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第33回: 政策形成・選挙と、情報技術を使いこなす人々(2)

April 2, 2008 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

庄司 昌彦(国際大学GLOCOM 研究員)

エリート民主主義と参加民主主義

前号では、公共的な問題に関心を持ち、情報技術を活用して情報収集を行ったり、情報発信を行ったりする人々が台頭してきていることを紹介した。このような人々は、従来型の政産官の政策コミュニティに必ずしも属していないけれども、部分的には現実の政策形成過程や選挙に影響を与え始めている。

ただし、詳しく見るとこのような人々の姿は多様である。専門知識を生かしてマニフェスト作りや個別の政策議論に深く関与する人々から、特に専門知識を持たないがコンテンツやネット上の盛り上がりを生み出すことで政治や政策形成に影響を与える人々までが含まれており、人々の属性や具体的な振る舞いも大きく異なっている。そこで、まずは公共的な問題に関心を持つインターネットユーザーの行動を政治学の知見をもとに整理し、そして今後の政策形成を議論していくことにしたい。

政治学では、人々の政治・政策形成への「参加」について「エリート民主主義」論と「参加民主主義」論という二つの立場で整理している。「エリート民主主義」論とは、一般的な人々の政治的な能力を疑問視し、政治を安定・効率的に運営するためにはエリートに政治を任せる代議制が望ましいという立場だ。代表的な論者は、経済学者のヨーゼフ・シュンペーターだ。これに対して「参加民主主義」論は、一般の人々は政治に参加することで公共的課題への関心を深めるなど、政治参加には教育的な意義や規範的な意義があると考え、より多くの人が政治に参加するよう求める立場だ。

もちろんこれらは、どちらが必ず正しいというものではない。エリート民主主義を推し進めれば、一部の人々が自分たちに都合がいいように政治を牛耳っているなどとの批判が起こり、参加民主主義を推し進めれば、ポピュリズムや衆愚政治などといった批判が起こる。財界大手企業との関係が深い米国の(現)ブッシュ政権は前者の批判を多く受け、従来型の政策コミュニティの秩序よりも国民の直接的な支持に訴えた日本の小泉政権は後者の批判を多く受けた。

情報社会における政治・政策過程への参加についても、「エリート民主主義」論と「参加民主主義」論を踏まえて次のように整理することができる。

まず「情報社会のエリート民主主義論」は、情報社会の進展などによって、「エリート」である知識人が、霞ヶ関を中心とする旧来の政策コミュニティの外部にも存在するようになったことを認める。そして、新たな「エリート」と政治・政策エリートとの情報交換や協働作業を、情報技術を活用して行おうということになる。たとえば、新潟県の泉田裕彦知事が知事になる前から提唱していた「政策プラットフォーム*1」は、政府の政策形成に有識者や強い関心を持つ人々がテーマに応じて適宜参加する審議会のような仕組みであり、全国民(県民・市民)の考えを取り込もうとしている訳ではないという意味で、エリート民主主義的である。また前号で紹介した、東国原知事を支えた若手専門家の事例もこちらに該当するであろう。

次に、「情報社会の参加民主主義論」は、情報技術によって表出された世論や、情報技術を活用した政治運動などが、直接的に政治・政策過程に反映されることを支持する。たとえば、毎日15万~20万のブログ記事を分析して「話題のキーワード」として提示しているkizasi.jp*2が2007年参議院議員選挙に際して特集ページを設けて一種の世論分析を行ったが、このようにより多くの一般の人々の関心を明らかにすることは参加民主主義的であるといえよう*3。このほか、情報技術を活用する人々が世論を盛り上げ、選挙の投票率を引き上げるなどして大きな力を発揮した韓国の事例も、こちらに該当するであろう。

「一般的な人々」の知性

エリート民主主義論では、多くの一般人は政治的な能力が低く、優秀な人(エリート)は少ししかいないと考え、政策議論や高度な判断についてはエリートへの権限委譲を求める。一般人としては、政治的な能力が低いので権限を委譲せよという議論は受け入れがたいものがあるが、残念ながら人間の「能力」と呼ばれるものの中に偏りがあるというのはあながち嘘ではない。たとえば、ある企業の収益の80%は20%の従業員が上げている、犯罪事件の80%は犯罪者のうちの20%の人間によって犯されている、などといったことが実際のデータあるいは経験則として語られ、これらは「パレートの法則(80対20の法則)」と呼ばれている*4。あまたあるブログの中で、多くの人の注目を集めるブログは一部の人に限られているとか、メーリングリストでの発言量は一部の人が他の人々よりも圧倒的に多いといったことなど、「平等」というイメージがもたれがちなコミュニケーションやネットワークの分野でも「偏り」が存在することはよく知られてきている。

その一方で、一般の人々の知識や判断の集積が、エリートのそれよりも正しかったり大きな成果を生み出したりすることがある。それは「集団の知性」「集合知」などと呼ばれ、ジェームズ・スロウィッキー『「みんなの意見」は案外正しい(原題:The Wisdom of Crowds)*5』に詳しい。たとえば次のような話がある。日本ではフジテレビ系で放映されている人気クイズ番組「クイズ$ミリオネア」では、回答者が答えにつまった時に、4つの選択肢のうちどれが正解と思うかを会場の観客にコンピュータ投票システムを使ったアンケートで聞いてみることができるが、米国版のこの番組における観客の正答率は91%であったという。この番組を見たことがある人ならば、なぜあんなに難しい問題の答えを観客が的確に当ててしまうのか、疑問に思ったことがあるのではないだろうか。観客はどこかから集められた専門家などではなく一般の人たちで、(たまたまその問題の正答を知っていた人もいるだろうが)ほとんどの人が答えを知らないまま4つの選択肢の中からひとつを選んでアンケートに答えているだけだ。それでも観客の多数は正解を当ててしまう。

スロウィッキーは、このような「集合知」が発揮されるのは、クイズの例のような、ある時点で答えが出る問いを予測する「認知」問題と、集団の中で人々が他人の行動を予測しながら自分の行動を決めて調和を作り出す「調整」問題*6、集団のメンバーが互いに一定の不利益を受け入れながら全体の利益のために行動する「協調」問題においてであるという*7。ただし(1)意見の多様性(各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)、(2)独立性(他者の考えに左右されない)、(3)分散性(身近な情報に特化し、それを利用できる)、(4)集約性(個々人の意見を集約して集団の一つの判断にするメカニズムの存在)が確保されていることが条件である。

スロウィッキーによれば必ずしも専門ではない人々の集合知は、アメリカ海軍が事故で沈没した潜水艦の沈没地点を特定するときにも、スペースシャトル「チャレンジャー」事故で原因となった欠陥の責任を負う企業の予測にも力を発揮したという。それだけではなく、じつはGoogleの検索アルゴリズムはこの考え方に基づいている。サイトから別のサイトへのリンクを人々による「支持」の表明であるとみなし、より多くの人々の支持を集めたサイトがより有益な情報源であると捉えているのだ。このほか、ソーシャルブックマークやWikipediaなど、いわゆる「Web2.0」サービスには、集合知の活用を謳うものが少なくない*8。またアメリカ大統領選挙の結果を先物取引の形で予測する「予測市場」という仕組みも集合知の応用例で、世界経済フォーラム(ダボス会議)でも世界の政治経済事象の予測に活用を試みている。

「一般的な人々」のパワーと失敗

「一般的な人々」の可能性は、知的な能力だけではない。当然のことながら彼らが持つ物理的な「パワー」や影響力も社会を変えるほどの大きさを持つ。それは、さまざまな革命や反乱、デモなど歴史的な事件が証明しているとおりだ。そして、このような社会的な運動の場面で情報技術が駆使されるようになってきている。

コンピュータや携帯電話を駆使して協力関係をつくり、バーチャルな世界だけではなく現実に大きな力を発揮する人々を、ハワード・ラインゴールドは「モバイルでパーベイシブな環境、ウェアラブルコンピューティング技術、集合的コンピューティング技術に支えられ、時には評判システムを頼りに、直接知らない人々とも互いに協力して行動する人々」と描写し、「スマートモブズ」と名づけた*9。1999年にシアトルで開かれたWTO総会で閣僚会議を決裂させたNGOのデモ隊、2001年にフィリピンで携帯電話のショートメッセージ(SMS)を駆使し、エストラーダ大統領を退陣に追い込んだ人々、2003年に中国でSMSを通じて政府が隠していたSARS(重症急性呼吸器症候群)の発生を暴露し広めた人々などがスマートモブズの例だ。

また、インターネット上の行為に目を向ければ、掲示板やブログなどでいっせいに多くの人が特定個人の批判を書き込んだり個人情報を暴いたりして当事者が対応しきれない状況になる「炎上」という現象が話題になっている。2006年2月には、施行を目前に控えた電気用品安全法(PSE)法に関連して、経済産業省消費経済部長の谷みどり氏が関連情報を自身のブログに掲載したところ、PSE法に対する疑念や不満、罵詈雑言などのコメントが1100件以上も寄せられ、対応ができずにブログが閉鎖に追い込まれるという事件があった*10。この炎上事件の影響だけではないが、中古楽器等の取引がしにくくなるということでPSE法への反対キャンペーンが拡大し、最終的には経済産業省が立法時と施行時のミスを認め、大臣が幹部に厳重注意処分を下すという事態にまで発展している。

だが、このような「運動」の影響力と、判断の正しさや知性の高さとは必ずしも結びついているわけではない。両者は別の問題であって、多くの人々が参加し影響力のある運動が、政治をより民主的にするとか、より優れた政策を生み出すといった効果に結びつくとは限らないのである。ラインゴールドも言及しているが、スマートモブ化とは単に人々の協力のあり方の変化であり、結果の善し悪しとは関係がない。多くの人に支持されて、悪しき独裁者を産みだす可能性もあるのだ。

先述のスロウィッキーによれば、集団の判断が誤るのは、その集団が(1)意見の多様性、(2)独立性、(3)分散性、(4)集約性という条件を満たしていないためだ。行政機関が有益な情報を集めていても集約に失敗すれば政策の効果は十分に得られない可能性があるし、独立性を保たずに周囲の人の意見に安易に同調したり、影響力の大きな人物の判断に従うだけであったりしては、判断を誤る可能性が高い。特に「調整」や「協調」の問題では4条件の成立が難しいといえるだろう。

しかも、情報技術はさらにマイナスの効果をもたらす可能性すらある。憲法学者のキャス・サンスティーンは、インターネット上のコミュニケーションでは、同じ意見を持つ人どうしが出会って仲間になることが容易なため、主義主張の純化や先鋭化が進み、対立する立場を無視・排除する傾向が強化される「サイバーカスケード」が頻発すると述べている。彼によればこの現象が進むと、「異なる立場間のコミュニケーション」や「社会的な共通体験」など、民主主義を支える重要な要素が社会から失われてしまう*11。容易に同調しあう人々が集まり、主張を先鋭化したり、対立する立場を排除して幅を効かせたりするこの現象は、集団の知性を発揮しているとは言えず、単にあちこちで「炎上」のようなことを起こして社会に混乱をもたらすだけだといえる。

このように、人々の集合行動には高い知性を発揮する可能性も、物理的な力や影響力によって社会を動かす可能性がある一方で、「失敗」することも少なくない。しかし情報技術を用いることでこのような集合行動が実行しやすくなっている面があり、今後の政治(選挙)や政策形成を考える上では無視できないテーマになってきたといえる。

今後の情報通信政策論議

2005年から2006年にかけ、竹中平蔵大臣の下で総務省は「通信・放送の在り方に関する懇談会(竹中懇)」「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会(IP懇)」などを設置し、通信政策や放送政策の大幅な見直し議論を行ってきた。その結果、2010年のNTT再々編の検討やNHKのインターネット進出容認、通信・放送分野の法体系の大幅な見直しなど、しばらく議論されていなかった大きなテーマが今後の課題として提起されている。これから2010年頃までの情報通信政策は、大きく現状を変えるような改革を議論する時期になるといえるだろう。

本稿ではここまで、情報通信技術を活用して政治や政策形成に影響を与える人々について述べてきたが、彼らの中には、当然ながら情報通信政策の行方に関心がある人が少なくない。例えばP2Pファイル交換ソフトユーザーへの帯域制限の問題に代表されるインターネット接続サービスの価格と帯域幅、利用の自由度などは彼らの利害に直結する問題であるし、著作権保護期間を50年から70年に延長する問題は、コンテンツの視聴や二次利用などにかかわるため、非常に大きな関心事である。

情報通信政策のような専門性の高い議論は通常、国政選挙の争点になることもなく、政府が設置する研究会や審議会などの場で合意形成がされている。だが、今後の議論のテーマや展開によっては、専門知識を持ったユーザーからの鋭い批判や、利便性の低下に反発する人々の「炎上」運動のようなものが生まれてくる可能性も否定することができない。

そのため、情報通信政策の議論は、専門家やユーザーとの意見交換をさまざまなレベルで行いながら進めていかざるを得ないであろう。例えば、竹中懇・IP懇の後を受けてスタートした総務省の「ネットワークの中立性に関する懇談会」では、詳細な議事録や配布資料の公開やパブリックコメントの募集(これらは他の懇談会等でも基本的には行われる)を行っただけではなく、外部の研究者や企業人などから成る「オブザーバ」との議論をSNS(iSpring)上で行った。

また文部科学省の文化審議会著作権分科会では現在、著作権法の保護期間延期問題が議論されているが、権利者側の委員が保護期間を50年から70年に延長することで議論をまとめようとしている中で、専門委員の津田大介氏がユーザーの立場から議論を提起している。津田氏は自身のブログ「音楽配信メモ*12」で議論の背景などを詳細に紹介し、この問題への関心を高めることに役立っている。また2006年11月には、十分な議論を尽くすよう求める弁護士や作家、研究者などによって「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム*13」が発足し、賛否についての公開フォーラムやオンラインでの議論などを活発に行っている。

米国では、オープンにユーザーを巻き込んだ運動を政治・政策形成に持ち込もうとするインターネットサービス企業の活動が活発化している。例えば、ネット中立性問題に関し、GoogleやYahoo!などの企業は政治団体を設立し、ユーザーに連邦議会へ中立性の義務付けを働きかけるよう求めるキャンペーンを展開した。またGoogleは2007年4月に社としての公式ブログ「Public Policy Blog 」を設置し、プライバシー、オンラインセキュリティ、著作権などについての見解を積極的に表明している。

これからの情報通信政策に関する議論がどう進むのかはまだわからない。だがいずれにしろ、政策形成過程は大きく変化している。おそらく、さまざまな立場のユーザーや企業や専門家などが、何らかの形で意見を表明し、積極的に議論に知参加しようとすることになるだろう。その時にはぜひ、意見の先鋭化や対立の中で物事が決まるのではなく、集団の知性が発揮される状況で政策決定がなされることを期待したい。

*1 泉田裕彦、「政府の機能と情報化による知識創造の場の拡大」、野中郁次郎・泉田裕彦・永田晃也(編著)『知識国家論序説』第2章、東洋経済新報社、2003年。泉田は政策プラットフォームを、「情報通信技術も活用して知識循環の輪を拡大し、組織を超越して特定の政策形成について共通の問題意識や利害関係を有するものから構成される「場」」と定義している。

*2 運営は(株)きざしカンパニー。2007年の東京都知事選挙でも同様の特集ページを開設した。

*3 たとえば公示日の7月12日に行ったブログ分析では「参議院選挙」という言葉に「年金/年金問題」「消費税」という言葉が多く関連付けられていることや、「争点」という言葉に「消費税」「年金問題」「(政治と)カネ」「憲法改正」が多く関連付けられていることが明らかになっていた。「【参議院選挙特集】公示前 争点はいかに?」、『ブログクチコミレポート(ブログクチコミサーチ オフィシャルブログ)』、2007年7月12日、http://blog.kizasi.jp/biz/55。

*4 アルバート=ラズロ・バラバシ(著)、青木薫(訳)、『新ネットワーク思考 ~世界のしくみを読み解く~』、NHK出版、2002年、p98-99。

*5 ジェームズ・スロウィッキー(著)、小高尚子(訳)、『「みんなの意見」は案外正しい』、角川書店、2006年。

*6 たとえば、ニューヨーク市で誰かと会わなければならないが、場所も相手もよくわからず、会う前にその人と話す手段もない場合に、多くの人が全く同じ場所(グランドセントラル駅の案内所)を選んだ(1958年社会学者のトマス・C・シェリングの実験)、といったこと。

*7 たとえば、商取引秩序の維持や税金の負担、環境汚染の軽減など。この場合、互いの信頼関係を悪用するようなフリーライダーに適切な制裁を与え、協調の果実は正しく分配されるようにフィードバックをしなければいけない。

*8 伊藤穣一は、Wikiやブログといった「Web2.0」の主要を成すツールが登場した後すぐに、「(ツールの進化に伴うインターネットの)覚醒は、権力が企業や政府に集中した結果として腐敗してしまった民主制が本来もっていた基本的属性を支援するため、技術によって可能になったひとつの政治モデル構築を促進することになるだろう。新しい技術は、より高度の秩序をもたらし、その結果として、複雑な諸問題に対処しつつ現行の代表民主制を支援、変更、もしくは代替しうるような、新しい形の民主制が創発してくる可能性がある」と述べ、権力の集中を排する新しい民主制への期待を述べていた。(伊藤穣一、「創発民主制」、『GLOCOM Review』、国際大学GLOCOM、2003年。)

*9 ハワード・ラインゴールド(著)、公文俊平ほか(訳)、『スマートモブズ 〈群がる〉モバイル族の挑戦』NTT出版、2003年。

*10 谷氏のブログは、製造物責任やリコール、ネットオークション等の消費者問題等を解説する個人的なものだった。その更新が、平日の勤務時間内に行われたため、勤務時間内に個人的なウェブサイトを更新することは、国家公務員法の職務専念義務に違反するのではないか、という批判がPSE法に反対する人々から上がった。谷氏の行為は、施策に疑問を持つ人々に理解を求める、従来の電話対応や対面での対応と同様の説明行為であったともいえるが、原則的には組織内の正式な手続きを踏むか、完全に個人の立場で個人の時間とお金と責任の下で行うべきであった。しかし谷氏は、省の記者発表や公式サイトの情報では足りないと考え、安価な方策として、個人で契約しているプロバイダの無料ブログサービスを使用した。公的な目的で、公的な立場を明らかにしながら、しかし私的な活動として執筆したため、ブログの「公」「私」の位置づけが中途半端だった。そこをブログという多数の人々が匿名でコメントできる公開の場で突かれたため「炎上」になった。

*11 たしかに韓国では、サイバーカスケードによって政治的な立場の分裂が進んだ。盧武鉉政権の最盛期には、情報技術に慣れた若い人々が左派系のネット媒体を読んで現政権を支持し、情報技術に弱い年長世代が右派系の紙媒体を読んで野党を支持していた。

*12 音楽配信メモ http://xtc.bz/

*13 著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム http://thinkcopyright.org/

プロフィール
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<しょうじ・まさひこ>
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター助教、研究員。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。おもな関心は情報社会学、政策過程論、電子政府・自治体、ネットコミュニティ、地域情報化など。共著に『地域SNS最前線 -Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』(2007年、アスキー)、『クリエイティブ・シティ -新コンテンツ産業の創出』(2007年、NTT出版)など。