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ESENA - November 25, 1997

総合的沿岸域管理について

November 25, 1997 [ ESENA ] このエントリーをはてなブックマークに追加

Center for Global Communications, International University of Japan

総合的沿岸域管理について

磯部雅彦
東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻
97.11.25



沿岸域環境の機能を防災,利用,生態の3つに分類し,それぞれについて日本の現状について統計的資料に基づく議論を行った。

防災においては高潮・高波や津波によって多大な災害を被ってきたのと同時に,海岸侵食が深刻化している実態が明らかになった。また,利用の拡大・高度化が進み,経済発展を支えてきた反面,生態面での環境容量の減少が見られた。

以上のようなコンフリクトを解決するため,沿岸域の諸機能を支える環境基盤という概念を導入し,この健全性・安定性を保つことを中心にした総合的沿岸域管理を提案した。

この観点から,従来の沿岸域の環境修復・創造事業を紹介し,将来のあり方を述べた。




目次


エグゼクティブ・サマリー

環境という言葉は人によって様々に解釈されている。広義の環境とは人間をとりまく周辺全てであり,自然環境のみならず人間が防災や利便性のために造った構造物・システムも含めて環境であるといえる。

表9は海岸に関する広義の環境要素を示したものである。人間にとってよい環境とは,公害のない美しい自然・生態に囲まれ,様々な災害に対して安全で,しかも利便性も高く活発でいきいきとした生活ができる状態であると言える。

つまり,「美しく,安全で,いきいきした海岸」が理想であり,これらに対応して表中では環境の諸要素が,生態,防災,利用に分類されている。

海岸線は大気(気圏)と海水(水圏)と地盤(地圏)の境界線であり,海岸線近くのこれらの3圏が沿岸域を形成する。

生態ではこれらの3圏と生物・生態の要素が示され,防災では種々の海岸災害が,また利用では種々の沿岸域利用が示されている。

海岸災害の主なものは,高潮,津波,海岸侵食である。日本は台風の通過経路に位置しており,南向きの湾ではたびたび高潮災害を被ってきた。地震にともなう津波もしばしば来襲している。さらに,近年の海岸侵食は著しく,全国の砂礫浜を平均しても6年間に1mの後退が起こっている。

利用面からは,沿岸域への人口・産業の集中が著しく,沿岸域にある市町村の面積が全体の32%にすぎないのに,人口では46%,工業出荷額では47%,商業販売額では77%を占めている。

これを実現するため,交通,エネルギー,水産,工業地域,商業地域,レクリエーションなどに,日本の沿岸域の利用が広範かつ高度に行われてきた。

この結果として生態面では,藻場や干潟の面積の減少や海岸線の人工化に見られるように,生物生息場の減少につながった。

防災,利用,生態という沿岸域環境の3側面を維持・増進するためには,地形,地質,水質,大気質など,3側面を支える環境基盤を健全かつ安定に保つ必要がある。

そのためには,水,土砂,物質,生物などの循環を円滑にする必要があり,それによって沿岸域の環境容量を増して,その恩恵を人間が受けることになる。

このような観点から,これまでの日本における環境修復・創造事業を振り返ると,河川の上流から下流,さらに海岸において,土砂供給を円滑にするための対策がなされ始めており,これが長期的・広域的な意味での環境修復といえるであろう。

また,生息場の修復・創造のための事業についても,藻場・干潟や砂浜の造成などが行われるようになった。さらに,生物生息に配慮した,構造物の形状の工夫などもなされている。

今後は,個別技術を組み合わせて技術をシステム化した環境修復・創造技術を開発することによって,総合的な沿岸域環境の修復・創造を行っていく方向を目指すべきである。




1.はじめに

沿岸域とは水際線(狭義には海岸線)をはさんで相互に影響し合う陸域と水域(狭義には海域)を指す。水際線(海岸線)は,気圏(大気)水圏(海洋,湖沼)地圏(地盤)の3圏の接線といえる。

このため,沿岸域では,独特で人間と重要な関わりを有する多様で動的な現象が見られる。沿岸域では独特で代替不可能な生物生息環境に応じた生態系が形成され,また交通,資源・エネルギー,産業,レクリェーションなどの利用が行われ,さらには津波,波浪・高潮,海岸侵食などの災害も被るとともに内陸に対する防災の第一線となる。

このように,沿岸域は大別して生態,利用,防災の3つの側面を有するが,これらは互いに複雑に関係している。したがって,人間が沿岸域と持続的関係を保つためには,これらの沿岸域の3側面を総合的な観点から把握し,管理する必要がある。

以下においては,日本の沿岸域の現状について概観し,問題点を明らかにする。その上で,総合的沿岸域管理に向けての基本構造を述べる。また,沿岸域における環境創造の事例を紹介するとともに,そのあり方について議論する。




2.日本の沿岸域環境の現状

日本はアジアモンスーン地域に属し,また太平洋側には黒潮が,日本海側には対馬暖流が流れているために,緯度の割に海水温が高く,気候が温暖である。潮汐に関しては,大潮時の潮位差が太平洋側で約1.5m,日本海側で約0.2mであり,例外的に地形が特殊な有明海では4mを越える。

表1に示すように,日本の国土面積は378千kmに過ぎないが,水深20m以浅の海域面積はその約1割の31千kmあり,200海里排他的経済水域では4,470千kmに達する。

表1:日本周辺の海域面積

海域面積(km2
(国土面積)377,720
水深 0 - 20m30,880
  20-- 50m49,850
  50--100m79,740
200カイリ経済水域4,470,000

日本の海岸線の総延長は約35,000kmと長く,国土面積あたりでは91m/kmとなって小規模な島諸国を除けば,デンマークの150m/kmについで国土面積あたりの海岸線延長の長い国である。したがって,日本にとって沿岸域の重要性は特に大きいものがある。

以下では,日本の沿岸域の現状について,防災,利用,生態の3側面にわけて概観する。



安全・防災

日本はアジアモンスーン地域に属しているために日本海側では冬季風浪が高く,また9月ごろには台風の通過にともなって高潮・高波が来襲する危険性が日本全体にある。さらに,たびたび起こる地震にともなう津波が来襲することもある。また,海象条件の厳しさと土砂供給の不足から生じる海岸侵食も,深刻化している。

表2は1900年以後の約100年間の日本において,偏差が2m以上となった高潮の記録をとりまとめたものである。

1900年以後の主な高潮(最大偏差2m以上)と被害
 
年月日 場所 最大偏差
 
(m)
最高潮位
 
(T.P.m)
死者(不明)
 
(人)
全・半壊
一部破損
(戸)
床上・下
浸水
(戸)
備 考
1917.10.1東京湾 2.3 3.1 1127(197) (363092) (363092)  
1930.7.18 有明海 2.5 -(-)  
1934.9.21 大阪湾 3.1 3.2 2702(334) 92740 401157 室戸台風
1938.9.1 東京湾 2.2 201(44) 13223 158536  
1950.9.3 大阪湾 2.4 2.5 336(172) 56131 166605 ジェーン台風
1956.8.17 有明海 2.4 4.2 33(3) 37341 10431 5609台風
1959.9.26 伊勢湾 3.4 3.9 4697(401) 833965 363611 伊勢湾台風
1961.9.16 大阪湾 2.5 2.9 194(8) 499444 384120 第2室戸台風
1964.9.25 大阪湾 2.1 2.6 47(9) 71269 44751 6420台風
1965.9.10 内海東部2.267(6)63436496266523台風
1970.8.21土佐湾2.43.123(4)48652599617010台風

台風が北上していくために,東京湾,伊勢湾,および大阪湾の3大湾や有明海では高潮が増幅される。

高潮は同時に生じる高波と相まって,多大な浸水被害をもたらしてきた。なかでも1959年の伊勢湾台風では,高潮偏差が3.4mで,天文潮を加えた最高潮位は東京湾中等潮位(T.P., Tokyo Peil)上3.9mに達し,約5千人の死者と834千戸の家屋の損害を被った。表には入らないが,1953年の13号台風による被害も甚大であり,これが大きなきっかけとなって1956年に海岸法が成立・施行された。

最近,高潮被害は減少している。これは海岸保全が進んだことによるところが大であるが,他方で最近になって大きな高潮をもたらす台風を経験していないということもある。

表3は,最近100年間の主な津波とそれによる被害をとりまとめたものである。

明治以降の主な津波(津波のマグニチュード3以上)と被害

年月日名 称津波
M
津波
m
最大遡上高
(T.P.m)
1896.6.15明治三陸津波6.8424.4 (岩手県三陸町)
1933.3.3昭和三陸津波8.1323.0 (岩手県綾里村)
1944.12.7東南海地震津波7.939.0 (三重県尾鷲市)
1946.12.21南海地震津波8.036.5 (和歌山県白浜町)
1960.5.24チリ地震津波8.548.1 (岩手県野田町)
1983.5.26日本海中部地震津波7.7313.0 (秋田県峰浜村)
1993.7.12北海道南西沖地震津波7.830.5 (北海道奥尻町)

津波に関しては,近年にも頻繁に経験し,その度に被害を被ってきた。津波は全国的に来襲しているものの,太平洋側に多く,特に本州北東部の三陸地方の頻度・累積エネルギーが高い。しかし,1983年と1993年の最近の2度の津波が日本海側で起こっていることから日本海側にも注意が必要となっている。

高潮や津波のように短時間で膨大な被害をおよぼす自然災害に対して,長期にわたって漸進的に起こる災害で,海岸において最も深刻なものが海岸侵食である。海岸侵食は第二次世界大戦後に特に顕著になった。

表4は地形図の比較によって砂礫海岸の侵食速度を求めた結果である(田中ら,1993)。

表4-1:砂礫海岸の面積変化

期間侵食
(ha)
堆積
(ha)
消失
(ha)
年平均消失
(ha/年)
昭和~明治(70年)125397480505972
昭和~平成(15年)460522102395160

表4-2:砂礫海岸の平均変化幅

砂礫海岸延長
(km)
期間侵食
(m)
堆積
(m)
消失
(m)
年平均消失
(m/年)
9499.1昭和~明治(70年)13.27.95.30.076
昭和~平成(15年)4.82.32.50.0168

これによれば戦後になって海岸侵食が著しく加速されていることがわかる。年平均で0.168m(~1/6m)の砂礫浜の侵食速度は,日本の全砂浜の平均幅が約30m(農林水産省ほか,1990)であることから単純に割ると180年で全砂浜が失われるという速度である。

しかし,堆積海岸も同時に存在することは,砂礫が偏在することも海岸侵食問題の1側面であることを示している。日本では,高潮・津波や海岸侵食に対する海岸の保全を目的として,様々な構造物を海岸に建設してきたが,その過程が表5に示されている。

表5:海岸の概況

調査年海岸線延長1
(km)
要保全海岸延長
(km)
海岸保全区域延長
(km)
海岸保全施設の有効延長2
(km)
堤防
(km)
護岸
(km)
突堤3
(km)
離岸堤3
(km)
19622698712331910651341904316519925
197229387143831199377422828470135275
1982341171609013168888428895665416(336)262(373)
1992345361593213743938229275940398(377)572(772)
11963は沖縄・北方領土、1973は北方領土を含ます 2若干定義が異なる 3()内は有効延長
[海岸統計(1963,1973,1983,1993)より作成]

日本の海岸線の総延長は1992年時点で34,536kmであり,そのうち約半分の15,932kmが海岸侵食などに対する保全を要する海岸であって,そのうち約2/3にあたる9,382kmには海岸保全施設が設置されている。

1962年から1992年の30年間で4,248kmの海岸に保全施設が設置されたことになるが,これにより一方で海岸が保全されてきたとともに,他方で自然海岸が人工的な海岸に改変されてきたともいえる。この30年間のうち,最初の10年間には主に堤防と護岸が建設され,次の10年間には護岸とともに離岸堤が急速に建設され,最後の10年では護岸よりも離岸堤が主となった。これは,堤防や護岸によって緊急的に海岸線で波浪の作用をくい止める方法から,その限界もあって,離岸堤のように海中で波浪や海浜流を制御する方法に海岸保全が変化したことによると考えられる。

海岸侵食は国土そのものの喪失を意味するものであって,これ自体が重大な問題であると同時に,海岸が沖からやってくる高潮・津波,波浪をくい止める第一線の役割を果たしていることや,浅海域の生態系維持機能を考えると,今後の最重要課題の1つである。



開発・利用

沿岸域は古来より様々な人間活動に利用されてきた。漁猟生活時代における水産資源の利用や海上交通の拠点としての港の建設に始まり,近現代では,空港の建設,石油などの沿岸地下資源の採取,発電所や燃料備蓄のためのエネルギー基地の建設,農業用地の確保,工業地帯の立地,商業空間の提供,さらにはレクリエーション活動や廃棄物の最終処分も含めて様々な利用が図られてきた。その結果,沿岸域は人口,産業,人間活動が集積する場となっており,世界的に今後その傾向がますます強まると予想されている。

図1は,境界に海岸線を有する市町村と内陸にある市町村とで,面積,人口,工業出荷額,商業販売額の比率を比較したものである。

臨海市町村への人口・経済活動の集中

面積では32%に過ぎない臨海市町村が,人口では45%,工業出荷額では47%,商業販売額では77%もの割合を占めていることでもわかるように,沿岸域での人間活動が極めて活発であることがわかる。日本の場合,人間活動に不向きな山地が多いため,平野部,特に沿岸陸域に人口・活動が集中する傾向にある。

表6を見ると,東京湾とサンフランシスコ湾の面積がほぼ同じであるのに,流域での人口密度が60:1にもなることがわかり,開発・利用に対する潜在的要求が非常に強いことが理解できる。


表6:東京湾とサンフランシスコ湾の比較

 東京湾サンフランシスコ湾
水域面積(km2)13801240
流域面積(km2)7549153000
平均水深(m)45
15*
6
流入河川流量(m3/s)300500
流域人工(千人)249208000**
流域人口密度(人/km2)330152
埋立面積(km2)249240
*:内湾部、**:カリフォルニア州

つまり,日本においては沿岸域をより高度に利用しなくてはならない背景がある。



自然・生態

生態系からみて沿岸水域,すなわち浅海域は,藻場が形成され,また魚類などの産卵・孵化,幼稚子の生育が行われたり,鳥類の採餌場所となったりする重要な場所である。しかし,海岸侵食や,構造物の建設などによる海岸の改変により,このような機能が低下してきた。

表7は,沿岸域の生態系を支えるのに重要な干潟,藻場,サンゴ礁の面積の変化を調査した結果を示すものである。

表7:干潟,藻場,サンゴ礁,および埋立地面積の変化

(単位 ha)                
対 象19451973→ 増減1978→増減19891992
干 潟82621(-28765)53856 (55538)*(-4076)
藻 場82621(-2049)182727 (207557)*(-6403)201154
サンゴ礁88972(-1789)87183
湾岸内埋立地**029329(+15158)44487(+14361)58848
              *直接の調査結果ではなく、1992年の値に減少面積を加えたもの
              **埋立の主要部分で、1978年から1983年では全埋立面積の55%となる

[環境庁(1980,1992)及び日本港湾教会(1990)より作成]

特に1970年代における内湾の埋立地の増加にともなう干潟の減少が著しい。これは,人間の行為が生態系全体にとって無視し得ない規模に達していることを示すとともに,人間が有為なスケールで環境を修復・創造する可能性を示しているともいえる。埋立や海岸保全施設の建設の結果として,海岸は人工海岸化してきた。

表8は,自然海岸,半人工海岸,人工海岸がどのように変化したかを示すものである。

表8-1:海岸の自然状況と立入可能性:自然海岸

調査年 泥浜  砂賀 
 (砂浜) 
 海岸 
 岩石 
 (礫浜) 
 海岸 
海岸(汀線)に浜が
発達していない
 小計 
 距離 (km)(km)(km)(km)(km)
198023244135287903518967
198422440675149896218402
 変化 -8-346-138-73-565

表8-2:海岸の自然状況と立入可能性:半自然海岸

調査年 泥浜  砂賀 
 (砂浜) 
 海岸 
 岩石 
 (礫浜) 
 海岸 
海岸(汀線)に浜が
発達していない
 小計 
 距離 (km)(km)(km)(km)(km)
1980180249810086544340
1984178265210206614511
 変化 -2+154+12+7+171

表8-3:海岸の自然状況と立入可能性:人工海岸

調査年 埋立によって 
 できた土地 
 十拓によって 
 できた土地  
 左記以外の 
 人工海岸 
 小計 
距離(km)(km)(km)(km)
1980385643343118599
1984452442343489295
 変化 +668-10+37+696

ここに,人工海岸とは潮間帯に構造物が設置されている海岸,半人工海岸とは構造物が設置されているものの,満潮汀線より陸側か,干潮汀線より海側にあるものを表す。

表より,埋立護岸の建設などにより,海岸線そのものの延長が増加するが,その内訳でみると人工海岸が増加しており,自然海岸は減少の傾向にある。

埋立や海岸保全施設の建設速度は鈍化しているものの,人工海岸化の傾向は止まらず,将来はすべての海岸が人工化するという恐れがあることに十分な注意が必要である。




3.沿岸域環境の基本構造
環境とは人間が認知することのできる総体であり,単に自然環境のみではない。 その上で沿岸域の現状分析で行ったように環境を3つのカテゴリーに分類すると,図2および表9に示すように,生態,防災,利用となる。
環境の基本構造

生態のカテゴリーは生物活動を中心とする生態系を意味し,そこでの物質・エネルギー変換を含む。

沿岸域には固有の生態系が存在し,さらに産卵・孵化,幼稚子の生育など,他の領域における生態系にとっても不可欠な要素が含まれる。

表9:沿岸域環境の構成

環境基盤海岸形態(岩礁海岸・砂礫海岸・泥浜海岸)
気圏(気象,大気質,光,音,臭い)
水圏(海象,海底地形,水質,底質)
地圏(地象,地形,土壌質,地下水,地表水)





 生態 生態(物質・エネルギー循環
陸生生物・水生生物・ベンスト・プランクトン・ネクトン
 防災 海岸侵食
波浪・高潮、風、洪水
地震・津波
 利用 交通(港湾、漁港、空港)
エネルギー基地(発電所、エネルギー備蓄基地)
資源(石油、鉱物資源、波・潮汐・塩流・温度差エネルギー)
水産業(漁場、養殖場)、農業(農地)
工業(工場)、商業(オフィス)、都市(住宅)
レクリエーション(海水浴、潮干狩、釣り、散策、観光見物、サーフィン、ヨット・ボート、キャンプ、サイクリング)
空間(廃棄物・建築残地・浚渫土砂処理)
 総合環境 ランドスケープ(景観)

沿岸陸域の生態系で特徴的なのは,強風や塩分という過酷な条件のもとで成立することであり,沿岸海域でも気温・水温変化や塩分濃度変化といった生存に厳しい条件がある。その一方で,河川から供給される栄養塩や浅海であるために豊富な光量が,高い一次生産を支えている。

人間との関係では,人間も生態系の一部であるという見方とともに,生態系は水産やレクリエーションなどを通じて人間に物質的および精神的な資源を与えているという側面がある。

防災のカテゴリーは,人間が生命や財産の危険を気にかけずに安心して生活するための環境カテゴリーであり,海岸侵食,高潮・高波,暴風,洪水,地震・津波などが含まれる。しかし、日本の海岸ではいずれも厳しい条件にあり,防災という面での環境整備が必須となっている。

利用のカテゴリーは,沿岸域の特質を活かして,人間が活気のある生活を行うための環境を意味する。人類は狩猟時代から沿岸域の魚介類や海藻・海草などの水産資源を利用し,集落を形成してきた。

また,海上と陸上の交通の接点として港を建設し,そこからさらに工業を始めとする産業の拠点,発電や燃料備蓄を行うエネルギー基地を形成してきた。加えて沿岸域は,1次産業から3次産業に至る活動の空間として利用され,レクリエーションの場としても重要な役割を果たしている。

これらからすると,沿岸域管理の最終目標は,これら3つのカテゴリーの環境を総合的に向上させ,「美しく,安全で,いきいきした沿岸域」を創ることであるといえる。その結果として得られる総合的環境が,望ましいランドスケープである。

三村ら(1996)は,海岸環境の3つのカテゴリーのそれぞれの項目について具体的な評価項目を定め,総合的評価手法を提案し,その改良を重ねている。

海岸環境を3カテゴリーによって捉えた場合に最も大きな問題となるのは,3者がトレードオフの関係になる場合が起こることである。

たとえば,利用を極端に進めた場合には,生態系の破壊や安全面での問題が生じるであろう。

しかし,それらのいずれもが沿岸域という固有の空間に成立することを考えるならば,3カテゴリーを支える沿岸域固有の基本的な環境条件として環境基盤という概念が考えられる。

そして,環境基盤の成立を条件として3者の増進を考えることにより,合理的な調整が行い得るようになると思われる。

まず,沿岸域は海岸線をはさむ地圏,水圏,気圏から成り立つが,これらの特に無機的,無生物的側面は沿岸域の生態,防災,利用の大枠を規定し,しかも人間がそれを全く異なったものに作り変えることは不可能であるという意味で環境基盤と呼ぶことにしよう。

このうち,地圏には沿岸域に特有の地形と地質が含まれるが,岩礁海岸,砂礫海岸,泥浜海岸などの分類に応じた地形と地質は,自然状態では縄文海進というような数千年オーダーの時間スケールで変化するものの,数十年という時間スケールでは平衡状態にある。

また,水質や大気質にも場の特性に応じた平衡状態が存在する。

そして,数十年という時間スケールでは,その地形,地質,水質,大気質を含む環境基盤がほぼ自動的に維持されるものでなければ,生態,防災,利用のどの側面も安定には存在し得ない。

環境基盤の状態によって,人間や生物がそこから得られる利益,言い替えれば環境資源量または環境容量が決まってしまう。

この意味で環境基盤を健全で安定的な平衡状態に保つ必要があり,それが沿岸域管理の原点となる。

そのためには,水,土砂,水質,大気質を含む物質・エネルギーの循環を確保する必要がある。

たとえば,ある砂浜海岸をとった場合に,数千年オーダーでの地形学的な変化傾向を背景に考えながらも,数年あるいは数十年オーダーでの砂の移動方向,移動量を把握し,平衡状態,すなわち安定地形を確保しなければならない。

また,水質汚濁物質の移動・変換過程を考慮した上で,水質を平衡状態に保つ必要がある。

その上で,沿岸域の防災や利用のための改変を行う場合には,それによって不安定状態に陥ることなく,新たな平衡状態が形成されるようにする。

このような沿岸域管理を実現するためには,まず環境基盤の動態,メカニズムを把握することが必要である。

砂礫浜の地形に対しては図3に示すように,河川や崖からの漂砂供給,沿岸漂砂,飛砂,深海への流出などを調査し,構造物の建設などの行為が連鎖的海岸侵食を起こすことがないことを確認し,安定的な土砂循環を確保する必要がある。

海岸における土砂管理

また,特に生態まで視野に入れると,地形とともに底質の粒径が重要な要素であり,今後はこの点も考慮した土砂循環の管理を行う必要がある。

ところが過去の日本では,図4のように,沿岸漂砂の存在する海岸に構造物を建設することによって漂砂を遮断したために,沿岸漂砂の下手側が侵食を開始し,それに対する有効な対策を施す前に下手側一体に侵食が進行したという例が見られる.このような場合には,サンドバイパスなどにより漂砂の連続性を確保することが第一である。

沿岸漂砂の遮断による下手側海岸での侵食の進行

また,水質汚濁物質の流入は,自然または人工の浄化機能により,海域の水質悪化や赤潮・青潮の発生を引き起こすことがないようにする。そのためにも,円滑な物質循環を確保する必要がある。

このように,まず水循環,土砂循環,物質循環,大気循環を円滑なものとし,それによって環境基盤を安定的に確保した上で,生態,防災,利用の増強を図っていくというのが,ここで提案する沿岸域管理の基本構造である。




4.沿岸域管理制度のあり方

海岸法の成立事情から,日本の海岸法は災害を防止することを目的としており,沿岸域の総合的管理の視点は入っていない。

この点で,アメリカのカリフォルニア州を始めとする法律において,沿岸域管理が成文化されているのと異なる。日本の沿岸域の開発・利用に関しては,港湾法や漁港法,また公有水面埋立法などの個別的法律が定められており,また,自然保護に関しては国立公園法,瀬戸内海環境保全特別措置法などがあって,全体を調整するための法律がない。

しかし,海岸を港湾,漁港,農業用干拓地,その他に区分し,それぞれ運輸省,水産庁,農林水産省,建設省が管理しているので,海岸ごとの管理の行政責任者は明確である。

上記のように沿岸域環境は環境基盤の上に生態,利用,防災の3側面がのる形で構成されているものであり,この意味でその全体を総合的に管理していく必要がある。

特に地形,地質,水質,大気質を含む環境基盤の管理は,連続する海岸を一体的に管理する必要があるので,これを実現するための法規や行政組織の整備が望まれる。実際の管理に際しては,環境基盤の空間単位が必要となる。

環境基盤をほぼ閉じた系として循環の単位と捉えることから,沿岸域の単位は漂砂の連続する一連の海岸や水質が連続する湾内域とする。

既に77の沿岸区分が行われているが,これは海岸の一体性を考慮して区分されたものであり,環境基盤の単位の出発点として考えることができる。このような枠組みを構築した上で,総合的な沿岸域の環境管理を行っていくのがよいであろう。




5.環境創造

5-1:ミティゲーションの定義

日本においてはミティゲーションは制度化されていない。しかし、アメリカでは沿岸域環境の維持のためにミティゲーションが制度化されている。

ミティゲーションの定義はCouncil of Environmental Quality (CEQ)によって与えられているが,陸軍工兵隊(US Army Corps of Engineers)と環境庁(Environmental Protection Agency)との1990年合意メモによって,回避(avoid)最小化(minimization)代償措置(compensatory mitigation)という3段階に集約された定義がなされている。

アメリカにおける環境問題でのミティゲーション制度の基本はno net lossであり,開発などの人間行為にともなう環境への悪影響を相殺するように,環境修復・創造を行うというものである。しかし,辞書的な意味としてのミティゲーションは緩和するということであり,必ずしもno net lossを意味するものではない。

実際,災害に対するミティゲーションでは,軽減(reduction)に近い意味で用いられるとともに,災害予防も重要な内容となっている。つまり,ミティゲーションが健全な環境の維持を究極目的とするならば,環境基盤の保全が最重要課題となる。このために,開発行為などにともなう沿岸域の人為的改変が,地形,地質,水質,大気質などの環境基盤を不安定・不健全なものにしないようにすることを,ミティゲーションにおいてまず考えなければならない。

利用や防災,さらには生態に関する事業を計画・実施する際に,実施可能な代替案の中で,環境基盤の健全性からの選択を行う必要がある。

さらに,過去の沿岸域環境に見られるように,より望ましい環境基盤の状態があって,その実現が可能ならば,その方向へ環境基盤の改良を行うこともミティゲーションであろう。



5-2:環境創造の事例

日本にはミティゲーション制度はないものの,環境修復・創造や環境配慮は従来から行われてきた。

沿岸域環境に対する時空間尺度で考えると,長期的・広域的な海岸地形の変化に関係する土砂管理に関するものから,干潟や藻場のような生物の生息場の環境修復・創造,さらには構造物の形式の工夫などによる環境配慮に至るものがある。

土砂管理では,富山県の黒部川に建設された出し平ダムにおいて,排砂ゲートを設けることにより堆積した土砂を排出できるようにし,下流側への土砂供給を確保することが行われた。

また,平常時の土砂流出が行われるように排砂口をもつ砂防ダムを建設したり,中下流部での土砂の採取を禁止することによって,河口からの土砂供給を確保することはマクロな意味での環境修復・創造といえる。

また,海岸では沿岸漂砂の連続性を維持することが,海岸地形の管理において重要である。例えば天の橋立と呼ばれる京都府の砂し地形を維持するためには,沿岸漂砂の上手側にある日置漁港を迂回するサンドバイパスを行っている。

従来,日本では構造物を主体とする海岸侵食対策が主流であり,サンドバイパスや養浜はあまり行われてこなかった。これには,制度的理由も考えられるが,厳しい自然条件に耐えるためには構造物を用いる方法が確実であったということもある。

しかし,沿岸域環境の総合的管理の面からは,土砂収支をバランスさせることによって砂礫浜としての環境を維持し,その上で生物の生息,防災機能,利用を行っていくのが望ましい方向である。

そのために,構造物によって捕捉された土砂や浚渫土砂を有効利用するのがよい. 第二次世界大戦後のおよそ20年間に,多大な被害を頻繁に受けた高潮・高波の災害に対する応急的対応が進んだことや,海岸工学の技術が進歩したことにより,今後は防災に加えて生態や利用面も考慮した海岸保全が進むものと思われる。

環境修復・創造に関しては,まず養浜によって砂浜を修復・創造する事業が挙げられる。これは相当数の事例があるが,特に生物生息を目的としたものとして東京都の葛西臨海公園の人工なぎさがある。ここでは2つの人工島のうち1つをレクリエーション用に解放し,他の1つを生物の生息場として人間の立ち入りを禁止している。

来襲波浪の大きな日本沿岸では,養浜された砂浜が侵食されないようにするために構造物を建設する場合も多く,個別技術を組み合わせてシステム化した総合技術の開発が今後は重要となると考えられる。

生物の生息域の修復・創造を直接の目的とした事業の例として,広島県の五日市地区の人工干潟の造成事業がある。これは,港湾整備にともなって失われる河口干潟の代替として,防波堤に沿った24haの人工干潟を造成するものである。この干潟はカモ,シギ,チドリなどの鳥類の採餌場と休息場となるもので,造成後の地形変化や鳥類の飛来に関するモニタリングも行われている。造成前の干潟に匹敵する鳥類の飛来数を人工干潟の造成後に得たものの,造成地の沈下や底質粒径の維持などの問題も残されている。

藻場の造成では,ブロックを海底に投入することによって藻の着生基盤を創り出す方法や,藻を移植する方法が行われている。愛媛県の伊方発電所の建設にともなって消滅する藻場の代替として,60千m2の藻場マウンドを造成したところ,施工後3年で天然藻場と同様の藻場が形成された。

また,熊本県の樋合島ではレクリエーション用の人工海浜の造成にともなって失われるアマモ場の代替として,別の場所に1,900m2の移植場を造成し,アマモの移植を行った。移植後2年で移植密度の2倍のアマモの生息が観察されている。

環境配慮という点では,護岸や潜堤の形状を生物生息に適したものとするというような工夫がなされている。大阪湾の関西国際空港建設のための人工島護岸では,緩傾斜石積護岸とすることによって生物付着を促進させた。

モニタリング結果より,藻類の付着が確認され,さらに建設前には見られなかった岩礁性の魚類が出現するとともに,卵や幼稚子も確認された。

また,宮崎県の住吉海岸では,海岸保全のための緩傾斜護岸の建設に際して,ウミガメが上陸・産卵できるようなブロック形状を採用した。その結果,従来型緩傾斜護岸に比べて産卵率が上昇した。

上記以外にも,環境修復・創造事業は多数行われてきた。そのため環境修復・創造の技術は大きく進歩している。

アメリカと異なり,日本には湿地帯(marsh)は少ないので,今後も砂浜・干潟や藻場の造成が中心となると思われる。

その際,単一目的のための技術よりは,今後は個別技術を集約してシステム化することにより,総合的な環境創造を行い得る技術の開発が必要である。




6.おわりに

利用,防災,生態にまたがる沿岸域の機能は多様であり,それぞれの進展にともなって沿岸域の環境容量を越え,互いに他に悪影響を及ぼすところまできている。

また,海岸保全一つをとってみても,侵食対策としての護岸の建設が海岸線全体を砂浜のない人工海岸に改変してしまうなど,短期的・狭域的な対策が長期的・広域的に見た場合の最適解にならない場合もでている。

これらの問題を解決するためには総合的沿岸域管理を行っていくことが是非必要となる。

その際,健全で安定的な環境基盤の形成を実現することにより,沿岸域の環境容量を増大させる方向を見いだすことが肝要であり,それを通じて今後の沿岸域の利用,防災,生態を広げていくことが可能になるものと考える。




参考文献
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