鬼木 甫/第2信 (2)
2012年6月25日
2. オークション導入の意味と問題点
(a) 「オークション導入」とは何を意味するのか。
貴第二信、とりわけオークション導入の根拠をめぐる7~9節の御議論を読み、「そもそもオークション導入とは具体的に何を意味するのか」という基本点で意見に違いがあると思いました。本節ではこの点を明らかにします。
貴信にはたとえば「オークション導入に際しては電波資源の利用方法も落札者の自由にさせるべき」という記述(7節第5パラグラフ、8節)があります。電波管理について全般的・長期的に考えれば確かにそのような方向があり得るでしょう。しかしながらそれは、現状で「オークション導入を検討する」際に想定されている対象とは異なります。貴論よりも限定された対象が提案されているということです。
図1をご覧ください。この図は小生が総務省オークション懇談会でプレゼンテーションに使ったものですが、電波管理に関する事項、言い換えれば電波法の主要項目を系統的に示したものです。まず項目1は電波利用にかかる基本事項、すなわち利用目的や電波資源の所有者・管理者の決定です。これは電波に関する憲法的事項と言ってもよいでしょう。次に項目2として、電波の周波数帯区分とその利用目的が決定されます。国際レベルの区分はITU-Rで協議・決定され、次いで総務省が国内の区分を定めます。項目3と4は、それぞれの周波数帯について制度面および技術面での詳細事項です。制度面では電波が私的・公的利用のどちらになるか、営利・非営利のどちらに使うかが課題です。また利用者の権利・義務についての事項、たとえば免許期間や利用料(管理料)について定めます。他方技術面としては、電波を排他的に利用するか、あるいは共同でコモンズ利用するかを定め、また地域区分も定める必要があります。さらにこれに加えて電波利用に関する技術条件が定められます。湧口先生が強調される帯域・地域間の干渉問題はもとより重要事項であり、多数の専門家がその検討に当たっていると承知しています。以上が電波利用に関する枠組みの決定です。
図1:電波管理の主要内容とオークション関連事項(赤字・アンダーライン部分)
項目1~4の決定が終わった後に、それぞれの周波数帯・地域について誰が電波を使うか、つまり「免許人等の決定」という項目5が来ます。項目1~4までは電波をどのように使うか(howの問題)であり、5は誰が使うか(by whomの問題)で、ここで比較審査か、オークションかが分かれるわけです。免許人が決定した後に、項目6としてそれぞれの免許人が電波の利用規則を守っているか否かの監視、また利用者義務遂行の監視・強制という仕事があります。さらにたとえば免許期限が切れた後に、同じ周波数帯を別の目的に使うか否かの検討も必要になり(項目7)、図で言えばその後に項目2に戻ることになります。
この説明から分かるように通常「オークション導入」とは、図1の「項目5. 免許人(等)の決定」を比較審査からオークションに変更することを意味します。またこれに加え、オークション導入の影響から考慮せざるを得ない事項(図1のアンダーライン付赤字項目)も検討対象になります。たとえば現在比較審査下の免許期間は原則5年ですが、期限後は更新されるのが通例です。オークションを導入すると比較審査よりも免許期限が重要な意味を持つようになり、5年では短すぎるので、今回の電波法改正案では実質20年の期限を設けています。その他にもたとえば電波利用料について、オークションを導入した場合には「二重取り」が問題になります。ただし改正案では、オークション導入後でも比較審査と同額の電波利用料を徴収することになっています。
以上述べたことをまとめると、オークションを導入(免許人の選定方式を変更)時関連事項の取り扱いに関し、当面変えないでも済む事項については、(長期的に変えるべきか否かの問題をとりあえず棚上げにして)従来どおり続ける、そのまま続けることが不都合を生じる事項だけを必要最小限度変える、という方策を取っています。他方、図1で免許人選定に直接関連しない事項について(オークション導入と平行して、しかし独立に)検討を加えることは差し支えありません。そのような問題の例として、「周波数帯利用目的区分の簡略化」[8]があります。ポイントは、オークション導入のように多数関係者の利害が複雑に絡む制度変更の際には、紛糾を避けるため上記のように「問題を切り分けて検討する」ことにあります。
(b) オークション導入について生ずる問題
貴信で問題にされている周波数帯間の電波干渉についての処置は、比較審査でもオークションでも必要ですが、オークション導入に際してはとりあえず従来どおり続けることが得策です。つまり、周波数帯の干渉・妨害が起きないように電波出力・方式等について事前に規則を定め、これを前提してオークションを実施することになります。
もちろん貴信で引用されている経済学者R.コースの「外部性」対処方策は、周波数帯間干渉にも適用できます。この部分に市場メカニズムによる解決法を導入することは、十分検討に値するでしょう。しかし当初のオークション導入に際してそのような事項にまで市場メカニズムを導入しようとすると、検討対象が複雑になります。オークション導入だけでも利害対立があり、また定めるべき事項が多数にわたるのに、議論の範囲を広げたのでは収拾がつきません。したがってまず免許人の決定についてオークションを導入し、制度が落ち着いた後に次の段階に進むのが常識的です。
米国で1986年にFCCが議会に対してオークション導入を打診した際に、「オークション導入は免許人決定という1点のみに関する制度変更であり、その他の事項には手を触れない」旨の説明をおこなっています[9]。それにもかかわらず米国ではオークションへの反対が強く、当初提案以後毎年のように議会で議論が繰り返され、導入のための通信法改正が実現したのは1993年、つまり当初提案した1987年の6年後でした。下院の議決はわずか1票差であったと報告されています。またオークション反対論に留意して、オークション導入は当初から時限立法とされ、一定期間が経過した後に改めてオークション制度延長を検討するよう定められました。つまりオークションは試験的に導入され、後に取り止めることもできる体制になっていたのです[10]。しかし導入後の経験からオークションは比較審査に比べて長所が多いことが分かり、比較審査に戻る提案はその後なされていません。またオークション導入済の多数の国において、後戻りしたケースは知られていません。(もし後戻りが実現したらこの分野のビッグニュースですから、大きく報道されたはずです。)
次にコースが重視する「取引費用」の観点からオークション導入を検討すべき、という貴論(7節第2パラグラフ他)に関し、「図1項目5において比較審査とオークションの取引費用をくらべる」ことは、そのまま貴論のとおりになっています。オークション導入は免許人決定過程の透明性を増し、時間・手間を節約しますが、このことはオークション制度にかかる取引費用が比較審査制度よりも小さいことを意味しているからです[11]。
さらにコースの所説「まず現にある状況の近似状況を分析することから開始する。次いで、提案された政策変更の効果を検討し、続いて新たな状況が、全体として、当初の状況よりも良くなったか悪くなったかの判定を試みる」(9節第3パラグラフ)は、比較審査をオークションに変更する際の検討方法にも当てはまるのではないでしょうか。分析対象を図1の項目5に限定・明示して「比較審査下で生ずる結果を近似的に分析」し、「提案された政策変更すなわちオークション導入の効果を検討して、少なくとも取引費用の節約という点で当初(比較審査)の状況より良くなるであろうと判定」しているからです。
また「適切な事業者数についての議論をオークションに一旦持ち込めば、何社ならば競争的なのかという議論を延々おこなわなければならない」旨の貴論があります(7節第6パラグラフ)。しかしながら同じ議論は、比較審査の場合にも生じます。もちろん比較審査下でも(現在われわれが経験しているように)事業者間の競争があり、政府当局は審査に先立って合計何社に免許を与えるかを検討し、独占・競争の問題を吟味する必要があります。つまりオークション導入が「免許人数と競争」に関する議論の必要性を増大させているわけではありません。(これが決着をつけにくい困難な問題であることには同意しますが。)
なお貴信では「オークションで電波資源を割り当てる最大の目的は、資源の経済的価値以外の要素、たとえばカバー率やサービス料金、サービス開始時期などの規制が、割当過程に一切持ち込まれないところにある」とされています(7節第6パラグラフ)。これらの項目については、小生も原則としてオークション導入とともに規制緩和(自由化)してよいと考えます。ただし市場独占の防止や投機的動機からのオークション参加の抑制のための規制は残すべきと思っています。
次に貴信は「オークションを導入するならば電波資源の活用方法も落札者の自由にさせるべき」と主張されています(8節)。具体的な方策として「電波資源が通信サービスのために用いられないように(混信を防止)するためにもオークションを活用するべき」と主張されています。この点についても小生はオークション導入にかかる長期的目標として十分検討に値するアイディアと思います。しかしながらこれは大きな問題であり、前節(a)で述べたように、従来比較審査で付与されていた電波利用免許の一部をオークションに切り換えるという当面の課題と同時に検討することは困難です。貴信第9節でコースの主張としても述べられているように、電波資源の利用システムのように巨大かつ複雑な対象について変革を試みる際には、まずその一部について漸進的に変革すべきであって、広い範囲を一挙にまとめて変革を加えることは不利です。成果が確実なところから既存システムの不合理な点を改良し、少しずつ変革を進めていくことが現実的な方策ではないでしょうか[12]。
(c) オークション導入と所得再配分
オークション導入の意義としては、取引費用の節約と(第一信で述べた)(長期的な)競争政策上の利点に加え、「所得の再配分」があります。第一信の最後に小生は、この問題を考えるための基本前提として「電波資源は誰のものか」という疑問を提示しておきました。小生の主張は(そしてオークション懇談会報告書の主張も)「電波は国民共有の資源である」です。そうであれば、電波資源から生じる経済的収入(資産収入)は、当然国民全員の所得になるべきものです。これに対し現行比較審査下では、(電波利用料中の賃貸料相当分を除き)これを事業者に贈与していることになります。つまり現状は、資産収入に関して電波をその利用者(携帯事業者など)の私有財産であるかのように扱っています。
なお上記のようにオークション収入は原則として国民全員に配分・給付するのが第1の選択肢ですが、実際には政府の財政収支が大きな赤字になっていることから、オークション収入を国民への直接給付あるいは減税に回すことなく、一般会計収入としてたとえば災害復興予算に充てることも可能と小生は考えています。
電波資産からの収入の配分という問題は日本であまり議論されませんが、海外では当然のことになっています。つまり電波が稀少化してその経済価値が上昇した今日において、電波を無料あるいは極端な低価格で携帯事業者等に配分(贈与)する理由はなく、そこからの収入は国民全員の収入であるとする考え方です。ヨーロッパで第3世代携帯サービスにオークションを導入した際に、フランスはオークション自体は採用しませんでしたが、電波の代価はフルに徴収する方針を取りました。フランス政府が電波に付けた価格が(英・独オークションの高落札額の影響で)当初あまりにも高く、割当を希望する事業者が不足した事態も生じたほどです。その後他の国でも、オークションを導入するか否かとは別に、電波割当に際して相応の代価を徴収することはほぼ常識になっています。日本のように低水準の電波利用料を徴収するだけで営利事業者に電波を割り当てる、つまり実質上の巨額補助金を与える国は、先進国はもとより中進国や途上国でもほとんどありません。このことは、現在割当が進行中のプレミアム帯(700/900MHz帯)についてもあてはまります。
これらの点について湧口先生はどのようにお考えか伺いたく思います。
[8] 上記(注7)の「仕分け」で、山田肇東洋大教授が提言されました。
[9] この時点で米国は「電波のくじ引き割当」を導入していましたから、現在の日本と少し背景が異なりますが。
[10] 時限立法は形式上現在でも続いており、本年2月の「インセンティブオークション導入のための通信法改正」の際に期限2012年を2022年まで延長しています。“Middle Class Tax Relief and Job Creation Act of 2012,” (U.S.) Public Law 112-96, Feb.22, 2012, Section 6405, ‘Extension of Auction Authority.’ <http://www.gpo.gov/fdsys/pkg/PLAW-112publ96/pdf/PLAW-112publ96.pdf>, <http://thomas.loc.gov/cgi-bin/bdquery/z?d112:H.R.3630:>. なお米国でのオークション導入経過の詳細については、鬼木『電波資源のエコノミクス――米国の周波数オークション』、現代図書刊、2002年2月、第2部を参照。<http://www.ab.auone-net.jp/~ieir/jpn/publication/200202a.html>
[11] 比較審査下では取引がありませんから、「比較審査制度の取引費用」というのはおかしな表現です。しかしここでは、「取引費用とは取引がおこなわれる市場制度を運用するための制度費用・組織費用を意味する」ことから、取引費用を制度費用一般と同一視しています。
[12] オークション導入が終わった米国では、湧口先生の主張される混信防止を含めた「電波資産の境界定義に関する研究(spectrum propertyの研究)」が進められているようです。小生は詳しくフォローしていませんが、たとえばSilicon Flatirons, “The Unfinished Radio Revolution: New Approaches to Handling Wireless Interference,” 2010. <http://www.silicon-flatirons.org/events.php?id=862> を参照。