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chikyu_chijo - July 20, 2006

第18回:ADOC:ソフトウェアとコンテンツの幸せな関係

July 20, 2006 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

 鈴木健 (国際大学GLOCOM 主任研究員)

 梅田望夫氏の「ウェブ進化論」が30万部を突破し、話題になっている。梅田氏が、シリコンバレーでの長い在住経験の中で最も驚いたのが、オープンソース運動であったという。この本で取り上げられているウェブ世界の新現象に名づけられたWeb 2.0の多くも、このオープンソースの思想を受け継ぎ、ソフトウェア以外の世界に展開しようという運動だといっていいだろう。

【オープンソースソフトウェアからオープンソースコンテンツへ】

 オープンソースソフトウェアは、この5年間でエンタープライズの世界においてもネットサービスの世界においても、しっかりとした信頼を確立したようだ。

 オープンソースの本質は、よく言われるようなソフトウェアが無料で利用できるということではなく、世界中の会ったこともない人々がネットごしに共同作業を行い、成果物を作り出すという新しい生産プロセスにある。新しいとはいっても、内面的な起源を辿っていくと科学者コミュニティの倫理に行き着く。『オープンソースは,情報と知識を自由に共有するという西洋科学が「ギリシャ時代から」踏襲してきた伝統の延長線として位置付けられるべきだ』とLinuxの作者のリーナス・トーバルズ氏も言う。

 科学の世界では、実験データや文献などの証拠が公開されていないと、その真偽を検証しようがない。ソースが公開されていることは、健全であるための必要条件なのである。ソースが公開された科学の世界においては、リファレンスさえしっかりしていれば、他人の知恵や知識を借用して新しい知識を生み出すことは、奨励されることはあっても疎外されることはなかった。

 本や論文という公開された知を、フェアユースの範囲内で自由に利用することによって西洋科学は発展してきた。ネットの時代において、大学院から出発したハッカー文化は、メールとソースコード管理システムCVSという2つのソフトウェアを武器にして、ソフトウェアの生産プロセスをオープンにすることに成功した。

 しかし、オープンソースソフトウェアの成功は、この「生産プロセスの革命」のまだ第一段階にすぎない。オープンソースソフトウェアからオープンソースコンテンツへの大きな潮流がいま起きつつある。

【Web 2.0とADOC】

 Web 2.0という言葉が流行しているが、これはソフトウェアが主役だった時代からコンテンツが主役である時代への変化を指し示しているように思える。

 ティム・オライリーは、「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」で、Web 1.0からWeb 2.0への変化の例を14個指摘しているが、そのうちのひとつに、コンテンツ管理システムからwikiへのシフトが挙げられてる。

図:ティム・オライリー「Web 20.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」CNETより 図.jpg

 wikiは誰でも書けるウェブであるが、特定の管理者しか書けないコンテンツ管理システムと、一体何が違うのだろうか。ウェブページを見て、頭に何かが浮かんだとき、それを人に伝える手段は通常限られている。コンテンツ管理システムを使っている作者にメールを書くか、ホームページに付設してある掲示板に書き込むか、その程度だろう。そこまでするための心理コストは大きく、ほとんどの人はふと浮かんだ言葉を心の奥底にしまったまま他のページに行ってしまう。wikiは、その場でコンテンツ自体を書き換えてしまうことを可能にし、この心理コストを限りなくゼロに近づけた。

 wikiを使ったウェブページ編集の作業は以下の通りである。
1.自分が見ているウェブページの上についている「編集」ボタンを押す。
2.編集して「投稿」ボタンを押す

wikiというソフトウェアをはじめて触ったときに人々がもつ、「勝手に人のページを書き換えていいの?」という違和感は、情報の所有権に対する生理学的な反応を示している。幸いなことに、この反応は社会的なコンテクストに依存するところが大きく、歴史の中でいずれ解消されていく問題であろう。

 wikiと同じことを従来のやり方でやると以下のようになる。
1.自分が見ているウェブページをPC上で名前をつけて保存をする
2.そのHTMLを編集する
3.ブラウザでHTMLがちゃんと書けているか確認する
4.メールで、内容を修正したという文面をサイト管理者に送り、HTMLファイルを添付する。
5.ウェブページがその後、管理人によって更新されたかどうかをチェックする  

これだけしてもウェブページに反映してもらえるかわからない。自分が行った行動が無駄になるかもしれないし、かえって管理人を怒らせてしまうかもしれない。wikiはこうした問題を一気に解決した。

 wikiはすばらしいソフトウェアだが、さらにすばらしいのは、wikipediaというキラーコンテンツとめぐりあったことである。wikipediaは、誰でも書ける辞書として、何万人もの貢献者が百万ページを超えるコンテンツをネットに作り出した。alexaのトラフィックランキングによれば、wikipediaは現在世界17位であり、ネットレイティングスによれば、2006年2月度の日本語版wikipediaへの訪問者数が月間700万人を超えたという。このようなたくさんの貢献者とたくさんの利用者が暮らす巨大な生態系を、wikipediaは作り出した。これは百科辞典というコンテンツが、wikiという文体に一番にマッチしたからだろう。ソフトウェアとコンテンツの幸せな関係が生まれたのだ。

 これははじまりにすぎない。

 wikiは、文章を中心とした静的なページづくりというごくありふれたものをターゲットにした。この範囲内でwikiが可能なことはwikipedia自体もやろうとしている。Wiktionary(wikiによる辞書)、Wikibooks(wikiによる教科書や解説書)、Wikinews(wikiによるニュース)はそうしたものである。日本においても、FTEXTのように高校の教科書をオープンプロセスで開発をする試みがはじまっている。

 wikiはwiki記法という独特の文法を覚えねばならないが、リッチなインターフェイスでWYSIWYGで編集できるようにしたNOTAというサービスが永田周一氏によって開発されている。

【情報共有できるAJAXの出現】

 wikiが切り開いた情報共有を前提とした知識の生産プロセスは、他の分野にも飛び火するかもしれない。われわれが普段使っているオフィス系のソフトのサービス化も始まっている。Wordの代替となるのが、writelyやajaxWriteなどのサービスである。通常、Wordなどのオフィス系のソフトウェアはクライアントPCにインストールをして使う。しかし、writelyやajaxWriteは、AJAX(Asynchronous JavaScript + XML)と呼ばれる技術を用いることにより、PCに標準でインストールされているブラウザ上でWordと同様のことを実現してしまう。ファイルを保存すると、それはPCのハードディスクの中に保存されるのではなく、サーバー上に保存される。

 情報共有が叫ばれる中で、PCの中で作られたWordなどのファイルをサーバーにアップロードしたり、逆にサーバーからダウンロードする手間は次第に増大している。これらのAJAXアプリを用いれば、最初からサーバーに保存されるために、共有するための作業はかなり少なくなる。

 Wordだけではなく、Excelのような表計算ソフトやPowerpointのようなプレゼンテーションソフトの代わりになるようなソフトウェアも、も次々とAJAXサービスとして公開されている。まだどのサービスが優勢ということは決まっていないが、この上で、膨大な数のコンテンツが共有される時代もすぐに来るかもしれない。それを見越してか、Googleはwritelyをすでに買収している。Googleのベータサービスとして提供される日も遠くないだろう。

 オフィス系の世界で、100%近いシェアを持っているMicrosoftも、ソフトウェアのサービス化の流れに乗ろうとしており、Windows Liveというサービスのベータ版を発表している。ソフトウェアのサービス化がなぜ要請されるかというと、結局のところソフトウェアを開発するよりもコンテンツをつくるほうがコストがかかり、コンテンツをいかに集めるかを考えるとソフトウェアをサービスとして提供する他ないからだ。

 このような流れはオフィス系のサービスだけではない。デザイナーが使うようなドロー系のIllustratorやラスター系のPhotoshopのようなイラストソフトも、ネットサービスとして提供されつつある。はてなの開発者、神原氏が個人的に開発しているFlashベースのwillustratorは、ウェブでIllustratorと同様な機能を実現しようとしている。ソースが最初からサーバーにアップされているので、人がつくったイラストをさらにコピーして改変していくということが非常に簡単にできる。

 人が書いたイラストを派生させて、新しいイラストを作るというのは、アートの世界ではすでに行われている。コンピュータ・アーティストの安斎利洋氏が10年以上前から行っている連画というプロジェクトでは、100回以上もワークショップを行い、ネットワーク的に画が派生していく様子を見ることができる。

 wikiとwikipediaにみられるような、アプリケーションとオープンソースコンテンツの蜜月関係は、ADOC(Application Driven Opensource Contents) と呼ばれる新しい潮流を生み出すだろう。コンテンツはそれ自体が自生的にできるというものではなく、すぐれたアプリケーションの登場によって促進される。逆にアプリケーションは常にキラーコンテンツを求めている。互いにキラーアプリケーションとキラーコンテンツであるような関係が望まれるのである。

【オープンソースコンテンツの再利用性のために】

 オープンソースソフトウェアが強力な再利用性をもたらしたのと同様に、オープンソースコンテンツも新しいレベルの再利用性を促進することが期待される。再利用性を促進するためには、ADOCには2つの機能が備わっていなければならない。ひとつは原著作者によるオープンソースライセンスの指定であり、もうひとつは検索である。

 そのコンテンツを再利用するときに、改変が許されるのか、自由に商用利用してよいのかをわざわざ確認するのはかなり大変な作業だ。wikipediaはGNU FDLというライセンスを利用しているが、最近はCreative Commons(CC)の利用も盛んである。Creative Commonsでは、ライセンスの種類を組み合わせで指定できるので、原著作者の多様なニーズに沿うように工夫されている。ブログの標準的な管理ツールであるMT(Movable Type)は、コンテンツに対してCCライセンスをつけることができる。米国の代表的な写真共有サイトであり、最近Yahooに買収されたFlickrでもCCのライセンスを簡単につけることができるので、利用者はどの写真をどの程度再利用してよいかがわかる。日本のFlickrともいえるフォト蔵も、CCライセンスで写真を公開することができるようになっており、すでにかなりの数の写真が公開されている。

 もうひとつ重要なのは、ライセンスを検索条件に指定しながら検索エンジンから検索が可能であることだ。自由に利用できる素材がほしいと思ったときに、その素材を入手し、自分なりの改変をほどこして利用すると共に、その改変後の素材も自動的に公開されている、という状態を実現する最初の一歩は、その指定したライセンスで多様なコンテンツが検索にヒットすることである。たとえばGoogleにおいては、ライセンスをオプション指定した検索は可能だが、画像や動画について検索をすることはまだできず、課題となっている。

【最後に】

 オープンソースの本質は、ソースが公開されることによって生産プロセスがオープンになるということである。これは古くは古代ギリシャにはじまり、科学コミュニティを経て、ソフトウェア開発の世界に至った。Web 2.0は、その潮流が、あらゆるコンテンツに波及することを示すひとつの象徴的なキーワードである。

 非公開が前提でボタンを押すと公開にできる世界と、公開が前提でボタンを押すと非公開にできる世界は、ほとんど一緒のように見えるが、かなり異なった様相であろう。それは、コンテンツをつくり、編集するときのわれわれの内部で起こる内面的な変化に表れてくるかもしれない。生活の活動時間の多くをそうしたコラボレーションに人々が費やすのであれば、生活様式全体の変化をもたらし、われわれの社会観、地球観を変容させるかもしれない。

 世界で生産されるコンテンツの5%が現在公開されているとして、逆に95%が公開されている世の中に変化するとしたら、そのときに登場する新しいフィールドをなんと名づければよいのだろうか。

 公文俊平は、公開が前提とされた智が集積し流通するフィールドを地球智場と名づけた。それはもうまもなく実現するかもしれない。このフィールドの登場は、単にネット世界で情報がやりとりされるというだけではなく、産業社会や民主主義社会のあり方自体も次第に変えていくことだろう。それはちょうど、グーテンベルクの活版印刷が、長期的に見れば宗教革命や資本主義革命に影響を与えたのと同様である。

 しかし、本論では先を急がずに、オープンソースコンテンツの指数関数的増大を引き起こすための材料が、現時点でそろい始めていることを指摘しておくにとどめよう。これから数年のうちに、第二のwikipediaが続々と登場していくことが予見される。

 ただ今度の波においては、日本の開発者やサービス提供者も、この潮流を推し進めるサービスの開発をはじめており、単に海外からパラダイムが輸入されてくるという状況ではなく、逆に世界に輸出していくことになるかもしれない。だが、これは既存の輸入=輸出概念に収まるものではなく、まさに地球智場が形成されることによって、全く新しい世界概念の中で人々が生産活動をはじめたことの証なのかもしれない。

【参考文献・サイト】

ティム・オライリー「Web 2.0:次世代ソフトウェアのデザインパターンとビジネスモデル」2005年 http://japan.cnet.com/column/web20/story/0,2000055933,20090039,00.htm http://japan.cnet.com/column/web20/story/0,2000055933,20090424,00.htm

Wiktionary http://en.wiktionary.org/wiki/

Wikibooks http://en.wikibooks.org/wiki/

Wikinews http://en.wikinews.org/wiki/

FTEXT http://www.ftext.org/

NOTA http://nota.jp/

writely http://www2.writely.com/info/WritelyOverflowWelcome.htm

ajaxWrite http://www.ajaxwrite.com/

Willustrator http://wi.sappari.org/

連画 http://www.renga.com/

GNU FDL http://www.opensource.jp/fdl/fdl.ja.html.euc-jp

Creative Commons http://www.creativecommons.jp/

公文俊平「情報文明論」NTT出版 1994年

プロフィール

<すずき・けん>
1975年長野県生まれ。国際大学GLOCOM主任研究員。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。2003年、情報処理振興機構(IPA)未踏ソフトウェア創造事業で天才プログラマー/スーパーくりえーたーに認定。専門は複雑系の認知科学・ソーシャルウェア・情報社会学。共著書に『NAM生成』(大田出版)、『進化経済学のフロンティア』(日本評論社)。