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往復書簡シリーズ 設計未来 : ポスト情報化社会を展望する

鈴木崇弘×庄司昌彦

日本民主主義を再設計する
オープン・ガバメントへの道筋

庄司昌彦/第1信 (3)

2011年2月28日

日本に有効なシンクタンクを育てていくために

結局、問題は日本の場合、政党だけではなく霞ヶ関の外側に、アメリカをはじめ先進諸国で機能している民間主導のシンクタンクがなぜ作れなかったのかということに行き着くと思います。

もちろん、◯◯総合研究所といったような、いわゆるシンクタンクというカテゴリーの企業体そのものは個々には存在するわけですが、その規模や質において、アメリカなどには到底及びません。中小のシンクタンクは、まずお金の面で経営が成り立っていませんし、社会の仕組みの中での位置づけがなく、日本の民主主義政治の一ユニットとして機能しているという状態にはほど遠い状況です。


おそらくその背景には、冷戦体制下の高度成長期に、霞ヶ関のいわゆる護送船団方式の行政主導ので上手く行きすぎてしまった成功体験のようなものが、体質の固定化を生んでしまったのではないかと思います。

しかし日本が経済的なキャッチアップを終えて、いったん世界のトップランナーになった後、どこに向かえばいいのかを自力で見出さねばならなくなると、高度成長期的な行政主導の機構はまったく機能しなくなってしまった。

とりわけ高度な情報化の波がやってきて、ITや金融を中心に対応すべき課題が非常に複雑かつスピードが速くなってきてしまったため、数年で異動してしまう人事制度の下では、もう官僚機構にどれだけエリートが揃っていても、到底対応できないわけです。

そうなったときには、もう競争原理にさらされた民間の知恵を活用するしかないわけですが、日本でそれを阻んでいる壁がいまだにどうしても厚い。


冷戦体制の崩壊後に成立した細川政権以降くらいから、この壁を打ち壊し、民間の力を取り込んだ、政治主導による民主主義を確立しようという大きな流れの中で日本政治は推移してきたはずで、これまでもシンクタンクの育成をはじめ、いろいろ可能性はあったと思います。

しかし、ここ20年余の経済の停滞とも相まって、冷戦後の政治体制の変革という点でも日本はあらゆる主要国に比べて見劣りするような気がしますが、特にその難しさはどこにあると思われますでしょうか。


いささか取り留めなく、雲を掴むような大きすぎる問いかけから始まってしまったかもしれませんが、なぜシンクタンクが必要なのかをめぐる一連の思考として、ご見解をお示しいただければ幸いです。

どうか、よろしくお願いいたします。

2011年2月28日

庄司昌彦

日本民主主義を再設計する
オープン・ガバメントへの道筋

[プロフィール写真]庄司昌彦
庄司 昌彦
(しょうじ・まさひこ)
1976年生まれ。国際大学GLOCOM講師/主任研究員。内閣官房IT戦略本部電子行政タスクフォース構成員。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。おもな関心は情報社会学、政策過程論、電子行政、地域情報化、ソーシャルメディアなど。共著に『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』、『クリエイティブ・シティ 新コンテンツ産業の創出』など。
[プロフィール写真]鈴木崇弘
鈴木 崇弘
(すずき・たかひろ)
城西国際大学大学院国際アドミニストレーション客員教授。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団研究事業部長、大阪大学特任教授、「シンクタンク2005・日本」事務局長などを経て現職。中央大学大学院客員教授も兼務。著書に『日本に「民主主義」を起業する 自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』など。