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「ハイパー近代化としての情報革命の展望 」

July 1, 1996 [ kumon ] このエントリーをはてなブックマークに追加

96年7月2日

「ハイパー近代化としての情報革命の展望 」

公文俊平

はじめに

今日、情報革命、あるいは情報通信革命とよばれる大きな社会変化が、まさに "革命的" な速度で急激に進行していることは、もう疑問の余地がないだろう。この情報革命の開始の時点は、恐らく、日本では "情報化" とか "情報社会" という言葉が世界に先駆けて作られたり、アメリカではインターネットの最初のモデルやICが作られたりし始めた、1960年代の後半から1970年代の前半に求めることができる。だが、すべての主要な社会変化の例にもれず、この情報革命も、それが始まった当初は、変化の速度はごくゆるやかなものにすぎなかったし、その規模も小さかった。したがって、それが人々の目にとまることも--一部の "未来学者" の注目をひいたことを別にすれば--ほとんどなかった。

1980年代に入って、70年代の石油・資源危機を官民一体の省資源化努力で乗り切って未来の発展への自信を深めた日本では、未来をリードする技術としての情報通信技術の可能性に気づいた技術者や産業家の間から、 "ニューメディア" 時代の到来を予想する声が上がるようになり、郵政省の "テレトピア" 構想や通産省の "ニューメディア・コミュニティ" 構想などを受けていわゆるニューメディア・ブームが到来した。コンピューターのダウンサイジング化の傾向もようやく始まり、各種のパソコンが市場に登場し始めた。しかし、当時のニューメディアは、 "キャプテン" に代表されるように、供給先行型の性格が強く、一般消費者にとってはさして魅力的なものとはいえなかった。高価格で使いづらいパソコンの多くは、家庭に導入されてもいたずらに埃をかぶるものがほとんどだった。こうしてニューメディア・ブームは短期間に終息してしまった。

1985年のNTTの民営化は、長距離電話料金の引き下げと、FAXやパソコン通信の普及にはある程度貢献したものの、郵政省が採用した "管理された競争" 体制の下では、情報通信技術の本格的な発展と利用はほとんどすすまなかった。そのことは、とりわけCATVやセルラー電話、あるいはコンピューター・ネットワークの普及の立ち遅れに典型的に現れた。日本は、 "追いつき型産業化" --といってもそれは高々 "産業化の20世紀システム" への追いつきにすぎなかったが--にすっかり自己満足したばかりか、ほんの数年で世界最大の債権国から世界最大の債務国に転落してしまったアメリカ経済はもはや衰退の一途を辿るほかないものと決め込んで、慢心してしまったのである。実際、1980年代のレーガン政権の超ケインジアン的な経済政策は世界的な資産インフレを引き起こしたが、日本の場合、それは1985年のプラザ合意以降の急激な円高容認とそれに伴う超低金利政策とによってさらに加速され、 "土地本位制" の勝利は永遠のものであるかのように思われたほどであった。こうして、合理化と更新を中心とする投資ブームと資産インフレが引き起こした消費ブームのバブルが急膨張する中で、日本人は、世界の工場となる一方、世界中の資産の所有者となる夢に酔っていた。

だがこの間、アメリカの情報革命は、着々と進展していた。高機能のCPUやOSの開発、各種のすぐれた汎用型アプリケーション・ソフトウエアの商品化に支えられた、コンピューターのパーソナル化とネットワーク化が、その中心にあった。米国の情報化のウォッチャーとして頭角を現したジョージ・ギルダーは、1989年に出版された著書『マイクロコズム』(邦訳題名は『未来の覇者』)の中で、アメリカの再逆転をいち早く指摘していた。

1990年代に入ると、情報革命の進展は急激に加速していった。アメリカのマスメディアが、情報化の面での日米の再逆転あるいは日本の立ち遅れをいっせいに指摘したのは、1993年の11月だった。この日を境に、 "ジャパン・バッシング" の傾向は影を潜め、その代わりに "ジャパン・パッシング" の傾向が急速に表面化していくのである。そして1995年には、アメリカのビジネス界が、 "インターネット" の可能性に真剣に注目し始めた。こうして、本来ビジネスの世界の外の、軍事や研究・教育のコミュニティの中で発展してきたインターネットの技術やプロトコル、あるいはアプリケーションが、企業内の情報システムに、 "イントラネット" として大々的に導入されるようになり、1996年にいたって、インターネットは、米国のみならずヨーロッパやアジアでも、また産業界のみならず、行政や地域でも、情報化の "主流" としてグローバルに認知されるようになったといってよい。いやそれどころか、インターネットへの関心の爆発は、 "ブーム" と呼ぶほかない過熱状況さえ生み出している。もっとも、1980年代のニューメディア・ブームとは逆に、今回のインターネット・ブームの特徴は、需要の爆発に対する供給側の圧倒的な立ち遅れにある。あるいは、特に日本やヨーロッパの場合、インターネットへの関心の爆発が一般市民の間でのセルラー電話やページャーの急速な普及と同時並行的に生じていることを考えると、ユーザーの意識や行動の変化に対するメーカー側の理解や対応の立ち遅れの著しさにある、ということができよう。情報革命が、決して技術や産業の革命にとどまらず、広汎な社会革命であることは、この一事をもってしても明らかである。もちろん、社会革命が真に根本的かつ永続的な社会変化として普及・定着するためには、その前提条件として、技術や産業の革命、制度や法律の変化、政治システムの再構築--場合によっては政治革命さえ--が必要とされる。人々のライフスタイルの変化が先行することはありえないのである。その限りでは、情報化は「ビジネス→社会(医療・教育・福祉等)→家庭の順序で進む」という大方の理解は、誤っていない。しかし、そのことは、情報社会構築の主導勢力が企業ないしビジネスマンであることを、必ずしも意味しない。近代産業社会の構築の主導勢力が、近代国家の構築の主導勢力となった軍人・官僚貴族=臣民とは異なる階級としての商工業者=市民(シティズン)であったように、情報社会の構築の主導勢力は、新たな社会階級--後述するネットワーカー=智民(ネティズン)--になると思われる。

ここで、この報告書の取っている基本的な立場について述べておこう。それは、情報革命ないし情報化を、過去の "軍事化" と "産業化" に続く "近代化" の第三の局面--恐らくは最終局面--と見る立場である。つまり、この報告書は、情報化を、 "超近代化" ないし "ポストモダン" 化とはみなさない。今日、近代化には発展の "限界" が存在するという自覚がますます多くの人々の通有するところとなりつつあることは確かだが、それをもって近代化の終焉とするのは速断にすぎる。だからといって他方、情報化を産業化の一段階にすぎないとみなす立場も取らない。後述するように、今日の情報化には、産業化の一段階としての側面、すなわち "第3次産業革命" ないし "ハイパー産業化" としての側面があることは確かだが、情報化は決してそれに尽きるものではない。そこには、産業化そのものを超えるものの、近代化の大枠はまだ超えないような社会変化の側面もまた含まれているのであって、相対的には、後者の側面のもつ歴史的意義の方がより大きいのである。

 したがって、この報告書の立場を一言で要約するならば、それは "ネオモダニズム(新近代主義)" いや "ハイパーモダニズム(ハイパー近代主義)" の立場だということができる。 "ハイパー" という形容詞は、過去に存在したものとの同質性を基本的に維持しつつも、いくつかの側面で生ずる量的・質的な高度化のことを指して用いられる。たとえば、WWWなどで用いられている "ハイパーテキスト" は、基本的には "テキスト" としての性格を維持しつつ、いわばその次元が一つ上がったようなテキストを指している。したがって、先に述べた「産業化を超えるものの、近代化の大枠自体はまだ超えないような社会変化」とは、まさしく "ハイパー近代化" に他ならないのである。

しかし、この意味での "ハイパー化" は、単に近代化のみに止まるものではない。実は、あらゆる社会変化は、過去とは異なる新しい性質の出現をもたらすという意味で過去との断絶性を示していると同時に、何らかの意味あるいは側面で過去との同一性ないし連続性を維持してもいるのである。実際、そうでなければ、われわれの認識そのものが成立しえない。少なくとも、比較は成立しえない。過去とは、あるいは他者とはすべての面で異なる存在など、われわれにはおよそ認識しようがないのである。人は往々事物の新しさや特異性を強調するために、 "まったく異なる" という表現を用いがちだが、本当に "まったく異なる" ものなど、この世のなかにはありえない。あるいは、よしんばありえたとしても、知りえないのである。

以下、この報告書では、広く "情報革命" ないし "情報化" と総称される今日の巨大な社会変化がもつ、さまざまな "ハイパー" な側面を、 "ハイパー近代化" の側面を中心におきながら、多面的に観察・同定してみることにしよう。

1)ハイパーネットワーク化。

情報革命の技術的な基盤をなしているのは、 "ハイパーネットワーク" とよぶことが適切な、高度情報通信システムの急激な成長である。(ちなみに、この "ハイパーネットワーク" という言葉が最初に作られたのは、私の知る限りでは、1991年、日本の大分市で活動していた地域のパソコン通信ネットワーク、COARAの、尾野徹氏によってである。)この過程はまた、単に "ネットワーク革命" ともよばれている。

情報通信システムとしてのハイパーネットワークは、今日の "インターネット" をその原型とする、分散協調型のコンピューターの "ネットワークのネットワーク" である。それは、いうまでもなく情報通信システムの一種である。しかし、同時にそれは、電話や放送に代表される、長い進化の過程をへてすでに成熟している既存の情報通信システム(とりわけ20世紀に発達した電気通信システム)とは質的に大きく異なっている。それは、いわばまだ生まれたばかりで今後さまざまな方向への進化の可能性を豊富にもっている、新種の情報通信システムなのである。このハイパーネットワークは、これまでの電気通信システムと比較すると次のような特徴をもっている。

増殖力・代謝力:まず、その増殖力の高さには極めて著しいものがある。すなわち、たとえばネットワークに接続されるコンピューターの数でみて、年々倍増するような勢いが、少なくともある時期みられるのである。ジョージ・ギルダーは、今日のコンピューター・ネットワークのパワーの増加率を、下記の四つの法則が相乗効果する結果、何と年十倍に達していると見積もっている。すなわち、

理論則:拡張メトカーフの法則

  1. コンピューティング・パワーはチップの集積度の自乗に比例
  2. ネットワーキング・パワーはノードの数の自乗に比例

経験則:拡張ムーアの法則]

  1. チップの集積度は、18カ月で倍増
  2. ネットワークの規模は年々倍増

がそれである。このうち経験則の方は、少なくとも一九九〇年代いっぱいは作用し続けると考えられる。

そうだとすれば、コンピューター・ネットワーク全体のパワーは、三年間では、

 (2 2 ) 2 ×(2 3) 2 =16×64=1024

という計算式から知られるように、千倍以上になることになる。つまり、年々十倍である。これは、ほとんど想像を絶するほどの爆発的成長が現代ただ今、われわれの眼前で生じていることを意味する。このような爆発的成長は、遅くとも一九九〇年代の初頭から始まっている。そして少なくとも十年は続くとすれば、コンピューター・ネットワークのパワーは九〇年代の半ばで、その初頭に比べてすでに約十万倍となって今や誰の目にも明らかな姿を現し、さらに今世紀の終わりまでには、九〇年代の初めに比べて何と百億倍にもなることを意味する。後世の歴史家が、一九九〇年代を "ネットワーク革命の十年" として描きだすことは、まず疑いない。(*)

(*) ただし、コンピューター・ネットワークのこのようなパワーの増大は、いわばポテンシャルとしてのそれであって、個々のユーザーがそれをそのまま享受しえているかと考えると、問題がないわけではない。少なくとも三つの点で、このパワーの一部は、最終的なユーザーに到達する以前に漏れて失われている。

第一に、ハードウェアの性能の向上に比べて、ソフトウエアの能力の性能は相対的に立ち遅れている。今日のパソコンのソフトは、ハードの性能を食いつくして余りあるほどに肥大化し、やみくもに多様な機能を付け加え、動作が遅くなり、ユーザーの習熟が困難になっている。これは明らかに、パソコンの設計戦略そのものにある基本的な誤りがあったことを示している。最近、サンマイクロ社やオラクル社などが唱導している "ネットワーク・コンピューティング" の哲学は、コンピューターとそのネットワークの設計原理に基本的な転換を迫るものだといえる。

第二に、せっかくコンピューターをネットワーク化しても、相互接続のために用いられている回線の品質や速度や価格に問題があっては、ネットワークのパワーを生かして使うことはできない。とくに、今のコンピューター・ネットワークでは、ほとんどのパソコンは低速低品質の電話回線を通じて、ダイヤルアップでインターネットに接続されている。このような状態は、一日も早く改善されなくてはならない。

第三に、問題はネットワークを利用しようとする個々のユーザー自身の中にもある。コンピューターに対するアレルギーや、利用知識の不足があっては、ネットワークのパワーを使いこなすことはできないのである。

しかも、このように爆発的に増殖するネットワークを構成している個々の要素としての端末や回線は、ちょうど生物の身体を形作っている原子や分子が短期間で入れ代わっていくように、どんどん取り替えられている。物理的には新品同様で十分に機能する力はもっていても、それを追っ掛けて後からより高機能・高品質で低価格の端末や回線が次々に出現してくるので、ネットワーク・サービスの競争優位を確保し続けるためには、端末や回線のひんぱんな更新が不可欠になるのである。

生存力・万能性:ハイパーネットワークは、強い生存力をもっている。それは、センターをもたない分散型のシステムなので、一部が破壊されてもにわかに全体が死んでしまうことはない。また、その構成要素としては、端末や回線の種類を選ばない。どんなコンピューターでも、原則として接続可能だし、回線も、光ファイバーだけでなく、銅線、同軸ケーブル、あるいは無線でかまわない。さらに、通信プロトコルや通信方式も一つに限られない。現在最も広く利用されているTCP/IP以外のプロトコルも利用できないわけではないし、通信方式もフレームリレーやセルリレー、あるいはATM等さまざまな方式が利用可能である。ネットワークの構造も、 "幹線" 部分をもつ一種の階層構造を取ることもできれば、あらゆる単位ネットワーク(LAN)が、文字通り網の目のように相互に連なり合った構造をとることもできる。あるいは、階層構造をもっている部分と、フラットな構造しかもたない部分が混じり合っている構造も考えられる。

また、ハイパーネットワークは、単なる文書の送信以外に、さまざまな機能を発揮することができる。すでに、ネットワーク上での画像の送信、あるいは電話や音声放送サービスが実用化されつつある。動画像の送信能力も、急速に向上していくだろう。また、単なるコミュニケーション機能以外に、商取引機能や金融機能を果たすことも可能になろうとしている。今後はさらに、教育や医療や社会保障のような機能、あるいは納税や投票などの機能も、ネットワークに付加されていくと思われる。

経済性・柔軟性:ハイパーネットワークが提供する情報通信サービスは、既存のシステムに比べると、著しく廉価なものになる可能性がある。ジョージ・ギルダーは、そう遠くない将来に、 "砂とガラスと空気の技術革新" が急激に進行する結果、コンピューターや光ファイバー回線や周波数の希少性が大幅に低下し、その価格もほとんどタダ同然になると予想している。未来の通信料金は、通信の時間や距離や量とは無関係な、恐らく通信サービスの質にもっぱら依存したものになるだろう。

その進化のごく初期の段階にあるこのハイパーネットワークの未来のあり方を具体的に予想することは、現時点では困難である。ネットワークをとりまく社会環境や技術の変化に応じたさまざまな方向への進化の可能性がいくらでも残っているために、断定的なことはほとんど言えない。現在のインターネットは未来の高度情報通信システムの "原型(プロトタイプ)"にすぎない、としばしば言われるのはそのためである。現に、ロバート・メトカーフなど一部の専門家の間では、現存するインターネットは、そう遠くない将来 (ことによると1996年中)に、いったんは破局を迎えて崩壊してしまう、という予想さえみられる。だが、かりにそうした "崩壊" が生じたとしても、それによってハイパーネットワーク化の動きそのものが停止したり消滅したりすることは、ありえないだろう。ハイパーネットワークは、新しい形を取って再生し、さらに進化を続けていくだろう。そうした柔軟性こそが、分散協調型システムとしてのハイパーネットワークの最大の特色なのである。

2)ハイパー産業化

今日急速に進行中の情報技術の革新には、明らかに、過去の技術革新とは不連続な側面がある。技術の "パラダイム・チェンジ" に伴って、経営や産業や雇用にも新しいパラダイムが生まれつつある。20世紀の大企業体制に代わって、 "オープン型経営" とか "バーチャル・コーポレーション" などと呼ばれる新しい経営体制が構想されている。 "マルチメディア" と総称される21世紀の新しい主導メガ産業が出現してくる過程で、未来の産業組織は、 "プラットフォーム型" に転換していくだろうという予想もされている。フレックス・タイムやテレコミューティングが普及したばかりか、派遣社員やフリーターのような雇用形態も拡がっている。人々は、何時、どこで、誰のために働くかについての、自分自身の選択の機会や余地を、大きく拡げ始めたのである。こうした一連の変化は、まさに産業革命と呼ぶことがふさわしい。実際、今日の情報革命を一つの新しい "産業革命" とみなす見方は、1994年ごろからマスメディアにもぼつぼつ登場し始めていた。グローコムでは、以前から情報革命を "第三次産業革命" とみなす立場をとっていたが、最近ではこの呼称が広く受け入れられるようになったといってよいだろう。つまり、二十世紀末の今日、十八世紀末の第一次産業革命 (軽工業革命) 、十九世紀末の第二次産業革命 (重化学工業革命) に続く、第三次産業革命 (情報産業革命) が始まっている。いいかえれば、近代産業社会では、ほぼ百年おきに新しい産業革命の波が到来しているのである。

新たな産業革命の勃発によって区切られるそれぞれの百年は、前半五十年の "突破局面" と後半五十年の "成熟局面" に大別してみることができる。突破局面では、新しい主要な一連の技術革新が行なわれると同時に、次代の新産業を支えるための各種のインフラが構築される。また、企業の経営組織のあり方も大きく変化する。つまり産業革命は、経営革命、組織革命をも伴うのである。しかし、突破局面では、新しい技術やその成果としての新しい財やサービスの多くは、既存の産業のインプットとなって、既存の産業の生産性の向上に貢献する。 "産業化の二〇世紀システム" を生み出した第二次産業革命の経験でいえば、一九世紀の末に出現した重化学工業や株式会社に代表される大企業体制は、まさにその突破局面の産物だった。そして突破局面の成果をいち早く利用したのは、米国の農業だった。米国の農業は、重化学工業の製品であるトラクターを用いて耕作し、人造肥料や農薬を用いて単位面積あたり収量をあげ、コンバインで収穫し、トラックで収穫物を市場に送り出すことによって、生産性の巨大な向上を実現し、世界の農産物市場、とりわけ穀物市場を制覇したのである。

これに対し、 "成熟局面" の特徴は、産業革命の成果としての新たな財やサービスが広く人々の日常生活面にまで浸透し、ライフスタイルの転換が生ずるところにある。第二次産業革命の経験でいえば、加工組み立て型の大量生産方式の開発によって、自動車や家電製品のような "耐久消費財" が、広汎に生産され普及するようになった。二〇世紀の市民たち、とりわけアメリカ市民たちは、消費生活の中に機械を大量にもちこんだ。彼らは屋外ではドライバーとなって自由な移動を楽しみ、屋内では家事の多くを多種多様な機械に委ねる一方自らはカウチポテトとなってテレビにしがみつくというアメリカ式ライフスタイル、すなわち "アメリカン・ウェー・オブ・ライフ" の具現者となったのである。産業化の二〇世紀システムでは、この意味でのアメリカン・ウェー・オブ・ライフが、世界を風靡した。

このような見方からすれば、一九九〇年代半ばの現在は、一九七〇年代半ばから始まった第三次産業革命の突破局面が、漸くその加速化の時期を迎えようとしているところであり、新たな産業革命の到来という事実が誰の目にも明らかになりつつある時期だといってよいだろう。だがそのことは同時に、第三次産業革命がその成熟局面に入るのは、いいかえれば本格的な "ハイパー産業社会" の構築が完成するのは、まだまだ何十年か先だということを意味する。(*) つまり、第二次産業革命がその成熟局面にあった直近の過去である二〇世紀半ばの経験をそのまま未来に投影して、情報革命はただちに "情報家電" の普及をもたらすだろうとか、二一世紀の消費者は、基本的には二〇世紀の消費者と大差のないカウチポテト型の受動的な情報生活を送るだろう--従って、マルチメディアの時代になったところで大容量の "上り回線" は不必要だろう--などと想定するのは、近視眼的な誤りという他はない。一九九〇年代前半のアメリカにみられた二度の新ゴールドラッシュ--最初は "双方向テレビ" や "ビデオ・オン・ディマンド" に向かって迷走し、次には "ネットサーフィン" や "エレクトロニック・コマース" への対応に血道をあげた--は、米国の情報通信産業の近視眼と貪欲さを典型的に示すものだった。しかし、アメリカの産業界は漸くそのような迷夢から覚めて、インターネットの "イントラネット" 化に向かって着実な前進をはかる方向に歩みだそうとしている。恐らく一九九七年には、そうした傾向が誰の目にもはっきりしてくるだろう。 "イントラネット" 化とは、本来は企業の外の軍事や研究教育のコミュニティで開発され普及してきたインターネットの技術やプロトコルやアプリケーションを、企業の情報通信システムの標準として採用することで、BPRを前提とするコンピューター・ネットワークの業務利用や企業の内外での双方向のコミュニケーションへの利用をはかって行こうとする動きのことをいう。 (*) しかしその過程で、われわれは、過去の産業社会が未だ経験したことのない質と規模での、持続的な高度経済成長の時代を経験することになるだろう。

情報革命の動きに立ち遅れていた日本は、情報革命の先頭走者であったアメリカが、ある意味ではまさに先頭走者ゆえの試行錯誤的な迷走をしばらく続けてくれたおかげで、多少の時間の猶予をアメリカから貰う結果になったともいえる。この報告書の冒頭で述べたように、行政・企業・地域の情報化の本格的な試みをようやく展開し始めた日本は、今やアメリカにぴったりと付いた二番手の地歩を占めて走ろうとする姿勢を見せているのである。分散協調型のハイパーネットワークの幹線部分の早急な整備をめざすNTTのOCN構想は、日本のこうした試みの成否を左右する当面の最大の要因だといってよいだろう。

もっとも、日本の情報化の成否はOCNだけが握っているわけではない。中長期的には、情報化の円滑な進展の妨げになっている既存の各種の制度や政策の変更・革新が必要不可欠である。新しい酒を盛るための新しい革袋を、早急につくらなければならない。だが、残念なことに、今後五~一〇年の間に、日本がその政治・経済・社会体制の抜本的な改革に成功するという保障はどこにもない。むしろ、既存の体制は依然として情報革命の進展にとっての大きな障害であり続け、その結果、情報革命を主導しようとする一部の企業や政府部局、自治体あるいは市民たちとの間に、深刻な摩擦や紛争を引き起こすことも、十分考えられる。そればかりか、最近の金融システムの救済をめぐる混乱が投げかけている不吉な影が暗示しているように、日本の国家・社会は自己統治能力を失って、いったんは "沈没" してしまう恐れすらないとはいえない。その場合には、日本での本格的な情報革命の進展は、さらに先送りされざるをえないだろう。

3)ハイパー近代化とハイパー進歩主義

すでに示唆したように、今日の情報革命は、単なる産業革命を超える深さと広がりをもつ社会変化である。いいかえれば、今日の情報革命には、近代社会の中で起こる、過去の産業化それ自体に匹敵する大きな社会革命としての側面がある。進歩や発展が可能だという信念の普及によって特徴づけられる近代社会は、その進化の過程で、軍事革命を通じて近代主権国家を生み出した。これが近代化の "第一の波" である。近代主権国家を発展させた主要な勢力は、 "臣民" と呼ばれた軍人・官僚階級だった。国家主権の観念に立脚する近代主権国家は、国際社会を舞台として、国威(脅迫・強制力)の増進と発揚をめざして互いに競争した。近代社会はまた、産業革命を通じて近代産業企業を生み出した。これが近代化の "第二の波" である。近代産業企業を発展させた主要な勢力は、 "市民" と呼ばれた都市に棲む商工業者階級だった。私有財産権の観念に立脚する近代産業企業は、世界市場を舞台として、富(取引・搾取力)の蓄積と誇示をめざして互いに競争した。そして今、近代社会は、情報革命を通じて近代情報智業とでも呼ぶべき、近代第三のタイプの社会的主体群を生み出しつつある。これが近代化の "第三の波" (*) である。近代情報智業を発展させつつある主要な勢力は、 "智民(ネティズン)" とでも呼ぶことがふさわしい、ネットワークに棲んで知識や情報の創造と普及に従事する人々である。近代情報智業は、国家主権や私有財産権とは性格の異なる "情報権" の観念に立脚し、 "地球智場" とでも呼ぶべき情報や知識の普及の場を舞台として、智、すなわち知的影響力(説得・誘導力)の獲得と発揮をめざして互いに競争し始めている。この意味での地球智場の今日における具体的な形が、前述したインターネットに他ならない。世間ではNGO(非政府組織)あるいはNPO(非営利組織)などともっぱら消極的な規定によって呼ばれているこれらの近代情報智業は、同時に、旧来の智業、すなわち大学や学会、芸術団体やスポーツ組織とも、競争あるいは対立関係に立とうとしている。

(*) ここでいう "第三の波" は、アルビン・トフラーのいうそれではない。トフラーはこれまでの人類史の全体を視野に入れて、農業革命、工業革命、および情報革命という三つの波の継起的到来を論じているが、この報告書の立場は、視野を近代社会ないし近代文明の進化に限定している。最近のある研究(グラハム・ハンコック著『神々の指紋』翔泳社、1996年)によれば、一万年以上前の超古代に、現代文明に劣らぬ、いやことによるとそれ以上の技術レベルをもった高度の文明が存在していたと思われるさまざまな証拠が発見されてきている。そうだとすれば、人類の進化過程をある単線的な "大進化" 過程として描くことは疑問とせざるをえない。

このように見るならば、情報化は、産業化を超える社会変化ではあっても、近代化を超えるものでは必ずしもない。むしろ、情報化は、近代化をその第三の段階(恐らくは最終の段階)に進めるものであり、その結果は "ポスト近代社会" ならぬ "ハイパー近代社会" の出現であろう。つまり、情報化とは別の言葉でいえば "ハイパー近代化" に他ならない。

情報革命が近代そのものの第三の局面への移行ないし進化を告げる社会変化だとすれば、今まさにわれわれの眼前で瞠目すべき進歩・発展が生じ続けていると言わざるをえない。つまり、近代文明を特徴づけている "進歩主義" の思想は、村上泰亮の指摘(*) にもかかわらず、まだまだしばらくは完全に否定されることはなかろう。否定されつつあるのは、村上の定義した意味での旧型の進歩主義、すなわち、理想的な秩序とそれに至る経路が一義的に確定可能と考える進歩主義である。これに対し、近代化の第三局面としての情報化局面で広く信奉されることになると思われる新型の進歩主義、すなわち "ハイパー進歩主義" は、理想的な秩序もそれに至る経路も決して一義的に確定することはできず、人間は不確定な未来に向かって、現状の絶えざる改善をめざして多面的な努力を続ける存在だ、という信念に立脚したものになるだろう。それは決して、脱進歩主義ではない。むしろ、進歩主義の思想にその本来の面目を与えるような、それこそ "ハイパー" な思想に他ならない。

(*) 村上泰亮、『反古典の政治経済学要綱』、中央公論社、1994年を参照。

4)ハイパー市民としてのネティズンとハイパー・コミュニケーション

すでに指摘したように、産業化を主導し、産業社会を支えたのは、都市に棲んで商工業に従事する市民(シティズン)たちだった。同様に、今日の情報化を主導し、情報社会を支えて行くのは、ネットワークに棲んで智業、すなわち知識や情報の創造・普及活動に従事するネットワーク市民、すなわちネティズン(智民)たちになるだろう。もちろん、産業社会の到来以前にも、初期近代社会の三つの社会的身分ないし階級 (聖職者、軍人、市民) の一つとしての市民身分ないし市民階級があったように、情報社会の到来以前にも、いわば旧式の智業に従事する在来型のネティズン--つまり "知識人" 、 "文人" 、 "教授" 、 "芸術家" などと呼ばれた人々--は存在していた。しかし、今日の新型のネティズンたちは、コンピューターとそのネットワーク、とりわけインターネットを積極的に活用して智業に従事する。あるいは、多種多様なコミュニケーション(交流)やコラボレーション(協働)を行うようになる。このような、ネットワーク市民、すなわちネティズンたちは、ここでの用語法を適用すれば、まさに "ハイパー市民" と呼ぶことがふさわしいだろう。情報社会は、ハイパー市民が主導する社会になっていくのである。

それと共に、二十世紀の近代社会に支配的であった、マス・コミュニケーションとパーソナル・コミュニケーションに代表される個人指向型のコミュニケーションのパラダイムは、コミュニティ指向型の新しいコミュニケーションのパラダイムによって置き換えられていくだろう。こうして出現する "ハイパー・コミュニケーション" の形態は、 "パブリック・コミュニケーション" と "グループ・コミュニケーション" にひとまず分けてみることができる。前者は、これまでのマス・コミュニケーションを補完もしくは代替するコミュニケーションであって、人々が、自分の公開したいと思う情報を、いわば控えめな形で自分のサーバーの上において、公衆の自由なアクセスやダウンロードを許すものである。WWWのホームページがその典型的なものである。マス・コミュニケーションに対するパブリック・コミュニケーションの特徴は、一方では発信者の数の多さと発信の仕方の控えめさに、他方では受信者の積極的な情報探索・入手行動に見いだすことができる。

また後者、すなわちグループ・コミュニケーションは、グループの中での緊密なコラボレーションの支援を目的とする双方向型のコミュニケーションであって、電子メールや電子会議、あるいは各種のグループウエアの利用によって特徴づけられている。恐らくそう遠くない将来に、これらのハイパー・コミュニケーションのほとんどは、インターネットの上での統合されたアプリケーションを通じて、行われるようになっていくだろう。それに伴って、これまでの広告・宣伝業や編集・出版業は、ハイパー・コミュニケーションの支援産業へと、その姿を変えていくだろう。

第二次産業革命の成熟局面では、乗用車と家電、とりわけテレビが、広く大衆に普及した。人々は、物理的な移動については、自らがドライバーとして積極的に行動する一方、情報生活の面では受動的なカウチポテトにとどまるライフスタイルを選択した。しかし、二一世紀のネティズンたちの選ぶライフスタイルは、おそらくその逆の形のものになりそうだ。つまり、物理的な移動についてはより控えめとなり、実際に移動する場合でも公衆輸送機関に依存する度合いを強める一方、情報通信機器の使用にあたっては、より積極的なオペレーターとして行動するというライフスタイルを選ぶだろう。そうだとすれば、未来の "情報家電" は、ネティズンのこうしたライフスタイルの変化に則した機能をもつものにならなくてはならない。

5)智場がプラットフォームとなるハイパー市場

これまでの産業社会では、市場での取引活動がそれ以外の社会活動にとってのプラットフォームとなる傾向があった。つまり、カール・ポラーニが『大転換』の中で的確に指摘したように、その他の社会活動や社会関係が、市場での取引や交換関係の中に "取り込まれて" いく傾向があった。その結果、良くも悪くも、教育や医療は営利事業となり、政治は金権政治となっていった。また、産業化の特に初期にあっては、近代国家と産業企業の間に協働関係が成立して、国家は企業の安全を保障して、企業が営利活動に専念できるようにした。企業は国家のために税金を支払うと同時に、国家が必要とする優秀な武器を含む各種の財やサービスを供給した。

同様に、これからの情報社会では、智場での説得活動がそれ以外の社会活動、とりわけ国家や企業の活動にとってのプラットフォームとなる傾向が強くなっていくだろう。国家の統治行為は、官民の相互信頼を前提とした国民との緊密な双方向のコミュニケーションなしには、ますます困難になっていくだろう。企業の営業活動も、顧客やベンダーの説得に、あるいは双方向のコミュニケーションに、あるいはそれを前提とした長期的な相互信頼関係や協働関係に、依存する度合いが、ますます強まっていくだろう。つまり、統治やビジネスは、智業との協働に支えられて展開していく結果、そのあり方を大きく変化させていくだろう。とりわけ、既成の国家の財政難がますます深刻になる情報化の初期にあっては、企業・智業協働関係が、極めて重要になってくる。すなわち、個々の企業は、自らの判断と責任において、さまざまな智業を経済的に支援して、智業が情報や知識の産出と普及に専念できるようにしなければならない。智業は智業で、企業が必要とする情報や知識の提供を惜しんではならない。ただし、そうした協働関係が、特定の企業と特定の智業の "癒着" に陥らないような、協働環境の整備、とりわけ公正なルールの制定と執行とが必要とされよう。

智場が市場のプラットフォームとなり、その上で企業と智業の協働関係が展開されていく傾向については、やや違った角度から議論してみることもできる。すでにコンピューターのソフトウエアの世界では、少なからぬソフトウエアが、まずフリーウエアないしシェアウエアとして一般に提供されている。その中にはやがて商品として市販されるものもでてくる。その過程で、ソフトウエアの開発者はユーザーとの間のコミュニケーションを行って、ユーザーの反応を知ったり、バグの所在を指摘されたり、追加すべき機能についての要望を聞いたりする。その結果が開発期間の短縮や開発・販売費用の削減につながるばかりか、ユーザーとの間に相互信頼関係が打ち立てられることが、後の商品化をめざす開発者にとっての貴重な資産となるのである。もちろんソフトウエアの中には、最後まで、フリーウエアあるいはシェアウエアのままで残るものも多い。それらは、商品として流通する比較的少数のソフトウエア群の基盤を形作っているとみなすこともできる。同じことは、インターネット上で提供されるさまざまな情報・知識についてもいえる。人々の協働作業によって構築され一般の使用に供される分散型データベースや、著作権フリーのディジタル・コンテンツが大量に存在してこそ、その基盤の上に、商品として流通する多様な情報財やサービス群もまた生まれ育っていくことができる。逆にありとあらゆる情報や知識に対して、著作権や知的所有権を主張して囲い込んでしまおうとする企業の行動は、情報や知識の市場の健全な発展にとっては、むしろ障害になるのではないだろうか。

6)ハイパー生活領域

コンピューターは、もともと数学的な計算、あるいはより広義には "記号" 間の論理的な関係の操作・処理のための機械として作られた。しかし、1960年代には、コンピューターがもつもう一つの機能、すなわち、人間を取り巻く "現実" あるいは生活環境の "シミュレーター" としての機能の有用性が広く認識されるようになった。こうして、人間の知識の獲得方式には、演繹と帰納に並ぶ第三の方式--シミュレーション--が追加されることになった。

1990年代に入って、コンピューターは、さらに重要な機能を発揮しうることが明らかになってきた。人間の観念に対してバーチャルなリアリティを付与する機能、すなわち "観念のバーチャライザー" としての機能がそれである。それによって、コンピューターは、 "サイバースペース" と呼ばれる新空間次元を、人類の生活領域に追加し、人類の生活をより豊かで多彩なものにしようとしている。

観念のバーチャライザーとしてのコンピューターは、一方では人間の観念を、人間の感覚器官にとって現実の事物に劣らない、いや時としてそれ以上に生々しい現実性をもつ "バーチャル・リアリティ(VR)" として具象化してくれる。他方では、人間の観念をもとに、コンピューター・ネットワークの上で、自由に移動して人間の要求するさまざまな機能を果たすとともに、増殖や進化すらするさまざまな "エージェント" を生み出してくれる。これらのエージェントは、 "生命体" がもっているさまざまな特質を備えているので、 "人工生命体" ないし "バーチャル・ライフ(VL)" と呼ぶことができる。(*)

(*) 一般にはAL(artificial life)という名称が用いられているが、ここでは、 "バーチャル・リアリティ" と対にして、あえて "バーチャル・ライフ" という名称を採用しておく。人間が "神の被造物" だとすれば、バーチャル・ライフは、紛れもなく "人の被造物" である。だが、ことによるとそれほど遠くない将来に、バーチャル・ライフは自らの意思をもって活動し、みずからの社会や政府を組織し、ついには「人は死んだ」と宣言するようになるかもしれない。近代文明はその時点で、間違いなく終焉の日を迎えるだろう。

振り返ってみれば、近代化とは、まさに人類のエンパワーメントとそれに伴う生活領域の拡大の過程に他ならなかった。軍事的なエンパワーメントをもたらした軍事革命は、新大陸の発見を含むいわゆる "地理上の発見" と密接に関係していた。その結果、近代人はこの地球上の全地表空間を自らの生活領域として獲得した。また、経済的なエンパワーメントをもたらした産業革命は、人類の生活領域に、 "工学的空間" とでも呼ぶことができる新しい空間次元を付け加えた。都市に代表されるこの新たな生活領域では、人類の活動は人工の時間のリズムに従って、必要ならば人工の照明やエア・コンディショニングの下で、建築物から機械、工業製品から合成物質にいたる多種多様な人工物に囲まれて、昼夜や四季の区別を無視して、空中から海中・地中に至る三次元の物理的空間の中で展開されるようになった。さらに今日、人類の知的なエンパワーメントをもたらす情報革命によって、部分的には物理法則からも自由な新次元の空間へと、人類の生活領域は拡大しようとしている。それが "サイバースペース" に他ならない。

このサイバースペースは、人類自身が発見し構築していく新空間であると同時に、人類に開かれた新たなフロンティアでもある。サイバースペースは、現在のところほとんど無法地帯に等しく、その性質もほとんど明らかにされていない。この新空間を探検し、植民し、秩序を構築していくことが、今後少なくとも数十年にわたる人類の課題となるだろう。その意味では、サイバースペースの発見の意義は、新大陸の発見や工業技術の発見に勝るとも劣らぬものがある。

サイバースペースとのインターフェースは、今のところ人間の肉体というか感覚器官そのものなのだが、ウィリアム・ギブソンが予想したように、いずれは脳神経とサイバースペースを直結させることが可能になるだろう。しかし、よしんばそうなったところで、われわれは自分の肉体や物理的空間の制約から、完全に自由になることはできない。それは丁度、工学的空間といえども自然環境の制約から完全に自由にはなりえなかったのと同様である。今日の人類が環境問題の悪化という形で、自然空間から復讐されているように、サイバースペースにのめり込み過ぎた人間が、自らの肉体の制約によって復讐される日が来ないとも限らない。ハイパー生活領域の開拓にあたっては、自然空間や工学的空間とサイバースペースとの間の適切なバランスを保っていく配慮が、必要不可欠だろう。

近代の政治経済体制の中心課題は、私的主体のエンパワーメントの促進と規制の間のバランスをどう取るかという問題だった。軍事的エンパワーメントに対しては、私人による武力の保有や使用を禁止するという集権的解決が広く採用された。経済的エンパワーメントに対しては、生産手段の国有化という集権的解決方式 (社会主義) と、私有財産と私企業の自由を認めるが独占は規制するという分権的解決方式 (資本主義) とが競合し、結局は後者が優勢となった。知的エンパワーメントに対しては、 "ビッグ・ブラザー" による知識や情報の集権的管理体制は人々にとっての悪夢だったが、ピーター・ヒューバーも指摘しているように、それはそもそも実現不可能だろう。知識や情報の保有や利用には、経済財の場合以上に分権的な解決方式を採用する必要がある。知識や情報の表現と秘匿の自由は情報社会の基本的人権でなければならない。しかし、一切の規制が無用というわけではない。現に最近のインターネットの爆発的成長に伴って、インターネット上での表現の自由や秘匿 (暗号化) の自由をどこまで認め、どこまで規制すべきかという問題が、大きな政治問題になりつつある。規制に対する各国の姿勢の違いは、国際紛争さえ引き起こすかもしれない。いずれにせよ、経済財の場合と同様、知識や情報についても、反独占政策や再分配政策が、やがて導入されることになるだろう。

7)ハイパー世界秩序

サイバースペースをもその不可欠の一部として含む、未来の人類の拡大された生活領域を律する世界秩序は、どのような秩序軸から構成されることになるだろうか。近代世界はこれまで、もっぱら二つの秩序軸の上での理想的状態の達成をめざしていた。すなわち、近代化の第一の波に対応する国家にとっての平和(peace) と、第二の波に対応する企業にとっての繁栄(prposperity) とが、それであった。二十世紀のパクス・アメリカーナの下でのイデオロギーによれば、前者は民主主義的な政治秩序によって、後者は自由主義的な経済秩序によって達成されるものと考えられていた。未来の情報社会においても、平和と繁栄という理想は依然として理想でありつづけるだろう。しかし、その達成の手段が、民主主義と自由主義にのみ限られるかどうかについては、とりわけアジア地域に関していえば、論議の余地がありそうだ。だが、ここではその点の議論はおいて、むしろ、情報社会では、これまでの平和と繁栄を理想とする二つの秩序軸に加えて、楽しさ(pleasure)を理想とする第三の秩序軸が加わるべきことを強調したい。理想状態としての平和や繁栄には、他の理想の実現のための手段としての側面が含まれている。しかし、それに比べると、楽しさは、それ自体が目標とされる度合いがはるかに強い。今日急速にその数と影響力を増しているNGOやNPO--この報告書の言葉で言えば智業--は、自らが正しい、善い、あるいは美しいと考える目標を実現しようとして行動しているといってよいだろう。それを別の言葉でいえば、そうすること自体が楽しいからであり、楽しく自分の好きなことができる状態を理想としている、といってよいのではないか。そして、楽しさを達成する手段となるものこそ、開かれた情報秩序ないしコミュニケーション秩序ではないだろうか。つまり、未来の "ハイパー世界秩序" として、ここでは、平和を目指す政治、繁栄を目指す経済に加えて、楽しさを目指すコミュニケーションをその第三の秩序軸に据えることを提案したいのである。さらにいえば、それら三つの秩序軸のさらに基盤となるものとして、文化の相互理解と文明の相互受容を理想とする社会秩序軸を、追加したい。

もちろん、現実の世界には戦争もあれば不況もあるように、退屈で単調な状態はいくらでもある。しかし、楽しさの享受こそ生の積極的な意味に他ならないとすれば、少なくとも情報社会にとっての理想としては、平和と繁栄に並んで楽しさを掲げる意味はあるだろう。いや楽しさこそ、第一の理想として掲げられるべきだろう。そして、今の子供たちには、その最初の学習・教育過程の中で、平和な状態や豊かな状態だけでなく、楽しい状態の素晴らしさをこそまず十分に体験させ享受させ、その価値を心に銘記させておくようにしなければならないと思う。

8)ハイパーネットワーク社会

"ネットワーク" といえば、多くの人は、情報通信や物流のネットワークをまず思い浮かべることだろう。しかし、社会システムとしてのネットワークもまたネットワークの重要な一種である。 "社会システムとしてのネットワーク" とは何かという点については、社会科学者の間の合意は必ずしもないが、ここでは、

  1. オール・チャネル型のコミュニケーションが広汎に見られ、
  2. その中での相互行為は説得と誘導が支配的であり、
  3. 概してフラットな構造をもつ、

社会システムのことを "ネットワーク" と総称しておきたい。この意味でのネットワークは、

  1. それ自体としての意思決定・行為能力をもつ主体型の "ネットワーク組織" と、
  2. そうではない非主体型の "ネットワーク社会" 、

という二つの種類のものに大別できる。未来の情報社会にあっては、前者は "智業" によって、後者は "智場" によって代表されることになるだろう。それは丁度、産業社会の代表的な社会システムが主体としての "企業" と非主体型の "市場" からなるのに似ている。また、軍事社会の代表的な社会システムが、主体としての "国家" と非主体型の "国際社会" からなるのにも似ている。(*)

(*) これらの論点については、より詳しくは公文俊平、『情報文明論』(NTT出版、1994年)を参照されたい。

この意味でのネットワーク社会が存続・発展しうるためには、説得や誘導型の相互行為が有効に機能しなければならない。そのためには社会の成員の間に、あらかじめ大量の情報や知識、およびそれらを理解し評価するための枠組みが通有されると共に、それに基づく相互の理解と信頼の関係が成立していることが必要だろう。つまり、ネットワーク社会は、人類学者のエドワード・ホールのいう "ハイ・コンテキスト文化" をもっていなければならない。(*) ハイ・コンテキスト文化自体を作りだし維持していくためには、社会の成員の間に、双方向の緊密なコミュニケーションが効果的に行われている必要がある。また、そうしたコミュニケーションに基づく、さまざまなコラボレーションが効果的に行われている必要がある。今日の情報革命は、まさに人々の間のコミュニケーションとコラボレーションを効果的に実現させるための、強力な社会的手段を提供しつつある。その結果として、文化のハイ・コンテキスト化とでも呼ぶことのできる傾向が、情報社会には拡がっていくだろう。あるいは、既存のロー・コンテキスト文化のストックを、緊密で効果的なコミュニケーションやコラボレーションのフローによって、とりあえず代替・補完していくことが可能になるだろう。

(*) エドワード・T・ホール、『文化を超えて』(TBSブリタニカ、1993年)参照。

ところで、平安末期以来の日本の近代社会(*) は、伝統的に "ネットワーク社会" あるいは "ネットワーク文明" としての特徴を顕著に示している。鎌倉・室町から戦国時代にかけての "党" や "一揆" あるいは "座" 、江戸時代以来の "村" 、あるいは今日の業界や政界のいわゆる "ムラ" などは、いずれも社会システムとしては "ネットワーク組織" に分類することができる。それどころか、とくに戦後の日本社会は、一応は政府をもち国家の体をなしているとはいえ、国家としての統治力はそれほど強くなく、全体としてはむしろ、マスメディアをその神経器官とする "ネットワーク社会" としての性格をいっそう強めたということができよう。(**)

(*) 日本の "近代化" は、西欧のそれとは独立に、それと並行する形で、遅くも十世紀ごろから開始されていたという見方については、村上泰亮、公文俊平、佐藤誠三郎共著、『文明としてのイエ社会』(中央公論社、1979年)を参照されたい。
(**) 前掲、『情報文明論』、第八章。なお、そこでは日本の "ネットワーク文明の長所としては、
  1. 個々の組織(とくにイエ型組織)にみられる自立・自律指向性
  2. 境の変化に対する受動的ではあっても高い適応力/自己改善能力
  3. ー相互の共感と相互理解に基づいた暖かい気配りや協調
  4. 標への同調と、その実現のための貢献を通じておこなわれる、各メンバーの組織内での地位の上昇競争
  5. 質者との棲みわけを許容する(各々がその "所" をえることを理想とする)傾向を、

短所しては、

  1. 個々の下位の組織や下級の部局が自己の利益を追求しすぎるあまり、全体としての組織(とりわけ国家のレベル)の意思決定に時間を要しすぎたり、時には決定不能になったりする傾向
  2. あまりにも受動的で状況依存的な、無原則ともみえる行動様式
  3. 非理性的で情緒優位の思考と行動、あるいは、政治行為の一種としての脅迫や暴力の行使に拒否反応を起こしたり、その有用性を軽視したりしがちな傾向
  4. 組織、とりわけネットワーク組織の内部での、過当競争傾向
  5. 良く知らない部外者の侵入を、とりわけその結果として生じかねない "野放しの競争" を、おそれることに由来する対外的な閉鎖性

があげられている。

しかし、今、情報革命は、日本の伝統的な "ネットワーク社会" を、 "ハイパーネットワーク社会" として再組織する可能性を開いている。ハイパーネットワーク社会は、過去のネットワーク社会 (たとえば、これまでの日本社会) に比べると、外に対してより開かれた、透明性の高い社会、自らの内部だけでなく外部の社会との間にも緊密なコミュニケーションやコラボレーションの関係を展開していく社会、になることだろう。私達は、未来の日本社会が--その点でいえば、日本だけでなくすべての社会が--まさにこの意味でのハイパーネットワーク社会になることを期待している。なぜならば、情報革命に対応した再組織の必要があるのは、日本社会だけではないからである。実際、すでに北米や西欧の一部には、情報革命の進展と軌を一にして、ネットワーク組織やネットワーク社会の出現と普及が進み始めている。(*) 日本の社会や文明の特質の少なくとも一部を、より肯定的に評価してそこから学ぼうとする機運もある。その意味では、これから二一世紀にかけて、世界の近代社会の間では、それぞれの文化の相互理解と文明の相互学習(コエミュレーション)が進行していくだろう。その結果、二一世紀の近代社会は、世界的に "ハイパーネットワーク社会" としての特徴をさまざまな面で通有するようになっていくだろう。

(*) この点についての興味深い分析としては、デービッド・ロンフェルト、「部族、組織、市場、ネットワーク--社会進化理論の枠組み--」、公文俊平編著、『ネティズン革命論(仮題)』(NTT出版、近刊)がある。