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chikyu_chijo - January 11, 2007

第21回: 韓国でグーグル(Google)が存在していないのはなぜか?

January 11, 2007 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

 濱野智史 (国際大学GLOCOM 研究員)

韓国におけるGoogleの不在

Googleが情報社会の命運を握る存在と目されているということは、枚挙に暇がない。IT系ニュースサイトでGoogle関連の記事を見ない日はなく、ブログを見れば次々とリリースされるGoogleの新製品についての噂やレビューで持ちきりである。また昨年出版されたジョン・バッテルの『ザ・サーチ』(日経BP社)を皮切りに、今年は梅田望夫の『ウェブ進化論』(ちくま新書)、佐々木俊尚の『グーグル Google』(文春新書)と、Google関連の書籍は相次いで出版されている。『ウェブ進化論』で紹介されている逸話に、「世界政府っていうものが仮にあるとして、そこで開発しなければならないはずのシステムは全部グーグルで作ろう」という言葉があるけれども、まさにGoogleは「地球智場」の中心的存在としてみなされている。

だがそのGoogleが、まったくといっていいほど存在感を発揮していない国がある。それは隣国の韓国のことだ。ここでIT界隈の事情に詳しい方であれば、こう指摘されるかもしれない。「実は日本でも、Googleは抜群でトップというわけじゃないんだよね」と。たしかに2006年5月時点主要ポータルサイトのページビュー・ランクによれば、GoogleのランクはYahoo Japan、楽天、mixiに続く4位につけている*1。また中国でも、一時期Googleは中国政府による言論統制の観点から、中国国内でのサービス提供に制限をかけられていたこともあってか(現在は中国政府の規制を受け入れるかたちでサービスを開始している)、「百度(Baidu)」という中国ローカルの検索エンジンがシェアトップを占めている。とりわけ東アジア諸国において、Googleはそれほど他を圧倒するほどの存在感を誇っているわけではないのである。  それにしても、韓国におけるGoogleの「不在感」は群を抜いている。韓国検索ポータルのページビュー・ランクを見てみると、驚くべきことに、Google Koreaはそもそも総計13位のランキングにすら上ってきていないない。これはどういうことなのだろうか。これまで韓国といえば、いち早くブロードバンド・インフラの普及を達成した情報化先進国として注目されてきた。その韓国において、なぜGoogleは受容されていないのか。本稿では、このいささか逆説的な事実に注目してみたいと思う。

韓国ブロードバンド化と検索エンジン「Naver」の成功

なぜ韓国ではGoogleが成功していないのか。その理由について、韓国を代表する著名なIT評論家キム・ジュンテ氏の分析を紹介してみたいと思う。それは一言でいえば、「韓国では情報化がいち早く進んだがゆえに、Googleは成功しなかった」というものなのである。

日本でもよく知られているように、韓国では政府の情報化推進政策によって、早い時期からブロードバンド通信網の普及に成功したという経緯がある。さらにキム氏が注意を促すのは、もともと韓国ではパソコンの普及率も高く、2000年1月の段階で、約500万から600万人のパソコン通信ユーザーが存在していたという事実だ。だが、2000年末には一挙に360万世帯が高速通信網の利用者となり、さらに2002年にはこの数字が1000万世帯を超えることになった*2。韓国の人口が約4500万人であることを考えると、この急速なブロードバンド環境の浸透は、ほぼすべての世代が大量にネットワークに参入したことを意味している。すなわち韓国のブロードバンド化とは、若者中心であったパソコン通信ユーザーに加えて、相対的にITリテラシーの少ない層(子供から高齢者まで)の利用者が急増した点に、その特徴があるといえる。

こうした状況を受けて、韓国のポータル各社は、大量に増加したITリテラシーの低いユーザーを対象に、学習不要で便利なサービスと、画像や動画を中心としたコンテンツ(芸能ニュースなど)を次々と提供するようになった。しかし、当然ながら、動画や写真といったコンテンツは、そのままではテキストで検索することはできない。また動画間のハイパーリンクなどは基本的に存在しないため、GoogleのPageRankのような検索アルゴリズムは有効に機能しない。そこで現在の韓国検索市場のトップシェアである「Naver(ネイバー)」は、初心者のための検索サービスとして、「知識iN」というユーザー間のQ&Aコミュニティサービスを提供することになった。

これが「初心者向けの検索」というのはどういうことか。たとえば「ワールドカップでジダン選手が頭突きをしたシーンの動画ニュースが観たい」という人がいたとしよう。これは有名なシーンなので、初心者であっても目的の動画にたどり着くことはできるだろう。しかし、「ジダンに頭突きをされたマテラッツィが、イタリア本国で退場させられたシーン」となると、これは(初心者でなくとも)見つけるのに苦労するはずだ。そもそもその試合がいつ行われたのか、どこと対戦したのか、検索の鍵となる情報がそもそもわからない以上、検索条件を絞りにくいからだ。そこでQ&Aコミュニティサービスは、わざわざ機械的に検索をするのではなく、「どなたかジダンに頭突きをされたマテラッツィのイタリア本国で退場させられたシーンを教えてください」というように、サッカーに詳しいネット上の誰かに直接聞いてしまおう、という仕組みを提供するのである。ちなみに日本の類似したサービスとして、「人力検索はてな」などが挙げられるが、「人力検索」とはまさに的確にこのサービスの特徴を表現しているものといえるだろう。

まとめよう。韓国ではブロードバンドが急速に普及したことで、初心者ユーザーと同時に動画などのコンテンツが増大した。その結果、Googleのような検索アルゴリズムは使い物にならず、初心者向けの検索サービスであるNaverのQ&Aコミュニティが大きく利用者を伸ばした。つまり、Googleは韓国情報社会という環境には適さず、独自進化したNaverが大いに受け入れられたというわけである。

以上の説明から、なぜ韓国でGoogleが受容されることがなかったのか、その背景を理解することができたかと思う。それでは次に、Naverを頂点にして形成される韓国インターネットの姿を概観してみることにしよう。

韓国検索ポータルに見る「垂直統合」現象

引き続きキム氏の議論に耳を傾けてみると、どうやら韓国のインターネットは、「Web 2.0」と呼ばれる動向に逆行しているとのことである。これはどういうことか。キム氏によれば、Naver(韓国第一位ポータル)やdaum(韓国第二位ポータル)といった韓国のポータル各社は、自サイト内のコンテンツを「独占」する傾向にあるという。ここで独占というのは、検索可能な領域を囲い込んでいるという事態を指している。たとえばGoogleでNaver内のコンテンツを検索しようとしても、検索結果にヒットしない。百聞は一見に如かず。興味のある方は、Googleの検索フォームに「site:blog.naver.com XXX(適当なキーワード)」と入れてなにか検索をしてみてほしい。これは「blog.naver.com(Naver ブログ)以下のウェブページを検索する」という意味なのだが、検索結果は驚くほど少ないことがわかるはずだ。

もちろん「独占」といっても、これは「robots.txt」という検索エンジンロボットの巡回を拒否するファイルを設置しているに過ぎない*3。robots.txtというのは、いわば「紳士的協定」であって(検索エンジンに対して「立ち入り禁止」をお願いする立て札のようなものだ)、Naver内のコンテンツにリンクをしたりすることはできる。しかし、検索エンジンからアクセスできないということは、それは現実的には「存在しない」ということに等しい。ともあれ、これでは韓国でGoogleがほとんど利用されていないという現状もやむなしであろう。

またNaverには、その検索結果がほとんどNaver内部で完結するという特徴がある。まずNaverの検索結果の一番上には、さきほど触れた「知識iN」の検索結果が表示される。その次に「Naver ブログ」「Naver Cafe」(掲示板)「Naver 動画」といった検索結果が続く。いわゆる通常のウェブの検索結果にあたるもの、つまりNaverの外側の検索結果は、ようやく最後に表示されるのである。つまり、Naverで検索をするということは、インターネット全体を検索するのではなく、Naverの内側を検索することに等しいのだ。

このように、韓国検索ポータルは、自サイト内にあらゆるコンテンツを抱え込み、他の検索エンジンを自サイト内のコンテンツから排除しつつ、さらにユーザーをポータル内部に留めて離さないような仕組みを構築しているのである。比喩的にいえば、韓国のインターネットは「検索」から「検索対象」に至るまで垂直的に統合されている状態にあるといえよう。

それにしても、なぜゆえ韓国ポータルはこうした垂直統合の状態に至ったのだろうか。キム氏は韓国検索ポータルに対し、インターネットの「情報のオープンな共有」という理念、ひいては「Web 2.0」という動向に逆行していると批判しているのだが*4、このキム氏の見解に同感する方も多いだろう。というのも、私たちはインターネットにある種の「定説」を抱いており、Naverの事例はそこから顕著に外れているように感じられるからだ。その定説とは、「インターネット上では情報は自由にやり取りされるべきだ」という慣習的理解のことであり、これを経済学的に洗練するといわゆる「マスメディアは垂直統合・インターネットは水平分離」という図式になる。いわゆる「通信と放送の融合」をめぐる議論では、次のようなシナリオが語られている:これまでマスメディアの時代においては、伝送技術や媒体(テレビ・ラジオなら電波)の部分の「希少性(独占性)」によって、メディア(ハード)とコンテンツ(ソフト)は垂直的に統合されてきた。しかしインターネットやデジタル技術は、すべてのコンテンツをデジタル化し、IPネットワーク上で一元的かつ低コストで伝送することを可能にする。このインターネットによって、いまこそメディアとコンテンツの垂直的統合関係を分離(アンバンドル)し、より水平的で自由な競争環境の出現に期待するときなのである、と。

しかし、Naverのケースを理解する上で重要なのは、このインターネットの出現によって「希少性」そのものがなくなるわけではないということだ。かつて経営学者の國領二郎は、情報化によって、希少性は媒体に宿るのではなく、人々の認知能力や情報処理能力の側面に移り変わるだろうと指摘した*5。たしかにインターネットは伝送経路の部分における希少性(独占性)を希薄化する。その結果大量のコンテンツ(情報)がやり取りされるようになると、人々は大量の情報選択の機会にさらされるようになる。すると人々は、いわゆる情報の海に溺れた状態に陥り、かえって自由な情報選択をすることができなくなってしまう。そこで出番になるのが検索エンジンである。検索エンジンは、情報の取捨選択を肩代わりすることによって、「認知限界」という新たな希少性を掴み取る。情報社会において、GoogleやNaverをはじめとする検索エンジンが重要な位置を占めてくるのは、このようなロジックによるのである。

マスメディア化する韓国検索ポータル

マスメディアとは異なる希少性を掴み取った検索ポータルは、いまや韓国における「新たなマスメディア」とでもいうべき存在になった。Naverニュースやdaumニュースは、いまや韓国で最も読まれる新聞だといわれており、その一週間あたりのユニークアクセス数は1000万に及ぶという。ポータルは、各新聞社などから記事コンテンツを購入することでニュース欄を充実させており、「ポータルさえ見ればあらゆる新聞の記事が見られる」とあって大量の読者を集めているようだ。こうしてアクセス数で韓国の各新聞社を大きく上回るようになった韓国ポータルは、購読数の減少によって収益源を脅かされた新聞社から、完全にメディアとしての主導権を奪い取ってしまった。これは裏を返せば、新聞社はポータルに記事を販売提供する「通信社」の地位に繰り下がってしまったということだ。まさにネットによって新聞が「殺された」とでもいうべきか。

単に多くの読者を獲得しただけではない。韓国ポータルの社会的な成長は、「犬糞女事件」と呼ばれる、2005年に韓国社会を騒然とさせた事件にまつわるエピソードからも窺い知ることができる。まず、犬糞女事件の顛末を簡単に紹介しておこう:ある日地下鉄の電車内で、とある女性がペットの糞を始末せずに放置して電車を降りた。その一部始終はたまたま携帯機器でビデオ撮影されており、これがネット上にアップされた。この女性の不道徳ぶりに憤慨したネティズンたちは、いわば「魔女狩り」のごとく、ネット上で情報交換を交わしあって、その女性の個人情報を白日の下にさらけ出してしまった。この事件は、インターネットが市民の市民による「監視と私刑」の装置にも転化しうるという意味で、韓国社会はもちろん、英語圏からの注目も集めた。

こうした魔女狩りの作業を中心的に担ったのは、「dcinside」と呼ばれる画像掲示板サイトのユーザーたちだったといわれている。dcinsideはいわば日本の「2ちゃんねる」に相当する韓国の巨大掲示板と呼べるサイトで、実際日本の2ちゃんねるでも、「犬糞女」のような事件は頻繁に起こっている。さて、ここで想像してみてほしいのだが、日本でこうした事件が社会的論議の的になったとすれば、おそらく「2ちゃんねるという匿名空間が、無責任で非道徳的な行為を助長している」という支配的な論調になることは間違いないと思われる。しかし、韓国はそうではなかったのである。むしろ非難の矛先を向けられたのは、2ちゃんねる的存在のdcinsideで(、)は(、)なく(、、)、Naverなどのポータルだったという。つまり、ポータルはこの魔女狩り騒動において、その存在を社会に広く公知するというかたちで「火に油を注いでしまった」のであり、その責任を負うべきだというのが韓国社会の認識なのだ。ここでは、日韓どちらの認識が正しいのかという問題はあまり重要ではない。この事実が示しているのは、いまや韓国ポータルが、事件を社会に広く知らしめる影響力――メディア研究の言葉を使えば「アジェンダ・セッティング(議題設定)」の力――を持ち始めているということではないだろうか。

韓国社会は「遅れている」のか?

まとめよう。韓国における「ポータル強大化」という状況は、筆者の考えでは、「インターネットがマスメディアを凌駕した」と理解するのではなく、むしろ「ポータルが新たなマスメディアとなった」と理解するほうが正確ではないかと思われる。経済学的には、韓国ポータルは認知限界という新たな希少性を捕らえ、ある種の垂直統合的な形態を取っているということ。メディア論的には、韓国社会に対するアジェンダ・セッティングの力を持つまでになったということ。経済学的、メディア論的という二つの特徴から見たとき、Naverはむしろマスメディアの延長として捉えるほうが自然なのである。

しかし、だからといって、韓国情報社会を「古臭くて、後進的なもの」とみなすことはできないことは強調しておくべきだろう。「韓国ではブロードバンド化が早急に達成されたために、かえって韓国ローカルの検索エンジンはマスメディア化した」という逆説を裏返してみれば、とりわけ米国を中心にGoogleが成功した理由も逆照射されてくる。というのもブロードバンド・インフラの整備で遅れを取った米国では、ブログをはじめとする「テキストを中心としたネット文化」が隆盛(、、)せざる(、、、)を(、)得ず(、、)、それゆえにこそGoogleのようなテキスト対象の検索エンジンが利用者を多く集めたといえる。いいかえれば、いま私たちが当然視するGoogleを中心とした情報社会の姿とは、ある種の歴史的偶然の産物に過ぎず、地球智場に向けた「唯一普遍の経路」では決してないのである。韓国情報社会をめぐるケーススタディは、こうしたある種当然だが忘れがちな事実に気づく機会を与えてくれるといっていいだろう。



*1 ネットレイティングス調べ。国内の家庭用PCからの総ページビューの調査に基づく。参照した記事は以下。「mixiのページビュー、Yahoo!・楽天に次ぐ3位に」(ITMedia, 2006年06月28日, .)

*2 データは韓国情報通信部の調査による。本書が参考にしたのは以下の文献である。廉宗淳、『「電子政府」実現へのシナリオ―「ネット先進国」韓国に学ぶ』、時事通信出版局、2004年.

*3 興味のある方は、「http://blog.naver.com/robots.txt」などとブラウザのURLフォームに打ち込んでみると、その存在を確かめることができる。

*4 さらにキム氏はNaverのWeb 2.0に対する不適応の例として、「知識iN」に関するAPI機能を公開するものの非商用利用に限定されている点を挙げている。

*5 國領二郎『オープン・アーキテクチャ戦略』(ダイヤモンド社、1999年)

プロフィール
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<くはまの・さとし>
1980年千葉県生まれ。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了(政策・メディア)。2005年より現職。研究領域・専攻・関心は、①情報社会論の理論構築。②ブログ・SNS・P2Pといったソーシャルウェア(ネットコミュニティ)の動向分析。情報技術から文化に及ぶ、情報社会論の学際的なアプローチを模索中。