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第7回 : インフラ整備論 通信インフラ整備の行き詰まりをどう打ち破るか

July 1, 2005 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

国際大学グローコム講師・主任研究員 石橋 啓一郎

 国際大学グローコム-情報社会学シリーズ"地球智場の時代へ"も第7回を迎える。

 公文俊平代表による「情報社会論・序論」に始まり、「監視社会論-再考」(青柳武彦教授)、「智民論」(丸田一教授)と、いずれも興味深い内容を 紹介してきたが、今回は石橋啓一郎講師による「情報通信インフラ整備論」をお届けする。政府が推進するe-Japan戦略は非常にうまく進捗し、多くの国 民が世界的に高レベルの通信環境を手に入れることができるようになった。しかし一方、不採算地域といわれる地方自治体は、通信インフラの整備から取り残さ れたり、自前での整備を余儀なくされている。このような現状を打破するために、どんな方法が考えられるのかなどについて、石橋氏に考察していただいた。

ステージの変化に直面する日本の通信インフラ整備

 日本の通信インフラ整備はいま、岐路に立たされています。日本の通信インフラの整備が高い水準まで進んできている一方、不採算地域での通信インフ ラ整備をどのように考えるかは、まだ明確に決まっていない状況にあります。本稿では、日本の直面する情報通信インフラ整備のステージの変化について説明 し、不採算地域の通信インフラ整備の問題に対して、採りうる選択について考えていきます。

e-Japan戦略の成功と進まない不採算地域の通信インフラ整備

 e-Japan戦略は非常にうまく働き、現状では日本国民の多くは、その意思さえあれば世界的にみても高いレベルの通信環境を手に入れることが出 来る環境にあります。日本のADSLによるインターネット接続サービスは、価格面でも速度の面でも国際的に見て高いレベルにありますし、FTTHによる サービスも世界に類がないほど進んでおり、これまでのところ、日本の通信インフラの整備は成功していると言えるでしょう。

 しかし、劇的な成長の時期は終わりつつあります。たとえば、ADSLのサービス提供エリアの広がりは止まりつつありますが、その理由は「日本のイ ンターネット環境整備は民間事業者の競争によって進める」という基本方針を採ったことにあります。この基本方針は採算の取れる地域では有効に働いてきまし たが、逆に不採算地域ではほとんど整備が起こらないという問題を抱えています。

 幸い日本は国土面積が狭く人口が都市に集中しているため、競争政策による通信インフラ整備は手始めとして合理的な選択であり、現在では世帯人口の 95%以上がブロードバンド接続サービスを享受可能になっています。その一方、約4割の地方自治体ではADSLが提供されていない状況であり、ブロードバ ンド接続サービスを享受できない地方自治体数は決して少なくありません。この状況は、図のように表せます。この図は縦軸にアクセス網の理論上の最高通信速 度をとり、横軸には人口規模順に市区町村をとっています。現状では都市部では高品質のサービスが提供される一方、不採算地域ではサービスが提供されない階 段状の形を取っており、稀に不採算地域でも独自の試みによって整備を行っている地方自治体があるという状況です。

 総務省は「全国均衡のあるブロードバンド基盤の整備に関する研究会」の中間報告として、今年の2月に「ブロードバンド・ゼロ地域 脱出計画」という文書を発表しています。これは主な読者に各地方自治体の情報政策担当者を想定したもので、この中で「デジタル・ディバイドの解消は、民間 事業者の競争のみによって実現することは困難であり、他方、ブロードバンドについて、全国あまねく提供されることを義務付けられるユニバーサル・サービス として位置づけられていない現状においては、民間主導の原則の下、国・地方公共団体・事業者の連携による取り組みが極めて重要と考えられる」との認識が示 されています。さらに、同研究会の最終報告書(案)「次世代ブロードバンド構想2010」(注:本年5月30日に公表。原稿執筆時点では、同報告書は案と してパブリック・コメントに付されている)では、2010年までに世帯人口比率100%に対しブロードバンド接続を提供するという目標が示されました。同 報告書では、情報過疎地域の現状や通信インフラ整備が遅れている要因を詳細に示しましたが、実現方法については基本的な方向性を示すに止まり、まだ具体的 な制度や手段についての詳細は十分に議論されていないのが現状です。

自前での地域通信インフラ整備の可能性と効用

 確かに、「ブロードバンド・ゼロ地域脱出計画」にあるように地方自治体などが中心になり、住民や事業者らと協力しながら地域が自ら通信インフラ整 備を行うことは、現在の通信政策を今後も維持していくことを前提とする限り、もっともよい選択肢と言えるかもしれません。これは決して非現実的な方法では ありませんし、さまざまな副次的な効果も生まれます。なにより、通信インフラは道路や鉄道など他のインフラに比べて構築費用が安いということが重要です。 新幹線は一編成100億円以上ですし、首都高速王子線7.1kmの整備費用は4000億円を超えます。静岡空港の整備費用は2000億円以上です。それに 対し、地勢条件にもよりますが、たとえばひとつの地方自治体をカバーするCATV事業やFTTH事業を新たに立ち上げるとすれば、その費用は10億円程度 までというのが標準的です。無線やADSLなどの利用により、整備費用はこれよりも大きく下がる可能性もあります。この程度の額であれば、長期的に見れば 地域内で負担していくことは決して不可能ではない水準です。

 そのような例の一つとして、福島県原町市の事例を挙げてみましょう。原町市は、「あっと!はらまち」という通信事業を自ら営んでいます。設備は 26GHz帯のFWAを用いた無線アクセス設備などを自ら設置し、アクセス網を構築する一方、NTT東日本と協調しながらその設備を運用し、住民にイン ターネット接続サービスを提供しています。原町市とNTT東日本の協調関係にも特徴がありますが、より重要なのはこの費用が市民債によって賄われているこ とでしょう。原町市はこのインフラの構築にあたり、必要な費用を賄うために1億円の市民債を発行しましたが、これに対し約二倍の応募があったということで す。これはこのサービスに住民の関心が集まっていることを示すものです。もちろん、そのようなインフラは住民に必要とされているわけで、活用もされるで しょう。

 住民を巻き込んで自前の通信インフラを整備することは、いくつもの効果を生みます。まず第1に、住民がそのインフラの存在を意識するということで す。地域内でさまざまな活動をしていく上で、その通信インフラのことが意識に上る機会は多くなり、それを活用しようとする機会も増えるでしょう。情報技術 を活用した地域活性化の機運も高まります。また、地域内に通信インフラに関心を持つ人材が増える効果も重要です。通信事業者の競争が激しく、常に新しい サービスが生まれてくる都市部と違って、不採算地域が自前で構築した通信インフラを更新していくためには、どうしてもその地域内に通信技術に関心を持つ人 たちの存在が必要で、かつそれらの人材が意見を発信する機会が必要になります。住民を巻き込んで地域通信インフラを自前で構築することで、そのような人材 が育てられ、継続的な通信インフラの充実にもつながっていきます。地域通信インフラの自前整備は、このような、地域で活躍するアクティビスト、本シリーズ 第6回で丸田氏が提唱した「智民」を育てる格好のフィールドとなるのです。情報社会の到来に向けて、地域の中に智民を増やしていくことは大変重要な意味を 持っています。

取り残される地域をどう考えるか

 これまで述べたとおり、大手事業者の進出が期待できない以上、地域が自ら通信インフラを作ってしまうというのは有効な選択肢の1つだと言っていい でしょう。

 しかし、この議論には大きな問題があります。すべての地域が自前で通信インフラを整備することはできないということです。自前で整備を進めるため には、そのプロジェクトを推進していくだけの資源が地域内にあり、積極的に問題に取り組んでいくアクティビストの存在が不可欠です。しかし、このような条 件は、すべての地域で満たせるわけではありません。むしろ、現状では満たせない地域のほうが多いと考えられます。したがって、この方針をとった場合、事業 者間の競争によっても、自前整備によっても通信インフラが整備できない地域が多く取り残されることになるでしょう。このような未来を許容するのか、それと もそうならないような手を打っていくのか。日本の状況はその判断が必要な段階に来ています。

 競争促進とNTTの持つアクセスラインや局舎などの既存資源の活用による主要地域の通信インフラ整備が第1ステージだとすれば、それだけでは整備 できない地域をどのように埋めていくかが、日本の通信インフラ整備の第2ステージだと言えます。第2ステージをどのような方針で乗り切っていくのかという 議論は、前掲の全国均衡のあるブロードバンド基盤の整備に関する研究会などいくつかの場で始まったばかりで、まだ十分に深められていないのが現状です。ア メリカでは地域の通信インフラの整備を巡って、地方自治体主導で自前インフラ整備をしようという動きと、その動きによって機会損失が起きるのを恐れる通信 事業者の間で対立が起こっています。そのような対立も望ましくありません。むしろ公と民が互いに不足を補い合って問題解決に向かっていく、日本独自のモデ ルを作っていくべきです。 第2ステージを乗り切るには、いくつかの方法があり得るでしょう。本稿ではいくつかの考えられる方法を例示し、それぞれの方法について利点と問題点を簡単 に論じてみたいと思います。

ブロードバンドはユニバーサル・サービスたるべきか?

 第1の方法は、このままいまの方針で進めていくということです。前述のとおり、e-Japan戦略は総体としては非常によい効果を挙げています。 そもそも、社会インフラの中で、全国にあまねく提供されているものは多くありません。下水道は整備率100%には程遠いですし、鉄道も国鉄民営化後多くの 路線が廃線になっています。映画館や美術館のような文化施設も、都市部に集中しています。その中で通信が全国あまねく提供されなくてはならないとされるの は、電話のイメージを引き継いでいるからです。インフラの中で、電話のように全国あまねく提供されているものはむしろ少ないということを考えると、必ずし もすべての地域にサービスを提供する必要はない、という考え方もあり得ます。そもそも日本の場合は電話が全国で利用可能であり、速度は劣るものの、イン ターネットの利用は日本のどこからでも可能な状態にまでは達しています。「どうしてもよい通信環境が欲しければ、都会に出てくればよい」と言い切ってしま うということも、選択肢としては十分に考えられます。

 第2の方法は、ブロードバンド接続をユニバーサル・サービスであると定義し、その提供義務を事業者に負わせるというものです。最初に思い浮かぶ選 択肢は、NTTにその役割を担ってもらうということでしょう。NTTは株式会社とは言え公社時代からの資源を所有しており、事業者の中ではもっともユニ バーサル・サービスの提供に近い存在です。ただし、いまや一民間企業であるNTTにそれだけの負担を負わせるためには、なんらかの見返りが必要となりま す。それは公的補助やユニバーサル・サービス基金制度による資本の再配分の仕組みの形を取ることになるでしょう。この方法を取るためには、NTTにこのよ うな役割を負わせるという国家的な合意が必要です。また、この方法は1985年の通信民営化以来ずっと続いてきた、競争を基本とし、NTTを一民間企業と して競争に参加させるという流れに逆行するという問題もあります。さらに、一度NTTにこのような役割を負わせてしまえば、現在の不採算地域ではNTTが ロックインされ、その地域では以後状況が変わっても永久に競争が起きることはなくなってしまう可能性が高いでしょう。

 また、技術革新が早く性能の向上が著しい上に、品質についても一定の基準があるわけではないため、「ユニバーサル・サービス」の定義自体が難しい という問題もあります。

競争と公的関与の並立

 第3の方法は、デジタル・ディバイド解消の義務を地方自治体に明示的に負わせ、めざすべき通信サービスの品質や解消の手法は地方自治体に任せると いうものです。この場合、前述のようにアクティビストのいる地方自治体は整備をすすめることが出来るでしょうが、そうでない地方自治体も生じてきます。そ のような地方自治体は、おそらく通信事業者からサービスを調達することになるでしょう。その際には、PFIのような調達方法を活用するか、たとえば「いく ら補助してもらえばサービスを提供できるか」を事業者側に提示させるというような、逆入札の形態を取るということが考えられます。この方法であれば、上手 に制度設計をしていけば、1社にユニバーサル・サービス義務を課す場合と異なり、ある程度の競争状態を維持した形で整備を進めることが出来るでしょう。

 第4の方法は、政府が責任を持って整備を進めていくというものです。ひとつの方法は、なんらかの公的事業体によって不採算地域のブロードバンド サービスの提供をおこなうというものです。これは確実な方法ではありますが、電電公社を民営化し、競争政策によって通信インフラの整備を成功させてきたこ れまでの流れから考えると、逆行することになります。ただし、通信サービスを水平分離し、物理的な回線や機器収容建物だけを整備、保有、管理する事業体を 設立し、これに公的関与をしていくという方法は、十分考えられます。不採算地域でもっとも問題なのは物理的な設備投資の効率が低いということです。この部 分を公的関与によって整備し、上位の通信サービスは民間の競争に任せるという形にすれば、多くの不採算地域が採算の取れる地域に変化することは確実です。

情報社会にとって、通信インフラが何を意味するか

 以上のような選択肢の裏側には、果たしてブロードバンド環境は国民にとって必要不可欠なものであるかどうかという問いがあります。e-Japan 戦略でも、ブロードバンド・ゼロ地域脱出計画でも、ブロードバンド環境は今後の社会にとって必要不可欠だと述べておきながら、具体的な施策としては全国を カバーするものにはなっていませんでした。第2ステージに入ったいま、具体的な施策として、本気でデジタル・ディバイドの解消をめざしていくのかどうかを 明確に示していく必要があります。

 情報社会においては、活動に十分な環境を持つかどうかが重要な意味を持つため、通信インフラの有無によって質的な違いが生まれてしまいます。通信 インフラを持たない国民は、通信インフラを持つ国民同士の競争に参加できないということになります。これは、通信インフラを持つ層と持たない層で機会の不 平等が起こり、逆転が不可能になってしまう社会になりかねないということを意味します。

 重要な時期に至ったいま、そのような不均質な社会を許容するのか、それともそのようなことが起こらないように具体的な手当てを進めていくのか、議 論を始め、具体的な政策を考えていくべきでしょう。

プロフィール

石橋啓一郎<いしばし・けいいちろう>国際大学GLOCOM講師・主任研究員。1971年福井県生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。同研 究科博士課程単位取得退学。慶應大学SFC研究所訪問研究員、インターネット戦略研究所客員研究員などを経て、2002年より現職。社会とインターネット の関わりについて広く興味を持って活動しているが、近年は主として地域情報化の研究を行っている。