HOME > COLUMN > kumon_letter > October 1, 1996

kumon_letter - October 1, 1996

公文レター No.12

October 1, 1996 [ kumon_letter ] このエントリーをはてなブックマークに追加

1996年10月10日

長波理論に基づく未来予測の概要:一つの仮説として

公文レター第十二号

公文俊平

一、

日増しに秋の気配が深まるこのごろですが、研究協力委員の皆様にはお変わりございませんでしょうか。

前回の委員会でご紹介申し上げました長波理論の協働研究プロジェクトが、今月からいよいよ発足することになりました。このプロジェクトの出発にあたって私が予め考えている仮説については、前回の委員会でもごく手短にお話ししてみましたが、今月の「公文レター」では、それをもう少しきちんとした文章と図の形にまとめておきたいと思います。協働研究の過程で、この仮説をいろいろな角度から徹底的に検討し、必要な修正や改善を加えて行くことになりますが、とりあえずその原型のデッサンをしておこうというわけです。仮説の問題点、あるいは追加すべき論点や検討の視角について、ご意見を賜ることができれば有り難いと存じます。

[仮説の概要]

A.基本視点

(1) 世界 (産業社会) の技術・政治・経済の動きには、100-50年の周期を持つ長期的な波動 (長波) のうねりが見られる。

世界政治については、モデルスキーの「世界大国の交代をめぐる100 年周期の長波」説があり、世界経済については、コンドラティエフ-シュンペーターの50年周期説がある。「資本主義世界システム」の発展に関するウォーラースティンの長波理論も有名である。技術進歩の流れについては、村上泰亮が、次のような仮説を提出している。すなわち、

科学技術の発達過程は、単調でなく、波をうっている。より正確には、いくつかの波の継起・交代の過程である。それらの波には、

100 年周期の波世界戦争と大技術革新 (産業革命) の周期
50 年周期の波主要な技術革新 (突破と成熟) や経済活動の周期
25 年周期の波基礎 (創造) と応用の時期の交代の周期

などがある。これらの波は、過去の考え方の支配から脱却するのに必要な世代交代や心理の動きの周期と関係がありそうだ。

(2) 幕末以降の日本社会の動きには、60-30 年の周期をもつ長波のうねりが見られる。 

1.幕末以降は、それぞれ60年の三つの時期に分けられる。前半の「下降期」の特徴は、内外の環境変化に対応した自己改革( ~~維新) の必要が叫ばれながらも、改革の具体的な方向をめぐる合意は容易に形成されないままに、国論の分裂や社会的・経済的・政治的な混乱さらには迷走が起こる点にある。後半の「上昇期」の特徴は、「変化への対応」をめぐる国家的・国民的な目標についての合意が広く形成され、大々的な改革が実現すると共に、それを基盤とする急速な発展が見られる点にある。

第一期1855~1885~1915
前半攘夷~開国、尊皇~佐幕路線をめぐる国論の分裂から、革命・内戦 (明治維新) へ。 (幕府の開国路線は経済的・政治的失敗に終わる。) その過程で、立憲政治体制 (1880年体制) の形成が見られる。
後半明治憲法の制定を中心とする一連の法・制度改革が進む。国家的・国民的発展目標 (文明開化、世界列強化、富国強兵) も定まり、急速な軍事的・経済的発展が実現する。 (「坂の上の雲」の時代)
第二期1915~1945~1975
前半親独伊~親英米、戦争 (軍事) ~和平 (経済) 路線をめぐる国論の分裂から、対外戦争へ。 (民党の国際協調路線は経済的・政治的失敗に終わる。) その過程で、官僚委任体制 (1940年体制) の形成が見られる。 (「坂の下の沼」の時代)
後半昭和憲法の制定を中心とする一連の法・制度改革が進む。新たな国家的国民的発展目標 (民主主義、平和主義、経済成長) も定まり、急速な経済発展が実現する。 (「追いつき型高度経済成長」の時代)
第三期1975~2005~2035?
前半現状は、親米~親アジア、自由~民主 (リベラル) 路線をめぐる国論の分裂状態。 (自民党の行革・新米路線は経済的・政治的失敗に終わるか?)その帰趨は国内改革か対外紛争か、それとも第三の途か? 2000年前後の新体制 (たとえば地方分権型体制) の形成の可能性は?
後半憲法の再改正は実現するのか? 新国家・国民目標の内容 (たとえば、地方分権、地域統合、情報化) は? 新しい発展の形と時期は?

2.日本の政治体制 (政権担当勢力の構造) は、ほぼ30年ごとに組み換えられている。その中間には、ほぼ30年ごとに大衆的な政治運動 (既存の体制への異議申し立てと参加要求) の盛り上がりが見られ、既存の政権担当勢力はその主要部分を取り込む (極端な部分のみ排除する) 形で、それに対応した。その結果、政権の支持基盤はしだいに拡大してきたのが、今日までの状況であって。すでに地方政治のレベルでは、共産党だけを除いた (所によって共産党まで含めた) 全員参加型の政治運営方式が定着している。第三期における自社連立政権の誕生は、この傾向が国政にまで及び始めたことを示している。第三期後半には、それが国政のレベルでも定着するだろうか。それとも、新たな「排除の論理」をもった政治勢力が台頭してくることになるのだろうか。

第一期:
1866年体制:薩長連合→藩閥独占政権へ
  1881 年前後:異議申し立て:自由民権運動
1896年体制:伊藤内閣への板垣入閣 (内相) →藩閥・民党連合政権へ
  1911 年前後:異議申し立て:普選・護憲運動
第二期:
1924年体制:護憲三派内閣→民党の連合・交代体制へ
  1940 年前後:改革の試み:新体制運動
1955年体制:保守合同→優越政党制 (自民独占政権) へ
  1970 年前後:異議申し立て:革新自治体・地域住民運動
第三期:
1983年体制:中曾根内閣への田川入閣 (自治相) →連合・交代体制へ
  2000 年前後:異議申し立て:ネティズン運動?

B.応用分析:世界と日本の長波を互いに重ねた場合に見えてくる特徴

(この長波仮説で、ある程度解明できそうに思われるいくつかの論点)

第一期(1855-1915)二つの長波は、ほぼ重なっていた。
その含意第一下降期での外国勢力による侵略・植民地化の危険は、比較的小さかったのではないか。英仏は反目し、米国は南北戦争で手一杯。 (清国の場合との違い)
第一上昇期での発展は、世界と同時進行的に可能になった面がないか。日本は、ユーザーとして最新の技術や兵器を導入できた。日本がそれをアジアで利用しても、先進国はそれほど脅威に感じなかった。
第二期(1915-1975)世界の長波が 5~20年先行した。
その含意第二下降期:世界不況期 (第二次産業革命の前半50年の突破段階の後半25年の応用期にあたる) と重なり、日本の海外市場や対外移民の平和的な拡大の余地が制限された。
他方、日本は、第一次産業革命の成果の導入 (軽工業、鉄道業) に全力を上げてきていて、第二次産業革命の歴史的な意義 (重化学工業革命の意義、またそれがもたらした高等教育・研究へのインパクト) の理解が遅れた。「総力戦」の時代に入りながら、それへの対応は不十分なままに (科学技術よりは精神論に依拠) 、戦争に突入した。
第二上昇期:アメリカがすでに確立しつつあった第二次産業革命後半の成熟期の技術や産業構造、経営方式やライフスタイルを、そのままモデルとして「追いつき型経済成長」をめざせばよかった。
第三期(1975-2035?)世界の長波と真っ向からクロスする形になった。
その含意第三下降期:日本が過去の発展の成果を自画自賛したり、新たな環境変化への対応の方途がつかめないで混迷・停滞したりしている間に、世界の技術・経済はいち早く突破・上昇を開始している。今日の日本社会を覆っている「閉塞感」は、そこに原因があるのではないか。(70 年代の「石油危機」への対応にさいしても、第三次産業革命の技術的突破を通じてではなしに、第二次産業革命の技術や産業の延長線上での懸命な努力で切り抜けようとする戦略的誤りを犯したのではないか。) 下降から上昇への転換は、今回はどのような形で訪れるのだろうか? 「官僚委任型体制」の下での、官僚の「大政奉還」は、いかにして可能か?
第三上昇期:来世紀初頭、日本がようやく上昇局面に入るころ、世界は下降期に入っている。これは日本の新たな発展にとっての有利な条件となるのか、それとも不利な条件となるのか? 日本は、情報化への突破をうまく達成できるだろうか? 日本にとってのもっとも賢明な対処の戦略は何か?

C.より広い視点からさらに検討すべき課題

(1) 日本以外の他の産業社会 (とりわけアメリカやヨーロッパ諸国) について、ここで取り上げたような「世界」の周期とは異なる、独自の国内的な社会変化の周期を云々することは可能だろうか。たとえば、アメリカの政治については、アーサー・シュレジンジャー父子が、以前から60-30 年周期説を提唱している。

(2) 「世界」の中に、産業化の先発国だけでなく、その後発国や、さらには非近代文明に属すると思われる地域まで含めて考えた場合に、この仮説はどう修正もしくは拡大する必要がでてくるだろうか。

(3) 長波論の枠組みを適用する場合に、日本が世界から受けた影響だけを一方的に考察するだけでは不十分ではないか。日本の方が「世界」 (産業化の先発国以外の諸国をも含めた) に対して及ぼした影響をも、そしてそれがさらに日本に及ぼした反作用についても、考慮に入れる必要はないか。

(4) ここでの長波論の仮説は、もっぱら産業化の進展に関係している事態のみに焦点を合わせている。しかし、産業化そのものを超える社会変化に関係している事態、つまり村上泰亮のいう「トランス産業化」あるいは公文のいう「近代化の第三の波としての情報化」に関係している事態についての考察も、併せて行う必要がある。その場合には、この仮説はどう修正・拡大する必要がでてくるだろうか。

(5) 長波理論の最大の弱点は、「長波はなぜ、いかにして発生するのか、それは人為的に消去ないし制御できるのか」といった問いに対して、理論的に説得力のある答えがなかなかできないところにある。そればかり、「長波は本当に存在するのか」、「存在するとすれば、長波の実体は何なのか」、「長波は、光の波と同様、観察者がどのような観察の仕方をするかに応じて、見えたり見えなかったりするものではないのか」、「長波は現実に存在する何物かであるというよりは、観察者の心の中にある、現実把握のための観念的な枠組みにすぎないのではないか」、といった問いに対しても、答えることは容易ではない。こうした論点との関係でいえば、20世紀の科学の成果、とりわけ量子論やカオス論、あるいは複雑系の理論等、を応用した「量子論的社会科学」や「生物学的社会科学」の構築を試みる努力の一環として、長波理論の定位も試みられるべきかもしれない。

以上が、協働研究の出発点にあたっての私の仮説および予想です。なお、「量子論的社会科学」の可能性については、今私が読んでいるアメリカ人の哲学者 Danah Zoharの The Quantum Society (1994) という本が、多くの示唆を与えてくれます。いずれ折りをみて、この本の概要についてもご紹介申し上げたいと思います。