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2005 - July 3, 2005
『テレコム・メルトダウンアメリカの情報通信政策は失敗だったのか』
July 3, 2005 [ 2005 ]
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GLOCOM 代表/多摩大学情報社会学研究所所長
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授/GLOCOM客員研究員/ 富士通総研経済研究所客員研究員
GLOCOM主任研究員/多摩美術大学非常勤講師
4月18日、公文俊平氏・土屋大洋氏・砂田薫氏を講師に、『テレコム・メ ルトダウン』のIECP読書会が開催された。
「2001年の春、米国の通信産業は、産業の全体が融解(メルトダウン)し たと評されたほどの激烈な不況に見舞われた」(本書「はじめに」より)。同 年12月には米国最大の総合エネルギー会社エンロンが破綻、翌年1月には 米国第5位の長距離通信会社グローバル・クロッシングが、7月には第2位 のワールドコムが破産法の適用を申請する。相次ぐ米国史上最大規模の企業 倒産と不正会計スキャンダルに株式市場は暴落し、米国経済は出口の見えな い不況に陥っていく。
『テレコム・メルトダウン』は、このような低迷の時期に "FT.com"(『フィ ナンシャル・タイムズ』のオンライン版)に約一年半にわたって掲載された コラムを収録したもので、米国を代表する4人の論客(ローレンス・レッシ グ、リチャード・A・エプスタイン、トーマス・W・ヘイズレット、エリ・ ノーム)が米国の情報通信に関する時事問題を論じている。全部で36本の コラムは、日本語版の出版にあたって、「なぜ通信産業はメルトダウンした のか?」「独占は本当に悪なのか?」「電波は誰のものか?」「情報を支配するの は誰か?」「インターネットは社会のルールを変えるのか?」という五つの章 に分類されている。
本書は、公文氏をはじめとするGLOCOM のチームによって翻訳・監修 が行われた。読書会では最初に、訳者の1人である土屋氏から、4人の論者 の紹介と翻訳に至った経緯等について説明があった。
ローレンス・レッシグはスタンフォード大学ロースクール教授。『CODE』 『コモンズ』『FREE CULTURE』などの著書で、日本でもよく知られてい る。GLOCOM ともかかわりが深く、彼が提唱するCreative Commons*1の 日本版をGLOCOM がホストしている。また2003年のGLOCOM フォー ラムでは基調講演のために来日しており、今回の出版も彼から土屋氏への 「翻訳してみないか」というメールがはじまりであったという。
リチャード・A・エプスタインはシカゴ大学の法学教授。マイクロソフト やインテルの訴訟にも携わった、どちらかというと保守的な印象が強い法学 者である。
トーマス・W・ヘイズレットはマンハッタン政策研究所シニアフェロー。 経済学者だが、FCC(連邦通信委員会)のチーフエコノミストを務めたこ ともあり、政治的な視点からコラムを展開しているという。
エリ・ノーム*2はコロンビア大学ビジネススクール教授。刺激的な議論を 提起するところがあり、本書の冒頭に収録された「テレコム・メルトダウン」 (原題は "Too weak to compete")では、「テレコムバブル崩壊後の低迷が続 く通信産業を救うためには、カルテルもやむを得ない」と論じている。米国 の経済学者は一般に自由競争を支持してカルテルを嫌うため、「ノームは転 向したのか」とまで言われて、いろいろなところに引用されたコラムだとい うことであった。
本書に収録されたコラムは、"FT.com" のコラム欄 "New Economy Policy Forum"(途中から "New Technology Policy Forum" に名称変更)*3に2002年 5月~ 04年1月までに掲載されたものであるが、現在はローレンス・レッシ グに代わってデューク大学ロースクール教授のジェイムズ・ボイルが加わ り、コラムは続いているということである。
ここで土屋氏は、本書から何を読み取るかについて次の3点を挙げた。
次に監修の公文氏は、本書に収録されたコラムが書かれてから二、三年 たった現在、あらためて感じるのは、「米国人が見ている世界が基本的にド メスティックだということ」、「唯一、グローバルな視野があるのは著作権問 題で、ほかはどちらかと言うと米国の中での議論に終始している。米国の中 での通信・放送政策、そこでの競争と独占の問題である」と語った。公文氏 によると、米国人もやっとそのことに気付いたようで、数年前に『レクサス とオリーブの木』でグローバリゼーションを説いたトーマス・フリードマン は、最近の著書の中で「私はとんでもない過ちを犯していた。9.11のテロ、 エンロンやワールドコムのスキャンダルに目が向いている間に、世界ではグ ローバリゼーションが進み、いまやインドがトップになっている」と述べて いるという。そこで、われわれが日本の通信政策を考えるときに重要なこと として、「ひと昔前は、米国で起こっていることが数年後には日本にもやっ てくるということで、成功も失敗も米国がいいモデルになった。これから 先はそれだけでは足りないだろう。本書の議論を他山の石としたい」と述べ た。
最後に砂田氏は、IBM、AT&Tの例を挙げながら、米政権と大企業との かかわりという点からコメントをした。IBMとAT&Tは、独占禁止法を巡っ て長く司法省と裁判で争ってきたが、日本のコンピュータ産業が成長し、対 米輸出が伸びた1982年になって、司法省は提訴を取り下げる。一方でIBM は、司法省と係争している間も、顧問弁護士や役員出身者が政権の主要ス タッフに就くなどして政権に密接にコミットしていた。米ハイテク大企業と 政権とのつながりは、このように司法省との争いからだけでは見えてこない 部分があり、本書のコラムが取り上げているマイクロソフトへの反トラス ト訴訟を、同様の視点から見ると興味深いということであった。またジャー ナリズムに長く携わってきた経験から、「オンラインのジャーナリズムの世 界で、このような議論がなされていることは非常にうらやましい」とも語っ た。日本のジャーナリズムは、政策担当の広報機関になるか、とんでもない バッシングをするかという両極端になりがちで、異なる立場から生産的な議 論がなされる場は少ないということであった。
講演の後、参加者を交えて意見交換が行われた。当時、米国にいて実際に バブルや不況を体験したという方からの感想も多かった。以下に一部を紹介 する。
【会場から】バーニー・エバーズ(ワールドコム元CEO)には有罪評決が出 たが、ワールドコム(MCI)自体はゾンビのように生き返ってベライゾン・ コミュニケーションズに買収された。通信産業は回復しつつあり、こういう ダイナミズムと逞しさは米国ならではのものだと思う。政策の良し悪し以前 に、そのような逞しさを持たない日本には、米国流のやり方をにわかには移 植しがたい部分があると感じる。もう1点、ブロードバンドは日本のほうが 進んでいるのに、著作権の問題等の解決ではやはり米国の議論を横目で睨み ながら進めなければいけないということなのか。日本がイニシアティブをと り、先に答えを出して進めていくようなことができればいいと思う。
【土屋氏】世界史をみれば、その時代の覇権国がリードをしてルールを決め、 まわりの国々はそれに従わなければいけないというのは当たり前かもしれな い。ローマの時代にはローマの、中華帝国の時代には中国のまねをしたわけ で、その論理からすれば、覇権国にならない限り日本はイニシアティブをと れないことになる。しかし、本当にそうだろうか。
【会場から】テレコム・メルトダウンは米国のドメスティックな問題だとい う議論があったが、日本の通信産業にも大きな影響があった。需要が少ない のではなく、値段がどんどん下がっていくのが問題であった。バブルの時 期には通信の将来を過信した過剰投資が行われて、個人的には疑問を感じて も、世の中の論調は「とにかく前に進まないと取り残される」という風潮だっ た。バブルというのは、後になってみないと分からないものか。歴史に学ぶ というか、バブルの時こそ警鐘を鳴らすような論文を書いていただきたい。
【土屋氏】J・K・ガルブレイスが『バブルの物語』の中で、バブルの只中に いる人たちの特徴として二つ挙げている。一つは非常に近視眼的であって、 歴史を忘れている。自分たちの参加しているバブルが永遠に続くと考えて いる。もう一つは、頭のいい人が金持ちになったと勘違いしている。金持ち になった人のまねをすればいいと考えるので、バブルが雪だるま式に膨れ あがっていく。ガルブレイスがブラックマンデーの前に「このバブルははじ けます」と言ったときは、メディアから総スカンを食らった。やはりバブル が起きてしまうのは、人間の本質的なところなのかなという気がする。いま GLOCOM で「創発」の研究をしているが、それとも関連している。バブ ルというのは誰かが指揮して操って起こすというより、ボトムアップ的に起 きてしまうのではないか。われわれ一人ひとりが近視眼的であり、金持ちに 憧れるということがバブルを作り出すのではないかと思う。
【会場から】メルトダウンという表現がトリッキーなので、議論が拡散して しまうところがある。基本的には、テレコムの技術革新が、時間や距離に依 存していた部分をメルトダウンさせて、長距離通信・国際通信がやられたと いうことだと思う。しかもメルトダウンしたのは固定通信で、現在のところ モバイルはしていない。将来起こるとすれば、やはり技術革新が影響を及ぼ す可能性があるという気がする。エンロンの不正経理などはまた別の話で、 バブルもメルトダウンも分野を限定して議論しないと、何もかもバブルでメ ルトダウンしたということなってしまう。そこには気をつける必要がある。
【会場から】通信産業に代わって情報産業にいったという意味では、通信が メルトダウンしたと言える。情報産業の中に携帯電話とかいろいろなもの があると考えてはどうか。2001年にブロードバントの国際調査に、米国の AOLに行ったら、「今の法律や技術では自分たちの著作権を守れない」とい うことを言っていた。一方、韓国ではすでにブロードバンドが進んで、著作 権もフリーにやっていた。既得権益を守る政策に力が入って、米国ではブ ロードバンドが進行しなかった。もちろんバランスが問題だとは思うが。米 国では9.11以降、特にセキュリティにすごく力を入れている。電子パスポー トがないと米国に入国できないことになったが、これは米国の政策で世界の 国の産業政策を規定させるという、国家戦略である。われわれはそういう場 合にどうしたらいいのか。これからユビキタスと言われているが、米国の国 家戦略に対して、日本はどういう戦略で彼らに対抗すべきなのか。
【公文氏】バブルについは、確かに評価が分かれている。エリ・ノームは一 番悲観的で、「これからの米国経済はハイテクではだめだからローテクに戻 れ。ハイテクでは景気は伸びない」とまで言っている。だから独占も認める べきだし、それでも安定するという保証はない。一方、HPのカーリー・フィ オリーナなどは「あれはもっと長く続く大発展の前触れに過ぎなかった。ほ んのちょっとつまずいただけで、今度は過去のバブルとは比べ物にならない ぐらい大きな展開が起こる」と言い始めている。つまり、既存のインフラは 有線もセルラーもだめになり、別のインフラがそれにとって代わって長く続 くだろうと。またトーマス・フリードマンは、「あのバブルで得をした人た ちがいる」という見方である。例えば「インド人は、あのバブルのおかげで 他の国に安く光ファイバーを引いてもらって、ほとんどタダになった料金で 世界中と通信できるようになっている。だからあれは、結果的にインドを助 けるための大投資であった」と。また「インドにとって2000年は、インター ディペンデンス(相互依存)元年であった。なぜかというと、インドは何千 人もの技術者と通信網を使い、2000年問題対応を引き受けて成功したから だ」とも言っている。
【会場から】当時はインターネットのトラフィックが3カ月で倍になると言 われていて、それにはすさまじい量が必要になるだろう。そのネットワーク に投資するということで、お金が集まった。過剰期待が形成された。投資家 や株式市場にとっては上下運動が激しいほうが儲かるわけで、そういう意味 でバブルは繰り返される。次は何かと期待している方もいて、そこに向かっ てお金が流れ込む。ネタを探している状況である。バブルの教訓を考えると きに、実務側と、そういうアップダウンを求める側とでは違ったものになる と思う。最近、そういうアップダウンに惹かれる若い人が多いという気がし ている。
【会場から】当時、米国にいた経験から、私自身はメルトダウンという言葉 には違和感がない。通信セクターの問題だけではなくて、米国経済全体に与 えた影響は深刻で、自分の株式が紙くずになってしまった、職を失ったとい う話がたくさんあった。確かにトリッキーな言葉だが、あおりすぎではない と思う。やはりバブルがあったから、メルトダウンしたのだし、そのバブル の背景には神話があった。日本の土地神話と同じで、その神話が崩壊したと きにバブルが崩壊する。このときも、通信需要がそれだけ伸びると思われて いた。みんなその時点ではいけると思ったから、お金を投資した。バックグ ラウンドに、当時の米国のニューエコノミーへの幻想もあったのではない か。景気には在庫調整や雇用調整があって、必ず上下しながら循環していく ものだが、ITの進展で、常に一定の速度で上昇し続けることができるとい う幻想があったような気がする。そういう幻想も含めて、その当時の需要を 見誤っているという認識が欠けていたのだと思う。バブルを政策的に防止で きないかという話があったが、個人的には悲観的である。むしろ、バブルが 崩壊した後の処理をどうするかが大事なのかなと思う。さきほどダイナミズ ムという話があったが、米国はクラッシュも派手だが、立ち直りも早い。一 方、日本は中途半端に下がりながら、みんなで損を抱えながらズルズルして いるようなやり方である。どちらがいいのかは一概に言えないが。
【公文氏】当時、まさにバーニー・エバーズの言葉として引用されたのが 「トラフィックは3カ月で倍になる」、つまり1年間で16倍になるということ だった。当時、それに反論したのは、私が知る限りではアンドリュー・オド リズコだけで、彼が実証的に調べたら、1年間にわずか倍になっているだけ だという。倍でもすごいが、16倍になると思って投資する人にとっては大 きな見込み違いになる。当時は、圧倒的にそういう論調だった。
【土屋氏】メルトダウンという言葉は通信産業だけがだめになるという意味 で使ったのではなくて、原子力発電所の炉心がメルトダウンするとわれわれ の社会全体に大きな影響が及ぶ。そういう意味のメルトダウンであって、 通信産業だけが消えるという意味ではない。21世紀の産業だと言われてい た通信産業というコアの部分がなくなると、経済全体がだめになるのではな いかということが含意としてある。単にクラッシュではなくメルトダウンだ と。
誌面の都合から全部は紹介できないが、以降、通信バブル崩壊は一般ユー ザーにどう影響したのか、日本の同人誌と米国のバットマンシリーズにおけ る著作権はどう違うか、ミッキーマウス法案(ソニー・ボノ著作権期間延長 法)が守ろうとしている権利は何か、テレビのコンテンツをインターネット で流すには何が障害か等々、最後は、放送と通信の融合にまで話が及んだ。 日本の通信政策のみならず、今後の情報通信産業のあり方について示唆に富 んだ議論であったと思う。
2005年4月18日開催(編集部)
*1 http://creativecommons.org/worldwide/クリエイティブ・コモンズ・ジャパンは http://www.creativecommons.jp/ 参照。
*2 エリ・ノームは、2月14~15日に東京で開催された「世界情報通信サミット」(日本経済新聞社主 催)で『家電ネット化、大きな経済変動要因に』と題する基調講演を行っている。 http://www.nikkei.co.jp/summit/live/eli.html
*3 http://news.ft.com/comment/columnists/neweconomy
*4 エミュレーションは模倣と訳されることが多いが、土屋氏が師事した薬師寺泰蔵氏(慶應義塾大学 教授)によると「模倣+α」を意味するという。