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kumon_letter - July 1, 1999

公文レター No.42

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1999年07月10日

公文レター No42

公文 俊平

空梅雨で始まった今年の梅雨は、終わりになって各地で水害を引き起こし、痛ましい犠牲者も少なからず出たようです。

 2000年の到来まで、とうとう半年を切ってしまいました。政府のもくろみでは6月末までに主要なシステムの2000年対応とテストを完了することになっていました。まだその結果は発表されていませんが、最近の各方面での関心の高まりから見て、全体としてはかなりよく対応が進んでいると思います。現に、大企業の対応が一段落したためでしょうか、コボルのプログラマーはどちらかといえばあまり気味になってきたという話も聞こえてきます。

 しかし他方では、このさい思い切って2000年バグのない新システムに移行しようとしたものの、どうしても新システムをうまく立ち上げることができず、やむなく旧システムの修復にこれからとりかかろうとするところもでているそうです。これでは年内に対応を完了することは困難でしょう。またその他にも、対応完了がかなり先にずれ込んでいるケースもあちこちにでてきていると聞きます。これは、コンピュータ・システムの場合、ある程度は不可避でしょう。先月末に出たロンドンのハイテク・コンサルティング企業 International Monitoring社の最新レポートは、過去のプログラム修復による新バグの平均追加率は15%だったことを根拠にして、多少控えめに見積もっても、あらゆる情報システムの10%が2000年バグの影響を多少とも受ける、と述べています。いいかえれば、2000年バグの第一世代がすべて除去されてとしても、その過程で第二世代のバグが入り込んでくるために、10%のシステムに依然としてバグが残ってしまうというわけです。同社は、その結果、あらゆる分野で製品の発送に15日程度の遅れが出ると見込まれるので、各企業は、15日分程度の在庫の積み増しでこれに対応する必要があるとしています。

 いずれにせよ、個人も組織も、これからいよいよ偶発事態(コンティンジェンシー)・緊急事態(イマージェンシー)対応計画を実施しなければならない局面に入っていきます。同時に、各方面でのテストの結果(とくに、どんなエラーが残っていたか)に関する情報や、すでにあちこちで発生し始めている「2000年問題」の実態に関する情報を、できるかぎり広く収集して、今後の事態の展開をできるかぎり正確に予想することが肝要だと思います。後述する通り、米国の大企業の70%以上が、すでになんらかの形の2000年問題を経験していますし、英国のTaskforce 2000の予想では、2000年問題の60%は年内に発生するといわれます。ですから逆に、今年の夏から秋にかけて、実際にどのような問題が起こったかをみれば、2000年になってからの状況もかなりはっきりと見通せるでしょう。

 今月の公文レターは、6月中に書いた、2000年問題についての二つの拙論をお届けします。前者は産経新聞(7月1日)に、後者は雑誌『Voice』(8月号)に掲載されたものをもとに、若干の訂正を加えたものです。また後者は、雑誌では省かれた注のついたバージョンです。

***

コンピュータの「2000年問題」とは、たとえていえば、近代文明社会という大船団が、大小無数の氷山の散らばる流氷域に突入するようなものである。十分な情報も備えもないままにそんなことをすれば、近代社会は壊滅的打撃を蒙るだろう。

 そこで、右のたとえでいえば個々の氷山にあたる、コンピュータに潜むいわゆる「2000年バグ」を修復する努力が、世界的に行われている。わが国でも、とくに昨年の秋以来、官民をあげた対応態勢が作られている。私の勤務するグローコムでは、企業やその他の機関の2000年問題担当者、研究者、ジャーナリストなどがほとんど毎週のように集まって情報を交換しあい、状況の把握に努めているが、そこから受ける印象では、わが国の対応努力は、中央政府や基幹産業部門(電話、銀行、電力、運輸等)に関する限り、世界でもトップクラスにあるように思われる。(ただし、具体的事実にもとづく情報を開示したり第三者の監査を受けたりする努力は、相対的に不十分である。)

 それではもう問題はないかというと、なかなかそうはいかない。バグ取りには、漏れや新しいバグの追加がつきものである。アメリカのあるソフト会社のサンプル調査によると、日本の場合、修復済みとされるプログラムの中に、平均して1万行に4行の割合で漏れが残っている。金融監督庁には、今年の1月から3月末までに、定期預金の満期日が誤って通帳に記載されるなどのミスが、銀行、損害保険会社など25機関から52件報告されている。昨年夏に全面的に新しくした米国の航空管制システムは、旧システムに比べて作業効率が悪くなったばかりか、時々誤作動したり(たとえば飛んでいないはずの飛行機の影がレーダーに映るなど)ダウンしたりしている。シカゴのオヘア空港など一部の空港では、大幅な渋滞の解消のために、とりあえず旧い(2000年不対応の)システムに戻して急場をしのいでいるところもある。

 各国の中小企業の少なからぬ部分のように、そもそも対応の手がつけられていないところもある。また米国の連邦政府は、この6月15日に全システム中93%の対応を完了したと発表したが、それは「業務上必須の」システムについてだけのことである。しかもそのようなシステムの数は、2年前は9000ほどだと言われていたのが、現在では5780にまで減らされてきている。つまり、「必須」でないシステムの少なからぬものは手つかずに残され、結果としてなんらかの問題を引き起こしてしまう恐れがある。

 コンピュータにはバグはつきものであり、そのすべてを修復することは事実上不可能である。修復できたかどうかのテストも、あらゆる条件を想定して完璧に行うことはこれまた事実上不可能である。一見こともなく動いているシステムでも、バグの残っているプログラム部分やデータが呼び出された時点で、障害が発生する。そうだとすれば、程度に大小はあれ誰しも、残ったバグが引き起こす「2000年問題」の被害を受けないわけにはいかないだろう。2000年までに半年を切った今となっては、バグ修復の継続もさることながら、問題そのものの発生への備え(危機対応)に、努力の焦点を移していくべきである。政府はまず、この単純だが根本的な事実をしっかりと国民に伝え、国民の覚悟と協力を促してほしい。

 複雑多様な2000年問題の難しさは、いつ、どこで、何が、どのように起こるかの予測が困難極まる点にある。問題のもとになるバグ自体、関係者のたゆまぬ努力によってどんどん減少している。危機対応の努力も、さまざまな形で始まっている。だから状況は日々(概してよりよい方向に向かって)変化しているのである。

 なるほど、その名前からも想像がつくように、2000年問題の多くは2000年にかかる前後に集中的に発生するだろう。しかし、1月1日が一番危険だと考えるのは、おそらく間違っている。英国のある政府機関の予想では、問題の60%は年内にすでに発生し、2000年の初頭に発生するのは5%から10%にすぎない。残りはさらにその後(場合によっては何ヶ月も何年も後)になる。現に、キャップ・ジェミニ社の最新の調査によれば、調査対象となった米国の企業の70%以上が、すでになんらかの2000年問題に遭遇している。そして98%が年内に問題に直面すると予想している。

 個々の問題の具体的な予測は困難だが、比較的短期間に集中して発生すると思われるこの種の問題には、保険や訴訟、あるいは外部の救援を待つといった通常の対策は、効果が薄いだろう。さりとて、各人が「最悪の事態に備える」こともまた不可能なばかりか、それ自体が社会的混乱を引き起こしかねない。となれば、家族、企業、政府のすべてが、それぞれにできる範囲で役割を分担して備えに努め、必要に応じて助け合うことが望ましい。もちろんグローバルな協力も不可欠である。そうしてこそ、2000年問題は最小の被害で乗り切れるだろう。政府には今後、こうした全国民的な対処努力の、中心的なコーディネーターとしての役割を期待したい。

(産経新聞「正論」7月1日掲載)

2000年問題は世紀の変わり目の総力戦

いたるところに散在している2000年バグ

西暦2000年の到来が早くも半年以内に迫った昨今、メディアでの「コンピュータ西暦2000年問題」の報道頻度が目立って増えてきた。報道の姿勢にも真剣さが増す中で、担当者の間には、「迂闊な報道がパニックの引き金を引くことになっては大変だ」という懸念と、「いくら警告してもいっこうに人々の耳に届いてくれない」という焦りとが交錯しているようだ。

 この問題は、4桁の西暦年号を下2桁だけで処理することにした慣行に由来する。それが最初に広く採用された1960年代には、このような処理の仕方は実害がないばかりか、当時は現在の100万倍も高価だったというコンピュータ・メモリーの節約に貢献する点でも、短期的には合理的な決定だったといえるだろう。日付を表わすデータ・フィールドは、年月日あわせて6桁分を用意しておけば足りた。4桁年号がほしい場合には、自動的に「19」を付加すればよかった。だが、このようなやり方を続けていけば、世紀の変わり目が来て、年号の上二桁に別の数値を付加したり、異なる数値を混在させる必要が生じた場合には、コンピュータの停止や誤作動が起こることは確実だった。これがいわゆるコンピュータの「2000年バグ」に他ならない。i

 2000年バグは、「00」という年号をコンピュータが正しく処理できないというバグだが、その具体的な現れ方は、プログラムによってさまざまである。たとえば、あるプログラムは、それを「1900」年と解釈して対応する。一桁繰り上げて「100」という値を返すものもある。あるいは、そもそも日付ではないとみなして、入力を拒否したり、コンピュータの動作を停止させたりするものもある。また、プログラムによっては、「00」を他のコマンドの割り込み予告だと解釈して、待ちの態勢にはいってしまうものもあるという。

 いずれにせよ、2000年バグの発症は、現実世界での2000年の到来と、必ずしも直接の関係はない。長期間のローン計算などを行う金融機関のコンピュータ担当者は、すでに1970年代から1980年代に、それに直面していたはずである。日本航空が整備部品の管理システムでエラーに遭遇したのは1994年のことだった。ii この4月に発表されたアメリカのキャップ・ジェミニ社の調査結果では、回答企業の72%が、すでに2000年問題に遭遇していた。英国のタスクフォース2000の予想では、問題の60%は年内に発生し、1月1日に発生するものは、全体の5~10%にすぎないという。

 では、この2000年バグはどこに潜んでいるのか。それはまず、全世界で何千億行にのぼるといわれるコンピュータのソフトウエアや、それが扱う厖大なデータのあちこちに散在している。ワークステーションやパソコンの場合には、個々のアプリケーションやデータだけでなく、BIOS(基本入出力システム)やOS(基本ソフト)のレベルにもバグを抱えているものがある。さらに、世界中に数百億はあると推定されている、建物や機械類に埋め込まれた「マイクロコンピュータ」ないし「埋め込みシステム」については、その一部が内蔵している「リアルタイム・クロック(RTC)」や「ソフト・クロック」あるいは「二次クロック」などと呼ばれる日付処理の仕組みに、2000年不対応のものがある。

 そればかりか、そのなかには、外部から日付を設定するようになっていないために独自の時間をきざんでいて、そもそも日付をずらしてみるといった形で対応の有無をテストすること自体が不可能なものさえあると指摘する人もいる。ただし、そのレベルに固有の2000年不対応の問題が存在するのか、それとも問題があってもテストは可能かとか、またBIOSやOSのレベルでのソフト的対応で十分か(現に、米国ソフトウエア試験所はこの対応方式を推奨している)という点をめぐっては、いまだに専門家の間でも意見が大きく分れている。iii

なぜこんなバグが残ったのか

2000年バグの存在は、そもそもの当初から知られていたはずである。また、ほとんどのプログラマーは、そのうちにバグは除去されるか、あるいはシステム全体が4桁日付対応のものに切り替えられるかするだろうと予想していたにちがいない。だが、現実には必ずしもそうはならなかった。

 その最大の理由は、現在使われているコンピュータの基本的特性にある。コンピュータにバグはつきものなのに、それを発見し修正・除去するための効果的な仕組みが、依然として見いだされていないのである。そのため、ソフト業界の過去30年のデータの示すところでは、ソフトウエア開発のあらゆるプロジェクトの25%は中止される。15%は完成しても期限に遅れる。残りは平均して1000行に一つのバグをもっているという。iv だからこそ、問題なく作動するプログラムの存在は貴重きわまりない。

 そこで、ソフトウエアの開発者たちは、通常、新しく一からプログラムを書き直すよりは、動くことがわかっているプログラムをもとにして、部分的な追加や修正を加えたり、いくつかをつなぎあわせる形で、別のより大きく複雑なシステムを作っていくという戦略を取る。v

 たしかに、通常はそれでよい。しかし、2000年バグの場合は、とりあえずいまのところ(そして今後もしばらくは)プログラムやシステムは問題なく動いているという事実が、結果的に仇となったのである。奥深いところに決定的なバグをかかえたプログラムであっても、それにより多くの追加的な資源が投入され、より複雑で精緻なシステムが組み上げられていけばいくだけ、あとからの修正は容易なことではなくなる。さらに同様な仕組みをもつシステムの数が増え、それらがネットワークで相互に結びついていればいるだけ、一部のみの修正は意味がなくなる。そうした事情が重なり合って、全面的な修正の動きは、遅れに遅れてしまったのである。

放置すればどうなるか

もしも世界中のコンピュータ・システムのいたるところに散在する2000年バグがそのまま放置された場合には何が起こるだろうか。ほとんどあらゆるコンピュータ・システムが2000年の前後でその機能を停止してしまい、近代文明社会は事実上崩壊してしまうだろう。コンピュータによる事務処理や自動制御のほとんどが不能あるいは狂ってしまうばかりか、社会的に不可欠なインフラの根幹が崩壊し、生産・運輸・流通の経済システムも決定的な打撃を受けるだろうからである。

 2000年問題に対処するにあたっては、われわれはこのような状態、いってみれば「ゼロ・ベース」の状態を、すべての出発点に想定してみるところから始めなければならない。もちろん現実には、とりわけこの1、2年は、世界中いたるところで、2000年バグを除去し、2000年不対応のシステムを修復する試みが真剣に行われてきている。だから、現状では、なんらなすところなく2000年バグの跳梁跋扈にまかせるといった状況になることは、まずなくなったと断定してよいだろう。かなりの地域、かなりの部門、かなりの組織において、「2000年問題の背骨はひとまず折った」といいうる状態が達成されつつあるにちがいないのである。

 だがそれにしても、2000年問題に関するかぎり、われわれの思考や問題対処の方向は、100%問題のない状態を前提として、そこからいくばくかの不具合を予想し覚悟するというものであってはならない。そうではなくて、基本的に全部だめという想定から出発して、個々の対応努力に関する情報をもとに、部分や全体の安全度に関する判定を改訂していくというものでなくてはならないのである。

99%をもって半ばとなす

だがそれでは、これから2000年にかけて最後の努力をふりしぼった結果、ほとんど何も問題は残っていない、「大丈夫だ」と安心できる状態に到達できると期待してよいだろうか。残念ながら、さまざまな理由でそれはありえない。

 何よりも、調査し、修復し、テストしなければならないプログラムやチップの数が多すぎる。他方、使える時間や資金、あるいはプログラマー、エンジニアの数には限度がある。しかも、まだ2000年バグの存在に気づいていない、あるいは気づいていてもお金がないとか専門知識がないという理由で特に対応努力をしていない地域(とりわけ一部の途上国)や組織(とりわけ一部の中小企業や地方自治体)は、けっして少なくないとみられる。努力をしてはいても、対応の見落としがあったり、対応の過程で新しいバグを付け加えたりしている場合も少なくないだろう。

 アメリカのある会社の日本でのサンプル調査によれば、修正済みとされているプログラムでも、平均して1万行に4行程度の修正漏れが見つかったという。新しいシステムをテストしてみたらうまく動かなかったという話も、あちこちで耳にする。たとえば、シカゴの二つの主要な空港のARTS 6.05という新航空管制システムは、昨年の夏に導入されたものの、どうしてもうまく作動せず、現時点ではやむなく旧い2000年不対応のシステムに戻している(新システムはいったん引き揚げて修正中)という。vi

 つまり、限られた期間内に2000年バグをすべて除去することや、徹底したテストによってどんな場合でも正常に作動するかどうかを完璧に確認することは、そもそも不可能なのである。しかも、現実にはそのようなシステムが、無数といいたいくらい多数存在し、互いに相互作用しあっている。自社のシステムがかりに完全に修復されていたとしても、ネットワークでつながっている他社のシステムにバグが残っていれば、「再汚染」や「ドミノ効果」が及んでくる可能性がある。コンピュータ自体は使っていない場合でも、たとえばサプライ・チェーンの切断とかライフラインの機能不全などが発生すれば、その影響を免れるわけにはいかない。他方、自社の対応が遅れていれば(あるいは進んでいることが証明できなければ)、それを理由として、他社との取引関係をあらかじめ断たれてしまったり、ネットワークからの分離を要求されたりするかもしれない。

 そうだとすれば、修復を必要とするシステムの90%が修復できたから、いや99%が修復できたからといって、それで大丈夫というわけにはいかない。2000年バグの除去が不完全だったために、社会活動のさまざまな部分(経済、政治、社会、軍事等々)にマイナスの影響が及ぶことを狭い意味での「2000年問題」と呼ぶとすれば、2000年問題への対応は、2000年バグの修復がとりあえず完了したとみなされる時点で、ようやく本格化するというべきではないだろうか。あるいは「100里の道を行くは99里をもって半ばとなす」と諭した古人の言葉を借りていえば、「2000年対応は99%(のバグ修復)をもって半ばとなす」というべきではないだろうか。

2000年問題の正確な予測はそもそも不可能

それでは、2000年までの残る数ヶ月の間に、主要なシステムのバグ修復率(ひと通りのテスト完了まで含めた)だけでも99%以上になりうるかと考えると、それさえいささか心許なさが残る。なんといっても本格的な対応開始が遅すぎたのである。社会が一気に崩壊の危機に瀕することはないにしても、無傷ですむというわけにはとうていいかない。かなりの期間(たとえば1年程度)にわたる多種多様な混乱の発生と、その後遺症も含めたさらに長期間にわたる経済の停滞は、覚悟しないわけにはいかないだろう。バグの除去やシステムの抜本的取り替えの努力は今後も続けるにせよ、これからはむしろ、避けがたい各種の「2000年問題」の発生に備えて、危機管理計画というか非常事態対処計画を立案し実行する方向に、努力の重点をシフトしていくべきである。

 しかし、そのためにも、いったいどこでどんなことが起こりそうかを、なるべく正確に予測できるに越したことはない。ところが、2000年問題の場合、それが至難なのである。

 一方では、各人の対応努力の結果、状況は時々刻々変化している。その多くは、よりよい方向への変化だろう。しかし、同時に先に述べたような見落としや新バグの追加、あるいはテスト漏れなどもありうる。バグは取ったが、その結果としてシステム全体の冗長性が増大し効率が低下するという可能性もある。そもそも、ダイナミックに変化している複雑きわまりない世界の現状についての詳細で正確な情報をもれなく収集し分析・予測することなど、人智の範囲を超えている。

 何よりも、2000年問題は他の自然災害のような、すでにたびたび経験された局地的・一時的災害とは性格を異にしている。それは人類にとっては未経験の問題である。初期の諸問題は、今年の終わりから来年初めの比較的局限された期間内に、世界全体にわたって同時多発する、さまざまな故障や混乱の形で発生するだろう。それらに対して、限られた人員や資源を人々がどのように振り向けて対処し、その結果がどのように収拾あるいは波及していくかを予測することは、事実上不可能である。

 他方、よりあとになって発生して、しかもその影響がかなりの長期間にわたって及ぶと考えられる問題もある。たとえば、米国の電力技術者のディック・ミルズは、電力需要の小さい2000年初頭における停電(それは、かりに起こるにしても、局地的で短期間のものにとどまる可能性が高いとみられる)よりも、電力需要が増大する一方で、さまざまな理由(たとえば発電用燃料輸入の停滞や、一部の原子力発電所の操業停止の可能性など)で供給能力の低下が懸念される夏場に、電力の需給ギャップが発生し持続することを、より恐れている。

 日本の場合は、貿易ラインが混乱して資源や食料の輸入が長期にわたって停滞し、備蓄が底をつくようなことがもしもあれば、手痛い打撃を蒙るだろう。概していえば、生産や輸入の停止は、それ自体は比較的部分的かつ短期間で済んだとしても、その直接間接の影響となると、長期かつ広汎に及ぶ場合がありうることを覚悟しておくべきではないだろうか。

ではどうすればよいか

将来の予測がはなはだ不確実にしかできないとすれば、われわれはつまるところ自分自身の責任と判断で、自分なりの結論を出し、行動に移すしかないだろう。もちろん、そのためにも、お互いにできるかぎり多くの事実や事例に基づく情報を出しあい分けあうことが、できるに越したことはない。

 それにしても、万人に通用する備え方なるものはありえない。2000年問題に限らず、一般に「脅威」とは、われわれの生活状態を悪化させるようななんらかの事象の発生確率と、それが発生した場合に蒙る損害とを掛け合せたもので測られる。ところが先に述べたように、2000年問題は人類にとって未経験の事態であり、しかもそれぞれの個別事象は複雑きわまりない相互関連のなかで生起すると考えられる。したがって、客観的に依拠しうる発生確率など算定のしようがないが、それでも衆知を集めることによって、それぞれの事象の発生の確からしさについては、ある程度共通な判断が可能になるだろう。

 他方、なんらかの事象が発生した場合に受ける損害の評価は、基本的に個別的・主観的なものでしかありえない。何がどれだけ大事かは、人さまざま vii なのである。さらに、想定された脅威に対してどれだけの備えをするかは、その人のもっている能力や資源の大きさにも依存する。いくら深刻な脅威だからといって「金に糸目をつけないで」それに備えることは、現実問題としては不可能である。だとすれば、何に対してどう備えるかも、これまた人さまざまという他ない。他人の判断や行動が、自分の参考になることはあっても、そのまねをすればいいというわけにはいかないのである。

2000年問題の特殊事情

以上は一般論だが、2000年問題の場合には、いくつかの特殊事情もある。

 第一に、2000年問題に関するかぎり、「最悪の事態を想定して備える」のは事実上無意味である。起こりうべき事態の範囲が広すぎるからである。たとえば、2000年バグが引き起こす核戦争の危険は、けっしてゼロではない。現に米ロの専門家は対策の方法を論じあっているし、米国からの支援申し出もなされている。日本が過去にアラブ世界に対して輸出した石油精製や淡水化のプラントが引き起こす2000年問題が、日本の責任とみなされて報復を受ける恐れを指摘する人もいる。2000年問題が引き起こす混乱に乗じて、外国が侵攻してくる可能性も考えられる。長期的なエネルギー不足や食料不足が絶対に生じないと断定することはできない。さらに、これらの恐るべき事態のいくつかが、同時に発生しないとも限らない。こうした事態に個人や個々の企業が直接備えることは、まず不可能である。あるいは、少しでも真剣に備えようとすれば(たとえば大都市からの脱出や大量の物資や現金の備蓄の試みなど)、それ自体が深刻な混乱を巻き起こす。

 第二に、2000年問題のような、未経験であってしかも複雑な因果連鎖のなかで一定期間内に同時多発するような混乱には、これまで社会的に有効だとみなされてきたいくつかの主要な対応手法は、有効性を失う。たとえば、事前の備えとして保険に頼ることは難しい。保険会社は、保険料率の決めようもなければ、保険金の支払い能力もないだろうからである。現に損保業界は、対企業の損害保険については、2000年問題をカバーしないとする方針を打ち出している。あるいは、事後の救済策としての訴訟の有効性も、はなはだ限られてくるだろう。2000年問題をめぐる訴訟の多発は、わが国においてさえ考えられるが、訴訟の数が増えると決着にはあまりにも長い時間がかかるだろう。それに、因果連鎖の複雑さを考えると、責任者や責任の範囲や程度を特定することは困難きわまる場合が多いだろう。

 また、災害の発生にさいして外部のボランティアや自衛隊などの救援を期待することも、2000年問題の同時多発性を考えると、難しいといわざるをえない。現に、米国の国防総省は、国民の救援を米軍の責務の一つとはみなしながらも、あまりにも多数の救援要請をいっぺんに受けた場合の、あるいは次から次へと新しい要請が飛び込んでくる場合の、優先順位の決定や変更の方式について事前に検討を加えておくことを各機関に要請する文書を発出している。viii

 第三に、2000年問題のような問題に効果的に対処するための社会システムの構造はどんなものであるべきかについてのわれわれの知識も、はなはだ限られている。近年の米国では、分権・分散化、民営化、競争原理の導入などといったシステム設計原理の普遍的有効性が強調される傾向があったが、こと2000年問題に関するかぎり話は逆であって、分散の進んだ電力業界よりは、比較的少数の企業が集中管理している電気通信業界のほうが、2000年問題には対応しやすいといった発言がみられる。ix 

 あるいは、本来核戦争による破壊に強いシステムとして開発された自立・分散型のインターネットは、2000年問題への対応においてその脆弱性を露呈してしまうのではないかといった懸念も語られている。2000年問題は、自己修復能力の高い社会システムの設計原理についての貴重な教訓を、人類が学ぶ機会になる可能性がある。

総力戦としての2000年問題対処

 このように見てくると、2000年問題への対処、とりわけ非常事態への対処は、「何が起こりそうか」の予測もさることながら、「自分には何ができるか」を基準に考え、行動する以外にないことにあらためて気づかされる。とはいえ、「自分だけが助かればよい」という考え方は問題外である。各人、各組織が、それぞれ自分の持ち場や役割の範囲を守って、互いに他人の迷惑にならないことを第一義としつつ、可能なかぎりで助け合いにも努めることが、決定的に重要なのである。

 他人に頼りすぎることが迷惑になるのはいうまでもないが、自分だけですべてをすませようとする(たとえば買い占めや預金の全額引き出しなどをする)ことも、かえって他人の迷惑を招きかねないという配慮を、忘れてはならない。まずは個人や家族が、また個々の企業が、それぞれできる備えをしかるべき範囲で行うことである。(もちろん、価値観や能力には個人差・個体差があるので、そうした備えが画一的である必要はない)

 そして、自治体や政府がそれをバックアップするための態勢を整える必要がある。2000年問題への対処は、全国的な、いやグローバルな総力戦として行われなくてはならない。その場合に決定的に重要になるのが、事実にもとづく情報の開示と通有である。とりわけ、社会的に必要な財・サービスの供給責任を分担している企業や、国民生活の安全や福祉に最終的な責任をもつ政府や自治体が、どのようなデータをもち、状況判断や政策決定を行っているかについての情報は、全国民に開示されることが望ましい。

 たとえば、2000年問題との関連での銀行の取り付け騒ぎを防ぐ最善の方策は、政府や日銀が、通貨の大量増発の準備を整えていることや、個人・企業の預金引き出し要求や銀行の臨時貸し出し要求には無制限に応ずる用意があることを、あらかじめ周知徹底させておくことだろう。政府にとっての国民は、保護や支援を要求するだけの無知で無力な存在ではない。2000年問題への対処において積極的な役割を果たす、不可欠の戦闘要員なのである。その意味で、各人は、友軍が、戦友がどのような問題に直面し、何を考え、何を行っているかを知る権利があり、知らせる義務がある。「いたずらに不安感のみが醸成されることを避ける」といった口実で、情報を統制しようとすることは、よけいなお世話である。それは、国民不信以外の何物でもなく、結果的にわれわれの戦闘能力を殺いでしまいかねない。

 2000年問題は、おそらくは現時点での多くの人々の予想を越えた深刻な問題となる可能性が高いと私は思う。私自身、その可能性に気づいた時点で、しばらくの間心理的にはパニックに近い状態に陥ってしまった。だから他の人々が似たような経験をしたとしても、私は驚かない。当然だと思う。

 しかし、しかるべき時間と適切な情報があれば、パニックから抜け出すこともそれほど難しくはない。2000年の到来までまだ時間の余裕がある間なら、とくにそうである。その意味では、パニックは早めに経験しておくに越したことはない。そして、パニックから脱出する最善の療法は、同じ問題に直面している僚友の経験や知識、その悩み、苦しみや戦いのありさまについての情報を、つつみかくさず分け合うことである。それによって、人は粛然として襟を正すかもしれない。暗夜に一筋の光明を見いだした気持ちになるかもしれない。いずれにせよ逃れられない運命ならば、共に敢然とそれに立ち向う以外にないという自覚は、その中から必ず湧き上がってくるはずである。

第三次産業革命後の最初の大災害

 もう一つ、バランスのとれた歴史的展望をもつことも有益である。とりわけ、産業社会の歴史的文脈の中に2000年問題を位置づけることは、試みる価値がある。私のみるところでは、今日の情報通信革命は、19世紀末から20世紀にかけての重化学工業の台頭と大企業体制の出現をもたらした第二次産業革命に匹敵する、第三次産業革命である。

 重化学工業は、戦争のあり方を一変させた。19世紀のパクス・ブリタニカ体制の下で実現していた「百年の平和」は、前線と銃後の区別のない大虐殺戦争に取って代わられた。人類が戦争の制御に曲りなりにも成功するまでには、2度の世界大戦と億の規模での人命の犠牲を必要とした。大企業体制は、市場での「見えざる手」の支配を、企業の「見える手」の支配に置き換え、貯蓄・投資のバランスの喪失と長期不況をもたらした。ここでもまた、人類が総需要制御に曲りなりにも成功するまでには、数年にわたる長期不況と巨額の富や所得の喪失を経験しなければならなかった。

 われわれはまだ、第三次産業革命が生み出したコンピュータやそのネットワークと平和的に共存する術を修得しえていない。2000年問題は、その結果として人類が経験することになる最初の大災害であり、それを克服するための技術的・制度的な条件がいまようやく生まれつつある。x とはいえ、その影響からの脱却と新しい情報通信システムのグローバルな構築には、少なくとも今後数年、いやそれ以上の期間を要するだろう。さらに、2000年問題は、第三次産業革命に随伴する一連の諸問題の最初の一つにすぎない可能性も十分にある。われわれは今後、超悪質なコンピュータ・ウィルスの跋扈に悩まされたり、サイバーウォーやサイバーテロの悪夢に脅やかされたりするかもしれないのである。

 しかし、産業化の過去の歴史が繰り返されるものであるならば、人類は結局のところ、そうした諸問題を乗り越えて進んでいくだろう。その渦中にある者、とりわけその犠牲になる者の目からすればそれがいかに深刻で残酷な過程であるにせよ、生き残った者の目からすれば、世界の状態は、これまでと同様、結果的に改善されたことになるのではないか。それどころか、今度は産業化そのものを超える社会変化(それが狭い意味での「情報化」である)もまた、同時進行しているように思われる。そうだとすれば、21世紀の社会は、20世紀の社会よりは概してはるかに面白い社会になることは間違いないように思われる。われわれは少しでも少ない犠牲で、次の世紀に、あるいは次の千年紀に歩み入りたいものである。

(『Voice』 8月号掲載)

  1. だから、「2000年バグ」あるいは「2000年問題」は、本質的に「世紀」問題であって、「千年紀」問題や「1月1日問題」ではない。もし現在のようなコンピュータ・システムが19世紀に使われ始めていたとしたら、「1900年問題」が発生していたはずである。
  2. 日本航空の話は、武末高裕、『西暦2000年コンピュータが反乱する』、ダイヤモンド社、1997年、第6章を参照。
  3. 埋め込みシステム固有の問題の深刻さを強調する専門家としては、Mark Frautsch やBruce Beachがいる。RTCそのものには問題がないと主張する専門家には、マイクロソフトのホームページ上で論陣を張っているKarl Feilderがいる。中間の立場に立っているのは Jon Huntress である。また最近では、オーストラリアの専門家Sandeep Mathurが、コンピュータの使い方によっては、米国ソフトウエア試験所の推奨する方式では不十分であって、RTCそのもののレベルでの2000年対応が必要になると指摘している。
  4. 『時限爆弾2000』(プレンティスホール社)の著者、エド・ヨードンによる(Sayonara, Y2K)。
  5. それはまさに、生物がその進化の過程で採用した戦略に他ならず、またノーベル賞受賞者のハーバート・サイモンがその名著『システムの科学』(ダイヤモンド社)で推奨した複雑なシステムの構築戦略でもある。
  6. 1999年5月7日のシカゴ・トリビューンの報道による。ただし、同じシステムはニューヨーク、デンバー、ロサンゼルスでは正常に機能しているという。
  7. ここでいう「人」とは、個人の場合もあれば、各種の集団(家族や企業、地域コミュニティや国家など)の場合もありうる。
  8. John Hamre国防副長官名で出された、DoD Year 2000 (Y2K) Support to Civil Authoritiesという題のMemorandum for Secretaries of the Military Departments.このメモは、インターネットではゲーリー・ノースのサイト(5月12日掲載)からたどっていくことができる。
  9. 日本の場合は逆に、電力業界の集中度の方が電気通信業界よりもはるかに高くなっているが、そのことが2000年問題への対応上どんなちがいをもたらすか、きわめて興味深いところである。
  10. インターネットの通信手順であるIPに基づく「IPネットワーク」の全面的展開や、ワールドワイド・ウェブをプラットフォームとする「ウェブ・コンピューティング」の普及によって、情報通信革命は、メーンフレーム中心の第一段階と、パソコンやマイクロコンピュータ中心の第二段階に続く、その第三段階に入りつつあるとみられる。


公文レター No.42