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第11回 : 言語におけるデジタル・デバイド

March 1, 2006 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

上村 圭介 (国際大学グローバル・コミュニケーション・センター)

1. はじめに

情報技術の普及により社会の情報化は着々と進んでいる。しかし、このような社会全体の情報化、つまり「情報社会」化の進展の状況は世界的に見れば地域的な偏りがある。「デジタル・デバイド」と呼ばれるこの偏りは、社会経済的ないくつかの要因によって引き起こされるが、その要因の一つに言語の問題がある。

電子メール、ウェブページといった情報技術の応用はどれも第一義的には書きことばを前提としている。しかし、現状ではすべての言語の話者が自由に自らの言語の書きことばを利用できるわけではない。つまり、ある言語の話者であるかどうかによって、情報技術へのアクセスの程度が規定されてしまうのが現状である。

情報技術の利用をめぐる言語間の格差は、どうして生じるのだろうか。本稿では、この問いに答えるためには、ソフトウェア工学だけでなく、社会・経済的な視点、あるいは政治的・言語政策的な視点が必要であることを示す。その上で、本稿は言語におけるデジタル・デバイドについて、これらの視点に基づいた分析と考察を試みる。

2. 情報社会の中の言語間格差

2.1 言語間の格差を招く要因

情報技術(以下、本稿では主としてパーソナル・コンピュータを対象とする)の利用における言語間の格差を解消するためには、利用者が情報技術を自分の言語の知識だけで操作できることが必要である。そのためには、情報技術、厳密にはその中に組み込まれたソフトウェア・プログラムの多言語化(またはローカライゼーション)の作業が必要となる。

一般的に、ソフトウェアの多言語化とは、ある言語を前提に開発されたソフトウェア製品を別の言語で使用可能にするために施されるソフトウェアの内部設計上の修正作業を指す。Localization Industry Standards Associationは多言語化を「製品またはサービスをそれぞれの市場に合わせて修正していくプロセス」であると定義している 1) が、James Clarkは、その定義をさらに押し進め、多言語化の役割が「利用者は自分の母語によってコンピュータとのインタラクションができる」状況をもたらすことに注目する 2) 。

多言語化の問題点とは、Clarkによれば、技術の利用可能性ではなく、「膨大な、しかしそれ自体は単純な作業」が進まないこと、必要な人的・経済的な資源がそのために振り向けられないこととされる。この点で、多言語化とは技術的な問題ではなく、社会・経済的な問題なのである。

2.2 話者数からみる格差

Global Reach社によると、1996年の段階では、インターネット利用者のうち英語話者が占める割合は89パーセントと推計されている 3) 。この割合は、2000年には47パーセントにまで縮小した。さらに、2005年には25パーセントにまで縮小すると予測されている。インターネットでの英語の支配的地位が英語以外の言語の使用を妨げることへの強い懸念が見られた1990年代中盤から後半ごろの状況に比べれば、言語的な偏りは是正される傾向にあると言える。

また、Rozanほか(2005)の試算では、Microsoft社のウィンドウズXPオペレーティング・システムによって世界の人口の約84パーセントの言語はすでにカバーされているという。

しかし、Global Reach社の推計はすでにインターネットを利用している人口の内訳であり、その外側には多くの言語話者が取り残されている。Razanほか(2005)の試算も、前述のインタラクションという観点で整理しなおすと、カバーされるのは50の言語の約33億人に減少する。つまり、言語の間には、情報技術の利用をめぐって埋めきれない格差が残されているのである。

2.3 公用語・国語からみる格差

Ethnologueによると、世界の226の国・地域では、およそ230の国語・公用語が用いられている 4) 。これらの国語・公用語の4分の3では、情報技術とのインタラクションが実現できない。さらに、19の国・地域では、その国・地域の国語・公用語だけでは情報技術とのインタラクションが実現できない(表1参照)。

表1: サポートされた公用語・国語をもたない国
国名 公用語・国語
アゼルバイジャン アゼルバイジャン語
アフガニスタン ダリ語、パシュトゥー語
アルバニア アルバニア語
アルメニア アルメニア語
イラン ペルシャ語
ウズベキスタン ウズベク語
カンボジア クメール語
タジキスタン タジク語
ツバル ツバル語
トルクメニスタン トルクメン語
ネパール ネパール語
バチカン ラテン語
バングラデシュ ベンガル語
ブータン ゾンカ語
ミャンマー ミャンマー語
モーリタニア ハッサニア語
モルジブ ディベヒ語
モンゴル モンゴル語
ラオス ラオス語

※Ethnologueをもとに筆者作成

公用語・国語のレベルで一般の市民の言語的ニーズがすべて満たされるわけではなく、地域共通語のレベルで見れば、さらに多くの言語が同様の状態にあると思われる。

3. 格差をもたらす要因

前節で見たような言語間の格差が生じるのはなぜだろうか。直感的には、この格差はその言語が話される国や地域の経済力の反映である、あるいは単に利用者数が少ないからだということが言えそうである。

3.1 ソフトウェア開発を決定する要因

一般的に利用されるパーソナル・コンピュータ向けのオペレーティング・システムは商用の製品として販売されている。そのため、ある言語が情報技術とのインタラクションをもつかどうかということは、特定のソフトウェア・ベンダがその言語向けの製品を開発・販売するかどうかということと関連している。言い換えれば、情報技術とのインタラクションにおいて言語の間に格差があるのは、直接的にはその言語向けの製品を開発するための経営資源の投入が十分行なわれていないからである。

あるソフトウェア・ベンダでは、ある言語向けの多言語化を実施するかどうかを判断する基準として、話者数、潜在的顧客数、成長への期待度、その他の社会的利益の四つを設けている。

話者が多いということは、その言語向けの製品を開発する大きな理由になるが、それだけではない。市場に投入した製品が実際にどの程度売れると見込まれるかも、製品開発に踏み切るかどうかを判断する上では重要な基準である。また、開発直後には大きな売り上げが期待できなくても、その言語による市場が今後拡大することが期待できれば、その市場向けの製品開発に先行した投資を行なうこともありうる。

したがって、最終的な判断はソフトウェア・ベンダのビジネス上の合理性の観点から行なわれるわけであり、この四つの基準を採用したからといって誰が判断しても同じ結論が導き出されるわけではない。むしろ、異なる結論が出た背景が何であるのか、また特定のソフトウェア・ベンダの結論と、利用者や社会全体の観点から導きだされた結論とが異なった場合に、両者の調整が必要となる。

3.2 言語の経済力

技術以外で、多言語対応の進展を左右すると考えられる要因に経済規模がある。ソフトウェアの製造や販売は商業的な観点から行なわれる。したがって商業的な成功の見込みの少ない言語への対応が遅れるのは当然である。しかし、ある言語の経済規模とその言語の対応状況を比較すれば、経済規模が多言語化のプロセスにどのような影響を与えているかが分かる。

ある言語がもつ経済力を算出する方法に、Gross Language Product (GLP)と呼ばれる手法がある。これは、ある国や地域の経済力を、話者数に応じてその国や地域で話されている言語に配分し、各言語に配分された経済力の和を言語の経済力として見なす手法である。

表2は、この手法によって導き出された主要言語の経済力の一覧である 5) 。これをみると、上位には英語、日本語、ドイツ語、スペイン語などの言語が上がっており、いわゆる工業先進国の言語の経済規模が大きいことが分かる。一方で、ヒンディー語・ウルドゥー語やベンガル語などの言語も、このような指標では上位に来る。

表2: による言語の経済規模の推定
順位 言語 経済規模
(10億ドル)
英語 7,815
日本語 4,240
ドイツ語 2,455
スペイン語 1,789
フランス語 1,557
中国語 985
ポルトガル語 611
アラビア語 408
ロシア語 363
10 ヒンディー語/ウルドゥー語 114
11 イタリア語 111
12 マレー語 79
13 ベンガル語 32



ヒンディー語/ウルドゥー語、マレー語、ベンガル語などは、経済規模が上位にありながら、前出のウィンドウズXPの多言語化は、より経済規模の小さい言語(ギリシャ語、韓国語、トルコ語、ポーランド語、タイ語、オランダ語、ハンガリー語、チェコ語、スウェーデン語、デンマーク語、フィンランド語、ヘブライ語、ノルウェー語など)に遅れをとっている。

多言語化が経済状況に応じて進むというのは、一見もっともらしい説明であるが、実際には経済規模と多言語化の状況にはずれが生じている。これは、製品をある言語に対応させる作業を決定づけるのは、言語の経済規模に基づいた商業的可能性以外の要因が働いているということだろう。

4. 格差解消へ向けた政策的取り組み

前項で見たように、情報技術とのインタラクションをめぐる言語間の格差は、必ずしも誰もが納得できるような形で話者数や経済力といった現実を反映しているわけではない。とはいえ、情報技術とのインタラクションを実現するには、一私企業であるソフトウェア・ベンダが、そのためのプログラムを開発し、市場に投入する必要がある。したがって、私企業の業務戦略や単純な市場原理に従うなら、この格差が埋められる見込みは低い。

そこで、格差を調整するために、私企業のソフトウェア開発プロセスに依存するだけでなく、例えば政府などの主体による外部からの働きかけが有効であると考えられる。実際、国際機関や各国政府は情報技術が言語使用に及ぼす影響を重視し、情報社会の中での言語間格差を解消するための政策的な取り組みを進めてきた。

4.1 国際機関の取り組み

国際的な視点からこの問題に取り組んでいる組織の一つに国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)がある。ユネスコは、2003年10月の第32回総会において「多言語主義の促進及び使用並びにサイバースペースへの普遍的アクセスに関する勧告」を採択した。この勧告は、情報へのユニバーサルなアクセスと並んで言語の多様性をめぐる不平等な現状を改善するための加盟国政府の行動を求めている。

4.2 各国政府の取り組み

各国政府の取り組みは、ユネスコに比べるとより具体的である。

インドでは、連邦政府内務省公用語局の通達により、連邦政府機関はコンピュータ機器の調達に際して、ソフトウェアと入力機器は連邦レベルの公用語である英語・ヒンディー語の両方に対応したものを選択しなければならないと定められている。

カナダのケベック州は、二つの公用語をもつカナダにあって、州内での公用語をフランス語と定めているが、同州は、その「フランス語憲章」の中で「すべてのコンピュータ・ソフトウェア (ゲーム、OS を含む) は、フランス語版が市販されている限り、フランス語で用意されなければならない」と規定している。

中国の例は、インド、ケベック州と比べるとより積極的である。中国では、現在一般的なコンピュータ・システムで採用されている国際規格ISO/IEC 10646やユニコード標準に収録されていない中国語表記のための文字を追加した、新たな国内規格をGB 18030を制定し、ソフトウェア・ベンダなどに対して、この規格への対応を義務づけている。

4.3 政策的取り組みの考察

ここで見た四つの事例からはどのようなことが言えるだろうか。

ユネスコ勧告とは、加盟国政府に対する、強い拘束力をもたない合意文書である。したがって、直接的な実効性は伴わない。インド政府やケベック州政府の例では、言語規則や言語法は、それぞれの言語のための製品がすでに市場に投入されている状況を事実上追認している。これらの例では、言語政策は市場の中から選択されるべき製品については言及するが、新たな製品の開発や投入を強制しようとするものではない。

その点で、中国の手法は文字コード技術という限定された分野に関するものではあるが、言語政策が強制的な実効力をもつ国内規格に反映され、その結果、政策を通じた技術のコントロールを行なうものとなっている点が特徴的である。他の事例と比べると極めて直接的な介入と言える。しかし、このような直接的な介入が可能なのは、現在の中国がもつその潜在的成長性や経済力が背景にあるからであり、他の国や他の言語がこのような取り組みを行なうことが現実的ではないと思われる。

5. まとめと結論

一見、情報技術における言語間の格差は少しずつ縮小しつつある。しかし、本稿で見たように公用語・国語のレベルであっても情報技術とのインタラクションを提供できない言語はいまだに残されており、格差を縮小するための取り組みは今後も必要であろう。また、情報技術とのインタラクションの方法が書きことばだけでなく、音声合成、音声認識などの技術を通じて行なわれるようになれば、言語間の格差が再び拡大することが予想される。つまり、多言語化を必要とする情報技術の分野は依然として残る。今後、社会全体として、このような技術への資源の投入を最適なものにするためにも、言語政策あるいは言語計画の視点からの関与のあり方を検討していくことが必要なのではないだろうか。

1) Localization Industry Standards Association. (2004). ローカライゼーション業界への手引き.

2) Clark, J. (2004). Making open source software work for Thailand. Unpublished article.

3) Global Reach 社が行なっている推計"Evolution of non-English online populations"による。http://globalr-each.biz/globstats/evol.html

4) Grimes, B. F., & Grimes, J. E. (Eds.). (2000). Ethnologue: Languages of the world. SIL International.

5) Graddol, D. (2000). The future of english? The British Council.

Rozan, M. Z. A., Mikami, Y., Bakar, A. Z. A., & Vikas, O. (2005). Multilingual ict education: Language observatory as a monitoring instrument. In Conferences in research and practice in information technology (Vol. 20). Sydney.

注記 本稿は、社会言語科学会第16回研究大会での発表をもとに再構成したものである。

プロフィール
kmmr <かみむら・けいすけ> 1972年生まれ。97年大阪大学大学院文学研究科博士前期過程終了。同年より国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)に勤務、主任研究員。これまで、マルチメディア・マークアップ言語に関する標準化、インターネット・アプリケーションの分析、ブロードバンドの普及動向・政策に関する調査、ネット・コミュニティに関する調査研究、ソフトウェア・プログラムの多言語化の社会言語学的分析などに従事。共著書に「ブロードバンド国家戦略」(NTT出版、2003年)、「デジタル・ツナガリ」(NTT出版、2004年)、「クリエイティブ・コモンズ デジタル時代の知的財産権」(NTT出版、2005年)などがある