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chikyu_chijo - January 11, 2007

第22回: 民営化の「あだ花」、ブラジルの無料ISP

January 11, 2007 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

 上村圭介 (国際大学GLOCOM 主任研究員)

はじめに

ブラジルと言えばサッカー大国である。今年夏のワールドカップでブラジルは惜しまれる間もなくトーナメントを去ったが、ちょうどその頃、筆者は同僚と一緒にワールドカップの熱狂に包まれるブラジルを訪問した。開催地はドイツであったので、ブラジル人はテレビなどで試合を観ていたのにすぎないが、現地は「サッカー大国」という決まり文句では形容し難いほどの熱狂に包まれていた。筆者たちも「ブラジル戦があるから」という理由で、あるアポイントを断られてしまった。今後ワールドカップの時期にブラジルに調査に行かれる際には試合日程に十分留意されることをお勧めする。

ところで、ブラジルのインターネットではしばらく前から面白い現象が起こっている。それが今回ご紹介する無料ISPである。無料ISPとはその名の通り、無料で利用できるISPのことである。これらのISPは、利用者から加入料も利用料も一切徴収しない。なぜそういうことが可能なのだろうか、本稿ではその背景について迫ってみる。

ブラジルの情報通信

このようなブラジルの情報通信の普及状況はどのようなものだろうか。図1は2001年から2005年の5年間の固定電話、携帯電話、インターネットのそれぞれの加入数の変化を示したものである。固定電話の加入数はこの5年間では13パーセント程度しか増えていないが、携帯電話は200パーセントの増加、約3倍に拡大している。2002年には加入数では携帯電話を固定電話が上回っていたが、2003年にはその関係が逆転した。携帯電話の加入数はその後も急増し、現在では携帯電話の加入数は8,621万となっており、ブラジルの人口の約半数にまで普及している計算である。

ブロードバンドについてはどうだろうか。ブラジルの調査会社E-Consultingによると、ブラジルのブロードバンド普及数は、2006年末で410万人に達すると見られている*1。これは1億8,000万のブラジルの人口の2.3パーセントだが、インターネット利用者全体に占める割合は約13パーセントにすぎない。

一方、収益を比較すると、インターネット事業の収益全体の75パーセントが13億ドルがブロードバンド・サービスからもたらされているという。残り25パーセントの「ブロードバンド以外」の利用者からの収益が極めて少ないというのはどういうことだろうか。「ブロードバンド以外」の利用者には、職場や学校だけでインターネットに接する利用者や、途上国で見られるテレセンターからの利用者も含まれるとしても少ないように思える。

いま風に言えば「ロングテールの法則」ということになるのかもしれないが、実は、ここにはブラジルのISP業界の特殊事情も絡んでいるらしい。というのも、ブラジルの多くのISPはダイアル・アップを無料で提供しているのである。したがって、ブラジルのインターネット利用者の90割近くを占めると思われるナローバンド利用者は、ほとんど料金を払わずに(といってもダイアル・アップの通話料は負担するが)インターネットを利用できてしまう。中には料金を払わずにすむどころか、利用実績に応じてキャッシュ・バックを受けられるところさえある。

図1 固定電話・携帯電話・インターネットの利用者数

無料ISPの出現とその浮沈

無料ISPという発想自体はブラジルに限られたものではない。思い返せば、日本でもアメリカにも、利用者が料金を払わずに利用できる無料のダイアル・アップ接続サービスがあった。代表的なところでは、1996年4月にアスキーインターネットフリーウェイ(AIF)が利用料無料のサービスを開始した。その後、1998年8月に当時のライブドアが無料ISPサービスの提供を開始した。しかしどちらも長くは続かず、ところが、AIFは1997年12月にサービスを終了し、ライブドアも2002年10月に経営破綻し、事業を当時のオン・ザ・エッジ(現在のライブドア)に譲渡した。その新ライブドアも2005年には無料ISPサービスを終了することになった。

ブラジルにおける最初の無料ISPは、1999年12月にブラジル最大の銀行Bradescoが同社の顧客向けに提供したのが最初だと言われるが、専業ISPとしては、2000年1月に無料サービスを開始したiGが最初である。その後、時をほぼ同じくして他のISPも同様の無料サービスを開始したがiGの無料サービスはひと足早くブラジルのインターネット利用者に浸透し、無料サービス開始10か月でユーザ・シェアで業界最大手の地位を築いた*2

しかし、ブラジルでもこの時期の無料ISPサービスは長続きしなかった。iGに続いて無料サービスを開始したSuper11は、1,000万ドルの投資を受け事業を開始し、iGに次ぐ数の利用者を集めたたものの、2000年9月には早々と事業から撤退してしまった。その他の無料ISP事業者も同様に、利用者数の獲得に失敗し、収益が上がらないと見るや早々に撤退してしまった。2001年までにはほとんどの無料ISPの姿は消えてしまった。

それが現在、再び無料ISPブームが加熱しているのである。代表的な無料ISPとしては、Oi Internet、iG、iBest、Pop、iTelefonica、Click 21、Inteligweb、Orolixなどがある。また、Yahoo!Brasilなど、国内の主要ポータルも「無料」をうたい文句にしたISPサービスを提供している。

中でも異色なのはOrolixである(図2)。Orolixは会員に対してISPサービスを無料で提供するだけでなく、現金と交換可能なポイントを利用実績に応じて付与している。電話の通話料が格安になる夜間・休日料金時間帯に1日1時間使用した場合、会員には月に7.20レアル(約350円)相当のポイントが付く。また、日中料金時間帯であれば14.40レアル(約700円)相当のポイントが付く。日中時間帯は通話料が従量制でカウントされるため、1日1時間の通話を30日にわたって行なうと57.00レアル(約3,000円)の通話料が発生するが、夜間・休日料金時間帯なら、1通話あたり0.15レアル(約7.5円)で何時間でも通話できるため30日でも4.50レアル(約225円)で済む。

こうして、会員は無料ISPを使うだけで毎月1.70レアルを手に入れることになる。1日1時間程度では大したポイントにはならないが、接続時間に応じてポイントが加算されるため、長く使えば使うほどポイントを稼ぐことができる。また、会員本人がISPサービスを利用した場合だけでなく、その会員の紹介でOrolixに入会した会員が同社のサービスを利用した場合にも、その時間に応じたポイントが付与される。

図2 Orolixのウェブ・サイト

無料ISPの新たな収益源

日本でもブラジルでも、初期の無料ISPは広告収入やオンライン販売の手数料を収益の中心に据えていた。ブラジルの最大手無料ISPであるiGの場合には、広告による収益に加えて、同社のショッピング・サイトでの販売手数料やブランド料を収益の柱として位置づけていた。2000年5月に同社が手始めに手がけた生花販売のiGFloresは、販売数だけでみれば当時ブラジルで最大の花屋となったという。その他、iGブランドによるピザの宅配や携帯電話販売にも乗り出した。

しかし、このような収益をベースにISPのサービスを無料で提供するというモデルによる経営は長続きせず、日本やアメリカでは無料ISPは姿を消して行った。それでは、ブラジルの無料ISPはなぜ今でも生き残っているのだろうか。実は、そこには電気通信の民営化と規制緩和のすき間に生まれたからくりがある。

ブラジルでは1998年まで、電気通信事業は、政府がコントロールする持株会社Telebrásを通じた独占事業だった。1998年7月に電気通信事業の民営化が実施され、政府はTelebrás傘下の電話会社を三つの地域電話会社と一つの長距離・国際電話会社の再編と株式の売却を行なった。また、新規事業者(「ミラー会社」と呼ばれる)が参入し、市場競争を開始した。民営化に際して、電話会社間の相互接続が義務化され、発信側の電話会社が着信側の電話会社に対して相互接続料を支払うというルールが導入された。

このルールの下では、二つの事業者(大抵は旧Telebrás系事業者とミラー会社)が相互接続する際、両者は相互接続点までの回線コストを按分するほか、発信側の事業者から受信側の事業者へのトラフィックの量に応じて相互接続料を精算する。簡単に言えば「より多く電話をかけた側の電話会社が相手方の電話会社に対して相互接続料を支払う」ということである。

じつは無料ISPのからくりはこの相互接続制度と関係がある。競争が始まったといっても、旧Telebrás系電話会社とミラー会社では加入者の数に圧倒的な差がある。国内の電話加入者の圧倒的多数は旧Telebrás系電話会社に加入している。一方「利用料無料」をうたうISPの多くはミラー会社の顧客である。したがって、無料ISPの利用者のほとんどは旧Telebrás系電話会社からミラー会社にあるISPのアクセス・ポイントに電話をかけることになる。その結果、旧Telebrás系電話会社はミラー会社に対して相互接続料を支払わなければならない。ISPを利用する際の通話は長時間にわたるため、旧Telebrás系電話会社からミラー会社へのトラフィックは一層不均衡な状況になる。

結局、ミラー会社は旧Telebrás系電話会社から多額の相互接続料を受け取ることになり、無料ISPにはミラー会社が受け取る相互接続料の一部が還流するという構図になっている。そして、無料ISPは還流した相互接続料を元手にISP事業を運営するわけである。先ほど紹介したOrolixの場合には、現在の収益の99パーセントが相互接続料からの還流だという。

じつは、このような歪んだ相互接続料の実態はブラジルに限られたことではなく、アメリカや他の国にも見られたものである。日本でも状況は異なるが、無料ISPがNTT以外の事業者のネットワークにダイアル・アップのアクセス・ポイントをおき、利用者が払うアクセス・ポイントへの通話料の一部を受け取っていたケースがある。しかし、ブラジルの場合、設定された事業者間の相互接続料が他国と比較しても高額で、それが無料ISPの出現を促している。

このような無料ISPが成立する背景にはもう一つのトリックがある。旧Telebrás系電話会社には全国一律にサービスを提供する義務とあわせて、深夜・休日時間帯割引の設定が義務づけられている。深夜・休日時間帯では、市内通話は時間単位課金ではなくて通話単位課金とされ、1度かけたら深夜・休日時間帯である限り何分話しても料金は一定である。しかし、相互接続料の精算は通常通り時間単位で行なわれる。トラフィックはさらに不均衡になり、ミラー会社にはさらに多くの相互接続料がもたらされる。旧Telebrás系電話会社にしてみれば、加入者から市内通話料金を取ることができないばかりか、ミラー会社への多額の相互接続料を支払わなければならないことになっているのである。

無料ISPの将来

旧Telebrás系電話会社もミラー会社に相互接続料を掠めとられているばかりではない。今では旧Telebrás系電話会社も無料ISPを買収するなど、無料ISPを取り込み始めている。今では電話会社と無料ISPの多くが資本関係をもっている。そうすることで他社に流れるトラフィックを少しでも減らし、相互接続料の精算額を圧縮するのに役立つからである。

このような形で無料ISPが維持されることは、電話会社間の競争を歪める結果となる。政府も一時期は電話会社とISPの間の利益共有の禁止や、相互接続制度の見直しについての検討を行った。しかし、相互接続制度の矛盾は、携帯電話会社と地域電話会社の間の料金設定においても見られることや、相互接続制度を逆用しているのは無料ISP以外にもコール・センターや音声情報サービスなどがあり、その影響が無料ISPだけにとどまらないなど、業界の反発もあり、結局は無料ISPについての規制は行なわれなかった。

現在では旧Telebrás系電話会社とミラー会社の両方に無料ISPが設置され、一時期見られたような極端なトラフィックの偏りがなくなったため、この問題は解消したというのが政府の立場である。このような歪んだ競争は望ましいことではないが、言わば政府も黙認する状態が続いている。

そもそも無料ISPはダイアル・アップ時代の「あだ花」である。無料ISPで相互接続制度があってこそ成立するモデルであって、ブロードバンド接続が主流になれば、この問題はいずれ解消されるか、少なくとも無視できる範囲のレベルにまで収斂するはずである。

無料ISP側も、いつまでも相互接続料の「おこぼれ」に預かろうと考えているわけではない。先ほど紹介したOrolixは、無料ISPの会員紹介制度を活かしたSNS型の会員コミュニティを形成し、コンテンツ投稿サイトなどの消費者生成型サービスを提供し始めようとしている。Orolixの狙いは無料ISPではなく、ユーザがインタラクションするためのプラットフォームを提供することであると同社のCEOであるNagib Mimassiは筆者に述べた。

このような動きを見ていると、無料ISPは今でこそ「あだ花」であるが、近い将来には、SNSとの連動など、新しいサービスの発信源となるという期待がもてそうである。

*1 "Brazil Broadband Users To Hit 4.1 Mln End-2006", Latin America News Digest(2006年8月1日付)

*2 Salesmen in Cyberspace - Latin America's E-commerce.

プロフィール
kmmr <かみむら・けいすけ> 1972年生まれ。97年大阪大学大学院文学研究科博士前期過程終了。同年より国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)に勤務、主任研究員。これまで、マルチメディア・マークアップ言語に関する標準化、インターネット・アプリケーションの分析、ブロードバンドの普及動向・政策に関する調査、ネット・コミュニティに関する調査研究、ソフトウェア・プログラムの多言語化の社会言語学的分析などに従事。共著書に「ブロードバンド国家戦略」(NTT出版、2003年)、「デジタル・ツナガリ」(NTT出版、2004年)、「クリエイティブ・コモンズ デジタル時代の知的財産権」(NTT出版、2005年)などがある