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2003 - April 1, 2003
住民によるメディアアクセスの動向
April 1, 2003 [ 2003 ]
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松本恭幸(メディアプロデューサー)
1980年代中頃から今日に至るまで、通商産業省(現経済産業省)の「ニューメディア・コミュニティ構想」、郵政省(現総務省)の「テレトピア構想」、建設省(現国土交通省)の「インテリジェント・シティ構想」等をはじめとする、さまざまな地域情報化を推進する施策が導入され、そのモデル地域として指定された全国各地の自治体では、CATV、インターネット等の情報通信システムが、集中的に構築されてきた。だがその運用面を見ると、行政から住民への一方的な情報伝達、各種サービス提供が中心で、住民のメディアアクセスによる情報発信や、それに必要なメディアリテラシー教育プログラムの提供については、これまでほとんど行われてこなかった。
けれども最近では、住民による情報発信を通したさまざまな地域興しの試みが、注目されつつある。総務省では、各地域の多様なコンテンツ制作・配信の促進を目的として、「地域メディアコンテンツ研究会」(http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/021206_1.html)を、昨年12月にスタートさせた。筆者も構成員の一人として参加しているが、ここでは現在、全国各地の住民が発信主体となっている地域コンテンツについて、それが地域振興にどのように役立っているのかという点も含めて、調査・検討作業を行っている。
本稿では、こうした住民が参加する地域コンテンツ制作の先端的な取り組みの実態や諸課題について、中京圏(愛知、岐阜、三重)を中心に具体的な事例を挙げて紹介したい。
名古屋市の外郭団体である(財)名古屋都市センターは、2001年度に設立10周年記念事業として「なごや・まちコミ映像祭」を開催した。これは全国各地の住民が、「まちづくり」をテーマにさまざまな映像作品を制作して発表することで、「まちづくり」へ関心を持つ人の輪を広げるとともに、他の地域で「まちづくり」に主体的にかかわる人たちとの映像を媒介した交流を通して、新しいアイデアを得ることを目的としたものである。
2001年度は愛知県の方でも、2001年ボランティア国際年記念事業として「愛知つなぐ輪・映像交流祭」を企画して、市民活動やボランティア活動をテーマにした映像作品とウェブサイトを募集した。双方の映像祭の運営は、地元名古屋で市民活動とまちづくりのための各種コーディネートを行っているNPOのボランタリーネイバーズ(VNS)に委託された。
両映像祭は2001年12月に開催され、「なごや・まちコミ映像祭」には全国から224本の映像作品が、また「愛知つなぐ輪・映像交流祭」には162本の映像作品と39のウェブサイトが集まった。そして各映像祭の応募作品の中から優秀作品32本ずつ計64本が、映像祭終了後に名古屋市のスターキャット・ケーブルネットワークをはじめとする中京圏の各CATV局で放送されるとともに、VNSのサイトでもストリーミング配信され、多くの人たちが視聴した。
「愛知つなぐ輪・映像交流祭」は単年度で終わったが、「なごや・まちコミ映像祭」は2001年度の成功を踏まえて継続開催が決まり、2002年度には91本の映像作品の応募があった。そして会場での公開審査により、長崎市在住の学生の吉住啓一氏による、7年間途絶えていた秋祭りが地域の人たちの努力で復活するまでを記録した『親子獅子をもう一度』が、グランプリを受賞した。
こうした「なごや・まちコミ映像祭」が誕生した背景には、中京圏を中心にさまざまな「まちづくり」に取り組む個人、団体が結集して結成され、VNSの前身であるNPO連絡会が事務局を務めた、「まちづくり交流フォーラム」の活動がある。「まちづくり交流フォーラム」では、1998年から2000年までの3年間、愛知、岐阜、三重の3県で数多くの研究集会を行ったが、そのなかでは岐阜県可児市、三重県鈴鹿市等でのCATVを利用した地域をつなぐ試みも紹介された。この研究集会には名古屋都市センターの職員も参加しており、そこでの議論がきっかけとなって、フォーラム終了後、行政、企業、市民等が、映像により「まちづくり」の現場を共有することで、地域をつなぐネットワークと新たなコミュニケーションを紡ぎ出すことができるのではないかという発想から、「なごや・まちコミ映像祭」は企画された。
VNSの大西光夫理事長は、「映像祭をきっかけにして、『まちづくり』の創造的な営みについて表現する能力を持った映像の作り手が、新たに地元から育つには、数年かかるのではないか」と見ている。
そのためVNSでは、映像祭のような一過性のイベント以外にも、中京圏の多くの市民やNPOが映像で自らのメッセージを伝えるスキルを獲得するよう、年間を通して映像番組制作セミナーの開催や撮影・編集機材の貸し出しを行っている。そして「市民が主人公となって地域の情報を映像で伝える試みが、社会の理解や共感を得て全国に展開するよう、さまざまな形で支援していきたい」(大西)という。
1999年11月、「まちづくり交流フォーラム」2年目となる岐阜県での研究集会の第10回分科会が、可児市で開催された。
可児市は、1992年に郵政省(現総務省)の「テレトピア構想」のモデル地域の指定を受け、事業主体として第三セクターのケーブルテレビ可児(CTK)が設立された。そしてCATV加入者が5割近くに達した1997年に、郵政省(現総務省)、通商産業省(現経済産業省)の共同事業である「先進的情報通信システムモデル都市構想」の補助を受け、CATV-LANによる市民向け情報ネットワーク「コミュニティネットかに」がスタートしている。
「コミュニティネットかに」は、ウェブサイトでさまざまな行政からの情報を提供するとともに、市民がメールだけでなくFAXで送ったメッセージも掲示板に表示するシステム、行政の窓口とやり取りできるテレビ電話、公共施設に置かれたタッチパネル式の街頭端末等、高齢者に優しい双方向機能を備えており、研究集会の前に行われた施設見学会でも紹介された。研究集会では、こうした仕組みを利用して住民がネットでのコミュニケーションに参加するだけでなく、さらに一歩進んで、多くの人たちに映像等も利用して地域の情報を発信していくことの重要性についても指摘された。
こうした研究集会での議論が、フォーラム終了後に「なごや・まちコミ映像祭」の実現へとつながったわけだが、一方でCTKでも当時、住民が企画制作した番組を放送するパブリックアクセスに注目し、この年の4月から7月にかけて、第1回目の「市民対象ビデオ講習会」を開催している。
だが1999年、2000年と何度か講習会を開催したものの、そこから放送可能な番組の作り手はなかなか育たなかった。CTK制作部制作課の尾石美智代は、「最初は映像編集の難しさが原因ではないかと考えたが、やがて番組の作り手となるのは、自ら人に伝えたい明確なメッセージを持った人たちであることに気づいた」という。
そのきっかけとなったのは、2001年に入って、可児市国際交流協会内の「外国人児童の交流広場」と「手作り絵本大賞」実行委員会という二つの住民グループから、自らの活動を番組にしたいという要望が寄せられ、CTKがそれを支援したことである。このとき、CTKのスタッフは住民が発信したい内容を把握し、それを表現するのに最適なアドバイスをしただけだったが、両グループとも自分たちの伝えたいメッセージを番組にすることの魅力にはまり、翌2002年5月にはそれぞれの番組が完成してコミュニティ・チャンネルで放送された。
CTKではこの後、人に伝えたいメッセージを持った住民グループの背中を後押しすることで、10本近い番組が生まれている。
今日、地域住民による番組制作の取り組みは、CATV局だけでなく、既存の地上波ローカル局の一部にも広がっている。三重県の独立U局の三重テレビ放送(MTV)では、2002年4月から情報番組「エムテレ」(火曜日から金曜日の午後6時から6時半の放送)の中で、毎週水曜日、視聴者である県民が関心を持ったテーマを自らビデオカメラで取材する、「よーい、スタート! エムテレ隊が行く」のコーナーを立ち上げた。
MTVがこうした住民アクセス番組を立ち上げるきっかけとなったのは、2000年5月にメディアアクセス推進協議会が放送文化基金助成事業として名古屋で開催した、「第1回メディアアクセスシンポジウム~ローカルコンテンツはローカル局を救うか~」に参加したことである。そのときに講演した、熊本県で住民ディレクターによる「まちづくり支援事業」を行っている有限会社プリズムの岸本晃代表の呼びかけで、熊本朝日放送(KAB)、熊本県人吉球磨地域の14市町村の連携組織である人吉球磨広域行政組合の協力を得て、同年12月に「第1回メディアアクセスワークショップ」が熊本県人吉市と山江村で開催された。このワークショップにはMTVから3人の社員が参加し、プリズムが養成した住民ディレクターがKABや熊本市のCATV局の熊本ケーブルネットワーク(KCN)にレギュラーで番組枠を確保し、毎週、住民の視点から地域情報番組を制作している現場や、1年近くかけて地元を舞台にしたドラマを制作している現場を視察した。
MTVやKABのような比較的経営基盤の弱い独立U局、平成新局のローカル局にとって、今後、予定されているデジタル化へ向けた設備投資は、局の存亡にもかかわる大きな負担である。そうしたなかで生き残りを図るためには、「地域と一体となった放送局」というステーション・イメージを確立し、放送局が地域興しに貢献して住民の支持を得ることが必要である。また局として番組制作費が圧縮されようとするなか、住民が企画制作に参加し、放送可能なクオリティをもった番組ができるのなら、それは大いに歓迎すべきことである。
「よーい、スタート! エムテレ隊が行く」は、住民がさまざまな街ネタを取材して編集した3分ほどのビデオ映像を、スタジオでパーソナリティとのトークを交えながら見せる番組で、住民から電話、FAX、メール等で企画提案を受け、採用が決まると局の担当者が取材に同行する。といっても局の担当者は、貸し出し用のビデオカメラの使い方を説明して、1時間ほど取材に付き添った後は帰ってしまい、後は住民で必要な取材を行う。そして後日、住民が撮ってきた映像を見ながら、相談して一緒に編集する。
これまで放送されたのは、上野市東小学校の小学生グループによる上野市の魅力をPRした番組、高田高校の高校生が馬術部の活動を取り上げた番組、三重大学の学生による図書館利用のマナー向上を訴えた番組、それから伊勢志摩地方のNPOを紹介する壁新聞「志摩市民活動通信(Sanpo)」や「俳句みえ」などの市民グループが、自分たちの活動を紹介する番組等で、小学生から社会人に至る幅広い層がかかわっているのが注目される。
MTVでは県内のNPO関係者が出入りする三重県NPO室に、「よーい、スタート!エムテレ隊が行く」の住民スタッフ募集のチラシを置いたり、県内の高校の放送部に呼びかけるなどして、告知に努めてきた。その結果、現在では番組枠を上回る応募があり、枠の拡大も検討されている。
熊本の住民ディレクターによる番組制作の視察をきっかけに、「よーい、スタート!エムテレ隊が行く」を企画した報道制作部の小川秀幸記者は、「将来的にはこのコーナーの制作にかかわった人たちの輪が、MTVの市民記者として、毎日のニュース番組に県内各地のさまざまなニュース映像の素材を送ってもらうようなネットワークに発展し、それらの活動が地域の活性化へとつながることを期待したい」と語る。
これまで見てきたように中京圏では、1998年から2000年にかけて開催された「まちづくり交流フォーラム」の研究集会を通して、従来の地域情報化による情報通信インフラの整備だけでなく、地域住民自らがメディアを通して、地域にかかわるさまざまなメッセージを発信していく回路を持つこと(メディアアクセス)が、地域の活性化にとって必要であるということを、多くの行政やNPOの関係者が考えるようになった。このことが名古屋都市センターが地元のNPOの協力を得て開催する、「なごや・まちコミ映像祭」へとつながった。
また一部のCATV局やローカル局等のメディア自身も、地域住民が情報発信する回路を提供することで、住民とのコミュニケーションの強化による信頼を確保し、地域とともに発展していくことの重要性を意識するようになった。そして単に回路(番組枠)を提供するだけでなく、人に伝えたいメッセージを持った住民に対して、それを映像番組にして表現するための支援プログラムの提供も、あわせて行おうとしている。
ただCTKのような中堅都市にあるCATV局、MTVのような独立U局に比べて、大都市の名古屋にあるCATV局、東京キー局の系列局では、地域コミュニティが希薄なことや、より広範囲な人たちを対象にした番組制作・配信が求められるため、地域住民によるメディアアクセスを実現するのは、今のところ難しい状況にある。
名古屋市のスターキャット・ケーブルネットワークの加藤篤次常務取締役企画調査室長は、「まちづくり交流フォーラム」を通して、地域住民によるメディアアクセスについて検討してきた。だが「スターキャットでは住民からの番組の持ち込みを歓迎しており、優れた作品はコミュニティ・チャンネルの特番枠で放送することも可能だが、これまでそうしたケースはほとんどなかった」という。けれども今後、CATV局が通信会社の光ファイバーに対抗していくためには、「自らの回線で100Mbpsの高速サービスを行うのではなく、地域住民のメディアアクセス支援も含め、地域に密着したコンテンツを提供することで、通信会社とは棲み分けをはかる選択肢もあるのではないか」と、地域メディアとしてCATVの果たす役割を考えている。そして教育機関で映像制作カリキュラムの導入が進み、それが地域からさまざまな情報を発信する番組制作へとつながることに期待している。
このように名古屋のような大都市で住民によるメディアアクセスをどう進めるかは、これからの課題である。、ただその周辺エリアでは、メディアアクセスが地域活性化に必要なものとして、多くの行政、NPO、メディア関係者から注目されており、地域住民による映像制作の取り組みは、今後、さらに広がっていくものと思われる。