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「日本社会研究の方法論」

March 1, 1997 [ kumon ] このエントリーをはてなブックマークに追加

1997年3月

「日本社会研究の方法論」

日本社会論の方法の反省

公文俊平

一、はじめに:新しいパラダイムの提唱

近年、社会や人間に対する新しい見方の提唱が相次いで試みられている。いずれも、これまでの近代社会で支配的だった自然・社会観としてのデカルト=ニュートン的な二元論ないし機械論や、還元主義ないし個人主義的な見方への反省に立脚しており、その意味では互いにあい通ずるところが多いように思われる。清水博の「場所の理論」やダーナ・ゾーハーの「量子的人間・社会観」は、その例である。1)経営理論の方では、ピーター・センゲの「学習する組織」や、ジェームス・ムーアの「ビジネス・エコシステム」のコンセプトが思い浮かぶ。2)濱口恵俊の「方法論的関係体主義」は、日本研究における新パラダイムを提唱しようとするものだが、これもそのような流れの中の一つの試みと位置づけてみることができるだろう。3)

 実際、濱口があげている「方法論的関係体主義」の新パラダイムにとっての必要条件、すなわち、

  1. 人間を行為主体そのものの立場から、場所内在的にとらえるモデルの確立、
  2. 対象を、アプリオリに存在する実体だと解するのではなく、状況に対応した創発事象だと解する視点の確認、
  3. 「個人対社会」の二分法から脱却して、個人・集団・組織・社会を、ともに社会システムを構成する同位体(coordinates) とみなすスキームの採用は、4)清水やゾーハーの理論と強く共鳴しあっているように思われる。

 以下、本稿ではこのような新しいパラダイムの提唱が、これまでの日本社会論にたいしてもつ意味をより立ち入って考えてみたいと思う。そこで、まず私にとって「常識」といってみたいような、人間・社会観を、いわばここでの一種の作業仮説として、まず提示してみることから始めよう。

  1. 清水博、『生命と場所』、NTT 出版、1992年。
    清水博、『生命知としての場の論理--柳生新陰流に見る共創の理』、中公新書、1996年。
    Danah Zohar, The Quantum Self: Human Nature and Consciousness Defined by the New Physics. Quill, 1990.
    Danah Zohar, The Quantum Society: Mind, Physics and a New Social Vision. Quill, 1994.  
  2. Peter M. Senge, The Fifth Discipline: The Art & Practice of The Learning Organization. Currency Doubleday, 1990.
    James F. Moore, The Death of Competition: Leadership Strategy in the Age of Business Ecosystems. Harper Business, 1996.
  3. 濱口恵俊、「日本型モデルの構造特性--『関係体』の原基性をめぐって」、
    濱口恵俊編著、『日本型モデルとは何か』、新曜社、1993年。
  4. 濱口恵俊、「パラダイム・シフトの必要条件」、Humanistic Science、Vol.2, No.4,(1996年)、 p.1.

二、人間と社会についての最初の想定:社会=人間複合系

私たちの研究の対象である日本社会は、いうまでもなく社会の一種である。では、社会とは何か。とりあえずそれは、人間を要素とするシステムだと考えよう。ある社会の要素としての人間は、文化、すなわち自らの思考や行動の嚮導・編成の原理となるような価値と意味の体系を、通有している。その意味では、それぞれの社会にはそれぞれの文化があるといってよいだろう。人間は、自らの属する社会に生まれ育つ過程で、ほとんど無意識のうちに、文化を学習し通有する (身につける) にいたる。また、次の世代への文化の伝達に参加する。この意味での文化は、決して不変ではないが、容易には変化しない。少なくとも、意図的に変化させることは難しい。また、社会から社会へと伝わってもいきにくい。人間は、自分がどのような文化を通有しているかを、反省によって自覚しようとすることができる。その上で、自分がもつ文化から自由になったり、新たな文化を創造したりしようと努めることもできる。しかし、どこまでそれに成功するかはまた別の問題である。

社会はまた、文明をも持っている。文明とは、社会の中で生活している人間たちが多少とも自覚的に定型化して生み出している情報的および物的産出物の総体である。つまり、文明とは、何よりもまず、その社会全体を覆う制度や装置群である。また、社会の成員がさまざまな形で、個人としてあるいはさまざまなグループとして、分散的に保有 (生産・使用を含む) している思想 (イデオロギーや宗教を含む) や知識 (科学や技術を含む) 、各種の財やサービスなども、文明の一部をなしている。この意味での文明の諸要素は、比較的変化 (進化) しやすい。また、社会から社会へと移転されやすい。人間は、文明 (とりわけ自分が属している社会の文明) を意識的に学びとって利用すると同時に、自らもその維持や進化に貢献することができる。

というわけで、さまざまな社会 (およびその要素としてのその社会に属する人間群) は、それがもっている文化と文明の特性によって、互いに区別されうる。

そのような社会を認識の対象としているのは、(自分自身どれかの社会の要素であるところの)人間である。人間は、思考や行動の主体であるが、人間の個別的な思考や行動は、彼らが通有する文化を基礎として (文化に制約されて) 行われる。文化は、人間の思考や行動の編成原理として機能すると同時に、それを通じて、人間たちが集合的に構築している文明の編成原理としても機能している。社会もまた思考や行動をしているという言い方は、あるいは可能であるかもしれないが、それは個々の人間の認識のレベルを超えている。人間は、自分の属する社会をいわば内側から見ることができるにすぎない。その外に立って超越的な視点から見ることは、事実上できない (少なくともその意図や結果を公表した瞬間に、社会との相互作用が発生してしまう)。他方、自分の属していない社会は、内側から見るわけにはいかない。少なくとも、他の社会のメンバーと同じような「文化」をもってそれを見るわけにはいかないのである。

実は、私がここで述べているような、人間と社会に対する見方1)も、それ自身、私の属する社会の文化に制約されているものであろう。少なくとも、ここで述べた見方にたつ以上、そのように考えるほかなかろう。

そのことを認めた上でいえば、以上は、およそ人間の社会であるかぎり、すべての社会 (およびそれを構成している人間たち) にたいして妥当すると考えられる一般論である。なお、以下では、社会とそれを構成している人間との両方を観察・分析の対象としていることを明示的に強調したい場合には、そのような対象のことを「社会=人間複合系」と呼ぶことにしよう。

1)ここでいう、「私の見方」については、より詳しくは拙著『情報文明論』(NTT 出版、1994年) を参照されたい。

三、いくつかの含意

次に、上のような想定に含まれる、社会研究上のいくつかの含意に注目してみよう。

青木保は、1980年代の半ば以降の日本人論・日本社会論は、特殊性の認識から進んで普遍性の追求をめざす時期に入ったと指摘している。1)それは確かに頷ける指摘である。ただし、「普遍性」という言葉は非常にさまざまな意味をもちうる言葉であって、それぞれの文脈でそれが何を意味しているかについては、注意深い識別が肝要である。2)

 日本社会を研究するための新しいパラダイム(を構築すべきだという問題意識)は、これまでの日本社会研究のパラダイムが近代欧米の個人主義的で「普遍主義的」な文化に制約されたパラダイムに立脚していたがゆえに、実は日本の社会の特質を把握するためのパラダイムとしても、必ずしも有効に機能しなかったという反省の上にたっている。だからといって、いわば文化内在的な視点から日本社会をみて、その特色とおぼしきものを自分の文化に固有の言葉で取り出してみても、その結果は、他の社会との比較のためには大して有用とはいえないという反省の上にもたっている。そういうわけで、新しいパラダイムが「普遍性」を追求しているとすれば、それは、なによりもまず、日本社会だけに限らないあらゆる社会の研究にとってのパラダイムたらんとしているという意味での普遍妥当性を、めざしているということができるだろう。

 同時に、日本研究のための新しいパラダイムの模索は、欧米の社会自体の中に、これまでの個人主義的な思考の姿勢に対する反省が起こっていること、しかもそれが欧米の社会の変化を反映していると同時に、いっそうの変化ないし進化を引き起こそうとする意図によって導かれていることからの刺激をも受けている。さらにいえば、実は、本稿の冒頭で述べたように、日本社会の研究に限らず、広く社会一般の研究に関して、いや社会ばかりでなく生命や自然の研究に関しても、パラダイム・チェンジといいたくなるような現象が、現在広汎に生じつつある。日本社会研究のパラダイム・チェンジは、いわばそのような科学のあらゆる分野でのグローバルなパラダイム・チェンジの一環として生じつつあるといってよいだろう。しかも、科学における今日のパラダイム・チェンジの特徴は、科学的認識の主体としての人間もまた特定の「社会=人間複合系」の一員であり、その意味で文化的な制約を受けていることをまず明示的に承認した上で、そうした制約からできるかぎり自由に(少なくともいったんは自由に)なり、それによって新たな創造が可能になることをめざしているという点にある。その意味では、新しいパラダイムは、広い範囲の対象(今の文脈でいえば、あらゆる社会)への普遍妥当性をめざしていると同時に、認識主体の個別特殊的で伝統的な文化の制約性からの脱却という意味での普遍性をもめざしている。しかもそれを、もっぱら還元主義的な視点から、社会から切り離された「個体」に着目するといった見方を超えることによって達成しようとしている。つまり、全体としての社会だけでなく社会の要素としての人間にも注目することは当然だが、どのような社会であれ、その要素としての人間はすでになんらかの社会関係の中におかれている存在であるという事実を、まず重視しようとする。いいかえれば、一つの社会を「社会=人間複合系」として見るという、社会に対するより包括的な視点(その意味でより「普遍的」な視点)を自覚的に採用することによって、それを達成しようとしているのである。

 ところで、ある社会理論が、あらゆる社会への普遍妥当性を指向しているとしよう。その場合には、その理論が社会に対して想定している性質--たとえば上述の例でいえば、「社会=人間複合系」としての性質--は、当然のことながら、すべての社会が通有している性質だと想定されていることにもなる。そのような性質は、別の社会理論では、ある特定の社会に対してだけ妥当すると主張されていたものかもしれない。たとえば、濱口のいう人間の「場所内在的」特性は、これまでの多くの日本人論が、日本社会の特性だと主張されていた性質ではないだろうか。そうだとすれば、「場所内在的」特性を、普遍妥当的な社会理論においてあらゆる人間がもつ特性だと想定した場合には、日本社会あるいは日本人固有の特性は、もっと別のところに求めざるをえないことになるだろう。3)

  1. 青木保、『「日本文化論」の変容--戦後日本の文化とアイデンティティー』、中央公論社、1990年。
  2. 公文俊平、「日本的経営の特殊性と普遍性--方法論的反省」、『広島大学経済論叢』、第四巻第三号(1981.3)。
  3. 実際、濱口らの調査結果が示すところでは、人々の行動や思考の中にある「間人主義的」特性は、日本社会だけでなく欧米社会にも広くみられるようである。濱口自身はその結果を、「だとすれば、欧米での「個人主義」の支持率の低さは、現代の欧米社会におけるポスト・モダン現象と解しうるかもしれない」と解釈している(濱口恵俊、「国際化のなかの日本文化」、岩波講座現代社会学23『日本文化の社会学』、岩波書店、1996年、39-69頁)。あるいはそうかもしれない。つまり、現代の欧米の社会は、すでに過去の個人主義社会から離れつつあるのかもしれない。しかし、そうではなくて、もともと欧米社会は、「個人主義的社会理論」のパラダイムが必ずしもそのまま妥当するような社会ではなかったという解釈も可能かもしれないのである。あるいは、典型的な個人主義パラダイムの妥当するような状況は、欧米でもごく短期間みられたにすぎないのかもしれない。十年ほど前になるが、アスペン研究所が天城で開催した研究会で、日米の経営の特質の比較が議論された時、アメリカ側の出席者はほとんど異口同音に、今日の「日本的経営」の特質といわれているものは、1960年代以前のアメリカの経営体の特質でもあった、それ以後アメリカの経営は(あまり望ましいとは言えない方向に)大きく変わった、と主張していたことが思い出される。

  四、方法の普遍性と対象の普遍性

 いうまでもないことだが、日本社会研究の新しいパラダイムが、上の三つの意味でより普遍性の高いものになったとしても、そのことが直ちに研究の対象としての日本社会の普遍性を高めるわけでもないだろう。そもそも認識の対象がもっている「普遍性」とは、どういうことなのだろうか。

 日本の社会は、それが一つの社会である(あるいは上述したような意味での「社会=人間複合」である)という意味では、他のすべての社会と同質であるに違いない。この意味での一般性ないし同質性は、すべての社会が有している普遍性である。それがどのような内容のものかを研究することは、社会の一般理論としては大切なことだが、日本の社会もまた、他のあらゆる社会と同様に、この意味での普遍性(同質的普遍性)をもっていることは、あらためてあげつらうまでもないことである。1)日本社会の(あるいは任意の社会の)「普遍性」をうんぬんすることに意味があるとしたら、それは日本社会がもつ「特殊性」のレベルにおける「普遍性」の話でなければならない。

 それでは、対象の特殊性自体がもつ普遍性とはどのようなものだろうか。

 それは第一に、なんらかの基準に照らしてみた場合にある特定の対象(この場合は日本社会)が現にもっている特殊性(のいくつか)が、他の多くの社会にも共通にみられるという場合である。この意味での普遍性は、「遍在的普遍性」と呼ぶことが適切だろう。たとえば、西欧流の個人主義パラダイムに照らして見た日本社会は、「非個人主義社会」という消極的な特徴づけができそうだ。同様に、アジアやアフリカの多くの社会も、「非個人主義社会」とみなさざるをえないものとしよう。しかし、そのことから、「非個人主義性」という特質は、高度の遍在的普遍性をもつという言い方は、できなくはないにしても、中身は薄いものにならざるをえない。むしろ、欧米的個人主義は高い「遍在的普遍性」を持たないという結論を引き出す方がより順当だろう。それに対し、「間人主義」という積極的な基準を打ち出して、その視点から見た場合に、日本だけでなく、アジアやアフリカの多くの社会もまた「間人主義」社会だといいうるとすれば、そして人口比でみればその方が圧倒的比重を占めているとすれば、日本社会の間人主義的特性は高い「遍在的普遍性」をもつという言い方が意味をもつだろう。

 第二は、ある対象のもつ特性が、現時点では高い遍在的普及性はもたないにしても、可能性としては、他の同種の対象の間に広く普及させうると考えられる場合である。この意味での普遍性は「普及的普遍性」とでも呼ぶことができるだろう。たとえば、「日本的経営」のもっているさまざまな特質が、(異なった文化環境や自然環境の中にありながらも、今や同一の社会環境--たとえばグローバルな産業化の進展という社会環境--の中におかれるようになった)他の社会の経営体にも広く普及させることが可能だと主張されているとすれば、それは、日本的経営のもつ「普及的普遍性」の主張だといってよいだろう。第一の「遍在的普遍性」が、文化のレベルについても文明のレベルについても、共に想定することのできる性質であるのに対し、第二の「普及的普遍性」は、もっぱら文明のレベルでのみ想定できる性質だろう。(なぜならば、上述したように、「文化」はほとんど定義上、普及や変化のしにくいものだと考えられるからである。)

 対象のもつ特性について考えられる第三の意味での普遍性は、環境条件が変化する中での当該特性の存続力であって、「適応的普遍性」とでも呼ぶことができよう。それは、文明のレベルでも当然考えられるが--たとえば「日本的経営」の諸特質のもつ適応的普遍性の如何といった問題として--、そもそも文明のレベルでの特質(とりわけさまざまな派生的な特質)は環境条件の変化と共に変化しやすいものだとすれば、「適応的普遍性」を考える価値があるのはむしろ文化のレベルの特性だということになるだろう。あるいは、それに文明のレベルでの基本的特性を加えてみることも、できるかもしれない。たとえば、私はかつて村上泰亮や佐藤誠三郎と共に、鎌倉時代以降の日本の「近代化」の過程の中で、とりわけ幕末以降の「西欧化」としての近代化過程の中でも、日本の文明がもっている「イエ社会」としての基本的特性は--その派生的諸特性はさまざまに進化をとげる中で--一貫して維持されてきたと主張したが、それは日本の文明がもつ基本特性の適応的普遍性の主張だったということができるだろう。私たちはまた、日本社会の「間人=間柄主義」的文化についても、少なくともこれまでのところ高い適応的普遍性がみられると主張した。2)

 さらにいえば、社会の中には、環境の変化する中で、あるいは基本的に同一の環境の中でさえ、自らの文明ばかりでなく文化の特性の一部をも変化させることによって、しかし、その社会の(文明およびとくに文化のレベルでの)基本的同一性は維持しながら、より発展した状態へと自らを積極的に進化させていく能力、さらにいえばその環境とともに「共進化」していく能力、をもっているものがあるかもしれない。社会がもっている可能性があるそのような能力ないし高次の特性は、「進化的普遍性」とでも呼ぶことができるのではないだろうか。これが、対象としての社会について考えることができる、第四の意味での普遍性である。おそらく現存する(あるいはかつて現存した)あらゆる社会は、以上の四つの意味での普遍性を、それぞれなにがしかの程度持っている(持っていた)だろう。しかし、それぞれの社会が持つ普遍性の程度は、社会ごとに違っているだろう。また、どの意味での普遍性に注目するかによっても、違ってくるだろう。


   (適応的普遍性)     +------+      (遍在的普遍性) 
 3)環境変化にも適応可能←-+社会の特性が+-→1)他の多くの社会と共通
 4)持続的進化が可能   ←-+もつ普遍性 +-→2)他の多くの社会に普及可能 
   (進化的普遍性)     +------+     (普及的普遍性) 

 認識の対象としての社会がもつ、以上のようなさまざまな意味での普遍性は、認識の枠組みがもつ普遍性とは明確に区別されなければならない。より「普遍的」な認識枠組みを採用することで、対象がもっている(あるいはそこに欠落している)さまざまな普遍性が認識・発見しやすくなることはあるだろう。また、それが契機となって、対象そのものの変化が触発されることも、大いにありうることである。しかし、新しい見方をとることで新しく見えてくる(つまり認識主体の眼前に「出現」してくる性質があるにせよ、そのことは、その性質がそこにいわばそのものとして新しく生まれたことを、直ちには意味しないのである。また、対象がもつ普遍性のさまざまの側面ないしレベルも、注意深く区別することが肝要である。ある特性が現に遍在していないからといって、普及の可能性がないとは限らない。逆に、ある環境条件のもとで高い普及力を示した特性が、新しい環境条件のもとでも適応力をもつとは限らない。あるいは、これまでは強い適応力ないし進化力をさえ示してきた社会が、他の条件のもとではそれを失ってしまう可能性は、決してないとはいえない。3)

 私の見るところでは、近年の「情報革命」、すなわち第三次産業革命としての情報産業革命と産業化そのものを超える含意をもつ情報社会革命とは、単に文明のレベルの進化だけでなく、文化のレベルの進化(少なくとも、反省によって自覚された文化としての「思想」の進化)をも通じて、あるいはそのような進化を要求しながら、進行している。一部の論者のようにそれを「ポスト近代化」とみなすにせよ、あるいは私のようにそれを「近代化の第三局面」での進化とみなすにせよ、今日の変化がきわめて広く深い社会変化ないし社会進化であることには、疑問の余地がないだろう。そうだとすれば、情報革命に相対的に立ち遅れたといわれる日本の社会に生きている我々がいま反省してみなければならないのは、我々自身、どれだけの「進化的普遍性」を持っている(発揮できる)のか、あるいはせめてどれだけの「適応的普遍性」を持っている(発揮できる)のか、ということではないだろうか。

  1. だから、日本の社会は他の社会とは「まったく異なる」といった言い方は、論理的には意味をなさない。それなら、日本の社会は、そもそも「社会」であるともいえないことになってしまうからである。
  2. 村上泰亮、公文俊平、佐藤誠三郎、『文明としてのイエ社会』、中央公論社、1979年。
  3. 社会=人間複合系との関連で定義できる普遍性には、以上見たような認識枠組みの持つ普遍性と、認識対象が「事実」としてもつ(とみなされる)普遍性のほかに、認識主体が認識対象に「価値」として付与する普遍性もある。特定の社会(のなんらかの特性)を他の社会(それに対応する特性)よりも優れているとみなすところから主張される「優越的普遍性」や、特定の社会(のなんらかの特性)は、他のすべての社会の模範になり、尊敬や受容や模倣の対象とされるべきだと考える「普遍主義的普遍性」がそれである。

 五、進化の戦略

 社会=人間複合系の中の人間は、自らが属している社会の特性についての自覚的な理解のための枠組み(つまり「社会観」やそれを適用した結果としての自己像を、自らの社会生活の反省を通じて、あるいは他の社会との比較を通じて、形作っている。時間の経過と共に、そうしたイメージは集約・通有され、さらに彫琢を加えられ、その社会の中に一種の通念として定着していく。しかし、そうしたイメージが、ある特定の時点(とりわけ「現在」)におけるその社会の記述として高い妥当性をもつという保証は、必ずしも常にはないだろう。たとえば、その社会において、なんらかの理由で、文明レベルの進化はもちろん、文化のレベルの進化まで発生しているような状況の下では、既存のイメージは現在の現実とは乖離してしまっているだろう。

また、人間が、多少とも意識的・意図的に、自らの社会(および自分自身)を進化させようと努める場合には、既存の社会観や社会像からまず自由になって、新しい社会観を形成し、さらには自分自身をも含めた現実の社会そのものを作り変えて行こうとするだろう。それがどこまで当初の意図通りに、あるいはある特定の個人なり集団の意図通りに成功するかどうかはともかく、そうした努力の集合的な結果が、その社会の実質的な変化をなんらかの程度においてもたらすことは、十分ありうることである。つまり、既存のパラダイムの反省や、それからの脱却の試み、あるいはさらに新たなパラダイムの構築の試みは、人間社会の不断の進化戦略の一部に組み込まれているもの、あるいは積極的に組み込んで活用すべきもの、だということができよう。

 ひるがえって見れば、1920-30年代に自然科学の領域でまず始まった「(自然)科学革命」は、1960-70年代に人間観・社会観の動揺(とくに欧米での「個人主義」モデルへの反省や反逆)を引き起し、さらに近年での社会理論や経営理論の転換ないし進化(望むらくは「社会科学革命」)へとつながっているのではないだろうか。日本研究におけるパラダイム・チェンジの期待や努力も、そのような大きな流れの一環だと見ることができるとすれば、日本研究のパラダイム・チェンジをめざすものは、他の諸科学の領域での同様な試みに絶えず注目を払い、それとの交流に努めなくてはならないだろう。あるいは、そのような大きな流れの中に、自らを積極的に位置づける努力を怠ってはならないだろう。

 また、認識の試みの領域でのこのような変化ないし進化は、現実の社会自体の変化ないし進化と不可分に結びついている。その意味では、日本社会の変化あるいはその意識的な改革の努力も、人類社会全体の変化ないし進化の一環をなしている。それを、「立ち遅れを取り戻す」ための努力とか、「国際的な競争力を獲得する」ための努力と見るのは、適切な観点とはいえない。われわれがめざすべきは、世界との共進化であり、人類社会のグローバルな進化過程への積極的な貢献なのである。