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chikyu_chijo - June 23, 2007

第28回: 社会と企業の対立の系譜―仲介機能を果たす情報技術―

June 23, 2007 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

中島洋  (国際大学GLOCOM主任研究員・助教授)

情報通信技術が「内部統制」を企業に促す

たびたび企業の「不祥事」が世間をにぎわす。かつては主たる監視役はマスメディアだったが(労働組合や消費者運動もマスメディアに取り上げられることでその影響力を補強していた)、今日では、インターネットの掲示板やブログなど、影響力を持つ「監視役」は急速に増加しつつある。

企業は生産財、消費財の生産や金融、流通、サービスなどの活動やプロセスにおいて外部(本稿では、これを象徴的に「社会」と呼ぶ)と関係を維持しながら存続する組織体である。社会に役に立つことによって対価を得る。消費者や取引先、近隣の住民などが「社会」である。がまた企業は、従業員に給料を支払う代わりにその行動を一定程度、制約するが、その生活保証や健康維持に対する責任も負っている。これも本質的には外部の資源を企業の中に取り込んで活用する、という意味で、便宜的に「社会」と呼ぶことにする。さらに、企業は利益を上げて、その収益の一部を株主に配当する責任も引き受けている。「株主」も企業にとっては社会の一部である。

企業はこうした関係者(英語ではステークホールダーと呼ぶ)との相互依存関係の下に事業を続けることができる。企業の側からの側面を取り上げてみると、ステークホールダーへの責任と義務を負っている、と言える。06年5月1日施行の新しい会社法や08年度から上場企業に適用される日本版SOX法(金融商品取引法)において、その責任は一段と明確になっている。特に、「内部統制」という言葉で、企業は経営者から従業員に至るまで、ステークホールダーに対する責任を果たすように組織体制を構築することを義務付けられた。

本稿では、こうした内部統制の動きが、実は情報通信技術の進展によってもたらされたものであることを提示したい。情報通信技術が高度に発達してきた結果として、企業は内部統制が可能になり、それが可能になったが故に、法律・制度は企業に対して内部統制の質を上げ、厳格に組織を運営することを要求することになったのである。特に、会社法や日本版SOX法で、このことは明白になった。

日本版SOX法の制定過程の議論で際立ったのは、「日本版SOX法は企業経営を萎縮させ、過度の負担を企業に課す天下の悪法である」という主張だった。この主張は無知に暴論か、あるいはこの法律の不備な部分を過度に拡大させて全体の効果を減殺させようとする「ためにする議論」の類である。特に後者の場合には、内部統制の質が向上した結果、従来、隠れて行ってきた「不都合なビジネス活動」が白日の下にさらされることを恐れた意図的な妨害活動も混じっているかもしれない。情報通信技術がもたらした「透明性向上」の猛威を恐れたものといえる。

しかし、残念ながら、すでに情報通信技術の「透明性向上」の動きはスタートしてしまった。社会全体に浸透するには時間はかからない。情報社会はそういうものであることを確認して、ビジネス活動の心構えを新しい時代に合わせたものに切り換えることである。

企業の歴史は事業活動の制約強化の歩み

日本版SOX法への不満の一つに「なぜ突然に企業活動はこんな制約を受けなければいけないのか」「企業活動はもっと自由であるべきだ」などというものがある。しかし、これは全くの歴史認識の錯誤である。企業の歴史は、社会に害悪を流していることの顕在化とその対応策としての企業活動制約の繰り返しである。企業はその活動の影響力が大きいので、予測を超えて社会に害悪を与えることが明らかになって、それを事後的に制約し、規制を加える、という連続である。そのたびごとに企業にとってはコスト負担の大きな「理不尽な規制」と映じるが、その規制が定着すればそれが新しい常識となる。

古くは足尾鉱毒事件や水俣病、イタイイタイ病、四日市喘息など、工場から出る廃水や煙突から出る排煙による周辺住民の健康破壊事件があった。その結果、企業が工場から出す廃液や排煙には厳しい制約が課せられた。もちろん、企業側からは厳しい規制に反対論が噴出した。「こんなに厳しい制約を課せられては国内で操業できない」と海外に工場を移転する企業まで出た。

さらに自動車から出る排煙が大気を汚すことが顕在化して、エンジンの性能や排気装置の機能にも規制ができた。ずっと後になるが、事業所が使用するエネルギー・資材や排出する廃棄物が地球環境に負荷を与えるとして、廃棄物に対する規制、使用するエネルギー・資材が地球の炭酸ガスを増加させないようにする企業活動への規制もできた。企業活動は決して自由ではないのである。

粉ミルクに猛毒の砒素が混入した、あるいは、毒性の強いPCBが食用油に混入して消費者に犠牲者が出る、などという消費者に対する「企業犯罪」も起きた。腐敗した牛乳による中毒事件も起きた。食品衛生管理の規制はそのたびごとに厳しくなってきたし、運用管理も厳しさを増してきている。アレルギーを起こす食材に対する表示義務、あるいは、アスベストなどの建材など、相当に普及してから規制をかける、などというケースもある。いずれも企業がその責任を問われる可能性が出たケースである。

さらに従業員に対して、企業は労働基準法を遵守した勤務体制、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントを防止するための企業内の組織体制の義務付けなど、企業に課せられる義務は増大して行くばかりである。

そして、現在、日本版SOX法によって今度は株主に対する責任が明確になった。財務報告の適正化の要求である。単なる精神規定ではなく、企業内部に財務に影響するようなミスや不正が起こる可能性がないか、具体的に点検して起こらないような仕組みを構築すること、さらに、その仕組みが効果的に運用されているかどうかをチェックすること、こうした活動を企業トップ自らが確認して、株主に報告するのを義務付けたのである。これに違反した場合には懲役刑が待っている、という厳しい法律である。

事業継続への要求

もちろん、企業と社会の関係の再構築作業は、ここで終わるわけではない。日本版SOX法以降では、取引先に対する製品やサービスの安定供給の責務が強化されようとしている。BCP(事業継続計画)の策定である。何かの災害や事故によって、商品やサービスが長期間、ストップすることがないように企業組織を整備することの義務化である。

消費期限切れの食材を使って菓子を製造した企業が操業停止処分を受け、製品供給先の多数の菓子小売店が長期間、閉店するという事件があったが、企業が事業を中断することは「取引先」という「社会」に大きな損失を与えるのである。地震で電子部品工場が被災し、専用部品の供給がストップして、あるメーカーの携帯電話の製造が長期間、全面的に停止してしまったことがある。取引先への部品供給を継続するために、どこまで対策が施されているか。台風で自動車道路が寸断されて、これは短期間だが自動車部品の供給が停止して、1週間程度、アッセンブリー工場の操業が停止したケースもある。産業構造が階層化されて原材料や部品、製品など、供給元となる川上部分への依存が強まれば、供給側の事業継続への責任は重くなっている。

こういう中にあって、情報システムの継続性の責任はとりわけ重大である。企業活動が情報通信システムに依存する比率が高まるにつれて、事業継続には情報システムのデータの保存、バックアップ体制による情報システム運用の継続の保証が求められるようになる。情報社会が高度に進展するにつれて情報システムの無停止、あるいは短期間での修復が求められるようになる。これも企業のコスト負担を強いられるものだが、しばらくすれば、それが常識として定着してしまうだろう。事業活動のインフラとして情報システムは中断なく、あるいは中断期間を最小化しながら運転することが要求されるようになる。

事業継続の前提条件としての「情報システムの運転の継続」の要求は偶然に出てきたものではない。情報システムの運転の継続性が高度に保証できる仕組みが可能になったために、その上に構築する事業継続が実現できる可能性が見えてきたのである。安価で大容量伝送が可能な高速通信網の発展によって、遠隔地でバックアップができるディザスターズリカバリー(DR)サイトがそれだ。ここ10年は、DRサイト建設の時代だろう。DRの装備は常識となり、その準備がない企業は社会から認められなくなる。

トレイサビリティと可視化と透明性

ミスや不正をなくして企業や経営トップが社会に対して責任を果たすことを可能にする情報通信技術がすでに準備されたといえる。

上述してきた不祥事のケースを元に考えてみよう。まず、洋菓子会社はなぜ、消費期限切れの食材を工場現場で使用するのを抑止できなかったのか。経営トップが、こうした不適切な行為を抑止する仕組みがなかったからである。これは同義反復の言葉遊びをしているのではない。かつては、工場で起きている事象を経営トップが監視するということは、ほとんど不可能だった。「わが社の社員には不適切な行為をする者はいない。仕事に誇りをもつように従業員教育は十分に行っている」という自信たっぷりの自慢話で不適切行為がないことを主張して済ませていた。しかし、現実には、不適切な行為は行われ、経営トップが気付いていなかっただけなのである。あるいは、経営トップもうすうす気付いていたが、証拠がつかめないので知らないフリをしていただけかもしれない。

この不適切行為の抑止を可能にするのが情報通信技術である。一般的に「可視化」と呼ばれる技術だが、本来は、プロセスの進行状況を直感的に把握できるようにし、生産性能向上や適切な意思決定を下すことを目的にしたシステムだが、同時に、違法行為や不適切な作業行為を抽出する機能にも転用できる。

対応策の一例を考えてみよう。原材料には製造過程や食品成分、消費期限などのデータを書き込んだ電子タグを付けて、作業者は作業の際には必ず、作業者のID、投入する原材料の電子タグを読み込ませて、次の行動に移るビジネスプロセスを構築する。この一つ一つの作業は省略できない。省略すると次のプロセスに進めないようにする。

例外的に「省略」のプロセスをとる際にはその記録は複数の上司に自動的に通知され、原因を確認する作業が要求される。また、消費期限切れ、あるいは不適切な成分が入っている食材は、警報が鳴り、プロセスが自動停止する。その作業者の行動を監視するカメラが作動して、責任者のモニターに映し出される。そこで責任者との会話が行われて、新たに作業指示が出され、適切な行動に移ることになる。もちろん、このプロセスは記録され、必要に応じて再生されて行動が適正かどうか、点検される。

警報が鳴ったケースはいつでも上位の立場の人間は点検できる。ネットワークを通じて、遠隔地の作業現場で起きているデータを集計し、経営トップも不審がないかどうか、いつでも点検できる。データの統計処理によって、不審な作業プロセスを抽出し、安全が確認できない箇所の絞り込みができる。経営トップは、こうした不審なプロセスを点検して安全を最終確認する。こういう情報通信システムの利用によって、経営トップは確信をもって「弊社の製品の品質は安全である」と主張できるのである。

さらに、経営トップが見ることができるデータを、取引先からもアクセスできるようにシステムを構築すれば一段と前進する。取引先は、供給元が事業継続できるような内部統制の仕組みを運用していることを確認できるのである。

事業所内のプロセスが適切に運用されていることを確認するシステムの一部を取引先に開放する、というアイデアは、もっと一般的に企業と社会の間の緊張関係を緩和することに役立つかもしれない。すでに、消費者が手元にある商品の製造プロセスや成分をネットワークで確認する仕組みは一部で利用されている。トレイサビリティシステム(生産履歴情報管理システム)である。また、公害防止対策の状況を工場周辺の住民に確認できるように一部のデータを開放することもネットワークを通じて可能である。情報システムを通じて住民が従業員の活動の監視役となるのである。

企業活動の「透明性」を向上させる仕組みである。同様の仕組みは株主に対しても構築できる。不正やミスを防止するための企業会計のチェック項目ついて、経営トップがアクセスできる監視システムを株主もまたアクセスできるように仕組みを作ることも考慮に値するだろう。利害関係のある外部の人は真剣に点検する。アナロジーで言えば、スーパーやコンビニのレジで、レジ係りが入力している金額を買い物客にも見せているあの仕組みである。監視役は上司ではなく、買い物客(取引先や株主)である。それで完全にミスや不正がなくなるわけではないが、抑止力としては効果が大きいだろう。

情報通信システムで可能なことはルール化せよ

情報社会の進展によってこれまでの社会ルールは変更を余儀なくされる。情報システムによって企業内部で行われている作業プロセスの可視化が進み、透明性が高まるならば、経営トップは企業内部のミスや不正を抑止する道具を手に入れることができる。そうならば、経営トップに企業内部のミスや不正を防止する義務を課すことは、それほど過酷な要求とは言えないだろう。

もちろん、これまでの仕組みに慣れて、情報通信技術を活用した新しい仕組みへのイマジネーションをもてない経営者やビジネスマンにとっては、新しいルールは厳しすぎるものと感じられるかもしれない。しかし、それは情報通信技術に対する無知である、と断定しても良い。

情報通信技術によってトレイサビリティ、可視化、透明性が高められた社会では、新しい行動ルールが次々と登場するのである。

プロフィール
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<なかじま・ひろし>
1947年生まれ。東京大学大学院(倫理学)修士修了。73年日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。この間、雑誌『日経コンピュータ』『日経パソコン』の創刊を担当。1988年から編集委員。97年~2002年慶應義塾大学教授。現在、日経BP社編集委員、MM総研所長、国際大学教授、首都圏ソフトウェア協同組合理事長。情報化推進国民会議専門委員会委員長、未踏ソフトウェア創造事業審議委員などを務めている。主な著書に、「デジタル情報クライシス」「激動を奔る~伝説の営業マンからのメッセージ(編)」「アクセンチュア」「勝者のIT戦略」「ユビキタス・ドキュメントはビジネスを超速化する」「イントラネット」「マルチメディア・ビジネス」「エレクトロニック・コマースの衝撃」「インターネット就職」。監修に「BAM~可視化経営の実践~」(日経BP企画)など多数。