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2004 - September 2, 2004

最近の著作権をめぐる問題

September 2, 2004 [ 2004 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

講師:ヒュー C. ハンセン(フォーダム大学法科大学院教授)

 6月2日のIECP研究会では、知的財産権の権威である米国フォーダム大学法科大学院ヒュー C. ハンセン教授を講師に、「最近の著作権を巡る問題」について講演が行われた。ハンセン教授による講演の概要は以下のとおりである。

  1. デジタル著作権を巡っては、クリエイタとユーザ、先進国と途上国、東洋と西洋、さらに資本主義と反資本主義の間で分裂・対立状態が生じており、その合意形成は手詰まり状態にある。また米国の政策は、世界中を反米感情で結束させてしまう状況を作り出している。WIPO(世界知的所有権機関)やWTO(世界貿易機関)などの国際機関でも、多国間での合意ができず効果が発揮できていない。その結果、国ごとに異なる決定がなされている。たとえばP2Pソフトを巡る訴訟でも、オランダ、カナダ、米国、韓国などで判決結果が異なり、国際間のIP活用がより困難になってきている。

  2. この問題の解決にあたっては、二つの相反する見方がある。「インターネット時代に技術と著作権とは基本的に相容れない」という技術畑に多い見方と、「技術と著作権は本来対立するものではないが、一部の技術によってクリエイティブ産業全体が抹殺されるのではないかと危惧する」というクリエイタに多い見方である。教授は、著作権はコンテンツを消費者の所へ効率的に届けるエンジンであるという見方で、むしろ後者に近い立場である。

  3. また教授は、クリエイティブ・コモンズを唱えるローレンス・レッシグ教授の主張に反論し、「米国には建国当時からコモンズという発想はそもそもなかった。ジョン・ロック的な見方、すなわち努力によって財産という利益が生まれるというのが憲法制定者の意図であった」と説いた。たとえば植民地当時は、土地の利用は基本的に自由であるが、その土地を開拓し建物を建設するとそれが財産として保護されたという伝統があった。1787年制定の米国憲法でも、著作権は州ではなく連邦が規定した。レッシグ教授は「米国憲法では短期間の著作権を与え、その後はパブリック・ドメインへ移行させることでバランスを取った」との見解であるが、憲法の規定では「限定的な期間(limited period))という言い方をしている。当時でも著作権の保護期間は、延長を含めると28年間となり短期とは言えない。また排他的権利の概念には、本来バランスを取るという考えはない。その後、米国の体制派は、その後一貫して著作権を強化してきた。ただしそれは、クリエイティブな誘因を高めるためではなく、財産としての著作権の保護とその活用を図るためであった。著作権は複製権のみならず、デリバティブなど亜流作品の権利、頒布・流通・実演の権利などに拡張されてきた。これらはすでに存在している権利に付随して与えられたもので、新たに著作することへの誘因として考えられたものではない。議会は、著作権も他の財産と同様に考えている。それはディズニーやタイムワーナーによるロビー活動の結果ではなく、有形の財産保護という伝統的な考え方、種まきという汗かきをしないで収穫するのは権利の乱用であるという考え方によるものである。オリジナリティを認めるとすれば、それは知的な創造活動としてではなく、努力によって満たされるものであるという考え方は、イギリスやドイツの著作権法でも米国と共通している。

  4. ソニーのVCR(Video Cassette Recorder)に関する最高裁判決(1984年)は、5対4の僅差でタイムシフトによる録音の合法性を認めたが、自分のライブラリーを作成する行為がフェアユースに当たるかどうかの判断は下していない。ファイル交換ソフトであるグロクスターを巡る訴訟において、カリフォルニア州の地裁は、このソフトを流通した者は幇助罪に当たらず合法との判決を下した。現在は巡回高裁に持ち込まれ、その判断に関心が集まっている。最終的に最高裁での判断となれば、ソニー判決をどう判断するかの問題にも発展する。ハンセン教授は、「おそらく最高裁ではクリエイタに対して二次的責任があるという判決が下され、その後、さらに議会での論争に発展する」と予想している。

  5. 一方、著作権産業側は、「P2Pソフトを制作する人々が、法による追求が困難になるような仕組みを生み出している。その不法行為自体を目的にそういうことを行っているのであれば、これは、いわばテロリストの手に技術が委ねられているようなものだ」と見なしている。このように根本的な問題での意見分裂状態が、この問題での合理的解決を困難にしている。米国の法律は著作権者の側に立っていて、技術側には立っていない。しかし技術そのものは止められず、これからも大きな害を及ぼし続けることになれば、勝者はいないことになる。この面では、どちらにとっても解決策を見つけるのは困難である。双方が地下に潜り込んでしまうと、超法規的な解決策がとられることにもなりかねない。すなわち、ウイルスがはびこるような解決である。上院司法委員会のオーリン・ハッチ委員長は、「著作権を侵害する者に対してウイルスを使用することを認可することになるかもしれない」と公言している。結論としては、技術を作り出した者は、その技術が害を及ぼす可能性を認識すべきである。同時に著作権を所有している者も、もっと効率的な市場を生み出す配布手段として技術を認め、そして技術者を敵と見なさないように態度を改めるべきである。

小林寛三(GLOCOMフェロー)