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kumon_netizen - April 1, 1996

本書の狙い

April 1, 1996 [ kumon_netizen ] このエントリーをはてなブックマークに追加

公文俊平

1990年代の前半、日本はバブルの崩壊の後の長期不況からどうしても抜け出せないで、閉塞感のとりこになっていた。 "右肩上がり" の経済成長の時代はもう終わって、後は成熟の時代(実は停滞の時代?)が待っているだけだという認識が、広く共有された。しかし、ようやくここへ来て、どうやら新しい産業革命が到来しつつあるらしいという自覚が、日本の中にも出てきたようだ。18世紀末の最初の産業革命と19世紀末の第二次産業革命(重化学工業革命)に続く、第三次産業革命(情報産業革命)が、20世紀末の今、ようやく始まったというわけだ。私も、そのような見方に賛成である。

新しい産業革命は、新しい経済成長の時代をもたらす。しかも、今回の第三次産業革命がもっている成長のポテンシャルは、コンピューター産業やネットワーク産業の近年の急成長ぶりから見て、過去の二回の産業革命のそれよりは、はるかに大きいもののように思われる。つまり、21世紀のある時期に、超高度経済成長の時代がやってくる可能性がある。もちろん、そのような超高度経済成長は、物財の生産よりは情報財の生産の分野で、物理的な空間よりは "サイバースペース" の中で、主として実現するだろう。

それにしても、新しい産業構造や産業組織さらにはライフスタイルが確立し、価格・費用構造も安定する中で、全面的な経済成長が始まるのは、まだまだかなり先のことになりそうだ。過去の経験からすると、それは、主要な産業革命の波が一巡して経済が成熟局面に入ってからのことだと思われる。今は、産業革命のいわば "突破局面" なのだ。突破局面の特徴は、技術や経営のパラダイム自体が大きく転換し始めるところにある。新たに急成長する産業が出現するかと思えば、他方では停滞し消滅する産業も現れる。価格・費用構造は激しく変動し、雇用のミスマッチもいたるところに発生する。

ふりかえってみれば、過去の日本の "高度経済成長期" とは、実は、第二次産業革命の成熟局面に出現した世界的な経済成長過程と、それへの "追いつき" 過程の相乗効果によってもたらされたものだったといえそうだ。第二次産業革命の百年(産業化の20世紀システム)は、19世紀の終わりに、石油化と電化に支えられた重化学工業革命によって突破のいとぐちを開かれた後、約半世紀の年月を経て、自動車と家電に代表される消費者用機械(耐久消費財)産業とテレビに代表されるマスメディア産業の確立を通じて、その成熟局面に歩み行ったのだった。恐らく今回の第三次産業革命の百年(産業化の21世紀システム)にあっても、かつての自動車や家電にあたるような、人々の大衆的需要を満たす商品(情報家電?)が普及し始めるのは、21世紀も半ばに近づいてからのことだろう。その限りでは、一様な「右肩上がりの成長」の時代は、全く終わったわけではないにしても、ここ当分は期待できないといわざるをえない。

古い財・サービスが消え去り、新しい財・サービスがどんどん出てくる産業革命の突破局面では、経済は成長するというよりは転換しているのだから、全体としての "経済成長率" などはほとんど意味を失ってしまう。名目値でみたいわゆる "国民総生産(GNP) " は、一方では新たな財・サービスの出現とその生産の拡大を通じて増加しようとするが、他方では生産性の急激な増大による価格の低下や一部の産業の縮小・消失の効果を反映して減少しようとするだろう。そのいずれもが産業革命の帰結なのである。したがって、経済の変化の指標を "名目" 経済成長率に求めることは、適切とはいえなくなる。

だからといって、 "実質" 経済成長率となると、そもそも正確な計測の仕様がなくなる。もともと "実質経済成長率" なるものは、国民総生産の部門別の比率や個々の財・サービスの相対的な生産割合が基本的には安定している中でも生ずる価格変化(とりわけインフレ)の影響を、取り除くための指標にすぎない。過去には存在しなかった財の現在の生産額を、過去の時点での固定価格ではかれというのは、そもそも無理な注文なのだ。たとえば、1995年のパソコンの生産・販売台数は五百七十万台に達したそうだ(データクエスト社調べ、日経 1月30日) が、金額でいえば一兆三千億円で、国民総生産の0.5 % にもならぬ微々たるものにすぎない。しかし、それをたとえば十年前の1985年度価格に直して、 "実質値" を計算してみるとどういうことになるだろうか。十年前にも、確かに "パソコン" は生産されていた。その年のパソコンの年間生産・販売台数は約二百万台、金額は、当時の価格で五千五百億円程度だった。しかし当時のパソコンの性能は、今日のそれの足元にもおよばなかった。通説では、パソコンの価格性能比は、18ヵ月ごとに倍増してきたという。つまり、十年間で約百倍になるわけだ。つまり、今年のパソコンの売り上げ金額は、十年前の価格に引きなおせば百三十兆円になる。あるいは、今年一台二十万円で買えるパソコンと同じものが十年前にあったとすれば、一台二千万円はしていたに違いないということもできる。ともあれ、十年前に五千五百億円だった売り上げが、十年後に、当時の実質価値で百三十兆円になっているとすれば、この間にパソコンの実質販売額は約二百四十倍になったことになる。これは、年率に直すと、70% 以上という驚異的な成長率にあたる。つまり、1970年代の半ばごろから始まったと思われる第三次産業革命は、その中核をなす産業ではすでにこれほどの実質的成長を達成しているのだ。

どうやら日本経済は、1970年代に過去の産業化の20世紀システムへの "追いつき" をようやく達成したところで、ほっと一息ついて安心してしまったようだ。いや安心どころか、慢心してしまったというべきかもしれない。1980年代の日本には、もはや外国に学ぶべきものはないとか、アメリカは今後凋落の一途を辿るだろう、1990年代の日本は黄金時代を迎える、などといった見方が支配的だった。そのために、それとほぼ同じころから始まっていた新しい産業革命の動きには乗り遅れてしまった。そういう指摘が海外からいっせいになされ始めたのが1993年の秋だったが、そのころから "ジャパン・バッシング(日本叩き)" の流れも "ジャパン・パッシング(日本抜き)" へと次第に変わっていったようだ。

関西大震災に始まり、地下鉄サリン事件やいくつもの金融・財政不祥事に翻弄された1995年が終わって、村山無為無策内閣の退陣で明けた1996年は、景気にも回復のきざしが見え始めている。インターネットへの関心も、1995年の秋以来爆発的に高まり、一月十一日の日本経済新聞は「インターネット社会で閉塞感打破を」と題する社説を掲載した。インターネットに象徴される第三次産業革命(情報産業革命)の到来を積極的に迎え入れようとする雰囲気が、日本にもようやく出てきたようだ。しかし、自らの内部の異質な要素への許容度が低く、出る杭を打ち、他人の足をともすれば引っ張りがちな日本の社会や文化は、たとえ "追いつき" には強くても "突破" にどこまで適合的か、疑問は残る。もともと "突破" の局面には混乱と模索がつきものである。近年のアメリカでの情報化の進展過程も、双方向テレビへのゴールドラッシュが不発に終わったかと思うと次はインターネットへの殺到という具合に、右往左往ぶりがはなはだしい。それに追いつこうとして右往左往の後を追いかけて走ったのでは、混乱を増幅させるのが関の山ということにならないだろうか。新しい可能性に遅まきながら気づいたとはいえ、自分で考え、自分でリスクを取って前進することに不慣れな日本としては、やはり容易ならぬ事態に直面し続けていると思わざるをえない。

そればかりではない。今到来しつつあるのは、決して単なる産業革命だけではない。むしろ、世界は今、新しい技術・産業革命を迎えているのと同時に、それとは多分に性格を異にする社会・政治革命としての情報革命にも突入しようとしている。あるいは、これまでの "産業化" とは質的に違う "情報化" の過程を経ることによって、 "産業社会" に続く "情報社会" に歩み入ろうとしている。このような認識ないし予感をもつ人は、近年次第に増えてきたように思う。私も、そのような見方を強く支持したい。そういうわけで、この本では、 "産業革命" よりも "情報革命" に重点をおいた議論を展開してみたい。もっとも、情報革命の社会革命としての側面については、すでに前著『情報文明論』でかなり詳しく論じてみたので、ここではそのさいに議論の視野に入れることができなかった情報革命の政治革命としての側面について、集中的に議論してみたい。

この本では以下、 "情報化" を、 "軍事化" と "産業化" に続く、近代化の "第三の波 " あるいは近代文明社会の第三の進化局面だとする解釈をとることにする。そして、かつての産業化の担い手としての "シティズン" (つまり "市民" )の役割とよく似た社会的な役割を果たす人々が、今度の情報化にさいしても出現してくると考え、かれらのことを

"ネティズン" (もしくは "智民" )と呼ぶことにする。

あらためて言うまでもないが、近代化という大きな社会変化の過程のなかで、市民たちが果たした歴史的な役割は、単に産業革命の担い手というだけに尽きるものではない。市民は、産業化に先立つ軍事化の過程で成立してくる "近代主権国家" の性格を、より民主主義的なものに変えるという面でも、主導的な役割をはたした。つまり、市民は、 "近代市民革命" とよばれる政治革命の担い手ともなった。同様な意味で、ネティズンたちは、民主国家あるいは国民国家としての今日の国家の形や性質を変えてしまうかもしれない。また、国家ばかりでなく、企業や産業の形や性質をも変えてしまうかもしれない。つまり、今日のネティズンたちは、社会革命過程としての情報化の主導者となると同時に、過去の市民革命といろいろな面で良く似ている "ネティズン革命" の担い手としての、歴史的な役割をも果たすのではないか。それでは、ネティズンが担い手となる政治革命としての

"ネティズン革命" とは、どのような革命なのか。これがこの本の主たる関心事である。