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2003 - December 1, 2003

『スマートモブズ』を読む

December 1, 2003 [ 2003 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

 GLOCOMでは毎月、若手研究者による自由参加の「情報社会学若手研究会」を開催している(http://www.sfc.ne.jp/pukiwiki/参照)。

 9月の研究会では、ハワード・ラインゴールド著『スマートモブズ〈群がる〉モバイル族の挑戦』の読書会を行った。

 本稿ではまず、読書会における本書の解説と参加者による討論をレポートし、次に、研究会の有志がそれぞれの視点から本書を考察、最後にそれらの考察をもとに公文俊平GLOCOM所長が解説を加えた。

 

 『スマートモブズ』は、読む人によって全く異なる理解をし、全く異なる感想を持つ本のようだ。9月の『スマートモブズ』読書会において、本書の翻訳作業に参加した石橋啓一郎氏(GLOCOM研究員)は、本書の内容は「相当まじめに最後まで読まないと正確な理解がしにくく、8月の『スマートモブズ』日本語訳刊行記念ワークショップ(本誌10月号参照)でもこの本を誤解している人が多かった」と述べた。特に「スマートモブズは政治とどうかかわるのか」などといった疑問をあらかじめ持って読むと、その疑問に流されて正確な理解がしにくくなるので注意が必要だそうだ。

 

■『スマートモブズ』解説

 石橋氏は、『スマートモブズ』の内容を次のように解説した。

 本書でラインゴールドが描いた「スマートモブ」とは、「モバイル+パーベイシブ環境、ウェアラブルコンピューティング技術、集合的コンピューティング技術に支えられ、時には評判システムを頼りに、直接知らない人々とも互いに協力して行動する人々」である。そのような集合がさまざまな場面でいくつも形成されることから、本書のタイトルは「モブズ(集合名詞mobの複数形)」となっている。本書は、序章と1章で「スマートモブズ」概念への導入を行い、2章から6章でスマートモブズの五つの要素の検討、7章・8章でそれらのまとめを示している。

 スマートモブズの議論でもっとも重要な要素の一つは、さまざまな「協力」の技術である(2章・5章参照)。人々がイノベーティブな協力をするためには、共有資源(コモンズ)が不可欠であり、それを他人同士が協力して使うためには、相手がどの程度信頼できるのかを示す「評判システム」の役割が重要であるという。この「評判システム」とは、クレジットカードやSlashdot、Google、eBay、オークションシステムのようなものを指す。

 そしてラインゴールドは、「人々が相互に信頼しゲームの秩序を保っていくためには、参加者の行動を監視し、ルールを踏み外した人をきちんと罰していかなければならない」という。しかもこれは「一元的な権力によってではなく、ゲームの参加者が『評判』によって相互に行うことが重要だ」と述べている。

 スマートモブズは、いくつかの新技術や環境の変化にも支えられている(3章・4章参照)。その一つは、P2Pやグリッドコンピューティングのように分散した計算資源を集めて使うSwarmコンピューティング技術だ。ラインゴールドはここから、「渋谷を行き交う人々が持ち歩いているモバイル端末が互いに通信して協調したら物凄いことができるのではないか」と予測している。

 また、ウェアラブル化・サイボーグ化によってコンピュータが身体化し、さらに周囲の情報を集めて計算を行うチップが環境に埋め込まれると、身体と情報空間が結びつき、人はどこにいても計算機の恩恵を享受できるようになる。つまりコンピュータはわれわれの現実を拡張し、われわれが作用を受ける「環境」になっていく(石橋氏は、このような人と環境[移動体+偏在環境+評判システム]の組み合わせについて、情報インフラと人間が協調しあって作り出す「人類・情報インフラ共生体」と表現した)。

 情報技術が「移動」や「現実世界」と結びついたとき、人々は協力の技術を活用して“群れ”をつくり、創発的な秩序を形成する。このスマートモブズが発揮する「創発性」とは、個々の主体は単純なルールに従って行動するのに、全体としては複雑な秩序や知性になるという状態だ。本書では、フィリピン国民が携帯電話のショートメッセージを交換しながら瞬時に集まって大規模なデモを組織し、エストラーダ政権を打倒した事件が紹介されている。この事例で人々は携帯電話でテキスト情報を交換していただけであり、スマートモブズとしては非常に原始的な例だ。だが、この事例からも推測できるように、「柔軟で壊すことが難しい通信手段や情報環境の上でコンピュータを身体化させた人々が協力して活動すると、今までとは全く違うことができるだろう。そしてそのような組織が創発的に新たな秩序を造っていくだろう」というのがラインゴールドの見解である。

 以上のような本書の解説の後、参加者で議論を行った。その中から浮かび上がってきた主な論点は次の四つである。

 

■論点1:ネットワークの価値と評判システムの可能性

 石橋氏は「ネットワークの価値とは、リードの法則が示すような理論的な接続可能性だけではなく、実際の接続コストやその組み合わせの価値、そこで行われるコミュニケーションの価値、蓄積されたものの価値にも依存する」という。そして「スマートモブ技術は、協力を生み出す場所と時間の増幅を可能にする。また協力に至るためのコミュニケーションと処理を自動化し、接続コストを低下させる。人間以外のモノとの協力もあり得るようになり、作れるグループの数も増える。こうしてネットワークから取り出せる価値も大きくなる」と述べた。

 これについて「関心空間(http://www.kanshin.com/)」を運営しているユニークアイディ社長の前田邦宏氏は、「モブとモブがコミュニケーションし、評判システムと評判システムが協調連動することもでてくるだろう。そのようなオープンで動的な状態を『創発』とみることができるのではないか」と述べた。

 

■論点2:創発的秩序と評価

 創発的秩序として代表的なのはアリの行動である。個々のアリは非常に単純な判断しかしていないのに、全体として高いレベルの知性や秩序を作っている。澁川修一氏(経済産業研究所研究スタッフ)は、「これは、おもしろそうなところに知識を少し落としていく行動が積み重なって大きな動きになる『2ちゃんねる』のコミュニティと関係がありそうだ」と述べた。

 また鈴木謙介氏(東京都立大学大学院博士課程)は、「社会が変わったときに、それが市民革命なのか、クーデターなのか、無秩序化なのかを、誰が評価をするのか」と問題提起した。橋本岳氏(三菱総合研究所研究員)も、「アリ自身が全体としての合理性や秩序を認識していないように、神の目を持たないわれわれはスマートモブによって造られる秩序を『良いこと』であると認識できないのではないか」と疑問を呈した。

 これに対して石橋氏は、「創発的にできたシステムの内部にいる人は、そのシステムが安定し存続可能ならば好意的にとらえるのではないか」「道徳や法律のような評価基準を外部から与えたり、他のシステムとの相互作用をしたりする過程でも、内部の人自身がシステムを評価することはできるだろう」と述べた。

 

■論点3:デメリット・暗い未来

 ラインゴールドは、基本的にはスマートモブを肯定的にとらえているようだ。第8章ではスマートモブ技術がもたらす否定的要素として、「自由への脅威」「生活の質への脅威」「人間の尊厳への脅威」を挙げて検討しているが、最後は「スマートモブ技術の危険を制限し、有益な目的にその力を向けるためのメタ技術」を多くの人が身につければ、「われわれはすばらしいことをともに成し遂げられる、と私は信じている」と期待をこめて述べている。これに対して参加者からはさまざまな懸念が述べられた。

 小笠原盛浩氏(東京大学社会情報研究所修士課程)は「本書は楽観的すぎないか。スマートモブズからは暗い未来を読めてしまう」と述べた。小笠原氏によると、「個人の認知能力を遙かに超えるほど情報量が飛躍的に増加した状況で技術を真っ先に活用できるのは、目的が明確で処理できるパワーを持った『搾取する側』、すなわち国家や企業である」。

 これに対して石橋氏は「スマートモブ的な環境がないときよりは、頑丈な集合行動は起こしやすい。暗い未来を覆す可能性も大きいのではないか」と述べ、丸田一氏(GLOCOM助教授)も「監視技術をうまく使うことで権力を分散することができる」と述べた。だが小笠原氏は、「人々がパワーを結集するためには、集まるだけではなくコミットメントも必要だ。しかし、人々は多重にネットワークに属しているためそれぞれへのかかわりが薄く、ニーズが広く共有されない」と述べた。

 公文氏は「ラインゴールドは『ベキ法則』の話をしていない。新しく現れてくる秩序は、成果の分配が極端に不平等で民主主義にはふさわしくないものかもしれない」と述べた。石橋氏も、「相互監視ができるようになったとき、特定の人物が集中的に監視され、ほかの多くの人はまったく監視されないだろう」との予測を述べた。鈴木氏も、「スマートモブ技術は、小さな村で隣組同士が監視しあうような、動きにくい状態にする可能性もある」と指摘した。

 また折田明子氏(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程)は、「『2ちゃんねる』における『祭り*1』のような動物的盛り上がりは本当に楽しいだろうか」と疑問を呈した。「自分が盛り上がりのネタにされると『なぜ自分のことをそこまで知っているのか?』と恐怖を感じ、また事実と異なる像が作られていくことに恐怖を感じる」と体験を語った。そして、「『祭り』のパワーやある程度の楽しさは認めるが、何らかの意図が入ると非常に怖いものになる」と述べた。

 

■論点4:協力の技術とオフ、フラッシュモブ

 アメリカやイギリスなどでは、他人同士が電子メールによって示し合わせて協力し、突発的なパフォーマンスを行う「フラッシュモブ」が起きているとの報道が話題になっている。だが日本では、「2ちゃんねる」の議論を基にして起こる「オフ(大規模オフ・突発オフ)」が数年前から知られている。

 澁川氏によると、両者はよく似ているが微妙に異なる。オフは掲示板上で多くの人によってアイデアがもまれて内容が洗練され、その過程を通じて参加者は意味や文脈(何がおもしろいのか)を共有する。他方、フラッシュモブは企画者が参加者の振る舞いを逐一指定し、参加者がそれに従うことで作り上げられ、意味や文脈などが参加者には十分に共有されない傾向がある。

 ただし鈴木氏によると、最近の「オフ」は数百人もの参加者を集めたり全国で同時多発的に起こすなど、規模が大きいために現場で収拾がつかなくなったり、企画の詰めが甘い例が増えているらしい。そのため企画者は、イベント制作会社のスタッフからノウハウ提供を受けるなどして、手際よく仕切ろうとしているという。しかも鈴木氏は、「日本の場合、参加者たちが仕切ろうとする人の足を引っ張る傾向がある」ため、「企画者も仕切るのに疲れて離れていくのではないか。勢いは続かないだろう」と述べた。

 

■本書の提起するもの

 人々が協力して大きな仕事を成し遂げるという現象は、歴史的には珍しいことではない。しかし本書は確かに、非常に新しい現象をとらえている。たとえばフィリピンの事例は、モバイル技術と結びつくことでより洗練された現象となったものであり、出版メディアや放送メディア、あるいは有線電話では政権に対抗できなかったかもしれないし、デスクトップパソコンの前に座り電子掲示板で議論していても、あれほどまでの迅速な行動は難しかったかもしれない。

 そして人々は今後一層、モバイルでパーベイシブな情報環境の中で群れ、祭りやオフ、フラッシュモブを繰り返し、さまざまな経緯をたどりながらやがて新しい社会秩序を創発していくだろう。そのような技術や議論の場があり、「祭り」やネットで組織された集合行動があるということを前提にしたときに、人間はどうなっていくのか、そしてわれわれは今後の社会をどう設計していけばよいのか、という非常に興味深い問いを本書は提起している。

庄司昌彦(GLOCOM研究員)