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公文レター No.34

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1999年11月10日

公文レター No.34

公文 俊平

11月に入ると、さすがにめっきり寒くなりましたが、お変わりなくおすごしでしょうか。

 さて、公文レターの10月号では、米国出張報告の主要な収穫として、昨年後半以来その第二段階に入ったと見られる、情報通信革命の現状についてご報告しました。今月号は、出張報告の第二部として、コンピュータの「2000年問題」を取り上げてみたいと思います。

 第二段階の情報通信革命は、ネットワーク自体をコンピュータに変えてしまいます。つまり、これまでのパソコンやワークステーションに比べると、それ自体は「軽くて遅い」無数の情報機器が通信機能を内蔵して互いにネットワーク化されることによって、「コンピューティング・ネットワーク」とでも呼ぶことのできる分散協調型の巨大なシステムが出現するのです。そして、個々の情報機器間の通信は、WDMA(波長分割多重)技術に立脚する超広帯域の全光通信と、CDMA(符号分割多重)技術に立脚する「低出力広帯域」の無線通信によって行われるようになります。ジョージ・ギルダーの言葉でいえば、エレクトロニクスとスペクトロニクスが相互補完的に融合したシステムが、第二段階の新情報通信システムなのです。

 昨年以来の新情報通信システムの立ちあがりは、米国で見る限り、需要の面でも供給の面でも、爆発的といいたいほど急速に進行しています。恐らく21世紀の最初の10年ほどで、新情報通信システムへの移行がひとまず完了するのではないでしょうか。

 しかしそのことは、旧情報通信システムから新システムへの移行が連続的かつ円滑に進むことを意味しません。旧情報システムを代表する企業というべきマイクロソフト社は、コンピューティング・ネットワークの中核をなすと予想されるJAVA技術との折り合いをどうつけるかで悪戦苦闘しています。旧通信システムを代表するAT&TとBT社は、このほど新合弁企業を別途設立して、純IPネットワークの急速な構築はこれにゆだねることにしたようですが、その成功を疑問視する声もあります。

 そればかりではありません。ここにはより深刻な問題がひそんでいます。それがコンピュータの西暦2000年問題にほかならないのです。

***

 公文レターの読者の皆様に、いまさら2000年問題とは何かについてご説明する必要はないと思いますが、いちおう再確認するところから始めさせてください。

 コンピュータもそのメモリも希少で高価だった1950~60年代に、メモリの使用を少しでも節約すべく、西暦の年号を下二桁だけで示すコンベンションが、コンピュータ業界では広く採用されるようになりました。そのような慣行は一般の社会にも普通に見られたので、とくに奇異なことともみなされませんでした。もちろん、西暦2000年(Y2K)が来たときには、このやり方が通用しなくなる可能性は、当時といえども気づかれていました。つまり、コンピュータに1900年と2000年の区別がつかなくなる、あるいは2000年を1900年と誤認してしまう可能性がそれです。あるいは、「00」という入力を日付ではないとしてエラーにしてしまったり、割り込み信号だと解釈して、次のコマンド入力を待つ態勢にはいったりするために、コンピュータが停止してしまう可能性も考えられました。これが「2000年バグ」(1000年紀バグともいいます)に他なりません。

 しかし、当時のプログラマーたちは、西暦2000年までにはまだ何十年も時間があり、次世代のコンピュータやソフトウエアでは、当然必要な修正が行われるだろうと想定していました。いやそもそも2000年までには人類社会が絶滅しているかもしれないという見方さえ、決して少なくありませんでした。当時は、米ソ全面核戦争の勃発の方が、はるかに差し迫った脅威だったのです。

 ところが、結果的には核戦争は今日まで何とか回避されてきました。消滅したのは、米ソの冷戦の方でした。(そして、いまあらためて、核拡散や局所的核兵器使用の可能性が危惧され始めていますが、それはまた別の話です。)他方、コンピュータ・プログラムの方は、既存のものを全面的に書きかえる代わりに、それらをベースとして部分的に修正したり、新しいプログラムを追加したりする形で、増殖が続きました。あるいは2000年に対応していないままのマイクロチップスが大量に生産されて、多種多様な機械器具やシステムのなかに埋めこまれていくことになりました。このため今日では、2000年バグは全世界では数百億行にものぼると見られるコンピュータ・プログラムの中に、あるいは合計すると200億とも500億ともいわれる埋めこみチップないし埋めこみシステムの中に、散在するようになりました。いわゆる「2000年問題」とは、この2000年バグへの対応がなされないままに残る結果として発生するさまざまな不具合ないし災害の総称です。

 適切な対応が行われない場合には2000年問題が深刻な社会問題になりうるという指摘は、すでに1980年代の終わりから一部の人々によって行われていたそうです。そして1990年代の半ばまでには、この問題の存在は、少なくともコンピュータ業界の中では広く意識されるようになり、対応の努力も進められ始めました。(ただし、埋めこみシステムが問題を引き起こす可能性が意識されるようになったのは、それよりもずっと遅く、1990年代の後半に入ってからだったように思われます。)

 しかし、その時までにはコンピュータあるいは埋めこみシステムは、世界中に広がっていました。政府や企業の運営だけでなく、私たちの日常生活のほとんどすべてがそれに依存するようになっていました。にもかかわらず、あるいはまさにそのゆえに、「情報システム」部門に直接関係のない政府官僚や企業の経営者・管理職、コンピュータの一般ユーザー、あるいは一般市民たちは、ここまで普及したコンピュータに、そんな根本的な問題が未解決のまま残されているはずはない、当然誰かが対処しているはずだ、と考えたのでしょう。ほとんどの人々は、2000年問題が深刻な社会問題になりうる可能性には、まるで目を向けようとしませんでした。真剣な対応の試みも、広範には行われないままでした。

 こうして1990年代の後半に入ると、「もはや時間切れではないか」という危惧を抱く人も現れるようになりました。2000年問題の発生は不可避とみて、それが引き起こす災害自体に対する対策(農村部への移住とか、物資やエネルギーの備蓄ないし自給自足態勢の構築などを含めた)を取る個人やコミュニティもでてきました。今年の初めに、一般の読者向けに『時限爆弾2000』(邦訳はプレンティス・ホール社)を出版した、ヨードン父子は、出版をすませた時点で、住みなれたニューヨークを引き払って、田舎に移住したそうです。日本で早くから2000年問題の深刻さを訴えてきた足立晋さんは、この出来事について次のようなコメントをご自分のホームページ(www.y2kjapan.com)に掲載しています。足立さんは、『コンピューター西暦2000年問題の衝撃』(実業之日本社、1996年)の著者でもあります。

 今年、1998年2月、ひとりのベテラン・プログラマーが、ニューヨークはマンハッタンから逃げ出して、ニューメキシコ州のタオスという田舎町へ移り住んだ。2000年問題によって「ニューヨークやシカゴはベイルートになる」と言い放って早々と脱出したのは、だれあろう、アメリカのコンピュータ・プログラマーの旗手と目されているエド・ヨードン氏である。主としてプログラミング技法に関する20冊を超える書物を著し、2000年問題についてもいち早くその危険性を説き、エコノミストでもある娘のジェニファーとの共著でTIMEBOMB2000という本を出した直後であった。同氏の著書は何冊も邦訳され、日本にも読者は多い。レバノンの首都ベイルートは、いうまでもなく、うち続く内戦によってがれきの山と化した。まさかマンハッタンのビル群がそのように崩壊するという意味ではなかろうが、2000年が近づくにつれて多くのビルの機能が失われ、都市としての体をなさなくなることを心配したのであろう。他にも目的はあったにしろ、都市と2000年問題を考えさせる事件ではあった。

時間切れとなった2000年バグ対応

 1998年末の現在、多くの分野で2000年バグへの対応はすでに時間切れになったと判断せざるをえません。2000年問題を比較的早くから意識し、世界に先駆けて対策を講じてきた米国政府さえ、それを公式に認めています。クリントン大統領は、今年の10月19日からの1週間を「2000年問題行動週間」として、広く全米に対して問題の所在と対応の必要を訴えました。対応状況や予想される危険に対する情報の開示を要求する新しい法律も制定されました。

 こうした動きの背景にある米国政府の対応の遅れについて、今年の5月に米国の管理予算局が発表した進捗状況説明の一部を次にご紹介してみましょう。

 連邦政府の情報システムをY2K対応に転換する作業を支援するために、クリントン大統領は「2000年転換委員会(Year 2000 Conversion Council)」を設置した。管理予算局(OMB: Office of Management and Budget)は同委員会と協力して、連邦政府の2000年問題対策の進捗状況をフォローし、四半期ごとに報告書を議会に提出している。OMBは1998年5月に、以下の内容の第5次報告書を発表した。

概要

  1. 1998年5月現在で、「業務に不可欠な情報システム(mission critical system)」は、連邦政府全体で7336件と報告されている。
  2. このうち40 解決済み、42 要改修、14 要交換、4 要廃棄、となっている。
  3. 改修に必要な経費は5000億円と見積もられている。
  4. 24の主要省庁は対応状況の進捗に応じて、十分な進捗が認められない6省庁、作業に進捗は認められるが要注意である9省庁、作業に 十分な進捗の認められる9省庁、に区別された。

省庁別の進捗状況

  • 第1グループ:十分な進捗が認められない以下の6省庁
     国防省、教育省、エネルギー省、保健・福祉省、運輸省、AID(Agency of International Development)

  • 第2グループ:作業に進捗は認められるが、要注意である以下の9 省庁
     農務省、商務省、住宅・都市開発省、内務省、司法省、労働省、国務省、財務省、人事庁

  • 第3グループ:作業に十分な進捗の認められる以下の9省庁
     復員軍人援護省、環境保護庁、連邦緊急管理庁(FEMA: Federal Emergency Management Agency)、総務局(GSA: General Services Administration)、国家航空宇宙局(NASA: National Aeronautics and Space Administration)、原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission)、国家科学会議(NSF: National Science Foudation)、中小企業局(SBA: Small Business Administration)、社会保険庁(SSA: Social Security Agency)

以上の省庁全体を合計すると以下のようになる。

  • 全システムのうちY2K対応済みのもの ― 40%
  • 改修予定のシステムのうち改修済みのもの ― 55%
  • 改修予定のシステムのうち、すでに運用実施のもの ― 27%

米国政府は、Y2K問題対応のスケジュールを次のように設定している。

  • 改修完了 ― 1998年9月
  • 動作確認完了 ― 1999年1月
  • 新システムの運用実施 ― 1999年3月

現時点で、7省庁(農務、国防、保健・福祉、内務、運輸、財務および国務)から、1999年3月末時点で移行が完了しない情報システムが残る見込み、との報告がある。したがってY2Kにより何らかの支障が生じることを前提として、業務継続のための対応策(contingency plan)を立案する必要がある。

連邦政府全体に関連する課題

この他に連邦政府全体に関連するY2K問題として、以下のものがある。

  1. 電気通信の確保:総務局が管理する連邦政府機関の構内交換機(PBX) のうち、90 2000年問題動作保証を確認済み。連邦機関と契約している247の地域電話会社に照会中。
  2. バイオ医療・実験機器:バイオ医療、実験室機材等を含む16000件の該当物品につき照会中。担当は保健・福祉省食料医薬局(FDA: Food and Drug Administration)でWebサイトによる情報提供が効果的であろう。(http://www.fda.gov/cdrh/yr2000
  3. 施設:エレベータ、セキュリティ・システムなど建物関連のY2K問題対応。6000件の用度品につき照会中であるが、Y2K非対応は5%程度と軽微。

省庁別重点課題

 - 国防省は、所轄する膨大な情報システム、埋め込みチップを持つ武器体系、国外での活動などから特に困難な問題を抱えている。実際に対応を必要とするシステムの数は2803件と最も多い。(このほか、農務:1080、運輸:630、商務:472、エネルギー:411、財務:323など)業務に不可欠なシステムのうち、運用実施済みのものは、1998年5月時点で29 ある。この数字は、前四半期の24 ら十分な進捗を示していない。

 - 保健・福祉省の課題は、日付管理が重要な健康保険、老人医療保険制度(Medicare)である。Medicareについては、実施契約企業のY2K対応が問題となり、現在照会中。

 - 運輸省の対応も遅れており、業務に不可欠なシステムのうち、運用実施済みのものは、1998年5月時点で7.4 過ぎない。とくに連邦航空局(FAA: Federal Aviation Administration)の航空管制用コンピュータの幹線ネットワークが問題で、全面交換が必要。沿岸警備隊の海洋安全情報システムもソフトウェアの更新が困難である。

連邦政府の対応がこの状況ですから、地方政府、あるいは各地の中小企業の対応の遅れは想像に余りあります。(日本ではこのような情報の開示さえ、まだほとんど行われていません。)

埋めこみシステムの問題

 とりわけ問題なのは、そのプログラムが物理的なチップの中にあらかじめ書きこまれてしまっているために変更が困難な「埋めこみシステム」(埋めこみチップ、ファームウエア、マイクロコントローラーなどとも呼ばれる)です。私たちの日々の「生活の姿なき守護者」とも呼ばれる埋めこみシステムは、たとえば次のようなところに埋めこまれています(マイケル・ハイアット『世紀末の時限爆弾』文藝春秋、1998年)。

[オフイス・システムと携帯器具]
留守番電話 携帯電話 デスクトップ・コンピュータ ファックス コピー機
ノート・パソコン スチール・カメラとビデオ・カメラ 電話システム
タイムレコーダー・システム ヴォイス・メール

[建物内のシステム]
エアコン 非常灯と発電装置 ビル管理システム セキュリティ警報装置
有線テレビシステム 電子錠システム エレベーターおよびエスカレーター
防火システム 暖房および換気システム 照明システム 金庫 防犯カメラ         
スプリンクラー・システム 監視および防犯システム スイッチ切り替えシステム

[製造と処理の制御]
オートメーション工場 瓶詰めプラント CADシステム エネルギー制御システム
生産システム 原子力発電所 製油および備蓄施設 送電システム ロボット
スイッチ切り替えシステム 日付および時刻刻印機 上下水システム

[輸送]
航空管制システム 航空機 自動チェックイン・システム 自動車 手荷物処理
バス 駐車メーター 指令および管理 システム 非常用装置 乗客案内システム
船 監視カメラ・システム レーダー・システム 信号システム スピード・カメラ
およびレーダー探査機 券売システムと券売機交通信号 列車 通信 ケーブル・
システム 地上位置確認システム (GPS) 受信機 人工衛星 電話交換設備

[銀行と金融]
自動現金預入支払機 クレジットカード確認システム クレジットカード・システム
金庫

[医療]
自動点滴装置 ぺースメーカー CTスキャン装置 各種モニター・システム
超音波グラム X線装置

[家庭用機器]
自動スプリンクラー・システム 電子レンジ ビデオ装置 セントラル冷暖房装置

 全世界に存在する埋めこみシステムの数は200億とも500億ともいわれています。控えめに見てかりに200億としましょう。そのうち、日付に関連する部分(RTC=リアルタイム・クロック等)をもっているものの数をその3%(6億)としましょう。そして2000年バグ未対応のものの比率を、そのさらに1%(600万)としましょう。そして、その中で重大な損害ないし災害に結びつきうるもの(たとえば発電所や鉄道の制御系に、あるいはツンドラ地帯のパイプラインや海底電線や人工衛星に、埋めこまれているシステムの機能不全)が、そのまた1%(6万)だとしましょう。それでも、2000年初頭に重大な不具合の発生する件数は、全世界で6万件ということになります。そのうち10%が日本にあるとすれば、6000件ということになります。そんな規模での災害の同時多発に対応することは、困難を極めるでしょう。ちなみに、ガートナー・グループの推計によれば、すでに「1999年には、世界中で5000万個以上の埋めこみシステム装置が、2000年の日付の異常を示すだろう」ということです。

 埋めこみシステムの問題は、膨大な数の問題と同時に、質の問題でもあります。それがどこにあり、どんな機能不全を起こす可能性があり、その結果全体システムにどんな障害が起こり、それに対応するにはどうすればよいかを事前に知ることがきわめて困難なところにあります。海底や空中、あるいは地下の施設に埋めこまれているチップの個別的な修理や取替えは、事実上不可能でしょう。「時間切れ」を覚悟せざるをえないゆえんです。

2000年問題の深刻さ

 時間切れで2000年に突入するとすれば、どんな問題が起こるでしょうか。ここでは、米国商務省の国際貿易担当アーロン次官がこの10月16日にロンドンで行われた2000年サミットで行った演説の一部をまずご紹介してみましょう。

 アーロン次官によれば、米国の沿岸警備隊が最近海運関係の製造業を対象に行った調査の結果、そこでの埋めこみチップのなんと20%以上が2000年バグ未対応であることが発見されたそうです。また別の推計によれば世界の海運会社の25%が、2000年バグの結果大きな被害をこうむる可能性があるそうです。また、世界貿易を構成している生産者、販売者、顧客、運輸システムの複雑な相互連関リンク、とりわけそれを支えている税関、港湾ターミナル、荷揚げ配送システム、あるいはそのインフラとなっている電力、石油・ガス、通信、運輸、金融システムのどこか一部でも崩れると、それは世界貿易に重大な影響をおよぼし、近年の不況からようやく立ち直りかけている世界経済を直撃するおそれがあります。米国の場合、国際貨物の90%は中小企業によって取り扱われていることを考えれば、2000年バグ未対応の危険はとりわけ深刻です。2000年対応をすませていると称する大企業(全体の96%がそういっています)でも、コンティンジェンシー・プランをもっているのはその半分にも足りません。さらに貿易相手の途上国となると、ガートナー・グループの予想では少なくとも一つのミッション・クリティカルな被害をだすと思われる国が、全体の3分の2にのぼるそうです。それなのに、事態のそうした深刻さの自覚があまりにも欠如していることが、アーロン次官の最大の懸念です。演説の終わりに、次官はこう述べています。

 過去に製造や供給チェーンの崩壊を引き起こした出来事としては、労働者のストライキや通信システムの故障や停電、あるいは地震や洪水のような自然災害などがあります。これらの事例が引き起こした影響を数千倍してみてください。そうすれば、2000年問題への真剣な対応の欠如がもたらす地球的な規模での被害のありうべき大きさについて、多少の感じがつかめるというものです。

 もちろん、もっともっと深刻な災害の発生の可能性について述べている文献やインターネット・サイトはほとんど枚挙にいとまがありません。その一例だけを以下に紹介しておきましょう。国際危機管理センターがこのほど出版した書物、What Will Become of Us? Counting Down To y2kの一節です。

 われわれの文明が2000年バグの修復にとりかかるのがあまりに遅すぎたために、発展した諸国は、7年から8年にわたる経済崩壊に見舞われるばかりか、その後の回復も緩やかで、遅すぎて、ぎこちないものになるだろう。もちろんコンピュータの専門家たちは、2000年がくるまで、ハードウエアとソフトウエアを対応させるべく英雄的な努力を続けるだろう。しかし、1999年の第3四半期までには電力や鉄道や行政サービスなどの多くのプロジェクトのリーダーたちは、敗北を認め、最悪の事態に備えるだろう。2000年問題に影響されないと思われる唯一の人々は、地理的に隔絶した場所に住むメノー派やアーミッシュの農家の人々か、都市から田舎に移住してコンピュータ技術とは独立した生活を営む準備を整えた家族たちであろう。その他のすべての家族は、収入を失ったり、各種の社会サービスやライフライン、あるいは経済の局地的な混乱に見舞われたりするだろう。用意のない家族は、飢餓や病気あるいは長く続く困苦に耐えなければならなくなるだろう。未来への危惧は年々増大し続け、ようやく2006年の終わりごろになって、トンネルの出口を示す多少の明かりが見えてくるだろう。

2000年問題への個別の対策

 すでに見たように、埋めこみシステムの問題まで考慮に入れると2000年バグへの対応は困難を極めます。単調極まる調査や修正、テストの努力を延々と続けなければなりません。かかる時間も費用も巨大です。しかも、自分のところだけ直せばそれですむというものでもなく、他の人が対策を怠っていれば、その被害は自分にも及んできます。しかし、それにも増して困難なのは、時間切れになった結果生ずる被害への対策です。

 なぜならば、いつ、どこで、どんな被害が、どれだけの期間にわたって続くかの推定自体が、的確に行うことはほとんど不可能と見られるからです。いいかえれば、予想しなければならない被害のありうべき範囲ははなはだ大きく、どこに焦点を合わせるべきかがはっきりしません。その中にはライフラインの機能停止も当然含まれますが、電気が切れると考えるか、電気だけは大丈夫と考えるかで、とくに都市部での対応の仕方はまったく変わってくるでしょう。通信や交通の途絶の可能性についても、同じことがいえます。生産や貿易活動の低下が、いつごろどのくらいの規模で始まるかによっても、対策は大きく違ってくるでしょう。何が起こるかわからないといわざるをえない2000年問題に対しては、最悪の事態に備えようとすることは事実上不可能です。

 しかもこうした事態を予想し対策を講ずることは、これまでの日常生活とは余りにも異なった生活を送るようになることでもありえます。多くの人々は、「そんな荒唐無稽な話があろうはずがない」といって無視したり、腹をたてたりするでしょう。あるいは、信ずる理由があると思った瞬間に、パニックを起こしてしまうかもしれません。その意味では、適切な情報の開示の仕方も困難を極めるというべきでしょう。

 結局、ジョージ・ギルダーもいうように、2000年バグや2000年問題の最終的な対応は、既存の情報通信システムが新しい情報通信システムに全面的に置きかえられることによって始めて可能になるのでしょう。

 それにしても、この種の事態への対処にあたっては、中央政府の果たすべき役割には大きなものがあるはずです。何をおいても、政府機能を崩壊させてはなりません。歴史的に政府不信感の強いアメリカにさえ、こういう時こそ政府にはしっかりしてもらわなければならないという発言が見られます。中央政府は、不急の計画や業務はすべて棚上げにして、2000年バグへの対応と、2000年問題への対処に全力を投入すべきです。

 直接住民の福祉に責任をもつ地方自治体の役割は、さらに重要です。私は、2000年問題を調べていて、21世紀が「地方の時代」になるという見通しを、ようやく実感を持って理解することができるようになりました。これからの数年間、地方自治体、とりわけその首長は、中央政府や他の自治体、あるいは一部住民の意思に反するような、厳しい決断とその断固たる実行を迫られる機会が増えることでしょう。

 しかし、なんといっても、2000年問題に直接かつ最終的に対処しなければならないのは、私たち自身です。私たち一人一人が、また個々の家族や企業、また地域コミュニティが、自分の判断と責任のもとに、自分の生命や安全の保持をはかる以外にないのです。ハイアットの前掲書の第十章には、彼の推奨する対策がこと細かに記されていますが、ここではその最後の部分だけを一部引用して、今月の公文レターを終わることにします。

 いまから2000年1月1日までのあいだに必要なものすべてを思い浮かべると、普通の人間なら、たぶん圧倒されてしまうだろう。問題はその感情をそのままで放っておくと、無気力に変わるということなのだ。そして、無気力はすぐに怠惰に変わる。これこそが、あなたのいちばんの敵だ。

 時間はあなたの味方ではない。いますぐはじめなければならない。2000年危機に備えるということは、他の大きなプロジェクトに取り組む場合と変わらない。一度に一歩ずつ進み、毎日少しずつやっていかなければならない。そうすれば、備えができて、2000年バグが牙を剥いたときにも、ふいをつかれることはない。あなたが準備を始めるときに考慮すべき原則をあげておこう。

  1. 行動せよ、どっちにせよ、むりやり動かされる
  2. 最高を求めるな、次善で充分
  3. 早く始めるほど、安くすむ

○友人の名簿をつくって、学習グループを組織しよう。小さなグループ といっしょにとりかかれば、準備は楽になる。

○不要なものを売却するために新聞に三行広告を出そう。広告まではできなくても、ガレージセールを企画しよう。これで手にはいった現金は、蓄えの品物を買う資金として活用できる。

○重要な書類をすべてリストして、コピーしよう。

○水の備蓄をはじめよう。店に行って、いちばん好きな清涼飲料の2リツトル・ボトルを10本買おう。空になったら、ボトルを洗って、水をいれ、クロロックスを2、3滴落とし、地下室かガレージに保管する。毎週、蓄えを増やしていくように努力しよう。

○食料備蓄計画を立てよう。ウォルトン・フィードのウェブ・サイト(www.waltonfeed.com)を訪ねて、食料備蓄カタログをダウンロードしよう。

○非常時の調理用にキャンプ用ストーブを買おう。すでに持っているなら、燃料をたくさん蓄えておこう。

○より安全な地域に引っ越すことを考えよう。配偶者や同居人とこれを話し合う時間をとろう。引っ越しはできないかもしれないが、少なくとも、なにができるかできないかを考えることは価値がある。

○基本的な救急医療の知識を持とう。『医師のいないところでWhere There is No Doctor』を注文しよう。専門家でない人のためのすばらしい参考書だ。

○知らない隣人たちと知り合いになろう。クッキーをお裾分けしたり、ただ立ち寄ったりして、知り合いになろう。隣人としっかりした関係を築くことが、おそらく自己防衛の最良の形態だ。

○通貨のかわりになるものを確保しておこう。銀貨と金貨の仲買業者、フランクリン・サンダースに電話をかけることを勧める。電話番号は(901)853-6136だ。「月々購入プラン」について尋ねるといい。このプログラムなら、まず月100ドルでコインを購入することから始められる。

  なお、2000年問題をなんらかの形で取り上げているサイトの数となると、その一覧表だけで30ページにものぼるほどです(www.tmn.com/~frautsch/y2k.html 参照)。

公文レター No.34