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2003 - May 1, 2003
情報社会学への取り組み
May 1, 2003 [ 2003 ]
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前田充浩(情報社会学者)
石橋啓一郎(GLOCOM研究員)
石橋 「情報社会学」とはどんなものか、また「情報社会学」と前田さんのかかわりを教えてください。
前田 情報社会学の正式旗揚げは2001年夏のことです(公文俊平「情報社会学とは何か」参照/GLOCOM冊子『「情報社会学」をめざして』)。情報文明論をはじめとして、公文先生を中心とする研究者グループがこれまでに行ってきた各種の研究の中から、共通する方法論を抽出するかたちで立ち上げられたものです。
私は幸い、この旗揚げに関与することができましたので、当時助教授(現在は客員教授)を務めていた政策研究大学院大学で早速、情報社会学の講座を発足させました。現在(2003年度)、情報社会学/政策形成論と、情報社会学/情報文化論の2本の講座(各15コマ×90分)を持っております。またこの間、修士論文を情報社会学で取ろうとする学生も出てきており、その指導教官も務めております(前田教授の指導による情報社会学の修士号取得者は2003年4月現在4人)。
情報社会学は、公文先生の強力なリーダーシップの下に進められていることは言うまでもありません。公文先生が360度、まわり中に撒かれた研究のシーズ(種)を、それぞれの土地(研究分野)の研究者が大切に育てていく。それが現下の情報社会学の研究体制だと考えています。私は先に述べた二つの土地を耕す者です。
一方、土地を耕す際には故村上泰亮先生の眼差しを忘れるわけにはいきません。「反古典」(注:村上泰亮[1992]『反古典の政治経済学』中央公論社)の各章が、それぞれ情報社会学の一つひとつの研究分野のパラダイムを示していることはご理解いただけるでしょう。私は、留学生を対象とした英語による情報社会学の講義では、英語版「反古典」(Yasusuke Murakami, Translated by Kozo Yamamura [1996] "An anticlassical Political-Economic Analysis," Stanford University Press)の表紙裏の村上先生の写真を机の中にしのばせて講義をしておりました。拙い講義に天国で苦笑されていたこととは思いますが……。
石橋 「情報社会学」では、どういう話題を取り扱っているのですか?
前田 情報社会学の対象は、既存の学問領域で言うと、技術論、文明論、文化論、政治学、行政学、経済学、国際関係論、心理学、社会的知識生産論などなど、たいへん広範囲にわたっています。情報社会学が立ち上げ当時に対象としていた範囲は、2001年12月の政策メッセにGLOCOMが出したパネル展示のパネルに書かれています。私はその中で、政策形成論と情報文化論を中心に研究しています。
石橋 前田さんが扱っていらっしゃる二つの領域について、もう少し詳しく教えていただけますか?
前田 政策形成論は、情報社会に適合的な政策形成方法、すなわち社会のガバナンス方法を検討する研究です。
社会に適合的な政策形成方法は、社会の態様によって異なることになります。現在、私たちは、情報化が進展する前の産業社会に適合的であった政策形成方法を、基本的にはそのまま踏襲しています。まあ、それで問題が起きないはずはないですね。
そこで、第一に情報社会の本質を検討し、第二に情報社会に適合的な政策形成方法を検討し、第三に現在の政策形成方法を、情報社会に適合的な方法に変えていく手続きを検討する。これが政策形成論です。
村上先生が提示された分析の枠組みは、「開発主義 vs. ポスト開発主義」というものです。これと公文先生の情報文明論でいう「第2次産業革命→第3次産業革命」、および「産業化局面→情報化局面」の枠組みとを組み合わせて検討を進めています。
具体的には、官僚機構分析を中心に進めています。日本の開発主義において政策形成の中心を担ったのが官僚機構であったためです。官僚機構分析といっても、情報社会学の方法論を用いますから、行政学、政治過程論等の研究とは趣を異にします。すなわちコミュニケーション、情報処理・蓄積のあり方等、言うならば政策形成に関する「智の生成メカニズム」を中心に分析します。幸い私は官僚の知り合いが多いため、ナマの情報を多く入手できることも強みだと思っています。
日本の官僚機構については、そもそもの構造が情報化局面など想像もつかなかった明治憲法下で作られたものですから、はたして情報社会の政策形成主体として適切かどうかは、予断を廃して、ゼロ・ベースで検討していかなくてはいけません。一方で私は、直ちに官僚機構を全廃して、一般市民がインターネット上で直接政策形成を行っていくという、近年はやりのアイデアにはきわめて懐疑的です。いわゆるe-democracyの惨状を想起すべきです。
結局、現実的な解は、官僚機構も自らを抜本的に変革し、またネティズンの側も政策形成能力を高めていき、官僚機構、ネティズンを含む多くの主体が政策形成の競争を行っていくことでしょう。官僚機構の抜本的な改革案については、もう3年前のことですが、たとえば私は、「サイバー官庁制度」(『GLOCOMレビュー』2000年6月号。2000年11月のGLOCOMフォーラムで発表)というものを提案しました。簡単に言えば、インターネット上の「サイバー官僚」制度というものを導入すれば、経済官庁については国家公務員として身分保障するリアルな官僚は百人程度で済む、というものです。
政策形成の競争モデルについては、山内康英さん(GLOCOM主幹研究員)と「政策連合モデル」(ARM: Alliance Race Model)の整備を進めています。また、情報社会の政策形成方法のあり方については、山内さんの「市場=非主体型システム+政府=主体型システム」モデルを深めるかたちで研究を進めています。政府という主体型システムの構造を、官僚機構の「智のマネジメント」、インセンティブ・メカニズム等の観点から分析しようというものです。この場合、経済学の比較制度分析の方法論が大きく参考になります。
もうひとつは情報文化論です。文化という概念を整備し直して、社会、さらには文明のモデルの分析に使おうというものです。ここでは、人間の存在を3層構造でとらえるモデルを考えています。第1層と第2層は心理学に則っており、意識層と無意識層です。無意識層が意識層をコントロールしているというフロイト、ユング以来の心理学のモデルを使います。情報文化論は、これらに加えて第3層、すなわち生理層を考えます。人間には、感性と私たちが呼ぶ特殊な生理的メカニズムがあり、それが意識層および無意識層双方に影響を与え、結果として人間の行動を大きく規定しているというモデルです。生理的メカニズムに整合的ではない社会制度は持続せず、一方で、政府がいかに弾圧しようとも生理的メカニズムの裏づけのある社会制度は消えることはないでしょう。
これに近い概念は、一つは公文先生の「文化-文明」モデルでいう「文化」です。情報文化論の生理層は、公文先生の「文化」を規定する「メタ文化」ということになるかもしれません。もう一つは、丸田一さん(GLOCOM主幹研究員)のコミュニティ・モデルでいう「場の制約」の概念です。情報文化論の立場から見ると、コミュニティの制約要因は、丸田さんの言う「場」だけではなく、生理的メカニズムもあることになります。
石橋 前田さんは、現在どういう体制で研究を進めていらっしゃいますか?
前田 大学での活動と、大学の外での活動の二つですね。大学での活動は先ほど申しあげた通りです。大学の外では、研究会をいくつか組織しています。私が事務を務めている研究会には、公文先生をはじめGLOCOMの研究者にも何人か参加いただいています。
石橋 私見で結構ですので、情報社会学の今後についてお聞かせください
前田 理論面と行動面の両方でがんばらなくてはいけません。
情報社会学は研究が進んでいるにもかかわらず、教科書があまりないことが目下の問題点です。最先端の研究に打ち込みたいという研究者の気持ちは理解できますが、情報社会学を定着させ、より多くの人々の参入を促すためには、ここ1、2年のうちにそれぞれの研究分野に関する本格的な教科書をまとめることが、情報社会学徒の「人の道」ではないでしょうか。
それと一見矛盾するようですが、一方で、情報社会学に基づく社会運動を展開していくことはやはり「人の道」であり、情報社会学徒は命を賭して臨むべきであると考えます。
とにかく、今の社会の混乱を見てください。社会が情報化局面になっていることをきちんと理解できなくて、産業化局面に関する理論にしがみついているからこうなっているのです。これに対して情報社会学は、社会の情報化局面のいくつかの重要な面については、明確な海図を示せるのです。
情報社会学を知らないために途方に暮れている例としては、たとえば現在の各国政府が直面しているNPO、さらにはサイバー・アクティヴィズムへの対応があるでしょう。NPOと自分たちとの関係について頭の整理ができていないものですから、たとえば昨年ヨハネスブルクで開催されたWSSD(World Summit on Sustainable Development)では、日本を含むいくつかの政府は大変な混乱で七転八倒したと聞いています。情報社会学徒は、このような、産業化局面と情報化局面とが暴力的に激突する場面では、主導的な役割を果たすことのできる数少ない種族であるし、実際に果たすべきであると信じます。
最初は酷い目に遭うことを覚悟で、情報社会学徒が積極的に世の中に出ていくことも必要ですが、一方で政府も、ポリティカル・アポインティで一定数の情報社会学徒を期限付きで任用することにしてもおもしろいですね。政府の組織の中には、情報社会学徒を充てることが適切だし、さらには情報社会学を知っている者でなければ適切に仕事ができないと思われるポストがいくつかあるように私には見えますけれど、これは贔屓目からだけではないと思います。
(2003年2月7日収録)