安保議事録 質疑応答 党代表
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。なお、御発言は着席のままで結構であります。中谷元君。
○中谷委員 参考人の皆様方の御意見どうもありがとうございました。皆様方が共通して言われたことは、今の国際情勢の認識と、今後、日米安保体制を重視すべきだ、そして、その日米安保の構えは我が国の安定のみならず東アジアの安定に最重要であるという認識だったと思います。
そこでお伺いしたいのは、今後、日米安保共同宣言を受けてどのような役割、責務を果たしていくかという問題でございますが、今ガイドラインの作業が続けられておりますが、先ほど岡崎参考人から御指摘がありましたけれども、一つのポイントとしては、集団的自衛権の行使の必要性がありやなきやという点に絞られるのではないかと思います。
そこで問題になるのは、政府の統一見解というか解釈でありますが、1981年の稲葉質問に対して、集団的自衛権を有しているが行使できないと。また、その点について、主権国家として集団的自衛権を保持しているなら、それができないとすれば果たして主権国家であるかどうかという点も私も感じておりますけれども、この点につきまして、佐久間参考人と渡邊参考人は集団的自衛権についていかにお考えか、お述べいただきたいと思います。
○佐久間参考人 申し上げます。私は、集団的自衛権の問題は、法理論の世界と政策論の世界という二つの見方があるのだろうと思います。
現在の憲法の立法趣旨等からいって集団的自衛権が行使できないという立場、これも理解はしております。しかし、私は、どちらかといいますと、これはそのときどきの政府の政策判断であったというふうに考えております。
したがいまして、このガイドラインの研究あるいは橋本総理の指示に基づく緊急事態対応策の検討に当たっては、この問題を避けて通ることはできないと思いますが、さりとて、現実の話として、ことしの秋までにそういった基本的な政策変更のコンセンサスが得られるとは思いません。したがって、これは我が国の国益及び憲法の理念に照らしてなすべき行為か行動かといった個々のケースについて判断をなすべきだ。
その判断基準というのは、やはり今申しました我が国の国益、それから憲法の理念、そして、安全保障というのは国家国民の安全を守るという最大の機能であるという観点から判断するならば、そんなに難しい問題ではないだろう、個々のケースについて相当整理ができるだろうというふうに思っております。
○渡邊参考人 武力行使はなしにしようというのが一般的な国際的なルールだった。ただし、二つの例外がある。一つは、国際社会が共同の行動をするといういわゆる集団的安全保障とそれに関連したことだと思います。もう一つは自衛のためだと思います。今問題になっているのは自衛のためでございますが、そのどちらの場合もできるからといって何をやってもいいわけではない。例えば国連の集団的な安全保障ないし、それに絡むのは、御承知のように、国連の安保理事会で、こうこうこういう状況のもとでこういうことをするのだということに従ってやるわけでありますね。
では、自衛権の場合はどうかというと、自衛権の場合も、自衛権があるから何をやってもいいというわけではもちろんないわけであります。一つは本当に必要であるかという必要性の問題、それからもう一つは、その状況に応じたつり合いの問題があって、相手から殴られてからといって殺していいというわけではない、そういう意味のつり合いという、この二つの条件があると思うのですね。その範囲の中でどういうふうに自衛権を行使するのかという判断を常に迫られるというのが、いうところの政治的な判断だろうと思います。
権利のあるなしは、私の考えは岡崎参考人や佐久間参考人と同じでありまして、あるいは佐久間さんはちょっと違った御返事だったかもしれませんが、私は、憲法であるないという問題ではないだろうと思うので、自衛権はあるかないかだけであって、その自衛権をどう行使するかというは、先ほど申しましたようないろいろな幾つかの基準に従ってどう行動するかのが適当であるかという極めて高度な政治的判断だと思います。それが第一点。
第二点は、例えばドイツであのようなNATOという範囲の中で問題にならないことが、なぜ日本では問題になるのかということにかかってくると思うのです。つまり、一つの安全保障上の仲間というのがだれであって、どことどこがお互いに守るのだということがはっきりしているかしていないかという問題があると思います。そこが、先ほど申しました集団的な自衛権を集団的な自衛権の行使という意味での日本が何をするのかというときに、非常に必要になってくる判断の一つの根拠だと思います。
端的に言えば、例えば韓国と日本が明白な同盟国であるというようにお互いに考えていて、そのような関係にあれば条約上も政治上も余り問題にならないことが、現在のあるいはこれまでの日本と韓国との間の関係ではあり得るということですね。だから、そのような関係のときに、一体どこまでどういうことをするのが日本として適当であるか。一方では、アメリカは日本と同盟関係にあるだけでなくて韓国とも同盟関係にある、そういうアメリカが行動するときに、日本は例えばどう行動するか、そういう判断に迫られる種類の問題であろうと思うので、これは憲法を盾にしてあるとか一切ないとかという白黒の問題ではないというふうに思います。
○中谷委員 続いて、今の質問ですけれども、問題提起されました岡崎参考人にお伺いいたします。この政府の集団的自衛権の解釈を変更するかどうか。もし修正をするとなった場合に、ある程度の限定的な行使を認めるということで、何らかの歯どめみたいなものが要るかどうかという問題と、仮に解釈の変更をしない場合は、現状のままなのですけれども、この基準はどういうふうに設定すればよろしいのでしょうか。
○岡崎参考人 大きな問題と小さな問題と両方ございますけれども、小さな問題は、現在のガイドラインの研究をどのような枠内で行うか、そういう問題だと思います。これは今までどおりの憲法の解釈というか、要するに憲法が集団的自衛権の行使を許していない、そういう解釈のもとでガイドラインを進めている限りは、はっきり申し上げてこれは成功しません。成功というのはどういうことかと申しますと、同盟国であるアメリカが、日本は本当に信頼すべき同盟国であると信頼してくれるような関係には到達し得ません。これは、恐らく1989年のガイドラインの研究とほとんど同じ結果に終わります。部分的には改善されますけれども、それ以上のことはございません。
そこで、今度は全部外した場合どうなるかということでございますけれども、これは人工的な歯どめというものが我々の将来の子孫の手を縛るというだけでなしに、将来の子孫に対する侮辱でもあるのですね。国家の安全というのは最も大事なものでありまして、特に武力を自分の国の領域外で使うようなことは国の死命に関するものです。
これは恐らく100のケースがあって、99あるいはそれ以上も使わないことであります。
これはその場になれば常識でわかる話でありまして、むしろ今集団的自衛権は使えないということになっているものでございますから、それについてだれも考えていない。これがもし使えるということになって考えたら、これほど重大なことはないのです。これは国民的議論を尽くせば、これしかない、この場合だけが無理なく使える、それ以外はとても使えるものではないということはおのずから見えてまいります。ただ、今その議論をしていないところに問題がございます。
○中谷委員 次の質問をさせていただきます。渡邊参考人と小川参考人と岡崎参考人にお伺いします。渡邊参考人の問題提起の中に、アジア・太平洋の特徴として中国の動向がかぎを握るということで、中国は脅威なのかパートナーなのかという問題があるのですが、日米安保体制の中で我々も物事を考えていかなければなりませんが、尖閣列島の問題の一つにしても、明確に言うべきことを日本人は言っていないわけですね。中国は大局的に判断する国ですから、何か言えば聞き入れる国民だと聞いていますけれども、そういう中国に対しても日本は言うべきことを言っていないのは、いざこざを起こしたくないという国民性があるのではないかと思います。
その冷戦後の中国とのつきあい方は、今までのように対米重視べったりの感じでいくのか、それとも独自カラーでつき合っていくのか、アメリカの言いっぷりの範疇でしか言わないのか、範疇の外でも物事を言うべきなのか。中国に対してのそういう日本独自の戦略というかカラーについて御意見を聞きたいと思いますけれども、いかがでしょうか。渡邊参考人から。
○渡邊参考人 難しい御質問ですね。二つ問題があったと思います。一つは尖閣列島という具体的な問題、もう一つはもう少し一般的に、対米重視という枠内で中国とかかわるのか、独自のかかわり方があるかという問題だと思います。
第一については、物事は何事も経緯がございますので、尖閣列島については、亡くなられたとう小平さんとの間でこれは将来の問題にしようという了解があったと思うので、その了解をどれだけ守っていくかという問題なのだろうと思います。それについては、私が見るところ、少なくとも政府レベルでは中国側も日本側も一定の良識の中で対処してきていると思います。
ただし、いずれの国もその良識の中でおさまらないという行動がでてくるわけで、そのことが波風を立てるという話になるのではないかと思います。もし中国が明らかに国家としてそのような了解に反するような行動、端的に言えば軍事的な行動を尖閣列島でとるというような場合には、これは当然日本側としても明確に物を言わなければいけない問題であり、かつ必要な行動をとらなければならないということになるのだろうと思います。
もっと一般的に、中国とどうするかという問題でございますが、これは三分以内とういう範囲ではなかなか意を尽くしませんので不十分になると思いますが、また後で御質問があればということでとりあえず申しますと、先ほども申しましたように、日本とアメリカががっちりと手を組んでいくということが、世界的にもそうですが、これからのアジアの安全保障を保っていくための不可欠の要素だと私は思うのですね。この点は多分余り議論のないところなんです。ただ、その場合いに、例えば中国との関係でいうと、それではどういうふうに中国との政治的な了解をつくっていくかという問題があるということを忘れてはいけないであろうと思うわけですね。
現在、橋本・クリントン共同宣言以来、中国は今までとかなり違った形で日米間の安全保障問題について反応しているように私は理解しております。それは、一つには、日本が今までより積極的な安全保障政策をとるだろうということに対しての一定の警戒心であろうと思うのです。これはある意味では当然警戒するだろうと思うのです。ただ、それはあなた方が警戒するようなことではないのだということをどうやって説得するかという問題であり、かつ、単に言葉で言うだけではなくて、実際に行動するかという問題だろうと思うのであります。
ですから、日本とアメリカと中国との関係が大事だといったときに、文字どおり三角関係でそれぞれが独自に動くというふうな形ではないと私は思っています。ですから、全くアメリカとの関係なしに、もっと極端に言うと、アメリカと競争するような形で日本が中国と何かをするというふうな意味でもし独自な対中政策というふうなことをおっしゃっているのだとすると、私はそうは考えておりません。
○岡崎参考人 中国をいかに扱うかということにつきましては、一般論は一つでございまして、これは日米同盟をしっかりさせればいいのです。日米同盟がしっかりしてまいりますと、中国としては選択肢が非常に狭まるわけでございます。要するに、国家関係というのは一番の基礎は軍事バランスでございまして、軍事バランスというのは何を意味するかと申しますと、平和的にしか問題を解決できない形をつくること、それが軍事バランスなのです。ヨーロッパのバランス・オブ・パワーというのも基本的にはそういうことなのです。あのときは幾つかの国が集まってそういう形をつくったのですけれども、必ずしも国が複数である必要はないのです。平和的にしか問題を解決できない形をつくることが軍事バランスなのです。それさえつくっておけば後は何も警戒することはないので、中国との友好関係を大いに増進する、それから経済援助をしてもいい、私はそれは一向に構わないと思います。
ただ、一つだけ中国との問題で日本が気をつけなければいけないことは、日本国内の意見の分裂でございます。中国の政府にとっても一番大事なことは中国の国益でございますから、例えば日本の教科書とかそういうものに干渉して日本人を怒らせてしまって、それが中国の国益を害するようなら言ってくるはずがないわけであります。ところが、日本の国内で分裂がある場合はそれを戦略的に利用し得る、その場合は言ってまいります。それは中国の国益にとって得でございますから。
ただ、尖閣の問題は、どうも思ったよりも日本の国内の反響は一つにまとまったという判断を今度は持っただろうと思います。ですから、今後は若干安心しております。
○小川参考人 中国を脅威にするかどうかという問題が一つここでは重要だと思います。脅威は敵の意志と能力だと決まり切ったことを申し上げるつもりはありませんけれども、やはり中国という国が経済的に成功してくれて、しかも日本経済にとって望ましい国になってくれること、これは日本にとっては一つ重要なポイントであります。しかし、巨大な経済力を身につけた中国が巨大な軍事力を備え、それが日本に対する脅威となっては困る、それがまた日本が目指すべきところでございます。そこにおいて、中国とどのようにかかわっていくかということでは、やはりアメリカの積極関与政策というのは日本の外交政策を考える上で極めて参考になるのではないかと私は思います。
アメリカの考え方というのは、例えば中国が経済的に成功するためには、中国なりの尺度で結構なのですが、国内の態勢を近代化し、民主化を遂げなければならない。民主化できないと経済的に成功できない。民主化を遂げた中国は、大きな経済力を持ってもその軍事力をむやみに振り回す国にはなりにくい。だから、民主化を遂げさせることがアメリカにとって都合のいい中国をつくることだ、そういう認識のもとにさまざまな角度から口出しをしていると思うのですね。
その考え方については、例えばアメリカのエール大学の国際政治学の教授であるブルース・ラセットさんの持論の中に、民主主義国家同士は戦争しないのだというのがあるのです。極めて似通った認識をアメリカは示して中国にかかわっております。
ですから、とにかくアメリカの積極関与政策というのを参考にしながら対中政策というのを一つ定める。同時に、極めて重要な柱として、岡崎参考人の方からもお話がございましたけれども、日米同盟をどのように日本の平和主義に即して運用し、それを中国に対して外交のカードとして機能させるか、その辺を考えていくべきだと私は思っております。
以上です。
○中谷委員 以上で終わります。 [目次へ]既に集団的自衛権の話がありましたが、具体的には、目の前の話はガイドラインをどうしていくかということが大きなテーマかと思います。政府はこれまでの憲法解釈のもとでということを言っておりまして、そのままだと余り大きな成果は得られないという意見が強いわけでありますが、どうも集団的自衛権の議論を始めますと神学論争みたいなことになってしまうので、私は、日本の国益を考えたら、何をやるのか、またどこまで踏み込むのか、こういう具体的なところを議論していかなければないかというふうに思うわけであります。
まだ政府は中間報告も出しておりませんが、今の時点で具体的にどこまで踏み込むべきである、これが日米安保のためなんだ、またアジア・太平洋の安定のためなんだという視点から、各参考人で具体的にもし御発言をされる用意がありましたら御指摘をいただきたいと思います。これは、四人の参考人に順次していただければと思います。
○佐久間参考人 先生の御指摘どおり、ガイドラインの検討に当たっては、この問題をどう処理するのかというのは、大きなバロメーターといいますか、むしろ基準になると思います。私は先ほどちょっと申し挙げましたが、個々のケースについて検討すべきだろう。個々のケースというのは、例えば我が国周辺において緊急事態が起こって、その地域にある我が国の同胞、あるいは状況によってはその国の人あるいはアメリカ人、そういった人々を緊急に輸送する、避難させるといった行動は予想されるところであります。そういったときに我が国がどこまでやるのか、あるいは非常に厳しい場合、そういった輸送が軍事的な危険というものにさらされる、例えば軍艦だとかあるいは作戦機がそれに対して何か干渉をするというような事態で、それを全く丸腰のままで輸送させるのかどうか、そういったケースがあるのだろうと思います。
そういった場合に、私は、いろいろな検討の軸があると思うのですが、一つは地理的な軸があると思います。例えば第三国の領域において、私は、武力行使というのはやるべきでないと思います。また一方、逆に、我が国の領域において、我が国の主権の範囲内ですから国民の安全のために必要な措置をとるのは当然でありますが、その間に、例えば公海あるいは公空という地域的な領域があります。そこで、目的が我が国の国民の安全というためでしたら、そのための必要な処置をとる、これは集団的自衛権云々といった憲法の理念に反することではないだろうと私は思っております。一つの例でございます。
よろしゅうございますか。
○渡邊参考人 余りつけ加えることはございませんが、特に一番難しい問題は、先ほどもちょっと私が例に申し挙げましたが、いうところの朝鮮有事、半島有事の場合だろうと思うのです。これは、先生、具体的にどういう状況かによって物事が大きく変わってくるのは当然だと思いますが、事と次第によっては日本それ自身の安全に及ぶことであって、そうしますと、日本の自衛のために日本が行動するという範囲の話になりますね。ところが、その場合に地理的な近接性等々であちら側の事態にどこまで我々がふみこむかという問題が当然生じてくるわけで、そのときに、これは集団的と言う以上は、相手次第でございますから、相手との関係が具体的にどうかということを念頭に置かずには議論できないだろうと思います。
一般論としては、佐久間参考人がおっしゃったように、人の国の領域で行動するということはよっぽどのことがない限りあることではないだろうと思います。
問題は、その間のグレーゾーンだろうと思いますね。その場合にどの程度のことをするかであって、しかも、もう既に周知のごとく、そういう場合には在日の米軍が行動するということが当然考えられるわけで、その米軍の行動に対していかなる規模、いかなる範囲、いかなる方法で後方支援的な活動をするかという問題は避けることができないだろうと思うのですね。これを集団的な自衛権の行使と言うのか言わないのか、その辺は法律問題ではないというように私は思っております。
○岡崎参考人 確かに今の解釈のままでまいりますと、佐久間参考人が言われた程度のこと以上できないと思います。その程度のことというのが日本人の救出である場合、それは日本の勝手じゃないか、アメリカのために何の役に立つのだ、そういう話になるわけであります。結局、日米同盟関係の信頼関係を全然増すことになっていない。それで、ジム・アワーの論文というのがございまして、これが本当に具体的に言っております。そこで言っている内容は、韓国、台湾の領海以外の公海におけるアメリカの第七艦隊の行動に対して日本が対潜哨戒、空中哨戒によって援護するというのがジム・アワーの提案でございます。もう一つジム・アワーが言っておりますのは、それさえも言ってもなかなかしないだろう、それで、自分が本当にしてほしいのは、二つのケースを勉強してほしい、つまり、従来の解釈でやった場合はここまでしかできない、従来の解釈を外せばここまでできる、その二つを両方ガイドラインの結論として出してほしい。それが出れば、そういうものがあるというだけで、これは既に抑止力になります。日本が解釈を変えるような範囲でこれだけのことができるのだということが周りの国がわかりますから、それだけで変わります。
ですから、できればアワーの言っている公海部分における日米共同行動、これはアメリカの第七艦隊の護送でもございますし、それからアワーによりますと、尖閣に対して日本が防衛を行う場合、アメリカのインディペンデンスがそれに対して協力する、それも入っております。そこまでいけば日米信頼関係というものは確立すると私は思います。
○小川参考人 御質問ありがとうございます。私は、集団的自衛権というのはもともと独立国家固有の権利であるという前提でお話をするのですが、日本での議論というのはまだまだ未整理の部分が多い。この問題についても若干整理をする作業が必要だろうという立場でお話を申し上げます。
私は、この場合、一つのたたき台として、日本国憲法と国連憲章と日米安保条約という三つの関係においてこれを考えていくということが一つの日本モデルとも言うべきものを導き出す上で重要ではないかなという立場をとります。
日本国憲法は国連加盟を否定しておりません。当然ながら、国連憲章のどの条文についても日本国憲法は否定していないわけであります。同時に、日米安保条約は、第一条、第七条、第十条を見ればわかるように、国連憲章のもとでの条約であるということが明記されております。
そこで考えていきますと、とにかく日本周辺の有事に当たって日本の基地や施設を使う、その場合、日米安保条約第六条が適用される場合にも日本側の姿勢いかんによっては米軍の行動は国連憲章の枠内に制約されるという考えもとり得るわけであります。逆に考えますと、とにかく集団的自衛権について日本が国連憲章の一つの枠組みの中で行動するということはあるいは可能になるのではないかなと思っております。
例えば国連憲章の第五十一条には、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、」という文言がございます。この条件をまた日本側で厳密に定義した上で、安保理事会が機能した時点で集団的自衛権の行使を例えば日本は停止し、派遣された自衛隊に撤収を命じたり、あるいは米軍への支援を制限する、そういった線を引くことは、これは暫定的なものであるかもしれませんが、可能ではないかと思っています。
ですから、日本国憲法、国連憲章、日米安保条約の三者の関係において一度枠組みを考えてみることが重要でないかと思います。
どうもありがとうございました。
○平田委員 次に、今沖縄の基地の問題が大きなテーマになっているわけでございますが、私も去年の7月から4回ほど沖縄に行っておりまして、その都度沖縄の状況についての認識はどんどん変わってきてはおるのです。この2月に沖縄に行って、基地を抱えております市長さん、町長さんと懇談をいたしましたが、その際に、政府が考えております特別措置法をもし政府が強行するならば、テロさえ起きかねませんという危惧の表面がございました。
私どもこの問題を考えるに当たって、楚辺のような法律違反状態というふうに指摘されるような事態を回避したい、法治国家としてはこれは当然だ、形式的に法律に合致しているという物の考え方、これは当然一理ありますが、もう一つは、統治者として、国を預かる者としての責任としては、社会の安定というのも考えなければならない。すなわち、実質的な合法性、社会の安定ということも考えていかなければならないのではないかというふうに思うわけであります。そういう意味では、沖縄の状況の中で、特別措置法の強行によってどのような結果を招来するのか、この辺の見通しが極めて重要なのではないか。
要するに、3000名の反戦地主の皆さんの土地を違法状態で占拠している。しかし、そこには反戦地主の皆さんは実際上は法律上は入れないわけであります、通行権がないわけですから。他人の土地を通って自分の土地に入るという権限、囲繞地通行権がなければ入れないわけでありまして、そういう楚辺のような状態でも事実上の安定があり得るのではないか、そういうことも考えますと、どちらがとるべき選択肢なんだろうか。
要するに、特措法の強行によって反米軍基地闘争が大変盛り上がってしまったということになりますと、基地の運用そのものに支障を来す事態も招来する。これは日米安保の信頼関係を大きく傷つけることになるわけでありまして、日米安保を守らなければならないという基本的な考え方にも実質反してしまう。
こういう事態も考えますと、特措法の強行によってどのような事態を招来するかという見通しが一番重要なのではないかというふうに私は思いますが、その点について四名の参考人の方々の御意見を承りたいというふうに思います。
○佐久間参考人 特措法の問題はすぐれて政治的な問題になっているという認識を持っております。それを強行した場合の反発ということも、先生御指摘のとおり、十分に予想されるところでありますが、私は、その問題と、日米の安保体制あるいは条約の遵守、さらにそういった条約に基づいて当事国の政府としてなすべき措置というものを同列に並べて論じるのはいかがなものかという感じはいたします。もちろん、現実に出てくるリアクションというものを十分認識しなければならないわけですけれども、それだけで、すべての判断をするというのは、国家としてあるいは政府としての判断は妥当なものかどうかということについて、私は疑問を持っております。
だからといって、強行、とにかく国の決めることだからという一方的な押しつけというのは確かに避けるべきであり、最後までぎりぎりの努力はなされるべきだと思いますけれども、法律的な空白あるいは無秩序状態というものを法治国家として認めるわけにはいかないだろうと私は考えております。
○渡邊参考人 特別措置法の問題は、万策尽きた場合ということだろうと思います。万策尽きた場合は、日米安全保障上の国家としての義務を行うためにそれが必要になるということでありますが、そうなったときにどういうことが起こるか。場合によっては、テロが起こり、沖縄が内乱状態になるという御指摘でございますが、私にはわかりませんが、そんなことはないと思います。もしそのようなことが予想されるのであれば、これは大田知事を初め市町村長の政治的な責任が非常に重大である。つまり、そのような最後の万策尽きたときに追い込まないでどう解決するかということは、これは現地の政治家の責任でもあろうかというふうに私は思います。
○岡崎参考人 3000人の地主の方々が本当に沖縄全体の声を代表しておられるかどうか、これは大変に問題があろうと思います。まず、日本全体として、最高裁判決というものがありまして、条約に基づく国家の義務履行のために必要かつ合理的な限度である、これが最高裁が既に決めたことでございます。それから、自民党は従来安保堅持、社会党も今や安保堅持と理解しております。そうしますと、安保堅持ならば、単なる基地反対闘争というものは矛盾するわけでございます。そうしますと、自民党にも社会党の思想にもそぐわない行動となりますと、これは本当にごく一部としか言いようがないと思います。
私は、特措法が通ればいいと思いますし、それから、毅然とさえしていればあるいは特措法がなくてもいいかなという気もしているのです。
それはどうしてかと申しますと、戦後の日本の法制では、土地を借りている場合は、借りている人間が非常に強いのですね。それで、それまでちゃんと家賃を払って、しかも、最高裁の判決でもってこれは違法だと判断されている。その場合は、立ち退きの裁判が起きて立ち退けという判決がでるまでは、これは必ずしも違法行為でもないのです。これは今までの裁判所の判決では全部そうなっているのです。ですから、万が一それが通らないとしても、条約上の義務を履行するために、政府がそれによって余り動揺しないで毅然としていれば、それは必ずしも違法行為ではないと私は思っております。
○小川参考人 私は、特別措置法の強行の中身によってかなり議論は変わってこざるを得ないと思っております。沖縄の県民の方々の神経をまるっきり逆なでするような格好というのは、現在の政府の姿勢の中からは見てとることはできません。ですから、必要な手だてを講じながら特別措置法の議論をしていく中では、一定のところに落ちつき、そのテロ云々という話にはつながらないのではないかなと思います。ただ、その場合、やはり沖縄県民の方々とさらに議論を深める必要があると思いますのは、沖縄県民の方々のどのぐらいの部分が日米安保をやめようと考えているのかという話なんです。
日米安保を続けながら基地問題を解決しようと考えている限り、特別措置法に関しては一定の理解が存在するものだと思いますし、それに対して、政府としてはとにかく、先ほど私が意見を述べます中で申し上げましたように、基地問題解決のための一定の到達点といったようなものを示しながら、そこへ歩みをともにしていくことが重要だと思います。
テロといったようなことを地元の首長さんがおっしゃったというお話でございますけれども、テロをやるぐらいだったら独立しなさいよと私は申し上げたい。その方が建設的だと思います。
ありがとうございます。
○平田委員 もう時間がありませんので、岡崎参考人のみにお伺いします。沖縄の人たちは基地の縮小を願っているわけでありますが、日本の0.6%の国土に75%の米軍基地があるというのはやはり異常な状態で、やむを得ない要望だろうというふうに私どもは思うわけであります。
その場合に、沖縄の基地を減らすという目的を遂行するためにどんな手だてがあるというふうにお考えでございましょうか。
○岡崎参考人 これは、実は橋本・クリントン会談の合意に基づきましてSACOの結論が出ております。それで、在日米軍の能力及び態勢を十分維持することを考慮して沖縄の基地の統合、整理、縮小をする、これが要するに日本の国際的約束でございます。
これを実行するに当たって結局しておりますことは、日本国内における基地の移転でございます。これは必ずしも易しくないことはわかっておりますけれども、これは歴代の防衛庁長官の営々たる御努力があって、それからまた良識ある地方自治体が受け入れております。ここに日本国民全体の協力の可能性があると私は思っております。
[目次へ]四人の方それぞれに幾つかお伺いしたいところでございますが、日米安保についての将来像というものをまずお伺いしたいと思います。
確かに日米関係というのは非常に重要でありますし、日米の有効ということについては、これは未来永劫続けていかなくてはいけないということについては私も何ら異論がありません。ただ、何百年、何千年の歴史というものをひもといてきたときに、今はある条約というものが、果たしてそれがまた未来永劫続くのかどうかといえば、歴史の繰り返しの中でドライに見ていくと、それはあり得ないということはあるわけですね。ですから、いつまでも日米安保重視ということを言い続けるということについて、どういう情勢になるのかわからないし、また、そういう完全双務的な関係はあり得ないということを小川参考人の方からも行っていただきましたけれども、どういう日米関係というものを今後つくり出していくかといったことは、私は大変ポイントになると思うわけです。
そこで、幾つかの点でお伺いしたいと思いますが、先ほど渡邊参考人の方から、当面の課題と将来的な課題ということで分けてお話がございました。当面は日米安保重視ということで、将来的には地域的な安全保障体制というお話がARFなんかを例にとって挙げられておりました。しかし、これも漠とした話でして、先ほど岡崎参考人がおっしゃったように、戦前の日英同盟を破棄して何ら実体のないワシントン条約に移ってしまって、ある意味で日本は裸になった部分があるわけです。
したがって、日米安保からARFを中心とする地域安全保障体制というのは、夢としてはいいし、方向性としてはいいかもしれないけれども、そのときに、日米安保というものは実際残してそれに移行するのかどうか。また、ARFが広がって、実際問題、信頼醸成機関となったときに、それがNATOのようないわゆる強制力を内部で伴って、お互いが軍事力を出して、兵隊を出し合って、そしてお互いの地域紛争に対処するようなものになるのか、あるいはただ単に条約として結ぶだけのものになるのか、その点で随分違いが出てくると私は思うのです。
そういう中で、四人の方々に伺いたいのは、日米安保というものの将来像を描く中で、もしそういう地域的な安全保障体制を描くのであれば、それが実行力を伴うものなのか、あるいはペーパーのものなのか、あるいは日米安保の変質というものを想定するのか、そこら辺のことをちょっとお伺いしたいと思います。
○佐久間参考人 御指摘の趣旨は非常に難しいと思いますけれども、結論をまず申し上げますと、ARFに代表される多国間の枠組みが日米同盟に取ってかわるという時期が、見通し得る将来に生まれるとは私は思いません。私は、先ほどツートラックということを申し上げました。あくまでも片方で平和が壊れないための体制を維持しながら、同時に平和がより確実なものになる信頼醸成等の努力をやっていく、その二番目のアプローチという意味において、多国間の対話あるいは緩い枠組みというものを将来目指していくという努力は続けなければならないと私は思います。
しかし、NATOと違いまして、NATOというのはいわば共通の、ある意味では脅威感、危機感、それから共通の自分たちの負担し得る機能、例えば軍事力にしても、もちろん国によって軍事力の大小はありますけれども、例えば軍事力は提供するといった共通の機能、役割があるわけですけれども、アジア・太平洋地域において、その基盤となる、前提となる、歴史とか危機感とかあるいは民族性というものがことなっているアジア・太平洋地域において、NATOのような仲間、本当に危機に共同して対処するという組織が簡単にできると思いません。
したがって、最初に申し上げましたように、日米同盟という基軸を維持しながら、なおかつ、それを前提にしてこの地域における多国間の枠組みをより充実したものにする努力は続けていく必要があると思います。したがって、日米同盟は確かに未来永劫にということはだれも言えないと思いますけれども、こうなったら日米同盟は終えるよあるいは変質するよということを今の時点で言うことは私は賢明ではないというふうに考えます。
○渡邊参考人 NATOの場合も、一方でNATOというものは拡大しつつ残していこうという話があり、片一方にOSCE、欧州安全保障協力機構というものがあり、そのほかにもヨーロッパの場合は複雑でございますね、幾つものものが重なっているわけです。アジアの場合はもちろんそれと同じではないのですけれども、アジアの場合には幾つものものが重層的に絡まってくるんだろうと思うので、今あるものをなくして、きれいに消して、そのかわりに新しいアジアの集団的な地域的安全保障をつくろうというふうに進むように私には見えません。
それで、地域的な安全保障の方は、最近よく使う言葉で言えば協力的な安全保障、安全保障のための協力という、その雰囲気というのでしょうか、心がけというのでしょうか、そういうものをどうやってつくっていくか、これは私は非常に大事なことだと思うのですね。それさえうまくいけば大事には至らないで済むわけですから、これは非常にやらなきゃいけないことだと思うのです。しかし、それが例えば日米安保なりアメリカを中心とした安全保障の機構に取ってかわるという性質のものではないのだろうというふうに私は思っています。まずそれが第一点ですね。
第二点は、そうはいっても、歴史から見ると、例えば条約というものが永続するはずがないぞ、国と国との関係がいつまでも変わらないとは言えないのではないか、非常に哲学的な返事をすればそのとおりであると思うのですね。何が起こるかわからないだろうと思います。
ただ、普通に我々が生きているぐらいの時代の範囲で言えば、例えば今アメリカで4年ごとの国防計画の見直しというのをやっていますよね。その結果どうなるかというのは、2010年ぐらいにどうなるだろうかというような話をやっているわけですね。例えば2010年ぐらいまでの範囲で物を考えるとすると、そんなに驚天動地のことが起こって、日米安保条約は全部解体、アメリカは一切ここから引いていきますというような形にはならないだろうと思うのですね。
そこが、古典的な意味での同盟と戦後できてきたいわゆる同盟というものは、NATOもそうでありますし日米関係もそうでありますが、これは非常に違うのだろうと私は思うんですよ。だから、状況が変わったから、例えば冷戦というものが終わったからこれを組みかえましょうなんていうような話はどこもやっていないわけですね。
そうじゃなくて、今までソ連というものを念頭に置きながらつくってきたいわゆる同盟というものが、一つの国際的な安全保障を維持していくための恒続的な制度としてでき上がってきている。もちろん、そのままではいけないから、いろいろ足していったり修正したりしなければいけないわけですけれども、そういう話であって、これはこういう時代のためのものであって、これが終わったんだからつくりかえようという時代ではないように私は思っております。
○岡崎参考人 集団安全保障と同盟というものはいろいろ定義がございますけれども、本質的な一番もとの定義から申しますと、これは全く別個のものでございます。別個のものでございますけれども、排他的なものではないのです。両方一緒にあっても構わない。両方一緒にあっても構わないけれども、代替できるものではないのです。どっちかに代替できてしまうというものではないのです。つまり、集団安全保障というのは、今世紀の初めにウィルソンが提唱しまして、それ以来、これはアメリカの見果てぬ夢でございますし、国際社会が何度も何度も試みて、試みはやっているのでございますけれども完全な成功というのはまだ見ていないのでございます。それは国際連盟でございますし、ロカルノ条約でございますし、日英同盟の後の四カ国条約、九カ国条約、それから国際連合でございますし、これはすべてある程度の役割を果たした。つまり、みんなで話し合いの場をつくったとか、その程度の役割は果たしておりますけれども、国際平和を維持するという一番大事な面においてまだ一度もはっきり成功したことはないのでございます。
その集団安全保障を考える場合に、二つの原則を守ればいいと私は思うのです。
一つは、バランス感覚を失わないこと。それは、同盟というものはあくまでも国の安全にとって大事であって、それで集団安全保障を補完するのだ。このバランス感覚を失って、いつか同盟をやめて集団安全保障にかえてもいいというようなことに考えると、間違えるわけです。
第二は、集団安全保障というのは限界があるということです。集団安全保障の到達し得べき最大の、恐らく極致と言えるのが透明性でございます。透明性の確保、完全の透明性が確保できれば、それだけで大変な成果だ。例えば今は中国の核開発というのは全く秘密でございまして、どの程度の核兵器がどの程度の発達段階にあるか、どの程度の数量を持っているか、これは全くわからないのです。これがはっきりすれば、中国に対する戦略、アジアの平和にとって非常にはっきりした構図が描けるようになる。そのために、中国に対して透明性確保を今努力している。この努力は価値がございますし、ちゃんとした目標がございます。到達されればアジアの平和にとっては大変な意味があると思います。ただ、それ以上には進まないだろうと思う。
あとは、未来永劫の同盟があるかとおっしゃるのですけれども、近代的な国際関係が生じたのは明治維新以来でありまして、過去150年間という時期をとってみますと、未来永劫と申しませんけれども、日本にとって国際政府が始まった限りにおきましては、島国日本としては、海洋を支配しているアングロアメリカの世界と同盟しているときは完全に安全でございまして、しかも、完全に民主的でございました。そうでないときは、孤立して非常に危険なことをやっています。それで一時破滅しております。
ですから、現在の近代国際社会の構造が続いている限りは、これは永劫ということではございませんけれども、これが続く限りは日米同盟というものは続けなければいけない。これが時として要らなくなるように見える時期があるのです。しかし、それは短い時期でございまして、そのときに判断を誤ってはいけない、そう私は思っております。
○小川参考人 日米安保の将来像というのは大変難しいテーマでございます。ただ、私は、大変乱暴な言い方を申し上げますと、日本次第であるということを申し上げたい。その場合、二つの条件を順序よく日本がクリアしていくかどうかで将来の日米同盟、日米安保のあり方は相当変わってくるだろうと思っています。これは皆様方、とっくに御承知の話でございますが、例えば日本の防衛力と呼ばれる軍事力は自立不可能な構造になっております。これは基本的に敗戦国である日本の再軍備に当たってアメリカが望んだものであります。同様な自立不可能な構造の軍事力というものは、ドイツ国家においても存在しております。
その日独に対するアメリカのかかわりというものに対して、日本が自分の国益に沿った形でそれを運用していくためには、まず第一に、外交安全保障構想というものを日本の原理原則に沿った形で打ち立て、少なくとも周辺諸国の信頼をかち取るために提示をし議論を高めていく。そして、周辺諸国の信頼関係というものを明確なものにしたとき、周辺諸国の信頼を外交の力として初めてアメリカと向き合うことができる。そこにおいて初めて日米安保というものをいわゆる平和化という方向に引っ張り、そこにおいて日本の平和に対する役割が実現できるだろうと思います。
そういったことを進めていくためには相当な時間がかかります。ですから、例えば十年といった時間の単位で考えますと、ARFといった地域安保の構想と同時に、これは重層的な重なりとなってまいりますけれども、日米安保というものは存在し続けなければならないだろうと考えております。
以上です。
○前原委員 ありがとうございました。十五分間なので一問で終わってしまいますけれども、私の認識も、基本的には日米安保というのは当面死活的に重要だ。そして、地域的な安全保障体制というできるかどうかわからないものに期待をかけて現実の足元を見なくなるというのはもっと危険である。そういう意味で、そういう夢というか理想は求めながらも、まず足元である日米安保をいかに機能よく、うまく運用できるような形にしていくかということは大切だと思うのですね。
そのためには、私は、より総合的な形での日本の役割の見直しというのは不可欠だと思うのです。ガイドラインの見直しもしかりでありますし、日本の防衛力というものをもう一度見直さなければいけない時期に来ていると私は思うのですね。例えば独自で情報を収集できるようなシステムを持っていない、あるいは訓練の機能化とか、あるいはこういう海に囲まれた島国でありながら、侵攻を急に受けたときのための空中給油機も今ない。こういう状況では、やはり変えていかなければいけない。
しかしながら、財政再建という大きな問題が片方にあり、今のように人件・糧食費、歳出化経費、一般物件費、この三つの中で削れるのはどこだという発想で防衛を考えていれば途端に壁にぶち当たるという中で、日本の安全保障のあり方あるいは三自衛隊の構成のあり方そのものを見直す時期に来ているのではないかと思うのですね。
もう質問はできませんけれども、そういう認識で、日米安保はとにかく重要だけれども、沖縄の負担を減らして、海兵隊の問題を言う前提として、今後ガイドラインの見直しあるいは防衛力の全体構成の中で日本はどういう役割を果たしていくかという前提がなければ、アメリカにも、ただ単に沖縄が困っているから海兵隊は撤退をしてくれということはなかなか言えないのではないか。そういうことをつけ加えて、私の質問を終わらせていただきます。
[目次へ]最初に佐久間参考人にお尋ねいたします。
新しい防衛大綱では、日本の防衛に際して日米共同対処ということが言われていますが、これまでも日米で共同の訓練、演習が頻繁に行われてきました。ところが、防衛庁や外務省で、質疑の中でもそうですが、米軍の運用についてはほとんど知らない。例えば、今問題になっています沖縄の施設・区域の整理統合の中でも、普天間の航空基地の機能や、いわゆる有事のときの増援態勢などについてもわからない。また、先日の島島に劣化ウラン弾が撃ち込まれた問題でも、米軍がここで何をやっているかということは防衛庁はほとんどあずかり知らないという答えが返ってくるわけですけれども、佐久間参考人は、93年のたしか6月までですか、統幕の議長も務められたわけですが、米軍の兵力構成や運搬状況、軍事態勢について、防衛庁は知っているんだけれども建前上明らかにできないということなのか、また知る立場になかったということなのですか、どちらなのでしょうか。
○佐久間参考人 申し上げます。御質問の中身が二つあったと思いますが、一つは米軍の構成あるいは運用について、それからもう一つはいわゆる在日米軍の構成あるいは運用について、それからもう一つはいわゆる在日米軍に提供されている施設の使用についての二つであると思います。
後者につきましては、私は、日米間の条約及びそれに基づく地位協定に基づいて国際的に日本が提供している施設、それをその日米安保条約等関連取り決めでどのようないわば自由度を持って米国が使えるようになっているか、その法的あるいは条約上の裏づけに従って米軍は使用している、それを超えていることはないだろうと思います。
ですから、必要な場合は、あるいは大きな事実が起こるような場合は、日本の政府の立場として米側に細部にわたって質問することは私は可能だと思いますし、今までもしていると思いますけれども、すべてその施設をどのように使うかという細部にわたってあらかじめアメリカから聞くということが果たして運用上可能か、物理的にも可能か、これはちょっとわからない部分があると思います。
それから、米軍の構成とか運用そのものについても、一々この船があした出てどこに行くとか、この飛行機がどこに行くということを事前に知ることもまた現実には不可能だと思いますけれども、例えばアジア・太平洋地域における基本的な米軍の構成、兵力そのものについては、これは全体的に言いますと、日米間で各種の協議の場があります、例えば2プラス2を頂点にして各レベルで日米間の政策協議の場がありますけれども、そういったところで節目節目では今までもその説明なり協議が行われてきたというふうに思っております。それから、兵力の運用そのものについても、大枠、基本的なところでは、その都度防衛庁、自衛隊としては必要な範囲では情報は持っているというふうに私は考えております。ただ、細部について、今この船、部隊がいつどこを出てどこに行くか、そこまで一々聞くという関係は必ずしも必要ないだろうというふうに私は思っております。
○中路委員 次の問題は四人の参考人の皆さんにお聞きしたいのです。沖縄の問題で、大田知事も沖縄からの海兵隊の削減、撤去の要求を繰り返しされていますし、沖縄では海兵隊が沖縄駐留米軍の60%を占めていますし、沖縄県の総合的な発展のためにも、この海兵隊の基地の問題が大きな焦点になっているわけですけれども、四人の参考人にお聞きしたいのですが、この海兵隊、正確に言いますと第三海兵遠征軍、これの任務あるいは日本の防衛とのかかわり合い、この点について御意見をお聞きしたいと思います。
○佐久間参考人 申し上げます。まず、海兵隊の兵力が沖縄に所在する米軍の中で非常に大きなウエートを占めている、これは私は事実だと思いますし、沖縄に過大に基地が集中しているというのも事実だと思います。したがって、その現状を改善するために日米間で協議が行われた結果がSACOの最終報告だと私は思いますし、そのSACOの最終報告に沿って、今後その実現に努力すべきだと思います。
ただ、海兵隊自体について申し上げますと、海兵隊というのは、御承知のとおり、あらゆるレベルの任務に即応するといった使命を持っている、しかも、いわば自己完結型の部隊だ、兵力だというふうに思います。海兵隊というのは、地上部隊だけでなくて航空部隊、さらにそれが移動する場合は海軍部隊と一緒になって立体的な行動ができる部隊であって、しかも、15日あるいは30日、60日といったある程度の一定の行動を自分だけでできるという性格を持っております。したがって、各種の事態と申し上げますのは、単なる軍事紛争ではなくて、例えば災害派遣とか人道援助といったことも含めて、まず動くのは海兵隊、それが海兵隊の特性だろうと思います。それは、規模が大きい場合は、我が国の防衛という事態についてもまず対応できる地上部隊であるというふうに私は考えております。
ただ、沖縄にいる海兵隊が日本の防衛の任務だけに限定されるかということについては、私はそうではないと思います。と申しますのは、そもそも軍事力というのは、この部隊はどういった任務という限定された任務で配備され運用されるというのは、これはアメリカだけでなく、どこでもそういったことは現実にあり得ない。多数のあるいは複数の任務に対応できるように柔軟な配備と運用をやっていく、それがいわば部隊運用の一番基本的な機能でありますので、沖縄にいる部隊が、日本の防衛だけでなく、広くこの地域の平和と安定のために存在しているというのも事実だと思います。ただ、それはまた振り返ってみると、我が国の安全にも寄与していうということになるんだろうというふうに考えております。
よろしゅうございますか。
○渡邊参考人 海兵隊の任務についての御質問だと思いますが、まず第一は、日本の防衛のためであるということになります。これは、差し当たり表に出ないかもしれないけれども、一番基礎にあることだろうと思います。それから、日本の周辺の事態に対応するため。これは、いわゆる第七艦隊の守備範囲というのは非常に広いわけですから、先ほども西の方はアメリカの南の喜望峰まで行く、ケープタウンまで行くというお話がありましたが、そういう非常に広い範囲で、現に湾岸戦争のときにそのような実例を見たわけでありまして、非常に広いということになると思います。そこで、これは一番最初に私が申し上げたことにもう一遍戻るわけですが、例えばどういう事態を想定してアメリカは兵力を展開しているかという問題とも関係してまいりますが、いわゆる二つの主要な地域紛争が同時に起こった場合というのが一応の答えになっていますよね。
今それについていろいろ議論があって、果たしてそれでいいのか、あるいは今それに合っただけの能力を米軍が持っているか、いつまで持っていられるかという議論をやっていたのです。それがどういう結論になるかわからないと思いますが、あらゆることが議論の対象になっている、こういうふうに言うわけであります。
ですから、わかりませんが、一般的な傾向として言うと、私の考え方が正しければ、いうところの冷戦後の状況では、世界的な大戦争に際して備えるというよりは、むしろかなり小回りのきく、いろいろなところで即応的に対応するという、いわゆる即応性ということが一番重要視されているのですよね。どこの国の軍隊もそうだと思うのです、ロシアも含めて。ただ、ロシアはなかなかそういかないということがあるのですが。ということですから、即応性を重視するということになると、ひょっとすると海兵隊というものの役割はむしろ今までより以上に、ほかとの比較でいうと大事になってきているというふうに言えるのかもしれません。アメリカの友人なんかに聞くと、そういうような感想がございますね。ということで、非常に大事な役割なのではないかと考えております。
○岡崎参考人 私は、佐久間参考人の詳細な御説明にほとんどつけ加えるところはございません。できる限り多くの事態に対して即応態勢を持つ、そういう部隊でございます。 ○小川参考人 今、佐久間参考人のほうからご説明があったというのが、海兵隊については一番模範解答でないかと思います。ただ、日本のマスコミ等の論調の中で、たとえば日本の防衛には関与していないという書き方がございますので、若干その辺を補足するお話をしたいと思います。海兵隊というのは、陸海空三軍と並んで四軍と呼ばれたりいたします。予算的には海軍の予算でございますが、本来的には、有機的に機動展開できる舞台であると同時に、米軍の中における特殊な位置づけを持った部隊であります。ですから、アンフィビアスフォース、つまり両用戦部隊であるという言い方と同時に、あいつらは両生類みたいでどっちの味方なんだというような言い方をアメリカの陸海空がするような、おれたちの仲間じゃないという扱いを受けるような特殊な性格を持った部隊です。
この海兵隊の任務というのは、小さいところでは、たとえばアメリカの航空母艦に百名ぐらいの海兵隊員が乗っておる、これが弾薬庫を警備している。これは外敵から弾薬庫を守ると同時に、米軍の将兵の反乱から弾薬庫を守るという任務もあるわけであります。
その海兵隊の任務の中には、第一優先順位として根拠地の防衛というものがあります。ですから、私がさっきの意見陳述の中で申し上げましたように、日本列島がアメリカの戦略的根拠地である限り、アメリカ海兵隊の任務の最優先順位として日本の防衛というものが当然含まれてくるものと考えていいと思います。
以上です。
○中路委員 時間ですので、終わります。 [目次へ]各参考人の先生方、大変御苦労さまでございます。時間が非常に短いので、まず小川参考人にお尋ねをさせていただいて、また時間がありましたらそれぞれ御見解があればお答え願いたいと思います。
かねがね沖縄の米軍基地の対応について小川さんがいろいろお書きになっているものとか、きょうのお話も参考になる点が多いのでお尋ねするわけですが、若干私は見解の面で異にする面もあります。
そもそも沖縄の米軍基地というのは、日米安保体制、安保条約の枠外のものを復帰の時点で安保、地位協定にはめ込んだ、そこに非常に無理があったと思うのですね、理論構成の面で。そのことはぜひこれから解明というか、もっと本来の安保体制にはめ込むようにというか、そこが縮小の方向だと私は理解をしております。
そこで、そもそもあの小さい沖縄に四軍が一国独立国並みに存在することが私は問題だと思うのですね。それが非常にティピカルに象徴されているのが海兵隊の存在であり、事件事故も多いから海兵隊の削減ということが出てきている。
ですから、私は、日本全体への統合分散ということも社会党時代に出して、相当党内からいろいろな異なった意見が出たりしてたたかれましたが、しかし、今日の状況を見て、私が指摘をしたことは必ずしも間違っていなかったという一面の自負心を持っております。
そういう意味で、この四軍体制ということについて、軍事専門の皆さんあるいは政府がもっと検討したらということを私は申し上げているのですが、なかなかまだそこまでいっておりません。その点についてどうお考えかということと、先ほどの即応後方配備というのは私なりに言うと有事駐留対応というふうにも理解できると思うのですが、その点についてそういうふうに受けとめていいかということをもう少しお聞かせを願いたいと存じます。
今、私が申し上げたことについて小川参考人からまずお答えをいただいて、岡崎参考人はなにかこの即応後方配備、いわゆる有事駐留対応については少し否定的な御見解のような感じを受けましたが、それぞれお答えいただければと思います。
○小川参考人 ご質問ありがとうございます。まず、沖縄の米軍基地の位置づけということで、四軍がそっくりあそこに固まっているというのは尋常ではないというお話でございますが、これは確かにあの狭い面積の中にあれだけの基地を占有しているということがまず異常であるということから認識を持ちたいと思います。
ただ、そういう中で、日本では米軍基地問題が語られる場合、沖縄に基地が特に面積的に集中しているということで、沖縄を中心に日米同盟が回っているかのごとき錯覚した議論があるんです。やはり日本列島全体で眺めて、アメリカの戦略の中の位置づけというものを考え、そこにおいて基地の配分についての議論をしなければいけないと思います。
私の大変乱暴な言い方を許していただければ、人間の体に例えると、沖縄に置かれた米軍は強力な手や足の筋肉であります。ですから、アメリカが軍事力を持ってリーダーシップをとる場合の強力な打撃力であります。どんな強力な筋肉であっても、頭脳や心臓や中枢神経や肝臓がなければ単なる肉の塊であります。その頭脳や心臓や肝臓、中枢神経に当たる機能は、日本の本土に置かれております。これがワンセットで在日米軍基地という戦略的根拠地を形成しているわけであります。
そういう中で、沖縄におけるこの打撃力の部分は余りにも沖縄の面積を食い過ぎている。そういう側面からもアメリカと協議し、もう少し基地の面積を縮小できないのか、日本本土に移すという問題もありますが、アメリカの同盟国の中で一定の役割分担をしていくことはできないのか、そういった形で議論をすすめることが一つは重要ではないかなと思っております。これが一つ目の御質問に対する回答であります。
それからもう一つ、私が先ほどお話の中で、アメリカの海兵隊地上部隊をアメリカの領域、これはハワイとかカリフォルニアとかグアムを意味してますが、そこに即応性の高い状態で後方配備をするということであればアメリカは受けるだろうというふうに受けとめているという話をいたしました。そこにまず当面の目標を置いて進んでいくことが重要だと申しました。
これに関しましては、とにかく訓練を行うに当たっても、アメリカ本土でも装備品は一式要る。沖縄にも一つ置いておかなければいけない。また、有事の兆候が生まれた段階で、24時間以内にアメリカ本土からでも沖縄に戻ってこれるように緊密な有事協定を結ぶ必要がある。また、沖縄に戻った場合、それを受けいれるだけの基地が少なくとも現状のレベルでなければいけない。それを保証するという中でアメリカ側は多分受けるだろうと思っています。
その場合も、アメリカと議論したときの話をしますと、装備品が二セット要るけれどもそれを日本が買ってくれるかという言い方をアメリカがしたものですから、いや、それは場合によったら買ってあげるけれども、場合によったらアメリカの予備役のものを集めてくれ、あそこにこういう装備があるじゃないかと言ったら頭をかいている、そいういうレベルであります。
これは日本の交渉能力次第であると私は考えております。
ありがとうございました。
○岡崎参考人 それでは、後方支援に限って申し上げます。後方支援は、今おっしゃったとおり、いろいろな工夫があるのですけれども、工夫した結果、実現できるところがきわめて少ないのですね。これは一種の事前集積によっていざという場合は人員だけ運ぶ、そういうことになると思うのです。
器財というものも、いつもこれは整備して即応態勢をつくっておかなければいけない。これは、即応態勢をつくる人間とこれを扱う人間は普通大体同じ人間でございます。そうしますと、本当に切れるのは数が限られてくるのです。限られてきまして、それは恐らく歩兵部隊の一部でありましょうけれども、歩兵といいましても今は大変いろいろ装備を持っておりまして、今小川さんが言われたように、両方で同じものを持つかもしれない。両方で同じものを持っているといって、沖縄に置いたものをさびさせていいというわけでもないわけでありまして、これまた補修が要るのでございますね。
ただ、これは交渉いかんとおっしゃいますけれども、工夫してあちこちひねり出して例えば何とか百人とか千人とか減らす、これは理論的には不可能ではないと思いますけれども、今度はそれの政治的意味が私はマイナスだと思うのです。最大の政治的意味は、これはアジアに対する信頼感の裏切りでございます。日本がアメリカの海兵隊を維持して、それでアメリカばアジアから引かないという姿勢をアメリカにとらせている。それを日本が少しでも減らしてくれと言って、アメリカがそれに応じて減らす、これは日本のアジアの国民に対する裏切りであります。
それから、今度は逆にアメリカの国内で、つまり、日本は海兵隊に出ていっててほしいと思っている、そういう雰囲気が出てまいりますと、アメリカの議会にやはり孤立主義というものがありますので、専門家はみんな重要性はわかっているのですけれども、孤立主義の人は、日本が要らないものをどうして置いておくんだという額論になってくる。日本は要るのでございます。要るのでございますけれども、その一部分をどうするという細かいことをいたしますと、これば心理的影響が大きいのでございます。
この二つから申しまして、これは交渉次第と申しますけれども、その交渉する労力、費用、その効果−逆効果でございますね、これを計算しますと、これはある意味で取るに足らないくらい非常に小さな問題である上に、益と害を比べると害の方が多い、そう判断しております。
○上原委員 もう時間ですが、まだ一、二分ありますから、一言ずつお二人に。 ○佐久間参考人 海兵隊の特性が即応性にあるということは先ほどから述べられているとおりでありまして、私もそのように考えております。その即応性というのは、今岡崎参考人からお話がありましたように、装備だけを前方に置いておいて、いざというときに人間を運んでくるという、それは理屈の上では成り立つかもしれませんけれども、その前方に配備している装備を平時どのようにメンテナンスするか、これは非常に大きな作業であると思います。船もそうでありますけれども。これを維持するのも非常に大変な努力を続けているわけであります。したがって、装備だけを置いておけばいいということにはならないと私は思います。
もう一つ、沖縄の地理的位置からいいますと、ぞれをグアムあるいはハワイに下げることが距離的に、それが2200キロとか7000キロとかの距離になるわけでありますけれども、今言った即応性ということからいうと、やはり非常に大きなギャップといいますかハンディをしょうことになるだろう。したがって、私は沖縄における海兵隊の前方展開という態勢は、我が国の防衛にとってあるいはこの地域の安定にとって、近い将来においても必要だろうというぷうに考えております。
ただ、四軍についておっしゃいましたけれども、先ほど私が申し上げましたように、現在の沖縄における基地面積は非常に過大であるという認識を私は持っております。それを具体的にどう解決するかというのがSACOの検討結果でありますので、その実現に向かって努力を当面は行うべきだというふうに考えております。
○上原委員 渡邊先生に申しわけありませんが、時間ですので。そうしますと、沖縄の基地は減らないということになるので、そこは何とかしてもらわなければいかぬし、SACOの最終報告が仮に10年、14、5年かかってやっても米軍の専用基地の70%は沖縄にあるということになりますから、その皆さんがおっしゃる過大な負担というものはなくならぬので、そこをどうするかということをみんなで考えていただきたい。
以上、終わります。
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