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公文レター No.41

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1999年06月10日

公文レター No41

公文 俊平


 薫風香る5月があっという間に飛び去ったかと思うと、もう梅雨入りです。今年の梅雨入りは例年よりも早いのかなと思ってインターネットでチェックしてみたら、昨年の東京の梅雨入りは6月2日でした。(ちなみに、今年の東京もしくは関東地方の梅雨入り宣言をいくつかの検索エンジンで調べたところ、6月5日現在みつかりませんでした。)

ゲイツの新著の書評

先月16日の日本経済新聞に、ビル・ゲイツの新著『思考スピードの経営』の短い書評を書きました。ここでは、そのもとになった訂正前の原稿(もう少し長いもの)をご笑覧に供したいと思います。

書評:『思考スピードの経営』ビル・ゲイツ著
大原進訳 日本経済新聞社 1999年

 競争相手を追い落とすためには違法行為も躊躇しない、「暴走する帝国」マイクロソフトやその帝王ビル・ゲイツの「罪と罰」について書かれた本は多いが、本書を読むとゲイツのもう一つの顔が見えてくる。自らの経営理念や開発した技法を実践すると共に、これを広く唱道し普及させる中で自社のビジネスのいっそうの拡大を追求する「智業的企業家」の顔である。

 インターネットの評価を誤ったために刊行後わずか1年で大幅なアップデートを余儀なくされた第一作『未来を語る』に比べると、情報化時代の新しいビジネスのあり方に焦点を絞ったこの第二作は、いまや劣勢を挽回して自信と誇りを取り戻した著者の主張を、自社の経験に加えて他社の成功例も含む多数の実例で裏付けて、はるかに充実した内容のものとなっている。

 評者は、これからの情報化の主流はIPネットワーキングとウェブ・コンピューティングになると思っていたので、「ウェブ・ワークスタイル」や「ウェブ・ライフスタイル」についての説明には大いに我が意を得た感があった。とくに共感したのは、全従業員に対して(そして一部は取引先企業や顧客にも)開かれた分散・協調型の社内情報システムを、ウェブをプラットフォームとして作れという提唱である。お互いに対等な情報基盤に立ってこそ、会社全体のことを考えた提案や、搾取される心配のない取引ができるというものである。また、ビジネスマンの「情報作業」を支援するための、ネットワーク・サービスと組み合わせた高度なビジネス・ソフトの開発と利用の推進を、マイクロソフトの次の戦略課題に据えているのも、正解だと思う。

 しかし、マイクロソフトの経営の実態は、ゲイツがこの本で表明している理念や技法を本当に体現しているのだろうか。AT&Tと提携してセットトップ・ボックス市場をウィンドウズCEで制覇しようとするのが、本当の「思考スピードの経営」なのか。言行一致を切に望む。

 以上がもとの原稿ですが、第三パラグラフの後半は、もう少し詳しく、次のようなことを書いておきたかったのです。

 社内の情報の共有・公開、共通のプラットフォームとインターフェースの利用の重要性を強調したのも正解だろう。だれでも、何にでも、どこからでも共通のデータにアクセスして自分なりの分析を試みたり、その結果を見やすい形でビジュアルに表示したりできるようになるのは、すばらしいことではないか。そうなるとさらに、業務に利用するソフトウエアやシステム、さらには経営の組織や戦略の改善の提案まで、分散的にできるようになっていくだろう。つまり、全員が経営に参加するのだ。そうしたければ誰でもが、会社全体のことを考えたり、全体あるいは社内の他の部分への貢献を自分の業務の一部として行ったりできるようにすること。これが大原則でなければならない。

 このような社内情報システムを基本的には分散・協調型のシステムとして構築する。それぞれの部局がデータを持ち寄る。他の部局の要望に応えて新しく収集する。もちろん、自分も他の同僚に呼びかける。

 それがさらに進むと、個々の企業もその一員となっているより大きなコミュニティをベースにした、コミュニティ情報システムや企業間情報システムが作られていくのではないか。とくに相互の知己と信頼の関係に立脚する知のコミュニティが、これからのビジネスにとっての社会的プラットフォームになるはずだ。新時代の経営論というのなら、そこまで踏み込んでほしかった。それこそが真の経営革命ではないのか。

 とまあいっぱしの口をきいてはみたものの、ひるがえって我が身の回りの作業環境をみてみると、およそ「ウェブ・コンピューティング」とか「ウェブ・ワークスタイル」と呼べるようなものではありません。インターネットの利用といっても、せいぜい電子メールとメーリング・リストによる電子会議、そして「サイボウズ」というスケジュール管理や会議室予約用のソフトの共同利用といった程度です。私どものホームページは、依然として基本的に外向けの情報発信に使われるにとどまっています。そしてオフィスの中には「紙」がいたるところにあふれています。ゲイツが本の中で紹介しているような、イントラネット上のグループウエア用アプリケーションとしての「マイクロソフト・マーケット」、「マイクロソフト・セールス」、「マイクロソフト・レポート」のような高度なビジネス・ソフトウエアは、影も形もありません。

NTT東日本法人営業本部のオフィス

という次第で何となくため息が出かかっていたところに、NTTの潮田さんから、法人営業本部のオフィスの最新状況を見に来ないかというお誘いがありました。ちょうど昨年のいまごろ、潮田さんたちのオフィスがまだ関東支社の法人営業本部だった頃、一度訪問させていただいたことがあり、そのときの訪問記が「NTT第二法人営業本部のワークスタイル革命」という題で、公文レターの1998年7月号になりました。

 ここでみなさまの記憶をリフレッシュしていただくために、その一部を再掲してみましょう。まずオフィス・スペースについては、私はこんなふうにレポートしました。(以下の引用には、言葉を一部追加したところがあります。)

 法人営業本部の一番新しいオフィスは、三つのスペースに分かれていました。

 第一のスペース――フリー・アドレスのオフィス・ゾーン――は、各人のいわば普段の仕事場です。そこにはいくつもの大机と、個人用の脇机が散らばっています。一人一人の決まった座席というものはありません。出勤してきた社員は、好きなところに脇机を引っ張っていって腰をおろしていいのです。脇机の中には、自分用のパソコンや若干の資料類が入っています。しかし大抵のオフィスを埋め尽くしている大量の紙は、どこにも見あたりません。ずいぶん風通しがよくなっているなというのが、私の第一印象でした。

 第二のスペース――クリエィティブ・ゾーン――は、打ち合わせ用のスペースですが、これも固定した空間になっているわけではありません。オフィスの中に備え付けられているたくさんのプラントを適当に並べ替えて仕切りを作り直すと、そこがたちまち臨時会議室に早変わりです。(もちろん、会議室自体は別にあります。)その広さは、打ち合わせに参加する人数に応じて、好きなように変えられます。

 第三のスペース――コンセントレーション・ゾーン――は、少し離れたところにある集中作業のための空間です。そこには仕切りのついた机が並んでいて、それぞれの机の上にはデスクトップコンピュータが置かれています。報告書の作成など根を詰めた仕事をしたい人は、ここに閉じこもることになります。数時間でも1日でもよければ、1週間も10日もにわたって、ある特定の机とコンピュータを占有していてもいいのです。〔中略〕

 各人には、携帯電話とLANカードのついた1台のノート型パソコンが支給されていて、仕事に必要なデータはパソコンの中に入っています。あるいはLANにつないで、適当なデータベースから取り出すことができます。だから紙がいらなくなるわけです。書類の代わりに、パソコンを持って移動するのです。その ため、オフィスのいたるところには、パソコン用の電源と情報コンセントがあり、行った先で自分のパソコンをこれらの電源と情報コンセントにつなげると、そこが仕事場や打ち合わせの場所になります。

 おそらく将来は、無線LANの形にすれば、オフィスにいちいち情報コンセントを取りつけなくてもよくなるでしょう。

 オフィスのこのような基本構造は、フリー・アドレスの一角に席を占める部長さんが、ご自分の所在を示す小さな旗を机の上にたてておられたことや、それぞれに10台のパソコンをつないで2メガビット/秒の速度での通信を可能にする無線LANがオフィスのあちこちに設置されてたことなどを別にすれば、今年もほぼ同じでした。

 しかし、最新のフロアでは、脇机は1カ所に集められて個人別書類収納空間になっていました。またかつての書類棚は、各人の上着などをいれるロッカーに事実上変身していました。オフィスのペーパーレス化は、昨年よりもさらに進んで、紙の書類は見つけるのが難しいくらいでした。各人が今日どこに座っているかは、ウェブのホームページの中の座席表をクリックすればわかる仕掛けになっていました。

 また、オフィスの中央部は、プリンタやコピー機、ちょっとしたテーブル類のおかれたコミュニケーション空間になっていました。机や椅子の固定利用をやめることで、全体の3分の1ほどが節約でき、空いたスペースや資材を他の用途に活用することで、各種の空間もゆったりとれるようになったわけです。

ウェブ・コンピューティングの実現

しかし、今年もまた、私がもっと驚いたのは、そこでのオフィスワークのあり方でした。そこには、まさしく「ウェブ・コンピューティング」と「ウェブ・ワークスタイル」が実現されていたのです。昨年のレポートでは、私は、当時の法人営業本部のオフィスワークの姿を次のように描写していました。

 法人営業本部のすべての部局というか職場は、それぞれのホームページを持っています。各ホームページには、その運用責任者の個人名が示されています。さらに、職員全員が自分の個人ホームページをもっています。個人ホームページは、最初は自己紹介の作成からスタートしたのですが、そのうちにだんだん進化していって、今では、自己紹介や現在の担当業務を示す「マイホーム」のほかに、個人の業務履歴を示す「セカンドハウス」、趣味を掲示する「リゾートハウス」、各自の仕事にかかわる資料を入れておいたり、プロジェクト管理を行ったりするための「書庫・書斎」の四つで構成されるようになっているのだそうです。この本部のイントラネットの最大の特徴は、部局のホームページと個人のホームページが、互いにさまざまなリンクを張りあう形で、有機的に連携していることです。

 このイントラネットに含まれている情報としては、頻繁に問い合わされる項目や資料(研修や社内外のイベント情報、電話番号、備品や資料の保管場所、各種の届け出書類や転出入時の各種の書類の記入方法等)、社内配布資料(社内報やマニュアル、新商品や製品の紹介等)、説明用資料(提案資料や報告書)、各人の覚え書き資料(検討資料やメモのたぐい)などがあります。それらの情報が、あるものは部局のホームページに、あるものは個人のホームページに収められていて、それぞれの間にリンクが張られているわけです。〔中略〕

 NTTのこのイントラネットの新しさは、個人ホームページの活用にあります。各人の個人ホームページこそが、業務の結節点になっているのです。それぞれの社員は、出勤してから帰宅するまで、いや移動中であれ在宅勤務中であれ、もっぱら自分のホームページを通じて、他の社員や部局との接触を保ちます。

 各人のホームページは、なによりもその人のワークスペースになっています。各人の「ペーパーワーク」はすべてその上で行われ、作成されたデータや文書は、すべてそこに記録され、保存されます。そして、必要な限りで、その内容は他の同僚や将来的には外部の顧客や一般の人々に対しても、開示され通有されます。言い換えれば、他の人々がそれに対してリンクを張ることを許すのです。

 同時に、各人のホームページには、他の社員あるいは部局、さらには外部のホームページへのリンク集が作られています。つまりそれは、その人が毎日の仕事に必要とする外部のデータへの入り口にもなっているのです。あるいはその人に対する通有や開示が認められた、社内の他の同僚あるいは部局のデータへの入り口にもなっているのです。

 各人の仕事の重要な一部は、仕事の中で発生した、あるいは作成されたデータの、どの部分をだれに対して通有を認めるのか、あるいは広く開示するのかの決定です。また、だれのどのようなデータに対してリンクをあらかじめ張っておくか、あるいは削除・追加するかの決定です。

 ということは、各人のホームページこそ、その人の仕事ぶりを一目瞭然に示すものだといえましょう。その人が毎日どんな文書やデータを作っているのか、どんなデータをどこから取ろうとしているのか、どういう部局や個人とコミュニケーションやコラボレーションを行っているのか、そういった情報のほとんどが、このホームページから得られることになります。各部局のホームページにそれを運用している社員の個人名が明記され、同時に個人ホームページも他の同僚に対して開示されているとすれば、社員一人一人の自負心や責任感も強まることは当然でしょう(もちろん、だからといって――いやそうであればこそ――各人が自分のホームページのすべてを他人に対して開示したり情報の通有を認めたりする義務はないはずです。自分のホームページの少なからぬ部分は、言ってみればその人自身のプライバシーに属するものといえましょう。)

 一方でウェブ上の文書やデータを同僚と共有・共同利用したいが、他方ではもっぱら自分だけのための文書やデータもどんどんこしらえて、自分一人でそれを利用できるようにしたい。これはもちろん矛盾した要求です。何段階かのパスワードを使って、アクセス範囲を階層的に制限していく工夫はもちろん考えられますが、ひとりがいくつものパスワードを使い分けることは容易ではありません。覚えているだけでも、楽ではないのです。そこで、100%のセキュリティーは最初から諦めて、パスワードなど使わなくてもすむような、ある程度簡便で実用的なアクセス制限方式を、潮田さんたちはあれこれと工夫しておられました。(もちろんその詳細の説明はできません:-)

 それはともかくとして、私が今回とくに感銘を受けたのは、電子文書や帳票あるいはデータベースなどの作成を助けるウェブ・ベースのアプリケーション(「インフォ・シェフ」という名前がついています)が法人営業本部の小村さんの手で作られ、すでに商品化もされていたことです。ただし、このアプリケーションは、とくに初心者の場合誰でも使えるというわけにはいきません。しかし、初心者は、誰かパワー・ユーザーがこのアプリケーションを使って作成した文書を「雛形」として使い、それに自分の入れたいコンテントを入れることなら、比較的簡単にできます。まったくの初心者であれば、先輩のホームページあるいはその中の文書のいくつかを丸写しして、その中身を必要最小限度書き換えれば、とりあえずの第一歩を踏み出すことができます。元気があれば、コンテントを追加したり、モデルにした雛形をもとにして、自分用の新しい雛形を作ってみることもできます。そのようにして制作された新しい雛形を保存して、共用のツールボックスの一部とすることもできます。このように、主に既存の雛形を使って文書を作っている限りでは、一太郎やワードのような高級なワープロ・ソフトなどまったく必要がありません。潮田さんは、ご自分のホームページに入っているほとんどの文書は、誰かの雛形をもとにして枠組みを作り、後はウィンドウズOSに標準で付属している「メモ帳」という簡単なワープロ・ソフトを使って、コンテントを入れていくのだそうです。

 もちろん、このようにして作成される文書やホームページは、はなはだ幼稚で「ダサイ」ものかもしれません。しかし、なんとか自分の仕事に使えること、同僚の情報提供要求に最低限応えることができれば、当座はそれで十分なのです。潮田さんの巧みな例えを拝借するならば、最初は草野球それ自体、あるいはチーム内の練習試合を楽しめればそれでいいのであって、後は腕を上げるにつれて、県大会や全国大会のような対外試合に出場することをめざせばよい。全国大会を制覇したりプロ野球の選手になることを志したりするのは、最後の最後でよいのです。

 同じことをもっと過激に言えば、情報化の最初はまず「オタク」の状態から出発すればよいのです。とりあえずは、自分がしたいこと、自分にとって有用なことができれば、それで十分です。次には家族や職場の身近な同僚との間で情報通有ができれば御の字です。それから顧客や取引先との関係に情報化を広げていけばいいのです。つまり、まずはイントラネットの上での自分の作業空間から情報化を始めて、しだいにそのカバーする範囲をイントラネットの全体へ、そしてイクストラネットへ、さらにはインターネットへと広げていけばいいのです。最初から「世界」を相手にして情報の発信や取信を目指すのは、荷が勝ちすぎるという以上に、ものごとの順序がそもそも逆だというべきではないでしょうか。それは、母国語を覚える前に外国語の達人になろうとするようなものではないでしょうか。それが内発的な情報化というものだと思います。

 もちろん、人間の赤ん坊が生まれ落ちた瞬間から自力で育って行くわけにはいかないように、私たちの情報化も、ごく少数の例外を除けば、最初から自分一人でやってしまうことはまず不可能です。職場のイントラネットやその上にあるウェブ・コンピューティング環境は、情報化の赤子に等しい私たちのための保育器としての役割を果たしてくれる仕組みなのでしょう。そして、よい保育器で育てばよいワークスタイルも身に付くというものではないでしょうか。

 今回の訪問で、私どもGLOCOMも、ここでの実例をモデルとしたウェブ・ワークスタイルの転換を、早急に成し遂げなければならないとあらためて痛感しました。私どもには残念ながらウェブをベースとしたグループウエアそれ自体を開発する技術力はなかったといわざるをえませんが、すでにかなりのレベルのものをNTTが開発されているわけですから、その導入もぜひはかりたいと思います。最後に、すばらしい見学の機会を与えていただいた潮田副本部長と法人営業本部のみなさまにもう一度お礼を申し上げてこの稿を終わりたいと思います。

公文レター No.41