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2002 - December 1, 2002

「IT革命」下の会社と社員の関係:その方向性と課題

December 1, 2002 [ 2002 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

加藤敏春 (GLOCOM主幹研究員)

1.金融再編、産業再編のための制度改革とその原動力となった「IT革命」

 現在の日本においては、企業結合や企業分割などによる金融再編、産業再編が大きく進展しているが、その背景には、独禁法改正による純粋持株会社解禁(1997年)、商法改正による株式交換制度の導入(1999年)、企業分割制度の導入、金庫株の導入(2001年)、連結会計の本格的導入(2000年3月期より)など、一連の規制緩和、制度改正が行われるとともに、確定拠出型年金制度の導入や退職金制度の変更などにより、社員の流動性を高めるための環境整備が行われたことがある。大企業の企業分割がわずか1年超の期間で300件を突破したこと(『日本経済新聞』2002年8月14日)や、2002年5月の産業構造審議会「サービス経済化・雇用政策小委員会」の主要企業に対するヒアリング結果が示すように、ようやく日本においてもM&A(Merger & Acquisition)が本格化しつつある。

 これら一連の規制緩和、制度改正の原動力となっているのは、「IT革命」である。IT革命が進みブロードバンド時代を迎えるビジネス界では、今までにない変化が起こっている。それは、企業は他企業にはない競争上の強みであるコアコンピタンスに特化し、その他の部分は外部からサービスとして提供を受けて価値を創造する「ビジネス・プロセス・アウトソーシング」(BPO)ないしe-BPOの進展である。BPOはアウトソーシングの最終形態であり、「企業が価値増大のために、外部のサービスプロバイダと長期的・包括的な委託契約を結び、業務プロセス全般に関するサービスの提供を受けることである」と定義される。e-BPOとはウェブ技術を活用したBPOの発展形態であり、XML(拡張可能マークアップ言語)などを活用してアプリケーション・サーバ同士を接続し、サービスを提供するものである。

 図1は、アウトソーシングの観点から、伝統的なビジネスモデル、アウトソーシングのビジネスモデル、BPO・e-BPOのビジネスモデルを対比させて、組織形態の発展経路を示したものである。この三つの組織形態は、コンピューティングのトポロジーがメインフレーム型、クライアント・サーバ型、ネットワーク型へと変化していることと対応している。今ブロードバンド時代を迎え、企業外部とブロードバンド・ネットワークでつながったサーバ群で情報処理を行うネットワーク型へと転換するに伴って、バック・オフィスの機能をもアウトソーシングできるようになり、企業の組織形態もネットワーク型へと進化している。これが示しているように、IT革命の本質はITの活用による「組織革命」であり、ITバブル崩壊以降もこの本質は何ら変化していない。

2.「知識創造企業」の登場とその発展上の課題

 以上の組織革命は、知識資本の優位化と生産関数の変化により、新しい企業形態である「知識創造企業」を生み出している。すなわち、今までの企業においては、資本と労働を生産要素として投入して生産物を生み出すという生産関数、F=F(資本、労働)が成立していたが、今や生産物はハードウェアから知識に置き換わり、競争力の優位性は知識を生み出す知識資本いかんにかかわるようになって、労働、資本の順に、その生産要素としての役割は次第に二義的となっている。

 「知識創造企業」における生産関数は、F=F(知識資本、資本)のように表現できる。最近、ブルッキングス研究所のM.ブレアとMITのT.コーチャンがアメリカ上場企業の資産の内訳について分析したところによると、1970年代は資産のうち8割が資本、残りの2割が特許や著作権やブランド名、さらには経営力や技術力や生産のノウハウといった知識資本であった。ところが1990年代の後半になると、両者の相対比率が逆転して、7割が知識資本、残りの3割が資本であるということが明らかにされている。それだけ物的資本の価値が落ちて、その稀少性が低下しているのである。その代わり、知識資本の希少性が増して価値が高まっている。

 「知識創造企業」は日本においても進展しているが、他の先進国と比較したときには、日本の「知識創造企業」は大きな問題を抱えていることがわかる。それは大きく言って、次の三つである。

  1. 日本においては外部労働市場が十分に発達しておらず、ナレッジワーカーの企業間移転がスムーズに行われないために、他の先進国に比して生産性の上昇が著しく低くなっていること。
  2. 個々の企業内で組織形態の変革というハードウェアの改革は進められても、経営者の姿勢や社員の意識・行動や組織文化といったソフトウェアの変革にまで踏み込んで改革を成し遂げた企業が少ないこと。
  3. 収益環境が厳しさを増すなか、日本企業の多くは社員一人当たりの教育訓練費を減少させており、今後ナレッジワーカーが保有する知的資本の劣化を招く可能性があること。

 ①に関しては、図2のOECD(経済協力開発機構)の分析が示すように、1990年代に入り外部労働市場が発達している国ほど生産性の上昇が見られるという傾向が顕著になっており、外部労働市場が十分に発達していない日本は負の生産性を記録している。②に関しては、1999年からゴーン氏の下で推進されたリバイバルプランにより、急速な業績の回復と組織文化の再生を成し遂げた日産のようなケースは例外であり、大半の企業は会社を変えていきたいという思いはあっても行く先が見えず、収益状況が厳しくなるなかで変革へのエネルギーが低下している。さらに③に関しては、今後、人口減少による労働力不足経済が到来すると予測されるなかで労働力の質的向上が急務であるが、大学・大学院などと企業が連携をとって人材開発を進めているアメリカなどと比較すると、日本における職業教育をめぐる環境はほとんど整備されていない。

3.「知識創造企業」と社員の新しい関係: その方向性と課題

 このような状況の下で、会社と社員の関係はどのような方向に向かうのであろうか。

■外部労働市場の発達と新しい日本的雇用慣行の創出

 第一に、人材派遣、有料職業紹介などの規制緩和や確定拠出型年金の導入などにより、外部労働市場が大きく形成されてくるが、ここで必要となるのは、流動的な労働市場の下でも社員の安定性・技能育成など長期的な雇用関係のメリットを活かせるシステムを構築することである。アメリカやヨーロッパではさまざまな形態での臨時的雇用が増加しているほか、企業結合や企業分割が行われるときには、千人、2千人規模での社員の転籍を伴うことが少なくない。もちろん、この方向の利点もあるが、労働市場の過度の流動化に対しては、ロバート・ライシュも最新著『勝者の代償』の中で、「新しい不安定性」(買い手の選択の幅が広がり取引の変更が簡単になったことで、労働費用が可変費用化して社員の生活が不安定となる)の出現として警鐘を鳴らしている。

 日本においては、「1940年体制」(野口悠紀雄)の下で長らく終身雇用制、年功序列制などの雇用慣行が続いてきた。もちろん1990年代以降、こうした日本的雇用慣行の見直しが進んでいることは事実であるが、21世紀において日本的雇用慣行がまったく妥当しないのかといえば、そうではない。長期的な雇用関係を尊重する日本的雇用慣行は、①企業の競争力の源泉は、結局は働く人々が蓄積する技術やノウハウ、知識であり、企業の競争力の蓄積につながり、②長期雇用保障による社員の働く意欲の増進という点でもメリットがあり、③企業内のコミュニケーション、特に「暗黙知」の発展にとって、長期的なフェース・ツー・フェースの人間関係が重要になる。このことは、インターネット、特にウェブ技術が本格的に取り入れられるe-BPOの段階においてはそうである、という利点を有している。もちろん、従来の日本的雇用慣行にはモラルハザードの助長などの好ましくない点もあるので、その点は成果主義、インセンティブ制度の導入などで修正しつつ、新しい日本的雇用慣行を創出していく必要がある。

 このような観点からは、労働市場の流動性を高めつつ社員に対するセーフティネットを整備する要請に応えるものとして、出向(その後の転籍を含む)や共同出資(ジョイント・ベンチャー)方式が広範に活用されるようになるであろう。また、PEO(Professional Employer Organization)と呼ばれるアメリカで発達した人材関連業務に特化したアウトソーサーの整備が進むであろう。PEOにおいては、被雇用者は雇用者とともにPEOとも雇用契約を結ぶ。PEOは被雇用者の給与支払業務、福利厚生業務などの人材関連業務を実施し、雇用者は被雇用者に対する職務上のリクワイアメントの提示、職務遂行の監督、教育訓練などの業務関連業務を行う。この形態は、人材派遣とは異なって比較的長期間の雇用を保障する。

 さらに、現経営陣が親企業から株式を買い取って、新会社のオーナーになって社員との雇用関係を継続するマネジメント・バイアウト(MBO)を活用したり、ストックオプションを社員に与えることにより、M&Aがもたらす利益を株主のみならず従業員に対しても還元することも行われるだろう。

■EVAによるオープンな成果報酬制度と 非経済的な評価制度の確立

 第二に、労働市場の流動化につれて次第にオープンな成果報酬制度が確立されるようになるであろう。ポーター=ローラーなどによって定式化され、個人の動機づけに対するモデルとして最も完成度の高いといわれる「期待理論」から導き出される結論は、

  1. 個人にとって「努力→業績→報酬」の関係を見通せるようにするため、評価はシンプルでなければならない
  2. 同じ報酬であっても成果と無関係に与えられるよりは、成果に応じて与えられるほうが動機づけは大きくなる

ということである。

 オープンな成果報酬制度として大きく普及する可能性のあるのは、EVA(経済付加価値:Economic Value Added)を活用したものである。EVAとは、企業が投下資本を元手にどれだけ真の経済的利益を生み出せたかを測る手法であり、アメリカで普及し日本においても急速に拡大している。EVAは、NOPAT(Net Operating Profit After Tax:税引後事業利益)から資本費用を引いたものとして算出される。図3-1に示すように、投下資本に関するコストを減価償却と資本費用で認識し、企業が生み出す付加価値を一期ごとにフローでとらえたものである。

 EVAの最大の特徴は、損益計算書(PL)と貸借対照表(BS)が作れる限りどんな小さなユニットにも導入できるところにある。EVAという共通した業績評価を各事業部、営業所、そして最終的には社員一人ひとりにまで浸透させ、評価することが可能である。しかもEVAは、NOPATから資本費用を引いたものとして算出されるものであり、株主の利益だけを優先するものではない。EVAの考え方において、株主の利益は、顧客、社員、取引業者、銀行に次ぐ最後の位置づけとなっている。

 このEVAを活用して、図3-2に示すように、従来の報酬体系を根本から変えることはせずに、業績給の一部をEVAとリンクさせる成果報酬制度を導入することが合理的である。社員の給与は固定給と業績給とでなっているが、業績給のうち一部を社員が属する事業部門のEVAを反映させた形で決めるようにするのである。これにより可能な限り客観的指標に基づいたオープンな成果報酬制度を確立することができる。

 EVAに基づく報酬は経済的なものであるが、ナレッジワーカーを駆動させるためにはさらに非経済的な評価制度を用意することも重要になるであろう。すでに、工作機械に製作者の名前を貼り付けることとしたキサゲで有名な工作機械メーカーや、ゲームソフトにクリエーターの名前を入れたゲームソフト会社などの試みが始まっている。P.ドラッカーの最新著『ネクスト・ソサエティ』によれば、「知識創造企業」においては「知識労働者にとっても報酬は大事である。報酬の不満は意欲をそぐ。しかし意欲の源泉は、金以外のところにある」という事態が現実化する。ナレッジワーカーは競争心だけではなく、本来、制度経済学を提唱したアメリカの経済学者ソースティン・ヴェブレンが指摘した「ものづくり本能」(instinct of workmanship)を有している。EVAに基づく報酬制度の次の課題は、非経済的な評価制度の確立である。

■組織改革のためのナレッジ・イネーブラーとそれ以外の二層構造の実現

 第三に、ナレッジワーカーの構成が、数%のナレッジ・イネーブラーとそれ以外のものというように、二層構造をなすであろう。前述のように、日本企業は改革の真っ只中にあるが、今後はハードウェア(組織構造)の改革からソフトウェア(社員の意識・行動や組織文化)の変革が必要で、そのための方法論が求められている。

 G.クロー・一條和生・野中郁次郎の『ナレッジ・イネーブリング』は、知識創造企業をつくるためナレッジ・イネーブラーの五つの行動(①ビジョンの組織内浸透、②社員の会話のマネジメント、③ナレッジ・アクティビストの動員、④知識の場づくり、⑤ローカルナレッジのグローバル化)に着目し、これを五つの知識創造ステップ(①暗黙知の共有、②コンセプトの創造、③コンセプトの正当化、④プロトタイプの製作、⑤知識の組織全体での共有)ごとに必要となる行動を分析している。「知識創造企業」においても、すべての社員を対象にソフトウェア(社員の意識・行動や組織文化)の変革を行うことは不可能であり、まずナレッジ・イネーブラーとなる人材を開発し、彼らをチェーンエージェントとして組織全体のソフトウェアを変革する「場」を会社内の各セクションで構築するという2段階のアプローチをとることが必要である。

 前述したゴーン日産のリバイバルプランの実行においては、それまでは変革の受け手であった社員の中から鍵となる人材を一本釣り方式で選び出し、日産再生に必要な「事業の発展」「購買」「製造」「研究開発」「販売・マーケティング」「一般管理費」「財務コスト」「車種削減」「組織と意思決定プロセス」のテーマごとに10人から50人の「クロス・ファンクショナル・チーム」(総勢約200人)が結成され、これが組織全体のソフトウェアを変革するチェーンエージェントとして機能して、短期間で効果を上げた。

■職業教育における大学・大学院と企業の ネットワーク化とコーチングの進展

 第四に従来、社員の職業教育は、職能資格制度をベースとして会社によって行われていたが、第一で述べた外部労働市場が発達していく状況下では、会社だけではなくさまざまな主体が担い手となりネットワークを形成する。

 今後、職業教育において重要な役割を担うと期待されるのが大学・大学院である。ビジネススクール、ロースクールなどの専門大学院、準専門的・実用的な職業教育を行っているアメリカのコミュニティ・カレッジ(2年制大学)に相当する教育機関、4年制大学におけるインターンシップの拡充や大学での授業と企業での勤務を組み合わせるプログラムの導入、社会人向けのパートタイム履修と遠隔教育(distance learning)の積極的導入、教育機関と教育プログラムに対するアクレディテーション制度の導入、バウチャー制度の活用などが行われる必要がある。

 もちろん企業における職業教育も強化される必要がある。アメリカでは、企業内に設置された大学レベルの教育機関である「コーポレート・ユニバーシティ」が1,600校以上存在して、人材開発にインパクトを与えている。さらに、企業においては、キャリアカウンセリング(個人のキャリア形成においていったい何が問題になっているかを見つけることを介助する)の進んだ形態として、コーチング(個人が本当に望んでいることを引き出し、そこに向かって前進するためにはどうするべきかを見つける介助をする)が導入されていくであろう。コーチングを導入する理由は、社員個人に自己のキャリアを管理する責任を持たせ、それぞれが自らの責任においてプロフェッショナルになることにある。シリコンバレーでは、ヒューレット・パッカード、サン・マイクロシステムズ、IBMなどの大企業がNPOである「キャリア・アクション・センター」を設立して、職業教育やコーチングを共同して行っている。日本でも同様な取り組みが進展するだろう。

■ナレッジワーカーを超えた「創造的階級」の登場

 第五に、アメリカと同様に、ゆくゆくは技術、知識を中心としたナレッジワーカーのみならず、ダニエル・ピンクのいうフリーエージェントや文化、芸術、音楽などの素養も備えた人々も構成メンバーとなる多様な「創造的階級」(creative class)が登場するであろう。「創造的階級」の登場はR.フロリダ(カネーギー・メロン大学教授)により実証分析がなされ、最近アメリカで注目されている現象であるが(3,800万人、労働力人口の30%)、「創造的階級」の帰属対象は企業ではなく生活文化基盤がある都市であり、ここで初めて就業と生活の本格的融合化が起こる。

[参考文献]

1)G.クロー・一條和生・野中郁次郎[2001]『ナレッジ・イネーブリング』東洋経済新報社

2)産業構造審議会新成長政策部会[2002.7]「サービス経済化・雇用政策小委員会」報告「サービス経済化に対応した多様で創造的な就業システムの構築に向けて」

3)野口悠紀雄[2002]『日本経済 企業からの革命』日本経済新聞社

4)P.ドラッカー(上田惇生訳)[2002]『ネクスト・ソサエティ』

5)D.ピンク(玄田有史解説・池村千秋訳)[2002]『フリーエージェント社会の到来』ダイヤモンド社

6)R.ライシュ(清家篤訳)[2002]『勝者の代償』東洋経済新報社

7)Florida, R. [2002] "The Rise of the Creative Class" Carnegie Melon University Press