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2001 - March 1, 2001

『レポート:光ネットワーク構築へのカナダモデル』

March 1, 2001 [ 2001 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

土屋大洋、山田肇、アダム・ピーク著

 AとBという二人がいたとする。Aにはxという所有物があり、Bはそれを持っていない。AがxをBに与えてしまうと、Aのところには何も残らない。Aはxの赤字で、Bはxの黒字になる。大抵の場合は、このままだと不公平なので、今度はBがAに対してxの見返りとしてyを譲渡することになる。xとyは、それぞれお歳暮だったり、現金だったり、あるいは単に「どうもありがとう」という言葉だけだったりするわけだが、いずれにしてもAからBへ渡されたx、BからAへ渡されたyは、(x-x)+(y-y)で互いに相殺すると0になってしまう。AとBという閉じた輪の中では、増えも減りもしていない。

 本稿が考察する「光ネットワーク構築へのカナダモデル」とは、言うならばこの交換の結果を0ではなく、2x+2yにする方法である。すでに情報財については、交換すれば2x+2yとなることが理解されているが、カナダモデルではこれをモノとしてのネットワークへ拡大した。もちろん、“You can eat your cake, and have it.”ではないが、本当にモノであれば与えた後にもなお手許に残るということはありえず、これにはシカケがある。

 カナダモデルを可能にしたこのシカケは、「カオの法則」である。光ファイバは異なる波長を同時に通すことができ、その異なる波長はそれぞれ別々の情報を運ぶことができる。こう考えると、光ファイバ全体としての伝送容量は、波長の数とそれぞれの波長が運ぶ伝送容量の積ということになるのだが、実は一つの波長であまり多くの容量を伝送することは難しい。ここがこれまでの光ファイバ技術のボトルネックとなっていた。しかし、それならば、一つの波長あたりの伝送容量を低く抑える代わりに(そもそもこのこと自体が、技術者にとっては大きな決断であったと著者らは言う)波長の数を増やせば、同等かそれ以上の効果を得ることができる。これがカオの法則の説くところである。

 カオの法則に従えば、(にわかには信じがたいのだが)実際上使い切ることができないほどの伝送容量を我々は享受できるという。実際上使い切れないのであれば、自分のネットワークを誰かに貸したとしても、自分の持ち分が目減りすることはない(実際には目減りするのだが、減ったところでまだまだ使い切ることができないほど余っている)。こういう発想で、Aが敷設した光ファイバxと、Bが敷設した光ファイバyを相互に接続すれば、その結果、Aはx+yを、またBもx+yを手にし、両方の取り分は合わせて2x+2yということになる。

 このように、ネットワークを敷設した主体同士が相互に接続してできた光ファイバネットワークの代表例が、カナダのCANARIEのネットワークである。筆者らはこれを「カナダモデル」と呼んでいる。このようなカナダモデルのネットワークでは、自分のネットワークに流れるのは、自分のトラフィックよりも他人のトラフィックのほうが多いということも起こりうる。一方で、従来のISPなど通信事業者のビジネス・モデルは、そうした他人のトラフィックに対して課金することで成り立ってきた。ところが、カナダモデルでは、他人のトラフィックに対して課金するというモデルが成り立たない。このモデルが成立しないことは、今のインターネットのビジネスモデルが成り立たないことを意味する。

 そこで、著者らは、ネットワークを提供する通信事業者や自治体が、従来のビジネスモデルを放棄する覚悟が必要であり、この覚悟がカナダモデルの普及にとって大きな問題だと言う。しかし翻って考えてみれば、インターネットの不特定多数間での小額決済メカニズムは現時点でも成功しておらず、そもそもトラフィックの量に応じた従量課金自体、ブロードバンドからナローバンドまでコンテンツが出そろった時点で、もはや維持しえない。こう考えると、著者らがネットワーク提供者に対して求める「覚悟」のあるなしに関わらず、カナダモデルは遅かれ早かれ普及していくことになるのではないだろうか。

上村圭介(研究員)