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kumon_netizen - April 1, 1996
「第二章:近代化の流れをふりかえる」
April 1, 1996 [ kumon_netizen ]
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公文俊平
第一節:近代化の三つの局面
そこで、この本ではまず、近代文明の進化過程、つまり "近代化過程" についての現時点での私の理解を手短に説明するところから、話を始めたいと思う。ただし私のいう "近代" ないし "近代文明" とは、いわゆる "中世" の封建社会をもその一部として含む広い概念であって、それに先立つ先行文明としては、古典古代の "宗教文明" (ユダヤ・キリスト教、イスラム、ヒンズー、道教文明など)を考えている。
私の考えでは、およそ人間の社会である限り、人々の日々の行為の少なからぬ部分は、他人の行為を触発したり止めさせたりすることを直接の目的として行われている。人々は、その行為の相互制御にたずさわっているといってもよい。これが、もっとも広い意味での人間の "政治行為" にほかならない。この意味での政治行為の基本形式としては、
の三つの組が昔から知られている。(*) 近代社会の特徴は、これら三つの形式のそれぞれの組に特化するタイプの社会組織や大規模な社会システムが、出現し進化してきたという点にある。そればかりではなく、政治行為のそれぞれの組に特化する組織は、そうした形式の行為を行う力の獲得と発揮自体を、当面の行為目標とするようになる。(この見方をとることで、近代化過程は、それぞれ一部重複しあっている三つの進化の局面に分けてみることができるようになるわけだ。)
(*)たとえば、ケネス・E・ボールディング著、益戸欽也訳、『21世紀権力の三つの顔』(産能大学出版部、1994年)の巧みな分析と解釈をみよ。また、J.K.ガルブレイス著、山本七平訳・解説、『権力の解剖』(日本経済新聞社、1984年)にも、類似の分析がある。
まず、前の二つに対応するものが、
だったのだが、それ以外にも、第三のタイプ、つまり "説得と誘導" を人々の間の主要な相互制御の形式としながら、当面は説得力や誘導力の獲得と発揮をめざして競争するような組織があって、私はそれらを "智業" と総称している。同様に、説得や誘導を通じて "通識" つまりその通有が前提とされている知識や情報の普及(=通有)が試みられる場のことは、 "智場" と総称している。これは、取引や搾取を通じて商品の販売が試みられる場のことが "市場" とよばれているのにヒントを得て、考えた名称である。この意味での智業が、情報化という技術革新と社会革命の過程をへて生まれ変わってくるものが、 "近代情報智業" である。また、智業を要素とする大規模な社会システム、すなわち相互の説得や誘導が行われる社会的な場のことは、 "智場" と総称できるだろう。この意味での智場が、情報化の過程でさらに一段と進化していくところに、 "地球智場" とでも呼ぶことのできる大規模な、社会システムが誕生するだろう。つまり、近代文明が分化させる第三のタイプの社会組織および大規模社会システムは、
だということになる。
ところで、この意味での近代を代表する三組の社会システムの分化・進化過程は、同時に、人間の利用できるさまざまな力(パワー)の増大過程、すなわち "エンパワーメント " の過程であり、またそれがもたらした人間にとっての新たな生活空間の発見・創造・開拓・発展の過程でもあった。
過去の主権国家が、なかんづく脅迫・強制力としての "国威" の増進や発揚に関心をもち、産業企業が取引・搾取力としての "富" の蓄積や誇示に関心をもってきたように、今日の情報智業は、説得・誘導力としての "智" の獲得と発揮に関心をもっている。そして、国際社会が主権国家にとっての外交の場であり、世界市場が産業企業にとっての商取引(商品の販売)の場であったのと同様に、インターネットに具体化されている今日の地球智場は、なによりもまず、情報智業にとっての情報と知識の普及の場なのである。国家が、戦争を通じて獲得した領土や植民地の正当な領有権を、外交の場で他国に認知させて国威を増進するように、また、企業が、自分の生産した財やサービスを、市場で販売することによって富を獲得するように、智業は、自分が発見・創造した情報や知識を、智場で普及することを通じて智を獲得する。つまり、智業の提供する情報や知識が、真実のもの、善いもの、美しいもの、面白いものだと人々が認め、それらを提供してくれる智業あるいは智業家を信ずるに足りる相手だと考えるようになれば、そこに智業の智(説得・誘導力、あるいは知的影響力)が生まれるといってよい。近代主権国家と国際社会の成立の直接の契機となったのは、十六世紀を中心としておこった一連の "軍事革命" とよばれる技術革新だったことはよく知られている。(*) しかし、それ以前にも、ヨーロッパの場合には6世紀ごろから、日本でも10世紀ごろから始まった "封建化" とよばれる、地域的な自立権力体の成立と発展の長い過程があって、これが近代主権国家の成立の背景をなしていた。こうした軍事的エンパワーメント、とりわけ帆船による大洋の航海と銃砲による領土や植民地の略取のパワーの獲得を通じて、近代人の生活領域は、「地理上の発見」などという表現に要約されているように、地球の表面に広く拡大したのである。彼らは、文字通り「地球は丸い」ことを実証してのけ、広く世界に対して自国の国威を発揚することに成功した。
(*)軍事革命については、ジェフリー・パーカー著、大久保桂子訳、『長篠合 戦の世界史--ヨーロッパ軍事革命の衝撃 1500-1800年』(同 文館、1995年)が詳しい。William H. McNeil, The Pursuit of Power. Chicago: The University of Chicago Press, 1982,も面白い。
また、近代産業企業と世界市場の成立の直接の契機となったのは、十八世紀から十九世紀にかけて生じた一連の "産業革命" だったことはいうまでもない。しかしこの場合にも、ヨーロッパでいえば十二世紀ごろから、日本でも十三世紀ごろからすでに起こっていた "商業化" の過程が、その前史としてあって、これが近代産業企業の成立の背景をなしていた。こうした経済的エンパワーメント、とりわけ機械による生産と流通のパワーの獲得を通じて、近代人の生活領域は、地中から海中、さらには空中へと三次元に拡大した。また、人工照明やエア・コンディショニングのパワーによって、昼夜や四季の交代のリズムや、気候の違いなどを克服した、いわば人工のリズムによる生活が可能になった。近代人は、こうして新たに開けた "テクノスペース" とでも呼ぶことのできる新たな生活空間を、人工物、すなわち人為的に作られた建物や機械あるいは各種の製品で満たしていったのである。
そうだとすれば、今日の "情報革命" 過程で成立してくる近代情報智業と地球智場についても、その成立の前史とでもいうべきものをまず考えてみることができそうだ。十四世紀以来のルネサンスと宗教革命、十五世紀の印刷革命、十七世紀の科学革命などの過程、つまり一般に "人文化" と総称できる社会変化過程を通じて出現してくる、文人・著作家・芸術家・学者などとよばれた、情報や知識の創造と普及を業とする人々は、まさに近代情報智業家の前身(前期智業家)といえるのではないだろうか。その意味で、近代化過程の中には、今日の情報化の前史にあたる "智業化" の長い歴史もまたあったといってよいだろう。こうした知的エンパワーメント、とりわけ今日のコンピューターとそのネットワークによる情報処理と通信のパワーの獲得を通じて、近代人の生活領域は、物理的な空間から "サイバースペース" と呼ばれる新しい空間次元に向かって拡大し始めた。そして人間は、このサイバースペースを、自然法則からは自由な新種の人工物、すなわち、人間自身の設定する法則に従って動き、しかも自然物やこれまでの人工物以上に強烈なリアリティーをもって人間の感覚器官に迫り人間と相互作用する新しい事物としての "バーチャル・リアリティ" によって満たそうとしている。さらに、人間の感覚器官からも独立な、恰も自らの認識力や判断力をもって活動して、人間に奉仕する "エージェント" と呼ばれる一種の人工生命体を、コンピューター・ネットワークの上に創造し、繁殖させようとしている。これらのネットワーク上の人工生命体は、 "バーチャル・リアリティ" との対比でいえば、 "ニュー・リアリティ" とでも呼ぶのが適切だろう。(*) 産業社会の人間がもっぱらテクノスペースで生活するようになっているように、情報社会の人間はもっぱらサイバースペースの中で生活するようになるだろう。いいかえれば、情報社会とは、サイバースペースの構築と開発、そこへのバーチャル・リアリティやニュー・リアリティの "植民 " が、人間の生活の中で大きなウェートを占めるようになる社会なのである。
(*) この意味での "ニュー・リアリティ" たちは、いずれはその創造主としての人間の指令や支配から独立した意思をもって活動し、自らの社会秩序を構築していかないとも限らないが、今のところその可能性はSF的空想の域を出ない。いずれにせよそれは、近代文明の一つの(最終の?)進化の局面としての情報文明の枠組みの外の問題だろう。
第二節:シティズン(市民)とネティズン(智民)
シティズン(市民)と市民革命についての詳しい話は、本書の第二部の樺山論文に譲ることにして、ここでは、シティズン(市民)とネティズン(智民)の簡単な対比だけをしておこう。なお以下では、 "シティズン" と "市民" 、および "ネティズン" と "智民" は、それぞれ互換性を持つことばであることを前提として、場合に応じてどちらか一方だけですませることにしよう。つまり、単に "シティズン" とか "ネティズン" と書いたり、あるいは "市民" とか "智民" と書いたりすることにしよう。
"市民" とよばれた人々は、古くはギリシャの都市国家(ポリス)の構成員としても存在したが、ここではもっぱら近代文明の進化過程だけを念頭において考えよう。その場合には、近代社会に登場する市民の一般的な定義としては、
市民=都市に棲んで、商工業(すなわち商品としての財やサービスの生産と販売)にたずさわる人々
のようなものを与えておけば足りるだろう。
それと対照的に、智民については、
智民=情報通信ネットワークに棲んで、智業(すなわち通識としての知識や情報の創造と普及)にたずさわる人々
という定義ができそうだ。しかし、ここではそれよりもさらに広い、
智民=情報通信ネットワークに棲んで、智業や企業にたずさわっている人々
という定義を採用しておきたい。つまり、一般に智民という時には、智業だけでなく企業(つまり商品の生産や販売)活動にたずさわっていてもよい、ということにしておこう。
なお、ここでいう "ネットワーク" とは、私が『情報文明論』で "社会システムとしてのネットワーク" とよんだもの、つまり、その中での相互行為がもっぱら説得や誘導であるような社会システムを指している。いいかえれば、ここでのネットワークとは、 "コミュニケーション・ネットワーク" とでも呼ぶことがふさわしい社会システムのことであって、その意味では、先に使った "智場" とほとんど同じである。ただし、 "智場" というと、通識としての知識や情報の普及の場をもっぱら指すことになるので、その限りでは "ネットワーク" の方がより意味が広いことになる。(つまり、智場は、コミュニケーション・ネットワークの一種だということができる。)
さて、歴史的には、ヨーロッパでの "商業の復活" とよばれる現象は、すでに十二世紀ごろから見られ始めていたという。そのころから、城壁に囲まれた区域の中に多くの人々が集まり住んで、もっぱら商工業に従事するようになった。これが、ヨーロッパ中世の都市の初めである。ビュルガー(ブルジョワ)とかシティズン(シトワイヤン)などとよばれたこの都市住民たちこそ、さきに抽象的に規定した "市民" の、歴史的・具体的な対応者にほかならない。
この市民たちは、中世ヨーロッパの国家が "身分制国家" として形成されていく過程で、 "聖職者(僧侶)" と "貴族(軍人)" に次ぐ "第三身分" としての地位を獲得するようになった。(*) 初期の大商人や資本家たち、あるいは職人ギルドのマスターたちは、この市民たちの中から生まれてきた。しかし、かれらの意識や行動は、やがて身分制国家の枠そのものを超えていく。シェイエスの有名な、「第三身分とは何か、すべてである」という言明に見られるように、市民たちは近代民主国家の "国民" として、さらにはグローバルにあるいはボーダレスに活動する "世界市民" として成長していったのである。
(*) Gianfranco Poggi, The Development of the Modern State. Stanford, CA: Stanford University Press, 1979.
他方、このような市民の中には、数はより少なかったとはいえ、王侯貴族をパトロンとしてというよりは市民たち自身を相手にして、知識や情報の普及にたずさわる人もまた出現してきた。 "前期智業家" としての文人・著作家・芸術家・学者たちがそれである。彼らは、その周辺に弟子や助手たち、あるいは協力者や信奉者たちを集めて、芸術の "流派 " や学問の "学派" などとよばれるゆるやかな集まり (ネットワーク型の社会システム) を作りあげていった。さらには、より大規模で制度化された "学会" や "大学" などの組織を発展させ、一定の慣行やルールにもとづいた情報や知識の創造と通有の社会的な仕組みを作り上げていったのである。そうだとすれば、個々の智業家たちや、かれらを中心に結集していたその周辺の人々のことは、今日のネティズンのいわば前身にあたる存在として、 "前期智民" とか "旧ネティズン" などと呼ぶことができよう。あるいは日本語での用語法に従って単に "知識人" あるいは "文化人" などと、よんでもいいだろう。
これに対し、近年における新しいタイプの市民たち、つまり新しい情報通信基盤やその上での新しい情報通信システム (とりわけコンピューター・ネットワーク) を自由自在に使いこなして、コミュニケーション(交流)やコラボレーション(協働)を積極的に営む人々の台頭も、すでに多くの人々の注目するところとなっている。いわゆるNGO(非政府組織)やNPO(非営利組織)、あるいは "ボランティアー" などとよばれる集団や個人のめざましい活躍ぶりがそれだ。ただし、これまでのところ、彼らの存在や活動は、もっぱら消極的にしか規定されていなかった。つまり、政府でも企業でもない存在として、あるいは国家の指令を受けてもいなければ、金儲けをたくらんでいるわけでもなしに自由勝手に何かをしようとしている存在(ボランティアー)として、特徴づけられているにすぎなかった。しかし、彼らの活動にも積極的な目的が明らかに存在する。直接的にはそれは、自分たちが正しい、善い、美しい、面白いと思う物や状態を世界に普及させることである。つまり、彼らは私のいう智業家の一種に他ならないのだ。またその中には、高度なコンピューター・ネットワークの上でのそうした活動を通じて、究極的には自らの "智" つまり知的影響力の獲得と発揮を、自覚的にめざしているグループ、すなわち私のいう "近代情報智業" 、も少なくないだろう。実際、近年いわれるNGOやNPOの台頭とは、実はまさしく "ネティズン" の台頭、さらにいえば "近代情報智業" の台頭に他ならないというのが、私の解釈である。
このような近代情報智業の台頭と、それを支えている (新) ネティズン層の広汎な出現は、最初の産業革命の時代に見られた近代産業企業の台頭と、それを支えた (新) 市民層というか (新) 資本家層の台頭に比肩できるだろう。川勝平太は、この新資本家たちは、単なる生産手段の所有者というよりは、経営力の保有者だったことを強調しているが(*) 、確かにそれは重要な指摘である。同様に、今日の新ネティズンたちも、単なる情報・知識の所有者(information haves)というよりはむしろ、情報や知識の利用や操作の能力の保有者たちだというべきだろう。現代の企業の中には、作品のディジタル化権を独占的に入手したり、個人情報を囲い込んだりすることに狂奔している向きもあるが、これからの近代情報智業の発展にとって真に死活の重要性をもっているのは、情報自体の独占的保有よりはむしろ、情報の意味を理解し、それを活用してすぐれた説得力を発揮することによって、自らのもつ説得力 (知的影響力=智) 自体をさらに強化しうる人々の出現なのである。
(*) 川勝平太編、『海から見た歴史』(藤原書店、1996年)、エピローグ。
ところで、過去の "前期資本家" の多くは産業革命の過程で没落していったように、今日までの "前期智業家" あるいは彼らが作り上げてきた諸制度の多くも、現実の問題としては、情報化の過程で、適応・進化に失敗して没落していくだろう。
現に、欧米の学会は、会員数の急増とインターネットの普及の両面から、その存続の危機に直面し始めている。もともと学会の役割は、特定の学問分野に属する研究者を組織して、その研究業績を厳しく評価すると共に、既存の知識の体系の中にしかるべき位置を与えてやるところにあった。だから学会員の業績は、まず学会の大会に発表を申し込むか学会誌に投稿された上で、レフェリーの審査に合格したものだけが発表を許された。学会誌は世界中のしかるべき図書館に購入・所蔵されて、永久に一般の閲覧に供し続けることが保障されていた。逆に学会員は、自分自身の業績であっても、それを勝手に発表したり、コピーして配付したりすることは許されなかった。しかし近年では、学会員や学会の数が増え過ぎて、論文の審査に長い時間が必要になったばかりか、余りにも多数の論文が掲載されるために、ようやく出版されても読者はほとんどいないという状況が拡がってきた。図書館も、あらゆる学会誌を購入することもできなければ、長期間保存しておくこともできなくなり始めた。他方、インターネットの普及によって、個々の研究者は、自分の研究業績を、ほとんど無料で即座に全世界に対して公開することが可能になってきた。こうして、研究者の学会離れが起こる一方で、学会は財政難に苦しむようになってきたのである。
大学にも問題は多い。かつては同一世代のたかだか3% 程度しか進学しなかった大学に、今日では30% も40% もの人々が進学するようになっている。そうだとすれば、大学の社会的役割と同時に、そこでの授業の内容や方法も大きく変化しなければならないはずである。アメリカの大学は、産業化の20世紀システムの後半の成熟局面で生じたこのような高等教育の大衆化に、かなりすばやく適応した。日本の大学は、進学率の面でこそ大衆化の傾向に素早く追随したが、授業の内容や方法をそれにあわせて改革するにはいたらなかった。増加する学生たちの多くが大学に期待した、外国語の会話能力やコンピューターの操作能力は、日本の大学はついに提供できなかった。その結果、日本の大学は、その卒業生を採用する企業や政府にとっては、厳しい入学試験に合格したことで、素材というか "原石" としての一定の品質が保証されている--つまり、将来就職した後でオン・ザ・ジョブ・トレーニングを受ければ良質の戦力となることが期待できる--人材の選別・供給機関に化した。また、個々の学生にとっては、大学での交友関係を通じての人脈の形成を期待しうる場、あるいは、自らの人生の一時期に与えられたモラトリアム時代をなるべく楽しく過ごすためのレジャーランドと化した。情報化の進展による自発的な学習機会の増大に伴って、このような傾向はさらに進むかもしれない。それどころか、大学以上に信頼しうる人材選別・保証の場と、大学以上に楽しい、あるいは意味のある体験の場が別のところにえられるならば、そもそも大学に進学する誘因自体が失われてしまうかもしれない。現に近年では、大学在学中からすでに自分で起業家として活躍し始める青年たちや、さまざまな新興宗教団体の活動に専念する青年たちの数が、目立って増えてきている。それもいわゆる "一流大学の学生" たちの間に、そうした傾向が顕著である。オウム真理教の破綻はこの傾向にある程度の冷水をあびせる効果をもったかもしれないが、大きな流れを変えるにまではいたらないのではないだろうか。こうした傾向は、青年たちの(新)ネティズン化ということばで一括できるかもしれない。
こうして、情報化の過程もまた、前期智業から近代情報智業への円滑な移行過程というよりは、両者の対立・競合を経た選手交代の過程になりそうだ。しかし、新興の近代情報智業と旧智業の間の、あるいは新ネティズンと旧ネティズンとの間の角逐や競合 (あるいは協力) の物語や、ネティズンたちの内部での役割や機能の分化の物語はまさに、情報革命そのものの進展過程の中核をなす物語になるだろう。この本のテーマはそれではなくて、情報革命のいわば随伴過程の一つとしての政治革命、すなわち "ネティズン革命" である。(*)
(*)ここで、 "ネティズン革命" が "情報革命" の「随伴過程の一つ」という もってまわった言い方をしたのは、 "情報革命" にはもう一つの重要な随伴過程があるからだ。それが『情報文明論』の中で指摘した "第三次産業革命" としての "情報産業革命" に他ならない。
もう一点付け加えるならば、過去の市民たちのすべてが、産業革命の中で近代産業企業家として発展していったのではない。市民たちの中には、近代産業企業の従業員となって企業活動の一端を担った人々(産業社会における "労働者" )や、もっぱら近代産業企業の提供する財やサービスの購入者としての機能においてのみ注目された人々( "消費者" )も、少なくなかった。同様に、ネティズンたちの中にも、自分自身が智業家となるというよりは、近代情報智業のメンバーの一人となって智業活動の一端を担う人々や、もっぱら近代産業企業が創造する知識や情報の普及対象となっていることでのみ注目される人々(彼らのことは、産業社会での "消費者" に対比して、情報社会での "享受者" と、とりあえず呼んでおきたい)も、やはり少なくないだろう。
だがそれにしても、情報社会でのネティズンたちは、産業社会の市民たちとはちがって、情報の享受や提供において、一方でははるかに積極的な、他方でははるかに控え目な、役割をはたすようになっていくものと思われる。産業社会、とりわけ二〇世紀の産業社会でのコミュニケーション、中でもマス・コミュニケーションの特徴は、その積極性というか強引さにあった。マスメディアは、 "コマーシャル" の形で、消費者に大量の情報をしつこく送り続けている。また、災害その他で悲嘆の涙にくれている人々に対してまで、遠慮なしにマイクとカメラを突きつけて、感想をいえとせまっている。同様な事態は、パーソナル・コミュニケーションの領域でも見られる。ダイレクトメールやテレマーケティングの横行、各種のアンケートや世論調査、あるいは "知る権利" の行使と称しての情報提供の強要などがそれであった。これに対して、これからの情報社会での智業やその享受者たちは、情報の提供に際しては、はるかに控え目な形のコミュニケーション方式を採用するだろう。たとえば、WWWのサーバーに、自分が公開してもよいと考える情報をただ置いておく、たかだか「このサーバーをよろしかったら見にきてください」といった情報を流すにとどめる。他方では、情報の入手に際しては、彼らは、二〇世紀の "カウチ・ポテト" たちにくらべると、はるかに積極的に行動するようになるだろう。彼らは、自分に送られてくる情報を受動的に受信するのではなくて、各種のサーチ・エンジン、あるいはそのさらに発達した形の "インテリジェント・エージェント" を積極的に利用して、サーバーからサーバーへとネットワークの上をかけめぐって、自分の必要とする情報、興味をひく情報を、他人が公開している情報の中から探し出しては集めてくる(そうしたければ、取引などもすませてくる)ようになるだろう。(*) 私は、一対多のコミュニケーションのこのような新形態を、二〇世紀の市民たちの間での "マス・コミュニケーション" に対する、二一世紀の智民たちの間での "パブリック・コミュニケーション" と呼びたいのだが、それは、今後はこのような形のコミュニケーションが、従来のマス・コミュニケーションにかなりの程度とってかわるのではないかと予想しているからである。
(*) David Kline, "I want -- Marc Porat and his agents of change," WIRED, January, 1995.
ところで、二一世紀のコミュニケーションの新しいパラダイムとしては、その他に、二十世紀のパーソナル・コミュニケーションに対応するものとしての "グループ・コミュニケーション" も考えられる。これは、同じ目標や志を共有する人々の、共通目標の実現をめざす協働行動を支援するためのコミュニケーションであって、パーソナルなコミュニケーションよりは広がりも大きく密度も濃いものになるだろう。このグループ・コミュニケーションについては、『情報文明論』でかなり詳しく論じておいたのでここでは繰り返さない。ここでは、パブリック・コミュニケーションとグループ・コミュニケーションを併せた二一世紀のコミュニケーションのパラダイムのことは、 "コミュニティ・コミュニケーション" ということばで一括して考えることができるのではないか(*) という点だけを指摘しておこう。すなわち、二十世紀のマス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションが個人中心の手段指向型のコミュニケーションとしての性格が強かったのに対し、二一世紀のパブリック・コミュニケーションとグループ・コミュニケーションは、コミュニティ中心の目標指向型としてのコミュニケーション(つまり "コミュニティ・コミュニケーション" )としての性格が強くなるように思われる。また、個人中心のコミュニケーションの二つの形が、テレコミュニケーションの場合でいえば放送と電話というように、それぞれ別々のメディアによって担われて、別々に発展しそれらのメディアを規制する枠組みも別々のものになっていった(**)のに対し、コミュニティ中心のコミュニケーションの方は、さまざまな面で統合の傾向を示しそうだ。情報通信インフラとしては、インターネット型のコンピューター・ネットワークがその共通のインフラになりそうだし、その上での "アプリケーション" も、今でこそパブリック・コミュニケーションはWWWで、グループ・コミュニケーションは電子メールや電子会議でというように別々になっているが、やがては一つのアプリケーションで統合的に処理できるようになるのは間違いない。さらに、たとえば日本のコミュニティ指向型のパソコン通信ネットワークの草分けとして知られる大分県のコアラ(最近ニューコアラとして衣替えし、インターネットへの接続も行われている)でのコミュニケーションが典型的に示しているように、WWWのホームページによるパブリック・コミュニケーションの内容自体は、グループ・コミュニケーションとしての性格を強くもっており、そのような内容の情報をあえてパブリックに発信することによって、パブリック・コミュニケーションとしての効果をよりいっそう高めるという相互補完関係を発展させることも可能なのである。
(*) "コミュニティ・コミュニケーション" ということばのヒントは、米国の ホワイトハウスの広報担当官だったジョック・ギル氏の、 "コミュニティウエア" ということばからえた。ちなみに、“研究ネットワーク”から出発したアメリカの情報インフラ構築の動きは、今では、一方で商用化への怒濤のようなうねりを見せると同時に、他方で“コミュニティ”への志向をも強くしているように思われる。
(**) 二〇世紀のコミュニケーション産業は、国家による厳しい規制の下におかれた規制産業として発展した。パーソナル・コミュニケーションのメディアとしての電話産業は、ネットワークの自然独占性を理由に独占を認められたのと引き換えに、 "コモン・キャリアー" としての無差別役務提供の義務や、全国どこにでも電話サービスを供給する "ユニバーサル・サービス" の義務を課せられる一方、通信内容の検閲は禁じられ、通信の秘密を守ることが要求された。現行の日本電信電話株式会社法も、その第二条で、会社は [中略] 国民生活に不可欠な電話の役務を適切な条件で公平に提供することにより、当該役務のあまねく日本全国における安定的な供給の確保に寄与するとうたっている。他方、マス・コミュニケーションのメディアとしての放送産業は、電波割り当ての許認可制に基づく寡占状態を認められる一方で、番組の内容については公共の福祉を目的とする規制下におかれた。たとえば、日本の放送法は、その第三条で、
放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがないとした上で、同条の二項で、
放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなればならない。という規制を加えている。
- 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
- 二 政治的に公平であること。
- 三 報道は事実をまげないですること。
- 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
もっとも、マスメディアであっても古い伝統をもつ新聞や出版は、憲法に保障された言論の自由をたてに、規制を免れただけでなく、逆に著作物の再販制度のような、優遇政策の対象となった。
第三節:市民革命と智民革命
近代社会の市民たちは、産業革命の担い手となったばかりではない。彼らは、企業や市民にとっての "私有財産権" という観念を、国家にとっての "主権" という観念に対置させてみずからの存続の基盤としたばかりか、既存の主権国家、とりわけ国王や貴族が強力な統治・支配権を行使していた "アンシャン・レジーム" の下での政治のあり方に対して、異議申立てを行い、近代史上 "市民革命" の名で知られている政治革命をも成功させた。それを支えたのは、国家の主権といえども侵害することのできない "人権" の観念や、国家主権の保持や行使それ自体も "国民" (の代表者) に委ねられるべきだという "主権在民" の観念だった。 "近代主権国家" は、市民革命をへて、市民たちが "国民" となることによって、 "近代民主国家" として再編成されたのである。
市民革命の時期や形は、ヨーロッパでも国によってさまざまだった。近代最初の市民革命は、17世紀半ばのイギリスに起こった "清教徒革命" だとされているが、それ以外にも、旧勢力との妥協の色が濃い--しかしそれゆえに比較的平和裡に遂行された--イギリスの "名誉革命" (1688年)もあれば、植民地宗主国からの独立戦争の形を取ったアメリカの "独立革命" (1776年)もあった。フランスでは、 "アンシャン・レジーム" との全面的な武力対決の形を取ったばかりか、革命後の内紛や反動による極めて大きな社会的犠牲を払うことを余儀なくされた "フランス革命" が、1789年以来十年にわたって続いた。そのフランスでの市民革命の再度の勃発も含めて、ヨーロッパの大陸諸国で一連の市民革命が行われたのは、十九世紀も半ばになってからのことだった。
さて、ここで私は、かつての "市民革命" に匹敵する政治革命としての "智民革命" が、いち早く情報化を開始した諸国の間で、やがて起ころうとしていると予想してみたい。今日の(新)ネティズンたちは、過去の軍事革命と産業革命に続く第三の社会革命としての "情報革命" の、担い手となっているだけではない。彼らは、 "情報権" (*) とでも呼ぶことが適切な新しい権利の観念を、国家主権や私有財産権に対置させて、みずからの存続の基盤とするばかりか、既存の民主国家 (とりわけ十九世紀型の代表制民主国家) や階層的・官僚的な大規模産業企業に対して、さまざまな形での異議申立てを行いつつある。それがより全面的かつ徹底的に行われるのが、私のいう "智民革命" にほかならない。私は、進化の第三局面(情報化局面)に入った近代社会では、この意味での智民革命が、いずれは実現する可能性が高いと予想しているのである。(**)日本の場合でいえば、それが "革命" と呼ぶに値するだけの大きな動きになるかどうかはともかく、ネティズンたちが主導する現体制への異議申し立てとしての最初の広汎な政治運動の波が盛り上がるのは、今世紀の末から来世紀の初頭にかけてではないかと考えている。
(*) "情報権" の概念についても、詳しくは私の『情報文明論』を参照していただきたい。
(**) もちろんその逆の見方もある。アメリカでも、今日のネティズンたちの多くは、平和な "サイバースペース" の中に生活できればそれで満足であって、国家や企業がどうなろうと私の知ったことではないという、政治的にはまるで "無気力" な存在ではないかというような見方がそれである。しかし、すべてのネティズンが革命家であるわけではないのは当然だとしても、すべてのネティズンがこうした無気力さのとりこになっていると見るのもまた一面的に過ぎるように私は思う。それに、多くのネティズンたちが国家や企業の過去の栄光を取り戻すことに熱心でないからといって、政治的にいっさい無気力だということにはならないのである。
もっとも、 "情報権" ということば自体は、まだそれほど普及しているとはいえない。しかし、たとえば知的財産権としての "コピーライト" に対して、情報普及の自由を主張する "コピーレフト" ということばは、最近よくきかれるようになった。このことばはもともと、フリー・ソフトウエア協会が支援するプロジェクト--Richard Stallmanが始めた GNU プロジェクトなどがその代表的なものだが--の成果物の頒布にさいして添えられた、これまでとは違った形の著作権 (コピーライト) 告知および一般公衆ライセンスの名前として使われ始めた。すなわち、通常の著作権の場合とは違って、この "コピーレフト" は、成果物の頒布を受ける人々に、その再利用とコピーの権利を与えるばかりか、コピーの第三者への供与にさいしては、その趣旨を明記すべきことを要求しているのである。その点で、コピーレフトはまさに "情報権" の一種とみなすにふさわしい権利主張だといえよう。
この他にも、基本的人権の一環としての "プライバシー" の観念を押したてることによって、国家や企業が犯してはならない私人の情報領域が存在するとする主張も、情報権の主張の一つだとみなせる。その場合の私人のプライバシーに属する情報としては、各人の信仰、思想、資産、所得、年齢、家族構成、病歴、結婚歴、犯罪歴等が、あげられることが多いようだ。あるいは将来、各人の学歴や職歴、さらには国籍から人種から実名まで、当人が積極的に公開しない限り、その人のプライバシーに属するとされるようになる時代がくるのかもしれない。
また、情報をめぐる最も基本的な権利として、みずからの情報生活の質量両面での改善ないし保障を要求する声も上がり始めている。米国の全国経済評議会(National Economic Council) のThomas Kalil議長は、自分の電子メールのサインの中に、次のようなことばを入れている。「我らは何を欲するか?帯域だ。何時それを欲するか?今だ。(What do we want? Bandwidth! When do we want it? Now! )」