HOME > COLUMN > chikyu_chijo > April 2, 2008

chikyu_chijo - April 2, 2008

第36回: グローバル社会のイノベーション行動プラットフォーム

April 2, 2008 [ chikyu_chijo ] このエントリーをはてなブックマークに追加

野村 恭彦(国際大学GLOCOM 主幹研究員)

背景: 企業も国家もイノベーションを希求する

今日のグローバル社会で、企業にしても国家にしても、イノベーションを求めない組織はない。消費社会は成熟度を高め、新商品を出してもすぐに市場が飽和してしまう。多くの商品は既存のものの改善か、小さな差異化を行ったものばかりになってしまっている。またエネルギー消費についても、このペースでは地球環境も限界に近づきつつあり、持続可能性(Sustainability)を求める声は日増しに高まってきている。
その一方で、イノベーションを成長戦略の中心に掲げながら、新規事業への研究開発投資を抑制し、コア事業に集中することでイノベーションから遠ざかってしまっている企業が多いのが現状だ。

2006年の国内のメディアコンテンツの市場規模は、13兆9890億円にのぼる。これらを流通メディア別に分類すると、パッケージ流通(図書、新聞、音楽CD、ビデオソフト、ゲームソフトなど)が49.6%の6兆9415億円、放送が28.7%の4兆158億億円、映画、カラオケなどの拠点サービスが12.6%の1兆7678億円。これに対し、インターネットは5.6%の7857億円、携帯電話が3.4%の4782億円となっている。

シュンペーターが定義したとおり、イノベーションは社会の停滞を克服する鍵である。ニーズとシーズが新結合を起こすと、そこに大きな市場機会が生まれる。そのプロセスは、インベンション(発明)、イノベーション(革新)、ディフュージョン(普及)の三つで表される。例えば自動車が発明されても、最初はその効用はコストとのバランスを欠き、実用というよりは、資産家の趣味的な用途でしかない。低コストの自動車が生産され始めると、これが「どこにでも個人の意志で移動できる手段」というニーズとの新結合を起こす。結果、これが大量供給されて普及する。その後もこの領域で、小さなイノベーションは多数起きることになる。ワンボックスカーができれば、家族でわいわい楽しみながらドライブしたいというニーズに、新結合を起こす。しかし、そのイノベーションの効果はだんだん小さくなる。社会インパクトが、相対的に小さいものになっていくからだ。そこで再度必要になるのが、大きなイノベーションである。それが、社会や市場を停滞から抜け出させ、次のステージへと引き上げる。企業にとっても、社会にとっても、イノベーションは重要課題である。

しかし、本来予測不可能なイノベーションプロセスを管理しようという試みの多くは、十分な成果を挙げることができずにいる。イノベーションマネジメントは、見込みのないテーマを早めにやめさせるためだけの管理手法に成り下がっていることが多い。いくらこのようなマネジメントを強化しても、イノベーションが起きやすくなるわけではない。ノンカロリーシュガーをたくさん飲んでもやせないのと一緒で、無駄なものをやめているに過ぎない。一番難しいことは、「良いテーマをイノベーションに結びつける」ことなのである。

産業革命に代表される「大きなイノベーション」の幻影が、「普及しないものはイノベーションではない」というプレッシャーをかけ、「市場の見えないイノベーション活動は失敗する」という間違った論理展開を導いてきたのだ。「市場の見えているイノベーション活動」などという、語義矛盾も甚だしいことが多くの企業で標榜され、結果的に研究開発の短期志向を生んでしまった。普及を伴わないものはイノベーションと呼ばない、このドグマが、研究開発者につねに自らのアイデアの市場性を問え、問え、と迫ってきているのだ。

経営の効率化を図ることは、企業にとって重要な課題のひとつである。しかし経済効率の指標にのみ集中することによって、企業の将来にとって好ましくないさまざまな問題が、目に見えないところで起こっている。研究開発費に対してまで短期間での回収を求めてROI(Return on Investment: 投資収益率)を追求し始めると、ROIの読めない先行研究は削減されていくことになる。すると、既存事業との関わりの強い無難な開発的研究が増え、その結果、何も新しいものが生まれてこなくなる。イノベーションが起きないと企業の収益率はどんどん悪くなり、その結果、長期的な先行研究はますますできなくなるという悪循環を招きかねない。

ダイナミックに変化し続ける市場に対応し、さらには自ら変化を作り出していくためには、「経済効率」の呪縛から逃れ、新たな価値を創造するための研究開発に取り組むことが欠かせない。そして、企業内で常識化している働き方(ワークウェイ)そのものを変える必要がある。マネジメント層こそ、その重要性に気づき、ワークウェイ革新に積極的に取り組むことが必要である。

イノベーションの成功要因は、個々のテーマの評価や管理にはない。一つひとつのテーマが成功しても失敗しても、それらの経験からしぶとく学び続ける組織能力にある。一回のイノベーションの成功確率を高めることは困難であっても、長期的にイノベーションの成功確率を高めていくことは可能である。なぜなら、アイデアが市場で成功するかどうかは、企業の組織能力や事業戦略に大きく依存するものであり、企業経営そのものの問題であることが多いからだ。イノベーションに成功するための企業体質を持続的に作っていくこと、それがイノベーション経営のあり方といえよう。

本稿で提示する最大の仮説は、イノベーションの成功確率を高めるものは、「既存の枠組みを新たな価値体系に再構築するための組織ネットワーク能力にある」ということだ。さらに、このような組織ネットワーク能力を高めるために最も重要な駆動要因として、「イノベーション行動」という考え方を導入する。イノベーション行動とは、特定の個人が既存の組織ネットワークに不均衡を与え、新たな価値体系を組織に受け入れ可能にする振る舞いである。

イノベーションブローカー: 組織ネットワークを再構築する個

イノベーションの神髄であるニーズとシーズの新結合を実現するためには、様々な領域の技術に関する知識、技術者のネットワークへのアクセスを持つだけでなく、様々なエンドユーザとの関わりを持っている必要がある。さらに、ビジネスに関する知識、提携先候補とのネットワークなど、ビジネス構築の能力も必要になる。

これらすべてのプロセスをたった一人の社員が実践することは、きわめて難しい。産業革命を起こすような大きなイノベーションをねらって研究開発することは、容易なことではない。その結果、技術の小さな発明、顧客にとっての小さな革新、そして市場への小さな普及をねらいとした研究が蔓延することになる。研究開発者は、自らの小さな発明に固執する。徹底的に固執する。たとえそれが小さな革新にすぎないとわかっていても、あたかも大きな市場への普及が待っているかのようなビジネス計画を「作文」することになる。

このような偽イノベーターの自作自演が、企業社会の中ではびこっているのはきわめて不健全な状態である。しかし産業革命を起こすようなイノベーター像こそが、研究開発者を追い込み、そして不正直な計画作りへと駆り立てているのだ。これはまさに研究開発部門の組織的な「イノベーションの誤謬」と呼べる大問題である。

この誤謬を取り除くためには、イノベーションリーダーのモデル像を「完全無欠のイノベーター」から、「イノベーションの媒介者」へと切り替える必要がある。この新しいリーダー像を私たちは「イノベーションブローカー」と呼ぶ

イノベーションブローカーとは、イノベーションを起こした立役者として、表舞台に立つ人ではない。誰かの役に立ちたくて、どうしてもその問題を解きたくて、異質なメンバーを集めて場をつくり、結果的に社会に大きな変化をもたらす活動家である。人と人をつなぎ、新しい意味や価値を生み出す。21世紀社会でもっとも必要な人材、それがイノベーションブローカーである。

図1に、これまでのナレッジマネジメント(KM)の概念の変遷を示す。1990年代後半の初期のKMの焦点は、分散された知識コンテンツを組織全体で共有することであった。2000年に入り、「KMは、情報の収集(collecting data)ではない、人をつなぐことである(connecting people)である。」と言われるようになり、専門知識を共有するコミュニティ オブ プラクティスなどの概念が、KMの中心として議論されるようになった。ナレッジブローカーという役職を作り、専任で企業全体の人と知識をつなぐ仕事を行う体制を築く、巨大オイルメジャーなどのグローバル企業も現れた。

▽図1:ナレッジマネジメントの概念の変遷

そしてKMの究極の形と言われるのが、組織的な知識創造の型づくり (Knowledge Creation)である。2006年にグローバルに調査したイノベーション経営の先進企業には、新たな価値を生み出すために、独自の知識や能力を持つ専門家をタイムリーに組織し、イノベーションを起こす人材、役割が存在していた。これが、人と人のネットワークを最大限に活用し、組織の創造性を高める役割を果たす「イノベーションブローカー」であった。

イノベーションブローカーの典型例が、「磨き屋シンジケート」を立ち上げた高野 雅哉氏(燕商工会議所地域振興課 課長補佐, 磨き屋シンジケート お客様窓口) である。中国の安価な磨き工場の台頭により、世界一の技術を持つ磨き職人が次々と廃業に追い込まれる中、高野氏はたった一人から、この活動をスタートした。大口顧客をシンジケートとして受注し、企業横断のネットワークで仕事を分業して行く仕組みを構築した。高野氏は、ときに頑固にみずからの技術を囲い込もうとする職人に対し、一人ひとりと対話し、協調を引き出していったと言う。 燕市の磨き職人をネットワーク化し、競争力を再生させたのは、高野氏のイノベーションブローカーとしての意志と行動力であった。このようなイノベーションブローカーと呼ばれる人材が、育ち活躍するためにどんな経験を積んできたのか、またどんな行動環境が必要なのかを考えることは今後ますます重要になろう。

KMの進化は、組織ネットワーク能力の進化として捉え直すこともできる(図2)。知識コンテンツ共有 (Knowledge Sharing)のレベルでは、組織階層に応じたネットワークしか目立ったものはない。次に学習する組織 (Knowledge Utilization)に進化すると、組織を越えて専門が近いもの同士が直接つながりあう。組織横断のネットワークが均一に張り巡らされる。そして最終形の組織的な知識創造の型づくり (Knowledge Creation)では、イノベーションブローカーが活躍をする。誰が中心にネットワークが再構築されるか予測不可能であり、新たなネットワークが生まれ続けている状態なのである。

▽図2:組織ネットワーク能力の進化

イノベーションブローカーは、組織に新たな課題や価値観を持ち込み、ネットワークにゆさぶりをかける。ニッチな顧客ニーズ、未完成の技術シーズ、他社とのアライアンス機会など、個のセンシング能力で引き寄せた機会を自らのソーシャルネットワーク(人脈)に働きかけることで、組織を越えた知の融合を引き起こす。

提言: イノベーション行動プラットフォームの構築を急げ

ではなぜ、イノベーションブローカーは、このような「イノベーション行動」に駆り立てられるのであろうか。組織の人事制度や時間管理の手法は、あらかじめ計画されていないタスクの実行に対して、多くの場合はブレーキをかける。また組織のトップであれば、ステークホルダーから、リスクの少ない、短期的なリターンを要求される。あらゆるインセンティブが、イノベーション行動を阻害する方向に働いているといっても過言ではない。

しかし、組織の中の誰かがイノベーション行動に出なければ、組織は停滞し、活気も成果もゆるやかに下降線をたどることになるだろう。イノベーション行動の研究はまだ緒に就いたばかりであるが、次の3つのイノベーション行動の型を考えることができるのだろうか。

  • 顧客主導型イノベーション行動:
  • 顧客の困りごとをなんとか解決したい、期待に応えたいという一心で、自社の常識を破り、組織を動かすタイプのイノベーション行動。典型例は、「このような商品が御社にあれば、ぜひあなたのところから買いたい」というロイヤルカスタマーの期待に応え、優秀な営業担当者が、他の顧客ニーズも拾い集めて量を確保し、同時に生産部門に掛け合って、この例外的な商品を生産ラインに乗せるところまでがんばる、というタイプの行動である。

  • スポンサーシップ型イノベーション行動:
  • 経営トップから白羽の矢を立てられ、企業変革を担うタイプのイノベーション行動。組織横断のプロジェクトを立ち上げ、既存部門の抵抗にあいながらも、新たな仕組みを作っていく。

  • 独立自尊型イノベーション行動:
  • ある部門や子会社など、独立性の高い組織、または個人が、自らの権限の範囲を少しずつ拡大しながら、新たな活動に取り組むタイプのイノベーション行動。小組織や個人が理想を追求することによって、大きな組織全体のイノベーションにつながる。社内起業家による新製品開発、新規事業会社の立ち上げなどが典型例。

イノベーション行動の最大のインパクトは、特定の個人の行動が、既存の組織ネットワークに不均衡を起こすことである。組織には必ず、過去のやり方を継続しようとする慣性力が働く。新たな価値体系を組織に受け入れ可能にするためには、組織ネットワークの再構築が行われなければならない。それは、既得権益の破壊でもあり、構造改革を伴う厳しいものでもある。しかしイノベーション行動を促進しない組織運営、あるいは政策を続けていれば、組織や国家の活力は次第に失われて、どんなに求めてもイノベーションの起きない、失敗を恐れて挑戦しない体質に陥ってしまう。イノベーション行動の欠如は、決して個人の問題ではないのだ。

企業も政府も、イノベーション行動を起こしやすくするプラットフォームを作り、誰もがイノベーションブローカーに成り得る組織ダイナミクスを構築すべきである。そして、成功からも失敗からも学び、そのたびに組織ネットワークの再構築を進めていくべきである。その結果として、長期的に多くのイノベーションを起こしていける企業や国家を作っていってほしい。

プロフィール
nomura.jpg

<のむら・たかひこ>
 博士(工学)。慶応義塾大学大学院理工学研究科修士課程終了後、富士ゼロックス株式会社入社。同社総合研究所にてCSCW (Computer Supported Cooperative Work)研究、コーポレート戦略部にて事業ビジョン構築に従事した後、新規ナレッジ・サービス事業の企画立案を行い、自らKDI(ナレッジ・ダイナミクス・イニシアティブ)の立ち上げに参画。現在は、同社KDIシニアマネジャー。05年慶応義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了。06年4月より東京工業大学21世紀COEプログラムSIMOT(インスティテューショナル技術経営)特任准教授。また、情報処理学会グループウェアとネットワークサービス研究会幹事/連絡委員(1998〜)、情報処理学会論文誌編集委員(2000〜2006)、内閣府「社会イノベーションとソーシャルキャピタル研究会」委員(2007~)などを務める。「コミュニティ・オブ・プラクティス」(翔泳社)監修。専門分野は、情報処理分野(CSCW、グループウェア、ソーシャルネットワーク)、経営学分野(知識経営、コミュニティ オブ プラクティス、イノベーション経営)。