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2003 - June 1, 2003

インタビュー「情報社会学最新の話題」 1993年の日本、現在のアメリカ

June 1, 2003 [ 2003 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

公文俊平(GLOCOM所長)
石橋啓一郎(GLOCOM研究員)

石橋  先日、公文先生がある研究会の席上で、現在のアメリカの状況が1993年ごろの日本と似ているという話をされていましたが、今日はその話をもう少し詳しくお聞きしたいと思います。

公文 それは正確に言うと、1993年の11月初めのころで、少なくともアメリカではインターネットが順調に伸び始めていて、自信がつき始めていたときです。そのころ、New York Times誌やTime誌、News Week誌などアメリカの有力なマスメディアが一斉に、日本は情報化において遅れているということを書きたてた。ご承知の通り、1980年代は日本が一方的に勝ちまくっていて、その後、1990年代に入って日本のバブルが崩壊したとはいっても、まだ日本強しという雰囲気があった。ところが、「おまえたちは遅れているではないか。パソコンはどのくらい普及しているのか。インターネットはどうだ、料金はずいぶん高いではないか」というようなことをワッと書きたてられた。要するに日本は、結構伸していると思ったら意外と足下が危ないぞということに、外側からの指摘で気づかされたわけです。

 一方、今のアメリカは、去年あたりはブロードバンド化を国策にしろということをいろいろな業界団体が叫んでいました。しかし、どうも思うように伸びない。電話会社も本気になってやろうとしない。まして光ファイバなど、誰も問題にもしていない。こういう状況で、はっと気がつくと、韓国はブロードバンドの普及が50%を超えているし、遅れていると言われた日本は2001年から爆発が始まって、2002年にDSLで3.7倍と、大変伸びている。それに引き替え、われわれアメリカは何だと。料金はむしろ上がっているし、電話会社は結局FCC(連邦通信委員会)の規制緩和は勝ち取ったけれど、本当にやるのかがもう一つわからない。このままいったら、ますます差をつけられてしまって、アメリカはバングラデシュ並みになる、という警鐘をこの場合はアメリカの中から乱打する人が現れています。

石橋  いま公文先生が翻訳されている『スマート・モブズ』(ハワード・ラインゴールド著)という本は、日本の渋谷の光景から始まります。これが象徴するように、モバイルの分野では日本の方が進んでいると言えるかもしれません。そうするとスマート・モブズ的なところでも、アメリカは遅れているわけでしょうか。

公文  そうです。ブロードバンドだけではなくてモバイルでも非常に遅れている部分がある、ということに気がつき始めたところです。実際の数値では、ブロードバンドも急速に伸びているので、そこはいろいろな見方があるのですが、社会現象として見た場合に、新しいモバイル世代が育ってきて、世界のトップを切ってライフスタイルの変化が起きているかというと、それがないわけです。携帯電話は古くからあるのですが、ほとんどビジネス向けということで売ってきていて、日本のように「いる?」「ねぇ」といったメッセージをいちいち交換するなんて考えられもしない。そういうことで、差をつけられるのではないかということが、彼らが懸念しているところです。

石橋  そうすると、情報化の局面でいうと、日本のほうが進んでいるという面があると言えそうですが、アメリカはそれに対して何か動きがあるのでしょうか。たとえば別の方面で進んでいるというような……。

公文  いろいろあります。産業革命という点で言うと、携帯電話はともかくとして、いわゆる無線LANの技術、あるいはその先を行くソフトウェア・ディファインド・ラジオやコグニティブラジオ、またUWB(Ultra Wide Band)など、次世代の無線通信の技術においてはアメリカのほうが進んでいるのではないか。実用化までには製品開発の問題や周波数配分の制度の問題などあって一筋縄ではいかないけれど、その分野では非常にがんばっている。むしろ携帯電話が遅れた分、かえって無線LANのほうに早く行く可能性もあります。「因果は巡る」ではないけれど、抜きつ抜かれつという感じの競争は常にあります。

 それから産業革命ではなく情報化という点で言うと、20世紀の後半に新しいタイプの人々の集団――われわれの言葉ではネティズン、日本語で智民という言い方をしますが――が現れたという点ではほとんど同じだろうと思う。ただ、現れ方が違っていて、アメリカの場合は最初テクノクラートという形で出てきます。たとえば法律やビジネス、自然科学や技術の学位を取って、企業や政府で巨大プロジェクトをやっていくというタイプの人です。

 その連中がすぐに企業でもトップに就く、という時代があって、そしてそれに対抗するハッカーたちも一流大学のトップエリートで、彼らが「コンピュータを俺たちのものにしろ」といって対抗していたのが、1950年代から70年代です。その後、少し層が変わってくると「ギーク」になります。もともとは高校で鼻も引っかけられなかった変な連中で、着ているものもダサイけれど、コンピュータのコードを書かせるとやけにすごい。

石橋  日本だったら「オタク」と呼ばれているだろう人々ですね。

公文  はい。この連中が1980年代、90年代に伸してきて、いまやギークというと尊称です。いま言った『スマート・モブズ』という本には「イーバーギーク」という言葉が出てきます。「イーバー」はドイツ語の「上に」で、スーパーギークと言ってもいいのだけれど、それをあえてドイツ語を使ってイーバーギークと言ってみる。これは超ギークです。そういう人たちがいま世の中を牛耳っているわけです。そういう形でアメリカの智民たちが出てきて、これがスマート・モブになっていくかもしれない。ところが日本では、そういうテクノクラートとかテキー(techie)のギークがいないわけではないが、少ない。日本で圧倒的に多かったオタクたちは、どちらかというと感性、コンテンツを作るのがうまい。もちろん、技術に強い人もいるのだけれど、大きな集団として見ると、むしろゲームとかアニメのほうに強い。感性ギーク、それがオタクではなかろうか。そういった違いがある。

石橋  ただ、日本でオタクはメインストリームになれるでしょうか。日本ではアメリカと違って、技術屋や専門家がトップに立つことが少なくて、ジェネラリストがトップにいて専門家を使うということが多いように思います。かといって、すべての判断をトップがしているわけではなくて、専門的な面の意志決定や主導権はそちらに任せるという仕組みになっています。こういう違いは日本の文化に基づいていたりして、今後も変わらないように思えるのですが……。

公文  それは、研究してみる余地があるかもしれませんね。

 いまの既存の組織では、オタクがトップになることはないでしょう。これが、あと20年、30年の間にどうなっていくかは、興味のあるところです。サブカルチャーとして出現したという点では、日本のオタクもアメリカのギークも同じ。そしてサブカルチャーが、サブカルチャーとしてとどまり続けるのか。それともクリステンセン流にいうと "disruptive subculture"(破壊性を持ったサブカルチャー)であるのか。次にメインストリームの地位を占めることになるポテンシャルを持っているかどうかということです。アメリカのギーク、スマート・モブは、メインストリームになっていく可能性が高いと思います。

 そこで日本ではどうか。われわれの考えでは2005年ぐらいから日本の情報化は本格化する。相対的に言えば、日本でもオタクたちのパワーがより表面化し、より実質的になっていくでしょう。しかし、それなら社会の権力構造として、そういう人たち、専門家や技術屋がいきなりトップに立って、ジェネラリストに取って代わるのか、というとそれはもう一つわからない。

 50年前戦争に負けた日本は、政治や経済の分野で完全にアメリカのまねをしようとして、アメリカ的な政治意識を取り入れたり、経営を学んだりしたけれど、30年ほどしてできあがってきたシステムは、アメリカのものとは非常に違うもので、日本的経営と呼ばれるシステムをこしらえた。実は戦前の企業のほうが、ヨーロッパやアメリカの企業にずっと似ていたというのは経済史家の一般的な見解です。真剣にまねをしようとして、はるかに違うものを作ってしまった。いま仮に経済が沈没したとして、過去を反省して今度こそ別のやり方をと、どこかの国のまねをしたとします。そしてまた30年経ってみると、また違ったものができて、昔のものと似ているということもあるかもしれない。

石橋  あえてお聞きしますが、それは、いいことなんでしょうか。

公文  いいも悪いもどうしようもない。われわれのコントロールの範囲を超えていることであって、計画したり意識したりしてできることではない。それこそ創発現象、われわれの持っている文化、身のこなしが変わらない限り、全然違うものは作れない。そこまで変えることはできないだろうし、もしできたらアイデンティティがなくなるでしょうね。

石橋  1993年から始まった話がここまで広がってしまうとは思いませんでした。過去と未来の「智民発達史」につながる話ですね。非常に興味深く聞かせていただきました。

(2003年5月7日GLOCOMにて収録)