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第26回: 情報社会のポリフォニーモデル構築をめざして

April 16, 2007 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

砂田薫  (国際大学GLOCOM主任研究員・助教授)

「寛容」を出発点とする社会発展モデル

10年後、20年後の日本や地球はどうなっているのだろうか。あるいは、どうあってほしいと私たちは願っているのだろうか。

情報社会の発展は、情報技術(IT)の進歩を抜きにして語ることはできない。コンピュータの普及が始まった1960年代から今日にいたる40年余りで、ITは社会に不可欠のインフラとなりさまざまな領域へ浸透した。20世紀末から21世紀にかけてインターネットが全世界に広がり、情報化とグローバル化の波は相互に作用しつつダイナミックに進んでいる。今後ますます地球上で時間と距離の障壁は取り払われていくだろう。テクノロジーの側面から社会を見れば、間違いなく激変が起こったということができる。

にもかかわらず、私たちが頭に思い描く理想的な社会のイメージは、近代化の停滞が始まった1970年代からさほど大きく変わっていないようにみえる。すなわち、中央集権的で(大量生産・大量消費に代表されるような)画一的な経済成長最優先の競争社会から、自律・分権的で多様性に富んだ持続可能な共生型社会への移行という進路である。1970年代中頃、西欧諸国では経済成長の鈍化による慢性的な失業が大きな社会問題となった。一方、日本でも1973年のオイルショックを引き金として高度経済成長が幕を閉じた。また、水俣病に代表される公害問題によって地球環境への関心が高まり、反原発運動に見られたように巨大科学技術への懐疑が深まった。効率化と合理化の追求によってもたらされる経済成長を最優先とするような思考への反省が起こり、社会発展のオルタナティブなモデルが模索された時代だった。

むろんその後には、テクノロジーだけでなく、政治・経済・社会のさまざまな面で新たな現象が起こった。米ソの冷戦時代が終わってからは国際的なテロの脅威が高まるなど、国際政治と安全保障に起こった変化はとりわけ注目されるだろう。その背景には、富の不均衡の拡大によって貧困問題が深刻化しているという現実がある。1970年代に描かれた社会発展モデルのキーワードが「多様」「分権」「共生」であるとすれば、現在はこれに「寛容」を加えたいと考える人が少なくないはずだ。

小説家の大江健三郎は、2006年11月に朝日新聞社から発行したエッセイ集『「伝える言葉」プラス』の記述を「不寛容」という言葉の説明から始めている。21世紀に入って世界に政治的な不寛容が蔓延し亀裂を深めていることに対して、大江は警告を発し、「寛容」の重要性を繰り返し強調してきた。

鶴見和子は、その大江健三郎の小説『燃えあがる緑の木』に見出される「ポリフォニー」に注目し、自分たちと利害や意見が異なるものを排除するのではなく、小説を通じて「異質なものをすべて受け入れて新しい配置のうえに新しい意味を付与する社会変動のあり方を模索している」と分析した*1。「ポリフォニー」とは一般的に複数の声が調和して成り立つ多声音楽を指している。鶴見の説明によれば、一人の指揮者がいて一つの曲を多くの楽器で統一的に演じる「シンフォニー」とは異なり、ポリフォニーはそれぞれが違う曲を奏でていながら全体として調和を保つ音楽を指すという。また、小説ではドストエフスキーの中にポリフォニーがあることをミハエル・バフチンが発見し、大江はそこから学んだと指摘している。

ポリフォニーの出発点は寛容にある。だから、異質なもの同士の分権的な共生が可能になるのであり、結果として多様性に富んだ持続可能な社会となる。まさに21世紀の情報社会の一つの理想的なモデルをポリフォニーは提供してくれると言えるだろう。そこで、このような方向をめざす社会発展のモデルをここでは仮に「ポリフォニーモデル」と呼ぶことにして、以下、その起源となる理論と現代の情報社会への適用について若干の考察をしてみたい。

1970年代の問題提起

ポリフォニーモデルの起源となる概念には、鶴見和子が提起した「内発的発展」とスウェーデンのダグ・ハマーショルド財団が『何をなすべきか?』と題した報告書で提起した「もう一つの発展」の二つがある。いずれも、自然環境や伝統文化を重視した内発・自律・分権的な社会発展モデルを指している。

西川潤は、この二つが1970年代中頃に期せずして東西でほぼ同時に現れたのは、「欧米の近代社会がつくり上げた世界的な国際分業体制が崩れて、第三世界の国々が独立し、新たな、自らがその犠牲となってきた支配型発展とは異なる発展の道を模索し始めたことと関連していよう」と述べている。ただし、内発的発展の思考の起源はさらに古く「19世紀にイギリスが『世界の工場』への道を歩むとともに、イギリス起源の自由主義・普遍主義が後発地域を巻き込もうとした時点で、ドイツ、フランス、アメリカなどで、この自由主義・普遍主義に対抗する思想として現れた」と考察している*2

20世紀には欧米に続いて日本が経済成長を果たし、さらにアジアや南米の国々もそれに続いた。そして、21世紀初頭には中国が「世界の工場」となった。しかし、最初に産業化が始まったイギリス以外の国でも、内発的発展モデルが主流を占めることはなかった。むしろ、その対極にある外発的な発展モデルを採用する国や地域が多かったと言えるだろう。日本はその典型である。

イギリスの産業主義にアメリカは技術主義で対抗した。村上泰亮は、19世紀の産業主義と20世紀の技術主義を区別したカール・シュミットの議論を参照しつつ、「20世紀前半における技術主義の代表はアメリカであり、20世紀後半に技術主義を徹底化し、それを活かす産業政策を発明したのは日本である」と指摘した*3。その理由は、後発国、敗戦国というハンディキャップから立ち直る鍵は技術向上にあるという判断がとられたためである。しかも、日本はヨーロッパと異なり、啓蒙主義、産業主義、技術主義という歴史の道程の重荷を背負っていない。そのために技術主義を徹底できたというのが村上の分析である。

村上は日本が採用した欧米へのキャッチアップ型の産業化を「開発主義」と呼んでいるが、これはまさに内発的発展とは正反対の考え方と言えるだろう。その結果、輸出型製造業が急成長を果たして経済を牽引した半面、日本の企業行動は開発主義的なものとなってしまった。村上は「国際的に過当競争がいきすぎ征服型の行動を生んでいる」にもかかわらず、日本企業の経営者は自覚に乏しく、経営者に自覚を促す社会的作用も弱いと批判した*4。 日本ではこのような開発主義がもたらす弊害が1970年代の内発的発展論の誕生の背景にある。

内発的発展論と情報化理論の交差

一方、1960年代から70年代にかけては情報化をめぐる議論も活発になり始めていた。日本は世界に先がけて1960年代に「情報化」という言葉を生み出し、情報社会論では先導的な役割を果たしてきた。そして、すでに述べたように、1970年代には「内発的発展」の概念をいち早く発信している。にもかかわらず、両者を結びつけるような社会発展モデルの理論化が日本で熱心に試みられることはあまりなかったようにみえる。

おそらく、その最初の本格的な論考は、フランスの経済学者でミッテラン大統領時代に補佐官をつとめたジャック・アタリの1979年の著作『情報とエネルギーの人間科学』*5ではないだろうか。アタリは「情報」を、①意味作用をもたない「メッセージ」と、意味作用をもつ以下の4レベルすなわち、②サイバネティック情報/シグナル(反応をおこすレベル)、③セマンティック(意味連関)情報/言説(知識の交換過程レベル)、④象徴的(記号学的)情報/シンボル(社会的メッセージの文化過程レベル)、⑤無制約的情報/相互交通(人格相互の関係で交換される情報の総体レベル)、の5つに分類した。

一方で、社会モデルを記述する3つのパラメータを次のように分析した。

(1)経済・・・・・・・外展開:コミュニティと無関係、自然開発の制限を無考慮
          内展開:一定圏域の使用価値を増大化
(2)権力・・・・・・集権化:意思決定が中央機関で行われる
          分権化:意思決定が分散している
(3)権力の正統性・・他者管理型:資本を制御する小集団にゆだねる
             自己管理型:共同的な政治上の手続きを経る

以上の3つのパラメータの組み合せによる8モデルのうち、可能であるのは以下の3つの社会モデルであるとしている。

(1)意味連関社会-----外展開・他者管理・集権化
(2)サイバネティック社会-外展開・他者管理・分権化
(3)相互交通社会-----内展開・自己管理・分権化

外展開型の秩序は、必要性に乏しくとも利潤が最大となるような生産が増大し、エネルギー消費、都市の規模、道具などあらゆる領域が指数関数的な加速化を引き起こす。また、組織が生産物、雇用、生活様式を規定し、諸個人は広範囲にわたって組織からの制約を受けるとアタリは指摘する。

とするならば、会社をほぼ唯一の共同体として組織してきた戦後日本の企業中心主義は、日本の特殊性というよりは、外展開型社会に共通する傾向を日本が最も過激に徹底化させた結果なのだと見ることができるだろう。つまり、日本は20世紀後半に技術主義と外展開経済を結びつけて徹底化させたわけである。

アタリの結論は言うまでもなく内展開・自己管理・分権化の相互交通社会をめざすというものである。しかし、アタリによれば「技術進歩が外展開過程を拡大する用具となるためには分権化への渇望を外展開のイデオロギーのなかに徐々に統合していく必要がある」*6という。これは、外展開の経済構造は深く根をはっているため、集権化から分権化への移行が進んだとしても、外展開から内展開への転換には大きな困難がともなうという見通しを述べたものだろう。しかし、内展開という概念で特徴づけられるアタリが描いた相互交通社会にはまさに内発的発展と共通の思想がある。

1980年代に入ると、アメリカでも新しい経済発展のモデルが提起された。代表作の一つがピオリとセーブルの共著『第二の産業分水嶺』である*7。大量生産・大量消費モデルの次にくるものとして柔軟なクラフトモデルを提唱した。

また、1980年代終わりから90年代にかけて、アタリが描いた変革の構想を発展させる研究も進んだ。アタリは、価値増殖ではなく価値創造(活性化)の原理に基づき、一定圏域内での使用価値を高めるような「内展開」の経済秩序を形成してくには、自己組織的な秩序変容をもたらす錯乱要因「ノイズ」が変革の源泉になると述べた。その「ノイズ」に着目して議論を発展させた須藤修は、個人の創造力や構想力を高めることで、既存秩序の意味を問い直し差異化を企てる「自省的行為」の重要性を指摘した。そして参加主体の自律性を保証し、自省的行為を活性化する構造として「複合的ネットワーク」を提示した*8

その後1990年代後半からは、インターネットの普及と歩調を合わせて、ネットワーク理論が発展していった。当初は、草の根的な市民運動と結びついたネットワーキング理論が提唱されたが、ネットワーク構造の研究が進むにつれて、オープンに誰もが参加できるネットワークの中に著しい不均衡や不平等ができるべき法則が働くことが明らかにされて*9今日にいたっている。

キーパーソンと多様性の時代へ

以上の研究の蓄積をふまえて、これからは情報社会のポリフォニーモデルについての考察を深めることが与えられた課題となっている。理想的な社会モデルのイメージとして「ポリフォニー」という言葉を気安く使ってはみたものの、その概念を明確化するにはまだ多くの研究が必要であり、途方もないような作業にも思われる。とはいえ、まったく手がかりがないわけではない。

一つは情報化の主役交代である。グローバル化も情報化も、国や企業が主役となって推進した時代から個人が主役の時代へ移行しつつある。米国のジャーナリスト、トーマス・フリードマンはこのような歴史的新局面を「グローバリゼーション3.0」と呼んだ。彼は2005年に米国でベストセラーとなった著作『フラット化する世界(The World Is Flat)』で、グローバリゼーションの進展を、(1) 国家が主役の「グローバリゼーション1.0」(1492年~1800年)、(2)他国籍企業が主役の「グローバリゼーション2.0」(1800年~2000年)、(3)個人が主役の「グローバリゼーション3.0」(2000年~)、の3段階に分類したうえで、近年はIT革命の進行によって世界が小さくフラット(平ら)になったと指摘した*10

画一的なテクノロジーがグローバルに普及する一方で、個人が主役の時代、それをあえて楽観的にいえば、組織の制約から解き放たれて個性が尊重される時代を迎えたのだ。

鶴見和子は「内発的発展とは、目標において人類共通であり、目標達成への経路と、その目標を実現するであろう社会のモデルにおいては、多様性に富む社会変化の過程である」と定義している。そして、市井三郎の議論を引用しつつ、それを担うのは旧来からのエリートではなく、人々や情報の結節点となるキーパーソンだと述べている*11。情報化がキーパーソンの活動を支援し、また人々のコミュニケーションを活発にするのであれば、アタリのいう内展開型社会への道が開けてくる可能性もある。

もう一つは、インターネット・ガバナンスの動向に見られるように、多様性(ダイバーシティ)への要求の高まりである。2005年11月にチュニジアで開催された国際連合の世界情報社会サミットで、ドメイン名などの技術面での管理は引き続きICANNが担う一方で、国際的な公共政策課題については国際連合主催のインターネットガバナンスフォーラム(IGF)を新設することで合意に達した。そして、2006年10月30日から11月2日にかけてギリシャのアテネで開催された第1回IGF会合では、表現の自由や情報の自由な流通促進に関する「オープンネス」、プライバシー保護やサイバー犯罪に関する「セキュリティ」、相互接続政策に関する「アクセス」と並んで、多言語対応やローカルコンテンツの促進に関する「ダイバーシティ」、が議論テーマとなったのである。

さらにIGFで注目すべきは、インターネットに関する国際的な公共政策課題を市民団体、エンジニア、政府関係者などのマルチステークホルダーの参加によって議論する場を創設した点にある。ともすれば従来の国際会議では、政府関係者が主旋律を奏で、それ以外の参加者は伴奏にまわるというのが常識だったが、IGFはすべてのステークホルダーが対等に音楽を奏でる、まさにポリフォニーモデルを採用したのである。

IGFの成果が問われるのはこれからだ。ただ、グローバルであれローカルであれ、それぞれの場面で吹き出したポリフォニーの芽を大切に育てていくことから、新しい情報社会の展望が開けていくように思われる。

参考文献

*1 鶴見和子[1997]『日本を開く』岩波書店、193頁。

*2 西川潤[1989]「内発的発展論の起源と今日的意義」、鶴見和子/川田侃『内発的発展論』第1章、東京大学出版会、5頁。

*3 村上泰亮[1992]『反古典の政治経済学 下 21世紀への序説』中央公論社 447-448頁。

*4 村上の同上書348-352頁

*5 Attali, Jacques[1979] La Parole et l'Outil, Presses Universitaires de France (平田清明・斉藤日出治訳[1983]『情報とエネルギーの人間科学』日本評論社)

*6 アタリ同上の日本語訳170頁。

*7 Piore, Michael and Sable, Charles[1984]The Second Industrial Divide, Basic Books(山之内靖・永易浩一・石田あつみ訳[1993]『第二の産業分水嶺』筑摩書房

*8 須藤修[1988]『ノイズと経済秩序--資本主義の自己組織化-』日本評論社、および須藤[1995]『複合的ネットワーク社会』有斐閣

*9 アルバート・ラズロ・バラバシ[2002]、青木薫翻訳『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』NHK出版。

*10 Friedman, Thomas The World Is Flat: A Brief History of the Twenty-first Century Farrar Straus & Giroux (邦訳は,トーマス・フリードマン著・伏見威蕃訳『フラット化する世界』日本経済新聞社、2006年)。

*11 鶴見和子/川田侃の前掲書、鶴見和子著の2章「内発的発展論の系譜」を参照。




プロフィール
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<すなだ・かおる>
国際大学GLOCOM主任研究員・助教授。中央大学(情報通信産業論)、国士舘大学(国際情報論・情報政策論)の非常勤講師を兼務。 1979年、千葉大学理学部物理学科卒業。1997年、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了(社会学修士)。2002年、同博士課程満期退学。1980-2003年、IT関連の雑誌出版・執筆活動。2003年GLOCOM入所。主な著書に、『起業家ビル・トッテン』(コンピュータ・エージ社/2003)。訳書に、ウィリアム・H・ダットン『情報通信テクノロジー4:情報ネットワーク社会の理想と現実』(共訳/富士通経営研修所/1998)、エリ・ノーム他『テレコム・メルトダウン』(共訳/NTT出版/2005)。