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ESENA - October 22, 1997
なぜ今ガイドラインの見直しなのか?
October 22, 1997 [ ESENA ]
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ガイドライン見直しについてのメディアの取り上げ方を見ていると、大げさな見出 しが踊っていて、驚くことがある。大方の読者にはおなじみの邦字新聞はさておき、『ジャパンタイムス』という英字新聞の例をとって見よう。6月9日の同紙の一面に は「日米、戦争マニュアルを発表」とでも訳せるような文字が大きく出ている。これ は中間報告が発表された時のことであるが、最終報告が出たときの同紙の紙面も、こ れで日本はいよいよ「平和国家」の仮面を脱ぎ捨てて「戦争国家」への大きな一歩を 踏み出したのだと言わんばかりの文字が並んでいる。実態はそんなものではないと知 っているつもりの私でさえ、こうした新聞論調だけを見ていると、つい妙な気持ちに なってしまいそうである。日本の代表的な英字新聞がこの調子であると、日本事情に あまり通じていないうぶな外国人読者--たとえば私のところで勉強している留学生など--に与える影響は無視できない。
私が幾人かの新聞記者のインタビューを受けたときの印象でも、なぜ今さらガイド ラインの見直しなのかという疑問を、新聞記者諸氏が抱いているらしい。つまり、冷 戦も終り、戦争の影が薄らいでいくなかで、なぜ「戦争マニュアル」などが必要にな のかという疑問である。冷戦時代にさえ必要でなかったような「戦争マニュアル」を 必要とするほど、いま日本の周辺はきな臭くなっているのかという問いかけが、その 背景にある。
正直に言うと、私も実は「何を今さら」と思わないわけではないのであって、ある 新聞にコメントを求められてそう述べたことがある(『読売新聞』平成9年5月19日)。時代とマッチしないというふうに私が思う理由は、しかし、上に述べた人々のそれ とは違っていて、とうの昔に出して置かなかった宿題を今ごろになって出して来るとは何と怠慢なという感じからなのである。
出し遅れの宿題を今になって出すべく迫られたのは、軍事的緊急性の高まりが理由 ではなく、政治的緊急性のゆえにである。戦争の危機がここへ来てかってないほど急 に高まったからではなく、日米安全保障関係の新しい意味づけを、日米の指導者が、 また有権者が、求めるようになったからである。危機があるとすれば、何よりも、日 米安全保障関係の危機なのである。
誤解を避けるために急いでつけ加えて置かなくてはいけないが、何の「軍事的」必 要もないのに、日米の結束を維持するためという政治的理由だけから、ありもしない 「戦争」に備えた「マニュアル」などという物騒なしろものを担ぎ出して来たのだと いう趣旨でこう言っているのではない。「軍事的」な情勢は、ある意味では冷戦期と 冷戦後とで不変の持続的な面がある(無論、変化した部分もあるが)。にも関わらず、かつてはなしで済ませたような要素を含むガイドラインを今必要とするようになっ たのは、冷戦の終焉(だけに理由があるのでは実はないのだが)に伴い、日本の果た すべき役割に大きな変化が生じたからである。 この辺の事情をのみ込むために少し歴史を振り返っておこう。1969年の沖縄返還交 渉の前後と、それから4半世紀たった昨今とを比較して見る。沖縄返還の合意に伴い 、佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン大統領が交した共同声明のなかに、韓国条項 と台湾条項というものがあった。韓国および台湾の安全と日本の安全とは密接な関係 があるという趣旨の文言である。じつはもうひとつベトナム条項とでも言うべきものもあった。これらは、日本への施政権返還によって沖縄の米軍基地に関する法的地位が変化した結果、米軍の行動の幅が大きく制限されるようなことがもしあるならば、 「極東の安全」に悪い影響を与えることになりはしないかという懸念があったからで ある。そうしたアメリカの懸念が払拭されない限り、沖縄返還についてアメリカの同 意を引き出すのは難しい。極東の空が明るくなって青空が見えるようになるまでは沖 縄は返せないという言い方として関係者の間に知られたアメリカの立場がそれである。 それでは、1969年当時、まだまだ極東の空はそれほど青くはなかったのに沖縄を返 すことにアメリカが同意したのはなぜであろうか。同盟国としての日本の信頼性にアメリカが賭けたからである。アメリカがアジアの安全保障をいつまでも一手に引き受けているわけにはいかないが、さりとて、同盟国として日本に極東の安全保障の責任の一端を背負う政治的用意があるのかないのかの見極めがつかない限り、アメリカとしては沖縄で享受してきた行動の自由を捨てて良いかどうか覚悟を決めかねていた。 「韓国条項」以下の文言は、こうした文脈で、日本が極東の安全保障をひとごととは見ないという意思の表明としての意味をもつものであった。 アメリカの安全保障政策の当事者がこの賭けは正しかったと思ったかどうかを調べ るのは、沖縄返還後の日米関係史に関心を持つ研究者の課題である。その際、1978年 に決められた「日米防衛協力のための指針」(つまり今回改訂の対象となっている現 行のガイドライン)の評価が、ひとつの論点となるだろう。佐藤・ニクソン共同声明 以後、米中関係の正常化、ベトナムからのアメリカの撤退があり、台湾条項とベトナム条項は自然消滅したと言えるが、韓国条項は1975年の三木・フォード共同声明に引 き継がれた。その翌年、防衛協力小委員会が日米間で設置され、その作業の成果として問題のガイドラインの策定があった。こうした流れの中に置いてみると、現行のガイドラインは、沖縄返還後の「日米同盟」の実体化の過程の産物であったことが明ら かとなる。(なお、旧大綱の策定もこの時期であるが、それを含めて、三木・坂田時 代の安全保障政策の総体的評価を歴史家が試みる必要がある。また台湾条項は自然消 滅したと書いたが、新しい情勢で日本がこの問題にどう対処するかは別途の議論が必要である)。
細かい論証は別の機会に譲って、現行ガイドラインのもとでは、(1)防衛協力の 範囲は日本有事(いわゆる安保条約第5条事態)に限られ、第6条事態(極東有事) は論議の対象外とされたこと、(2)そうした事態への日米「共同対処」は正面から 扱われず、あくまで「共同研究」に止まるとされたことの2点をここでは確認してお けば十分である。つまり、韓国の安全は日本の安全と密接な関係にあるという言明に も関わらず、韓国有事の場合に実際に行動するのは在日米軍であって、自衛隊がその 米軍と「共同」で行動することなどは問題外というのが、当時の日本の安全保障論議 における支配的な空気であった。ではなぜそうなったかと言えば、周知のように、憲 法第9条が集団的自衛権の行使を禁じているので、米軍との共同行動は、日本それ自 体に仕掛けられた攻撃を排除する場合を除いて、出来ないという観念が大前提となっ ていたからである。それが極端にまで行くと、およそ日本領域の外で行動する米軍と 関わることは、領土・領海内でこれに補給・支援を行なうことでさえ、頭から違憲で あるという議論になってしまった。
集団的自衛とは、いずれの国にも固有のものとして認められている自衛権に基づい て、同盟国が共同で共通の軍事的危機に対処することを指す。日米安全保障条約は、 そのような意味での集団的自衛機構である。NATOのような多数の国家からなる「集団 的」自衛機構もその点では本質的には相違がない。ただ、日米安全保障条約の特異点 は、日本が攻撃にさらされた時だけ、集団的自衛機構が機能するのであって、それ以 外の事態はひとり在日米軍だけの関心事であり、日本は「あっしには一切関わりござ いません」といって頬被りで済ませると考えられて来たことである(なお、憲法を論 拠に集団的自衛権を否定する論者は、自衛権そのものを憲法は認めていないという立 場に立てば、論理としては整合性を持つ)。 こうした片務的な同盟をアメリカが、内心の不満はともかくとして、これまで許容してきたのは、アメリカ自身がどこかの国の攻撃にさらされるという事態が、理論上はあり得ても、実際問題としてはありそうもないという現実があったからである(ソ 連による核攻撃という事態は別であるが、この問題はしばらく措くとしよう)。形式上は対等で相互防衛関係にある米韓条約や(かつての)米台条約--こうした条約で は韓国軍や台湾軍がいざという時にはアメリカを助けに行くことになっている--と 、形式上片務的な日米条約とが、「実務上」は何ら変わりがないものとして扱われてきたのはそのためである。(これに対して、いや日本は米軍に基地を提供することによって立派に「相務的」に役割をは果たしてきたという議論をなす人があろう。それには一部の真理があると私も思うが、ただし、それを言うならば、米軍に基地を提供することは立派な「集団的自衛権」行使の一形態であるということを認めなくてはなるまい。自衛隊が米軍と共同に行動しないのだから日本は憲法第9条という聖域の中に止まって居れるという言い分は、頭隠して尻かくざずの誹りを受けても仕方がない 。われわれの「敵国」がそんな都合の良い区別を親切にしてくれると思うのはおめでたい幻想である)。
しかし、問題は別のところにある。すなわち、アメリカが攻撃されたとき(これは きわめて確率の低い事態)ではなく、アメリカの同盟国A (たとえば韓国)が攻撃に さらされたとき(これは先のものに比べてずっと確率が高い)、別のアメリカの同盟 国B (たとえば日本)が「あっしには一切関わりございません」といって頬被りで済 ませられるかという問題である。もし、日韓米の三国が(たとえばNATOのように)一つの集団的自衛機構を構成しているとしたならば、こういうことはあり得ないことで ある。そのような同盟は直ぐに解体に向かうであろう。しかし、韓国と日本との間に、安全保障を共有するという政治意識が存在しない(または極端に希薄である)という現実が、日本の「頬被り」を支えてきた。日本は余計なことはしてくれるな、アメリカに基地を貸してあとはおとなしくしていて欲しいというのが韓国の立場であった。そうである限り、日本の「頬被り」は国際的に許容され、むしろ誉めるに値する行動様式であった。
皮肉なことに、冷戦が、この種の「頬被り主義」を日本が取り続けることを支えて きたもうひとつの現実であった。というのも、米ソの緊張を前提とすれば、日本有事 はある程度の確率で生じるシナリオと考えられていたからである。日本が日本自身の 有事に対処することを優先し、できるだけ独力で外敵に対処できるならば、同盟国の アメリカから見ても、大変望ましいことに思えたはずである。しかし、冷戦が終って 見ると、日本が某国の攻撃の対象になるという確率は、顕著に低下した。とくに、米 軍が日本に駐留するという条件下では、そうした確率はゼロに近い(近未来で言えば、北朝鮮によるミサイル攻撃が唯一の例外であろう)。そういう状況のもとで、日本 有事だけが日本の関心事であって、それ以外は一切自分たちには無関係だという態度を日本がとり続けるならば、同盟国としての日本の役割はどこにあるのかが鋭く問われるのも止むを得ない。
こうして、韓国条項は未だ生きている。否、長い間空文に過ぎなかったそれが今息 を吹き込まれようとしているのが新ガイドラインだと考えた方が良い。その意味では 問題は古いが、答えが遅れてやって来たに過ぎない。別に、冷戦が終って、急に、日 本の周辺が騒がしくなったというわけではない。もっとも、北朝鮮の政治的不安定や、韓国に引き離されたことへの焦りや、国際的孤立感が深くなっていることなど、近 年の新情勢が半島情勢の複雑さを増大させていることを勘案しなくてはならないこと はもちろんである。
ここまでは、いわば、「古典的」な同盟の観念に沿って議論をしてきた。簡潔に言 い直せば、同盟国として当然の役割が、憲法第9条の神通力のお陰でこれまで免除さ れてきた。そこで、普通の同盟国の軍隊同士ならば当然である協力関係を可能にする には、面倒なガイドラインを作成して、これまでの欠落を埋めようとしているのが、 今回の見直し作業である。別にそれほど驚くほどの内容ではない。日米が新たな「戦 争マニュアル」を作成してきな臭いことを目論んでいるという論評は的外れも甚だしい。 以上は、最も基本的な問題点を明らかにするための議論であった。しかし、韓国条 項との関係だけで、今後の日米安全保障上の協力を語ることはできない。遅かれ早か れ、朝鮮半島の危機は緩和するであろう。そのぶんだけ、極東の空は今より青くなる と期待して良い。しかし、それで日米の安全保障協力の必要がなくなるわけではない 。より広く、グローバルなあるいはリージョナルな規模での国際安全保障(一種の国際的公共財)を日米が共同して提供していくのが、21世紀の新国際秩序の重要な要素 となるであろう。このような広い範囲での日米の安全保障協力も、過去にその芽はあ るのであって、全く新規に属するとは言えない。たとえば、現行のガイドラインのもとで1986年12月に終了した「シーレーン研究作業」なるものがある。これまた、日本領域を超える軍事行動はすべて違憲なりという当時の世論の雰囲気の中で進められたので、認知されざる赤子のような扱いを受けてきた。しかし、海洋の秩序を誰がどの ように守るかは、ソ連の脅威の消滅云々と関係なく、つねに存在する問題である。圧倒的な優勢を誇る米国海軍にいつまでもすべてお任せというわけには行くまい。かと言って、海洋の覇権をめぐる争いを21世紀に繰り返すという無駄(贅沢?)をあえてする余裕を人類はもはや持たないであろう。だとすれば、米国の海軍力を中心に据えながらも、より多くの国々が共同して「海洋ガバナンス」を形成していくようにわれ われは議論をリードしなくてはならない。日本はその共同事業に参画するのかしないのか。台湾海峡や南シナ海に航行の安全は、その意味で日本の関心事に入ってくるはずである。
海洋のガバナンスという問題をも含む、国際安全保障のレジームをどう作っていく のかという課題への取り組みは、むろん、まだ端緒についたばかりである。新ガイド ラインで言えば、「平素から行なう協力」の中の「安全保障面での種々の協力」と題 する項目のもとに、「安全保障面での地域的な及び地球的規模の諸活動を促進するた めの日米協力は、より安定した国際的な安全保障環境の構築に寄与する」とあり、安 全保障対話の促進、防衛交流、軍備管理・軍縮などの課題に触れ、国連平和維持活動 、人道的な国際救援活動あるいは大規模災害の際の緊急援助活動に参加するに当たっ ての輸送、衛生、情報交換、教育訓練などの分野での日米間の協力に言及している。 このような分野での日米協力の具体的な展開は今後の課題であろうが、こうした課題 に新ガイドラインが言及していることは、21世紀の日米同盟の目的が、狭い意味での 有事への対処だけだけでなく、安全保障環境を如何に形成・維持していくかという大 きな視野から捉えられるべきことを示唆している点で重要である。ガイドラインを「 戦争マニュアル」と呼ぶことの不適切なことが、これでも分かるであろう。しかし、 「危機存亡の時」(the moment of truth) に同盟の真価が問われることは今も昔も 変わりはない。そうした強固な同盟の存続があって、始めてわれわれは、アジア太平 洋の地域的秩序の構築という大事業に身を入れることができるのである。新ガイドラ インの意味は、そうした大きな作業に立ち向かうためのベースラインを引くことにある。