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kumon - December 1, 1995

「インターネットはディジタル革命の鍵か?」

December 1, 1995 [ kumon ] このエントリーをはてなブックマークに追加

1995年12月01日

「インターネットはディジタル革命の鍵か?」

φfai No.75 掲載

公文俊平

「ディジタル革命」という言葉が広く普及したのは、1990年代に入ってからのことだ。今世紀後半のコンピューターの発展の歴史は、とりもなおさず「ディジタル・コンピューター」のそれだった。そこでは、ディジタルな情報処理は当然のこととされていた。それが、アナログ情報処理に立脚する電話や放送の世界にまで踏み込んできそうになった時、「ディジタル革命」という認識が生まれたのである。

ディジタル・コンピューターは、まず大型機として発達した。1970年代に入って半導体の集積化が進むと、コンピューターは高機能化すると同時に、小型化し分散するようになり、それが1980年代のワークステーションやパソコンの普及をもたらした。しかし、スタンド・アローンのコンピューターは、いかに高機能になっても「ジャングルの中の自動車」 (ジョージ・ギルダー)にすぎず、業務の生産性向上、とりわけ非定型のオフィス業務のそれには、大して貢献できなかった。このような状況をそれこそ革命的に変えたのが、それぞれが高度のインテリジェンスをもつ自律・分散的な多数のコンピューターを、まずローカルなネットワークに連結し、さらにそれらを広域的なネットワークに連結して、相互のコミュニケーションやコラボレーション (協働) を可能にする仕組みの出現だった。それが、「インターネット」、すなわち「コンピューターのネットワークのネットワーク」に他ならない。ちなみに、「ザ・インターネット」すなわち、狭義のインターネットは、当初、TCP/IPと呼ばれるある特定の通信プロトコル群によって相互に連結されたコンピューター・ネットワーク群だけを指していたが、今日ではそれ以外のプロトコルを利用していても相互の連結が可能であれば、それも「ザ・インターネット」の一部とみなされるようになってきている。

インターネットを構成しているコンピューターの数は、アメリカでは1980年代の終わりまでに10万台を越え、それ以後年々倍増する勢いで急激な増加が続いている。近年では、インターネットのこのような爆発的拡大は、世界の他の地域にも拡がってきた。日本での爆発は、1994年の秋あたりから始まった。その利用分野も、当初は研究・教育に限定されていたのが、ビジネス利用、さらに一般市民の利用へと拡大している。インターネットの上で伝送される情報の形も、当初は文字だけだったのが、図形から音声、さらには動画に及んできた。電話型の双方向通信や放送型の不特定多数者を対象とする送信の試みも始まっている。当初から指摘されていたセキュリティーの欠如という問題も、暗号化その他さまざまな技術の導入によって、本格的な対処がなされ始めている。

アメリカでは、「情報革命」あるいは「ディジタル革命」の到来が認識されると共に、ディジタル技術を前提とした「情報スーパーハイウエー」あるいは「全国情報通信基盤 (NII)」の構築が必要だという声が高まった。その中で、ゴア上院議員 (現副大統領) などに代表されていた当初の政府主導型の構築構想は、たちまち民間の競争を通じての構築論にとってかわられた。とりわけ、1993年から94年にかけては、既存のテレコム業界、つまり電話とケーブルテレビ会社による「対話型テレビ」や「ビデオ・オン・ディマンド」、さらにはそれにショッピングや電話の機能なども加えた「フル・サービス・ネットワーク」構想が、情報スーパーハイウエーの主流を占める勢いにあった。しかしその後、テレビに付けるコンピューターともいうべき「セットトップボックス」の技術開発が思うように進まぬ一方、こうした新しいサービスへの大規模な需要もそれほど見込めないことが分かってくるにつれて、この方向での構想は一歩後退を余儀なくされている。

それに代わって脚光を浴びてきたのが、インターネット、とりわけそのビジネス利用、家庭利用だった。既存のテレコム業界も、ここへ来て、インターネット接続サービスの提供に、いっせいに意欲を燃やし始めている。しかし、インターネットの普及もまた順風満帆というわけにはいかず、ビジネス利用の面ではセキュリティーの欠如、家庭利用の面ではポルノの横行などが、批判の対象となっている。また、十分高速でしかも安価な回線の供給が、需要に追いつかないことが利用者の不満のたねになっている。

最近ではまた、セットトップボックスの技術開発をインターネットへの応用も可能なように軌道修正していく動きや、安価なゲーム機にインターネットからの情報の入手機能をもたせようとする試みも見られる。それに対しては、せっかく双方向のコミュニケーション手段として発展してきたインターネットを、一方向の情報収集手段に特化させてしまうのは邪道だといった批判もある。

たしかに、インターネットのような、双方向のコミュニケーションや集団的なコラボレーションのための強力な手段の発展は、情報革命がもっている社会革命の側面によく適合している。21世紀のネティズン (ネットワークの中で活躍する市民) たちは、20世紀の「カウチポテト」に代表される受動的な大衆とは違って、価値ある情報や知識を自ら能動的に生み出したり入手したりするようになるだろう。その中から、国威の増進を目指した近代主権国家や、富の蓄積をめざした近代産業企業とは性格を異にする、知的な影響力の獲得と発揮をめざす近代情報智業とでも呼ぶことが適切な新しい主体が、広く出現してくると思われる。インターネットは、そのようなネティズンや智業にとっての、説得を通じての知識や情報の普及の場、つまり「智場」として機能する。そして、かつて資本主義社会では、取引を通じての財やサービスの販売の場としての「市場」が、その他の社会関係をもその中に取り込む「社会関係のプラットフォーム」として機能していたように、これからは智場が、社会関係の新たなプラットフォームとなって、取引関係をもその中にとりこんでいくようになるだろう。

もちろん今日のインターネットは、世界のすべての人々にとって開かれた完全な智場というには程遠い。インターネットは、まだまだ多くの進化を必要としている。その中には、これまでのインターネットの推進者からすれば受け入れがたいほどの、商用化や大衆化も含まれるかもしれない。しかし、ディジタル革命、あるいはより広くは産業革命と同時に社会革命としての情報革命が進行し続ける限り、インターネットもまた、そこでの情報通信基盤 (智場) として、より完成された「オープン・ディジタル・ネットワーク」をめざして進化し続けるに違いない。