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往復書簡シリーズ 設計未来 : ポスト情報化社会を展望する

鈴木崇弘×庄司昌彦

日本民主主義を再設計する
オープン・ガバメントへの道筋

鈴木崇弘/第1信 (1)

2011年3月8日

庄司昌彦 様

政策シンクタンクに関するとても光栄な話題のご提供、ありがとうございます。

おそらく、1980年代の終わりから1990年のはじめくらいにかけて、日本におけるパブリックに対する意識は、大きくステージが変わりだしたのではないかという感触があります。つまり、人々の間にそれまでの延長線上では駄目だという意識、つまり民の役割が重要になるという意識が芽生えはじめて、それが社会的に広がっていった時期だったと思うんです。

その流れが、庄司さんの進路選択にも直結するような新しい政策研究の立ち上がりや、シンクタンクなり各種NPOなりの設立にも繋がっていったと思うんですね。その方向性は間違っていなかったし、これからもますます突き詰めていくべきだと思うんですが、その方向性へのシフトを比較的早く始めて旗を振ってきた人間からすると、まだまだ準備が足りず、じゃっかん時期尚早で、その方向に従ってきた方々の能力や労力が的確に活かせず、結果としては無責任だったのかなという反省があります。


というのは、そうしたシンクタンクなりNPO活動なりで志ある人たちが食べていけて、きちんとやっていける土壌がない現実をひとまず捨て置くかたちで、ビジョンだけ見せて若い人たちに「これでやっていくべきだ」と考えさせて、結果として犠牲を強いるかたちにしてしまった部分があります。もうすこしあの時に全体的なストラテジーを考えて、みんなが活かせるようなステージを作ってから参加できるようにしてあげれば、もっと若い人たちのエネルギーによって日本社会を変えることができたのではないかと、このごろはよく思うんですね。それだけ、日本という社会を変えていくことがいかに難しいかということでもありますが。

ですから、若い人たちともう一度その土俵を作り直していく活動をやっていきたいなと思っています。やはり志を持つことは重要だけれど、その志を形にし、生活になるようにしない限りは、やはり社会は変えられないだろうという実感を、これまで以上に強く抱くに至っています。

日本におけるシンクタンク導入の現状

そうした思いを踏まえて、庄司さんにお問いかけいただいた日本でのシンクタンクの定着への道筋について、改めて考えていきたいと思います。

僕が一番問題だと思うのは、日本の場合はシンクタンクの概念が1960年代くらいに導入されて以来、あくまで個別単独の組織体としてしか考えられてこなかったということです。本来は、まさに庄司さんがおっしゃるように、単なる組織ではなく、各部門の専門性が高くなった社会においては、民主主義を機能させるための不可欠のアクターなりプレイヤーとして、大きな制度的な枠組みの中で考えるべき存在のはずでした。

しかし、そのような捉え方が日本では希薄で、喩えていうならシンクタンクなるものをいきなり空気もないような火星に連れて行って、「そこで独りで生きろ」というに近い状況を作ってしまったわけです。だから仕方がないので、生きていくためにはビジネス寄りになるしかなく、本来の概念から変質していってしまったのが、おそらく第一~第三世代くらいまでのシンクタンクだったわけです。


それが先述のように1990年代くらいになると「政治改革」を掲げた細川政権への政権交代が起きて小選挙区による二大政党制を促す現行の選挙制度への改革が行われたり、「行政改革」を掲げた橋本政権による中央省庁の改革や再編が行われたりと、日本の政治風土にも変化が訪れました。しかし、当時から言葉の上では「政治主導」が叫ばれてはいても、結局日本の政治を支えているのは行政機構のみという状況はどうにも変わらなかったと思います。

極論するなら、そうした官僚を中心とした行政の仕組みというものが、明治以降の近代日本というか、下手をすると律令制度の頃からの骨絡みの政治的土壌として根付いてしまっている。そこで日本は戦争に負けて、形式的に民主主義を入れるわけですが、パッケージを開けてみれば、三権分立の原則が事実上機能していない、行政機構ばかりが肥大した政治システムがずっと残ってきていました。


ですから、1990年代から2000年代を終えた現在に至るまでの政治制度における対立は、本質的には日本の統治の仕組みを行政中心の政策形成の仕組みのままで維持するか、より民主主義的な仕組みに変えるかということのバトルが、ずっと底流にあったといえるでしょう。霞ヶ関の外に真に実効的に機能する政策シンクタンクができるかどうかというのは、まさにそうした政治風土そのものの変革の成否を象徴する事象であると位置づけられます。

その潮流の中から現在の状況を診断すれば、庄司さんのように大学の総合政策学部から人材が輩出されたり、NPO法などの法整備がされたり、まだまだ形ばかりかもしれませんが政治家が政策担当秘書を持てるようになったり、民主主義を動かしていく仕組みづくりのトレンドは確実に育ちつつあります。いまは「点」でしかないその動きを繋げて「線」そしてさらに「面」にしていくことが、目下そして今後の課題といえるのではないでしょうか。

日本民主主義を再設計する
オープン・ガバメントへの道筋

[プロフィール写真]鈴木崇弘
鈴木 崇弘
(すずき・たかひろ)
城西国際大学大学院国際アドミニストレーション客員教授。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団研究事業部長、大阪大学特任教授、「シンクタンク2005・日本」事務局長などを経て現職。中央大学大学院客員教授も兼務。著書に『日本に「民主主義」を起業する 自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』など。
[プロフィール写真]庄司昌彦
庄司 昌彦
(しょうじ・まさひこ)
1976年生まれ。国際大学GLOCOM講師/主任研究員。内閣官房IT戦略本部電子行政タスクフォース構成員。中央大学大学院総合政策研究科修士課程修了。おもな関心は情報社会学、政策過程論、電子行政、地域情報化、ソーシャルメディアなど。共著に『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』、『クリエイティブ・シティ 新コンテンツ産業の創出』など。