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「なぜいまインターネットが注目されるのか」

January 1, 1996 [ kumon ] このエントリーをはてなブックマークに追加

96年1月7日

「なぜいまインターネットが注目されるのか」

公文俊平

 一、インターネットの本命はそのビジネス利用だ

[ビジネスがインターネットを発見した年] インターネット協会の前会長のビント・サーフは、「1995年はビジネスがインターネットを発見した年だ」と言っている。日本もそうだった。1993年から94年にかけて、書店の店頭には "マルチメディア" ものがあふれていた。それが94年の秋ごろから、あっという間にインターネット関連に入れ替わった。さらに95年の秋以来CALSへの関心が高まっている。96年は電子商取引(EC)がブームになりそうだ。絶えず新しいものを追いかける軽薄な風潮がここにもと慨嘆する向きもあろうが、今急激に進行している "情報革命" の意義への正しい理解が拡がった結果、起こるべくして起こっている関心の変化だという見方も十分可能だ。

[1992年の合意と未決論点] そこで、まず情報革命の最先進国であるアメリカの情報通信業界について、近年の関心の変化のあとを辿っておこう。

アメリカの情報通信業界や政界が、急激に進行し始めた情報革命の性格について、三つの点で大まかな合意を形成したのは、1992年のことだった。

この三つの合意というのは、

  1. ディジタル革命、つまり情報処理のディジタル化の流れが、今やアナログ技術に立 脚してきた通信 の世界にも及び始めた、
  2. そうだとすれば、新しい広帯域のディジタル情報通信ネットワーク-- "情報スーパーハイウエー" とか、 "全国情報基盤(NII)" などと呼ばれた--の構築が早急に必要だ、
  3. その基盤の上に、 "マルチメディア産業" とでも呼ぶことが適切な新しいメガ産業が発展していくだ ろう、

というものだった。もちろん "マルチメディア" という言葉自体はもっと以前からいろいろな意味で使われていた。だが、ここに到ってその意味はより限定されるようになった。つまり、マルチメディアとは、第一にディジタルであり、第二に双方向のネットワークを基盤とする、ニューメディアをさす、ということになった。

しかし、1992年の時点では、少なくとも二つの未決論点が残っていた。すなわち、

  1. 新しい情報通信基盤とはどんなもので、誰がその構築を主導するのか?
    たとえばそれは、有線が中心なのか無線が中心となるのか、
    双方向テレビ型のものになるのか、それともインターネット型のものになるのか、構築の主導者は、 政府なのか民間なのか、
    民間だとすれば、電話会社 (長距離か地域か) か、ケーブル会社か、コンピューター会社か、それと もディズニーのような "コンテント産業" か、
  2. マルチメディア産業への当面の大きな需要はどこから出てくるのか、
    娯楽やニュースなのか、それとも教育・医療・福祉のような社会的応用分野なのか、あるいは企業や 政府の業務利用なのか、

といった論点がそれだった。

[第一次新ゴールドラッシュ:双方向テレビの夢] そこで1993年から94年にかけて起こったのが、情報通信産業での "新ゴールドラッシュ" (正確にはその第一次というべきだろう) だった。そのきっかけとなったのが、以前から情報スーパーハイウエー構想を唱えていたアル・ゴア・ジュニアーが副大統領となった民主党新政権の登場だ。ただし、米国の情報通信産業は、全国情報基盤の建設の主導権を、たちまち政府の手から奪い取った。1992年の12月に大統領就任予定者となったクリントンの呼びかけで開催された全国経済サミットの席上で、ロバート・アレンAT&T会長が立ち上がり、政府主導型の情報スーパーハイウエー建設構想を真っ正面から批判してのけたのだ。政府はたちまち後退して、主導権を民間の手に委ねた。それから約一年の後に公表された全国情報基盤構築五原則は、

  1. 民間主導の、
  2. 競争体制による、
  3. 柔軟な規制枠組みの下での、
  4. オープン・アクセスと
  5. ユニバーサル・サービスとが保証された、

情報基盤の構築を打ち出した。

この第一次新ゴールドラッシュの時期に米国の情報通信産業が飛びついたのは、娯楽やニュースの番組の提供をより高度な形で行う "双方向テレビ" 、あるいは "ビデオ・オン・ディマンド(消費者の注文に応じたビデオ番組の送信)" だった。ケーブルテレビ会社ばかりか、電話会社までも、既存の電話のネットワークの上でビデオ画像の送信を行おうとした。電話会社は、ケーブルテレビ会社の買収を試みる一方では、銅線による広帯域伝送を実現すると期待されたADSLの技術に注目した。ケーブルテレビ会社は、テレビの双方向化によって、ビデオ・オン・ディマンドに加えて電話やホーム・ショッピング、ホーム・バンキングなどのサービス提供もできる "フル・サービス・ネットワーク" の構築実験に走った。

しかし、 "双方向テレビ" の夢は、どうやら迷夢にすぎなかった。それを実現するためにテレビに装着する "セットトップボックス" の技術の開発と実用化は容易ではなく、かりに実現できたところでそれほど大きな需要は見込めそうもないことが、すぐに明らかになったのだ。電話会社の中には、ADSLなどは諦めて、当面ビデオ伝送の市場シェアの獲得だけをめざして、無線でのテレビ放送に走るものさえ現れた。双方向テレビを専ら視野に入れた1994年の新通信法改正案は、既存の業界間の利害対立の調整に失敗して廃案になってしまった。(1995年の改正案も、最終調整に時間がかかり、年内の成立はできなかった。)

[第二次新ゴールドラッシュ:インターネットの夢] その一方で、インターネットは1980年代の終わり以来、その規模を年々倍増させる勢いで、急激な発展を続けると共に、その運営を政府 (全米科学財団) から民間の手に移し始めていた。1993年から利用可能になったワールドワイド・ウェブの技術と、そのブラウザーとしてのモザイク (あるいはその商用版として発表されたネットスケープ) の成功は、高度情報通信ネットワークとしての一般ビジネス・ユーザーの関心を一気に引きつけた。

こうして、1995年に入ると、新ゴールドラッシュは、インターネットをめざす第二次の局面を迎えた。この年の 5月に、ロータスの創立者であり、電子フロンティアー協会 (EFF)の代表のミッチ・カポーアは、双方向テレビ対インターネットの競争について、「試合終了、勝者はインターネットだ」と言い切った。同じころ、ケーブルテレビ最大手のTCI 社は、これからはインターネット接続サービスの提供をめざすと発表した。インテル社も、ビデオ・オン・ディマンドの市場には見切りをつけ、ケーブルテレビでパソコンをつなぐ推進力となる、と述べた。その後を追うように、長距離電話会社最大手のAT&T社や、いくつかの地域電話会社も、インターネット接続サービスの提供に踏切り始めた。コンピューター・ソフトウエア会社の雄、マイクロソフト社も、同社の未来をインターネットに賭けると宣言した。それに呼応するかのように、米国の企業は、いっせいにインターネットの上に自社のホームページを開設したり、インターネットを電子市場として利用した取引の可能性を追求したりし始めた。一般市民の間でも、インターネットへの関心は爆発的な高まりを見せ、最近の調査によれば、北米だけで2400万人が、インターネットにアクセスするようになっているという。近い将来には、それを買ってきて電話線につなげばその日から "ネットサーフィン" が楽しめる、一台の値段が 500ドル程度の、 "ネットワーク・コンピューター" も発売されそうだ。こうして、1990年代のインターネットは、民営化、市場化、大衆化の傾向を急速に強めている。

しかし、インターネットへの関心のこのような爆発が、順調に発展して行くという保証は必ずしもない。双方向テレビの夢を追って走った第一次新ゴールドラッシュが二年もしないうちに挫折したように、インターネットの夢を追って走り出した第二次新ゴールドラッシュも、あっという間に挫折してしまうかもしれない。現に、イーサーネットの開発者として知られ、今ではインフォワールド誌を経営しているボブ・メトカーフは、昨年の12月に、自社のホームページの上に、「1996年、インターネットは崩壊する」という "予言" を発表している。その理由としては、

  1. インターネット関連のビジネスから利益はほとんどあがっていないことが分かり、 投資家の熱が冷める、
  2. インターネット上にはポルノや犯罪が横行し、政府がその規制に乗り出す結果、ネットワーク・サービスの提供業者が打撃を受ける、
  3. 電話会社の近視眼によるインターネット接続サービスの速度の遅さや料金の高さのために、ユーザーは不満になる、
  4. セキュリティの低さを恐れる企業は、自社や直接の取引先に範囲を限定した「イントラネット」の構築と利用を優先するようになり、せっかくのネットワークの経済が失われる、

などがあげられている。 [会津さん、これは私流の整理です。再確認願います。]

[必要な歴史的視点] 確かに、メトカーフの議論には一理も二理もある。インターネットの上に、ただちに安全確実な電子市場が成立して、巨額の取引が行われ利益がどんどんあがるようになるとは、とうてい考えられない。その意味では、今のインターネット・ブームは、その前の双方向テレビ・ブームないしマルチメディア・ブームと同様に明らかに行き過ぎであって、間もなく反省の時期がやってくるだろう。しかし、われわれはメトカーフほど悲観的な立場は取っていない。十分な反省が行われた後で、より着実で健全な発展の時期が再び訪れると確信している。ただ、そのためには的確な歴史的視点に立った、正しい対応が必要不可欠だ。

それでは、今必要とされている歴史的視点とはどのようなものだろうか。それをまず考えてみよう。われわれの解釈では、現在進行中の情報革命には、次の二つの主要な側面がある。すなわち、産業社会における第三次産業革命(情報産業革命)と、産業化をその一つの波とするより大きな、近代社会全体の第三次社会革命(情報社会革命)の二つがそれだ。この両者は、同時に進行している。

[第三次産業革命]産業社会は、これまで二度の大きな産業革命を経験した。蒸気機関と機械による工場生産がもたらした一八世紀末の最初の産業革命(軽工業革命)は、 "産業化の十九世紀システム" を生み出した。電動機と内燃機関、そして化学的に合成された各種の新素材がもたらした一九世紀末の第二の産業革命(重化学工業革命)は、産業社会を「産業化の二〇世紀システム」に移行させた。そして二〇世紀末の今、情報通信技術の革新によって、第三次の産業革命(情報産業革命)が始まり、産業社会は "産業化の二一世紀システム" をめざす突破の局面に入った。まさに情報革命によって、新しい経済成長の時代が始まったのだ。

[突破局面と成熟局面]それぞれほぼ百年にわたって続く産業化の各段階は、前半の突破局面と後半の成熟局面にわけてみることが必要だ。突破局面では、新しい技術革新の成果は、既存の産業でまず生かされ、生産性の急上昇とコストや価格の大幅な引き下げをもたらす。たとえば今世紀初めの米国では、農業が重化学工業の成果(農業機械や肥料、農薬)をいち早く取り入れることに成功して、米国は農業と工業の両面で世界の経済的覇権を握ることができた。

成熟局面になると、大衆需要を満たすような大規模生産や流通のシステムが開発され、産業革命の成果が広く社会に普及し、人々のライフスタイルを変えていく。一九世紀の鉄道や二〇世紀の加工組立型の大量生産技術の発達は、成熟局面への移行に貢献した。二〇世紀後半に普及した乗用車や家電製品、あるいはマスメディアは、産業化の二〇世紀システムの成熟段階を代表する産業の産物だった。

[インターネットの当面の利用の中心はビジネス利用] このような観点に立つと、現在は、産業化の二一世紀システムへの突破局面にあたっていることになる。とすれば新しい情報通信技術の成果を取り入れるのは、一般大衆よりも、まず、いまの企業であるはずだ。そうだとすれば、家庭での娯楽利用より、企業や政府の "ビジネス利用" こそが中心になるはずだ。つまり、企業や政府の日常業務の中に、電子ネットワークの利用が不可分のものとして取り入れられ、生産性がそれこそ革命的に増大するという過程が、まず起こらなくてはならない。また、その前提としての業務の標準化、さらには企業組織や産業組織の改革や法制度の改正などが、行われなくてはならない。

ところが、先に見たように、マルチメディア産業の出現がもてはやされる中で、アメリカや日本の多くの企業、とりわけ情報通信産業や家電産業、あるいは商社などの関心がまず向かったのは、 "ビデオ・オン・ディマンド" や "フルサービス・ネットワーク" などに代表される家庭・娯楽利用だった。だがそれは、産業化の二〇世紀システムの成熟局面での経験を単純に未来に延長して、物事を近視眼的に見ていたという点で、正しくない動きだった。いまはまだ、新たな産業化でいえば、その初期の突破局面にあることを忘れてはならない。二〇世紀の家電に匹敵する "情報家電" は、いずれは出現してくるだろうが、それは基本的に二一世紀の産業が成熟局面に入った後の話だろう。しかも、その時の情報家電が、二〇世紀のテレビのような "カウチポテト" 型の消費者行動を依然として前提したものにとどまるはずはない。むしろそれは二〇世紀の自動車に対比できるような、利用者の積極的で能動的な情報の発信や探索行動を前提としたものになっいるのではないだろうか。 "プラグ・アンド・プレー" はいいが、それでできるのはネットサーフィンだけだというのでは、情けなさすぎるだろう。

アメリカの "大物ベンチャー・キャピタリスト" のドン・バレンタインは、早くも1994年の 4月に、情報ハイウェーの実体は、すでに出現中のインターネットであって、ケーブル型のシステムや双方向テレビは大ぼらだと喝破していた。そればかりか、彼は、日本に注目せよともいい、日本人は「企業を結ぶ情報ハイウェーの構築に乗り出している。だから日本企業の国際競争力は、今後さらに強まるだろう。アメリカではそうした発想がほとんどない。……誰も目を向けないが、そこにこそ真に有望な市場がある。消費者ではなく企業が、家庭ではなくオフィスが本当の市場だ」とも述べていた。

 バレンタインの日本評価は、当時とすれば過大評価だったというしかない。しかし、今ようやく、アメリカでも日本でも、流れは変わろうとしている。今はまだ、インターネットといっても、その "消費者向け市場" としての利用に関心が向き過ぎているが、やがては日常業務それ自体の中での、あるいは企業間関係の中での、インターネットの活用の重要性が理解されるようになるだろう。

二、オープンなネットワークとしてのインターネット

[オープンなネットワークが支持された]情報革命の第二の側面の話に移る前に、インターネットの最も重要な特徴を頭に入れておこう。インターネットの "オープン" 性がそれだ。

もっとも、ここでいう "オープン" の意味はいくつかある。

まずインターネットの基本仕様として、それぞれのコンピューターの接続用の番地と、交換の経路や手順が公開されている。これにより "分散・協調" のシステムが成立し、世界中のコンピューターがつながる。メーカーや機種を問わずに接続できるのだ。

基本仕様がオープンになれば、その上に新しいアプリケーションが生まれる。電子メールやデータベースなども、次から次へと新しい技術や機能が実現されてきた。パソコンの世界で、標準的なOS(基本ソフト)機能が共通の土台(プラットフォーム)として公開されたおかげで、サードパーティーの製品開発やビジネスが開花したのと同種のメカニズムだ。しかもインターネットの場合は、標準化の過程そのものが公開され、だれでも参加でき、共通の合意ができ、それに基づいてネットワークのダイナミックな進化が推進されている。これがインターネットの急成長の秘密だ。従来のデータ通信では、交換手順やホスト・コンピューターのソフトの仕様は、通信事業者やメーカーの "占有物" とされ、肝腎の部分は非公開にして "囲い込み" が図られた。これでは利用者側の不便が大きい。そこで、原則すべて公開というインターネットへの支持が広がったのだ。

この潮流の原動力は、半導体の技術革新に導かれたパソコンやワークステーションの急激な性能向上、価格低下だ。強力な性能がエンドユーザーの手に入ることで、力関係が逆転した。ハードが安くなればなるほどソフトの比重が高まる。インターネットとは、膨大なソフトウェアの体系でもあるのだ。

しかし、オープンな性質には弱点も伴う。最大の問題がセキュリティだ。仕様が公開されれば、弱点も知られやすい。番地が公開されれば、悪意をもつ人間の攻撃対象になりやすい。そこで、インターネットの長所であるオープン性を保持しつつ、セキュリティの弱点をどう克服するかが焦点になる。これが解決されれば、本格的なビジネスが可能になる。暗号技術の応用が鍵になる。

[ODNの意義]1994年、米国で "オープン・データ・ネットワーク(ODN)" という概念が提唱された。情報スーパーハイウェーの実現のための政策や、NII(全国情報基盤)のもつべき方向性を検討した全米コンピューター委員会の報告書『情報未来の実現』の、中心コンセプトがそれだ。ODNは、利用者にもネットワーク事業者にも情報提供者にも、そして未来に向かっての変化に対しても、すべて開かれたネットワークだ。恐らく既存の情報通信業界の利害や近視眼のために、この概念は、政治的には必ずしも広く受け入れられていないが、インターネットの長所を十分認め、今後の発展への具体的提言を盛り込んでいる点で、注目に値する。(ただし、われわれは、 "オープン・データ・ネットワーク" というよりは、 "オープン・ディジタル・ネットワーク" という名称の方により魅力を感じている。)

かつてマルチメディア・ブームの主流とされた "ビデオ・オン・ディマンド" などは、必ずしもオープンではなく、中央交換機への依存度が高い閉じたサービスだ。しかし、その後のインターネットの爆発は、技術の潮流がどこへ向かうかを明確に示した。電話型のネットワークからODNへ、コンピューター同士のネットワークのネットワークへ、これが世界の主流だ。

[ODNへの新しい競争]日本のNTTが1995年の 6月に発表した "オープン・コンピューター・ネットワーク(OCN)" も、思想的にはODNに近い。かつてのB-ISDNは、従来の電話と新しい広帯域通信を、交換・伝送・中継の各機能のすべてにおいて一つのネットワークに統合する構想だったが、今度のOCNは両者を切離して別個のものとしている。そうすることで、新規需要に柔軟に対応でき、広帯域通信の料金体系を電話のそれから分離し、電話の収益性を損なうことなく、コンピューター用の大容量広帯域ネットワークの価格を低くしようとする戦略だ。

AT&TやBTなど世界の巨大電話会社は、インターネットの可能性の理解が遅れた。ODNの意義もまだ認識していない。これからのネットワークは必然的に、コミュニティ中心のローカルなものとなると同時に、利用者に国内・国際の壁を意識させないグローバルなものにもなる。また、誰か単一の事業者が独占的に提供するものではなく、多数の事業者が互いに競争しつつ協力して、それぞれのネットワークを相互に接続させていくことで形作られるものとなる。したがって、そこでのネットワーク事業者間の競争は、これまでの電話会社やケーブルテレビ会社同士の競争というよりも、マイクロソフトやIBM、アメリカオンラインやコンピューサーブといった、コンピューター会社やオンライン・サービス会社も参入して主導権を争う、新しいタイプの競争になるだろう。また、ネットワーク用の回線の提供には、電力・ガス会社や水道・下水道事業者、建設会社や道路工事・電気工事会社も、あるいは静止衛星から低軌道衛星まで含めた各種の無線通信事業者も、広く参入できるようになるはずだ。

その中でどこまで「オープン」なネットワークが築けるかに、情報革命の未来はかかっている。事業者自身の未来もそうだ。目先の利害にとらわれてネットワークや利用者やコンテントの "囲い込み" に走るところは、案外早く脱落するだろう。何よりも利用者がそれを望まないからだ。

電話型の閉ざされたサービスではなく、新しいオープンな土台での競争、これがODN時代の通信の基本となる。いま進行中の日本の通信事業のあり方をめぐる議論でも、旧来の電話型事業の競争構造ではなく、このODN型のネットワークをどう発展させるのかを中心テーマとした議論が必要だ。 

三、愉しさを求める「ネティズン」の登場

[コミュニケーションの重要性] "レジス・タッチ" で有名なハイテク産業の広告のパイオニア、レジス・マッケンナが、最近こういっている。インターネットのような新しいメディアの企業にとっての利点は、広告、マーケティング、取引処理などに尽きるものではない。より大切なのは、企業が個々の顧客と対話できることだ。本来ビジネスは、顧客との直接のコミュニケーションを前提にしてなりたっていた。今、その可能性があらためて出現してきた以上、それを利用しない手はないだろう、と。

まったくその通りだ。もともとコミュニケーションの場として、あるいは後述する "智場" としてめざましい進化をとげてきたインターネットは、今やさらに進んで、商品の取引の場としての市場をもその中にとりこもうとしている。それこそ、智本主義社会というか情報社会に特有な傾向といえるだろう。(これまでの資本主義社会では、取引の場としての市場の中に、その他の社会関係が取り込まれていったという、マルクスやポラーニの指摘を思い出して欲しい。)しかし、智場の本来の機能はコミュニケーションにあることを忘れてはならない。それは情報革命の第二の側面と密接に関係している。インターネットの利用の爆発を、あるいは今日の情報革命の進展を、 "第三次産業革命 (の突破局面) " という観点からだけ見るのでは、つまり単なる "ビジネス利用" という観点からだけ見るのでは、不十分なのだ。

[第三次社会革命]産業化(あるいは企業化)と呼ばれている社会変化の過程は、より大きな歴史の流れである近代化のうちの一つの波にすぎない。近代化は、一五~六世紀の軍事革命によって本格化した国家化の波から始まった。その中から、いくつもの "近代主権国家" が形成された。近代主権国家は "国際社会" に参加し、軍事力の行使、ないしはそれを行使するぞという脅迫を通じて、 "国威" の増進・発揚競争に加わった。だからこそ、国際社会の理念は、平和または安全の達成、保障におかれた。

次に一八~一九世紀の産業革命によって本格化する企業化の波が続いた。その中から多数の "近代産業企業" が誕生し、これらの企業は "世界市場" に参加し、取引を通じて利潤あるいは "富" の獲得・蓄積競争を行うようになった。世界市場の理念は、繁栄または豊かさの達成、維持におかれた。

とすると今日の情報革命は、近代化の第三の波にあたる "智業化" の動きを本格化させるものと見ることができる。ここで "智業" ないし "近代情報智業" とは、国家や企業に並ぶ近代社会での第三の重要な社会的主体であり、対話による説得(コミュニケーション)を通じての "知的影響力(智)" の入手・増進をめざして、 "地球智場" とでもいうべき場で競争する。インターネットは、まさにこの地球智場の原型とみられる。その地球智場の理念は、平和や繁栄よりは "愉しさ" を志向するものになるだろう。

[智業と智業=企業協働]近年NGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)などと呼ばれる組織のめざましい台頭と活躍ぶりが注目されているが、それらの実体はまさにここでいう智業にあたる。産業化のとくに初期の頃は、国家と企業の協働が重要な意味をもっていた。同様に、情報化のとくに初期には、企業(や国家)と智業の協働が重要な意味をもってくるだろう。

[ネティズン]企業の活動が都市に棲む市民(シティズン)たちによってとりまかれ、支えられていたように、智業の活動 (および二一世紀の産業社会での企業の活動) は、ネットワークに棲むネティズンたちによってとりまかれ、支えられる。

ネティズンは、市民、とりわけ "大衆" とよばれるようになった二〇世紀の市民に比べると、商品や情報の探索や入手の面で、さらには生産や発信の面でも、はるかに積極性を発揮するだろう。彼らは、受動的なカウチポテトにとどまるのは愉しくないと考える。そこで、みずから主体的にネットワークからネットワークを駆けめぐり、自分が愉しいと感じる情報や商品を探し求める。これが "ネットサーフィン" である。 "エージェント" と呼ばれる機能代行型の特別なソフトも使う。あるいは自分が見つけだした情報や創り出した情報や作品の中から公開したいものを、ネットワークに提供する。

ネティズンは、企業や智業からの情報の一方的な受け手、あるいは単なる説得の対象となるのではなく、自分で積極的に疑問を出したり、要求や提案を出したりする。だからこそ、ネティズンを対象とするビジネスが、コミュニケーションあるいは相互説得の過程を重視しないわけにはいかなくなるのだ。そこで問われるのは、まさに "感性" =愉しさの質なのだ。マッケンナも指摘しているように、企業がインターネットを、これまでのマスメディアと同様な広告やマーケティングの場としてしか見ないならば、たいした成功は望めない。情報社会では、コミュニケーションのあり方と、それを支える人間の意識自体が大きく変化していくからだ。そこに産業革命としてのみならず、社会革命としての情報革命の本質がある。

[コミュニティ・コミュニケーション]インターネットはもともとコミュニケーションの手段として発達してきたといったが、実は、そのコミュニケーションの形自体が、情報社会では大きく変わってきつつある。

産業社会、とくに個人主義の文化に立脚する産業社会での社会的なコミュニケーションの機能は、少数者対不特定多数のマス・コミュニケーションと一対一のパーソナルコミュニケーション機能とに大別されていた。そのためのメディアも、電気通信の世界でいえば放送と電話にそれぞれ分かれて発展した。だから企業も、日常のビジネスでは電話を多く利用する一方、広告や広報活動にはマスメディアを利用するというのが、これまでのやりかただった。

ところが、今日のネティズンや智業の間では、 "コミュニティ・コミュニケーション" とでもいうべき、新しいコミュニケーション機能が重視されるようになってきた。このコミュニティ・コミュニケーション自体はさらに、 "パブリック・コミュニケーション" および "グループ・コミュニケーション" という二つの機能に分けられる。

情報の発信者が自分の公開したいと思う情報だけをコンピューターに載せて公開し、受信者の方が自分で(あるいは "エージェント" と呼ばれる代行ソフトを使って)あちこち探し回って、自分に入手可能なものの中で、自分に関心のある情報だけを取ってくるという方式のコミュニケーションが、パブリック・コミュニケーションだ。産業社会のマス・コミュニケーションに比べると、パブリック・コミュニケーションは、発信者の公開したいと思うものの中から選ぶという意味ではより控えめだが、受信者が積極的に情報を求めて歩くという意味ではより能動的だといえよう。

それに対し、グループ・コミュニケーションは、単なる個人間のコミュニケーションというよりは、ある範囲の人々の集団(グループ)の間での緊密な協働(コラボレーション)の支援を目的とするコミュニケーションである。

[コミュニケーション用ソフト]インターネット(あるいは未来のODN)は、何よりもコミュニティ・コミュニケーションの場として発展しつつあるといえる。現在のインターネットの上のアプリケーションでいえば、パブリック・コミュニケーションのもっとも代表的なメディアは、ワールドワイド・ウエブ(WWW)と呼ばれるサーバー用ソフトと、モザイクやネットスケープのようなブラウザーと呼ばれるクライエント用ソフトを組み合わせたものだ。他方、グループ・コミュニケーションのメディアとしては、各種の電子メールや電子会議用のソフトがあるが、企業ではさらに、ロータス・ノーツのようないわゆる "グループウエア" の利用も広く普及し始めている。

[インターネットでの統合]しかし、コミュニティ・コミュニケーションの顕著な特徴のひとつは、それぞれの個別のコミュニケーション機能を満たすためのメディアがハード的およびソフト的に分化し続けていくよりは、たとえばインターネットとその上でのWWWの中に、むしろ継目なしに統合されていく傾向を示しているところにある。現に、WWWのサーバーは、電子メール機能や電子会議機能を取り込み始めている。ロータス・ノーツが実現しているグループウエア機能のほとんども、やがてWWWないしはその後継ソフトウエアの中にとりこまれていくだろうとも言われている。

同じことは、コミュニケーションの機能そのものについてもいえる。たとえば、大分のパソコン通信ネットワークのCOARAは、一年ほど前からインターネットに接続して、「ワン・パーソン・ワン・ホームページ」というスローガンの下に、会員の個人ホームページ作りを推進する運動を始めた。各人のホームページは、さきほどの定義でいうならば "パブリック・コミュニケーション" に属する。ところが、その内容をよく見てみると、不特定多数の公衆に対して公開されている--もちろん、その通りではあるが--というよりは、他の会員ないし仲間に見てもらうことがより主要な目的になっているのではないかと思われるものが多い。つまりここでは、 "パブリック・コミュニケーション" の形態に、実は "グループ・コミュニケーション" の機能が載せられていると解釈できる。あるいは、グループ・コミュニケーションの過程をパブリックに公開することを通じて、一種独特のパブリック・コミュニケーションを行っているともいうことができるだろう。

さらにいえば、情報社会になったからといって、これまでのマス・コミュニケーションやパーソナル・コミュニケーションの機能がすべて不要になるわけではないのは当然だ。そのために発達し成熟してきたテレビや電話などのメディアがいっぺんに駆逐されてしまうことも、ありえないだろう。現に、ますます多くの新聞社や放送局などが、自分のホームページを作って、ニュースの配信を補完的に行ったり、インターネットを取材や送稿の手段として利用したりし始めている。このような棲み分けと相互補完関係は、今後もかなりの期間にわたって続きそうだ。しかし、電話にせよ放送にせよ、いずれはインターネットあるいはその進化型としてのODNの上に、統合されていくに違いない。

[新コミュニケーション文化]営利活動よりはコミュニケーション活動、それもここでいうコミュニティ・コミュニケーション型の活動を目的としてインターネットを利用してきたネティズンや智業たちは、産業社会でのコミュニケーションの慣行や作法とはいろんな点で異なる価値観や慣行や作法--よくネティケットなどと呼ばれる--を発達させている。それらは "新コミュニケーション文化" とでも呼ぶことが適切な、ある独自の下位文化を形作っている。

企業がインターネットのビジネス利用をはかろうとして、その上でいきなり営利活動を強引に展開しようとすると、強い反発やしっぺがえしに会う可能性が高い。コミュニケーションを試みる場合に、これまでのマス・コミュニケーションの手法をそのまま踏襲したりすると、やはり問題を引き起こしかねない。あるいは、コミュニケーションの実をあげることに失敗するだろう。ネティズンの文化をよく理解し、彼らの感性や行動様式を認めるよう十分注意することが肝要である。