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2005 - August 1, 2005
ポップ・カルチャーとパブリック・ディプロマシー
August 1, 2005 [ 2005 ]
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ポップ・カルチャーと言えば、マンガ、アニメ、ゲーム、ポップ・ミュージックなどといった主に若者向けの、軽佻浮薄とも揶揄されがちな大衆文化である。それがパブリック・ディプロマシーあるいは文化広報外交という、国家の外交戦略とどう結び付くのだろうか。
7月29日のIECP研究会は、外務省広報文化交流担当審議官の岡田眞樹氏を講師に迎え、「ポップ・カルチャーとパブリック・ディプロマシー」と題して開催された。講師の岡田氏は、海外広報課長、東欧課長、通信課長、報道担当参事官、儀典長を歴任され、フランクフルト、北京、シンガポールなどでの在外勤務も長く経験された方である。今回の研究会では、広報・文化交流の位置付けと現地での実務、日本のアニメやマンガの海外での受け入れられ方、日本のポップ・カルチャーを文化広報外交に組み込んでいくに当たっての課題などを、最も長く駐在されたドイツ語圏での事例を交じえながら話していただいた。
最近注目されているソフト・パワーとは、ハーバード大学のジョセフ・S・ナイ教授が提唱したもので、軍事力や経済力といったハード・パワーに並列する概念であり、その国の文化、政治的価値あるいは外交政策の魅力により、他国の人をして自分が望む結果を望むように仕向けることである。例えば米国は、軍事力と経済力という圧倒的なハード・パワーを誇る一方で、民主主義、人権尊重、豊かなライフスタイル、ポップ・ミュージック、ハリウッド映画といった政治的価値や文化によって世界を引き付け、それが生み出すソフト・パワーが米国の外交上の目的達成に貢献してきた。
パブリック・ディプロマシーという考え方は、このソフト・パワーを従来以上に意図的、積極的に外交に利用しようとするものだ。ソフト・パワーやパブリック・ディプロマシーという新しい用語を用いると否とにかかわらず、民主化やグローバル化の進展により、安全保障や経済的繁栄といった外交目標を達成する上で、広報や文化交流の持つ役割は増大してきている。特に日本は、国際問題の解決にハード・パワー、なかんずく軍事力を利用することを放棄しており、諸外国の人々に働きかける上でソフト・パワーを一層効果的に使っていかなければならない。
岡田氏によると、広報や文化交流外交に使えるものというと、かつては能、歌舞伎、茶華道、書道、浮世絵といった伝統的なものが中心であったが、最近ではアニメ、マンガ、Jポップなどの価値が増してきているという。民主主義が世界に広がるにつれ、一部のインテリ層だけではなく、一般市民や若者の政治への影響力が無視できないものになっている状況で、日本のポップ・カルチャーはそういった人々に対して強力な訴求力を持っている。ポップ・カルチャーの受け入れ側の事情をきちんと理解し、文化の分野ごとの特性を踏まえ、効果的に外交に使っていくことが喫緊の課題である。
講演では、ポップ・カルチャーに限らず日本の現代文化は世界的になってきており、例えば村上春樹や吉本ばななの作品はどこの本屋にも置いてあること、『ポケットモンスター』などのテレビ・アニメがドイツ語で放映されて子供たちがよく見ていること、若者に受けているビジュアル系Jポップ、マンガ・フェスティバルの様子などが紹介された。マンガ・フェスティバルの会場ではコスプレショーも行われていて、特にセーラームーンやカードキャプターさくらなどが女の子に人気だという。これについて岡田氏は、ジェントルマンに庇護されるレディー(例えばポパイとオリーブ)という欧米の伝統的な女性像に対して、自分の運命は自分で切り開いていく新しいタイプの女性像(セーラームーン)が支持されたのではないか、とコメントされた。
また岡田氏は、日本のポップ・カルチャーの欧米での人気は、以下の点で歴史の流れを変える力を持っていると述べた。
では現地では、実際にどのような形でポップ・カルチャーを外交に利用しているのだろうか。これについて岡田氏は、ご自身の経験から次のような活動を紹介した。
ちなみに、岡田氏によると、在外公館が文化交流に使える年間予算は、平均すると一カ所当たり二百万円程度しかなく、これでイベントの会場費、パンフレット制作費、諸経費などをすべてまかなうのだそうである。講演では、現地の学校で日本料理、折紙、書道、囲碁などを紹介するイベントや、ドイツ語に訳した日本の歌を披露する演奏会などが紹介されていたが、在外公館の館員が汗を流し、ときには自腹を切って仕事をし、さらには現地に住んでいる人たちにボランティアをお願いして実施せざるをえない状況だということであった。
最後に岡田氏は、ポップ・カルチャーを単なるブームで終わらせず、海外のマーケットを育てていくためには、何らかの働きかけが必要ではないかとして、次のような提案を行った。
2005年7月29日開催(編集部)