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2004 - June 2, 2004

小泉政権の構造改革は着実に進んでいる

June 2, 2004 [ 2004 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

牛尾治朗(ウシオ電機(株)会長/経済財政諮問会議民間委員)

 

 小泉首相はこの2年間、わかりやすい言葉で構造改革の必要性と方向を明示し、実行して、それなりに成功してきた。たとえば財政改革が進み、構造改革を通じた経済活性化もなされつつある。さらに日米同盟と国際協調を基本とした外交、安全保障政策もうまく舵取りしている。その意味で、小泉政権は大筋としては高く評価できる。

 しかし、繁栄の利益の分配という長年のしきたりを急に変えることは困難で、その結果、改革派の国民や海外の目には改革が遅すぎるように見えている。したがって、小泉首相は、構造改革をより有効に進めるような体制と決意を対外的に示す必要がある。

 

■官僚制と執行の問題

 その最初が、現在進行している年金改革である。私は小さな効率的政府を作り、民間主導で経済を活性化させるという路線のなかで、社会保障だけは小さな政府にする方向性を小泉政権は示せていないと感じている。特に、厚生労働省主導で平均年収の50%の給付水準という年金制度改正案を打ち出しているが、このような案は維持可能でなく、根本的に考え直す必要がある。その案では負担額も5%ポイントの引き上げとなるが、それは単なる社会保障負担の増加としてではなく、租税負担と財政赤字を含めた潜在的な国民負担の増加として、総合的な視点からの検討が必要なのである。

 小泉首相は自らが議長である経済財政諮問会議により、総合・横断的な政策決定を行おうと努力しているが、問題はその後の執行機関が縦割りで、省庁同士が競い、それぞれが局で割れているために統合されないことにある。現下の年金改革がその一例である。

 市場型経済では、競争による勝者と敗者が必ず出る。敗者は復活を期すか、消え去るしかない。他方、さまざまな理由で競争市場に入れない弱者には、機会平等を保障するようなセーフティ・ネットや保護が必要である。しかし、日本では敗者が弱者を装い、政府に保護を求めるという問題がある。またそれは、官僚的な裁量によってさらに助長される傾向を持つ。各省庁は自分たちの補助金を増やすことだけに腐心し、そのような補助金を増やすことなく問題解決のシステムを作ることには熱心ではない。たとえば、職業訓練学校に行きたい人に対してバウチャー制度を充実させるよりも、そのような学校に対する補助金を増やそうとするのが役所のやることである。

 この状況は変えなければダメだ。私は今、全閣僚で総合的に実現する実行システム、執行ルールを作ることを提案している。その執行ルールは官邸で作られており、今後数カ月で答えが出ると思う。

 

■改革の未来は明るい

 長期的な改革の見通しについては、そこかしこで変化がおこっているので、私は楽観的である。5年ほど前に公共投資はムダの塊だというキャンペーンが起こったが、このごろはない。役所でさえも口にしはじめているというほど、一般的な事柄になってきたからだ。このような機運が起こると、日本は5年で必ず変わる。

 日本の産業社会も急速に変わりつつある。たとえば雇用形態が多様化しており、会社が有期契約社員や派遣社員などをほぼ自由に使えるようになった。また雇われるほうも、選択肢が増えて歓迎している。私の予測では、人は20~35歳、35~50歳、50~70歳の3回の人生を生きるようになり、職業も3回変わる。それに応じて、雇用制度も個人の生き方も大きく変わる。そして、そのような新しい社会で生き残り成功するために、自分自身を訓練し教育することが決定的に重要となるであろう。

 実際に、大学も変わりつつある。80ほどあった国立大学が独立行政法人となり、職員は非公務員となる。外部評価によって予算も変わる。日本の戦後教育におけるもっとも大きな変革といえる。

 日本経済も着実に良くなってきており、国際競争力を取り戻しつつある。現在、そのような競争力のあるグローバルな企業が雇用の1割、生産の4割を担っており、それが今後とも伸び続けていく。そのとき必要なのは、法人税や所得税を減税して成長を加速させることである。一方、消費税率を引き上げて十分な税収を確保する。ただし、それは小泉首相が2年半後に任期を満了し、小泉改革が完了するまで待ってからだろう。

※これは情報発信プラットフォーム(www.glocom.org)のOpinionsに5月10日、掲載された英語の論文の日本語版(全文)である。