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2005 - June 13, 2005

日本のコンテンツ政策

June 13, 2005 [ 2005 ] このエントリーをはてなブックマークに追加

  • 福冨忠和
  • GLOCOM主幹研究員

国家戦略としてのコンテンツ

 小泉首相は第162国会の施政方針演説の後段において(2005年1月20日)、「本年は『世界最先端のIT国家』実現の目標年」であることに触れた後、以下のように語っている。

「日本のアニメは世界各地の子供たちに夢を与えています。映画・アニメなどのコンテンツを活用した事業を振興し、ファッションや食の分野で魅力ある日本ブランドの発信を強化するなど、文化・芸術をいかした豊かな国づくりを進めてまいります。

『知的財産立国の実現』を目指し、深刻化している海外での模造品・海賊版対策について、対策を強化します。」

 首相施政方針演説は政策について網羅的に言及する慣例だから、このくだりは2004年4月発表された「コンテンツビジネス振興政策―ソフトパワー時代の国家戦略」(知的財産戦略本部コンテンツ専門調査会報告書)、同年5月成立した「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(コンテンツ促進法)」、および関連する政策動向を受けたものと言える。しかし、演説中のコンテンツに関連する箇所は上記が全てで、2007年までの時限策とはいえ、「『コンテンツビジネス振興』を国家戦略の柱に」というスローガンを掲げた「振興政策」と、基本法的な性格を持つコンテンツ促進法を成立させた政権としては、かなりトーンダウンした印象もある。

 実際、首相は2003年1月の第156回国会の施政方針演説では、映画『千と千尋の神隠し』について「芸術性が世界で高く評価され、ベルリン国際映画祭の最優秀作品賞や、ニュー・ヨーク映画批評家協会のアニメ部門最優秀作品賞を受賞しています」と触れ、こうした動向を日本の「潜在力」の発現であると位置づけ、国が後押ししていく意向を表明した。これを受ける形で、前年成立の知的財産基本法中に定められた知的財産戦略本部が同年3月に発足している。次の宮崎作品『ハウルの動く城』も続けて高い国際評価を得たことで良しとしたわけではないだろう。

 また、引用部中段の「ファッションや食の分野で魅力ある日本ブランドの発信を強化するなど、文化・芸術をいかした豊かな国づくりを進めてまいります」というくだりが、2004年11月にコンテンツ専門調査会に新たにもうけられた「日本ブランド・ワーキンググループ」の活動を示している。「コンテンツビジネス振興政策」は、その対象をエンターテインメントと教育関連のコンテンツに絞った上、政策の対象をビジネスに限定し、「文化」の視点を迂回したことで、この種の政策が陥りがちな文化本質主義―たとえば日本のアニメ作品は伝統的絵画文化を継承するものだ、といった考え方―からの自由度を保つことができ、またそれ故、課題も残るものとなっている。しかし、日本ブランド・ワーキンググループの議論は、コンテンツ政策の対象領域に、ファッション(経済産業省管轄)、食(農林水産省管轄)、伝統文化(文化庁管轄)をさらに加えるもので、かつてのマルチメディア政策で見られたような、「コンテンツ」概念の(利権誘導的な)定義の拡張と、地方への予算配分とを企図した「公共事業」化への萌芽を読み取れなくはない。

 森政権までにマルチメディア、IT政策の部分として導入されたコンテンツ施策では、コンテンツ(作品)表現としての評価を回避しがちなため、関連予算がコンテンツそのものよりコンテンツ周辺の技術・環境整備に流用される傾向があった。また同時期の地方活性化政策の影響から、伝統的、地方特産的なコンテンツが作品の質とは別に評価される傾向もあり、多大な予算が、「コンテンツ」以外に蕩尽され、その質的向上やビジネス環境作りに寄与したと言い難い印象がある。小泉政権ではじめて、コンテンツそのものに政策がフォーカスされ、国家戦略化されたとも言えるが、政策の拡散や揺り戻しが009 懸念される。また、官邸主導にもかかわらず、メディア報道も意外に少なく、国民の関心もさほど高くない印象である。産業界の関心もIT政策の利用局面での振興策という見方が多く、この視点には、政府スタンスも多分に影響していると思われる。

表1: 日本のコンテンツ政策

2000年IT基本法成立
2001年文化芸術振興基本法成立
2002年2月小泉総理 施政方針演説(知的財産権の国際戦略化、急務性に言及)
3月知的財産戦略会議 発足
7月知的財産戦略大綱 決定(アニメ、ゲームの国際的評価に言及)
11月知的財産基本法 成立
2003年1月小泉総理施政方針演説(『千と千尋の神隠し』に言及)
3月知的財産戦略本部 発足
7月知的財産推進計画 決定
コンテンツ専門調査会 発足
8月(e-Japan 重点計画-2003)
12月自由民主党「コンテンツ事業振興法案」公開(コンテンツ産業振興 議員連盟)
2004年2月(e-Japan戦略II加速化パッケージ)
4月コンテンツビジネス振興政策
5月知的財産推進計画改訂
経済財政諮問会議「u-Japan構想」「新産業創造戦略」がコンテンツ に言及
コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律案(コンテン ツ促進法)成立
11月日本ブランド・ワーキンググループ
2005年1月施政方針演説(「日本ブランドの発信」に言及)

コンテンツ(content)という概念

 コンテンツ(英文では一般にsを付けずcontent)という言葉は、内容、中味、容積などを意味する一般的な単語だが、1990年代前半、米国のメディア・通信業界でデジタルコンバージェンス(digital convergence: デジタルによる収斂)の動向が語られる論評などで集中的に使用され、日本でも定着するにいたった。しかし2005年現在、米国のみならず欧州をふくめ、海外でこの言葉が同じ文脈に使われることはあまりない。「コンテンツ産業」「コンテンツ政策」というカテゴリーは、日本の政策を参照していると思われる韓国や台湾の行政分野で聞くにとどまっている。たとえば、韓国、台湾の政府関連組織名は韓国文化コンテンツ振興院(KOCCA:Korea Culture and Contents Agency)、台湾デジタルコンテンツ産業プロモーションオフィス(Taiwan Digital Content Industry Promotion Office)となっている。

 1980年代までの、日本の産業・政策上の概念としては、ソフト/ハードの区別が一般的だった。コンピュータ分野の区分から波及し、新しいメディア関連技術を中心に映像ソフト、ゲームソフト、ビデオソフトなど、ソフトの概念が「中味、内容」を指すために用いられてきた。ソフトの概念がコンテンツと言い換えられるようになったのは、パーソナルコンピュータの技術が高度化し、マルチメディア利用が可能となったことで、従来のコンピュータプログラムとしてのソフトと、その環境下で再生・利用される素材・中味を区別する必要がユーザーの感触として広まったからだろう。またNTTによるVI&P(ヴィジュアル・インテリジェンス・アンド・パーソナル)構想(1990年)や、前後する旧郵政省のマルチメディア関連政策により、同じ映像、音声などの素材、ソースを多メディア間で再利用、マルチユースしていく可能性が示されたことも大きい。1994年には郵政省(当時)通信政策局政策課が「21世紀に向けた通信・放送の融合に関する懇談会」を開催し、将来的なワンソース・マルチユースの可能性が大いに喧伝されることにもなった。さらに同時期、国内で商用インターネットサービスが普及、アプリケーションサービスとコンテンツが分けて捉えられるようになった。これらの結果、技術、インフラ、サービスを条件にしたマルチメディアという包括的な概念ではなく、新旧メディアのものを含むコンテンツの概念が産業~政策領域で定着することになった。

 また、コンテンツが「国家戦略の柱」とまでうたわれる背景には、政策の領域・区分としても利用・操作しやすい概念だということも指摘しておくべきだろう。

 1980年代までの高度情報化、ニューメディアなど一連の政策では、主に通信・放送(インフラ)を管轄する旧郵政省と家電・コンピュータ産業を管轄する旧通商産業省が、類似した政策を独自に進め、「二重行政」となっているという批判を度々浴びてきた。地域情報化政策では、さらに旧建設省、農林水産省、旧自治省もプレイヤーとなって、「多重行政」が展開されてきたが、類似施策の見直しが勧告されても(1997年、旧総務庁など)さほど改まらなかった。コンテンツの領域は、もともと管轄官庁を持たない分野で、施策に関連づければ、独自に際限なく展開、多重化していく可能性がある。

 この管轄官庁の無いコンテンツを、内閣府で横断的に串刺しにして、戦略的にコントロールしようとする政策が、2003年のコンテンツ政策であるということはできる。逆に、コンテンツ領域のみを串刺しにするので、旧来の各省庁の管掌部分には触れず、国家戦略として省庁権益から分離しやすいとも言えるだろう。

 また本来、コンテンツ発信の重要なプレイヤーとなるべきテレビなど放送産業が、これらコンテンツ政策上に明確に位置づけられないことについても、政策のバイアスとして注意を要する。もともと総務省管轄の放送行政には他省庁が関与できないため、新しいメディアに関連して政策上の「コンテンツ」領域を、各省庁独自に拡大してきたのが1990年代以降の(広義の)コンテンツ政策だった。

 2003年のコンテンツビジネス振興政策においても、「業界の近代化・合理化の支援」(目標1 改革1)では、契約慣行の改善と透明化、独占禁止法や下請法の厳正適用をうたう。これは放送制作会社やアニメ産業を保護し、放送局を規制する方針を示していると言っていい。放送産業よりの内容としては、唯一、ハイビジョン仕様の海外標準化のための技術支援策が盛り込まれている(目標1 改革5)。政策立案に並行して、公正取引委員会による放送番組やアニメ制作の下請け業者への調査が行われた経緯があり、振興政策が放送局への圧力として機能しようとしていることがわかる。加えて、政策外でも、コンテンツとインフラ・配信の分離(アンバンドル)が放送業界に適用されるべきという「放送規制」的論説が、政治に近い場所からしばしば登場する。

 戦前・戦中期の統制策の記憶や、言論・表現・報道にかかわる憲法規定からいわば聖域化され発展してきた日本のマスメディアの現状があり、それらを少なからず愉快と感じていない立場がある。2004~05年に総務省によって行われた全国放送事業者への株式保有における「マスメディア集中排除原則」違反の勧告や、NHK番組への政治介入に関する論議など、最近の動向は、こうした意向が顕在化したものと見えなくはない。

 このコンテンツの(放送、電波インフラからの)アンバンドルという主張もまた、クリエイター・制作者の利益と地位の向上や、メディアの集中で起こる言論の多様性の排除を規制するといった、一見ユニバーサルな思想に見えながら、どこまでも「政治」の思惑の見え隠れするスタンスとなっていることに注意を要するだろう。

 世界的なコンテンツ産業、メディア産業の現状を見れば、映画、放送、出版、通信に及ぶあらゆる分野のコンテンツ、サービス、インフラを集約し巨大化した欧米の数社のメディアコングロマリットが、世界市場を丸ごと席巻する勢いとなっている。たとえば2001年の日本の地上波テレビの市場は民放全体で約2兆3,000億円、NHK約7,000億円、併せて3兆円。これは同年の利益として362億ドルを計上する世界最大のメディアコングロマリット、AOLタイムワーナーグループ1社分に及ばない(第2位のウォルトディズニーグループは254億ドル)。

 現状では日本のメディアの国際競争力の低さを懸念すべきであり、政治的な放送業界の弱体化よりもむしろ、メディア集中排除規制の見直しによる一層の資本集中・産業強化を進める必要があることは言うまでもない。このような政治的・省庁権益的な操作概念としてコンテンツ政策が立案された結果、幾分矮小化された政策が生まれた。その結果が、一般的関心の薄さとなって表れているのかも知れない。

コンテンツ国際収支と戦略

 それにしても、2002年の施政方針演説が知的財産権の国際戦略化と急務性に言及したことで始まった知的財産戦略があり、その核として「国家戦略の柱」とされたコンテンツ政策であるから、背景にある、コンテンツおよびメディア産業の世界市場における日本のポジションの危うさについては確認しておくべきだろう。

 世界のコンテンツ産業の規模は2002年時点で1.04兆ドル(124兆円)であり、2006年には1.4兆ドルになることが見込まれる高成長分野となっている。産業成長率で見ると、2002年に4%程度だったものが、2004年(予測)で6%、2006年には6.5%程度と、GDP(国内総生産)実質成長率よりも高い推移となっており、特にアジア太平洋地域は7.1%とさらに高い成長が見込まれている。

 地域ごとの市場規模を金額ベースで比較すれば、2002年の世界総額124兆円中、北米地域が44%の54.5兆円を占め、うち米国が51.7兆円を占める。ヨーロッパ・中東地域がこれにつづき41兆円、アジア太平洋地域が24.7兆円(20%)、その他が3.7兆円となっている。またアジア太平洋地域中、日本の市場規模は14.7兆円と、中国2.1兆円、韓国の1.5兆円に大きく水をあけている。

 しかし、先の成長率に戻れば、1位の北米地域が2002年時点で5.5%、米国だけで5%の成長を達成しており、アジア圏では中国が13.1%、韓国が6.5%であるのに対して、日本は2.3%程度と低く、米国およびアジアから追い上げられる形となっている。

 世界的な評価が高まっている、と言われつづけている日本コンテンツのこの状況は、主に不況による国内市場規模の縮小によるところが大きいという説もある(以下参照)。

○ゲーム産業1997年から連続して縮小~5,014億円(2002年)、1997年は7,582億円
○音楽産業CDは1997年から減少~3,996億円(2003年)1998年6,074億9,000万円
○出版産業長期にわたって減少~2兆2,278億円(2003年)~マンガについても雑誌は減少傾向
○映画産業国内興行収入は上がっているが洋画中心~2,032億5,900万円(2003年) ~うち1,361億3,400万円は洋画

 このデータながら、他の産業に比べ市場動向として比較的良い方であることや、音楽ソフト(CD)の減少傾向は世界的な傾向であることも特筆できるだろう。しかし、コンテンツ産業の海外での売り上げに目を転じると、愕然とせざるを得ない。日本コンテンツの国際収支は表2のようになっている。

表2:日本コンテンツの国際収支(2001年1月 経済産業省)

ゲームソフト輸出2,532億円輸入30億円
出版輸出176億円輸入558億円
映画輸出108億円輸入910億円
放送番組輸出53億円輸入248億円
音楽ソフト輸出29億円輸入251億円
輸出2,898億円輸入1,997億円

※映画、放送番組の大半はアニメ作品

 この数字を見ると、ゲーム、アニメ、関連キャラクター商品による『ポケットモンスター』の欧米での成功や、宮崎駿、押井守などによる劇場用アニメ作品への国際的な高い評価は極めて突出した出来事で、米国人ジャーナリスト、ダグラス・マグレイ(マッグレー)が2002年、外交専門誌『フォーリンポリシー』に発表し、ダボス会議で「日本のクール度」を話題にするきっかけとなった「Japan's Gross National Cool」という論文などについては、産業的な裏付けに乏しかったことがわかる。先のコンテンツビジネス振興政策でも、マグレイがジョセフ・ナイの「ソフトパワー論」に依拠して語った日本コンテンツの「クールさ」が、政策上の重要な要素となっている。

 もちろん、これらは米国コンテンツの世界市場での拡大と、アジア、特に中国経済の急成長に、日本国内の不況が重なった相対的な事態なのであって、日本コンテンツの「一人負け」と見るべきではないだろう。たとえば、日本アニメを中心とする放送番組の輸出規模は、1980年からの20年間で、4,600時間から42,600時間(2001年)と10倍近く伸びており、その半数が1980~90年代に衛星放送を普及させたアジア圏であることから、金額ベースでは反映されないが、コンテンツとして大きな影響力を持っていると推測できるからだ。また欧州でも、ドイツのテレビのように日本製アニメ番組を週53本放送している国もある(日本国内では87本。このほか、ベルギー47本、イタリア40本、英国22本、ポルトガル21本など)。こうした10年以上に及ぶ日本製アニメ輸出の結果、インドネシアなどの地域では、すでに日本アニメ風の画風で描く現地のマンガ家も誕生し、活躍しているという。

コンテンツ産業振興策の急務性 

 繰り返せば、日本コンテンツの金額ベースでの大幅な輸入超は、もっぱら欧米、特に米国製コンテンツの世界的な市場拡大の部分として捉えるべきで、「世界戦略と急務性」もまた、主に対欧米戦略の視点から立案されるべきだった。

 もちろん、この分野での対米戦略という視点は、1990年代初頭から主張されてきたことだった。しかし、1980年代までの日本の好況と、NTTをはじめとする通信サービスの展開および政策面での先進性、そして、その後の日本でのバブル崩壊と、対照的なシリコンバレーのIT産業の発展など、めまぐるしい状況の変化に目を奪われた結果、クリントン政権におけるNII(米国情報基盤整備)、情報スーパーハイウェイなど、米国の通信×コンピュータ産業政策の動向にのみ焦点が集まり、それがe-JapanなどのIT政策を用意したことは間違いがない。

 現在の日本の一連のコンテンツ政策は、IT政策と切り離されたコンテンツ産業の中長期の発展の基礎となるような、法制度的な環境作りとして、一定の評価を当てるべきだろう。しかし、米国を中心とする巨大メディアコングロマリットの世界市場支配に対抗するという「急務性」からは、有効とは言えない。放送、通信、ゲームなど、一定の資本規模を持つ関連産業が、メディア市場全体の中で、より大規模な集中を推進することが、実効性を持ってくるだろう。

 (マスメディアの)集中排除の思想は一般に言論・思想の多様性を確保する、というユニバーサルな視点から導き出されることが多いが、逆に、1980年代以降、米国および世界市場でのメディア寡占が進行した結果、各地域での文化的多様性が奪われたわけでないことは、実感として理解できる。

 これはメディアコンテンツ各産業の状況でも同様である。

 中野晴行『マンガ産業論』(筑摩書房、2004)によれば、少年マンガからビジネス、アダルト、ギャンブルなど極めて多様なコンテンツが存在するマンガ産業だが、2002年に日本国内で発行された281タイトルのマンガ雑誌中、21誌の少年マンガ誌(4億8,063万部)と54誌の青年マンガ誌(4億7,118万部)によって、全体の76.1%が占められている。マンガ文化の多様性は、これに少女マンガ43誌8.8%、レディースコミック59誌6.7%をあわせて9割を越える、数社の大手出版社が発行する4分野の雑誌の寡占状態と相補的に成立していることを指摘する。

 また吉村毅は、国内のスクリーン数の増加もあって、封切り本数と総興行収益を微増させている邦画作品が、実際には、10億円以上の国内興行収益を達成したハリウッドを中心とする洋画作品の増加と並行した事態であることを指摘する。10億円以上の興行収益のあった洋画作品は2000年に31本、2001年に28本、2003年に32本あり、2003年のこれら作品の興行収益の合計は1,142.1億円。これは同年の日本の総興行収益(2,032億5,900万円)の半分を占める。また映画の邦洋の構成比としても、洋画67に対して、邦画33の比率となっている。

 公文俊平はこうしたいわば「ベキ法則」的な寡占分布は、多様性と選択の自由が確保された情報自由下にむしろ典型的な事態であるとし、これらが生み出す不均等効果を除去・軽減するのではなく、積極的に容認・利用すべきこと、また、特にコンテンツを含む智のゲームにおいては、智の配分が高いベキ分布を示しても、いっさい規制すべきではないことを、情報社会の運営原則として提唱している。

 現在求められるのは、政策的な集中排除や規制ではなく、むしろコンテンツ、メディア分野への国内資本の集中であるように思われる。

 特に、立ち上がりつつあるブロードバンド配信市場の可能性を睨んで、この領域、この時点での判断と戦略が、国際市場における中長期の命運を決してくる可能性が大きい。

[参考文献等]

●『デジタルコンテンツ白書2004』財団法人デジタルコンテンツ協会、2004年
●菅谷実ほか編著『通信と放送の融合』日本評論社、1997年
●田畑暁生『映像と社会:表現・地域・監視』北樹出版、2003年
●浜野保樹『表現のビジネス』東京大学出版会
●岸本周平「日本のソフトパワーと国家戦略」(2004年9月IECP研究会での講演)
●菊地元「コンテンツビジネスの飛躍的拡大に向けた政府の取組」(2004年12月 IECP研究会での講演)
●ダグラス・マッグレー「世界を闊歩する日本のカッコよさ」(抄訳)『中央公論』 2003年5月号
●ジョーゼフ・S・ナイ『ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力』日本経済新聞社、2004年
●久保雅一企画、畠山けんじ著『踊るコンテンツビジネスの未来』小学館、2005年
●『JAPAMANIA 日本漫画が世界ですごい!』たちばな出版、1998年
●菅谷実・中村清『映像コンテンツ産業論』丸善、2002年
●菅谷実『アメリカのメディア産業政策:通信と放送の融合』中央経済社、1997年
●メディア産業のビッグ10については、 <http://www.thenation.com/special/bigten.html> 参照
●ロジャー・カラカー著『アメリカ情報革命の真実』曜曜社出版、1995年
●岩渕功一編『越える文化、交錯する境界:トランス・アジアを翔るメディア文化』 山川出版社、2004年
●草薙聡志『アメリカで日本のアニメはどう見られてきたか』徳間書店、2003年
●中野晴行『マンガ産業論』筑摩書房、2004年
●吉村毅、2005年1月GLOCOM「ビジネス講座」での講演
●公文俊平『情報社会学序説:ラストモダンの時代を生きる』NTT出版、2004年