HOME > COLUMN > chikyu_chijo > March 3, 2006

chikyu_chijo - March 3, 2006

第14回 : 情報技術が促す社会道徳観の変化の考察

March 3, 2006 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

中島 洋 (国際大学(グローコム)主幹研究員)

1.非人格的な不正行為の監視

1.1 「キセル乗車」撲滅が象徴すること

 社会体系への情報技術の高度な浸透は不正行為の防止に大きな効果を発揮してきた。

 最近の最も顕著な例は鉄道改札の電子化に伴う不正乗車の激減である。ここでは関東地区だけで例を挙げる。JR東日本がネットワークとRFIDを基礎技術に始めた「Suica」、私鉄が共同で利用する「パスネット」や電磁カード式の定期券など、方式は異なるが、鉄道会社と乗客には同様の効果をもたらした。

Suicaを例に挙げると、RFIDを埋め込んだカードを改札口の指定部分に触れさせると、乗客の入場情報、あるいは出場情報がネットワークを通じてデータベースに記録される。本来の目的は、改札の無人化による人件費の抑制や乗客の移動の状況をトレースすることによって、マーケティングに利用する大量の統計情報を得ることである。情報システムによる「業務の効率化」と事業戦略・戦術の展開に必要な顧客情報の入手だったが、同時に、Suicaは乗客の入出場情報を取得することによって「不正乗車の防止」という思いがけない効果を挙げた。

乗客は不正乗車を断念した。乗車券やカードに記録された電子的、電磁的データを改札機械が読み取って、乗車地点、降車地点と、提示された乗車や乗車カードで経由できる経路とを比較して正規の条件であればゲートが開いて乗客を通し、不正規であればゲートが閉じて乗客を通さない。乗車駅、降車駅を乗降する権利はあっても、途中の区間は無賃で乗車する「キセル乗車」が、この情報ネットワークシステムでは不可能になった。従来の人間の監視の仕組みでは鉄道走行中に「検札」と称して車掌が乗車券や定期券を点検し、この不正乗車を摘発してきたが、この仕組みには大きな漏れがあって、検札に出会う確率が少ないため、極めて広範にキセル乗車は横行していたと推測される。それが、ほぼ全面的に抑止され、「絶滅した」と言うに近い状態となった。

 乗客は「キセル乗車」にそれほど強い不正の意識を持っていなかったが、摘発されたときに犯罪者扱いされる恥辱は耐え難いものである。高い遵法精神からキセル乗車をせず、正当な高い乗車賃を最初から迷うことなく支払う乗客もいたが、多くの乗客は検札で捕まって犯罪者扱いされるのを恐れるものの、当日の検札係が回ってくる確率を予想しながら、危なくないと判断して不正乗車に傾くことが少なくなかった。JR東日本によるとSuica開始後、不正乗車による売り上げの逸失が減り、その効果によると思われる利益が800億円程度に上ったというから、キセル乗車が普通の行為だったことが推定できる。

 しかし、情報ネットワークによる監視は乗客を犯罪者扱いにはしない。不適切な乗車券やカードによる改札口の通過はうっかりした行為(過誤)に基づくものと同等に対応し、比較的丁寧に取り扱って正規の料金を徴収するように誘導するのである。それとともに乗客側はすでに不正乗車は不可能と判断して、不正乗車の方法を案ずることもなく、遵法行動をとるように導かれている。そのうちに「キセル」という言葉も死語になるに違いない。

 情報システム、情報ネットワークを高度に利用する社会はこれまで横行していた小さな不正行為を防止し、不正を減少させる効果を発揮する。  

1.2. 工場の現場、小売現場での監視  

情報システムとRFIDによる「非人格的監視」(システムによる自動監視)はJR東日本のSuicaと同様の効果を生み出している。  

最先端の情報技術を利用することに熱心な企業の工場では、工場内部の作業工程の流れを掌握するために使用する部品や仕掛かりの半製品などにRFIDをつけて無線で在庫の位置や組み立てラインのどこを流れているかを情報システムやネットワークで管理する仕組みを構築してきた。部品の流れの時間、手順、ボトルネックの存在の把握などが自動的に行われ、大量のデータ収集と処理によって管理が精緻化してきた。  

このシステムによって組立工程のどこに非効率の原因があるかが明確になる。部品在庫の適正水準がさらに高度に計算できるようになる。適正在庫水準との乖離を測定しながら、部品の手当て、他の製造ラインへの指示の適正化、さらに、工程の組み換えや人員の配置の適正化などを高度に実行することができるようになって、業務効率の向上によるコストダウンやスピードアップによる競争力強化につなげている。  

しかし、もっと大きなところに隠れた効果が現れている。これまで頻々と起きてきた在庫部品や在庫製品の紛失が激減したことである。RFIDの付与によって、移動させるとそれが追跡されるために、手順に則っていない移動は「異常」として直ちに検知され、摘発できるようになった。元々は業務効率向上が目的で、不正摘発のために構築したシステムではないが、副次効果として不正防止につながることになった。先進的な工場では従業員による不正行為がシステム的に抑止できるようになった。  

同じことは小売店店頭での万引き防止のシステムにも起きている。  

書店、ビデオレンタル店、各種量販店などでは、RFIDを利用した万引き防止のシステムが働いている。商品はレジで代金を払ってもらった後、信号解除の手続きを行わなければ、出口を通過する際に警告音が発せられ、店員が駆けつけることになる。この装置が働いていることを知ると、万引き行為をする人はその不正を断念せざるを得なくなる。システムが犯罪行為を未然に防止したことになる。店は被害を防ぎ、市民は犯罪の誘惑に駆られることがなくなってしまう。

2.無自覚的正当行為の道徳性と無道徳性

 1項で述べた事例は、ここ数年、日本で起こっている情報技術をベースにした監視システムの浸透とそれに伴う不正行為の減少の典型的なものである。現実に、JR東日本での増収効果がそのことを立証している。小売店頭での万引きの発生とその処罰の件数などは、店頭の当事者間で示談にしてしまうことがほとんどなので、件数の推移は掌握できないが、監視カメラだけの時代よりも、無線タグの利用によるシステム的対応によってはるかに未然防止の効果が現れていることは想像できる。

 しかし、これは乗客や買い物客が道徳的に高い段階に入った、というわけではない。ソクラテスの言うように、道徳的に高い人間の行動とは、良いことと悪いことの区別が付いた上で、悪いことの魅力に誘惑されることなく、辛く苦しいことでも良いことを選択して行うことである。JR東日本の乗客の例では、キセル乗車が不可能に近くなったのでキセルをやらなくなったのであって、キセル乗車が不正な行為であると判断して自己の行為を抑制しているのではない。道徳的に高い行動とは、良い行為を行え、という内面の声に応じて良いことを行うことである。JR東日本の乗客のように、行動を規制する外部の仕組みに沿って無自覚的に良い行動を行っているのは、ソクラテスの言う意味での「道徳的行為」とは言えない。

 このような人々は、監視や規制の仕組みが十分でないところでは、金銭的に有利なことがあれば、不正と知りつつもそれに手を染めてしまう可能性がある。道徳は、いかなる場合にも、内面の良心の声に導かれながら、正義と信じる行動を選択するように人々を導くのである。

 ここでのポイントは、①システムの監視と抑制でメンバー(乗客、買い物客、従業員など)はシステムに順応して、これまでは犯罪意識が薄くなって犯してきた不正行為を行わなくなった、②これは一見して道徳的に高い段階に至ったと見えるが、実は、内面の声によったものではなく、無自覚的なものなので、本質的なところから行為を道徳的なものに変えたとはいえない――というところに尽きる。

3.SOX法の及ぼすビジネス活動の遵法化と道徳性

 情報技術をベースにしてビジネスマンを一見、「道徳的行動」に導く新しい仕組みが「SOX法」によって生じようとしている。

 SOX法は、企業の不祥事多発を契機に株式市場から投資家が撤退する気配になったため、資本主義経済の危機を感じたグループによって緊急に成立した企の内部統制強化を促す法律である。企業のビジネスプロセスを管理可能な仕組みに再編成して、経営者がこれを監督して、企業の収益力向上の対策を講ずるとともに不正の発生を早期に発見、抑止してゆく責任をもつように課することがその内容になっている。

 問題は、巨大化した企業組織を管理監督することが経営者に可能かどうか、である。

 結論を先に言えば、それは可能である、ということだ。企業組織を管理する道具として情報システムが登場し、その能力が急速に向上したからだ。ビジネス活動を情報システムと連動したビジネスプロセスで再定義し、ビジネスプロセスを情報システムによって実行する仕組みを構築し、情報システムの中を流れるデータをシステムによって自動監視するのである。データをさまざまな観点から集計してその変化を可視化して、設定した範囲の中から逸脱した場合には異常値として警告を発するようにする。警告を発する範囲は常時見直して、改善を進めるような「学習」の仕組みが設定できる。

 異常値が出て警告されるのは、もちろん不正の可能性がある場合だけではない。ビジネスを円滑に遂行するためにネックとなる問題点の発掘ができる。ビジネスプロセスの改良すべき問題箇所の摘出が本来の機能である。あるプロセスでの異常値は、次のプロセスの実行の効率を下げる問題の発生を意味している。この原因を突き止めて解消するためのモニタリングが本来の機能である。この改善を繰り返し、さらに、異常値設定の精度を上げてゆければ、継続的なビジネスプロセス革新の仕組みが出来上がる。

 ビジネスを遂行してゆく上での異常値の一つが不正の発見の端緒になる。本来なら、起こるはずがない事象が起きているので、その原因を分析すると、そこに不正が発見されるのである。たとえば、ある案件での収入支出とのアンバランス。異常値を示しているのを分析してゆくと、正当なビジネス行為で利益率が高いのであれば、このビジネスモデルを他の部門でも学習し、全社的に収益力の高い企業構造に改善できる。

 ただ、その過程で法的に問題がある行為が含まれていれば、現場に対して法務担当から改善指示を出して不法行為を停止させることができる。場合によっては重大な支出の見落としがあったかもしれない。会計上、後で大問題になる可能性のあるポイントを情報システムによって事前にはじき出すことができる。

 逆に収益力が低いか赤字の案件についても詳細な分析を加えて支出項目の洗い直しによる収益改善の対応策を早めに打ち出すことができる。収入額決定の過程を見直して、赤字になりそうなことがいつの時点で判明したかの分析などを通じて、契約決定手順の改善に着手できるだろう。その手順の検討によって、契約行為が正当な手順を踏んでいるのかどうか、会計上に問題のある契約が含まれていないかの点検を同時に実行することができる。

 いずれにしても情報システムを通じてビジネスプロセスを可視化して、企業の状況、役員や従業員のビジネス活動をいろいろな側面から「見える化」し、企業経営の効率化、競争力強化を進めるとともに不正を摘発し、予防する「コンプライアンス経営」を同時に実現することが重要なのである。SOX法が投げかけた問題はここにある。

 このように、本来は、企業がSOX法に正しく対応することと経営高度化のために情報システムを利用した企業組織にビジネスプロセスを作り変えるということは同じことだった。SOX法に対応するための情報システム化は「企業経営全体の情報システム化」に包み込まれるサブシステムの一つだと言える。

観点を変えて言えば、企業経営のための情報システムの高度化は企業内部のビジネスプロセスを明確にし、役員や従業員が不正を行うことを防止、抑制する装置になる、と言える。情報システムは企業の中の遵法活動、不正を行うことを抑止する仕組みになるのである。それはSuicaによって乗客はキセル乗車をあきらめてしまったように、仮に、企業内に小さな不正行為が充満していたとしても、情報システムによる「非人格的監視」による監視とプレッシャーによって、その不正行為は急速に減少することになろう。

もちろん、このことは企業を実効ある「コンプライアンス経営」に導くだろうが、企業の役員や従業員各人が「道徳的になった」というのとは意味合いが異なる。しかし、だからといって従業員が知らず知らずにでも遵法的行動をとるようになることに意味がないわけではない。習慣化された遵法行動は、いつか、遵法的精神に止揚されないとも限らないのである。

4.内面からの行動規律は有効か?

 情報システムによる外部からの規制が果たして「道徳的」といえるのかどうか。

 道徳は心の内面からの行動規律である。感性による行動の規律は道徳的には初歩の段階である。精神の内面からの道徳的判断による規律がより上位の倫理観である。何も考えずに社会的に善とされる行為を行うよりも、まず、社会的に悪だと知った上で悪をなす行為のほうが道徳的に優越している、というのがソクラテスの道徳観である。「善と悪」の区別がついていることは、真理を知っているかいないか、という判断基準からすれば、真理を知っているという点でより道徳的である、というわけである。

 高度に情報システムが発達した時代には、このような悠長な価値観が有効かどうかは十分に検討する必要があるだろう。われわれの観察によれば、情報技術の高度化によって、個人個人が社会に対して及ぼす影響力は短期間に極端に肥大化している。個人の能力を高める「エンパワーメント」は、その半面で、社会に害を及ぼす能力の肥大化ももたらすのである。

情報技術によって高いレベルに達した社会の成員にとっては、社会に与える被害についてのイマジネーションを働かせる、つまり、行為の善悪について吟味して、マイナス要因があれば抑制力を働かせるという行為が必要だが、実際にはそれよりも早く、社会に与える被害の大きさを認識する前に、実際の行動を起こしてしまうことが珍しくなくなる。あるいは、より強く衝動的に湧き起こる「秩序を破壊したい」とする欲求が強まり、肥大化した情報技術の能力を利用して、実際に破壊的行為を起こすことがたびたび起こっている。こういう環境下では、個人個人の精神の中から自発的に「善悪」の区別を知るまで保護者たちがじっくり耐えて待つ、という忍耐力が果たして有効かどうかが疑問である。

こういう状況下で、情報技術によって反社会的行為をけん制して、そうした行為を予防する仕組みができるとすれば、社会の側は内面からの自覚を待つのではなく、本人が自発的に(無自覚的に)反社会的行為を行わないシステムを構築することを望むようになるだろう。東京・新宿歌舞伎町の街頭に多数のカメラを設置して通行人の犯罪を監視する仕組みを構築した際には猛烈な反対意見が噴出したのに対し、長崎県の幼児殺害事件が街頭に設置したカメラによる犯人の特定によって早期に解決したことをきっかけに世論は圧倒的に監視を支持、さらに頻発する児童に対する犯罪を防衛するための社会監視の強化を促す声は広がってきた。情報システムは「摘発」という外部からの抑制効果の大きさから、社会秩序を維持する道具として存在が大きくなってきた。  

特に企業内部やクローズドな共同体の中では、共同体の存続を危うくするような外部からの攻撃はもちろん、従業員の不正に対する監視を行う意味でも情報システムの存在は大きくなってきた。  

情報システムは社会の構成メンバーを内面から道徳的にするか、という問いには、答えは「否」である。しかし、社会メンバーや従業員が不正を働き、秩序から逸脱することを最初から断念し、いずれはイメージすらしなくなるだろう、という「効果」を果たすのは確実だろう。このことを前提にして、さらに、共同体メンバーや従業員の不正をけん制する社会制度は情報社会のルールとして多数、登場してくることになろう。

プロフィール
nkjm

<なかじま・ひろし>
国際大学(グローコム)主幹研究員。1947年生まれ。73年東京大学大学院(倫理学)修士修了。日本経済新聞記者、編集委員、慶応義塾大学教授(SFC)を経て、国際大学(グローコム)教授。現在、日経BP社編集委員、MM総研所長を兼務。日本経済新聞に原則、隔週日曜日連載中の大型特別企画広告シリーズ「キーワードで読むガイアの夜明け」を監修している。
著書に「マルチメディア・ビジネス」「イントラネット」「エレクトロニックコマースの衝撃」「激動を走る」「勝者のIT戦略」「ユビキタスドキュメントがビジネスを超速化する」「デジタル情報クライシス」など多数。