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往復書簡シリーズ 設計未来 : ポスト情報化社会を展望する

鬼木 甫×湧口清隆

電波オークションをめぐって

鬼木 甫/第2信 (3)

2012年6月25日

3. オークションについてその他の問題

(a) 海外諸国との比較について

長くなってしまいましたが、貴第二信で提起されたその他の問題について小生の考えを述べたいと思います。まず第1に「海外の多くの国でオークションが採用されているから日本も採用すべきだ、オークションから逆戻りした国がないからオークションは成功だ」という議論への御批判(7節第1パラグラフ)です。もちろん海外諸国の動向だけからオークション導入を主張すれば、それは「猿真似」にすぎません。

しかしながら小生第一信と本信2. (a) で述べたように、オークションには(1)(広義の)取引費用の節約(透明性増大、時間節約など)、(2)競争政策上の利点(新規参入・研究開発の促進、低利用周波数帯譲渡による利用効率増大など)、(3)国民の資産である電波からの収入の正当な分配、という利点があります。また本信2. (b) で述べたように、オークション導入に際して時限立法、つまり後戻りできる仕掛けを設けた米国においてさえも、導入後は後戻りの議論が見られない(逆にオークション適用範囲が拡大されている)事実は、オークションが比較審査にくらべてはるかにすぐれたシステムであることを示す「状況証拠」です。

われわれは日常生活・仕事など多数の課題について、独りよがりの危険を避けるために類似の状況に置かれた周辺の人・地域・国の行動を参考にします。オークション導入の検討で海外諸国の動向を参考にすることは、むしろ望ましいのではないでしょうか[13]

(b) オークション導入と電話利用料負担の増大・所得再配分について

次に「通信市場は競争的だからサービス価格は限界費用と等しくなり、オークション落札額はサービス価格に影響しない」という考え方を批判されています(7節第1パラグラフ)。この御批判は正しいと思います。海外を含めて多数のオークション推進論者が、「オークション代価は固定費用あるいは埋没費用だから支払後には『既定の事実』となり、オークション後の事業者行動に影響しない。またオークション代価支払は限界費用とは無関係で、限界費用に等しい水準に設定される価格には影響しない。」旨の議論を展開しています。

しかしながらこの議論の前半は、固定費用(埋没費用)であってもこれをオークション後に償却・返済する必要が残ることから、正しくありません。(もし不幸にも私に大きな借金が降りかかって既定事実となったとき、私は渋々ながら自分の生活内容を変えて返済に努めるでしょう。)オークション代価がすべて事業者利益の中から支払われる(株主が負担する)ケース、あるいはすべて加入者に転嫁されるケースの両極端を含めて、誰かが負担しなければならないわけです。

またこの議論後半の限界費用については、携帯電話サービス供給市場が実際は寡占的であるのに、これを(多数携帯事業者の存在を要件とする)競争市場と誤認したことから生じた議論です。経済学のテキストブックには、「多数の売り手が存在する競争市場では、価格が市場全体の需給によって決まり、各売り手は自身の規模が微少であるため市場に影響を及ぼすことができず、市場で決まった価格をそのまま受け入れる他はない(例: 証券市場)。その結果売り手は自身の利益を最大にするために、与えられた価格に限界費用が等しくなるように自身の生産・供給水準を調節する」旨が書かれています。しかしながら携帯電話のように売り手が少数である寡占市場では、各売り手が自分で価格を設定できます。(どの水準に設定するかは一概に言えませんが、限界費用に一致させるという結論は出てきません。)したがってオークションによって支出額が増大したとき、寡占状態にある事業者が負担の少なくとも一部をサービス価格に反映しない(加入者に一切転嫁しない)とする理由は見出せません。

湧口先生には釈迦に説法でしょうが、一般の読者のために「オークション支出負担とその結果生ずる所得の再配分」について説明します。図2はオークションによる政府収入がすべて減税に回されることを前提した上で、携帯事業者(同関係者を含む、以下同じ)、政府、その他の国民すべての3グループについて、オークション実施前後の所得配分を比較したものです。この図はシンポジウム等で小生が何回か提示してきたもので、総務省オークション懇談会でもプレゼンテーション用に使いました。図2の左側が比較審査(CC: 命令・統制)、右側がオークション(MM: マーケットメカニズム)です。

図2a:携帯事業者の収支比較

図2a

図2b:政府の収支比較(オークション収入で減税)

図2b

図2c:家計・消費者(携帯事業者を除く)の収支比較

図2c

図2aで、携帯事業者によるオークション支払金額(X)の一部(Y)が加入者に転嫁され、加入者の電話料額Zが(Z+Y)に増大しています。残りの部分(X-Y)は携帯事業者の負担になり、事業者支出(賃金、利益、経費)が圧縮されます。次に図2bで、オークション支払金額が政府収入となり、政府がこれをすべて減税に回して家計・消費者からの租税負担を軽減する場合を考えます。政府の収支総額はオークション前後で変化しません。図2cでその結果を携帯事業者を除いた残りすべての国民(家計・消費者)の収支について比較すると、オークション導入によって電話料負担がZから(Z+Y)に増えますが、租税負担がXだけ減少し、その他の支出がWからW+Xに増大します。つまり携帯事業者以外の国民にとっては、その他支出の増大分Xだけ支出が増大しますが、そこから電話料負担増Yを除いた差額(X-Y)だけ福祉が増大しているわけです。この増大分(X-Y)は図2aが示すように携帯事業者が負担しています[14]

全体をまとめて見ると、オークションは携帯事業者から携帯事業者以外の国民すべてへの所得移転を生じます。携帯事業者以外の国民の観点からすれば、電話料負担はたしかに増えますが、その他支出がそれを上回って増加するわけです。つまり電話料だけを見ればオークションによって「負担が増大」しますが、他の支出まで考えれば有利になります。結論として、「オークションは、同収入がすべて減税に充てられる(政府が収支中立的に行動する)場合に全体として加入者に有利な所得再配分をもたらす。」ことは正しいのですが、他方で「加入者の電話料負担はオークションによって増大しない。」とする議論は誤りであることが分かります。

なお上記を直観的に理解するには、「逆のケース、すなわちオークションを実施している状態から出発して、オークションを廃止し比較審査に戻る場合」を考えることが有用です。これは図2の右側から左側への移行に他なりません。オークションを廃止すれば、それまで支払っていたオークション金額が支払不要になって携帯事業者の懐を潤し、超過利益が生じます。携帯事業者はこれをどのように使うでしょうか。一部を利益として配当あるいは積み立てに回し、また一部で社員の給料を増やすでしょう。しかしながら携帯電話サービス供給市場が寡占的であれば、一部の資金を電話料金引下げに回してより多くの利用者を獲得しようと試みるのではないでしょうか。実際われわれは、携帯サービスの値下げ・割引による加入者獲得競争を見ています。つまりオークションを廃止し比較審査に逆戻りしたことによって、携帯電話加入者が支払う金額は減少するはずです。このように逆向きのケースを考えることにより、オークション代価の支払い、すなわち携帯事業者から政府への所得移転分が、携帯事業者と加入者の双方によって負担されることが納得できると思います(実際の負担割合は市場の状況と関係者の行動パターン=弾力性に依存します)。

上記を携帯産業の観点から見れば、オークションは同産業規模を縮小させるマイナス効果を生じます。産業への課税が縮小効果、逆に補助金が拡大効果をもたらすのと同じです。それにもかかわらずオークション導入が国民全体にとってはもちろん、携帯産業にとっても望ましいのは、オークション導入による長期的な競争促進・技術開発加速・産業成長効果が、所得再配分から生ずる短期的なマイナス効果を大きく上回ると考えられるからです。

(c) オークション懇談会報告書について

貴第二信では、オークション懇談会報告書が説得力を持っていない点を批判されています(7節第2パラグラフ以下)。小生も同感です。報告書の本文は短く、オークション導入の骨子部分について結論だけを述べています。結論に先立って提示されたはずの複数の視点や議論の経過、そして対立する意見の中からどのような理由で結論を出したかについてはほとんど書かれていません。英国で周波数政策を検討する際に作成されたM. Cave博士のレビュー(同第2パラグラフ)と比べたとき、内容の豊かさの点で大差があることも事実です。

このような結果になったのは、第1に報告書が相対立する主張の妥協・共通点を述べた「政治型」文書であり、背景事情を説明して読者の理解に資することを目的とした「啓蒙型」文書ではない点にあると思います。より根本的な理由としては、オークションについての理解度がまだ不十分であることを挙げなければなりません。最近「日本の周波数オークション導入をめぐる議論は、諸外国に比べると周回遅れとなっているため、掲げられているオークションメリットをめぐる議論もまた、諸外国の周波数オークションの実態を踏まえると、周回遅れといわざるをえない。」[15]という批判を読みましたが、全くその通りです。オークションを専門分野としてきた小生も自戒の必要を感じています。

いただいた長いお手紙に対して、こちらの返信も大変長くなってしまいました。この議論については第三信までもう1度往復する予定ですので、次のステップを楽しみにしております。

2012年6月25日

鬼木甫

[13] 海外ケースの参照については、「外国の真似をするのではなく、日本の事情に即した日本独自のシステムを作るべき」という主張が述べられることがあります。しかしその場合、「何が日本の事情で、どのような体制がそれに即しているか」についての具体的な提案はほとんど出されません。実質的には、対案を欠いた反対のための反対意見になっています。

[14] 経済学の専門家は、オークションが経済実質面にも影響することから、図2cでオークション前後の所得総額の増加が加入者への転嫁分Yに等しいとしていることを疑問視されるかもしれません。まず大前提として、図2は経済理論で言う比較静学であり、動学ではないことに御注意ください。その上で、たしかにオークション導入は所得の再配分だけでなく、経済の実質面にも影響を及ぼします。具体的には、CCからMMに移るに伴って携帯部門から他部門への資源移動が生じ、これが携帯事業者の賃金・利益・経費の減少とその他部門支出(その他部門の付加価値合計)の増大に反映されます。したがって実質面での変化の結果として図2cの所得総額の増加がYに等しくならない可能性がありますが、それはプラス・マイナスの差額であり、二次的な効果です。一次効果である再配分金額にくらべると小さいと考えることができるので、単純化のために図2cでは所得額の増大分がYに等しいとしているわけです。

[15] 飯塚留美「周波数オークションに関する諸外国動向」、『ICTワールドレビュー』、2012年2/3月号、第4巻6号、pp.42~66、(財)マルチメディア振興センター、2012年3月、p.65。

電波オークションをめぐって

プロフィール写真:鬼木甫
鬼木 甫
(おにき・はじめ)
1933年生、東京大学経済学部卒業、スタンフォード大学大学院(1968年PhD)、東北大学助教授、ハーバード大学助教授、クイーンズ大学准教授、大阪大学教授・大阪学院大学教授等を経て2009年より(株)情報経済研究所代表取締役・所長。主著『電波資源のエコノミクス』(2002年、現代図書)。
プロフィール写真:湧口清隆
湧口 清隆
(ゆぐち・きよたか)
1972年東京生まれ。一橋大学商学部・大学院商学研究科、フランスHEC(学部時代に1年間交換留学)で学んだ後、2000年~2004年に国際通信経済研究所に勤務。九州大学大学院比較社会文化研究院客員助教授を経て、2004年から相模女子大学で教鞭を執る。2001年に一橋大学で「博士(商学)」を取得。専門は交通・公共システム論、情報通信の経済学。