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2003 - December 1, 2003
韓国、アメリカ、日本の周波数政策
December 1, 2003 [ 2003 ]
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土屋大洋(GLOCOM主任研究員)
庄司昌彦(GLOCOM研究員)
庄司 今日は、韓国とアメリカへの出張から戻られたばかりの土屋さんに、無線周波数の配分政策についてうかがいます。特に、この新しいイシューについて各国ではどのような議論が行われていて、そこにはどのような人々がかかわっているのかということを整理し、日本の状況と比較できればと思います。
まず、よく「電波が足りない、周波数が足りない」といわれますね。
土屋 正確に言うと「使える電波が足りない=電波が有効に使われていない」ということです。電磁波の中で使える範囲というのはある程度限られていて、通信に使いやすいところ、放送に使いやすいところというのがあります。無線LANやインターネットに使いやすいところはある程度限られますが、そこをすでに他のユーザーが免許を持って使っていた場合、その人たちが本当に有効に使っているのか、もし、使っていなかったとしたら取り戻すことができるのか、ということが大きな政策課題になってきているのです。そしておもしろいことに、その取り戻し方が各国で違ってきています。今回の出張はこの点に関する調査が主な目的でした。
庄司 政府が電波の免許を取り戻すには、どのようなやり方があるのでしょうか。
土屋 今までの免許配分方法はコマンド・アンド・コントロール(統制と命令)という、政府が全部を配分する方法でした。電波を使いたい人が、政府(日本なら総務省、アメリカなら連邦通信委員会[FCC]、韓国なら情報通信部)に、こういう電波を使わせてくださいとお願いして、その結果として免許が発給される。しかし、それだと政治的な裁量の余地を残してしまいます。あえて極端にいえば、賄賂をたくさん積んだ人が免許をもらえるかもしれない。そういう意味では電波が効率的に配分されていない。そこに経済学者たちが疑問を持ち、批判を始めました。1991年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカのロナルド・コース(Ronald H. Coase)は、1959年の論文の中で「電波は市場で配分するべきだ。希少資源であるならば市場取引が成り立つはずだ」という問題提起をしました。その話はずっと忘れられていたのですが、1990年代に入ってアメリカがPCS(Personal Communications Service)のオークションをやりました。これによって市場メカニズムを導入する可能性が開けたわけです。
ところが、そのオークションをそのまま第三世代(3G)携帯電話にもっていってヨーロッパでやったところ、価格が暴騰してしまい、落札して免許を得てもサービスを提供できない業者が出てしまった。それが、いわゆるテレコムバブルのクラッシュにつながったため、オークションはもう嫌だという雰囲気が強くなっています。じゃあ、どうするのかというところで、いま大きな転換点にあるのだと思います。
目指すところを単純に分けると二つあって、一つは電波の免許に所有権、財産権を設定することです。そうすると「物」と同じように、電波の売買や貸し借りができるようになる。現在、免許を持っている人たちが使っていないところを貸したいとか、もう要らなくなったので誰かに売りたいというときに、市場があれば取引ができます。これが、どちらかというと経済学者の好むアプローチです。
もう一つは技術者の好むアプローチで、ある帯域を免許人に独占的に使わせるのではなく、共有地(コモンズ)として共同利用できるようにすればいいというものです。無線LAN技術がその代表的なものです。さらには、ケヴィン・ワーバック(Kevin Werbach)という人は「スーパーコモンズ」という概念を提案して、「免許の設定は人工的な概念で、周波数などというものはそもそも存在しない。存在するのは電磁波で、それに人間が周波数という数字を割り振って切り割りしているだけだ。規制すべきなのは電波ではなく、それを使う人でありデバイスである」と言っています。このコモンズと呼ばれるアプローチをとる人たちは、「電波に所有権を設定すること自体おかしい。もっとスマートなデバイスが出てくれば、いろいろな利用が共存できるのではないか」と言っています。
庄司 それでは、今回訪問された国々ではどのような議論が行われているのでしょうか。
土屋 今回は韓国とアメリカに行ってきました。韓国の場合はコマンド・アンド・コントロールで、政府がコントロールする状況になっています。「どんな議論がされているのですか」と聞いたときに、よく返ってくる答えは、「どの用途にどの帯域の電波を分配するかということは、ITU(国際電気通信連合)で決められています。国内では、その大枠の中でどの事業者が使うのかを決めるだけです」というものでした。それ以上のこと、たとえば市場メカニズムの導入とか、オープン・スペクトラム(電波開放)の話といったことは、ほとんど韓国では議論されていません。
ただ日本の状況から見ておもしろいと思ったのは、2.3GHz帯です。2.4GHz帯は世界的にISM(Industrial, Scientific and Medical)バンドといわれていて、一定以上ノイズを出さない限りにおいては「混信もやむを得ず」で、医療や電子レンジや無線LANなど、さまざまな分野で自由に使えるようになっています。その2.4GHzとは別に韓国では、2.3GHz帯をワイヤレス・ローカル・ループ(WLL)という固定系の無線に分配されていました。このサービスをやるために、1990年代に三つの通信会社に免許を発給したのですが、その3社が有効なサービスを提供できなくて、十分な利用者を獲得できませんでした。その間、韓国ではADSL(Asymmetrical Digital Subscriber Line)が一気に進んでしまったので、無線によるブロードバンド・アクセスは現実味を帯びなくなってしまったのです。その状況を見た政府の情報通信部は、その免許を取り上げてしまいました。
これはどの国も同じなのですが、一度発給された免許は、ほぼ自動的に更新されるものでした。アメリカでも免許の更新は葉書を1枚出すだけで、それぐらい簡単で当然のことと思われていました。そのため、免許を受け取ったほうは、そこで行うサービスのために多額の資金を投資します。典型的なのがテレビ局で、放送設備に何億円とかけます。そこで免許を取り上げられたり更新されなかったりすると、ビジネスが成り立たなくなってしまいます。しかし韓国では、サービスをやっていないのなら返せというように取り上げてしまった。それが画期的だったわけです。
その後、その2.3GHz帯で新しいインターネットサービスを提供したいと考えた情報通信部は、事業者にこの帯域でこういうサービスをやりたいというプロポーザルを出させています。それがふさわしければ、情報通信部が新たに免許を出す予定です。何を2.3GHz帯でやろうとしているかというと、HPI(Handy Personal Internet)という、無線LANと3G携帯電話の間を埋めるようなものです。韓国でもある程度ホットスポットはありますが、家庭で使っているADSLサービスのローミングサービスとして使わせているもので、日本のように空港や駅でただで使わせるようなサービスがほとんどありません。それよりもう少しフレキシブルなサービスとして、HPIを提供したいと事業者側は考えています。スピードもさほど無線LANと変わらないし、ラップトップがあれば使えるということで、それほど差別化はできていないのですが、そういうサービス・プロポーザルが情報通信部に出ている段階です。
つまり、使われていないところを政府が取り上げて新しい利用にまわすことができているわけで、日米とは異なる状況です。日本では投資分の残存簿価に値する給付金と引き替えに免許を取り戻そうとしていますし、アメリカではとても取り戻せそうにありません。ただ韓国は、いまだに政府がコントロールしていることには変わりがありません。主体が事業者側、ユーザー側にはなっていません。
庄司 アメリカはどうなっているのでしょうか。
土屋 アメリカでは、まず西海岸でいくつかの企業を訪問しました。ある企業のCEO(最高経営責任者)は、「電波は全く足りない」と言っていました。ラディカルな人で、できるだけ多くの電波をコモンズ的に使えるようにしたいと言っています。もちろん、全部をコモンズにしろと言っても無理で、すでに使われている免許と重なる形で使える技術──アンダーレイとかオーバーレイといわれるもので、典型的なのがUWB(Ultra Wide Band)──を使うべきだ、と言っています。これはたとえば、今テレビ局で使われている電波に干渉しないレベルの電波を出す機器なら自由に使えるようにしてもいいのではないかということです。でもそれだけではおもしろくないので、もう少しその範囲を広げるようにしてもらいたいとFCCに言っているそうです。
別の人は、「今のISMバンドがあれば十分サービスが提供できるので、今のままでかまわない」と話していました。これは、一つの免許を取った人がアメリカ全土をカバーするわけではないので、地域によっては空いている場所がまだ残っていて、そこの免許を取ればサービスができないことはないということです。また別の事業者では「無線LANのようなインターネットサービスを提供する場合にも、それぞれの事業者に免許を振ったほうがいい」と言っています。「今のところユーザーが少ないから無線LANが干渉しないけれど、ものすごい数の人が同じ所で使うようになれば干渉は起こる。事業者がサービスの質を確保するためには、免許を発行するほうがいい」というわけです。このように、アメリカの中でもいろいろな議論があります。
その後、ワシントンD.C.で開催されたTPRC(Telecom-munications Policy Research Conference)に行ってきました。この会議は毎年開かれていて、今年で31回目になるのですが、FCCと学者たちがノーネクタイで率直に意見を交わす伝統的な場になっています。FCCが全面的にバックアップしており、FCCの役人たちも自らプレゼンテーションしたり、議論したりしています。今回は3日間にわたっていろいろなテーマで議論が行われていて、その中の一つの柱が電波でした。アメリカはFTTH(Fiber To The Home)サービスどころか、ADSLサービスでも苦しんでいて、そういう意味では日本よりも恵まれていません。ケーブルテレビが発達しているので、ケーブルモデムによるサービスが最も普及していますが、やはり無線への期待は大きいようです。
それでは、無線がスムーズに使えるようになっているかというと、なかなかそうはなっていない。変な規制もあって、たとえば無線を使うにはアンテナが必要ですが、アンテナが町の景観にふさわしくない場合には自治体が設置を認めてくれなくて、立てるには木と見間違うばかりのデコレーションをしなければならないなど、厳しいローカル・ルールが障害になることもあります。
もう一つ、ネクストウェーブという会社がオークションで全米80パーセントをカバーする免許を獲得していたのですが、サービスを始める前に倒産してしまいました。その場合、免許は、日本の感覚だと当然、政府に返さなければならないのですが、アメリカでは裁判になって、これはこの会社の資産であるということになってしまいました。債権者たちは「負債を清算するために免許を売るべきだ」と言い、政府は「それは政府のものだから取り上げられる」と言って、いまだにもめています。結局、全米80パーセントをカバーするだけの電波が使われていないという状況です。
こういう問題が積み重なって、電波をもっと自由に使えるようにして欲しいという人もいるし、所有権を設定して取引できるようにして欲しいという人もいます。昨年、FCCの Spectrum Policy Task Force(SPTF)という有名なグループがレポートを出して、ある程度コモンズのアプローチも入れ、所有権も設定したほうがいいのではないかということを提言しました。TPRCでは、すでに「所有権か、コモンズか」といった二者択一の議論はほぼ収束しつつあり、両者を共存させながらどうやってバランスをとるかという議論に向かいつつあります。
庄司 周波数政策には、所有権とコモンズという両極端に近い二つのアプローチがあることがわかりました。そしてコマンド・アンド・コントロールで免許を取り上げた韓国と、混乱しつつ技術的な解決策も議論をしているアメリカは非常に対照的だと思います。
庄司 では、日本ではどのような議論が行われているのでしょうか。
土屋 まずわかってきたのは、政治システムの違いが決定的に大きいということです。アメリカの場合だとFCCがこの問題を扱っていますが、FCCは独立行政委員会ですから、政府の一部でありながら与党の影響も、ホワイトハウスの影響も直接には受けません。しかし議会がFCCの予算や5人の委員の任命権を握って管轄していますから、議会の言うことには敏感にならざるを得ない。議員のほうは、どんどん法案を出してきますから、FCCはすでに免許を持っているインカンベントから非常に影響を受けやすい立場にあるといえます。
日本の場合、電波政策で権限を握っているのは総務省です。ここを誰がコントロールするのかというと、与党です。国会が総務省に圧力をかけるには予算・法案を介して行うことになります。しかし、日本のインカンベントは、国会や与党を通して総務省に圧力をかけずに、直接、総務省に陳情したり意見合わせをしたりする。いい悪いではなくて、政治的な構図としてそうなっています。総務省は今のところ、韓国の情報通信部のように免許を取り上げるというほどの強権的な活動はしていなくて、審議会や研究会を通していろいろな人の意見を聞いて慎重に進めていくという立場をとっています。
庄司 それは日本でも強権的な活動を、システムとしてはできるのだけれど、やっていないということですか。
土屋 本来、総務省ができることは法律で決められた範囲の中で省令を改正することですが、建前上は国会の仕事である立法を現実的に担うことで、実質的な政策立案を行っています。総務省は年明けの国会で法改正を考えています。日本の中でほぼコンセンサスになりつつあるのは「オークションはだめだ。売買できるほど所有権を設定するのもまずい。かといって、全部をコモンズにすることも無理だ」ということです。つまりどこまでやるのかが焦点です。ただ、すでに割り振られている免許がどれだけ効率的に運用されているかはわかっていません。そこで総務省は、これを3年かけて調査すると言っています。それは、総務省が改革を進めるための唯一と言っていい武器です。というのは、客観的なデータがそろえば、総務省は使っていない電波帯域を取り戻すという大義名分が立つからです。しかし、それを明らかにしていく過程で政治的な圧力がかかってくる可能性があることを、総務省は予期しているようです。つまり、インカンベントから、実は使っていないのに、「うちは使っているから、免許を取り上げないで欲しい」と言ってくるおそれがあるわけです。そうした圧力がかかったときに本当に電波帯域を取り戻せるのか、そこが今、総務省が一番悩んでいるところではないでしょうか。
庄司 今の議論には総務省、与党、国会、インカンベントが登場しましたが、ユーザーが登場していませんでした。日本のユーザーは、無線政策についてどう考えているのでしょうか。
土屋 そこがとても重要なポイントです。これまで電波の世界は限られたアクターによって牛耳られてきたところがあって、政策形成過程もコマンド・アンド・コントロールで握られてきたので、ユーザーが介在する余地はほとんどありませんでした。携帯電話が普及する前、一般の人が無線を使うというのは、いわゆるハム無線しかなかったわけです。彼らの声は、改革の必要がなかったということから組織化されていなかったし、とくに政治家に圧力をかける必要もなかった。
庄司 アメリカのユーザーと無線政策の関係はどうでしょうか。
土屋 アメリカも似たような状況です。今回訪問した中でおもしろかったのは、NYCワイヤレスという非営利のグループです。彼らはニューヨークの市立図書館の横のブライアント公園で、そこを訪れる人たちに無線LANアクセスを提供するという、NPO的な活動をしています。彼らからすれば、もっとたくさんの電波が使えるようになって欲しいので、そういう提言のプレスリリースも出しています。ただ彼らはNPOですからお金もありませんし、圧力をかけるだけの余力もない。実際、NYCワイヤレスというのはとても有名な組織ですが、オフィスもありません。ニューヨーク大学で教えているアンソニー・タウンゼントという若い研究者が一生懸命やっている段階です。ベイエリアに行けばBay Area Wireless Users GroupというNPOがあって、同じようなことをやっていますが、やはりワシントンの政治を動かすだけのチャンネルもお金もない。そういう面では、なかなかユーザーの声が反映されないわけです。
庄司 韓国ではオンラインゲームをはじめとするネット文化が育っていますし、ネットコミュニティと政治的な行動が結びついたこともありました。このようなネットオリエンテッドな人たちは、政府のコマンド・アンド・コントロールに満足しているのでしょうか。
土屋 なぜか電波に関しては、ほとんど議論が起きていません。たとえば韓国で聞いてみると、アメリカのSPTFのレポートを読んでいる人は、10人近く会った中で1人だけでした。「コモンズというアプローチがある。アンダーレイというやり方があるが知っているか」と聞いても、誰も知らない。そういう面で、電波に関する議論はほとんどなされていないようです。
ここからは推測ですが、電波は国家安全保障と結びついているところがあって、アメリカでも日本でも韓国でも、軍隊がかなりの部分を使っています。電波利用の有効性や再配分の話をすると、どうしてもそこに踏み込まざるを得ないでしょう。
私が一番懸念しているのは、アメリカで新しい無線周波数配分のシステムが採用されたとしたら、それがいずれ日本や韓国に迫ってくるのではないか、ということです。アメリカ企業が日本市場や韓国市場に入ってくるときに、「あなたたちのシステムはあまりにも非効率です。アメリカではこういうアプローチが採用されて、市場メカニズムが機能しています。われわれの国のシステムをまねしてください」と言い出して、新たな交渉になるのではないか。それについては韓国の人たちも、可能性は大いにあると認めています。電波の再配分という話をすると、アメリカでも国防省が一番使っていますから、(もともと軍事目的で開発された)GPS(Global Positioning System)とぶつかるからUWBがフルに認められない、ということが起きています。政府や軍が使っている電波をどうするのかというのが、隠された最大の問題ではないでしょうか。ユーザーが電波を使いたいと言っても、国防上の理由を持ち出されるとなかなか対抗できませんね。
庄司 これまで現状をお聞きしてきましたが、土屋さんの意見はどうですか。
土屋 結局、コマンド・アンド・コントロール、コモンズ、所有権、三つのうち一つを選ぶということではなくなってきています。それは共通の合意といってもよくて、排他的な免許のもとでビジネスをやりたいと思う人もいるし、そうでなくてはできない仕事もあります。あるいは、たくさん増えてきた需要をカバーするために、コモンズ的なアプローチをとる電波帯域もあるべきだと思います。
一番重要なのは免許発給の透明性だと思います。そこが万人の納得できないやり方で発給される、少なくともそういう疑いを持たれるようなこと自体がよくないので、そこを何とかしたいということだと思います。総務省もそれは十分わかっていて、電波の利用調査を始めましたし、つい最近は登録制度を導入するということを言っています。改革に向けた動きは前向きに進んできています。アメリカにも「日本は確かに慎重で遅い。遅いが、確実な動きをしていることは評価できる」と言っている人がいます。韓国の人たちは「アメリカや日本をまず見ましょう。彼らが何をやるかということが、韓国の政策にとって重要です」と言っています。そういう意味で、日本は最先端に立ってしまっています。
インターネットユーザーもこれだけ増え、携帯インターネットのように無線でインターネットにアクセスすることに全然抵抗がない。かといって需要に応えられるだけの供給がないわけですから、そこをどうにかしなければならない。日本のこれからの通信情報政策にとって最重要課題です。
庄司 韓国、アメリカ、日本の例を通じて、この問題の議論を整理することができたと思います。ありがとうございました。
(2003年10月9日GLOCOMにて収録)