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chikyu_chijo - June 22, 2005

第6回 : 智民論-地域情報化にみられる新しいアクティビズム

June 22, 2005 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

国際大学グローコム教授 丸田 一

 今号も引き続き、丸田一教授(主幹研究員)による「智民論」をお届けする。前号では、真っ先に最新技術を使いこなした先進的な人種「智民」、そし て「智業」について解説した。今回は地方に出現しつつある初期智業として、地域情報化(地域コミュニティ)の先進事例を具体的に紹介しながら、そこで活躍 する新しいタイプの「アクティビスト」たちの姿とその活動の社会的影響力、未来社会における「知識生産工場」「智のゲーム」について考察していただいた。

地方に出現しはじめた智業

 前回(先月号)は、情報社会で活躍するのはどのようなタイプの人なのかを考えた。これは、「情報通信技術(IT)」を道具として使いこなしている 担い手は誰か、という問いでもある。近代社会の中心的プレーヤーである「企業」や「政府」は、新技術を活用すべく盛んに情報化投資を進めている。しかし、 企業や政府と比べて、この新技術をはるかに上手に使いこなす主体が出現している。この新しいプレーヤーを「智業」、その構成メンバーを「智民」と呼ぶこと にした。

 典型的な智民は、米国で「ギーク」「キッズ」などと呼ばれる新しいタイプの技術者であり、日本では新しいタイプの評論家「オタク」がこれに相当す る。また、コミュニケーションそのものを主たる目的とするネットコミュニティのユーザーたちも智民の先駆けといえるだろう。

 一方、智業として上げられるのが、NGOやNPOである。ITとの親和性は決して高くないが、政府でもなく(非政府組織)、企業でもない(非営利 組織)、異なる志向性を持つ社会集団である。また、知識生産の合理化に向けて予想外の方向に経営体が向かいつつある国内シンクタンクにも萌芽がみられる。

 このように前回は、登場しつつある初期智業や初期智民を概観してきた。彼らは、政治的・文化的中心地から遠く離れた辺境から湧き上がるように生ま れている。今回は、その中でも地理的辺境(地方)に出現しつつある初期智業として、地域情報化(地域コミュニティ)の先進事例を取り上げることにした。地 方は相変わらず生活条件やインフラ条件が不利なので、かえって創意工夫が生まれやすく、新技術もより巧みに使われる。ここに初期智業が誕生し、既存の地域 社会とは一線を画した革新的な振る舞いをみせつつある。

地域情報化の潮流

 まず、地域情報化の最新事情を点検したい。

 1つは、「情報過疎地域の反乱」とでもいうべき通信インフラ整備の潮流がみられる点である。わが国では、ここ数年、通信インフラ整備を急激に進め てきた。しかし、整備はもっぱら民間主導で市場原理に則って進められたことから、地方や、大都市圏郊外地域の整備は後回しになった。世帯人口の9割以上が ADSLサービスを享受可能になったといっても、地理的にみれば国土の4割がまだADSLすら利用できない情報過疎地域である。いくら待ってもインフラが 整備されない強い危機感から、自前でインフラを構築する情報過疎地域が現れた。「何かにすがりつきたいという思いを市民が共有していた」という福島県原町 市は、通信インフラの自前構築を決意し、2年後には前例のない26GHz無線を使って通信インフラを完成させ、インターネット接続サービスを開始する。そ ればかりか、通信インフラを市民のものにするため、日本で初めて通信インフラ整備に目的を限定した市民債を発行するに至る。

 2つめは、地方自治体の画一性が崩れてきた点である。電子自治体化の中核をなす情報システム開発は、自治体職員が技術を理解できず、在京大手ベン ダーの言いなりになっている実情がある。これが開発コストを押し上げ、地場ベンダーの育成を阻害し、優秀な技術者の流出を促進し、開発費が東京に還流して 地域経済が疲弊する状況を生み出している。2001年の安値落札騒動を契機に、まず中央政府が、次いで地方自治体がIT調達改革に乗り出した。中央政府は 米国を参考に日本版EA(Enterprise Architecture)を導入した。これまでの例をひけば、ほとんどの地方自治体が中央政府に追随すると考えられたが、実際に日本版EAを導入した地 方自治体はなく、長崎県、岐阜県、高知県などが、前例のないユニークな取り組みを展開している。

 3つめは、建築、農業、医療などの分野で、地域単位の徹底した合理化(ロジスティクス)が進んでいる点である。これら成熟分野の社会システムは随 所に制度疲労がみられる。抜本的な改良が強く求められてきたが、中央主導の取り組みではまったく歯が立たなかった。一方、地域単位に構築された水平的な業 界プラットフォームが、この社会システムの構造改革を成功させている。典型は「鹿児島建築市場」である。住宅建設に携わるすべての施工業者がコストを含む すべての工事関連情報を晒したオープンな業界プラットフォームを構築し、自律分散的なサプライチェーンを実現させた。この結果、鹿児島建築市場は鹿児島県 市場の10%を占めるに至り、住宅建築坪単価を県平均値45万円から31万円へ3割のコストダウンに成功した。

 4つめは、地域を変える「知識生産工場」が各地に誕生している点である。現在、広帯域の通信インフラを手に入れた多くの地域が、そこに流すべきコ ンテンツがなくて困っている。しかし、知識生産工場を持つ地域では溢れるようにコンテンツが生まれるばかりか、生みだされるコンテンツが産業振興、起業、 教育などの地域問題の解決に貢献し始めている。これまで地域問題は、中央政府からの借り物の知識や、横並びの知識を使って解決にあたってきたが、これらの 地域では知識生産工場で作られる自前の知識を使っている。

地域を変える知識生産工場

 この「知識生産工場」について、もう少し詳しく説明したい。以下、3つの典型的な知識生産工場の事例を紹介する。

富山インターネット市民塾(富山県)

 富山インターネット市民塾(以下、市民塾)は、1998年に柵富雄さんが富山でスタートさせた教育学習の需給マッチングプラットフォームである。 一言でいえば「学びのフリーマーケット」である。カルチャーセンターのように、参加する市民がもっぱら受け身で学習するだけでなく、市民塾は、市民自身が 能動的に「いつでも、誰でも、どこからでも」講座を開くことのできる仕組みを持っている。市民塾は、受講者となる市民に対してスクーリングだけでなくネッ ト講座を開き、時間制約のあるサラリーマンなどに学習機会を提供する一方で、講師となる市民に対して受講者募集やWeb教材づくりなど講座開設や講座運営 のためのきめ細かいサポートを行う。

 市民塾の最大の特徴は、誰でも講師になれる点にある。柵さんは、「昨日まで受講者だった人が、今日から講師をやるというときの目の輝きが本当にす ばらしい。この時ほど、市民塾をやっていてよかったと思う瞬間はない」という。参加者に気づき(自分にもできるという能動性)を与えるプラットフォームと いってもよい。

 また、地域住民が講師になって、地域をテーマに、地域の人向けに講座を開くということは、普段意識することのない地域と向き合い、地域をみつめな おす機会を参加者に与える。もう少し広い意味では、地域の中に眠っている知識や情報を発掘し、共有することになる。このように市民塾は、地域における知識 の還流を促す仕組みでもある。

住民ディレクター(熊本県)

 住民ディレクターは、住民自身が自由自在にテレビ番組を制作するという、元民放プロデューサー、岸本晃さんが1996年に発案した手法である。

 ある地域を対象に番組を制作して、いくら制作側が出来映えがよいと思っていても、「あそこはあげんじゃなかもんな」と地域住民は違和感を持つ。そ れならば、自分の表現は、取材ではなく自分で作ってもらうしかない。こうして岸本さんは、カメラを住民にあずけてしまう。それまで番組制作は、企画、取 材、撮影、アナウンス、編集など分化した専門集団によって行われてきた。岸本さんは、ごく普通の住民が一人で番組を制作できるように、その専門分化した番 組制作技術を噛み砕いて簡素化し、そして解放した。

 こうして誕生したのが住民ディレクターである。住民ディレクターの手法は、まず伝えたいものを決めて、自分で撮影と取材を行う。さらに撮ってきた 膨大な映像を自ら編集する。編集は習得の難しい作業であるが、捨てるプロセスを経験すると自分の思いが凝縮されてくる。自分の伝えたい気持ちを表現するた め、編集はできるだけ自分で行うのである。 「テレビは見るもんではなく、出るもの、使うもの」というように、住民ディレクターはテレビ番組制作が目的ではない。番組制作の過程で養われる企画力、取 材力、構成力、広報力、プロデュース力を生かして、地域づくりを推進するための道具である。熊本県の山江村では、住民ディレクターが村長となり、実際に村 政にこの手法が取り込まれている。

鳳雛塾(佐賀県)

 鳳雛塾は、佐賀大学のベンチャー寄付講座から派生して1999年に設立された地域密着の起業家育成スクールである。鳳雛とは鳳の雛、つまり未来の 英雄という意味である。鳳雛塾は飯盛義徳さんが導入した「ケースメソッド」を使う点が特徴である。これは、企業家の意思決定の場面を書き込んだケース教材 をもとに実践的経営を学ぶビジネススクールの伝統的手法である。鳳雛塾では、独自に地元企業を対象にしたケース教材を開発している。インテルのケース教材 は経営を学ぶ上で優れているかもしれないが、受講者との距離があまりに遠い。その点、地元企業がケース教材であれば受講者は身近なものとして感じることが できるし、実際にケースに登場する経営者に直接、講義を受けることもできる。

 ケース教材に秘められた経営知識は、講義や受講者間のディスカッションで引き出され、受講者に内面化されていく。一部の受講者は卒業後、身につい た経営知識をもとに地元佐賀で起業する。そこで見事成功を収めた企業の経験は、新しいケース教材として取り込まれ、再び鳳雛塾で地元の起業家志望者達に伝 授される。このように、地域で起業家が生みだされる裏側には、「知識」が循環し、蓄積されるという仕組みがある。「鳳雛塾は、わが社のシンクタンク的存 在」とい地場企業からいわれるように、鳳雛塾は経営知識を生産するプラットフォームである。

遺伝形としての知識生産工場と「智のゲーム」

 このように、知識生産工場とは、地域に根づいた知識生産を行うプラットフォームであり、教育学習、コンテンツ制作、起業化など、多くの地域が抱え る課題の解決に役立っている。また、先に紹介した建築、農業、医療などの分野でロジスティクスを実現する業界プラットフォームも、制度疲労した社会システ ムの構造改革を進めるものである。

 そして、これらプラットフォームは、「地域づくりの道具」として全国各地に水平に広がりをみせている。"道具"という名前からもわかるように、こ れらプラットフォームはそれが生まれたご当地だけでなく、他の地域でも十分に効果を発揮する。しかし、他地域がこうしたクセのある道具を使いこなすために はご当地の風土や人々を知る必要があり、例外なく盛んな地域間交流を伴って道具の移転は進められている。こうして「地域づくりの道具」は、中央を経由する ことなく、P2PならぬL2L(local to local)に伝播する。

 ここにみられる「知識を自前で作る」→「自分で使う」→「洗練させる」→「他人にも使ってもらう」という一連の活動は、智業の基本的な振る舞いと 考えられる。情報化の進展に伴い、知識の生産・流通・蓄積が一層盛んになるが、そうして発達する知識マーケットの中では、各主体が自らの知識の拡大と普及 を目指す「智のゲーム」が展開されると想定される。その意味で、「地域づくりの道具」化は、「智のゲーム」の全面展開を予感させるものである。

 さらに興味深いのは、これら地域情報化の事例では「知識を自前で作る」ため、その前工程として「知識を生み出すプラットフォーム(知識生産工場) を作る」ことである。

 知識(形式知)は、原体験を共有しない他者に伝えることが可能であり、優れた知識は他者の中で生き続け、結局は他者を自分色に染めてしまう。近代 化の過程で西欧に生まれた数多くの知識が、世界各地に伝播して「西欧化」を進めてきた事実はこのことをよく示している。しかし、地域情報化の事例におい て、他地域へ伝播するのは「知識」というよりまず「知識生産工場」であった。これを生物種の進化システムで類推すると、資源獲得競争は、知識という「遺伝 子」のレベルではなく、知識生産工場という「遺伝形」のレベルで展開されるということができる。実際に、生物種の資源獲得競争では、遺伝形自身が自らの生 き残りの場である個体(表現形)を造りあげ、個体という資源の獲得競争を個体どうしが繰り広げ、生き残った個体が遺伝形の複製の場を獲得すると考えられて いる生物種の進化システムと「智のゲーム」との関係については、以下を参照。丸田一『知の創造の進化システム-原型としてのインターネット空間』東洋 経済 新報社、2001年。なお、「智のゲーム」における資源とは、ある知識を支持し信望する「智民」達であり、個体(表現形)とは地域コミュニティと考え られる。

自前主義というアクティビズム

 最後に触れておきたいのが、地域情報化を進める主体に共通してみられるアクティビズムである。以下に示した三点の特徴があり、私はこれを「自前主 義」と呼んでいる。

  • 自前で目標を設定し、
  • 自前で道具を開発し、
  • 仲間と協調して実現する。

 「自前で目標を設定」するのは当たり前であって、特筆すべき性格でないように思える。しかし従来は、マッチョな首長でもいない限り、地域社会が独 自に目 標を掲げることはできなかった。そもそも目標設定という自己決定には、「再想像」(recollective imagination)という作業が隠れている仲正昌樹『「不自由」論』ちくま新書、2003年、第四章。自分は自立しているつもりでいても、 共同体や歴史から自由になるのは難しく、その点で自分が置かれ た状況を明らかにしない限り自己決定はできないはずである。しかし、従来の企業家は、効率性を追求するなかで、再想像を無駄な作業と見なしてきた。そもそ も再想像は、自分自身を発見する愉しみを与えてくれる作業である。自分を取り巻く共同体や過去に思いを馳せて、いま・ここの自分を規定するのは、主体に とって目標実現の達成感以上に充実した時間である。

 もう1つの特徴が、「-自前で道具を開発」する点である。先進事例では共通して、創意工夫しながら自前で道具を開発している。これが予期しない新 しい用途を発見させ、また、道具に対する愛着・好み・こだわりを生み、道具を使うこと自体が愉しみになる。さらに、優れた効用を発揮する道具は、地域づく りの道具として広く普及していくことになる。

 そして、目標達成は「-仲間と協調して実現」する。企業家の場合、独力で目標実現するのが基本であり、協力者がいたとしても彼らを契約等でコント ロールすることが求められる。しかし、先進事例では協力者として仲間をコントロールしない、上下関係を作りたがらない。また、協調のあり方も、責任やリス クをある程度共有することも含んでおり、確立された個が前提になっているわけではない。

 このように、先進的な地域情報化の主体には、自前主義という共通したアクティビズムが備わっていた。自前主義とは、なるべく肩の力を抜いて、自分 でできることは自分で行い、他人と協調すべきは他人と協調しながら、一貫して愉しみを追及する能動的態度である。ここに見られるアクティビズムは、従来の 中心的プレーヤーである企業や国家のアクティビズムとは、そして出現期の企業や国家のそれとも明らかに異なっている。新しいアクティビズムを持った彼ら初 期智業たちが、自らの知識の拡大・普及を目指しながら智民を獲得するという「智のゲーム」を全面展開する日も、そう遠くないのかもしれない。

プロフィール

丸田一〈まるた・はじめ〉国際大学GLOCOM教授、主幹研究員、副所長。1960年さいたま市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。三和総 合研究所(現UFJ総合研究所)主席研究員などを経て、2002年より現職。関心領域は、情報社会学、地域情報化研究、情報文明論。地域情報化活動の支援 団体であるCANフォーラムの運営委員長も務める。おもな著書は『地域情報化の最前線-自前主義のすすめ』(岩波書店)、『知の創造の進化システム-原型 としてのインターネット空間』(東洋経済新報社)、『再考!都市再生』(共著、風土社)、『2005年日本浮上』(共著、NTT出版)など多数。