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2001 - December 1, 2001
日本の役割:反テロリズムから新秩序の形成へ
December 1, 2001 [ 2001 ]
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山内昌之(東京大学教授)
「ニ十一世紀憲章」に向けて
オサマ・ビンラディンのようなテロリズム、ことに自爆や細菌など各種テロに対処するには、短期の対症療法的な対応だけでは不十分である。むしろ、中長期的な戦略をもち、二十一世紀の世界秩序をどう描くべきか、そしてそこにイスラム世界とムスリム市民をいかに包摂していくのかを展望する必要がある。つまり、世界システムの理念を改めて考え直し、イスラムの世界観や価値観を尊重することにより、ムスリムの間に根強い反米世論や西欧に向けた外国人嫌いの感情を解消し、彼らの不信感とトラウマを癒すべきであろう。
いうまでもなく、ムスリムやアジア人の西欧にたいする不信感を理解することは、テロリズムの言い分に屈することを意味しない。むしろ、課題はポスト「ポスト冷戦」の国際構想を描きながら、二十一世紀の世界システムをいかにつくっていくのかということである。とりわけ欧米に問われているのは、自らのアフガニスタン関与が平和を達成するという目標と戦略に支えられている点を明白にすることであり、十九世紀や二十世紀の植民地時代の記憶をムスリムやアジア人によみがえらせない努力をすることである。アメリカに限らず、日本にも問われているのは、九月十一日を転機に世界史が変わったという認識をもつ場合、それにふさわしい現状認識と歴史のビジョンを提示することであろう。
今必要なのは「二十一世紀憲章」ともいうべき新しい世界ビジョンである。それは、オスマン帝国を含めた多くの国によって受け入れられ、後に国際連盟の設立にまでいたったウィルソン米大統領の「十四ヶ条」に匹敵するものであろう。またそれは、チャーチルとルーズヴェルトが合意し、ソ連によっても支持され、後に国連憲章に発展した「大西洋憲章」にも匹敵するものであるべきである。しかし、その際にかつて国連憲章がアジア諸国の理念を受け入れず、西側中心の価値観によってつくられた轍を踏んではならない。「二十一世紀憲章」は平和主義的な中国哲学およびイスラム、さらにはヒンドゥーイズムを含めた東洋思想を受容するものでなければならない。
日本の役割と「人間の安全保障」
「二十一世紀憲章」について、伝統的に「和漢洋」の文化のバランスをとってきた日本は、「和漢洋印回」の視点から貢献することが十分に考えられる。より具体的には、以下の要素を考慮に入れる必要があろう。
まず全体的な枠組みをつくって、イスラム世界に住む十三億の市民の威厳と自尊心を損なわずに、平和と秩序の建設に参加させなければ、二十一世紀の国際協調システムは不安定なまま終始する可能性が高いことを覚悟しなければならない。この共存ビジョンを提起できるならば、アフガニスタンにおける戦後復興構想も順調に進むはずである。
そのために必要な第一の条件は、アフガニスタンを民主的な国家に再編するために、国連の暫定統治におく可能性を含めて、すべての民族と宗派が広範に結集した連立政権をつくることである。実際には、各部族長や「北部同盟」の指揮官の間に見られる対立を解消するのは難しいので、これはたやすい仕事ではない。
第二に、民主選挙と戦後復興プロセスに日本は積極的に関与することができる。アフガニスタン各派はもとより、隣接するパキスタン、イラン、タジキスタンなど中央アジア諸国といずれも人脈と信頼関係を維持しているG7は日本だけである。カンボジアやタジキスタンや東ティモールにおける休戦監視や暫定統治についても実績を積み重ねてきている。日本政府は2000年3月に、アフガニスタン和平に向けて、タリバーンや「北部同盟」の幹部を東京に招き個別に和平の糸口を探ったものだ。また、2001年の6月には外務省幹部をアフガニスタンに派遣し、両派を交渉のテーブルにつかせようと試みている。さらに、橋本内閣のユーラシア外交や小渕内閣の対中央アジア政策の戦略構想には、ユーラシア中心部から南西アジアにかけた地域における秩序と安定の確立が含まれていた。
この外交的戦略性は、今回の難民問題においても、すぐに発動できるはずだ。米軍の空爆が続けば、アフガニスタンと周辺諸国における難民問題が深刻になることは明白だからである。現在のパキスタンには二百五十万の難民がいるが、これに百万が加わるという見通しさえあるほどだ。緒方貞子前国連難民高等弁務官によって「世界が見殺しにした国」と名付けられたアフガニスタンの難民については、まずかれらを国際世論が見捨てていない事実を現地を、視察すること、および食料、毛布、テント、発動機、子供用のノートやペンなどの物資を支援することによって示すことが肝要なのである。
アフガニスタン和平東京会議の構想を日本の戦後復興支援や文化交流事業を中心とした「人間の安全保障」(ヒューマン・セキュリティ)と結びつけるなら、日本は非軍事領域において多大の貢献を果すことになろう。それは、難民支援や地雷除去だけでなく、教育の充実、旧タリバーン兵士らの職業訓練、交通のインフラの再建、農業・技術指導などの分野において発揮されることだろう。タリバーンの解体だけではアフガニスタンの安定は訪れないのである。むしろ、この地域では、NATOや米英軍のプレゼンスもさることながら、長期的には経済支援による民生の安定こそがテロリズムの根絶に役立つのである。何よりも必要なのは、産業の振興であり、石油や天然ガスのパイプライン敷設や、アフガニスタン人がいまだかつて見たこともない交通・輸送システムの実現など、日本が考えるべきプランはいくつもある。
文明対話の国際会議を主催せよ
パキスタンやイラン、中央アジアやアラブの主要国をまきこんだ文化交流や文明対話にかかわる国際会議を東京で主催することは、イスラム世界と日本の相互信頼醸成のためにも有意義であろう。それは、アメリカがすぐには果しえない事業である。その会議において、小泉首相は、自衛隊の後方支援や救援活動の意味を国民に理解してもらうためにも、アフガニスタンの戦後復興と新しい秩序形成に対して平和的に取り組むことの意義をわかりやすく説明してもらいたい。
しかし、アフガニスタンの国民国家としての再建の前提となるのは、オサマ・ビンラディンのようにアフガニスタンに寄生したテロリズムの要素を取り除くことである。そのようなテロリストの存在を許さない決意は、アフガニスタン国民の利益にかなっており、イスラムの理念を尊重する新しい国際秩序の形成とは矛盾しないのである。仮にオサマ・ビンラディンを捕捉できるなら、臨時につくられる国際特別法廷に引き渡して審理、判決を下すことも、新しい国際秩序をつくる理念との関係で検討されてもよい。そして、パレスチナ問題を核とする中東和平プロセスを進めながら、新秩序の形成に各国のムスリム市民の理解と参加をねばり強く呼びかける以外に、テロリズムの除去と平和の回復はありえない。日本が新しい国際秩序のなかで名誉ある地位を占めるには、ムスリム市民に向かって、復興と援助にかかわる日本の新たなヴィジョンを積極的に示すことが大事なのである。
●この論文のオリジナル版は「国際情報発信プラットフォーム/http://www.glocom.org」に掲載されています。