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第1回 : 情報社会論・序論

January 1, 2005 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

私ども国際大学グローバル コミュニケーション センター(グローコム)は、今号から本誌『情報通信ジャーナル』に「情報社会学シリーズ-"地球智場"の時代へ」と題する連載を掲載することになりまし た。グローコム各研究員がそれぞれ得意のテーマをひっさげて、毎回全力投球できるように、早速準備を開始したところです。

国際大学グローコム代表 公文 俊平

第1回 : 情報社会論・序論

公文 俊平

国際大学グローコム

 まず、連載の開始にあたって、「情報社会学」という耳慣れない言葉と、それを推進しようとしている「国際大学グローコム」という組織について、手 短にご説明させてください。

 グローコムは、日本社会と情報社会の研究に従事する社会科学系の研究所として、1991年の春に設立されました。最初は、学校法人国際大学の直轄 研究所としてスタートしたのですが、昨年から教育機関としての国際大学の研究所として、大学に一体化されました。

 初代のグローコム所長は村上泰亮(1931-93)でした。村上がライフワークとしたのは、近代産業社会の進化過程の分析で、その総決算が『反古 典の政治経済学』(中央公論社、1992年)上・下2巻と、遺著となった『反古典の政治経済学要綱-来世紀のための覚書』(中央公論社、1994年)でし た。村上は、1993年の7月に、肝臓ガンのため惜しまれつつ世を去りましたが、いまにして思えば、村上がめざしていたのは総体としての産業社会を対象と する学際的でグローバルな社会科学としての、「産業社会・学」の構築だったと言えるでしょう。

 村上の没後、二代目のグローコム所長を務めることになった私は、『情報文明論』(NTT出版、1994年)を書いて、分析の主対象を、産業社会か ら情報社会に移すことを明らかにしました。もっと正確にいうならば、村上(や私)がそれまでとっていた「近代社会=産業社会」という見方を拡張して、近代 社会は「軍事社会」(あるいは「国家社会」)としてまず出現し、「産業社会」として突破を果たした後、「情報社会」としてその成熟局面に入りつつあるとい う見方を示しました。

『情報社会学序説』

 このほど刊行した『情報社会学序説~ラストモダンの時代を生きる~』(NTT出版、2004年)は、その立場をさらに明確にして、「情報社会」は 「ポストモダン」社会というよりは「ラストモダン」社会と見るべきで、そこでは産業社会に勝るとも劣らない各種のイノベーションや社会的発展がみられると 主張しました。そして、村上の「産業社会・学」の拡大・発展版としての、学際的でグローバルな「情報社会・学」の構築の必要を訴えたのです。

 幸い、その趣旨に賛同してくださる方々が少なくなく、とりわけ、中央大学総合政策学部の大橋正和研究室や慶応義塾大学湘南藤沢キャンパスの村井純 研究室、国領二郎研究室、多摩大学情報社会学研究所などのご尽力をいただいて、近く情報社会学会が設立される運びになりました。このような時に、本誌に情 報社会学シリーズを連載する機会をグローコムが頂戴したのは、とても時宜にかなったことで嬉しいかぎりです。

近代社会におけるアクティビズムの方向

 さて、私の考えでは、非常に大きく見ると、近代社会・近代文明の特徴は、人々のエンパワーメント(さまざまな目標を達成するための能力や手段の増 進)と、それに支えられたアクティビズム(能動性)の発揮にあります。村上泰亮は、これを"手段的能動主義"と呼んでいました。近代化の進展と共に、この アクティビズムの発揮の主要な形は、戦争・闘争から競争へ、そして共働へという方向に向かっています。

 この過程を西欧について見るならば、16世紀から17世紀にかけて、軍事的にエンパワーされた各地の王や諸侯が国民(ネーション)大衆をその臣民 とする近代的な「主権国家」(単に「国家」ということもあります)を作り、それが国民のアクティビズムを通じて国民国家へと進化していきました。主権国家 たちは、国際社会のなかで、一般的な脅迫・強制力である「国威」の増進・発揚をめざす戦争や外交のゲーム(威のゲーム)を行なうようになり、そこから国家 間の勢力均衡と、国家的発展の持続というグローバルな秩序が創発してきました。これが近代におけるアクティビズムの最初です。

 次に、18世紀の後半から経済的にエンパワーされた市民(ブルジョア)と呼ばれる新しいタイプのアクティビストたちが、プロレタリアート大衆を賃 労働者として雇用して近代的な「産業企業」(単に「企業」ということもあります)を起こしました。産業企業たちは、世界市場のなかで、一般的な取引・搾取 力である「富」の蓄積・誇示をめざす、資本主義的な競争ゲーム(富のゲーム)を行なうようになり、そこから市場での需給の均衡と経済発展というグローバル な秩序が創発してきました。

 そして20世紀の後半からは、さらにその次のタイプの近代社会の住民たち、つまり知的にエンパワーされた智民(ネティズン)と呼ばれる、さらに新 しいタイプのアクティビストたちが、おそらくは今日で言えば「スマートモブズ」と呼ぶことが適切な大衆をそのサポーターとして共働する「情報智業」(単に 「智業」ということもあります)と呼びたくなるような新しい組織を作り始めているように思われます。

 情報智業たちは、「地球智場」のなかで、一般的な説得・誘導力である「智」(いいかえれば、評判や名声)の獲得と発揮をめざす知本主義的な協力 ゲーム(智のゲーム)を行なうようになっていくでしょう。そしてそこからさまざまな知識や情報の需給の均衡とひとびとの持続的な知的成長というグローバル な秩序が創発してくると予想されます。

 しかしそれだけではなく、智民の台頭によって、これまでの国家や国際社会の、あるいは企業や世界市場のあり方もまた、大きく変わっていくことは間 違いありません。

 戦争については、私の古くからの友人であるランド研究所のデービッド・ロンフェルドたちが、「これからは戦争の様相が一変して、"ネットウォー" になる。米軍の編成や戦略戦術もネットウォーを前提にして立て直す必要がある」と力説しています。彼らの論文は多摩大学の山内康英さんが翻訳しましたの で、近いうちに出版されるでしょう。

 戦争がネットウォーへと変わるのと同様に、ビジネスの様相も一変し、いわば"ネットビジネス"と総称できるものになるでしょう。これについてはす でにいろいろな観点からの議論がなされていますが、この連載でもあらためてとりあげる機会があるでしょう。

情報社会の構造と機能

 そこで、この序論では、これから私どもが構築していこうとしている「情報社会学」について、さらにもう一歩踏み込んで考えてみることにしたいと思 います。情報社会学は、「情報社会・学」として、情報社会のいわばトータルな把握を目指す学問だといえます。

 それでは、「トータルな」とはどういうことでしょうか。いろいろな意味が考えられますが、その一つは、社会学の言葉でいうところの"構造主義"と "機能主義"、すなわち情報社会の構造と機能の両面をトータルに捉えていくということです。

 また、経済学でいうところの"ミクロ経済学"と"マクロ経済学"、すなわち個々の主体やエージェントがそれぞれなんらかの意図的なもくろみ、つま り目標を持って行なうローカルな相互行為にみられるミクロ的な秩序--とりわけゲームのルールや戦略などと呼ばれるもの--と、その中から創発してくるマ クロ的というか、グローバルな秩序の両方をトータルに捕まえる必要があるということでもあります。

 さらにまた、時間の流れの中でいうと、ある特定の時点での事物の共時的な分布のあり方と、時間の流れの中での事物の通時的な変化・進化の両方を、 トータルに捕まえる必要もあるでしょう。

 私が『情報社会学序説』の中で強調したのは、共時的な分布の形としては、とくに社会的な事物においては、これまでは「正規分布」がもっとも標準的 な形だとみなされてきたが、最近の研究、とくにネットワーク分析の結果によれば、「ベキ分布」と呼ばれる別の形の分布が広くみられることがわかってきたの で、そのことの含意、とりわけ社会政策的な含意を真剣に考えてみなくてはならないということでした。

 なぜならば、ベキ分布は、非常に不均等な分布で、たとえば富の分布でいえば、ごく一部の人々が圧倒的に多くの富をわがものにしている一方で、大多 数の人びとはごくわずかの富しかもたないという特徴をもっています。いわゆる「80対20の法則」と呼ばれているように、集団の構成メンバーの2割が8割 の貢献を行なったり、報酬をえたりしているという関係がそれですが、同時にこの分布は「スケールフリー」性と呼ばれる性質ももっています。

 その意味は、たとえば、上位の2割なら2割だけを抜き出したとしても、またその中に80対20の関係がみられるというような関係が、集団の構成メ ンバーの全域にわたって存在しているということです。つまり「優れた2割」は「劣った8割」とは質的に違っているというわけではないのです。

 また、通時的な進化のプロセスは、一様な成長(あるいは衰退)でもなければ循環でもなく、むしろ社会的な事物の多くは、S字型の経路に沿ってまず ゆるやかに「出現」し、やがて成長が加速する「突破」局面に入り、オーバーシュートしてバブルになってその訂正が行なわれた後にようやく「成熟」あるいは 「定着」局面に入っていくように思われます。そして、通時的な進化のそれぞれの局面で、共時的な分布の「ベキ指数」は異なる値をとるのではないかと考えら れます。社会的事物の通時的な進化と共時的な分布の間をつなぐこのような関係についても、よりトータルに、そして実証的に捕まえていきたいものです。

グローバルな社会的秩序の創発

 なお、先に述べたように、近代化の過程では、新たに台頭して来る組織や個人が行なうローカルな相互行為の中から、各人の個別的な思惑を超えたグ ローバルな社会的な秩序が、共時的な均衡や通時的な発展という形をとって創発してくることが多いのですが、近代化の先発地域にその種の均衡や発展が創発し たことがいったん認識されれば、後発地域は、それをモデルとして、人為的・政策的に、同じような、あるいはより改善された秩序を、より速やかに「開発」し ていこうとすることも可能でしょう。

 あるいは、創発した均衡や発展は完全なものでは到底ありえないので、先発地域としてもそれで満足してしまうのではなく、そこに残るさまざまな欠点 については人為的・政策的な「規制」を加えることで、それを改善していこうとすることも考えられます。

 このような"開発"と"規制"の試みは、新たな秩序の人為的な"創出"の試みだということができるでしょう。あるいは、すでに創発している秩序の "ガバナンス"の試みだといってもよいでしょう。つまり、なんらかの秩序の創発があると、人々は、それと似た秩序の開発や創発した秩序のガバナンスを、人 為的・政策的に試みるようになるのです。だが、それでもまだ足りないと思われる場合には、質的により抜本的な変化を生み出そうと考えるかもしれません。い わゆる「構造改革」や「社会革命」は、それがどこまで成功するかは別として、そのようなより高度の目標を掲げた秩序の創出の試みだといえそうです。今回の 連載では、こうした問題についても、より具体的な実例を取り上げながら、いろいろ議論していってみたいと思います。

情報社会学の学問的な展開

 最後に、「情報社会学」は、以上にみてきたような「情報社会・学」を意味すると同時に、もう少し違った意味ももちうる可能性、とりわけ「情報・社 会学」として解釈出来る可能性についても、ふれておきたいと思います。

 中世以来の「封建化」を出発点として16世紀以降の西欧で本格化した「近代化」の過程は、先にも述べたように、まず「国家化」によって「出現」局 面に入り、いくつかの「主権国家」と、かれらがプレーヤーとなって「国際社会」を場として行なう「威のゲーム」を生み出しました。その中から、「威のゲー ム」自体を研究対象とする社会科学、すなわち「国際政治学」が誕生しました。

 そして、「産業化」によって近代化が「突破」局面に入ると、多数の産業企業と、かれらがプレーヤーとなって「世界市場」を場として行なう「富の ゲーム」が誕生します。そうなると、「富のゲーム」自体を研究対象とする社会科学が、まずは「政治経済学」として、さらには「(純粋)経済学」として分化 してきました。

 それに対し「社会学」は、これまでのところ固有の分析対象をもたないというか、「政治学」と「経済学」が独立した後の残余を対象とする学問だとみ なされる傾向が--とくに政治学者や経済学者の間では--強かったように思われます(社会学者の同僚諸氏には、失礼な表現をお詫びします)。

 ところが今日、「情報化」によって、近代化はいよいよその「成熟」局面に入りつつあります。そこでは、既存の国家(やその政府)とも企業とも異な る性格の組織が無数に生まれてきています。これらの組織は、これまでは「非政府組織(NGO)」とか「非営利組織(NPO)」、あるいは「市民社会組織 (CSO)」などと呼ばれてきましたが、私にいわせると、それらの組織は、「地球智場」を場として「智のゲーム」を行なうようになる「情報智業」の先駆的 形態に他なりません。そして、「智のゲーム」のルールが確立し、ゲーム自体が広く普及するようになると、「智のゲーム」自体を研究対象とする社会科学の一 部門が独立して来ることは十分考えられます。

 社会科学のこの新・部門のことを、「情報・社会学」あるいは単に「社会学」と呼んでも、それほど不自然ではないように思われますが、いかがでしょ うか。もしもそのような学問的展開がこれからみられるとすれば、この意味での「情報・社会学」が、先にみた「情報社会・学」の中核部分としての地位を占め るようになっても不思議はないでしょう。

 この連載の表題に含めた「情報社会学」という言葉は、そうした二重の意味をもつ言葉としてご理解いただきたいと思います。

〈付記〉私は、グローコムの所長勤務が満十年を越えたこともあり、そろそろ世代交代をはかるべきだと考え、昨年四月からは多摩大学に新設された情報 社会学研究所の所長を務めるようにもなっています。しかしグローコムの新しい所長がまだ決まっていないために、「代表」としてグローコムの運営に引き続き 参画しておりますし、研究への参画とその統括は今後とも行ないます。グローコムの研究や情報発信活動自体は、これまで以上にも活発に行なわれますので、そ の成果は今回の連載にも十分に発揮されることでしょう。

 読者の皆さまの温かいご支援と厳しいご鞭撻をお願い申し上げます。

プロフィール

公文俊平〈くもん・しゅんぺい〉1935年高知県生まれ。68年、米国インディアナ大学経済学部大学院よりPh.D取得(経 済学)。東京大学教授、国際大学教授などを歴任。グローコムの設立に関わり、93年より第2代目所長に就任。今日まで、学のアカデミーとしてのグローコム の活動を牽引してきた。その学際的で独自の文明史論的な切り口をも交えた現代社会へのアプローチは"公文情報社会学"とも呼ばれる。わが国を代表する"知 の巨人"のひとりである。また、昨年4月より多摩大学情報社会学研究所所長。著書に「社会システム論」(日本経済新聞社)、「文明としてのイエ社会」(共 著、中央公論社)、「情報文明論」「情報社会学序説」(いずれもNTT出版)など。