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往復書簡シリーズ 設計未来 : ポスト情報化社会を展望する

鬼木 甫×湧口清隆

電波オークションをめぐって

鬼木 甫/第1信 (2)

2010年12月27日

電波資源の経済的性質と利用制度

電波オークション採用という世界の大勢は、電波資源の稀少化から生じた歴史的必然であったと小生は思っています。この点を明らかにするため、電波の経済的性質と利用環境の変化を説明しましょう。

「電波の利用」について意識するのは、大小のアンテナから出て離れた場所にいる受信者に到達する電磁波という存在で、まずはその性質に着目しがちです。しかしこの捉え方は電波の物理的性質の理解のためには当然ですが、電波資源の経済的性質の捉え方としては不十分です。かつて米国の著名な研究者が、「電波は光と同じく電磁波の1種だが、われわれは赤色や青色の光を自由に使っている。このような光の使用に課せられる政府規制が不適切であるのと同じく、電波利用を政府が規制することも不適切である。」と主張したことがあります。これは誤りではないにしても、脇道に入り込んだ議論です。電波の経済的性質を理解するためには、電波自体だけでなく、電波を利用する「場所」に着目する必要があります。電波の価値を定める稀少性は、利用場所・スペースとの関連で生ずるからです。そしてこの点からすると、「(地上)電波資源」と「土地資源」を比較することが便利です。

以下、図2を使用しながら説明しましょう。

図2

土地の有用性つまりその価値は、地上のスペースを居住や仕事のために物理的に利用することから生じます。同じように(地上)電波資源の有用性も、地上の与えられた1区画上のスペースを電磁的に利用することから生じます。土地と電波は一見するところ似ても似つかぬ存在ですが、その価値の出所を考えると両者の経済的性質には共通点が多いのです。このことから、電波を「無形の不動産」と呼ぶこともあります。

図2の項目1~5は土地資源と電波資源の経済的性質を比較したものです。両者の共通点は項目内容から明らかでしょう。土地と電波の相異点は、第3項です。1つの地上区域について土地資源はただ1個しかありません。これに対し電波資源は、同じ区域についてチャンネル(周波数帯)ごとに多数個存在します。したがって土地と電波の経済的性質を比較するときは、1個の土地資源に対し、ある区域で利用できる1個のチャンネルを対比させるのが適切です。

土地と電波の経済的性質は似ていますが、歴史的経過から生じた制度や利用方式は異なっています。相異点の特色は稀少資源になった時期に遅速があったということです。図2の太い横線から下、つまり項目6、7で、歴史と制度を対比させています。土地の利用は1,000年以上前から始まっていますが、稀少価値が出てきたのは明治以降のことです。(江戸時代でも家屋敷や田畑の売買は行われていましたが、その代価の大部分は土地自体でなく建物や「耕作インフラ」の分でした。)これに比較して電波の利用はたかだか100年前から始まり、電波が稀少化したのは1980年代後半、つまり携帯電話が急速に普及した後のことです。電波資源利用の歴史は100年に過ぎず、土地資源利用の歴史の10分の1以下ですが、利用拡大のスピードは土地の10倍以上であったと言うことができます。

土地の利用制度はよく知られています。古い時代から領主など統治者・支配者の仕事の1つは、土地を利用して耕作に従事する領民の保護と収税であり、そのため土地区画を定めて領民間の争いを裁き、また盗賊など外敵の防御に当たりました。明治以降になって都市化が進み土地が稀少化した後は、土地所有権など法的制度が導入され、市場取引のインフラとして登記制度も作られました。現在の土地制度はすでに安定期に入っており、急激な変化は予想できません。

これに対し電波の場合、十分な電波資源が利用できた段階では、電波妨害を防止して円滑な利用を保証するために、電波帯域ごとの「免許制」が導入されました。これは土地資源が稀少化する以前に、領主などが土地区画を明らかにして農業生産を保護したことに対応します。電波は潤沢にありましたから、免許は申請に応じて交付されました。ただし戦前の日本は軍国主義で電波は重要な軍事手段でしたから、一般の国民は電波妨害どころか電波の受信さえも制限されていました。1920年代にラジオが開始された際も、ラジオ聴取には許可を受け、料金を支払う必要がありました(現在のNHK受信料の起源です)。

1980年代後半以降の状態は、「電波資源の稀少化と需要競合が急激に生じたため、制度面の対応が追いついていない。」と言うことができます。需要競合、つまり1個の周波数帯について2件以上の免許申請が出された時、政府は当初「事前根回しによる申請の1本化」で対応し、次いで「比較審査」という政府裁量で対応しました。先般の「マルチメディア放送免許の決定」は後者です。

電波利用については、妨害等他者への迷惑を防ぐために免許という強力な許可手段が設けられていましたので、電波の稀少化にともなってこれがそのまま政府による電波直接割当の手段に転化したわけです。架空の例ですが、かりに道路スペースが不足して希望者全員に運転免許を出すことができなくなった場合、個人については抽選が考えられるとしても「営利事業者についてどの会社に免許を与えるか」を決める役割を警察が持つことになった状態に対応します。なお免許「審査」を定めた現行電波法の第7条はまだ需要競合という現状に対応しないままで残されており、マルチメディア放送免許発行に使われた「比較審査」は法定された手段ではありません。

政府直接割当が機能しはじめたことは、意図されたか否かは別として電波資源の管理に社会主義の政府命令原則が適用されるようになったことを意味します。政府命令によって経済を運営する社会主義方式が非効率・停滞と腐敗を生みがちであり、旧ソ連や中国が市場メカニズムを導入してようやく資本主義国に追いついた経過や、古い原則に固執したまま孤立している北朝鮮の現状が想起されます。

電波資源に関する現在の状態は、図2右下区画に挙げたように、電波の稀少性から生ずる需要競合の解決法を模索している段階にある、と言うことができます。海外の多数の国では、オークションなど市場メカニズムの導入がその答えであるとしているわけです。ただしオークションが使えるのは、何らかの理由で空地になることが決まった周波数帯の割当(つまり免許の初期割当)だけです。電波の効率的利用・再配分の手段としては、オークション以外に電波の二次取引市場や電波利用料によるインセンティブ方式などが試みられていますが、十分機能していません。(米国では、2010年春のNBPがブロードバンド通信目的に大量の電波が必要であることを示し、その対象の一部をデジタル移行後の放送用周波数帯に求め、shared auctionという手段を試みようとしていますが、成否は不明です。なお、米国のデジタル移行から生じた跡地電波の割当は、すでに2008年春のオークションで終了しています。)

電波オークションをめぐって

プロフィール写真:鬼木甫
鬼木 甫
(おにき・はじめ)
1933年生、東京大学経済学部卒業、スタンフォード大学大学院(1968年PhD)、東北大学助教授、ハーバード大学助教授、クイーンズ大学准教授、大阪大学教授・大阪学院大学教授等を経て2009年より(株)情報経済研究所代表取締役・所長。主著『電波資源のエコノミクス』(2002年、現代図書)。
プロフィール写真:湧口清隆
湧口 清隆
(ゆぐち・きよたか)
1972年東京生まれ。一橋大学商学部・大学院商学研究科、フランスHEC(学部時代に1年間交換留学)で学んだ後、2000年~2004年に国際通信経済研究所に勤務。九州大学大学院比較社会文化研究院客員助教授を経て、2004年から相模女子大学で教鞭を執る。2001年に一橋大学で「博士(商学)」を取得。専門は交通・公共システム論、情報通信の経済学。