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kumon_jyouhou_kakumei - May 1, 1997
第四章:NTTの今後の経営戦略への提言
May 1, 1997 [ kumon_jyouhou_kakumei ]
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公文俊平
これまでの考察を通じて、われわれは次のことを知った。
第一に、「インターネット」という言葉は――それに対応する実体がなんであれ――カール・シュミットのいう意味での「政治」のことば、つまり「政治語」ないし「イデオロギー語」に、すでになっている。それは、二〇世紀の「民主主義」や「自由市場」などと同様に、二一世紀の世界での「敵と味方」を区分するためのことば、さまざまな個人や組織、あるいは国家を、自陣営と他者の陣営に分けるためのことばになったのである。「すでになった」という言い方が強過ぎて不穏当だとすれば「なろうとしている」といいなおしてもよい。
私は、五月半ばに東京で行われた情報社会に関する国際会議(Information Imperative) に参加したとき、そのような印象をあらためて持った。そこでは、アジアの諸国からの参加者も、ヨーロッパの諸国からの参加者も、未来の情報通信システムが「インターネット」であることに、ほとんど何の疑問も抱いていないように見えた。一年ほど前に聞いたシンガポールのNational Computer Board の代表者の講演が、インターネットの重要性を強調している割にはいかにももってまわったものの言い方をしていた (もう一つ本気でないという印象を受けた) のとは、対照的であった。そのさいに私は講演者に、なぜそんなもってまわったものの言い方をするのかと尋ねたところ、いや政府は本気だが、銀行などビジネス界が嫌がるものだから、という答えが返ってきたものだった。しかし、五月の会議でのシンガポールからの出席者の発言を聞いていると、どうやらシンガポールも様子が変わったなと思わざるをえなかった。
そう思うと、クリントン米国大統領が、今年の年頭教書で、「インターネット」という言葉を六回も使ったのに、「日本」という国名は一度もでてこなかったこと、政権中枢から知日派の姿がいっせいに消えたこと、ペルー人質事件のさいにフジモリ大統領に対して、クリントンが「Don't trust Prime Minister, trust me. 」と語ったといわれること、などはいかにも象徴的である。それは、昨今の Japan passingから Japan nothingにいたりつつあるといわれる国際社会の風潮とも見事に合致している。(もっとも、逆に日本の「ビッグバン」が秒読みに入ったということで、あるいはテレコムの対外開放の姿勢がどうやら本物らしいと見られるようになったことで、米国のビジネス界には、米国に次ぐ世界第二の巨大な市場としての日本の価値をあらためて見直そうとする動きも、ごく最近では見られ始めたようだが、それはまた別の話である。)
事態がこの通りだとすると、日本の政府や企業のとるべき方針は明らかである。すなわち、「四の五のいわないで、インターネットにまずコミットする」ことが、第一の戦略的重要性をもつ。「インターネットとは実のところ何なのか」とか「インターネットにはいろんな問題もあるようだが」といった議論は、その後でゆっくりすればいいのである。あるいは、基本的にコミットしている姿勢を内外に示す事によって、議論にいわば内側から参加する正統性がえられるといってもよい。
第二に、しかし、インターネットをめぐる実質的な中身の議論も、すでにかなり進んでいる。インターネットを論ずるための共通の観点やメタファーが、すでに広く受け入れられているといってもよいのである。それは、次のようないくつかの基本命題と派生命題とに要約できるように思われる。 (ただし、以下の要約は、本報告書での分析にさいして展開された概念枠組みや用語を利用して、そしていくぶんかは私自身の主観的な拡大解釈をも含めて記述されているので、この言葉通りの議論が世界的に広く受け入れられていると主張するつもりはない。とくに命題(3) と(4) は、私の立場からの整理である。)
情報通信システムとしてのインターネットは、第三次産業革命の生み出した「情報技術」の産物である。それは、20世紀を代表する情報通信システムである電話とも放送とも、異なる種類の情報通信システムである。このインターネットは、まだ幼児期にあり、その機能も十分に成熟してはいない。しかし、きわめて急速に成長し進化している。インターネットの一年は、ドッグイアー(通常の七年)とかウェブイアー(通常の四年)と呼ばれるほど変化の早い一年だが、1990年代も半ばを越えるにいたって、
などの認識がようやく定着してきた。つまり、「インターネット」とは、ある特殊な(限定された)一群の技術を利用したある特殊な(限定された)情報通信システムというよりは、今後ますます進化を続けていく情報通信システムの「新種」であるという認識、それも誰かが絶えず気を配って維持・補修していかなくてはならない機械論的なシステムではなくて、自らの力でホメオスタシスを維持しうるだけでなくさらに進化をも続けていけるような目的論的なシステム、つまり「生命系」だという認識が、当然のこととして受け入れられつつある。(もちろん、そうなればなったで、未知の「新種」の生命系への疑念や懸念も、急速に高まっている。)
を共に回避しつつ、
今日の日本が、情報化において世界に立ち遅れているとすれば、それはまさに、このような基本的な点をめぐるの認識の不足によってである。今日の日本には依然として、現象や技術としてのインターネットはともかく、理念あるいはビジョンとしてのインターネットを正確に理解し、正面からそれに対応しようという姿勢が、決定的に欠如している。今年の日本の総理大臣の施政方針演説には、インターネットという言葉はどこにもみあたらない。電気通信審議会の各種の報告書でも、インターネットへの言及は、そこここでほとんどゆきずりになされている程度である。いちはやくマルチメディア会社としての転身をはかることを表明し、OCN事業部を発足させたNTTですら、外来の、通信技術としての正統性を欠いた、ある意味でいかがわしい、問題技術の寄せ集めとしてのインターネットは、その経営陣や技術人の本格的な関心の対象とはなっていないように思われる。「いずれインターネットはOCN に、OCN はさらに別の技術やシステムやネットワーク (メガメディア・ネットワーク) にとってかわられる」とか、「インターネットないしOCN とマルチメディア情報流通プラットフォームとは、ものが違う」、「インターネットへの接続は拒まないにしても、わが社の開発するマルチメディア技術や広帯域通信システムは、はるかに高度なもの、独自のものでなくてはならない」といった考え方の方が、より広く見られるように思われる。その象徴となっているのが、NTTの「FTTH」路線、すなわち、既存の電話のシステムを、電話局中心のスター型のアーキテクチャーには手をふれることなく、そっくりそのまま光ファイバー(と光交換・通信技術)で置き換えていくという基本方針ではないだろうか。この基本方針は、今のところ微動もしていないように見える。これでは、未来の情報通信システムをめぐる国際的、いやグローバルな議論の中に直接飛び込んでいく事は、ましていわんや「インターネット」という共通の枠組みの中での改善や新しい標準の提案を行ったり、その普及に努めたりする事は、困難になりはしないだろうか。
そうだとすれば、現在のNTTにとってのもっとも緊急の課題は、このような状態から一刻も早く脱却して、「マルチメディア会社」としてのNTTを、あらためて「インターネット会社」として再規定し、幹線網と市内網の両面におけるインターネットの本格的な展開を、自社の経営戦略の中心に据えることである。また、研究開発の中心も、技術面だけでなく、法制度面や社会・文化面まで含めたインターネットの「生命系」としての特質を解明すると共に、それが人間にとって望ましい進化の方向をたどりつつ存続・発展していくための誘導策を編み出すところにおかれなければならない。
新しく採用することが望まれるNTTの経営戦略は、次のようなものであろう。
第一の収益源は、市内電話そのものである。ただし、市内電話料金は、一日も早く定額制に移行すると共に、それが適用される「市内」の範囲を思い切って拡大する必要がある。そして、市内電話の利用とインターネットの利用は、可能な限り切り離す必要がある。(そのためには、ダイアルアップによる長時間のインターネット接続が不必要になるような仕組みを、早急につくらなければならない。)
第二の収益源は、既設の電話ネットワークの諸要素をアンバンドルして、インターネット用に転用もしくは貸与するところに発生する。すでに日本の都市の多くには、かなりの量の光ファイバーがループ状に敷設されていると聞くが、これをインターネットの地域幹線に転用すべきである。また、アナログ専用線サービスは、両端にXDSLモデムの設置を認めることによって、LAN間接続用の中速回線として利用させるのがよいだろう。もちろん、既設の加入者線を利用したXDSLサービスの展開もできるだけ早く始めると同時に、他の事業者(とくに地域のISP)への貸与も実行すべきである。
第一に、現行のISDNサービスは、XDSLサービスの普及と歩調をあわせて、なるべく早く段階的に、サービスの切りわけからさらには撤収をはかるべきである。(高速広帯域通信の世界で、ISDN型のサービスが占めうるニッチはごく限定されたものでしかないだろう。近年ISDNへの需要が急増しているとはいえ、その絶対規模は電話加入全体の二% にも満たない。しかも、その多くはインターネットへのアクセスのための需要である。XDSLサービスが普及すれば、需要その部分はISDNからXDSLにほとんど乗りかわってしまうと思われる。転換は、需要の立ち上がりの時期こそがそのチャンスではないだろうか。)
第二に、現在のようなFTTH路線は放棄すべきである。電話局から加入者宅までスター状に引かれている銅線のケーブルを光ファイバーに置き換えるというこれまでの路線は、インターネット路線に転換した瞬間にその意味を失うからである。もちろん、光ファイバーの通信回線としての重要性は、今後とも減る事はないだろう。しかし、光ファイバーの最大の価値は、個々の端末からというよりはむしろLAN同士の接続のための回線や、(市内を含めた)幹線網での回線として利用されるところにあるのではないか。
第三に、とくに市内インターネット幹線の不足を補うためには、道路や下水道、あるいは鉄道や電力線などに併設されている光ファイバーが、そのために転用できる事が望ましい。NTTとしては、これらの光ファイバーのダークファイバーとしての利用が――なによりもまずNTTにとって――可能になるような(もちろんNTTに対してだけでなく、他の通信事業者に対しても可能になるような)働きかけを、各方面に対して行うべきである。
第四に、インターネット用の高速回線としては、既設の同軸ケーブルの利用も重視すべきである。NTTとしては、ケーブルテレビ会社と合弁で、あるいはケーブルテレビ会社の保有している回線を借りて、さらにはケーブルテレビ会社を合併して、同軸ケーブルのインターネットへの転用を推進する必要がある。
別の観点からすれば、今後日本の中でさまざまな国籍をもつ人々や多国籍企業が広く在住ないし活動するようになり、それと同時に国内のテレコム市場も対外的に広く開放されるようになった暁には、「市内」の通信サービスといえども、国際的な競争の下でのサービスとなり、その意味では「国際サービス」だとする見方は、十分に可能である。それは、日本で行われても主催者や聴衆が多国籍である会議が「国際会議」と呼ばれるのと同様である。
おわりに
NTTがその新経営戦略の中心をインターネットに向けようとするさいに、もう一つ考えておかなければならないことがある。それは、他の企業、とりわけ海外の企業との協働および競争の問題である。
インターネットのビジョンや技術は、NTTが創始・開発したものではない。そのサービスの形や内容もこれまでの電話のそれとは、種類として異なっている。それはインターネットの中核をなすデータ伝送技術やスイッチング技術だけでなく、その周辺ともいうべきXDSLやケーブルモデムの技術についても同様である。その意味では、インターネットを基盤とする新経営生態系の構築にあたって、リーダー企業としての役割をつとめる上で、今のNTTに課せられたハンディキャップは、決して小さくないのである。
だから、NTTは日本の数少ないすぐれたインターネット技術者や、みずからの経営ビジョンを持っている通信事業者、とりわけISPを大切にして、それらとの協働をはかっていかなくてはならない。中でも、最先端のインターネット関連技術や製品を開発できる海外の企業や、インターネット型の情報通信システムの構築・運用の経験を豊富にもっている海外の通信事業者との提携は、NTTとして真剣に考慮すべきだろう。それも、海外での事業展開にさいしてだけではなく、日本国内の事業展開にさいしてである。新しいケーブルテレビ事業や衛星放送事業が海外企業との合弁でもっぱら進められているとすれば、インターネット事業においてはなおのこと、その必要性は大きいのではないか。NTTがインターネット中心への転換を真剣に考えれば考えるほど、その必要はさらに高まってこよう。
NTTは、インターネットの分野で、国内だけに通用する技術やサービスを開発したり、みずからの標準をそのまま世界の標準にしようと努めるべきではない。インターネットの標準は、グローバルなインターネットのコミュニティの中で、相互の対話と討論を通じて、さらに相互の協働を通じて、形作られていく。また、米国政府は政府として次世代インターネットの開発の支援を決定して、「新開発主義的」とでも呼ぶのが適切な政策的コミットメントを行っているが、そこでの議論の過程はインターネット上に公開するとともに、世界のどこからでも、だれででも、議論に参加する事を歓迎している。だから、NTTとしては、組織としても個人としても、さまざまな形で、このグローバルな過程に参入することを試みなければならない。そこでどれだけ理解され、どれだけ共感され、どれだけリーダーシップを発揮できるかが、これからのグローバルなビジネスの推進の成功にとっての試金石になるだろう。だから、そうした試みを本格的、全面的に展開していくことこそが、NTTの当面の国際(化)戦略の主軸におかれるべきだろう。(もちろん、NTTがそのような試みに全く未経験だというわけではない。たとえば、MPEGの標準化は、NTTが主導的な役割を果たしているものの一つである。これらの良き先例に学びつつ、NTTは同様な試みの範囲をさらに拡げていかなくてはならない。)