湧口清隆/第2信 (3)
2012年3月5日
7.気になるオークション推進派の乱暴な議論
最近、私が気になっていることがあります。オークション推進派の論拠があまりに単純で乱暴過ぎないかという点です。海外の多くの国でオークションが採用されているから日本も採用すべきだ、オークションから逆戻りした国がないからオークションは成功だという議論です。また、通信市場は競争的だからサービス価格は限界費用と等しくなり、オークション落札額はサービス価格に影響しないという考え方もあります。先生を直接批判するつもりはありませんが、残念ながら昨年11月に公表された「周波数オークションに関する懇談会報告書(案)」は、オークション導入を正当化するための論拠の提供としては、説得力を持たないものだと感じました(学生のレポートならば「理由不明瞭、再提出」とするところです。昔、フランスに留学していた時分、戻ってくる私のレポートに「justification!」と頻繁に書かれたことを思い出しました)。資料集としては極めて良くできているのですが、なぜわが国にオークションを導入しなければならないのかの根拠が明確ではないのです。そこで、私は、以下のようなコメントを送りました。
「本来、本報告書(案)は、例えば英国においてM. Cave博士らを中心にまとめられた“Review of Radio Spectrum Management”(Radio Communications Agency, 2002)に匹敵するものであるべきであり、後世に本懇談会の議論を以って我が国に周波数オークションが導入されたとされるならば、あまりにも貧弱なものと評さざるを得ない。ノーベル経済学賞受賞者で電波の経済学の祖とされるR.H.Coase博士が“The Federal Communications Commission”(The Journal of Law and Economics, Vol. 2, No.1, pp.1-40, 1959)や“The Problem of Social Cost”(The Journal of Law and Economics, Vol. 3, October, pp.1-44, 1960.【邦語訳】宮澤健一、後藤晃、藤垣芳文『企業・市場・法』、東洋経済新報社、1992年、第5章)の中で検討を繰り返し主張する、取引費用についての定量的ないし定性的な評価に基づく制度比較や、実際の制度の歴史的な展開を踏まえて、想定し得る代替的な制度間でより望ましい制度が何かを論ずる方法が見えてこない。理想的な制度状態としてオークションを出発点にした議論であったという点で、R.H.Coase博士の方法論に対する警鐘が反映されなかったことは残念である。」
周波数オークション提唱者は果たして電波の経済学者がバイブルとするロナルド・コースの「連邦通信委員会」及び「社会的費用の問題」という論文をきちんと読んできたのか、あるいはコースの「限界費用論争」や「経済学の中の燈台」という論文の存在を知っているのか、疑いたくなります(注2)。
たしかにコースは、「連邦通信委員会」及び「社会的費用の問題」において、米国における無線周波数の割当てをオークションで実施することが望ましいと主張しています。しかし、コースは、明示的ではないにしろ、米国流の意思決定方法(政策決定プロセス、政治手法など)を考慮した上で、オークションによる割当てのほうが比較審査による割当てより取引費用が小さくなることを根拠にしており、他国がどうだから、落札額がこうだからというような議論はしていません。
一方、「限界費用論争」では、規模の経済性のあるサービスに関して、政府が介入して事業者に限界費用に等しい価格を設定させることは、それによって生ずる赤字をどのように補填するのかという政治的議論に発展することと裏腹であることを問題視しています。消費者が限界費用価格以上の料金の支払い意思があるにもかかわらず、事業者に限界費用価格を強要し、受益者以外の人々から徴収した税金で赤字を補填する、そんな奇妙な方法があるのかという点を批判しているのです。補填の財源のために、通信政策と例えば福祉政策とどちらが重要か否かを、議会で延々と議論しなければならない冗長さを批判しているのです。
オークションで電波資源を割り当てる最大の目的は、資源の経済的価値以外の要素、例えばカバー率やサービス料金、サービス開始時期などの規制が、割当て過程に一切持ち込まれないところにあると言えるでしょう。オークションで事業者を選択すると、資源の買い占めが生じて、独占市場や寡占市場が生ずるおそれがある、だからMVNOを強制的に受け入れさせるようにしようとか、1事業者が落札できる帯域幅に制限を課して、事実上○社に免許を付与するようにしようという要素を、オークションにいったん持ち込めば、何社ならば競争的なのかという議論を延々行わなければならなくなる恐れがあります。
したがって、割当て可能な帯域幅が小さければ、オークションにこだわらず、比較審査で免許を割り当てたほうが効率的かもしれないのです。それ故、「周波数オークションに関する懇談会報告書(案)」が示すべきは、わが国の電波使用環境や周波数割当てにおいてはオークションのほうが比較審査より効率的に免許付与ができるということを示す定性的、定量的根拠です。しかし、この報告書(案)には、それが全くなく、資料集に徹してしまっているのです。
さらに、コースは「経済学の中の燈台」において、公共財であっても受益者が供給の意思決定に関わることにより、受益者負担の原則の下で供給できる可能性すら示しているのです。経済学者はしばしば灯台の光を公共財の例としてあげるが、英国では長らく灯台は受益者負担原則の下で運営されてきたと、制度的変遷を詳細に述べています。
8.オークションを導入するならば電波資源の「活用」方法も落札者の自由にさせるべき
オークション推進派が、オークションにかけられた電波資源が通信サービスのために利用される、あるいは利用されなければならないと考えているとすれば、これほど滑稽な話はないと言わざるを得ないと感じます。なぜなら、オークションを採用するのであれば、この電波資源が通信サービスのために用いられないようにするためにも十分「活用」されるべきなのです。有害な混信を防止するためのガードバンド、ガードエリアを確保するために、電波資源を確保するという入札も認める必要があります。オークション推進派は、なぜこれを電波資源の死蔵であり、投機のための手段であると捉えるのでしょうか。
なぜ今日、比較審査方式で周波数を割り当てているのかと言えば、有害な混信を防止するためには、隣接周波数帯、隣接地域に既存利用者が存在する隣で、新規参入者がどのようなサービスを提供し、どのような技術方式を採用するのかを特定していかなければならないからです。また、周波数の需給が逼迫する中で、どのような技術方式を採用する事業者を隣どうしに割り当てれば、ガードバンド、ガードエリアを小さくできるのかも考慮しなければなりません。そのために、現行の周波数割当て制度のもとでは、技術基準を定め、免許方針を策定する過程に大きな時間と費用をかけています。
他人の電波利用を阻止するためにオークションに参加できる制度を採用すれば、混信防止のための措置を講ずる主体を政府から事業者(利用者)に移すことが可能となり、政府の手間と費用を大きく削減することができるのです。このような電波資源の利用法は、土地にたとえるならば、隣地に迷惑施設が建設されることを防ぐために、隣地を購入して空き地にしておくようなものです。
つまり、電波資源を使うためではなく、使わなくするためにオークションを利用できれば、オークションは電波資源の割当ての効率性の改善に大きく貢献します。「報告書(案)」では、このような視点が全く抜けてしまっているのです。本来、この点を取引費用の観点から定性的、定量的に説明できれば、電波利用が集約的になっているわが国において、オークションの優位性を指摘できたはずです。
9.周波数オークションは必要、ただし利用方法について再考すべき
電波資源の割当ての透明性を高め、迅速性を確保するために、周波数オークションを導入することは、電波監理政策上、一つの有力な手法であると考えます。しかし、そのためには、オークションをどのように利用していくのか、オークションは既存の割当て制度に対してどの分野でより高い効率性を実現するのか、明確にする必要があります。
周波数オークション導入をめぐる懇談会や政府の議論が乱暴に感ずるのは、周波数オークションの導入が「理想世界」であるという結論から議論を始めたためではないでしょうか。もちろん鬼木先生がそう考えているとは、私は思ってはいません。むしろ歯がゆい思いをされたのではないでしょうか。しかし、コースは「社会的費用の問題」の最終節で、このような政策変更の「望ましい接近の方法」として次のように述べています。
「まず現にある状況の近似状況を分析することから開始する。次いで、提案された政策変更の効果を検討し、続いて新たな状況が、全体として、当初の状況よりも良くなったか悪くなったかの判定を試みる」(宮澤健一、後藤晃、藤垣芳文『企業・市場・法』、東洋経済新報社、1992年、p.171)。
ずいぶん長い手紙になってしまいました。東日本大震災から始まっていろいろな自然災害に遭遇する中で、この1年余りの間、私の頭の中で悩んでいた問題をようやくまとめることができました。私が目下関心を持っている問題は、電波利用制度や空域の利用制度における「経済学の中の燈台」に関する議論です。技術革新が進み、資源利用制度が変化する中で、資源配分の制度はどのように変わってきたのか、そしてどのように変わるべきなのか。しばらく、この問題にぶつかっていきたいと思います。
返信が大変遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げますとともに、近々、先生とこの問題をめぐって議論できますことを楽しみにしております。春の足音がはっきりと聞こえるようになりました。寒暖の変化が激しい折、お体には十分お気をつけください。
2012年3月5日
湧口清隆
(注2)「連邦通信委員会」以外のここに挙げた論文は、宮澤健一、後藤晃、藤垣芳文『企業・市場・法』(東洋経済新報社、1992年)の中に翻訳されて収録されている。