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kumon_jyouhou_kakumei - May 1, 1997

第四章:NTTの今後の経営戦略への提言

May 1, 1997 [ kumon_jyouhou_kakumei ] このエントリーをはてなブックマークに追加

公文俊平

 これまでの考察を通じて、われわれは次のことを知った。

 第一に、「インターネット」という言葉は――それに対応する実体がなんであれ――カール・シュミットのいう意味での「政治」のことば、つまり「政治語」ないし「イデオロギー語」に、すでになっている。それは、二〇世紀の「民主主義」や「自由市場」などと同様に、二一世紀の世界での「敵と味方」を区分するためのことば、さまざまな個人や組織、あるいは国家を、自陣営と他者の陣営に分けるためのことばになったのである。「すでになった」という言い方が強過ぎて不穏当だとすれば「なろうとしている」といいなおしてもよい。

 私は、五月半ばに東京で行われた情報社会に関する国際会議(Information Imperative) に参加したとき、そのような印象をあらためて持った。そこでは、アジアの諸国からの参加者も、ヨーロッパの諸国からの参加者も、未来の情報通信システムが「インターネット」であることに、ほとんど何の疑問も抱いていないように見えた。一年ほど前に聞いたシンガポールのNational Computer Board の代表者の講演が、インターネットの重要性を強調している割にはいかにももってまわったものの言い方をしていた (もう一つ本気でないという印象を受けた) のとは、対照的であった。そのさいに私は講演者に、なぜそんなもってまわったものの言い方をするのかと尋ねたところ、いや政府は本気だが、銀行などビジネス界が嫌がるものだから、という答えが返ってきたものだった。しかし、五月の会議でのシンガポールからの出席者の発言を聞いていると、どうやらシンガポールも様子が変わったなと思わざるをえなかった。

 そう思うと、クリントン米国大統領が、今年の年頭教書で、「インターネット」という言葉を六回も使ったのに、「日本」という国名は一度もでてこなかったこと、政権中枢から知日派の姿がいっせいに消えたこと、ペルー人質事件のさいにフジモリ大統領に対して、クリントンが「Don't trust Prime Minister, trust me. 」と語ったといわれること、などはいかにも象徴的である。それは、昨今の Japan passingから Japan nothingにいたりつつあるといわれる国際社会の風潮とも見事に合致している。(もっとも、逆に日本の「ビッグバン」が秒読みに入ったということで、あるいはテレコムの対外開放の姿勢がどうやら本物らしいと見られるようになったことで、米国のビジネス界には、米国に次ぐ世界第二の巨大な市場としての日本の価値をあらためて見直そうとする動きも、ごく最近では見られ始めたようだが、それはまた別の話である。)

 事態がこの通りだとすると、日本の政府や企業のとるべき方針は明らかである。すなわち、「四の五のいわないで、インターネットにまずコミットする」ことが、第一の戦略的重要性をもつ。「インターネットとは実のところ何なのか」とか「インターネットにはいろんな問題もあるようだが」といった議論は、その後でゆっくりすればいいのである。あるいは、基本的にコミットしている姿勢を内外に示す事によって、議論にいわば内側から参加する正統性がえられるといってもよい。

 第二に、しかし、インターネットをめぐる実質的な中身の議論も、すでにかなり進んでいる。インターネットを論ずるための共通の観点やメタファーが、すでに広く受け入れられているといってもよいのである。それは、次のようないくつかの基本命題と派生命題とに要約できるように思われる。 (ただし、以下の要約は、本報告書での分析にさいして展開された概念枠組みや用語を利用して、そしていくぶんかは私自身の主観的な拡大解釈をも含めて記述されているので、この言葉通りの議論が世界的に広く受け入れられていると主張するつもりはない。とくに命題(3) と(4) は、私の立場からの整理である。)

  1. 今日のハイパー近代化過程の原動力をなす情報通信革命の中核は、新種の情報通信システムであると同時に一個のグローバルな社会的生命体(社会システム)としてのインターネットの、誕生と進化である。

     情報通信システムとしてのインターネットは、第三次産業革命の生み出した「情報技術」の産物である。それは、20世紀を代表する情報通信システムである電話とも放送とも、異なる種類の情報通信システムである。このインターネットは、まだ幼児期にあり、その機能も十分に成熟してはいない。しかし、きわめて急速に成長し進化している。インターネットの一年は、ドッグイアー(通常の七年)とかウェブイアー(通常の四年)と呼ばれるほど変化の早い一年だが、1990年代も半ばを越えるにいたって、

    • マルチメディアとは実はインターネットだった、
    • NIIはGIIにほかならず、その中身はインターネットだ、
    • インターネットには幹線網にあたる部分と、市内網(コミュニティ網)にあたる部分とがあり、その両者がバランスよく発展していくことが大切だ
    • インターネットの当面の利用分野の中心は業務 (行政、経済、社会の諸分野での) にある
    • 電子商取引(EC)とはインターネット商取引(IC)のことだ、

    などの認識がようやく定着してきた。つまり、「インターネット」とは、ある特殊な(限定された)一群の技術を利用したある特殊な(限定された)情報通信システムというよりは、今後ますます進化を続けていく情報通信システムの「新種」であるという認識、それも誰かが絶えず気を配って維持・補修していかなくてはならない機械論的なシステムではなくて、自らの力でホメオスタシスを維持しうるだけでなくさらに進化をも続けていけるような目的論的なシステム、つまり「生命系」だという認識が、当然のこととして受け入れられつつある。(もちろん、そうなればなったで、未知の「新種」の生命系への疑念や懸念も、急速に高まっている。)

  2. 進化するインターネットは、いずれは既存の電話や放送の機能まで、その中に取り込んでいくだろう。(しかし、まだその進化のごく初期の段階にある現時点のインターネットには、機能面でのさまざまな制約があり、とくに電話や放送の機能自体で既存のシステムと競争するだけの力はまだない。)
  3. 新種の情報通信システムとしてのインターネットはまた、情報社会が開拓する人間にとっての新たな生活空間としての「サイバースペース」を、在来型の生活空間である「ミートスペース」(地政学的空間+テクノスペース)とシームレスに連結するためのゲートウェーとして機能する。
  4. グローバルな社会的生命体としてのインターネットは、情報社会における「智業=企業協働」型の社会生態系のための情報や知識の普及の場、つまり「智場」として機能する。智場としてのインターネットは、新しい「協働型競争」に参加する企業群や政府・自治体のたずさわる新しい形のビジネス(新しい経済、新しい政治)にとってのプラットフォームとなる。情報社会で共進化していく国民と市民と智民、および国家と企業と智業は、インターネットをプラットフォームとして、これまでの国際関係とは異なるグローバルな交流や協働のシステムや、代表制民主政とは異なる直接参加型の新しい政治・行政システム、また、自由市場体制とは異なる協働重視型の新しい経済・経営システムを作り上げていくのである。
  5. とはいえ、この新しい情報通信システムであり社会的生命体であるインターネットは、さまざまな未解決の問題をも抱えている、とりわけ、
    1. 爆発する需要への対応力の不足のために、あるいは逆にインターネットを支える有効需要あるいは財源の不足のために、インターネットが経済的に持ちこたえられなくなる危険、
    2. 無政府的で無秩序な発展がカオス的混乱状況をもたらすために、あるいは逆に過度の規制による圧迫が逼塞状況をもたらすために、インターネットが政治的・社会的に絶滅させられる危険、
    3. を共に回避しつつ、

    4. 新しい進化の方向を見極められないために、あるいはそれにどう対応すべきかがわからないために、混乱したり反発したりしている既存の情報通信事業や、在来型の政治やビジネスと、いたずらに対立したり没交渉になったりしないで、協働的共存をはかったり、
    5. みずからの発展のために既存の資源(たとえば既存の情報通信システムのための技術者たち、あるいは既設の電話やケーブルテレビの回線や、他の用途に用いられてきた周波数帯など)をうまく利用していくための技術を開発・利用したり、するための創意工夫の発揮が、とりわけ重要だろう。
  6. このような新しい共進化過程では、新しい理念やビジョンを掲げ、強い誘導力と説得力をもってその通有をはかり、協働行動を組織する中でその実現をめざす個人や組織が、リーダーシップを発揮する。社会進化におけるリーダーシップの役割が見直される中で、独占と競争に関する通念も、大きく訂正されていくだろう。

 今日の日本が、情報化において世界に立ち遅れているとすれば、それはまさに、このような基本的な点をめぐるの認識の不足によってである。今日の日本には依然として、現象や技術としてのインターネットはともかく、理念あるいはビジョンとしてのインターネットを正確に理解し、正面からそれに対応しようという姿勢が、決定的に欠如している。今年の日本の総理大臣の施政方針演説には、インターネットという言葉はどこにもみあたらない。電気通信審議会の各種の報告書でも、インターネットへの言及は、そこここでほとんどゆきずりになされている程度である。いちはやくマルチメディア会社としての転身をはかることを表明し、OCN事業部を発足させたNTTですら、外来の、通信技術としての正統性を欠いた、ある意味でいかがわしい、問題技術の寄せ集めとしてのインターネットは、その経営陣や技術人の本格的な関心の対象とはなっていないように思われる。「いずれインターネットはOCN に、OCN はさらに別の技術やシステムやネットワーク (メガメディア・ネットワーク) にとってかわられる」とか、「インターネットないしOCN とマルチメディア情報流通プラットフォームとは、ものが違う」、「インターネットへの接続は拒まないにしても、わが社の開発するマルチメディア技術や広帯域通信システムは、はるかに高度なもの、独自のものでなくてはならない」といった考え方の方が、より広く見られるように思われる。その象徴となっているのが、NTTの「FTTH」路線、すなわち、既存の電話のシステムを、電話局中心のスター型のアーキテクチャーには手をふれることなく、そっくりそのまま光ファイバー(と光交換・通信技術)で置き換えていくという基本方針ではないだろうか。この基本方針は、今のところ微動もしていないように見える。これでは、未来の情報通信システムをめぐる国際的、いやグローバルな議論の中に直接飛び込んでいく事は、ましていわんや「インターネット」という共通の枠組みの中での改善や新しい標準の提案を行ったり、その普及に努めたりする事は、困難になりはしないだろうか。

 そうだとすれば、現在のNTTにとってのもっとも緊急の課題は、このような状態から一刻も早く脱却して、「マルチメディア会社」としてのNTTを、あらためて「インターネット会社」として再規定し、幹線網と市内網の両面におけるインターネットの本格的な展開を、自社の経営戦略の中心に据えることである。また、研究開発の中心も、技術面だけでなく、法制度面や社会・文化面まで含めたインターネットの「生命系」としての特質を解明すると共に、それが人間にとって望ましい進化の方向をたどりつつ存続・発展していくための誘導策を編み出すところにおかれなければならない。

 新しく採用することが望まれるNTTの経営戦略は、次のようなものであろう。

  1. 大方針:
    • 自社のサービス対象領域に生活するすべての人々(や組織)が全員がその業務や生活に利用できる新ネットワーク(インターネット)の構築をめざす
    • インターネットの構築と運用は、幹線網と市内網の両面で、新長距離会社と新地域会社が分担担当して、同時並行的に行う。
    • インターネットの構築と運用は、NTTが独自で行う場合もあれば、他の事業者や主体(たとえば自治体)と協働・競争して行う場合もあることを明確にする。
    • 既存の電話システムは、それを補完する形で活用・転用する。とりわけ、現在の有線系の電話システムの諸要素はアンバンドルして、他の事業者の利用にも供する。また、無線系の電話システムは、市内網および長距離(グローバル)網として発展させ、インターネット中核へのアクセス系に転換させていく。つまり、インターネットのサブシステムとしての役割を与える。
    • 既存の(有線系の)電話システムの諸要素の、インターネットのための部分的利用にさいしては、新しい高速データ伝送技術やスイッチング技術の採用や開発を急ぐと共に、そのための回線として、既設の光ファイバーや銅線を、自社利用と他者への貸与の両面で、積極的に活用する。さらに、無線(電波、赤外線)や同軸ケーブルの利用も進める。
    • インターネットを中心においた場合、有線と無線、固定体と移動体、あるいは国際と国内といった区別は、基本的には意味を失う。ということは、現在のNTTデータやファシリティーズやTE、あるいはNTTソフトウエアやコムウエアを、分離子会社としているNTTの政策自体が、まず再検討されなければならないことを意味する。各地方支社の子会社として位置づけられているNTT・TEの各社についても、同じことが言える。いわゆる四社(持ち株会社+長距離会社+二つの地域会社)体制をいかに運用すべきかという議論に先行して、既存の子会社をどうするかという議論が行われなければならないのである。長距離と地域の分業体制をどう構想するかは、その次の問題である。
    • インターネットの本質はLAN間の相互接続にある。したがって、そこには、「エンド・ツー・エンド」の観念や「国際対国内」の区別は本来ない。ただし、広域にわたる全国的システムやグローバルなシステムを構築する場合には、システム全体のアーキテクチャーとしては階層構造を導入して、国内や国際の「幹線」ないし「中継線」を別途敷設する事は、十分合理的であり、そこに長距離と地域の新たな分業の余地が生まれるだろう。
    • だからといって、あらゆるサービスを「バンドル」して、しかも「ワンストップ・ショッピング」で提供しようとするのは、情報革命の趨勢を理解していない――旧来の独占の考え方にとらわれた――誤った考え方である。今日の世界のテレコム業界に見られるそのような傾向が長続きすることは決してないだろう。たとえば、旅行業界をとってみても、一つの航空会社や鉄道会社が、旅行にかかわるあらゆるサービスをバンドルしてワンストップ・ショッピングで提供することは考えられない。若干の多角化はあるにしてもである。人々は、輸送会社ではなしに、「トラベル・エージェント」が、旅行者の立場にたった第三者として、さまざまな輸送会社のさまざまなサービスの中から、旅行者のニーズをもっとも良く満たすと思われる組み合わせを選択・提案してくれる事を望んでいる。バンドル化やワンストップ・ショッピングは、そのレベルで実現されれば十分なのである。もちろんそのさいに、エージェント間の競争体制が存在していることが、絶対の必要条件である。輸送会社は、むしろ自らの得意なサービスに特化して、質の改善と料金の引き下げに努めてしかるべきだろう。そうだとすれば、同じ事はテレコム業界にもあてはまるのではないだろうか。つまり、個人であれ、企業であれ(大企業でさえ)、多くのユーザーが等しく求めているのは、きわめて急速に進行する情報革命のさなかにあって、未来のシステムの選択や現在の各種サービスの利用に関する適切な助言と支援を提供してくれる、信頼のおける有能な「コミュニケーション・エージェント」の存在ではないだろうか。(私は、今年の六月初めのPTCの会議に参加して、日本興業銀行やトヨタからのユーザー・ニーズの説明を聞いた時、あらためてその感を深くした。)
    • もう一つの分業の方向は、有線系と無線系のそれである。インターネットの中核部分を有線系が占めるとすれば、無線系はそれへのアクセス系として、それを補完する。グローバルには低軌道衛星系が、ローカルには移動体無線系や固定体無線系がその役割を果たす。その場合、地域会社が有線系を担当し、長距離会社は(市内無線系を含むすべての)無線系を担当するといった分業が考えられる。
  2. 長距離・国際会社の戦略:中継線業および無線業へ
    • 音声電話であれデータ通信であれ、情報通信技術の発達は、通信の限界費用が距離や帯域や通信時間やデータ伝送量に依存する度合いを、一貫して低下させていくだろう。つまり、未来の通信サービスの品質は、確実性とか安全性といった別の指標ではかられるものになるだろう。したがって、通信料金も、距離や帯域や通信時間やデータ伝送量には依存しない、サービスの質に応じた定額制のものになっていくだろう。そのことは、「長距離」とか「国際」といった区別が無意味なものになってしまうことを意味している。あるいは、距離や時間ではかった長距離電話や国際電話の料金は、低下の下限を事実上失うということだろう。その限りでいえば、通信料金は「タダ」になりうるのである。
    • それに代わって出現する区別の基準は、「幹線」ないし「中継線」であることの有無、あるいは、システム全体の階層構造の中のどのレベルの「中継線」にあたる通信サービスを提供しているか、またその場合に、どのような種類の通信サービスを提供するのかということだろう。長距離・国際会社の経営戦略の一つは、中継線の敷設と賃貸しを専門とするところにあるのではないか。
    • それにしても、中継線の敷設と賃貸し業に特化するだけでは、長距離・国際会社の発展性は乏しいと言わざるをえない。そこで、もう一つの可能性として、グローバルおよびローカルな無線通信業、それも単なる無線電話でなく、インターネットへのアクセスのための無線通信業に参入することが考えられる。前者のグローバルな無線の例は、低軌道衛星を利用するテレディシック社の試みがあり、後者のローカルな無線の例はAT&Tが発表した市内固定体無線への参入の試みがある。さらに、現在その開発の構想が議論されている成層圏飛行船を利用した広域無線通信も、大きな可能性を秘めているように思われる。いずれも電話を越えた広帯域通信への応用を視野に入れている。日本の新長距離会社も、当然その方向での発展をめざすべきだろう。
  3. 地域会社の戦略:新市内網の構築へ
    • 長距離・国際会社との比較でいえば、地域通信会社の未来ははるかに明るい。ただしそれは、地域会社が、インターネット新市内網の構築というビジョンを掲げて、各地域での新たな「経営生態系」構築のリーダー企業となりうる場合の話である。先に示したように、全体としてのインターネットは、大きくみて、幹線網ないし中継網としての部分と、市内網の部分とにわけられる。現在その構築と利用が相対的に遅れているのは、市内網(LANとそれらを相互接続する回線、そして市内幹線にあたる光ファイバー・ループ)の方だと思われる。NTTのOCNサービスは、とくにそれが新長距離会社の業務範囲に入れられる場合には、基本的にインターネットの幹線網ないし中継網として位置づけられ、さらに進化発展させていかれるべきだろう。同時に、新地域会社としては、自らの営業領域にある各コミュニティをカバーするインターネット型の新市内網(それは、LANとWANの中間にあるネットワークであって、私はそれを本報告書の中ではCANと総称した)に特化すべきだろう。つまり、地域会社としては、CANの構築と運用を――そのための技術や人材の開発、利用の仕方の提案やユーザーの研修等を含めて――その経営戦略の中心にすえなければならない。
    • 既存の電話網は、新しい市内網が十分な収益をあげるようになる日までの、貴重な収益源となってくれる。

       第一の収益源は、市内電話そのものである。ただし、市内電話料金は、一日も早く定額制に移行すると共に、それが適用される「市内」の範囲を思い切って拡大する必要がある。そして、市内電話の利用とインターネットの利用は、可能な限り切り離す必要がある。(そのためには、ダイアルアップによる長時間のインターネット接続が不必要になるような仕組みを、早急につくらなければならない。)

       第二の収益源は、既設の電話ネットワークの諸要素をアンバンドルして、インターネット用に転用もしくは貸与するところに発生する。すでに日本の都市の多くには、かなりの量の光ファイバーがループ状に敷設されていると聞くが、これをインターネットの地域幹線に転用すべきである。また、アナログ専用線サービスは、両端にXDSLモデムの設置を認めることによって、LAN間接続用の中速回線として利用させるのがよいだろう。もちろん、既設の加入者線を利用したXDSLサービスの展開もできるだけ早く始めると同時に、他の事業者(とくに地域のISP)への貸与も実行すべきである。

    • 収益の増大と合わせて、費用の節約をはかることも大切である。

       第一に、現行のISDNサービスは、XDSLサービスの普及と歩調をあわせて、なるべく早く段階的に、サービスの切りわけからさらには撤収をはかるべきである。(高速広帯域通信の世界で、ISDN型のサービスが占めうるニッチはごく限定されたものでしかないだろう。近年ISDNへの需要が急増しているとはいえ、その絶対規模は電話加入全体の二% にも満たない。しかも、その多くはインターネットへのアクセスのための需要である。XDSLサービスが普及すれば、需要その部分はISDNからXDSLにほとんど乗りかわってしまうと思われる。転換は、需要の立ち上がりの時期こそがそのチャンスではないだろうか。)

       第二に、現在のようなFTTH路線は放棄すべきである。電話局から加入者宅までスター状に引かれている銅線のケーブルを光ファイバーに置き換えるというこれまでの路線は、インターネット路線に転換した瞬間にその意味を失うからである。もちろん、光ファイバーの通信回線としての重要性は、今後とも減る事はないだろう。しかし、光ファイバーの最大の価値は、個々の端末からというよりはむしろLAN同士の接続のための回線や、(市内を含めた)幹線網での回線として利用されるところにあるのではないか。

       第三に、とくに市内インターネット幹線の不足を補うためには、道路や下水道、あるいは鉄道や電力線などに併設されている光ファイバーが、そのために転用できる事が望ましい。NTTとしては、これらの光ファイバーのダークファイバーとしての利用が――なによりもまずNTTにとって――可能になるような(もちろんNTTに対してだけでなく、他の通信事業者に対しても可能になるような)働きかけを、各方面に対して行うべきである。

       第四に、インターネット用の高速回線としては、既設の同軸ケーブルの利用も重視すべきである。NTTとしては、ケーブルテレビ会社と合弁で、あるいはケーブルテレビ会社の保有している回線を借りて、さらにはケーブルテレビ会社を合併して、同軸ケーブルのインターネットへの転用を推進する必要がある。

    • 地域会社は、従来型の電話事業については、特殊会社としての法律的な制約を――もっぱら政治的な理由で――受け続けざるをえないにしても、他の種類のサービスについては、自らの営業領域や事業の種類を限定すべきではない。とくに、個々の地域会社の営業領域が、地理的に隣接するある特定の地域に限定されると考える必要はまったくない。個々の地域会社は、全国の、いや世界中のいたるところにLANを張り、それらを相互接続することを、自らの本来の業務と考えるべきである。つまり、自国でのインターネット用新市内網の構築のノウハウを確保した暁には、地域会社は、他国での新市内網の構築や運用に、あるいは単独で、あるいは他の企業(とくに相手国の企業)との合弁で、積極的に乗り出してしかるべきである。

       別の観点からすれば、今後日本の中でさまざまな国籍をもつ人々や多国籍企業が広く在住ないし活動するようになり、それと同時に国内のテレコム市場も対外的に広く開放されるようになった暁には、「市内」の通信サービスといえども、国際的な競争の下でのサービスとなり、その意味では「国際サービス」だとする見方は、十分に可能である。それは、日本で行われても主催者や聴衆が多国籍である会議が「国際会議」と呼ばれるのと同様である。

おわりに

 NTTがその新経営戦略の中心をインターネットに向けようとするさいに、もう一つ考えておかなければならないことがある。それは、他の企業、とりわけ海外の企業との協働および競争の問題である。

 インターネットのビジョンや技術は、NTTが創始・開発したものではない。そのサービスの形や内容もこれまでの電話のそれとは、種類として異なっている。それはインターネットの中核をなすデータ伝送技術やスイッチング技術だけでなく、その周辺ともいうべきXDSLやケーブルモデムの技術についても同様である。その意味では、インターネットを基盤とする新経営生態系の構築にあたって、リーダー企業としての役割をつとめる上で、今のNTTに課せられたハンディキャップは、決して小さくないのである。

 だから、NTTは日本の数少ないすぐれたインターネット技術者や、みずからの経営ビジョンを持っている通信事業者、とりわけISPを大切にして、それらとの協働をはかっていかなくてはならない。中でも、最先端のインターネット関連技術や製品を開発できる海外の企業や、インターネット型の情報通信システムの構築・運用の経験を豊富にもっている海外の通信事業者との提携は、NTTとして真剣に考慮すべきだろう。それも、海外での事業展開にさいしてだけではなく、日本国内の事業展開にさいしてである。新しいケーブルテレビ事業や衛星放送事業が海外企業との合弁でもっぱら進められているとすれば、インターネット事業においてはなおのこと、その必要性は大きいのではないか。NTTがインターネット中心への転換を真剣に考えれば考えるほど、その必要はさらに高まってこよう。

 NTTは、インターネットの分野で、国内だけに通用する技術やサービスを開発したり、みずからの標準をそのまま世界の標準にしようと努めるべきではない。インターネットの標準は、グローバルなインターネットのコミュニティの中で、相互の対話と討論を通じて、さらに相互の協働を通じて、形作られていく。また、米国政府は政府として次世代インターネットの開発の支援を決定して、「新開発主義的」とでも呼ぶのが適切な政策的コミットメントを行っているが、そこでの議論の過程はインターネット上に公開するとともに、世界のどこからでも、だれででも、議論に参加する事を歓迎している。だから、NTTとしては、組織としても個人としても、さまざまな形で、このグローバルな過程に参入することを試みなければならない。そこでどれだけ理解され、どれだけ共感され、どれだけリーダーシップを発揮できるかが、これからのグローバルなビジネスの推進の成功にとっての試金石になるだろう。だから、そうした試みを本格的、全面的に展開していくことこそが、NTTの当面の国際(化)戦略の主軸におかれるべきだろう。(もちろん、NTTがそのような試みに全く未経験だというわけではない。たとえば、MPEGの標準化は、NTTが主導的な役割を果たしているものの一つである。これらの良き先例に学びつつ、NTTは同様な試みの範囲をさらに拡げていかなくてはならない。)