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kumon_letter - August 1, 1996

公文レター No.10

August 1, 1996 [ kumon_letter ] このエントリーをはてなブックマークに追加

1996年08月10日

マルチメディア・アジア '96に参加して  

公文レター 第十号

公文俊平

七月末には、高知県の情報化推進協議会の発足記念講演のために高知へ、八月初めには、マレーシアの「マルチメディア・アジア '96」会議のためにクアラルンプールにいってきました。帰ってみると、もはや人工的という他ない東京の暑さに、これでは南国土佐も、熱帯のマレーシアも顔負けだなとつくづく思わされます。

マルチメディア・アジア '96は、富士通の山本会長もご参加になったGIIC(世界情報基盤委員会)の年次総会の終わった次の日から、四日間にわたって開かれました。私は、このほどマレーシア政府が打ち出したMSC(マルチメディア・スーパー・コリドー)構想の国際アドバイザーの一人に任命されて、第二日目のパネル討論に参加しました。グローコムからは会津泉も、第三日目のパネリストに招かれました。

会議と展示の場となったプトラ世界貿易センターは、終始熱心な聴衆や観衆にあふれていましたが、何といっても今回の会議の圧巻は、インターネットでも同時に放送された、冒頭のマハティール首相の演説でした。

首相によれば、マレーシアという多民族・多文化社会の中に構築されるMSCは、アジアで情報化の果実を得ようとする先導的な企業が、その拠点をおいて活躍するのに好適な物理的および制度的な環境を整備しようとするユニークな試みです。そのさいに指導理念とされるのは、最先端の技術とボーダレスな世界とを利用した "mutual enrichment of companies and countries" です。そしてこの理念実現するための具体的な場となるのが、クアラルンプール南方の750 平方キロの地域に新しく建設される、電子政府と情報都市を中核としたMSCに他ならないのです。

私はまず、この "企業と国々のミューチャル・エンリッチメント" という考え方に、強い感銘を受けました。主権国家がこれまでたずさわってきた国威の増進・発揚競争は、取るか取られるかの零和ゲームでした。産業企業がたずさわる市場での競争は、正和ゲームとはいうものの、交換の前後を通じて増加するのは、当事者のそれぞれの効用ないしは利潤であって、交換される財やサービスの量自体は、交換によっては変化しません。(交換の結果として可能になる新たな生産活動まで入れると、話は別ですが。)ところが、これからの企業活動を補完する智場での協働は、情報や知識の普及活動を通じて、情報や知識の総量を二重の意味で増加させます。つまり、第一に、情報や知識は与えても減りません。情報や知識は交換されるのではなく、通有(シェア)されるのです。第二に、情報や知識は、その通有の試み自体を通じて、しばしば増殖します。「教えることこそ最良の学習」とは、多くの教師が日々実感している、智場での偉大な真理なのです。そういうわけで、智場での協働は、いわば "ハイパー正和ゲーム" だということができます。MSCという智場--首相は、MSCは "グローバル・コミュニティ" でもあるとい言い方をしていますが--をプラットフォームとする諸企業や諸国家間の、自由な交流に基づく自発的な協働がもたらす "ミューチャル・エンリッチメント" は、まさにこのハイパー正和ゲームの帰結だということができるでしょう。 (強いていえば、 "ミューチャル・エンリッチメント" の代わりに "ミューチャル・エンパワーメント" という言葉の方が、これからの情報化時代にふさわしいより包括的な意味合いをもっているかなとも思いますが、そこまで言うこともないかもしれません。)

ちなみに、マハティール首相が "競争" よりも "協働(コラボレーション)" という言葉をより好んで用いるのにも、正当な理由があると私は思います。現代を "メガ・コンペティション" の時代と見るのは、確かに一つの正しい視点には違いありませんが、実はその実態は "協働を基盤とする競争" だと見る方が、より的確なのではないでしょうか。さらに言えば、経済学者のいう "競争" は、より上位の概念である "協働" のある一側面にすぎない、あるいは協働のさまざまな形態のうちの一つにすぎない、ということができるのではないでしょうか。今後、市場での取引活動が智場での双方向の普及・説得活動を基盤とする度合いが強くなっていくにつれて、協働の形態が変化し、それと共にこれまでの競争の形態もまた変化せざるをえなくなっていくと思われます。

マハティール首相はまた、この演説の中で、ユニークな経済開発戦略を打ち出しました。マレーシアの "ビジョン2020" の開発目標を達成するためには、在来型の製造業ではなしに情報産業の領域に入っていかねばならないのですが、それはどうすれば可能になるでしょうか。「世界中の才能を糾合する」というのが、首相の答えです。その手段として、MSCを、才能ある個人や企業にとって最も魅力ある場所にしようというのですが、それには、世界最先端の空港や高速鉄道、ハイウェー、情報通信基盤を準備するにとどまらず、法律・制度面での思い切った開放・優遇体制を整備するというのです。このような開発政策は、これまで取られてきたような "幼稚産業保護" 型の閉鎖的開発政策とは反対の、 "先端産業誘致" 型の開放的開発政策だということができるでしょう。つまり、国際競争力をつけたら自由化するというのではなくて、まず自由化することによって、国際競争力をつけようというわけです。

この開放的開発の法律・制度面での柱としてマレーシアが打ち出したのが、MSCにやってくる企業のための、 "マルチメディア保証章典(Bill of Guarantee)" と "サイバー法" の二つです。

前者は、マルチメディア・情報技術をビジョン2020の実現のための最優先部門と位置づけ、MSCをそのマルチメディアの発展基地だとした上で、MSCだけに適用される特別な法律、政策、慣行をつくり出すことで、この地域内に発展のための最善の環境を整えると約束するものです。具体的には、MSCの中に、

  • 世界一流の物理的・情報的インフラを構築し、
  • 十分な規模と技能をもった労働力へのアクセスを可能にし、
  • マルチメディアに関連する教育・研究・応用のセンターを置き、
  • 雇用や所有への規制を廃止し、
  • 情報技術を利用した各種事業の遂行を促進するための "サイバー法" 体系を整備し、 
  • 法人税の減免やインフラ利用料金の軽減など投資のための最善の誘因を準備し、
  • MSCを地域ハブとして利用する企業のためのインフラ利用契約条項を提供し、 
  • 企業のニーズに応えるための "ワン・ストップ・ショップ" となる権能を与えられたMDC(Multimedia Development Corporation) を設立する、

ことなどがうたわれています。

 後者は、上記の章典にもられた約束を法制化するためのもので、現在準備中だそうですが、当面はMSCの領域内に限って適用される特別法になります。そして、MSCの試みが成功すれば、次第に法律の適用範囲を拡げて行き、やがては全国に及ぼすことになっています。なお、MSC構想の策定にあたって首相のコンサルタントとして重要な役割を果たしてこられた大前研一さんの解説によれば、MSCにやってくる企業に対して十年を限って適用されるとなっている各種の優遇措置は、十年後には廃止されるというよりは、今度はMSC外の地域に拡大適用される可能性が強いそうです。また、このように期限を限ったもう一つの理由は、国内の不安や反発をやわらげる政治的な狙いもあるということでした。

"平成維新" の主唱者としても有名な大前さんは、今回の会議でも大活躍でした。大前さんの活躍ぶりを目の当たりにしますと、幕末の勤皇の志士たちが脱藩して国事に奔走していた姿が、何となく思い出されました。大前さんは今や、脱藩ならぬ "脱国" してグローバルな事業に奔走する "開国の志士" なのかもしれません。)

首相の演説でもう一つ感心させられたのは、国際企業およびマレー企業にとっての "ウェブ" となることが期待されているMSCが提供する、七つのアプリケーションの内容でした。それらは、

  • ペーパーレスの電子政府、
  • 遠隔医療センター、
  • 大学や企業の研究開発センターの協働クラスター、
  • 製造業のための遠隔調整やエンジニアリングのハブ、
  • マルチメディアによる対顧客サービスのハブ、
  • 美しい環境の中にある極めて便利な金融ヘイブン、
  • IDカードからクレディット・カード、各種のプリペード・カードなどの機能を一 枚に収めた世界初の多目的スマートカード、

などですが、そのすべてが情報通信インフラの "ビジネス利用" に徹しているところが、注目に値します。つまり、このMSC構想に盛り込まれている各種のアプリケーションは、娯楽への応用に主眼をおいていた数年前のマルチメディア・フィーバーや、ネットサーフィンや電子市場に熱狂している現在のインターネット・フィーバーの中で考えられていたようなアプリケーションとは、一味も二味も違った、地に足のついたものなのです。ここから、マレーシアが本格的な情報化への道を、断固とした決意と共に大胆に歩みだそうとしていることが、明らかに見て取れます。

とはいえ、それではマレーシアが一枚岩となって情報化に突進しているかとなると、そうともいえないようです。私が参加した、マルチメディア社会の社会的・文化的問題を取り上げた第二日目のパネルでは、私は次のような問題提起を試みました。

昨日のマハティール首相の演説は、ある意味で世界の大勢に逆行していた。昨年以来、各国の政府は、爆発的に拡大するインターネットの規制にとりかかりつつある。情報化がもたらす "影" の問題を、必要以上に懸念している。しかし、私の見るところでは、比喩的にいって情報化には、 "光" の側面が80% あり、 "影" の側面は20% にすぎない。20% の影の面について心配することは大切ではあるが、より大切なことは、80% の光の面を実現するために力を注ぐことである。その点、マハティール首相は、政策の優先順位を正しく理解しているように思われる。

しかし、やはりフロアからの質問の多くは、情報化がもたらす "ワイアード" と "アンワイアード" への、あるいは "情報強者" と "情報弱者" への階級分裂の懸念に代表される、情報社会の "影" の問題に向けられていました。これはある意味では予想通りでしたが、同時に、マレーシアの人々も、情報化についてもっている知識や情報の内容や問題意識は、他の国々の人々とそんなに変わらないらしいということを、あらためて印象づけられもしました。

パネルが終わった後で、テレコム・マレーシアが用意してくれたヘリコプターで、MSC予定地域の上空を一周してもらいました。地域北端の目下世界最高といわれるツィン・ビルと南端の新国際空港とは、すでに工事がかなり進んでいましたが、その他の地域はまだこれからという感じでした。しかし、いたるところで、ハイウェーの建設やインダストリアル・パークその他の建物の建築工事が進行していました。森の木々が切り取られて、褐色の土の地肌がそこでもここでも剥き出しになっているのを見ると、昔、森鴎外が明治の日本に対して使った「普請中」という言葉が思い起こされました。まさに今のマレーシアは、全国これ普請中というべきでしょう。KLの市内は、自動車だらけですが、歩道というものがほとんどみあたりません。もちろん、横断歩道や地下道もです。ホテルとは道を一つへだてたレストランで昼食をとろうと思って、車のすきをぬって道路を渡っていたら、急に左折した車に撥ね飛ばされたバイクの車体が私をめがけて宙を飛んできました。間一髪で飛び越えて避けましたが、肝を冷やしました。普請中の国には、それに伴ってなおざりにされている問題も、少なくないのかもしれません。しかし、全体としては、マレーシアは新興国の気概と活力に満ちていました。そのリーダーは、自信と責任感に溢れていました。 "閉塞感" に押しつぶされそうになっている日本に比べると、羨ましい限りです。

マレーシアのMSC構想の実現の一端に参画させていただくようになったのをきっかけにして、これからはアジアでの情報化の進展にも注目していきたいと思います。