえば、社会システムの構成要素である個々の主体にとっての達成目標とされる世界状態のあり方に、つまり目標そのものに、関心をもつ人にあたる。他方、テクノクラートとは、目標よりも手段に、あるいは手段を使ってそれに働きかけるその対象のあり方自体に、主たる関心を向ける人のことをいう。グレンによれば、近代世界 [私の言葉でいえば近代文明] においては、この二つの立場はそれぞれ別々に特化し、対立しているのである。(1) しかし、両者の融合は、決して不可能ではない。すなわち「この二つの異なる世界観の融合は、神秘家の世界にたいする態度が、テクノクラートの世界に関する知識と融合されるのであれば、不可能ではない」のである。そして、そのように意識と技術が合体したものこそ、彼のいう Conscious Technology に他ならないのである。(2)
より具体的には、Conscious Technologyは、次の六つの側面を併せもっている。

  1. サイボーグ化=人体と技術の統合。
  2. 環境の疑似主体化=客体とコンピューターの統合によって可能になる (つまり、客体、とりわけ人間が手段として使用する機械の中に人工知能が組み込まれて、機械が人間と文字通り会話し始める) 。
  3. 文化の進化=意識と技術が相関しつつ共に変化していく過程。
  4. 心と技術の統合=目的と手段の統合。
  5. 世界の、新しい見方としての側面と、それにもとづいて生み出される新しい客体としての側面の、併存。
  6. 人間と技術がトータルに、かつ不可分に融合した文明 (両者は、認識上区別しうるにすぎなくなる) 。(3)

グレンはまた、この新しい世界観では、階層的なものの見方--つまり、ものごとをいろいろな "レベル" に分けて認識すると同時に、認識の階層構造を評価の階層構造と結び付けるようなものの見方--は取られなくなるともいう。そして、人間の意識と無意識との統合は、個人から集団へ、そして人間という種の全体へ、さらには異なる種相互のあいだでの統合へと "拡大" していくと予想している。(4)
アメリカの新しい社会思潮の今ひとつの特色は、行きすぎた個人主義 (利己主義) や合理主義、あるいは対決・訴訟志向への反省である。今にして考えてみれば、MBA やローヤーが主導するアメリカ社会なるものが出現したのは意外に最近のことであって、昔のアメリカは、むしろ今日の日本に近かったといった見方も出はじめている。(5) そうした点から考えれば、われわれは、あらためて、

  1. アメリカにも、さまざまなネットワーク組織が残っている (かつては広く存在していた、あるいは、これから拡がろうとしている) 、
  2. その性質は、日本のネットワーク組織と良く似ている、

と主張することができるかもしれない。ただし、ここで "ネットワーク組織" というのは、a)集団としての統合性、b)集団自体の達成目標、c)それを達成するための手段をもつという点では、他の組織一般と同様だが、その主要な目的の一つがメンバー相互間の情報・知識 (事実と価値の両面での、また理性と感情の両面での) の通有にあり、組織としての意思決定やメンバーの行為の統制は、主として全員の合意と相互の説得にもとづいて行われる、という特徴をもつ組織のことをさす。このような主張を支えてくれると思われる例を一二あげてみよう。
アメリカの社会学者、マーク・グラノベッター [Granovetter 85] は、人間の社会的行動は、近代社会であれ、前近代社会であれ、さまざまな "社会関係" (私なら "間柄" といいたいところだが) の中に「埋め込まれている(embedded)」いると主張する。つまり、人間の行動は、社会関係 (文化的規範を含む) との相互作用の中で (彼/彼女自身の主体的な意志ももちろん働きながら) 決定されるというのである。ところが、近代の社会科学者、とりわけ経済学者は、人間をそうした "社会関係" から切り離して、 "原子的個人" とみなす誤りをおかしている。とりわけ、古典派・新古典派の経済学者は、社会関係からの制約をまったく無視して、人間は自由で独立な "合理的、利己的個人" であるかのようにみなすという "過少社会化 undersocialization"の誤りをおかした。(6) 他方、オリバー・ウィリアムスンなどに代表される、近年の改革派 (新制度派) 経済学者は、人間の行動が社会規範に影響されていることを認めはするものの、その影響は個人の価値観に完全に内部化されている (つまり個人は、社会規範の奴隷に等しい) とみなす点で、やはり "原子的個人" を想定するという、 "過大社会化 oversocialization" の誤りをおかしている。そのため、どちらも、人間関係に見られる緊張、葛藤、紛争をうまく説明できない。とりわけ、新制度派が "市場の無秩序" を "組織の秩序" に対置させる考え方は疑問であって、市場にも高度の秩序が見出され、組織の中にもさまざまな無秩序がある、と考える方がより正しいだろう。そこでグラノべッターはいう。人間は、市場の中にいようが、組織の一員であろうが、良くも悪しくも、各種の社会関係から離れては生きられない。すなわち、人間の認識や行為は、一方で現存の社会関係に大きく影響されているのだが、他方ではそれを利用して自分の私的な目標を実現しようともする (たとえば、友人との信頼関係に頼ってビジネスを営んだり、あるいは逆にそれを悪用して、友人を裏切ることで大きな利益をえようとするのである) 。
そういってから彼は、アメリカのビジネスの実態がいかにさまざまな社会関係と混合しているかを、いろいろな例をあげて説明している。確かに、日本人が彼のこの論文を読むと、「なんだ日本と同じことではないか」といいたくなるだろう。たとえば、たがいに重役になりあう慣行、もめごとの解決に "契約" を持ち出したり "訴訟" に頼ったりすることを躊躇する心理、慎重に練り上げた契約を交わす--それだと、結局契約に書かれていることしか実現されない--よりは、トップ同士の親交を前提にした口約束が良いとする態度、あるいは、契約は契約としておいて実際にはその時々の事情を勘案して相談していこうとする仕方、スポット物の購入よりは、長期的な取引関係を結ぶ方が安全だという考え方、下請け、それも特定の少数の下請けとだけ取引するという多くの国の建設業者の習慣などがそれである。(7)
グラノベッターが、現実に存在している (あるいは、存在していた) アメリカの組織の特質に新しい視角から光を当てようとしたのに対し、今新たに生まれつつある組織の特質を解明しようとする試みもある。たとえばアメリカの社会学者、ロスチャイルド=ホイット [Rothchild-Whitt 79] は、1970年代のアメリカには、従来の "合理的官僚制" 型の組織--その典型が20世紀の大企業である--にかわって、官僚的な権威には頼らずにそのメンバーの社会的ニーズを実現しようとする "集団主義的民主主義 collectivist democracy " 型の組織が大量に出現してきたことに注目し、実際にそのいくつかに参加してみることを通じて、それらの実態を細かく観察することで、その理念型を抽出しようと試みた。 (これらの新型組織は、 "alternative institutions" とか "collectives"とも呼ばれているが、以下では単に "新組織" と略称しておこう。)
ロスチャイルド=ホイットによれば、新組織は、マックス・ウェーバーの行為型の四分類でいえば、 "価値合理" 型の行為に対応する組織であって--ウェーバーの分類図では、この欄は空白のままに残されていた--通常の "手段合理" 型の組織に比べると、次のような特徴をもっている。

  1. その権威は、組織の "全員平等参加型" の意思決定に由来する。
  2. 規則は最小限度にしか作らない。マニュアルもない。問題が起こるたびに、その時々の状況に合わせてアドホックに対応していく。しかし、恣意的というわけではない。なんらかの実体的な価値基準 (たとえば平等) を、事態に首尾一貫した形で適用させようとしている。
  3. メンバーの行動の統制にさいしては、監督や標準化された規則には頼らない。同質のメンバーを集めて、その間での個別的な説得や通有されている道義感への訴求によって、行動の統制をはかる。
  4. 社会関係。官僚制の特色がその非人格性にあるのに対し、新組織はむしろ個人的な情念や関係の発展を重視する。あるいは共同体の理念を追求する。
  5. 補充と昇進。友人関係や共通の社会的政治的価値観にもとづいてメンバーを選ぶ。キャリアーによる昇進という観念はない。
  6. 誘因構造。第一が共通の価値の実現、第二が仲間意識のような連帯で、物的報酬は第三の誘因でしかない。自分の賛同する目的の実現のために自分で仕事をコントロールできるのがたまらない魅力。だから "自己疎外" などおこりようがない。
  7. 社会的階層化。断固否定し、平等こそ最高の価値だとみなす。報酬も平等、知識も平等に分け合うことをめざす。情報・知識の独占を嫌う。
  8. 役割分化。最小限度にとどめる。役割分化など、ないことが理想だからである。そこで、役割の交代をはかったり、ティームを組んで仕事したり、組織内部での教育によって専門知識の拡散をはかったりする。全員がゼネラリストになることを期待する。(8)

Rothchild-Whitt はここで、このような特徴をもつ新組織が合理的官僚制の文化をもつアメリカ社会の中で普及し定着していくには、いろいろな制約や社会的コストがある、と指摘する。(9) すなわち、

  1. 意思の疎通や決定にひどく時間がかかること。
  2. メンバーが同質的なものになる傾向は、新組織の社会的基盤を狭くすること。 (これは、異質性をたっとぶアメリカ社会の価値観にも反する。)
  3. 人間関係が情緒に支配されすぎること。対人恐怖が起こる。緊張する。紛争を恐れるようになる。頭痛や震えが出ることさえある。そこで、それを避けるために、気心の知れない仲間を排除したり、情報をグループの外には出さないようにしたりする。(10)
  4. 個人的不適合がおこること。アメリカ人は、もともと資本主義的官僚制に適合した思考、情動、行為をするように教育されている。就学以前の無意識の社会化過程もそうである。これでは参加型民主主義組織にはうまく溶け込めないし、その維持も困難だ。新組織に参加することで人々の価値観や意識が変わってくれれば申し分ないが、そうなるかどうかは未知数である。(11)
  5. 環境からの制約が加わること。既存の法、経済、政治、文化環境が、新組織を敵視 し、陰に陽に嫌がらせや圧力を加える傾向がそれである。(12)
  6. 個人間の格差、とりわけ知識格差の存在による矛盾が発生すること。新組織は地位の権威を認めないために、かえって実質的影響力が個人の資質や能力に依存する傾向が出てきてしまう。つまり、個人間の格差が大きく影響してくる。しかし知識を組織のメンバーの間に拡散・普及しようとすると時間や費用がかかるだけでなく、もとの知識の持ち主がやる気をなくしてしまうかもしれない。それに、そもそも個人間の差をなくすことは不可能かもしれない。(13)

以上がRothchild-Whitt の分析の要約だが、日本人の読者は、まるで日本社会の分析そのものだという印象を受けないだろうか? 余談になるが、日本の企業組織はまだしも、大学組織などは、彼女のいう新組織そのものにあたるのではないだろうか? しかし、だからといって、日本の大学が現実にも理想的な組織として機能しているとはとうてい言えないところが、面白いところである。理念型に近い組織は、官僚制であれ新組織であれ、それぞれ固有の "機能不全" や "人間疎外" を起こしてしまう運命にあるのであって、現実との適合性という点でいうならば、やはりなんらかの "雑種" 型の組織が最善なのであろうか?

(1) これは、C. P. スノーの『二つの文化と科学革命』 [スノー65] に似た議論だが、グレンの方が、統合の可能性についてより積極的な展望を示している。
(2) 私にいわせれば、それは、本来この両方の働きを併せ持っている主体としては、当然めざすべき方向であって、限定・分化型の近代文明=初期軍事・産業・情報文明に続く次代の文明、すなわち、包括・統合型の智識文明=後期軍事・産業・情報文明が持つにいたると期待される特色である。ちなみに、この意味での文明の転換は、バビロン、アッシリア、ぺルシャ、エジプトなどに栄えた都市=神殿国家を中心とする限定・分化型の初期農耕・牧畜文明が、いわゆる有史宗教の出現によって、ギリシャ・ローマ、インド、中国の後期農耕・牧畜文明に転換したのと同様な転換にあたるといえよう。
(3) グレンがあげている、これらの特色は、包括・統合型の文明が利用する技術の性格として、まことにふさわしいものである。
(4) この種の議論との関連で、私にとくに興味があるのは、こうした見方は、一面では日本文化 (つまり世界観や価値観) の対極に立つものでありながら、他面では、きわめて日本的な見方だともみなすことができるという点である。日本人は世界を "タテの階層的認識・評価モデル" に従って認識・評価する傾向が強い。たとえば、一等国->二等国....とか、一流大学->二流大学... という見方がそれである。しかし、他方では、人間の成長・成熟過程を、意識や同質性の境界の拡大過程だともみなす傾向も、日本人の間には強くあるように思われる。いいかえれば、日本人にとって、 "ウチ" と "ソト" の区別のパラダイムは、階層的認識・評価のパラダイム (いわゆる "番付的世界観" ) と並んで、抜きがたいほど深くその文化の中に埋め込まれたパラダイムではあるけれども、どこまでを "ウチ" に含めるかという基準自体は、時と場合により、あるいは主体の成長や発展の度合いによって、違ってきうるのである。すなわち、日本人の真の "国際化" "世界化" は、 "ウチ-ソト・パラダイム" の放棄--それは不可能に近い--によってではなく、日本人が "ウチ" とみなす領域の拡大によってのみ可能となるのではあるまいか。これに対し、 "番付的世界観" の方は、今日すでにタテマエの世界からは追放されて "平等主義" にとって代わられている。しかし、それだけに、 "番付的世界観" は、一種の差別主義的思想として、ホンネの世界の中により根深く残っている。実際、いかに個々人や民族が根本的には平等であるといってみたところで、認識上の区別や評価上の区別をまったくしないわけにはいかない。日本人が--いや人類が-- "世界化" していく過程で、こちらのパラダイムはどうなるのか、どうすべきかは、はなはだ難しい問題であるように思われる。
(5)私自身体験したことだが、三年ほど前に天城の日本IBM のホームステッドで開かれた、アスペン・IBM のセミナーので "日本的経営" の特質が話題になったさいに、何人かのアメリカからの参加者が、アメリカの経営も20年前は同じようだったよという感想を洩らしていた。また、アメリカの若いジャーナリストのジョナサン・ラウチは、現代の日本を論じた近著 [ラウチ92] の中で、現代の日本の経済システムは百年前のアメリカのそれにとてもよく似ており、社会生活は1950年代のアメリカにそっくりだと述べている。確かに、彼が引用している、フランスの批評家アンドレ・シーグフリードのアメリカ評は面白い。曰く、
「このような驚異を成しとげつつある社会に見られる、まったく新しいことといえば、理想主義や宗教をも含めたこの社会の多くの面の中でも、とりわけ生産という単一の目標をめざして働き続けているという事実である... そのため、あらゆる美徳を、従順という基本理念に換言する傾向が強まっている....この国は、精神において個人主義的でなく、それゆえにこの種の集団主義を自らの一部として受け入れており、制度も、それにまさによく適合している。そして物質的に非常に恵まれ、安全も完璧で、団結して大きな仕事を成しとげようとする熱意も圧倒的なために、人々は、それ以外の事柄に気をとられたり、それらが失われたのを悲しんだりすることを、ほとんど不可解なほどに捨て去って省みない。しかしこのような雰囲気の中で、果たして個人は生き残れるだろうか? 」(pp.196-7.訳文は若干変更した。)
(6)アダム・スミスは、社会関係そのものを「悪の温床」と見ていた。同業者が集まると、たとえ親睦のための集まりであっても、結局は価格の吊り上げなど反社会的な企みの談合に終わる。だから知り合いにさせないのが一番だと考えていたそうだ。 (7)グラノベッターは、このような主張の論拠として、次の二つの実証研究をあげている。
Stewart Macaulay. "Non-Contractual Relations in Business: A Preliminary
Study." American Sociological Review 28 (1): 55-67, 1963.
Robert Eccles. "The Quasifirm in the Construction Industry." Journal of
Economic Behavior and Organization 2 (Dec.): 335-57, 1981.

前者の出版時期がかなり古い (1963年) ことは、注目に値する。あるいは、本文で述べたように、アメリカの経営の仕方は、1960年代以降に大きく変わったのかもしれない。もしそうだとしたら、それはなぜだろうか。ビジネス・スクールで教育されたMBA たちや、ロー・スクールを出たローヤーたちが、ようやく大々的にアメリカのビジネスに進出するようになったからだろうか。あるいは、それまではあまり個人的関係が深くなかった外国、とりわけアジアの諸国の企業や個人との取引や交流の比重が増えたからだろうか?
(8)筆者はここで、新組織の例として、革命後の中国の組織をあげているが、今となっては、それは悪い冗談に響く。むしろ、日本の例をあげるべきだったのではないだろうか。
(9)ここでの著者の話は、なんだか "日本的経営" をアメリカに定着させる上での困難の話を思い出させる。
(10)まるで、アメリカ人も、日本人なみの "テンション民族" になりかかっているような話である。この調子だと、アメリカ社会も日本並みに "閉鎖的" になっていきかねない。
(11)こうした問題に対処するために、日本の初等教育制度をアメリカに輸出してはどうかといいたくなる。冗談だが。また、著者はこの部分で、ひとびとの "democratic consciousness" の発達についても語っている。つまり、今のアメリカ人のほとんどは、ここでいう意味での "民主主義教育" は受けていないというわけだ。だとすれば、ここでもまた、日本の教育こそ真の意味での "民主主義教育" ということになりそうだ。
(12)私なら、この問題は "文明要素間摩擦" と呼んでみたい。新組織は、アメリカの既存の文明に追加された新しい文明要素なのだが、それは、既存のアメリカの文化--世界観や価値観、行動原理等--との間にさまざまな摩擦を引き起こす一方で、既存の他の文明要素との間にも摩擦を引き起こす。先の4)は、文化との摩擦の例だが、この5)は文明間摩擦の例にあたるといってよいだろう。
(13)日本の組織は、この問題にはどのように対処しているのだろうか?

(二) 初期の電子ネットワーキング

次に、社会思潮というよりは社会運動に近い現象として、アメリカでの電子ネットワーキングの流れを一瞥しておこう。もともと、より広い意味での "ネットワーキング" 運動は、アメリカでは1960年代の半ばから、既成の企業組織やコミュニティ組織にあきたらない人々のリーダーシップの下に、さまざまな形で試みられるようになっていた。ここで、 "電子ネットワーキング" と呼ぶのは、それが、通信および情報処理手段としてのコンピューター・ネットワークと結びついたもののことである。
まず、広い意味でのネットワーキング運動だが、この運動の最初の主唱者のひとり、ヘーゼル・ヘンダースンは、現在の社会が混乱をのりこえて存続していくための "究極的な組織形態" として "参加型の、自由な発想にもとづく、有機的でサイバネティックな形態" を考え、これを "ネットワーク" と名付けた。(1) また、マリリン・ファーガスン[Ferguson 80] は、心の変革をなしとげた個人があちこちに生まれ、互いに知り合うことがなくとも目にみえない連帯となってひろがり、やがて世界全体を変革していくような "水瓶座族の共謀 the Aquarian conspiracy" について語り、その神経系にあたるのがコミュニケーションであり、その場となっているのがネットワークだと述べた。リプナックとスタンプスは、従来の個人主義的なそれとは違う、新しい価値観や意識の状態とそれにもとづいた新しい世界 (="another America")をつくりだすような社会運動としてのネットワーキングに関する、最初のレポート [Lipnack/Stamps 82]を出版した。
この新しい価値観・世界観は、たとえばJ. F. ルベル [Revel 69] の指摘したアメリカでの "新たな革命" に向かう動きの発生や、 G.C. ロッジ [Lodge 74] のいわゆる "新しいアメリカのイデオロギー" としての集団指向的な "コミュニタリアニズム" の価値観の出現、あるいはW.G.マクローリン [McLoughlin 78]がいう「西洋の英知が人生に秩序と意味を与える力を失っていくにつれて生じている東洋の英知への新たな関心」をともなった "四度目の大いなる覚醒の時代 (1960-90)" の到来、さらにはライアル・ワトスン [Watson 73,79] やフリチョフ・カプラ[Capra 75,82] などが代表する科学の新しいパラダイム ("New Science")の模索などのような、近年のアメリカにみられる意識や社会の変化と、いやそれどころかことによると新しい文化の形成の流れとも、密接に関連している。 (このような変化は、首都ワシントンでの政治の動きのみをフォローしていたのでは、なかなか看取できない。) (2)
他方、コンピューター・情報科学の世界でも、1970年代には、これを人間のコミュニケーションのための新しい手段として利用しようとする試みが、自覚的に行われるようになった。さらに進んで、新しい情報通信技術を社会変革の手段としても利用しようとする試みも、さまざまな形で行われるようになった。
かとえば、ヒルツとチュロフは、 "ネットワーキング・ネーション" というコンセプトを、同名の著書 [Hiltz/Turoff 78]の中で提唱した。すなわち、近年のアメリカには、

      伝統的コミュニティ  --> 機能的コミュニティ
--> ネットワーク--> ネットワーク・ネーション

という社会変化の流れが生じており、その基礎には、電子コミュニケーション技術、とりわけ電子会議技術(CC = computerized conferencing) の発達がある。これによって、距離を超えた高密度のコミュニケーションが安価な費用で可能になり、社会変化が誘発されるというのである。すなわち、直接的な社会関係に立脚している伝統的な地域コミュニティに代わって、地域的にはばらばらであったり、激しく移動したりしている人々の間の機能的な結びつきが可能になる。これが "機能的コミュニティ" である。しかし、コミュニケーションの高度化がさらに進むと、社会関係は、特定の目的との関係での有用性 (機能) を求めるコミュニケーション面での結びつきというよりは、より一般的なコミュニケーションを媒介とする結びつきの方が支配的になっていく。これがネットワークである。 (著者たちは、一個のネットワークのメンバーの規模としては、数十人といったところを考えているようである。) そして、未来の社会ないしは国家 (ネーション) は、そのようなネットワークが多数できて、それぞれの間になにがしかの重複があるという形でネットワーク同士が相互に結びついている "ネットワーキング・ネーション" ないし "ネットワーク社会" としてイメージされることになる。(3)
 私の解釈では、著者たちによるこのような社会変化のビジョンは、実は、

      伝統的コミュニティ--> 特殊交易関係--> 一般的市場  --> 市場社会

という形で進んでいった産業社会での物=商品の生産・流通過程の展開、およびそれに対応して生じた社会変化に、非常によく似ているということができる。伝統的コミュニティの中での慣習や伝統的権威に支配されていた社会的分業関係は、そのうちに、ひとびとの移動=旅の技術の発達に伴って、一部の産品についての特殊的な交易関係によって補完されるようになった。それが、産業化による、大量生産・輸送技術の展開の結果、きわめて多岐にわたる財・サービスが商品化するようになる。つまり、互いに直接の社会関係をもたない人々によって提供・購入されるようになる。このような、ほとんどあらゆる財・サービスが商品としてそこで交換されているある地域的な場 (およびそこに集う人々) が「 (一般的) 市場」であり、それぞれの地域に発達する個々の市場が、その参加者やそこで売買される財・サービスの間のなにがしかの重複を伴いつつ、全社会大に結びついているシステムが、市場社会に他ならないのである。このように考えれば、「ネットワーク・ネーション」 (ないしはネットワーク社会) と市場社会の形成に見られる並行的な対応関係を、容易にみてとることができるだろう。今日の情報化過程は、まさにこの意味での "ネットワーク社会" を、グローバルに生みだしつつあるのである。(4)
さて、ヒルツとチュロフのビジョンを具体化した最初の本格的コンピューター・コミュニケーション・システムは、EMISARI (The Emergency Management Information System and Reference Index) であった。このEMISARI の設計発想の原点は、DELPHI型の知識集約システムの電子化にあった。「それは、情報交換および集団としての問題解決のために行われる人間のコミュニケーションを、コンピューターを利用して構造化するための、高度に革新的な技術」であった。このシステムは、1970年代の前半に米国大統領府 (Executiuve Office)の中の、緊急事態準備室 (0EM, the Office of Emergency Preparedness)におかれた SED=System Evaluation Divisionによって、それも、マレー・チュロフというたぐいまれな創造性に富んだひとりの個人の独走に近い努力--彼は、そのためのプログラムを僅か四日で書き上げたといわれる--によって開発され、危機管理のための情報システムとして利用された。すなわち、EMISARI は、ニクソン大統領が第一次石油危機にさいして発動した3ヶ月間の "物価・賃金凍結" 政策の全国的なモニタリングや、苦情の収集、苦情や疑問への対応策の討論などに、大きな役割を発揮したのである。その後、EMISARI の改良版は、RIMS (Resource Interruption Monitor System) と呼ばれる、より大規模な電子化経営情報システムの一部に繰り入れられていった。RIMSには、EMISARI 本体の他に、電子会議システム、情報蓄積システムとての "ノートブック" 、報告システムとしての IRIS (Incident Reporting System) などが含まれていた。
なお、EMISARI 類似のその他の初期の電子的情報処理システムとしては、つぎのようなものが開発された。
①Memex:これは、 1945 年、科学研究開発局長だったバンネバー・ブッシュ (Vannevar Bush)が、ゼロックス機械、ポラロイド・カメラ、FORTRAN などとあわせて提唱した、総合的な電子的情報処理システムの名称である。このシステムは、文書の検索、作成、編集機能や、ファイリング、通信、ハイパーテキスト処理機能などを備えるものとして構想されていた。今日まで、当初の構想どおりのMemex はついに実現されていないが、部分的には、この構想は逐次実現されてきている。
②Bell Canada が1970年代前半に開発した EMISARI類似のシステム。これは、英仏二ケ国語で操作できるようになっていた。
③Institute for the Futureの開発した FORUM。これは、DELPHI/EMISARIとよく似ているが、コンピューターが制御する音声チャネルがついているという特徴があった。後に、これを単純化した PLANET という電子会議・電子メールシステムも作られ、科学技術者その他の専門家の電子会議に、実際に利用された (28の会議が持たれたという。) なお、ここでは、さまざまなタイプの電子会議方式("notepad," "seminar," "questionaire," "encounter," "assembly"などと呼びわけられた) も実験された。
④チュロフらが EMISARIの経験を生かして, さらにそれを発展させた電子コミュニケーション・システムとしてのEIES (Electronic Information Exchange System) 。このEIESは、情報交流のネットワークによって結ばれている "無形の大学" としての "専門家集団" を対象として設計され、全米科学財団の支援をえて、ニュージャージー工大(NJIT)で、1976年から稼動し始めた。科学の進歩は、コミュニケーションの効率化と最も密接に関連していると考えられたからである。しかも、この分野では、指数関数的に増加する大量の新しい情報をいかにして効果的に蓄積、伝達、検索するかという問題が、ますます深刻になっていた。EIESは、この状態に電子的に対処する試みであって、次の四つの新しいコミュニケーション方式を導入して、在来の方式に置き換えようとした。

              新方式            旧方式
--------------------------------
メッセージ [電子メール] 手紙, 電話, 対話・訪問
電子会議        集会, コンファレンス
ノートブック      原稿や前刷の送付
(共著者は同じ場所にいる必要あり)
ブレティン       ニュースレター
(後には雑誌や要約サービス)

EIESのもう一つの興味深い特徴は、それが研究者個人の間のコミュニケーション手段として用いられただけでなく、共同研究者のグループを通信対象としたり、グループのメンバーの発信にさいして匿名を許容したりするという考え方も取り入れたところにある。EIESはまた、グループの全体および個々のメンバーのための、電子秘書、電子ライブラリアン、あるいはサーチャーの役目を果たしてくれるマイクロ・プロセッサー (HAL と呼ばれた) をも備えていた[Hiltz/Turoff 78] 。     ただし、先駆者的なシステムにはよくありがちのことだが、EIESの最初のバージョン(EIES 1.0)は、あまりにも多くの機能を野心的に盛り込みすぎていたために、ユーザーにとってははなはだ使いづらいシステムになっていた。EIESは、全米科学財団からのグラントが切れた1982年から、一般のユーザーから料金もしくは基金をもらって、ビジネスとして再発足することが期待されたが、その実績はそれほどはかばかしいものではなかった。それでも1980年代の終わりまでに、EIESは1700人ほどの人々によって利用されるようになっていた。EIESは、ニュージャージー工大の他に、いくつかの団体や企業にも採用された。とりわけ、WBSI(Western Behavioral Sciences Institute) は、その International Executive Forumの参加者および卒業生のためのコミュニケーションの手段として、EIESを高く評価していた。(5)
しかし、もともとメーンフレーム・コンピューターを端末機と電話回線でつなぐ形で構想されたこれらの初期のシステムは、結局のところ電子ネットワーキングの主流になることはできなかった。むしろ、大きく発展していったのは、ホスト・コンピューター相互間のネットワーク化 (インターネット化) であった。さらに、1980年代に入って、コンピューターの "ダウンサイジング" 化が進行する中で、当初はスタンドアロンの製品として市場化されたパソコンやワークステーションが、一方では、LAN の形で、他方では、中心におかれる "ホスト" に対して、多数のパソコンが "端末" として接続する、いわゆる "パソコン通信" の形で、急速に相互連結されていった。ホスト・コンピューターとしてはメーンフレームを使う大規模商用システム (いまは消滅した The Source や、現在でも健闘している CompuServe やGENIE など) や、ホスト自身もパソコンになった草の根BBS(電子掲示板) 型のネットワークなど、多様な "ネットワーク通信" システムが出現した。電子会議用のソフトウエアも、そうした変化に対応した、よりユーザー・フレンドリーな、Participate, Cosy,Caucus, などの製品が普及していった。また、より簡単なBBS のホスト用ソフトウエアも、パブリック・ドメイン・ソフトウエアとして事実上無料で提供されるものや、安価に市販されるものも現れた。それにともなって、もともとはコンピューター通信とは無関係な形で始まったネットワーキング運動が、コンピューター・ネットワークという強力なインフラストラクチャーをもつようになり、最初はコンピューターを毛嫌いしていた人々も、次第にその魅力に引き込まれていった。(6) さらに、この数年は、これまで一部の研究・教育者に限られていた高速のデータ通信ネットワークが、企業や一般公衆にも利用可能になり、それがいたるところのLAN と接続されることによって、コンピューターの "ネットワークのネットワーク" あるいは "LAN のWAN"の形成が急速に進行し、それに伴って、一つの地域や国の境界をのりこえた、文字通りグローバルなネットワーキングもごく容易に実現可能になってきつつある。リプナックとスタンプスのの二冊目の著書[Lipnack/Stamps 86] は、 "もう一つのアメリカ" をも超える "見えない地球 invisible planet"の形成をめざす段階に入った現在のネットワーキング運動の、報告書兼マニュアルである。(7)
  

(1)ヘンダースンによれば、「ネットワークには、本部もなければ、指導者も、命令の連鎖もない。ネットワークは、自由形式の自己組織的なシステムであって、おなじような世界観や価値観を通有する何百人もの自律的で自己実現的な個人からなりたっている。」
(2)マクローリンによれば,アメリカの歴史の中では、 "覚醒期" が40-70 年ごとに発生している。 "覚醒期" とは、「既成の信念や価値の一般的な危機の中に始まる、約一世代にわたる文化の再活性化の時期であって、この間に信念や価値の方向づけの大きな変更が生ずる」。このような意識の覚醒には、生活様式の「リバイバル」が伴う。「リバイバルは各個人の生活を変える。覚醒は全体としての人々の世界観、つまり文化を変える。」
(3) ヒルツとテュロフがこの先駆的な書物を出版した1978年には、電子的コミュニケーションといっても、大型コンピューターに多数の端末を接続するTSS があった程度で、今日のパソコンやワークステーション、あるいはLAN やWAN のようなものは、どこにもなかった。それだけに、著者たちの先見性は驚嘆すべきものである。また、当時はまだ "virtual reality"のようなコンセプトもなかった。ここで著者たちが "機能的コミュニティ" とか "ネットワーク" などの言葉で呼んでいる電子的なコミュニティは、現在ならハワード・ラインゴールド [Rheingold 91] のいう "バーチャル・コミュニティ" のいくつかのタイプとみなすことができるようなものであろう。そして、著者たちの予見した "ネットワーク社会" は、今日ようやく、 "インターネット" の全国的、全世界的な拡がりと共に、現実化しようとしている。 (4)それはそれとして、私がここでネットワークと市場の間の対応関係にあえて言及した理由は、それによって "ネットワーク・ネーション" の形成過程の理解がより容易になるという点につきるものではない。むしろ、著者たちの視野から欠落しているある重要な視点の存在をも併せて指摘するために、この比較が有用だからである。すなわち、近代の市場・産業社会は、単なる一般的な商品交換関係=市場関係だけで形作られているのではない。そこには、商品交換関係をいわば "内部化した組織" すなわち、 "企業" が、多数存在していて、市場を利用して自己の目的 (通常は、利潤の入手、富の蓄積がそれだと考えられている) を達成しようとしている。また、産業社会には、企業以外の組織もある。すなわち、いわゆる労働者や消費者をそのメンバーとして、会費制その他の有料サービス制 (つまり市場交換の原理) をみずからの内部にも導入しつつ、メンバーの福祉の増進に寄与しようとしている--あるいは、場合によっては、それ以外にも、政治的影響力の増大とか、富の蓄積といった目的をも持つようになっている--一種の会員制クラブというべき組織、つまり労働組合や各種の消費者クラブも存在している。私のいう "智業" や "コネクティブ" は、市場・産業社会における企業やクラブに対応する、智場・智業社会における新組織=社会システムにほかならない。ヒルツとチュロフの著書には、残念なことに、このような新しい社会システムの出現と活動を予測して、その意味するところを分析するという視点が、不足しているように思う。これでは、市場を分析しながら、資本家や労働組合のことは考えない経済学のようなもので、分析がいささか気の抜けたものに、あるいは現実離れしたものに、なってしまわざるをえない。
 (5) このプログラムには、私の紹介で、わが国からも青山学院大学の林吉郎教授が参加して、非常に有益だったという印象を受けてきた。もっとも、残念ながら、その後このプログラムは、財政難のために中止された。なお、EISE自体は、EIES 2.0としてバージョン・アップされ、メーン・フレーム・コンピューターの他に、UnixやVMあるいは、パソコン通信用にも利用できるようになったが、やはりそれほどめざましく普及することはできなかった。
(6) この間の事情を調査して、1989年にアメリカで作成されたある私的レポートの調査結果の概要を、私なりに要約してみると、次のようになる。
①1980年代に、コンピューター通信技術のめざましい発展が起こり始め、今日でも続いている。その結果、オフィス (ホワイトカラー) へのコンピューターの普及が、とりわけそのパーソナル化が、急速に進みはじめた。ただし、ここで "パーソナル化" というのは "仕事でなく趣味に使う" とか、 "個人のポケットから金を出して買う" といった意味でなく、 "ひとりひとりが専用できる" という意味である。80年代にめざましく普及したいわゆる "パソコン" と従来の "ターミナル" や "ミニコン" 、あるいはより近年普及が始まった "ワークステーション" などの間の違いは、今後はほとんどなくなっていき、これからは、計算・通信・文書処理・画像処理・データ検索等々の役割を総合的に備えていて、相互に接続しているが、しかも個人用に使える情報処理・通信装置が、企業の幹部だけでなく、企業の内外の大衆レベルにも普及していくことだろう。
 ②それを背景にして、企業やその他の組織は、この情報処理・通信技術を、日常業務に広く応用するようになった。とりわけ、組織の内外での連絡や通信に、テレコムが多用されるようになった。それは、単なるメッセージやメールの交換の域を超えて、緊密な事務連絡あるいは意見・情報交換 (電子会議) やさらには共同の意思決定そのものにまで及ぶようになりつつある。いずれ、テレコムなしのビジネスは、個人の場合でも組織体の場合でも、考えられなくなるだろう。
③そうなってくると、ユーザーのより具体的なニーズに合わせた、情報処理・通信技術のいっそうの展開が望まれるようになる。とりわけ、組織体の場合、その個々のメンバーや部局の活動を、集団としてのより有効な機能が可能なように、組織、調整、統合していく必要が感じられるようになります。これが、いわゆる "グループウエア" への要請に他ならない。
④さらに、組織そのものの構造や組織の形成・運営をめぐる理念も、こうした新しい技術とその背景にある人間・社会観により適合しやすい方向に向かって、再組織されていくことになる。いわゆる "ネットワーク型" の組織への移行、活動としての "ネットワーキング" 、意識としての "ネットワーク指向" や "地球化" がそれである。
レポートの要旨は以上だが、私のコメントも一言付け加えておこう。このレポートが提出されてすでに三年以上の月日がたったが、ここで指摘されている傾向は、その後も着実に進展している。たとえば、最近のウィリアム・ダビドウとマイケル・マローンによる "バーチャル・コーポレーション" のコンセプトの提唱 [Davidow/Malone 92]なども、まさにその線上にあるものだろう。ところで、今日のアメリカで、 (そして西欧や日本でも) 急激に進行しているこのような社会変化過程が、衰退しつつあるアメリカの "復活" に貢献するのか、それとも、アメリカ以外の新しい勢力の台頭・交代に貢献するのかという点については、まだ世界的に定まった評価はないようだ。しかし、第二章でも見たように、少なくともアメリカのビジネスマンの間では、この変化に肯定的に対処しようとする傾向が、しだいに強まっていることは疑いないだろう。
(7) もっとも、リプナックとスタンプスの1986年の著書は、 "ザ・インターネット" の爆発的な発展が始まる以前に書かれているので、その中にはインターネットへの言及はない。インターネットについての参考文献としては、クォーターマン [Quarterman 90, 93]、キーホー [Kehoe 93] 、クロール [Krol 92]、ラキー [LaQuey 92]などが有用である。

(三) 電子市民社会を作るためのテキスト

アメリカでの電子ネットワーキングは、大統領府に始まり、研究・教育エリートの利用するところとなり、さらに企業や一般市民間にも普及しつつある。そこで、市民による電子ネットワーキングの実例をいくつか見てみよう。最初に、アメリカの地域電話会社の一つ Pacific Bell が一般市民のために企画した、 "電子市民" というテーマの研修計画をとりあげよう。私はこの研修のテキストを、1989年の 5月にペンシルバニア州アレンタウンで開かれたENA (Electronic Networking Association) の大会に出席したときに、プロジェクトの監修者であるボブ・デウォード (Robert Deward)から貰うことができたので、それによって説明しよう。
このテキストを一見して最初に気付くのは、日本の場合のコンピューター通信の利用主体としては、企業とか自治体のような集団が想定されることが多いのに対し、アメリカの場合は、企業はまあ当然として、個人・市民がその主な利用主体としてまっさきに想定されているということである。それもいってみれば "公民" として活動する個人(citizen) が想定されている。あるいは、集団を想定する場合でも、そのような "公民" を構成要素とする、公衆に奉仕するための非営利の草の根政治団体(public service, non-profit, grassroots political groups) を考えがちなのである。このテキストも、まさにそこに焦点を合わせ、研修のうたい文句としては、コンピューター通信(telecomputing) をマスターして利用すれば、

  1. 他人への影響力 [とくに発言力ないし説得力か] を何倍にも大きくできる、
  2. 使う技術の面で、他の大組織と対等の立場に立てる (つまりコンピューター通 信は1990年代の "大いなる新平等化手段" である) 、

という二点が強調されている。つまり、この本は、 "力への手引き書 a guidebook to power"だというのである。そして、その有名な実例として、コロラド州のコロラド・スプリングズの町で電子掲示板を使って町の政治の改革を試みている退役陸軍大佐のデーブ・ヒューズ (David Hughes, 通称Colorado Dave)(1) と、コンピューターを持っていてもその使い方を勉強する余裕がない小さな非営利法人のスタッフたちを支援するために電子会議を利用したダニエル・ベン- ホーリン (Daniel Ben-Horin) をあげている。実際、このテキストの中の次のような表現は、読者の、アメリカ民主主義魂に強くアピールしそうに思われる。
「デーブ・ヒューズは、トム・ペインやアメリカ革命通信委員会の伝統を引く小論文執筆者であり活動家である。だが、彼は、羽ペンのかわりにラップトップのコンピューターを、印刷機のかわりにモデムを使っている。」
また、ヒューズ自身は、自分をこう自己紹介している。
「私は幸せな結婚をした中年の家族持ちで、大きな政府や、大戦争、大企業、あるいは、右であれ左であれ偉大な政治的理念といったものにはすっかり食傷して、今では小さな町の小さな家に住んで、小さな組織相手の小さな商売をする方を好んでいる。小さなコンピューターを使えば、それが十分やれるのだ。」
これはまさに "スモール・イズ・ビューティフル" の1980年代版ではないだろうか。   さて、このテキストは、情報化時代のコンピューター通信がマスメディアに勝る点として、さまざまな争点に関する立ち入った情報の提供と、市民や政治家(legislators) たちの間の理をつくした討論(reasoned debate) の機会がえられること--これは過去の印刷技術の発明に匹敵する--とをあげている。そして、コンピューター通信を使うことによって、市民たちは、重要な情報を入手し、政治行動を組織し、世論を動かし、政策形成をガイドすることができるという。いまや、小さくて貧しい草の根的な公益団体ないし利害集団でも、全国レベルの政治家や金持ちの利害集団とおなじように強力な手段が利用できるようになったという。そしてこんな過激な(?) 表現さえ用いている。

「西部開発時代にコルト44型レボルバーの到来が、小男と大男の間の力の平等化をもたらしたのと同様に、テレコムは小集団と大集団との間の力の平等化をもたらすことができる。」(2)                             
要するに、このテキストの筆者たちは--そしておそらくパシフィック・ベル社も--コミュニケーション技術の発達がもっとも大きな直接的影響をもたらす分野は、なによりもまず政治の分野だと見ているわけだ。彼らは、だからこそ、この技術を万人が習得できるように、関係者が努力する必要がある、と考えているのである。
それでは、コンピューター通信を手段として使えば、具体的には何ができるのか。テキストは、その例として、次のような項目をあげている。

  1. 地域の住民(constituents)と、そこで発言する可能性のある人(potential advocates) の確認、
  2. 自分のグループや主義主張 (cause)についての情報の配付、
  3. 資金の調達、
  4. より多くの人々との交信、
  5. 候補者や政府機関との直接の交信、
  6. 公的なイベントへの参加者の募集、
  7. 争点を研究し立法過程をフォローすること、
  8. 広い地域にわたる活動の組織と調整、
  9. これまでならば会う機会が得られなかったはずの重要な人物との接触、
  10. 大量の情報の迅速で効率的で安価な配付、
  11. 住民の考えや世論についての、より正確で新しい知識の獲得。

そして、そのための手段となるコンピューター通信自体の具体的な形については、次のような項目があがっている。

  1. コンピューター通信を利用した、個人間のネットワーキング、
  2. 電子メールと電子掲示板の利用、
  3. 各種のデータベース (法律関連の、さまざまな調査用の、ニュースの、等々) 、
  4. オンライン会議、
  5. 録音された生の声 (ボイスメール等による) の入手。

また、コンピューター通信をこのように利用することが引き起こす社会変化としては、次のようなものが考えられている。

  1. これまでの階層型の組織に代わるネットワーク型組織の優位、
  2. 対立よりも協調をめざす方向へのコミュニケーション革命--ウィリアム・オーウチ (William Ouchi)のいう "チームワーク革命" --の進行。オーウチは、アメリカ人はこれまで、お互いの間の闘争にあまりにも多くの時間と金をかけすぎたと反省している。そして、今後は、闘争よりもむしろ協調による問題解決をめざすべきだ、国際競争力もそれによって回復すべきだ、といっている、(3)
  3. これからの民主主義社会では、コンピューター通信の政治的利用の可能性を万人に対して開放すべきだという議論が、政治の中核争点 (key issue)として登場するようになる。

このうちの③はともかくとして、最初の二つの変化は、現在すでに進行中だとみてよかろう。ただし、それが "コンピューター通信" が発達したことの、あるいはそれが利用可能になったことの帰結であるかどうかは、いささか疑問である。むしろ、前の節で紹介したロスチャイルド- ホイットの論文や、1960年代の "ネットワーキング運動" の試みなどに見られるように、アメリカ社会では、階層構造型大組織が人間疎外の方向に進みすぎた--アメリカ的経営学と MBA、ロバート・マクナマラ流のPPBSと数学の応用 "ベスト・アンド・ブライテスト" やローヤーたちの台頭などがその顕著な例だが--ことへの反発や反省が、アメリカ社会の中には、コンピューター通信の出現以前にすでに起こっていたように思われる。実際、こうした人間疎外に対抗する形で、1960年代から70年代にかけてはさまざまな社会的・政治的な "異議申立て" や、 "対抗文化 (counter culture " の台頭、ヒッピーなどに代表される "大組織離れ" や、いわゆる "alternative organizations"の設立や運営の実験などが、大組織の外で、これに対立・対抗する形で行われ始めていた。コンピューター通信の技術は、そうした試みにとっても有力な手段となりえることはいうまでもない。しかし、コンピューター通信が普及したことの意義は、むしろ、これまでの階層型組織と新しいネットワーク型組織を対立的に捉えるよりは相互補完的に捉えて、既存の階層型組織の中にも、ネットワーク型組織を導入しよう、あるいは復活させようとする動きを、支援し促進する結果になったところにありはしないか、というのが私の解釈である。実際、私の友人の、サイモン・フレーザー大学で中国研究とコミュニケーション論をやっているジャン・ウォールズ (Jan Walls)教授も、「あれかこれか」という価値観を捨てることの大切さを強調している。
この本で紹介されている実例の話にもどろう。ホノルルに、野性動物の保護や環境問題に取り組んでいるアーストラスト(Earthtrust)という非営利団体がある。この団体は、韓国が非合法に行っていた捕鯨の摘発や、アマゾンの野性動物を救うための調査団の派遣、鯨やいるかのコミュニケーションの研究、深海の刺し網船団に反対する活動の草分け、などで知られているそうだ。この団体は最近、団体の事業に参加しているボランティアたちに電子メールのアカウントや機材を提供することによって、彼らの自宅を、アーストラストの "支所" に変えた。これによって、何千マイルも離れたところに住んでいながら、報告の共同執筆をしたり、手に入れたデータを比較しあったりすることが可能になった。また、わざわざワシントンDCその他の大都市に移住しなくても、強力な政治活動が展開できるようになり、予算の大幅な節約も可能になった。こうして、この種の団体にとっての "成長の限界" が突破されたのである。現にアーストラストの事務局長は、電子メールのおかげで、過去二年間に、20倍以上の巨額の予算をもって活動している類似の団体と同等の活動ができたと語っているそうだ。パソコン、コンピューター通信、データベースの利用などについて、ベストセラーの手引書を何冊も出版しているアルフレッド・グロスブレナー(Alfred Glossbrenner) も、この種の政治団体の間の激しい競争についてふれ、今後四年以内に、公的政策に影響を及ぼそうとするもののすべてが、なんらかの電子メールシステムを、在来の "かたつむり郵便 Snailmail" に代えて採用せざるをえなくなるだろう、と指摘しているそうだ。(4)
ところで、上記のデーブ・ヒューズの政治活動のための主要な武器は、電子掲示板だったが、グローバルな電子会議を使いこなして活躍している団体もある。ミシガンを拠点とする国際的慈善団体のセバ財団 (The Seva Foundation)は、そのような財団の一つである。この財団では、すでに1980年代の前半に電子会議システムを本格的に導入して、年四回の理事会を廃止したばかりか、財団の中に、DEO つまりdistributed electronic organization と呼ばれる職員の間の横のコミュニケーション・ネットワークを広く組織することによって、財団内でのコミュニケーション効率を画期的に改善した。それだけでなく、財団の日々の活動の支援のためにも、電子会議は不可欠になったという。(5) たとえば、(1985 年の話らしいのだが)この財団が資金を出してWHO がヒマラヤで行っていたプロジェクトで、ヘリコプターのエンジンが飛行中に故障して、使用不能になる事故が発生した。ヘリコプターはオレゴン州のある会社から借りたもので、エンジンのスペアはフランスにしかなかった。エンジンを注文するには、ニューヨークの国連本部、ニューデリーのWHO の支局、そしてセバ財団自身が関与する必要があった。財団は、早速、全関係者の加わった電子会議を招集して、

  1. だれがエンジン取替え費用を負担するか、
  2. エンジンをカトマンズまでどうやって空輸するか、
  3. 関税をどうやって免除してもらうか、
  4. カトマンズからヘリコプターの不時着地点まで、エンジンをどうやって陸送するか 、
  5. 故障はしたが、修理すればまだ使えそうなもとのエンジンはどう処分するか、

などの問題点を、わずか一日であっさりクリアーし、数日のうちにエンジンが発送されたという。
それ以外に、このテキストで言及されている電子会議の実例としては、次のようなものがある。まず、初期の試みとしては、米国地理調査所、DEC 、ヒューレット・パッカード社などの例がある。米国の下院は、1986年に、オンライン会議の提案要求を出したそうだ。また、とくに注目すべき最近の成功例としては、

  1. The Public Broadcasting System と The Corporation for Public Broad- casting が設置した電子会議。これには、米国全土から70以上の、公共放送システム(PBS) および全国公共ラジオ (National Public Radio)の系列会社、子会社、法律事務所などが参加している、
  2. プロクター・アンド・ギャンブル社が社内に導入したブランド開発促進のための電子会議システム。これによって、情報の流れの速度や範囲が三倍にはなったし、導入費用に対して10倍から50倍の便益が得られたと評価されているという、
  3. Electric Power Research Institute が、スリーマイル島の原発事故の後で、原発経営者協会のメンバーたちが、原発の運転についてのデータや情報、助言をリアルタイムで交換するために設置した、長期電子会議、

の三つがあげられている。そして、電子会議の主な特徴としては、ハリー・スティーブンスの研究に依拠しながら、次の四点--といっても、いまやとくに新味はないが--をあげている。すなわち、

  1. Topic orientation: 特定のトピック指向型の会議になること、
  2. Joining: 参加者は、自分の好きなトピックについての会議に、任意の時点で、任意の時間に参加できること、
  3. Branching: あるトピックをめぐる討議の途中で、下位のトピック、あるいは副次的なトピックが出てくると、議論の本筋とは別に、その新しいトピックを主題とする会議を分岐させられる (そうしたければ「私語」もできる) こと、
  4. Organizing: 上の三つを組み合わせることで、電子会議は、どんなプロジェクトでも効果的・効率的に組織できること、

がそれである。
この後、このテキストは、電子会議を利用することに意味があると思われる分野をいくつか列挙して、簡単な解説を加えている。プロジェクト管理、募金管理、選挙民/クライエント/会員へのサービス、選挙キャンペーン、世論調査、危機管理等々がそれだが、その中で、とくに私の関心をひいた "専門家ネットワーク" についてだけ、解説の内容を手短に紹介しておこう。この専門家ネットワークは、これまでの専門家の団体や、信仰を同じくするものの集まりなどに代わる、新しい形の団体になると予想されている。その実例としては、1970年代の終わりに組織された、州の立法者たちに科学者が助言するための専門家ネットワークがある。そこには、専門技術者の協会、国の研究所、公益研究機関などが参加し、1979年の一年間に、約一千の問い合わせがオンラインで出され、数千の答えが得られたそうだ。質問は、エネルギー、保健、環境、経済、通信などの分野別に分けられ、さらに自分に関わりのない問答は見なくてもすむような工夫がされていた。質問の例としては、「氷結したハイウェー対策として、水源の汚染につながる塩をまかないでもすむような方法はないか」というものがあり、さまざまな専門家や、同じ問題を抱える州などから答えが寄せられたという。上記のハリー・スティーブンスによれば、この電子会議の経験も、 "神の与えたもうた研究の法則" にかなっていて、

  1. まず、答えを知っている人に質問せよ、
  2. そんな人が見つからなければ、答えを知っている人を知っている人を探せ、
  3. それも見つからなければ、文献やデータベースを探せ、

という手順に沿った質問の流れが見られたという。
テキストの第九章には、ダニエル・ベン- ホーリンの事例の詳しい説明がある。この章は "More Power to Non-Profits"と題されていて、全米に80万以上あるといわれる非営利団体にコンピューター通信のパワーを普及させたいという趣旨で書かれている。
ベン- ホーリンは、多くの非営利団体がコンピューターくらいは購入するようになったものの、どうそれを有効に利用してよいか分からず、さりとてそれを学ぶために時間をかけるには、これらの団体は忙しすぎる、かといってコンサルタントを雇って、一時間75ドルの相談料を払う気もしないという現状、他方では全米いたるところに作られたパソコン通信ネット(BBS) には、大量の情報知識をもった "おたくnerds"たちがごろごろしている、という状況に目をつけた。そして、ある財団(Oakland Foundation)の援助をうけて現状を調査するためのパイロット・プロジェクト(3ケ月) をまず作り、多くの財団がコンピューターの利用については五里霧中の状態にあること、そして問題解決のための支援を受けたいという強いニーズがあることを確認した。そこで彼は、次に別の財団(Skaggs Foundation) をくどいて、20人の "おたく" たち--もっと上品な言葉でいえば "先生 mentor"たち--を集めた電子会議を開設して、非営利財団の活動支援に乗り出した。このシステムは非常に好評で、とくに疑問への答えや助言が即座に得られるところが受けて、ENERT (the Emergency NErd Response System)というニックネームを貰ったほどであった。
ベン- ホーリンたちは、その次のステップとして、 "救助用キット" (モデム、通信ソフト、財団の資金援助による設置サービスなどをセットにしたもの) の提供を検討しているという。また、そもそも電子会議に参加する仕方はおろかコンピューターの電源の入れ方もろくに知らない人々のために、電話による助言や実際にその場にでかけていって助言するサービス組織を作ることを考えている。あるいはまた、素人にはちんぷんかんぷんな言葉をしゃべる "おたく" や "先生" たち--かれらは、オンラインでならいつでも相談に乗るが、でかけていくのはどうも... などといいがちである--との間に入って、 "通訳" をしてくれるようなサービスの提供も考えているそうだ。さらに、このプロジェクトに、コンピューターのメーカー企業にも入ってもらおうというところまで、話が進んでいるそうだ。 (ちなみに、これは、1987年から88年にかけての話である。) (6)
次に、このテキストの理論編とでもいうべき部分 (第八章「コンピューター通信によるティームワークの促進」) を紹介しよう。この本は、理念的には、上記のオーウチの "M型社会論" とロバート・アクセルロッド(Robert Axelrod)の "囚人のディレンマ状況での自発的協力行為の発生論" とに立脚している。この章の冒頭にはオーウチからの引用があり、そこでは、アメリカと日本の社会制度の特質--私なら "文明" のシステムの特質と呼びたいところだが--をこう対比している。

「企業が成功するのは、それをとりまく "社会的基本財産 social endowment " の多くを無料で利用できればこそである。アメリカにあるのは、私有財産権、安定した、誠実で、政権も平和裡に交代する政府、ほぼ完全なリテラシーなどである。他方、日本の企業が利用できる社会的基本財産のなかには、アメリカにはないものがある。それは、企業相互間、労使および市民の間、企業と政府の間などに見られる、ティームワーク意識である。アメリカの企業の国際競争力が安定した政府や無償の公教育によって支えられているように、日本のそれは有効な全国的ティームワークに支えられているのである。」

この言い方は、下手をすると日本には「安定した政府や無償の公教育」がないかのように聞こえかねないが、それはともかくとして、オーウチが日本社会の "ティームワーク" に注目しているのは、すでに述べたような近年のアメリカでの、価値観の変化の大きな傾向を反映しているといってよいだろう。もちろん、前にもふれたように、欧米の自由主義・個人主義の伝統は、個人や集団の間の自発的協力やティームワークの有効性を疑問視しがちである。それは、強者の結託と独占による、弱者あるいは個人の収奪を美化する言葉だとして、反発を買いがちなのだ。オーウチもそのへんの事情は百も承知で、彼は、社会的に望ましい "ティームワーク" の実現を支える仕組みとしての、 "社会的記憶" という新しい概念を出してくる。つまり、過去においてどの集団 (とりわけ利害集団) が利己的にふるまい、どの集団はそうしなかったかという点についての記憶がそれである。そして、これらの集団への助成を決定する力をもっている企業、市民、政府関係団体のネットワークは、この社会的記憶をフルに利用してその決定を行うべきだ、と彼は説く。それによってのみ、もともと小さくてそのメンバーも固定しているコミュニティの内部では有効に機能していたこの社会的記憶のシステムと同じ仕組みが、今日の巨大化した社会でも作用できるようになるというわけだ。
このテキストの著者たちは、オーウチのこうした提言を受けて、1990年代のアメリカのキーワードは "協力" になるだろうと予想している。そして、コンピューター通信のようなニューメディアは、集団間のティームワークと協力関係の展開にとっての、強力な武器になると考えているのである。(7) しかも、著者たちは、併せて、この意味での "協力" は、決してエゴイズムと矛盾するものではないことも強調している。そのような主張の支えとして、著者たちは、近年の生物学や組織理論での "ゲームの理論" の応用による、自立した (つまり定義上エゴイスティックな) 個別行動主体が無政府状態の "囚人のディレンマ" 状況の下でも自発的に協力行動を取るようになる理由や仕組みの研究を、とりわけアクセルロッドの有名な著作『協力の進化』[Axelrod 84]を、引き合いに出している。(8) こうした状況で、結果としてもっとも効果的な戦略は、例の "しっぺ返し" 戦略、つまり第一回目は協力行為を取り、後は相手の出方に応じて、相手と同じような行為を取る、という戦略である。しかも、その有効性をさらに確実にするものは、主体間のコミュニケーションと、それにもとづいた適切な社会的記憶の体系の構築である。つまり、この戦略を取る主体は、自分と同じ戦略を取る他の主体を見つけだして、彼らとコミュニケートし、連携を発展させていけばよいわけだ。
アクセルロッドの議論に言及した著者たちの次の言葉は、なかなか示唆的であって、読みようによっては、アメリカ社会が、企業をプレヤーとする "富のゲーム" から非営利公益団体 (私のいわゆる智業) をプレヤーとする "智のゲーム" に移行していくことを予想しているようにも取れる。

「結局のところまだその展開のごく初期段階の仕事だとはいえ、この [アクセルロッドの] 著作をもとにしてなしうる一般化は、はなはだ思考刺激的なものである。というのは、それは、お互に競争するよりは協力する種類の組織の例としての公益団体あるいは非営利団体が、お互にいかによりよく接触すればよいかを学ぶことによって、その存続ばかりか成長をも確保できそうだということを、示唆しているようにみえるからである。」

もっとも、 "協力" と "競争" が、ここで言われているように、ただちに "あれかこれか" の二者択一的な関係にあると見てしまうのは、いささか欧米的イデオロギーに偏った見方だろう。とりあえず、私としては、 "協力" の要素も重視する集団が出現すると理解しておきたい。なにしろ、 "智のゲーム" にも "競争" の要因は残っているし、 "富のゲーム" にも、日本に見られるように、 "協力" の要因が多分に入っていてさしつかえないのだから。また、現に、著者たち自身、オーウチの経営学理論にも強く依拠しているところからも明らかなように、企業や "富のゲーム" をすべて否定してしまうつもりはないのだから。実際、オーウチは、当然のことながら、 "M-型企業" は、ティームワークと個別努力 (相対的に自立・自律性の高い個々の事業部門の個別努力) との両方のバランスをうまく取る必要があることを強調している。彼の考えでは、 "利己的な競争者間の抑制された協力" こそが、企業にとっても、社会にとっても、もっとも健全な組織的行動の態様なのだ。彼は、アメリカですでにそのような態様が実現されている社会システムの例として、ミネアポリス市をあげている。ここで述べられている、多種多様なゆるやかな人間関係ネットワークの中での、情報の通有を基盤とする互酬の長期多角決裁関係とでもいうべき社会関係--このような言い方は、私流の表現なのだが--の展開の話は、日本とそっくりという感じをうける。他方、オーウチが、これが日本だとして紹介している JEMIMA (Japan Electric Measuring Instruments Manufacturer's Association) の例--延々と会議を繰り返しながら相互の説得に努めるプロセス--は、さすがにいささか極端だなあという感じもせざるをえない。
なお、この章には、以上のような理論的説明の他に、本書の編集者でもあるハワード・ラインゴールド (Howard Rheingold) の書いた "バーチャル・コミュニティ" の話も入っている。これは、著作家である筆者が、世界中の仲間とオンラインでつながって作っている "事実上のコミュニティ" の話である。この種のバーチャル・コミュニティの到来は、理論的にはすでに20年も前 (1968年) に、後にARPAnet の設立の端緒を作ったJ.C.R. Lickliderによって予想されていたそうだ。それが今日ようやく実現したのである。
最後に、このテキストの著者たちが描いている社会変化の姿を要約しておこう。それによれば、人類文明の歴史と共に古い階層型組織に代わる、小さくて分権的で形式ばらない新型組織 (ネットワーク) の誕生が、過去20年の間に見られた。その背景には、アメリカの産業組織の衰退と日本的経営の成功、新しい技術革新に直面してより人間的な接触の回復を求める人々の欲求、高学歴で権利意識の強い若者の社会参加、などがあり、今日の社会問題を解決できるのは、この新組織なのだというのである。もっとも、著者たちのこうしたビジョンは、別に著者たちの独創というわけではなく、すでに現在のアメリカで多くの人が持つにいたったビジョンの反復表明にすぎない。むしろ、私が強調したいのは、このような意識と社会変化の潮流が、今日のアメリカには確実に存在していて、その方向を誤らなければ、それが来るべき近未来を "地球的な協力の時代" に転換していく大きなテコになるという可能性である。その可能性を現実化するためには、日本としては、一方ではオーウチその他の人々によって高く評価されている自国内の既存の "ネットワーク社会" のシステムを、より開かれた透明なものに作り直していく必要がある。他方では、アメリカでのこの新しい動きを克明にフォローし、これと連帯を強めていくと同時に、この流れが一国中心主義的な方向に逸れてしまわないように努めるる必要がある。そのさい、ある意味で時代遅れになったワシントン DC の政治の動きに注目することは、とくに新政権が登場した現在、きわめて重要であることは間違いないにしても、それだけを見ていたのでは、流れの大きな底流を見失いかねないことを忘れてはならないだろう。

(1) ちなみに、彼の息子も熱心なネットワーカーで、1989年の中国の天安門事件のさいには、たまたま中国に留学していて、大連から、国際電話線を使って、パソコンで生々しい通信を父親に送り続け、それが各地の電子ネットワークの上に広く中継された。
なお、この本には触れられていないが、住民よりも地方自治体のイニシァティブで始まって注目を集めたパソコン通信のネットワークもある。カリフォルニア州サンタモニカ市のネットワーク "PEN" (その導入と運営の中心となったのは、市の職員だったケン・フィリップス(Ken Philips) だった) がそれである。
(2) この本の中で、これと同じ表現が別の場所でもう一度使われているところから見ると、この比喩は、西部のネットワーカーたちのお気に入りのもののようだ。私なら、拳銃よりも自動車の例をあげたいところだが、それではパンチに欠けるということかもしれない。
(3) 日本社会が、対立回避型であることが、アメリカと比較した日本の顕著な特質の比較であり、日本はそれを理由としてアメリカ人から批判されることが多いことを考えると、日系米人であるオーウチがこのような議論をしていることは、非常に興味深い。彼の議論は、一般のアメリカ人にどのように受け取られるのであろうか。アメリカの "文化" や "文明" からの拒絶反応に出会わないだろうか。
(4) グロスブレナーは、ニューヨークの St. Martin's Press から、
Master Guide to Free Software for IBMs and Compatible Computers,
How to Look It Up Online,
The Complete Handbook of Personal Computer Communications,
などのベストセラーを出している。
(5) DEO がCEO (Chief Executive Officer, 最高経営者) のもじりであることは、いうまでもないだろう。
(6) このように、社会変化のエージェントとして機能する非営利団体の間にコンピューターの利用が進むことを、ポートランド州立大学のスティーブ・ジョンソン (Steve Johnson)は、 "社会変化の自動化" と呼んでいるそうだ。          (7) 上述の、アーサー・シュレジンジャー父子の、アメリカ政治の30年サイクル説を想起せよ。アメリカ社会の関心の、個人と競争から、グループと協力への移行は、私的関心中心の局面から、公的関心中心の局面へのサイクルの転換とかさなっているようだ。ただし、そのさい、 "公的利益" が "アメリカ一国の利益" と規定され、 "協力" が国内協力に限定されてしまうと、90年代の日本がそこに入っていくと私が予想している "紛争局面" は、日米間の対外紛争を基調とした深刻なものになる危険がある。なんとか、 "協力" の理念を、国際協力のレベルにまで高めたいものである。
(8) このような議論の進め方は、それ自体学問的に妥当だということの他に、個人主義文化をもつアメリカ人の読者に拒否反応や攻撃反応を起こさせないための、中立化薬の投与に似たところがあるようにも思われる。

(四) アメリカの地域ネットワークの一つの実例

 ここで、現在ではやや旧聞に属する(1) が、 "ネットワーク憲章" とでもいうべきものに立脚して、アメリカでいちはやく活動を開始した、地域電子ネットワーク--より正確には各地域の単位ネットワークを要素として構成されている、全国的なネットワーク・システム--の実例をみてみよう。
①単位ネットとしてのフリーネット: 最初の単位ネットワークは、オハイオ州のクリーブランド市にある、ザ・クリーブランド・フリーネット (The Cleveland Free-net) という名前で設立された、無料の地域ネットワークである。当初、その運営は、クリーブランド大学病院とケース・ウェスタン・リザーブ大学が担当したが、現在は、同市にあるケース・ウエスターン・リザーブ大学付属のCTL (The Community Telecomputing Laboratory)が担当している。CTL の所長は、T.M.グルンドナー (Grundner) である。当初の設立資金は、AT&Tとオハイオ・ベル電話会社が提供したが、会員からも若干の寄付 (一万ドル) が集まった。その後の運営費用は、いくつかの財団、企業、政府補助金、個人的寄付金などでまかなわれている。
このシステムの最初のプロトタイプは、1986年 7月に運用開始 (オハイオ州知事とクリーブランド市長がテープを切った) された。24時間体制で、家庭・オフィス・学校のどのコンピューターからでもアクセス自由、参加自由であって、サービスの多くは地域の人々のボランティア活動によって提供されている。1990年春現在、32回線、登録会員が 7,500人、一日平均15600 回のアクセスがあった。専任のスタッフは二人 (常勤と非常勤が各一名) だが、ボランティアは200 人以上いて、医療、法律相談、その他多様な趣味の分野など90いくつの分野にわたる情報サービスを、無料で提供してくれている。ユーザーの平均年令は35.5歳、大人が80% 以上、ほとんどが中流階級に属する人々である。1990年の夏からは、このネットは実用段階(Version II)に入り、回線数も350 に増え、最終的には12,000人から15,000人の会員の加入が予想されている。このネットで使っているホスト用ソフトは、同様なシステムを自分の地域に設置したいという希望をもつ有資格グループに対しては、年一ドルという名目的な料金(2) でリースしてくれる。こうして、全米の各地に、彼らと同じような理念をもつ多数のフリーネットのシステムが生まれることが期待されているのである。その第一号は、ヤングズタウン州立大学とセント・エリザベス医療センターが協力して 1987 年 7月に開局した、ヤングズタウン・フリーネットだった。1990年中に、さらに三つのフリーネットの開局が予定されている。
②メタネットワーク: さらに、そうした個々のフリーネットを構成要素とするメタネットワークとしての、ネットワーク・ワン(Network One) も構想されている。ネットワーク・ワンでは、フリーネット間の電子メールの交換、良質のニュースの配信、その他各種の情報サービスの提供などが行われることになっている。個々のフリーネットが公衆図書館をモデルにしているのに対し、このメタネットワークは、公衆放送システムのネットワークをモデルにしている。
③ケース・ウェスタン・リザーブ大学の役割: 現在このフリーネットの運営を担当しているCTL は、1989年の九月にケース・ウェスタン・リザーブ大学の中に設立された研究所である。CTL は、公衆のための新しい情報通信メディアとしてのコンピューター通信の研究をその任務としているが、研究以外に、教育、地域へのサービス、情報化時代にふさわしい技術の開発にもたずさわっている。中でもこの研究所が注目しているのは、これまでの文字通信とビデオテキストの統合である。
もともとこの大学は、1984年以来、無料の公衆図書館をモデルにした、無料の地域住民用通信情報メディアの実験を続けてきた。人々の "リテラシー (識字率)"が上がると公衆図書館へのニーズが高まって来たように、 "コンピューター・リテラシー" が上がってくると--同時に、設備費用は下がってくると--地域住民の自発的な協力で設立・運営されるが、その利用自体は無料で24時間いつでも可能なような、地域住民用コンピューターシステムへのニーズも高まると予想されたからである。つまり、高価な商用ネットの対極に立つシステムを作ろうというのが、この大学のアイデアであった。その発端になったのが、現在は CTLの所長をしている同大学家庭医学部のグルンドナー博士が、公衆の質問に答えて専門家が24時間態勢で一般保健情報を提供することをめざして開局したパソコン通信ネット (BBS)だった。この試みの成功が、AT&Tとオハイオ・ベル社の注目を引き、より本格的なプロジェクトを開始するための資金の提供につながったのである。
④現在までの経験からえられた三つの教訓:
第一に、このシステムは、在来のラジオ、TV、印刷のいずれよりも遙かに強力なニューメディアであり、今日では想像もつかないほどの大きな発展の可能性をもっていることが分かった。第二に、オハイオ州東北部には、すでに、家庭や職場からのこのシステムの利用者の "クリティカル・マス" ができたので、システムの効用は充分に大きくなりえている。同じことは米国内の他の多くの地域にも妥当するだろう。第三に、今日のコンピューター・通信産業の発展の方向と、学校でコンピューターの利用を学んだ新しい世代の労働力化の傾向からすれば、20世紀に公衆図書館システムが大きく普及したのと同じような意味で、21世紀に地域コンピューター・システムが広汎に展開するようになるのは、必然の帰結である。(3)
⑤コンピューター化が地域社会に及ぼす影響--その七種の主な受益者たち:
第一の受益者は、安価な情報サービスの入手を享受できる市民である。第二の受益者は、教育効率一般を上げると共に、 "情報リテラシー" のある市民を社会に大量に送りだすことができる公立・私立学校である。第三の受益者は、市民とその選良たちとの間の双方向のコミュニケーションが可能になる市政府である。(4) 第四の受益者は、大企業なみの情報処理、通信が可能になる中小企業である。第五の受益者は、地理的に分散している農民たちが、農場経営に必要な各種の情報を容易に入手できるようになる農業コミュニティである。第六の受益者は、少数の高学歴、高所得の白人男性ホワイトカラーに事実上限定されていた狭い市場の分割競争ではなしに、中所得、ブルーカラー等の広い範囲のユーザーを対象とする大きな市場で活動できるようになる、電気通信とビデオテキスト産業。そして、第七の受益者は、地域社会内の各種の組織や機関である。これらの団体は、芸術団体であれ、文化団体であれ、各種の趣味の会であれ、いずれも、なんらかの情報を地域社会に普及させる機能をもっている--自分の活動について知らせたり、自分がもっている知識を通有させたりする機能がそれである。 "電子都市" というモチーフの下に設立された各フリー・ネットは、そのための強力な手段になりうるだろう。
⑥CTL の "情報化時代宣言 Manifesto for an Information Age":
この宣言はまず、過去の人類の発展に技術革新が与えてきた大きな影響について述べ、同時にそうした技術進歩は常に、一定の価値判断にもとづいて制約され方向づけられて来たことを指摘する。そして、今日の最大の技術革新は、人類史上初めて、人間の精神的能力を拡大する可能性を与えてくれたコンピューター技術の革新にほかならず、同時に、このコンピューターの今後の進歩を、なんらかの価値基準なり優先順位に照らして、われわれ自身が自覚的に方向づけることによって、コンピューターが人間に開いてくれた可能性を、われわれ自身にとって有益な形で現実化することが、今こそ必要になのだという認識を示す。この宣言は、そうした論議を人々の間に広く喚起するための一つの叩き台にほかならないのである。
この宣言は、次の六つの柱から構成されている。それぞれの柱の概要を紹介した後に、私のコメントをつけておこう。
第一。われわれは、情報化時代の市民として、知る権利こそが民主政の下での万人の基本権だと信ずる。
民主政は、言論の自由と出版の自由を、市民の中核的な権利として認めている。すべての人はこの権利を行使でき、尊重すべきだ。しかし、これらの権利は万人に開かれた知る権利なしには意味をもちえない。もちろん、軍事的・国家的な機密など、ごく一部の限定はあろうが、知る権利こそは自由な社会の礎石なのであって、市民としての人間の力は知る力に比例しているのである。
コメント。本当にそうなのか。私は、むしろ、 "知る権利" や "知らせる権利" の確立と同時に限定こそが、情報社会では重要になってくると考える。それは、産業社会においては、財 (産業の生産物、製品) の使用・所有権が万人の基本権となっているとはいえ、だれでもが "自由に" つまり "無料で" 財を入手できるわけではないのと同じことである。産業社会では、財は "お金" を払って買い入れなければならない。略奪や盗みはルール違反の犯罪行為とみなされる。一方的に贈与してくれと脅迫したり、懇請したりするのにも限度がある。同様に、情報社会においては、情報の発信権や受信権が万人の基本権になるとはいえ、だれでもが無条件で、どんな情報でも受信、発信してよいわけではない。当然、しかるべき制約が課せられなければならないのである。ところで、市場での交換型の相互行為を通じて財を購入するさいの手段となる "一般的等価物" は "貨幣" にほかならないのだが、ネットワーク (智場) での説得型の相互行為を通じて情報を入手するさいの手段となる "一般的情報解読機" とは何であろうか。それがつまり "知識 (ないし基礎知識) " なのではないでしょうか。それなしには、いくら一方的な情報の提供をネットワークから受けたところで "豚に真珠" "馬の耳に念仏" にすぎない。また、いくら自分が意味のある情報だと思うものを発信してみたところで、誰にも見向きもされないだろう。新しい財の所有・使用権の行使が、結局は基本的な財産・所得の保有・入手によって支えられていなければならないように、新しい情報を "知り知らせる権利" の行使は、基本的な知識の保有・入手によって支えられていなければならないのである。そうした基本的な知識をもたないで、ただ "知らせろ" とか "聞け" と要求するのは、代価を払わないで商品をよこせと要求したり、やたらに高い値段をつけて、それで買えと要求したりするのと同じことではないだろうか。
 しかも、ここでいう "基礎知識" には、たんなる事実知識や理論知識だけでなく、というか、さらにそれらよりもより基礎的なものとして、 "意味の体系" としての "文化" 、つまりそれぞれの社会にとっての根元的な世界観や価値観、文法、行動原理、社会組織原理などに関する知識、およびその社会の中で相互関係を結ぼうとする人々は互いにそうした文化を通有していて、相互に理解と信頼が可能な仲間であるということの知識、が含まれていなければならないだろう。そういった前提があってこそ、人は自分のプライバシーに関する情報も、安心して提供する気になる--家族や親しい友人たちがそうするように、患者が医者に対してそうするように、組織がその有資格メンバーに対してそうするように、...。逆にいえば、それなしに "知り知らせる権利" は成立しえないのである。むしろ、もっとも基本的な "情報権" とは、私にいわせれば "知られず知らせない権利" なのだ。それは、 "所有権" が "取られず呉れてやらない権利" であるのと同様である。
第二。われわれは、情報化時代の市民として、情報的公平--情報化時代の技術から万人が便益を受ける権利--がナショナルな最優先事項にされるべきだと信ずる。
つまり、今日では出版物やラジオ・テレビのサービスが安い費用で国民一般に提供されているのと同様に、情報を配付する強力なニューメディアとしてのコンピューター通信サービスも、できる限り低廉な価格で全国民に提供されなければならない。従って、高価な商用コンピューター通信システムとならんで、公衆図書館に匹敵する公衆コンピューター通信システムが提供されなければならない。
コメント。理想としては、これはけっこうな話だ。しかし、こうした試みに無条件に第一の国家的優先順位を付与せよというのは、多少言い過ぎではないか。富や所得の分配の公平や、社会福祉・社会保障プログラムの提供は、市場社会の私的な競争原理の補完として、資本主義的な競争ゲームの発展に一歩遅れて、部分的に実現されたにすぎない。恐らく情報的公平の実現もそうなるだろうし、またそれでよいと私は思う。あまりに性急に "公平" を実現しようとすると "効率" が犠牲になることは、これまでの歴史が証明しているのではないだろか。さらにいえば、これまでの産業社会で、 "公平" の理念の体現に努めてきた主体は、政府や自治体のような公共団体が中心だった。(5) しかし、これからの情報化時代における "公平" の理念の主要な担い手は、ことによるとこれまでの政府や自治体ではなくて、私流にいえばこれまでの国家よりも狭い地域をカバーする--そして部分的には、特定の地域の外のメンバーも参加しうる-- "ネットワーク・コミュニティ" としての "コネクティブ" になるかもしれない。その意味でも "ナショナル" という表現の使用には、慎重であったほうがよさそうだ。少なくとも、この言葉を "国家的" と訳すべきではないだろう。また、もう一つの問題は、これからの情報社会では智業による "智のゲーム" が普及するものとすれば、商用でもなければコミュニティ用でもない、 "智のゲーム" 用の情報普及システム--必ずしもそれ専用とまで考える必要はないにしても--が出現してくるはずだ。それは誰がどのようにして構築し、運営していけばよいだろうか。この宣言は、そのような可能性については、まったく気付いていないようである。
第三。情報的公平の実現のためには、コミュニティのコンピューター化された基本情報サービスは、 "ユニバーサル・ユーティリティズ (universal utilities)" として展開さるべきだとわれわれは信ずる。
つまり、全国いたるところの市や町に、誰でも容易に利用できる無料のコミュニティ・コンピューター通信情報システムが作られ、さらにそれらが全国的に結びつけられなければならない。これらのシステムは、 "パブリック・ユーティリティズ" として運営・維持されなければならない。
コメント。この最後の文章は、具体的にはどういう意味なのだろうか。私にはこの宣言の執筆者のいう "pulblic utilities(公益施設?)もしくは "universal utilities" (万民用無料施設? ) という言葉の意味が、も一つよく理解できない。つまり、それは事業の目的をさすのか、事業体の制度としての特徴をさすのか、運営の原理や方式をさすのか、などといった点がはっきりしないのである。(6)
第四。情報的公平の実現のためには、情報化時代に必要とされる各種の技能が、中高校や大学で、全学生を対象として (universally)教えられるべきだとわれわれは信ずる。
つまり、単にコンピューター自体の仕組みや使用法を学ぶだけでは足りない。 "情報化時代" に要求される技能とは、コンピューターの使用は当然のこととして、それを使って有用な情報をいかにして引き出し伝達するか、得られた情報をいかに創造的に利用するか、といった事柄にかかわる技能でなければならないのに、現在の学校でのコンピューター教育には、そこが大きく欠落している。その理由は、情報サービスのほとんどが高価な商用のものであるために、学校はコンピューターを使ってそのような情報にアクセスできないところにある。したがって、無料のコミュニティ・コンピューター情報通信システムが必要になってくるのだ。
コメント。私は、以前、臨教審で教育改革の論議に参加していた時、他の同僚と共に、 "コンピューター・リテラシー" よりは "情報リテラシー" という表現の方がすぐれているので、そちらを使うことにしてはどうかと提案したことがあるが、その趣旨はまさにここでの議論と同じところにあった。日本の場合、これまでの学校での "情報処理" 教育は、コンピューター技術者予備軍の養成教育といった傾向が強く、ちょうど車社会の市民に、自動車の有効な利用法を教えるかわりに、自動車の整備工になるための教育をごく不完全にしているのにひとしかった。ちなみに、この宣言の筆者たちも、別のところでは "information literacy" というそのものずばりの表現を使っているので、この第四項には大いに共感を寄せたい。
第五。情報的公平の実現のためには、上記のサービスへのアクセスのために必要とされる技術的装置が、できるかぎり安価に公衆に提供されるべきだとわれわれは信ずる。
 つまり、情報的公平のためには、第一にコンピューター情報通信サービスの公衆サービスとしての提供、第二にそれを利用するための技能の学校での教育と、それに加えて、第三にコンピューター情報通信サービスへのアクセス端末の安価な提供、の三つが不可欠なのである。この第三の問題は、フランスでは、政府が市民に、全国的情報サービスとしてのミニテルにアクセスするための端末を、無料で提供する形で解決されている。だが、米国では、その主要部分は企業と個人の私的な努力にゆだねられているにとどまり、それでは不十分である。それに加えて、コミュニティ・コンピューター情報通信サービスにアクセスするための端末が、全国いたるところの公共の場所 (図書館、政府機関、ショッピング・センター、郵便局等) に設置されなければならない。また、そのための端末は、キーボード、スクリーン、モデム、通信ソフトを一体化して、しかも一台が250ドル以下という、ちょうど自動車におけるかつてのフォードのT型モデルのような、廉価なものでなければならない。アメリカの国情からすれば、フランスのような政府による無料配付は不必要だが、ある程度の政府補助金をつけて、公衆用アクセス・ステーションの設置や端末の供給を促進することには賛成である。
コメント。これは、国というよりも自治体レベル--アメリカの場合でいえば、連邦ではなくて、州ないしそれ以下のレベル--の補助事業として考えるということなら私も賛成する。
第六。情報化時代の技術の性格について、系統的な研究を続けていくことを第一に優先すべきだとわれわれは信ずる。
上記の第一から第五までの提案は、わが国が情報化時代に移行していくために、まず最初にとるべきてだてを述べたものにすぎない。今後どのような技術の進歩があり、それに伴ってどのような可能性が開けてくるのか、そのほとんどは未知数にとどまっている以上、そうした技術進歩の性格について、とりわけその社会的な含み (善悪両面での) について、系統的、科学的な研究を怠ってはならない。また、その成果を、教育の場に取り入れていかなければならない。(7)
コメント。大賛成。
なお、この宣言文は、次のような、私にいわせれば "手段的能動主義" に立脚した未来指向、進歩指向の近代文明への、全幅的な支持と信頼の言葉で結ばれている。

「ホモ・サピエンス、考えるひとは、道具の作り手である。ひとは常に道具を作ってきたし、今後も常に作り続けるだろう。道具作りこそが、さまざまな形で、われわれを一つの種として規定し、その特質を形作ってきたのである。この事実があるために、技術の発展は今後も--人類が存続している限り--止まることはないだろう。そこで目標にしなければならないのは、技術の発展を正しく制御して、それが常に人間の役に立つものになるように、またその便益があらゆる人々に及ぶようにすることである。技術に終わりがない以上、この課題にも終わりはない。」

(1)私が、このフリーネットに関する最初のデータを入手したのは、1989年のENA の大会のさいであった。その後、CTL のグルンドナー所長と、日本の地域パソコン通信ネットワークの草分けであるコアラとの間に、当時アメリカにいた私を経由して、電子メールによる議論がひとしきり行われ、それを通じて、フリーネットについてさらに詳しく知ることができた。現在では、グルンドナーとの直接の連絡はとだえているが、その後、フリーネットは地域コミュニティへの情報サービス・システムとして順調に発展し、インターネットとの接続も実現しているそうである [Krol 92:299]。
(2)この点について、グルンドナーは、メールで次のように説明してくれた。
「ソフトウエアのリース料を年一ドルと決めたのは、公衆にコンピューター通信を無料で開放するというアイデアが、お金で売るには大切すぎるし、できるかぎり広い範囲の人々にそれを普及させたい、と考えたためです。 (そのほかに、個人的な理由もありました。というのは、私にとっては、無料のコンピューター・ネットワークが実際に動くようにする仕事に挑戦してみることの方が、商用ネットワークを作って百万ドル稼ぐよりも、ずっと価値があると思えたのです。確かにその通りでした。そっちの方が、類似の商用ネットワークを動かすよりもずっとずっと面白くて、しかも難しい仕事でした。そうですね、いつかは、経済面でのこのような決心をしたことを後悔する日がくるかもしれません。現に妻は、私の頭が完全におかしくなったと思っています。でも、私は本気なのです。) 」
(3)この種の議論を耳にするたびに、いつも比較上気になるのは、日本では、公衆図書館システムがあまり発達していないという事実である。そのことは、今後の "公衆情報ネットワーク" の発達にどのような影響を及ぼすであろうか?
なお、この点に関するある日本のパソコン通信ネットワーク (「コアラ」) のメンバーからの質問に対して、グルンドナーは、メールでこう答えてきた。
「私が、自分の書くものの中で図書館の比喩を使っている最大の理由は、アメリカでの図書館の [独自な] 発展の仕方にあります。19世紀の末ごろまでに、アメリカ人のリテラシーは大きく上がり、同時に本の出版の費用も非常に下がったために、無料の図書館が実現可能になりました。どの町にも、そのような図書館を建設し維持していこうという大きな運動が盛りあがったのです。この20世紀には、コンピューター・ "リテラシー" が充分高くなり、同時に設備の費用は充分低下したので、無料の公衆用コンピューター通信システムの建設をめざす同様な運動が生まれるところまで来た、というのが私の確信しているところです。きっと日本でも、同じような動きが、すぐそのうちに起こってくるでしょう。
少し、別の言い方をしてみましょう。コアラの皆さんは、こうはお考えになりませんか? 今日のコンピューターの能力の増加率とコストの低下率がこのまま続くとすれば、21世紀の日本に、私達の世代が現在手にしているような無料の公衆用図書館と同じような無料の公衆用コンピューター通信が出現して い な い ことなんてありうるだろうか、と。もしそんな事態は考えられないというのであれば、それが私にとって意味するのは、現在と21世紀の間のどこかの時点で、誰かがそのようなコンピューター通信システムの建設に立ち上がっているに違いない、... ちょうど私達の先祖が私達のために公衆用図書館を建設してくれたように... ということなのです。
さて、私は "情報リテラシー" と "情報の公平" とは、区別して考えなければならないと思います。情報リテラシーは、私達に、情報に効率的にアクセスする技術を利用したり、そうして得られた情報を知識に転換したり、さらに望むらくはその知識を智恵 (ウィズダム) に転換したりする技能を、与えてくれます。私達はその種の技能を、万人に教えなければなりません。それはちょうど、今の私達が図書館の基本的な使い方を、万人に教えているのと同様です。
とはいえ、たとえそのような教育をほどこしてみたところで、かんじんの情報手段が万人に平等に提供されない限り、無意味なものになってしまいます。それはたとえば、万人に読み書きを教えはしたが、新聞雑誌や本を手にすることができるのはお金持ちだけだよ、というのと同じことでしょう。しかし、商用のコンピューター通信サービスしか利用可能になっていないという状況は、まさにそれなのです。 "情報の公平" の理念は、少なくとも万人に利用可能ななんらかのその種のサービスが存在することを要求しています。
ですから、情報リテラシーと情報の公平は、どちらも大切かつ必要なものです。そうです、この二つは、お互いがお互いを利し合い、増進し合うという意味で共生的なのです。」
(4)コアラのメンバーからの「地方自治体はコンピューター通信をどのように利用しているのかという質問に対するグルンドナーの答えは、次のとおりだった。
「いま現在は、あまり使われていません。しかし、とても関心をもっているという感触は得ています。きっとこれから三年ないし五年以内に、この国のほとんどの自治体がコンピューター通信を使って、住民に情報を提供したり、住民から情報を入手したりするようになるでしょう。コンピューター通信は安上がりだし、使うのはやさしい上に、一番大切な点として、私達の国でパソコンを使おうとする人達は、概して、投票にも強い自覚をもっている人達だという事実も、見逃せません。」
グルンドナーのこのような見方は、この報告書の第一章で紹介したフォレスターの反省と比較してみると面白いだろう。
(5)これは、とくに日本の場合にあてはまる。欧米には私的主体による「慈善」の伝統が強く残っている。
(6)この論点に関するコアラの尾野徹氏、藤野幸嗣氏、河辺正之氏、および中野幸紀氏の質問に対して、グルンドナーは、それぞれ次のように答えてきた。
尾野氏に対し:
「公共ネットワークについての尾野さんの次のような考えは、私の考えとほとんど同じです。「公共ネットワークは、そのような情報ユーティリティの利用者自身がその運営に影響を与えてそれを "中立的" なものにしていくべきだという意味で、 "国の (ナショナルな) " ものというよりは、 "市民の" ものでなければならない。」そうです。まったくその通りです。だからこそ、フリーネットに載っている情報はすべて、そのコミュニティに属する個人や組織の提供になるものなのです。フリーネットの事務局のスタッフは、設備の保全とか、ユーザーへの助言とか、デコーラムの政策を決めるなどといったことを別にすれば、システムの運営に介入することはほとんどないのです。」
藤野氏に対し:
「私の文章の中の "universal utilities"と "public utilities" という言葉について理解していただくためには、アメリカである種のサービスが供給されている仕組みについて、ご理解いただいておく必要があります。この国でいう "public utilities" とは、それが万人にとって死活の重要性をもっているために、社会による特別な保護の対象となっているサービスを指します。水道や電気がその例です。その結果、それらのサービスはどこでも当然のこととして入手できるようになっているので、ひとびとは、電灯のスイッチをいれたり、水道の蛇口をひねったりしさえすれば、電気や水が出てくるものと信じて疑いません。そこで、私があの宣言の中で言おうとしたことは、情報サービスもまた、いつの日にかはそれらと同じ地位に立つ必要がある、つまり、とくにあれこれと考えなくても、きわめて普通 (ユニバーサル) かつ容易にそれが入手できるようになっている必要がある、ということでした。人々は、日常生活の一部として、そうした情報サービスをあたりまえに使うようになるだろうということです。」
河辺氏に対し:
「何人かの方々が、フリーネットのようなシステムを支えていくだけのユーザーの "クリティカル・マス" が自分の地域にはあるだろうかという疑問を提起されました。私には、それがあるかないかは分かりません。でも、ないとしましょう。その場合、もしあなたが、ごく普通の人々をオンラインに引き寄せるサービスを、今提供し初めないとしたら、未来のクリティカル・マッスはいったいどこから出てくることができるでしょうか。これは、鶏が先か、卵が先かという問いと同じです。情報サービスを使う人ができるのが先か、人々に情報サービスの使い方を教えるシステムができるのが先か、というわけです。
技術についていえば、私は、 "universal"という言葉を、全てを含む広い意味で使っています。アメリカでは、電話のサービスは、誰でも利用できます。どんな田舎にいても、どんなに貧乏であってもです。確かに電話を使えば、電話料がかかります。しかしその金額は名目的なものにすぎません。しかも、うんと貧しければ、すくなくともある範囲での無料電話サービスを受けられます。それ以外のやり方は考えられないほどの絶対的に重要なサービスだとみなされているからです。私は、情報技術も同様に重要なものだとみなされる時が来ると予見しています。すくなくとも、図書館その他の公共機関の中に、公衆用のアクセス端末が置かれるようになるのは、そう難しいことではないでしょう。
多分、もう一つの経済的な議論もできるでしょう。なんでもくれてやるというアイデアがあなたがたにぴんと来ないのであれば、電話システムがアメリカで発達した経緯を想い起してみていただけませんでしょうか。電話事業の初期のやり方は、電話機はただでやるがサービスには金を取るというものでした。それでうまくいきました。多分、今度はその逆がいいのではないでしょうか--- サービスはただでしてあげる。しかし、そのための簡単な設備は、そのサービスを受けたいと思う何千人もの人が妥当だと思う価格で販売する、というのがそれです。
研究開発の分野については、何がどうであれ遅かれ速かれ進歩が見られていくのはその通りでしょう。ただし、問題は、そうした進歩が遅く来るのでなく促進させるにはどうすればよいかということです。アメリカでの例を二つばかりあげてみしょう。
 アメリカには、医薬品について独自の研究をすすめている多数の立派な製薬会社があります。しかし、そこでの発見は秘密にされ、会社の外にでることは決してありません。他方、アメリカの医学校や病院では、しばしば製薬会社や政府の資金援助を受けながら、極めて活発な研究プログラムが進められています。そこでの発見は、公共の知識となり、誰でも入手できます。この二つの組合せによって、非常に健全な産業ができあがっているのです。
アメリカにはまた、コンピューター通信について研究している情報提供業者がいます。しかし、そこでの発見は誰にもシェアされません。他方、この分野についての研究を行っている大学は、ほとんどどこにもありません。政府も企業もそうした研究に資金援助するつもりがないからです(これは私達が日々直面している問題です)。その結果が、非常に停滞した部門の出現であり、なにかしない限り、結局のところ、病み衰えた産業を、わが国だけでなく世界中にもたらすことになるでしょう。
河辺さんのまとめには、私も賛成の点が多々あります。産業社会と同様、情報社会にも富者と貧者の別ができるでしょう。私が述べているのは、少なくとも、自分がそう欲しさえすれば情報面での富者になる 機 会 は、万人になければならないということだけです。その結果が智恵と幸福につながるかどうかは、まったく別の事なのです。」
中野氏に対し:
「無料の情報サービスの提供に必要な費用についての中野さんの議論は理解できます。有料道路や電話や郵便サービスと同じだろうといわれることもわかります。でも私としては、中野さんに、ほとんどどの町にもあるもう一つの重要なもの、つまり無料の公衆用図書館に、目を向けていただきたいのです。
アメリカでは (日本でも同様ではないかと思いますが) 、図書館とその中にある情報は、無料で公衆に開放されています。だれでも、自分の所得水準とは無関係に、図書館にいってそこの情報にアクセスできるのです。その種のサービスの提供にには費用はかからないのでしょうか。もちろんかかります。しかし、他方、私は大都市 (クリーブランドのような) で、フリーネットを、この市のいちばんはずれにあるいちばん小さな図書館の運営費よりも安い費用で、運営できます。それにも費用はかかります。しかし、それから得られる便益と比較するならば、その費用はなにほどのものでもありません。
私はまた、必ずしも端末を無料で配付せよといっているのではありません (多くの場合にそれが良いことだとは思いますが)。私は自由企業の強い支持者であって、中野さんや公文さんが言われるように、結局のところ端末を配付する最善の方法は、自由市場で人々に選ばせる方法だという意見に賛成します。しかし、その仕方にもいろいろなものがありえます。たとえば、
アメリカで誰かが大儲けをしようとすれば、こんなことが考えられるでしょう....まず、非常に安い端末 (250 ドル以下) で、しかもモデムと通信ソフトを内蔵したスクリーンつきのものを作ります。それに加えて、クリーブランド・フリーネットのような、無料の公衆用コンピューター通信システムを積極的に支援します。そして、どこかの町でフリーネットの地域コンピューターが動き始めるやいなや、そこを追っかけてこの端末を中流階級に売りこむのです。上流階級のことは忘れましょう。そのほとんどは、もうパソコンを持っているでしょうから。また、下層階級にもピントを合わせないようにしましょう。その人達にはお金がないでしょうから。非常に大きな中流階級に的をしぼりましょう。彼らにはお金があり、概していえば、自分自身やとりわけ自分の子供たちを向上させたいと考えていますので。
(私は自分がどうして日本の方々にこんな話をしているのかわけが分からなくなりました。中流階級に的をしぼるテクニックは、あなた方が発明したものでしたよね。アメリカのビデオカセット(VCR) 産業は、何社かの日本企業が来て、アメリカの中流階級の家族にビデオを買わせるやり方をみつけるまでは、どうにも伸び悩んでいました。ビデオ産業を成功させたのは、このような中流階級への浸透だったのです。私が上に言ったのと同じ原理でした。) 」

 以上が、基本的情報サービスを公衆に無料に近い価格で提供すべきだという、グルンドナーの議論のあらすじである。グルンドナーが、その手段としてパソコン通信ネットを念頭におきながら、このような議論をしていたのは1989年から1990年にかけてのことだったが、まさにそのころから、 "インターネット" の急速な普及が始まり、 "データハイウェー" の建設が現実味を帯びて来はじめたのである。そうなってくると、グルンドナーの考えていたようなパソコン通信型の "フリーネット" の構想は、見直しを余儀なくされるだろう。現に、アメリカでの情報通信政策をめぐる目下の議論の中心は、 "全国情報インフラ" の建設を誰がどのように進めるべきか、とりわけ、そのさいに政府はどんな役割を果たすべきかという点に集中している。つまり、議論が、地域での草の根型の情報インフラの話から、一気に全国、あるいは全世界レベルのインフラの話に拡がったのである。
だが、それはともかくとして、この議論の帰趨を占おうとする場合には、ここで紹介したようなグルンドナー流の考え、つまり "情報インフラ" は "public utilities" として建設・提供されるべきだという考え、をもつ人々--恐らくは民主党の支持者--が少なくないことを記憶しておくべきだろう。
(7)グルンドナーは、コアラのメンバーの中野幸紀氏の質問に答えて、この宣言の哲学を、次のように要約しなおしている。
「ここで私は、私の宣言の論理構成を次のように再確認しておきたいと思います: i)言論、報道、思想の自由は、民主政のもとで生きる万人の自然権に数えられるべきこと、
ii) 言論、報道、思想の自由などの観念は、意味のある言葉や思想を形にする上で必要な情報へのアクセスがない限り、無意味なものになってしまうこと、
iii)国家の機密や、特定の個人的な情報をめぐる特権などの例外を別にすれば、各人が情報へのアクセスを否定されたり、アクセスにさいして不利な条件を課せられたりする程度は、各人の言論、報道、思想の自由への自然権が縮小されている程度を示すこと、
iv) 言論、報道、思想の自由への自然権が縮小されている人々は、個人としておよびより大きな社会のメンバーとしても縮小されている人々であること。
それゆえ、
v)情報へのアクセスの制限はできるかぎり少なくすべきだし、アクセスを容易にするような技術があれば、どんな技術であれできるかぎり広く利用しうるようにすべきだ。
これが、私のいっていることの全部です。それ以上でもそれ以下でもありません。」
  

(五) 電子フロンティア協会

アメリカには、市民の立場に立って情報社会への移行を注視し、その円滑な進行を実現しようとしている市民団体が数多くある。たとえば、マーク・ローテンバーグ(Marc Roternberg) が会長を勤めているCPSR (=Computer Professionals for Social Responsibility) は、その中でも比較的早くから活動している有名なものの一つである。しかし、ここでは、より近年設立されて、その活動の活発さで内外の注目を集めている、電子フロンティアー協会(EFF=The Electonic Frontier Foundation)を取りあげて、紹介してみよう。 EFF は、1990年の 7月、ロータス・コーポレーションの創立者として知られるミッチ・ケーパー(Mitchell Kapor)を会長として、ディジタル・メディアでの表現の自由を確保するために設立された非営利組織である。
EFF の活動を宣伝するパンフレットの表紙には、次のような言葉が書かれている。
「我々を結びつけるディジタルな電子のメディアの広大な網の中に、一つの新たな世界が生まれつつある。電子メールや電子会議のようなコンピューターに媒介される通信メディアは、新しい形のコミュニティの基盤になり始めた。一個の決まった地理的な位置をもたないこれらのコミュニティこそが、電子フロンティアの最初のセツルメントなのである。
電子フロンティアー協会が設立された目的は、この電子フロンティアの文明化を支援し、電子フロンティアを技術エリートだけでなく万人にとって有用かつ有益なものとし、しかも、そのさい、情報と通信の自由で開かれた流れという、我々の社会の最高の伝統に合致した仕方で、それを行うところにある。」 [EFF 92]
つまり、EFF は、現代を "新電子時代" の夜明けと位置づけているのである。そこでは、コンピューターと通信の新しい技術によって、これまでの言論や情報が、電子的なフォーマットに入れられようとしている。それに伴って、アイデアの交換の場も、伝統的な公的空間から、新たな電子的なコミュニケーションのネットワークへと移って行きつつある。そこに "電子フロンティアー" が形作られているわけである。しかし、米国憲法修正第一条が象徴しているようなアメリカの偉大な自由と民主主義の伝統、あるいは、烈々とした競争と企業家精神は、この新たなフロンティアーにおいても受け継がれていかなければならない。この意味での "電子民主主義" が確立できるかどうかは、我々が全国的な情報インフラストラクチャー--すなわち、音声、データ、画像を統合的に伝送でき、誰もがそれをあまねく、低廉な価格で利用できる、 "全国公衆ネットワーク(NPN=National Public Network)" (1) --とそれを規制する政策とを、いかにうまく開発し実現していけるかにかかっている、というのがEFF の理解なのである。
そういうわけで、EFF は、その事務局に技術者、法律家、政策専門家を結集して、彼らの専門能力を、新たなコミュニケーション・メディアの出現に常に伴って生ずるさまざまな問題点や関心事の解決のために、発揮させようとしてきた。情報時代の公衆の利益に奉仕し、公衆の利益を護るための、守護者、代弁者、革新者としての多面的な役割をはたそうというのである。そのために、EFF は、市民の自由を擁護する訴訟を起こしたり、新たに出現しつつある情報通信インフラストラクチャーや規制にかかわる政策論議を喚起したり、ネットワークへの参加者だけでなく、官庁や議会あるいは産業界の人々に対しても、ディジタルなコミュニケーション環境にたいする理解を深めさせることを通じて、 "サイバースペース" での自由にとっての脅威を除去しようと努めてきた。当初は、ボストンとワシントンDCの両方に活動拠点をおいていたが、1993年の 6月からは、ワシントンDCでの活動に専念することにしている。(2)
 その主要な活動を列挙してみよう。
 まず、政策論の面では、
①テレコムのオープン・プラットフ・ームの採用、とりわけ当面の経過措置としての、ISDNの普及の促進、
②FBI のディジタル電話盗聴提案に反対する闘い、
③堅固な暗号化技術をNSA(国家安全保障庁) の統制から自由にするための努力、  などがある。この中でも、最近とりわけ注目を集めているのは、EFF が1991年の秋から始めた、 "オープン・プラットフォーム・イニシァティブ" である[EFF 92-2]。これは、光ファイバーのような広帯域のマルチメディア通信システムの普及には時間がかかるので、 "全国公衆ネットワーク" のとりあえずの形としては、約1.5 メガビット/ 秒の通信速度をもつ狭帯域のISDN--日本でいう "ISN1500"--の普及とその有効利用を考えようというキャンペーンである。そうすれば、情報サービス企業が文書や画像や対話型マルチメディア・サービスを提供するための市場もできるし、公的機関や民間通信・情報・出版企業、あるいは個人ですら、電子的な出版やコミュニケーションの手段がいち早く利用可能になるのである。先に紹介したCSPPのようなコンピューター会社系の団体や、電気通信の専門家の中には、EFF のこの主張には反対ないし懐疑的な立場を取っている者も少なくないが、他方では、議会関係者その他市民の間に、強い支持も集めている。ともあれ、こうした主張の実現をはかるために、EFF は、議会へのロビーイングを行ったり、議会での公聴会に積極的に参加したりもしている。
サイバースペースの中に生まれようとしている、新しいタイプのコミュニティ("バーチャル・コミュニティ")の育成努力としては、
①オンラインの世界でのコミュニティ意識の涵養の試み、
②その前提としての "バーチャル・コミュニティ" 自体の理解を増進する努力、
などがおこなわれている。法律関係では、
①法の執行に熱心の度が過ぎたり、画一的な適用を試みたりしがちな官庁に対して、 コンピューター・ユーザーの権利を守る努力、
②それに関する法律的な情報を個人の求めに応じて提供したり、訴訟に携わっている 弁護士たちを支援したりする試み、
③関係資料を文書やオンラインで各方面に提供する試み、
④それにかかわる講演や執筆活動への従事、
等がある。その他、EFF は、情報通信に関連するさまざまな研究開発プロジェクトにもたずさわっている。EFF のオンラインでの情報提供活動はなかなか活発で、早くからインターネットのサイトを持ち、月数回のニューズレター(EFFector Online) を発行している他、USENETの中に二つのニューズグループ(comp.org.eff.newsと comp.org.eff.talk) をもって、情報の発信や、電子会議の運営を行っている。また、アノニマスFTP で多くの資料や論文を提供する態勢もとっている。さらに、WELLやCompuServeのようなパソコン通信のネットワークの上にも自前の会議室を開いている。America Onlineにも近くEFF の区域が作られる予定だという。
 なお、EFF は、ゴア構想がきっかけとなって誕生することになったNRENを、将来構築されるNPN の一部として位置づけ、次のような提言を出している。[Kapor/Berman 92]
①ネットワークのキャリアーの間の競争を促進せよ。
NRENの枠の中で、営利・非営利を問わず、民間のキャリアーのための水平で競争的な競技場を準備しなければならない。
②革新の促進のためにオープン・プラットフォームを定めよ。
パソコンと共に出現したすばらしい慣行であるオープン・アーキテクチャーを堅持して、誰の所有にもかからないプラットフォームを定めて公開すれば、ネットワークは、多くの情報サービス提供者や開発者にとって魅力的なものとなり、彼らの参入を容易にして競争を促進すると同時に、ネットワークの進化を引き起こす。
 その進化過程の中で、多くの試みは失敗して消え去って行くが、いくつかのものが生き残って、次の時代の標準となる。だから、失敗を恐れる公的な資金を、この分野に投入すべきではない。進化は、市場での競争にまかせるべきだ。
また、今日のPC用のソフト会社は、メーンフレーム時代にはまだ生まれてもいなかったことを考えれば、NPN の上でさまざまな情報サービスを提供するようになる企業の多くは、これから生まれてくると想定してよい。ネットワークの標準は、これらの新たに生まれてくる企業も参入しやすいように決めておかねばならない。とりわけ、今後は、地域電話会社が情報サービス産業に参入することを許されるとすれば、それによって情報サービス市場の競争性が損なわれることがないような注意が肝要である。NRENのオープン・アーキテクチャーの先例が、それに役立つことを期待したい。
③ユニバーサル・アクセスのための価格設定を奨励せよ。ここで、 "ユニバーサル・サービス" というのは、欲しさえすれば誰でもNPN に接続できることを意味するが、適切な価格設定なしにそれを言っても無意味である。また、その内容も問題だ。これからは、電話だけでなく、より高度の情報処理・通信技術やそれを応用したサービスへのアクセスが、 "ユニバーサル・アクセス" に含まれるようにならなければならない。NRENのプラットフォームは、公衆に提供されるサービスの種類やその適正な価格の決定に関して、多様な実験を促進するものでなければならない。
 価格設定については、CATVのやり方が参考になる。NPN への接続費用も、最初一回だけ支払う加入費と、電話を含めた基本サービスに対する月々の安い定額料金と、それに上乗せされる高度サービスの料金とに分けるのがいいだろう。
④ネットワークを簡単に使えるものにせよ。それに接続するための機器も、今日のパソコンよりはずっと簡単な、電話とコンピューターの間の子のようなものにすべきだろう。アプリケーション・プログラムは、パソコンのスプレッドシートのように、多少の基本知識さえあれば、後は使っていることをユーザーがほとんど意識しないですむような "トランスペアレント" なものとなることが望ましい。その点、現在のインターネットなどのコンピューター通信用ソフトウエアは、改良すべき点が多々ある。とはいえ、電子フロンティアーの文明化のためには、19世紀の帝国主義がとったような暴力的な方法は無用だろう。当初は、過去の惰性と訣別するためにも、トランスペアレンシーの重要性を意識的に強調する必要があろうが、基本的には市場の力にまかせることで足りよう。
⑤情報提供の標準を開発せよ。NPN には、豊富なフォーマットと構造をもつ諸種の情報--文書、画像、音声、動画等--の提示や交換のための統合された高度な標準が必要とされる。現在のASCII 標準は、そのためには著しく不十分である。NRENをより高度な標準を作るためのテストベッドとして、国際的に受け入れられるようになる標準の作成をめざすのがよいだろう。
⑥コモン・キャリッジの原則を確認することで、米国憲法修正第一条が保障している言論の自由を促進せよ。コモン・キャリアーとは、公衆のために管路(conduit) サービスを提供する、鉄道、自動車運輸、航空、テレコム等の会社のことをいう。コモン・キャリアーは、顧客に対して公正な料金で、無差別なサービスを提供しなければならない。他のキャリアーとの相互接続を許すとともに、適切なサービスを提供しなければならない。コモン・キャリアーは、伝送されるものの中身については、責任を負わない。これらの原則は、NREN--NPN のキャリアーに対しても、当然適用されるべきだろう。特に米国の場合、通信インフラストラクチャーが政府ではなくて民間部門によって所有されている点を考えると、言論の自由を保障するためには、キャリアーに対してコモン・キャリッジの義務を法的に課すると同時に、キャリア間の競争を保障することが重要である。(3) その場合、これまでのテレコム産業への規制にしばしば見られたように、新しいネットワークのキャリアーたちを、雁字搦めの規制の網 (グリッドロック) でしばって動きを取れなくしてしまってはならない。     
 ⑦個人のプライバシーを保護せよ。NPN のインフラストラクチャーの中には、情報と通信のプライバシーを助ける仕組みが含まれていなければならない。NRENの構築は、さまざまな暗号化技術をテストする場を作るという点からも重要な意味をもつだろう。今日のアメリカでは、電子通信プライバシー法によって、違法な盗聴はもちろん、セルラー電話の又聞きも禁じられているとはいえ、実際にはそれを強制する手段はない。それに、開かれた空 [ "公空" というべきか] を飛び交う信号を、聞くなというのも、市民としての権利を否定するものだといえる。だからこそ、暗号化の技術の開発が重要になってくるのである。将来のNPN では、情報の伝送だけでなく、貨幣の伝送も行われるようになるだろう。そうなると、NPN の誤用・悪用の可能性もまた大きくなる。そういう恐れを少なくするための措置は、今から講じておくにしくはないのである。
EFF のパンフレットは、以上の七項目の提言を、次のような言葉で結んでいる。
新しいメディアの形に影響を及ぼす機会は、通常はもはや遅すぎて動きが取れなくなった時になって、やっとやってくる。今日のNPN をめぐる論議への公衆の参加は、その希有な例外である。そのさいに大きな障害になっているのは、事態の不明性である。つまり、テレコムの技術上の問題は、あまりにも複雑すぎて、人々には、それが対人関係や政治関係に対してもっている重要性が実感できないのである。だが、そうだとしても、これらの問題がこの社会の未来にとって最高の重要性をもっているという事実には変わりはない。NPN にかかわる意思決定や計画は、特別な利害関係者だけにまかせておくには、あまりにも重大である。もし我々が今日ただ今、NPN の設計に関与するような行動を取るならば、このアメリカに、自由で開かれた電子コミュニティを創り出すことができるだろう。そうしないで、この機会を逸するとすれば、それは悲劇であろう。

(1)EFF は、当初この "NPN"という表現を多用していたが、その後国際的な交流が進むにつれて、"National"という形容詞の使用は避けた方がよいという考えも出てきて、最近では "IPN =International Public Network" といったりもするようになっている。
(2)EFF が訴求の対象としている人々は、アメリカ国民に限られてはいない。米国の内外の市民たちがその対象とされている。しかし、同時に、EFF は、アメリカの中で生まれた組織として、アメリカ合衆国の憲法、とりわけその中の権利宣言の精神と伝統に強く影響され、その精神が、新たに生まれつつある "サイバースペース" の中でも生かされることを望んでいる。それは、一面からすれば当然至極のことだろうが、他面からすれば、EFF がアメリカの外のさまざまな政府や団体や市民と接触した時に、価値観や行動様式の面での摩擦というか、ギャップを引き起こす原因とならざるをえない。EFF の幹部の一人、ジョン・バーロー(John P. Barlow)は、筆者との会話の中で、日本を訪問して日本人といろいろ話し合ってみて、自分たちが社会やとりわけネットワークの上での自由について抱いている観念と、日本人がもっているように思われるそれとの間には、大きな違いがあることを痛感させられたと述べたことがある。それが、せっかく技術的にはインターネットで結ばれることが可能になった世界のネットワークの中に、日本は果たしてすんなりと参加するだろうか--"Will Japan Jack In?" --といった彼の疑問にも連なっているのである。 [Barlow 92]
(3)ただし、電話電報産業の場合、コモン・キャリッジの原則は、憲法が保障している言論の自由を守るためというよりは、商業の発展を目的として適用されたという性格が強い。[Kapor/Berman 92:17]

(六) 最近の地域ネットワークの動向に関する情報源

 アメリカの地域ネットワークの初期の例としては、これまでに紹介したデーブ・ヒューズの組織したコロラド・スプリングスのネットワークや、サンタモニカ市のPEN、あるいはクリーブランドのフリーネットなどが有名だが、その後も、さまざまな地域ネットワークが順調に--いや、ハワード・ラインゴールドがその電子メールの中で使っている表現を借りれば "爆発的に" --発展している。現在では、インターネットの上に、コンピューターをベースにした誰でも参加できる地域ネットワークの問題点や技術、あるいはその意義について議論するためのメールリストとしての、 "COMMUNET"(=A Community and Civic Networks Discussion List) が作られている。その運営主体は、Venerable Bitnet Listserv と呼ばれるプログラムである。そこで、現在の代表的な地域ネットワークとみなされているものには、
the Free-Nets
City BBSes
Information Kiosks and Downtown Information Systems
Indian Reservation networks
Santa Monica PEN
などの他、シカゴやカンサス・シティやフォート・ワースなどの新聞社が運営しているネットワークなどがある。なお、 "地域ネットワーク" という時には、学校の生徒たちや研究者のネットワークは、直接には含まれない。
 COMMUNETの上で議論されているテーマとしては、
地域ネットの構築や運営にさいしての、学・産・官の協働のあり方、
地域ネットワーキングにおけるインターネットの役割、
地域ネットワークにアクセスするための公衆電話的なコンピューター、
ネットワークの運営のための資金集めのモデル、
法律的問題 (州、地方自治体、連邦、国際) 、
コンソーシアムやその他のネットワーク支援グループ、
ハードウエアとソフトウエア、
インターフェース問題、
データの収集と配付、
未来のネットワーク・サービス (テキストの先のサービス) 、
書籍、論文、その他のネットワーク情報、
地域ネットワーク関連の会議、ワークショップ、催し等、
などがある。COMMUNETに加入しようと思えば、インターネット上の、
listserv@uvmvm.uvm.edu                           に次のような一行の電子メール
subscribe communet "Firstname Lastname"
を送ればよい。