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"IT"革命の三側面 公文 俊平 2000 年8 月稿 はじめに 2000 年にはいって、日本の情報化はようやく「山が動き出した」といいたくなるような段階に至った。その後、2 月29 日の閏日を経て、コンピューターの"2000 年転換"がほぼ最終的に問題なく完了したことが確認されたころから、日本のメディアでは"IT革命"や"eビジネス"という言葉が乱舞するようになった。総選挙後の第二次森内閣は ...
» 詳細へClosing the Horizontal Digital Divide Shumpei Kumon Executive Director Center for Global Communications, International University of Japan October 2, 2000 Many speeches delivered at the UN's millenniu ...
» 詳細へ文明と文化再考 公文 俊平 梅棹氏の文明論 私が『情報文明論』(NTT 出版、1994 年)を世に問うてから、もう六年たった。その間の情報化(デジタル化と分散システム化)の進展ぶりは、めざましいの一語に尽きる。九〇年代後半に見られたインターネットの世界的な普及は予想通りだったが、それが韓国でここまで急速に伸びるとは考えていなかった。他方、日本での立ち後れれは半ば覚悟していたこととはいえ、無念や ...
» 詳細へ2000年03月16日 ハイパーフラッシュ15号・3月発行掲載原稿 公文 俊平 別府湾会議は、二年に一度、大分県の別府湾地域で、ハイパーネットワーク社会研究所が主催して、今日の情報社会の諸問題を討議するために開かれる会議で、今回は第六回目にあたる。毎回、国内だけでなく海外からも発表者を招待するのが慣例となっていて、今回も、米国から評論家のアンドリュー・シャピロ(マークル財団)、南カリフォルニア ...
» 詳細へ1999年07月 公文俊平 いたるところに散在している2000年バグ 西暦二千年の到来が早くも半年以内に迫った昨今、メディアでの「コンピューター西暦二千年問題」の報道頻度が目立って増えてきた。報道の姿勢にも真剣さが増す中で、担当者の間には、「迂闊な報道がパニックの引き金を引くことになっては大変だ」という懸念と、「いくら警告してもいっこうに人々の耳に届いてくれない」という焦りとが交錯している ...
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